#057
★シュテルンヒーローランドレポート★
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「どうしましたか。どこか痛みますか」

 ガブリエラはジョッキを置き、心配そうに身を乗り出す。他の女性ヒーローたちも「どうしたの」と声をかけるが、彼女は顔を手で覆い、余計に泣き出してしまった。

「私は、どうすればいいの」

 皆に宥められ、少し落ち着いてから、女性は震える声で言った。
 彼女は18の時にアカデミーを卒業し、ヒーローになった。二部リーグが存在していなかった頃のそれは企業の広報担当の一人であったが、NEXT差別もまだ今より濃かったので、かなり良い就職ができたと言っていいことだった。容姿の良い女性なので、コンパニオンとしての役割もあったのだろう。
 両親は亡くなっていて、それがヒーローになった理由のひとつでもあるという。
「22の時に子供が出来て、色々あって結局ひとりで産んだわ。その時に会社もいちど辞めて……」
「そうなのですか。男の子ですか? 女の子ですか?」
 暗く俯きかけていた女性に、ガブリエラは、にこにこして言った。
「男の子……」
「そうですか。可愛いですか?」
「……とても」
 女性がしっかりと頷くと、ガブリエラは微笑みを深める。
「いいですね。私も将来子供が欲しいと思っています」
「……とても、可愛いの」
「ええ」
「今まで必死に育ててきたわ。もうすぐ小学校を卒業するの。中学生になって、お金がかかるようになる。二部リーグが出来て、こうしてヒーローランドでも仕事ができるようになって、少し生活が安定してきて、今まで頑張ってきてよかったと思っていたのに」
 女性は、膝を握りしめた。

「私、能力が減退しているの」

 絞り出すような声に、皆、目を見開いた。
「元々、大した能力じゃないわ。今までのヒーロー活動だって、この能力が役に立ったことはほとんどない。身体能力と、必死で身につけた知識でどうにかやってきた」
「彼女、すごいんですよ。法律とか、救助技術とか、色々なことに詳しくって。私たちもとてもお世話になっているんです」
 ベテランヒーローなんですよ、と女性ヒーローの誰かが熱っぽく言った。
「そうなのですか。ヒーローは、長く続けられる方自体少ないですので、ベテランは貴重な存在です。タイガーのような」
「ワイルドタイガー……、ええ、私、彼の大ファンで」
「お子さんがいる所、同じですね」
「ええ、そう、そうなの。……能力が、減退していることも、そう」
 女性は、くしゃりと顔を歪めた。
「彼はワンミニッツだけど、能力が残ったわ。でも私は、元々吹けば飛ぶような些細な能力しかない。次のヒーロー試験に受かるようなNEXT能力は、もう」
 ぽろぽろと、彼女は涙を流した。
「ヒーローであることは、私の誇りで、夢だったわ。でもそれはなくなってしまう。今までは、欲しいものに向かってがむしゃらに走ってきたわ。──あなたのように」
 涙の溢れる目で、彼女はガブリエラを見た。
「でもこんなふうになった今、しがみつこうとしたとしても、それであの子を満足に食べさせてやることができなくなったら、私は自分が許せない」
 悲痛な声に、側にいた女性ヒーローたちが、その肩をしっかりと抱き、背を擦っていく。

「……あなたは、とても素敵な人ですね」

 ガブリエラは、感心、というよりは感動した様子で言った。
「私の母は、私をまともに見たことなど、いちどもありませんでした。抱き上げられた記憶もないですし、愛していると言われたこともありません」
「えっ……」
「あなたはとても素敵な人です。素敵な母親。とても素晴らしいこと」
 ガブリエラは、尊敬を込めた目を女性に向けた。その視線の嘘のなさに、女性の目尻にまた涙が浮かぶ。
「……そんなことは、ないのよ。だって私は子供と自分の夢を天秤にかけているんだから」
「えーっと」
「アンジェラ」
 女性は、ガブリエラの手を取った。縋るかのようなその手は、豆だらけで固く、そして震えていた。

「私はどうしたらいいかしら。教えて頂戴」
「あのう、私は子供を産んだこともありませんが」
「それを覆すだけのものが、貴女にはあるわ。……お願い、私に道を示して、天使」
「うーん、その。ええと、私はあまり言葉が上手くありませんが……」
「それでいいわ」
「え、そうですか。それなら、ええと、わかりました」
 ガブリエラは、頷いた。そして皆が息を呑んで見守る中、口を開く。

「答えはひとつです」
「ひとつ……」
「はい。ヒーローはやめるのがいいと思います」

 はっきりとしたその答えに、女性は胸を刺されたかのような沈痛な顔で俯く。
「……そう」
「はい。そしてヒーローを続けるのがいいと思います」
「はい?」
 素っ頓狂な声を上げたのは、はらはらと見守っていたMs.バイオレットだった。他の女性ヒーローたちも、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「えっあの、ガブリエラさん。ヒーローはやめたほうがいいって」
「はい。それから続けるといいです。……あれ? わかりづらい?」
「すみません全然わかりません」
「むう。やはり言葉を使うのは難しいですね」
 疑問符を飛ばしまくっている彼女らに対し、ガブリエラは眉尻を下げ、困った顔をした。
「うう、そもそも私はこういうことは向いていないのです。──ライアン、ライアン! 助けてください!」
「何だよ」
 ガブリエラが声を上げると、ライアンが焼き鳥の串とビールを持ってのしのし歩いてきた。背後で、なにか尋常でない空気に気付いたのか、男性ヒーロー陣が心配そうに見守っている。

「何だ、また説法ねだられてんのか」
 ライアンはガブリエラやMs.バイオレットから簡単に事情を聞くと、焼き鳥を一気に歯で挟んで抜いて食べきり、ビールを飲んだ。
「言っとくけど、こいつにそんなこと頼んだって、犬に道聞くようなもんだぞ」
「わん」
「お前はしばらく黙ってろ」
 ライアンがそう言って赤毛の頭に手を置くと、ガブリエラは「そうします」と言って本当に黙った。
 聖女だ天使だと言われるようになってから、ガブリエラはこうしてまるで修道女のような頼られ方をすることが度々ある。しかし神に対して敬虔なわけでもなく、また単純に頭がいいわけでもないガブリエラはいつも困ってしまうのだ。
 ──大抵の場合は、しどろもどろになっているうちに相手が勝手に納得してくれるのであるが。

「だいたいこいつ、常に選択肢が1択だからな。しかも直感。犬だから。まあ理由がないわけじゃねえんだけど。でも自分で説明できねえし」
「……理由? あなたは説明できるの?」
「多分?」
 ライアンは、肩を竦めた。
「そうだな。今回、正しくは2択だ」
「に、2択?」
「ひとつめ。ヒーローを続けるなら」
 ライアンは、左手の人差し指を立てた。
「あんたの話通り能力が減退してるなら、ヒーロー免許がなくなるのは避けられない。でも能力がなくても、ヒーローはできる。例えばボランティアをして回るとか──前のこいつみたいにな。能力に頼らずやってきたあんたなら、必要とされもするだろう」
 所属企業を失っても無償でヒーローを続けたホワイトアンジェラ、ガブリエラがいるからこそ、説得力のある選択肢だった。女性本人は呆然と聞いているが、側にいた何人かは、小さく頷いている。
「ただし時は金なり。収入は限られるな」
「……は、い」
「もうひとつは、ヒーローをきっぱりやめること」
 これ以上なく、残酷なまでにはっきりと、ライアンは言った。そして、右手の人指し指を立てる。
「でも、すべての時間を子供のために充てることが出来る。皆のために尽くす時間がなくなった分、働ける時間も増える。子供に美味いものを食べさせて、いい服を買ってやれて、少しでもいい学校にやれる」
 女性は、ぐっと詰まった。ライアンは、目を細める。

「もういっかい言うぞ、シンプルに2択だ。つまり──」
「つまり……?」
「──皆のヒーローでいたいか? 自分の子供のヒーローでいたいか?」

 女性は、ぽかんとした。
 ライアンは両手で人差し指をそれぞれ立てまま、にんまりと笑う。
「ライアン、どちらにしろヒーローです。やはり答えはひとつです」
「うるせえなあ。過程ってもんが大事なんだよ。答えだけ言ってもダメなんだっつの」
「むう」
 少し頬を膨らませるガブリエラを見ないまま、ライアンは言った。
「つまりこいつが言いたかったのは、こういうことだろ。……能力減退は確かだ。だからとりあえず正式なヒーローはキッパリ返上して、子供のヒーローとして金を稼ぐ。余裕が出てきたらボランティアでも何でもして皆のヒーローをやればいい」
「そう、そういうことです。そう」
 ガブリエラは、こくこくと頷いた。
「充分なお金がなくては、充分なヒーロー活動などできないのです」
「それな。まず金だよ、余裕のある生活! キレイ事はその次!」
 ふたりとも、実感と信念の篭った様子である。
 実際に貧しい経済状態で健康を犠牲にしヒーロー活動を行ったホワイトアンジェラ、セレブヒーローと呼ばれるまで潤沢な稼ぎがあり、常に余裕たっぷりのキャラクターが有名なゴールデンライアン。ふたりの言葉は、非常に説得力があった。

「あんたの好きなワイルドタイガーは、こういうとこ否定するけどな。それはあのオッサンが、金のなさを根性とか実力とかキャリアとか、あと運とか人望とか、そういう金で買えないもんで何とかできる人間だからだよ。誰でも出来ることじゃねえ──って、当のオッサンはよくわかってないっぽいけどな」
 ライアンのその言葉に、ワイルドタイガーが二部リーグ在籍時に行動を共にしていたMs.バイオレット、スモウサンダー、チョップマン、ボンベマンらアポロンメディア所属の二部ヒーローたちが、うんうんと深く頷いている。
「金で買えないもんも確かにあるけどな、買えるもんがほとんどなんだよ。あんたが持ってる、金で買えない貴重なもんを、金で買えるようなもんですり減らすのは損じゃねえ?」
 具体的には時間とか、精神的なもんとか色々さ、と、ライアンは肩をすくめた。

「……あなたは、どうしたらいいと思う?」
「俺?」
「ええ」
「じゃ、シンプルに個人的な感想を言わせてもらうけど。──皆のヒーローは俺らがいるけど、あんたの子供のヒーローはあんただけじゃねえの、オカーサン」

 女性は、ハッとした。
「でもまあ、こいつが言ったとおりだよ。結局は自分がどうしたいかだ」
 そして少し呆然とした後、ぐっと唇を噛みしめ、手の甲で目元を拭い、鼻水を啜り上げ、大きく息をつく。

「──決めたわ。……ヒーローになる。ヒーローになりたい。私の子供の、あの子だけの」

 引退表明である。
 その決意に、皆から尊敬を込めた拍手が起こった。女性ヒーローたちが、次々に彼女にハグをする。涙ぐんでいる者も少なくなかった。

「ありがとう。……さあ、仕事を探さなくちゃ。できるだけ手取りがいい仕事を! 母親として、しっかりヒーローになるためにね!」
「それなんだけどさあ」
 打って変わってやる気と決意に満ちた強い表情で拳を振り上げた母親たる彼女に、ライアンは声をかけた。彼女だけでなく皆が振り返ると、ライアンは、じっと値踏みするような目をした。

「あんた、帳簿つけるの得意?」
「え? ええ、しばらくやってないけど、実家が自営業だったから基本の資格は取らされたわ」
「接客は?」
「得意ですよ! ヒーローランドでも、大人にも子供にも大人気です! クレーム対応も上手だし、でもどうしようもないクレーマーにはえらい人でもガツンっと、むぐ」
 ガブリエラにバイト先のアドバイスを聞いてきた新人女性ヒーローが、皆から口を押さえられた。そして当の本人が、気まずそうな顔で髪をかきあげる。吹っ切れたようなその横顔は、文句無しに美人の類である。
 ライアンは、それをじっと見ていた。
「ふーん、いいね」
「はい?」
「ちょっと聞くけど」
 ライアンはにやりと笑い、頬杖をついた。
 その指先には、濃青と金のカラーの名刺が挟まっている。

「──あんた、靴とか興味ある?」






「ライアンは、やはりすごいですね」

 ブロンズの夜道を歩きながら、ガブリエラは言った。
 秋の終盤の冷たい風が、街灯で照らされた赤毛を靡かせている。昔のシュテルンビルトの本物の建物がそのまま残った、風情ある小さな町並みの残骸の路地を、ふたりはゆっくり歩いていた。
「ライアンに任せると、思っていたよりもずっと良いアイデアと結果が戻ってきます」
「……そう?」
「そうですよ」
 ガブリエラが、にっこりと笑って振り向く。ポケットに手を突っ込んで歩いていたライアンは、片眉を上げて不敵に笑った。
「ま、こっちとしてもいい人材が見つかってよかったぜ。あの靴オタクと上手くやってくれりゃあいいんだけど」
「二部リーグは二部リーグで、根性がないとやっていけません。そこのベテランだったなら、簡単なことでは辞めませんよ」
「だろうな」
 だから選んだのだ、とライアンは言葉に出さずに示した。

 引退を決めた彼女は、例の、ライアンお抱えの靴屋で働くことになった。
 当人は最初目を白黒させていたが、ライアンが本気だとわかると途端に真剣になり、提示された給料と条件に即答で飛びついた。考える時間がなくてもいいのかと聞くと、「ぼやぼやしていたら、チャンスはなくなってしまうのよ!」と非常に逞しい答えが戻ってきた。
 NEXT能力診断やヒーロー免許の返上、また二部リーグを引退する手続きなどが済んだら連絡する、と言った彼女は、ライアンの名刺を大事そうに握りしめて、息子が待っているというブロンズのアパートに帰っていった。

「っつーか、お前も珍しいだろ、あそこまで親身になろうとすんの。いつも説法まがいのことねだられて縋られても、俺に助け求めるまではしねえだろ」
「大抵の人は、適当なことを言えばそのうち自分で答えを出しますからね」
「だから珍しいだろっつってんだ」
「失礼ですね。私はヒーローです。困っている人は助けます」
「結局俺に泣きついたくせに」
「人には向き不向きがあるのです」
「小癪な言い回しを覚えやがって……」
「ふふん」

 半目になるライアンに、ガブリエラは得意げな顔をしてみせた。
 そしてしばらくしてから、ふと言う。

「それに、今回は、私に責任があるかもしれないので」
「あん?」
「パレードの後に、能力を使ったでしょう?」
 ガブリエラは、古い赤煉瓦の壁の隙間を、指でなぞりながら言った。
「私の能力をああいったふうに使うと、身体の中で最も問題のあるところに働きます。そしてそれには、メンタルの問題も含まれるのです。……もしかしたら、彼女はずっとつらい気持ちだったのかもしれません。それに私の能力の刺激があって」
「……なるほど。あり得る」

 ガブリエラの能力を受けると、気持ちが安らかになったり、高揚したりすることもある。精神的な不調も、フィジカル的な問題としてみれば、脳の不調、と捉えることができるからだ。精神的な問題を抱えた者にガブリエラの能力を使うと、具体的には、幸福ホルモン、脳内麻薬などの分泌が促される。
 しかし脳という器官は、ごく繊細で複雑なものだ。起こった問題を今まで自ら気を張ってごまかしたりして保っていたものを、ガブリエラの能力でホルモンや脳内麻薬の分泌が促されたことによって、その張り詰めていたものが崩れてしまった。ライアンはそう捉え、そしてそれはおそらく間違っていなかった。

「もっと能力を使えば、分泌過多でとても前向きになれたりもするかもしれませんが」
「お前の能力ほんとこえーな……。病気はムリっていうけど、そこいくと鬱病とかなら治せるんじゃねえの?」
「根本的な解決にはなりませんが、一時的に気分を向上させることはできると思います。私の能力で治せない“病気”は、正しくはウィルスや菌によるもの、あとは癌などです」
 ウィルスや菌はそれはそれでひとつの生物であり、能力を使えば活性化させてしまう。また癌細胞は、脳からの命令を無視して増え続ける、変異した異常細胞。つまり“正常な状態に戻る”という機能が失われているため、能力を使えば増殖を進行させてしまうからである。
「あと、禿げもだめですね。毛根の細胞が死んでいるので。男性からよく相談されるのですが、無理と答える度に絶望したような顔をされるのが心苦しいです」
「せつねえ!」
 毛根が生きていれば多少なんとかなるのですが、とガブリエラは困った様子で言った。
「しかし、解決して良かったです。現実的に解決したのはライアンですが……」
「ま、気持ちも大事だけど、金がなけりゃ実際どうにもならねえしなあ」
「そのとおりです。お金は大事」
 その点についての価値観が共通しているふたりは、頷きあった。

「彼女はいい母親ですね、とても」
「そうだな」
「……私の母は」
 ガブリエラは、頭上に浮かぶ月を見ながら、ぽつりと言った。
 その言葉を、ライアンは、無言のまま聞いた。
「自分がどれほど貧しくとも、困っている人は助けるべき、と」

 ──困っている人を助けなさい。愛をもってです。
 ──たとえ自分の身を削ってもです、ガブリエラ。
 ──あなたには、その力があります。
 ──それはとても良いことで、何よりも尊いこと。

「母は常にそう言いました。私を見ずに。お腹がすいて動けない私を“誰の役にも立っていない”と言って馬小屋に放って、他の子供にパンを与えました」
 ライアンは、少し目を細めた。
「母は、誰にでも別け隔てなく施しました。聖女とも呼ばれていました」
「……へえ」
「私の生まれた街には、ヒーローなどいませんでした。少なくとも、私のヒーローは」
「だからここに来た?」

 ──ヒーローの街・シュテルンビルト。誰もがヒーローになれる街。

「……ええ、そうです」
「そうか」
「私は、聖女でも、天使でもありません。私はヒーローです」
「おう」
 ぽん、と、ライアンが赤毛の頭に手を置く。その重みを感じながら、ガブリエラは空を見た。故郷にいた時も荒野でも、いつもそこにあった月が、今も煌々と輝いている。
「……私の母が、あのひとのようだったら」

 いちどでも、抱き上げてくれていたら。愛していると言ってくれていたら。
 他の子供ではなく、自分のためにパンを与えてくれていたら。
 自分だけのヒーローであったなら。

「私は、故郷を出なかったかも」
「じゃあ、良かったんじゃねえの」
 暗い声で言ったガブリエラに、ライアンはすっきりとした声で言った。ガブリエラが、灰色の目を丸くして振り返る。
「らしくねえな。お前が“もしも”なんてよ」
 いつでも即断即決、生きるか死ぬかの瀬戸際を、生を選んで走り抜ける彼女は基本的に後ろを振り返らないと、ライアンは知っている。たとえ、後ろで靴底しか残らないほどの爆発炎上が起こっていてもだ。
「……そうですね。賑やかだったのが、急に静かになったからかも」
「確かに、祭りの後はセンチメンタルになるな。それとも平和ボケしたか?」
「あはは、そうかもしれません。気を引き締めなければ」
「ま、たまにはいいだろ。ゴージャスな護衛もいるんだし?」
 ガブリエラはきょとんとした後、にっこりと嬉しそうな顔をした。
「ええ、そうですね。その通り」
「そうそう、たまには頭使えって。お前のおかげで生きられた人間が、どれだけいるよ」
「……はい」
「友達も知り合いも、いっぱい出来ただろ」
「はい。みんな素敵な人達。でも」
 ガブリエラは、顔を上げた。幸せそうな、蕩けそうな笑みをしていた。

「いちばんは、あなた」

 ふふ、と笑う声は、とても甘い。
 ライアンは、なんとなく空を見上げた。少ない星に囲まれた蜜色の月が、とろりと溶けて落ちてきそうだ。
「そう、あなたの言うとおりです。良かったのです、これで」
「……おう」
「母は礼拝堂のある施設で、毎日幸せそうにしているそうです」
「そうか」
「私も幸せです。誰かのヒーローでいられること。たくさんのヒーローがいる街」
 ガブリエラは、ステップを踏んだ。誰もがヒーローなのだと歌う、華々しい行進パレードのダンスステップ。

「あなたがいる街」

 ライアンは、ガブリエラの細い手を取った。
 そのまま腕を絶妙に上に引き、ガブリエラの動きを流すと、ライアンの腕の下で、細い身体がバレリーナのようにくるりと回った。
「ワォ。今の、とても素敵。ふふふ」
「……お前、酔ってない?」
「まさか」
「まあ、まさかだけどよ。……転ぶなよ?」
「転びませんよ。あなたが支えてくだされば」
 転べば死ぬと思えば転ばないものだ、と言ったのと同じ口で、ガブリエラはゆったりと甘ったれたことを言った。
 ライアンは、車道近くでふらふらと踊る彼女の手を、強く握り直す。間違っても、彼女が転んだりしないように。

「ステップ、こうだって」
「こうですか?」
「そうそう。次こっち、ターン」
「あは、ふふ」

 蕩けるような月が輝く、星の夜。
 ふたりのヒーローは、パレードをしながら夜道を歩いていった。



その頃のシュテルンちゃんねる:#054〜
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BY 餡子郎
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