#056
★シュテルンヒーローランドレポート★
9/10
「んじゃ、おつかれ〜」
「お疲れ様です。今日はありがとうございました。またよろしくお願い致します」

 閉園アナウンスが静かに流れる中、キャスト用のスペースに停めたポーターの前。ライアンはひらひらと手を振り、アンジェラは深々と頭を下げる。撮影データをOBCに届けるまでが仕事、というスタッフたちを、ふたりは対象的な態度と口調で見送った。
 そしてスタッフたちも、「順調に済んでよかった」「トラブルも、おふたりのおかげで難なく挽回できました」などと口々に、そしてにこやかに返す。そして、ささやかながらそれぞれこっそり買ったお土産を抱えて、彼らはOBCに戻っていった。
 アスクレピオス、ドミニオンズから付き人、マネージャーとして出向してきていたブレンダ女史も、「報告はお任せください。お疲れさまでした」とにこやかに去っていく。

「明かりが消えると寂しいですね……。あれ? あそこ、まだ光っています」

 ポーターに乗り込み、ドミニオンズ・モードのスーツを脱ごうとしていたアンジェラが言った。閉園でどんどんイルミネーションの明かりが落ちていく中、ポーターの小さな窓から、まだ煌々と光っているものが見える。
「セレスティアル・タワーだろ?」
 ライアンが、窓を覗きこむことなく言った。
「言ったろ? あれの上の所、観測所だか研究所だかだって。上の天球儀も動いてるだろ」
 ライアンの言うとおり、タワーの上についている巨大な天球儀は、今もきらきらと明かりを放ちながら、ゆっくりと動いている。
「あれ、飾りじゃなくてホントに天球儀だからな。観測するためのもんだよ」
「……ライアン、詳しいですね?」
「だってアレ、オピュクスの管轄だからな」
「オピュクス……」
 アンジェラは、記憶を辿った。

「……最初、ライアンが所属するはずだった?」

 航空宇宙研究所・オピュクス。
 メトロの事件が起こらず、アンジェラが一部リーグデビューなどということがなければ、ライアンがこれからヒーローとして働くはずだったところである。アスクレピオスの子会社のひとつで、その名の通り、宇宙開発事業を行っている。

「そうそう、そのオピュクス。重力操作の能力っていうので、宇宙開発の看板イメージキャラクター、って感じでな。仕事始める前に研究内容とかざっと聞いたんだよ。セレスティアルタワーに観測所作んのも、それでな」
「なるほど。……ええと、確か、オピュクスは今……宇宙、たん、たんさき? を作っているのですよね? シャイニングスター、という名前の」
「お、ちゃんとニュース見てんじゃん。えらいえらい」
「ステルスソルジャーの、時事ニュースコーナーにお世話になっています!」
 ライアンがぞんざいに褒めると、アンジェラは少し顎を反らして嬉しそうに口の端を上げた。
 一部リーグヒーローたるもの色々コメントを求められるかもしれないのだから時事ネタはチェックしておけ、というライアンの言いつけ通り、ちゃんとニュースをチェックしているらしい。ちなみにステルスソルジャーの時事ニュースコーナーは、知っておかねば恥をかく、というレベルの時事ニュースをわかりやすく基本から解説してくれる上、ステルスソルジャーが元々知識のある者も唸らせるコメントもするという、老若男女に人気のコーナーである。
 シュテルンビルトに来て言葉を覚えた時の教育番組に続き、またステルスソルジャーにお世話になっていますね、とアンジェラは感慨深そうに言った。

「あの観測所も、シャイニングスターのためのもんだよ」
「そうなのですか。ところで、宇宙たんさき、とは何をするものですか?」
「そこからかよ。……まあ、俺もそこまで詳しくは説明できねーけどな」
 えーっと、とライアンは顎に手を当てた。
「……来年流星群が来るんで、まずその軌道を観測して」
「観測して」
「シャイニングスターに、宇宙飛行士と、最新鋭のロボットを積んで、打ち上げる」
「うちあげる」
「で、流星群のサンプルを採取したりしてだな」
「したり?」
「うん」
「つまり?」
「シャイニングスターは、つまり──」
 ライアンは、窓の外を見た。
 真ん中に、地球。それを中心にして、ライトの光が付いた太陽、月、星々。そして、その軌跡を表す何重もの輪。規則的かつ複雑な軌跡を描きながら、ゆっくりと動く天球儀。

「──新しい星を探す探査機、ってことだ」

 肩をすくめて、ライアンは言った。アンジェラは、きょとんとしている。
「新しい星?」
「そう。人が住めるような」
「人が住める?」
「流星群を調べる、探査すると、あるのかどうかわかる──かもしれない。らしい」
「おお!」
「もし見つかったら、第二の地球として、とか。そこに宇宙人がいるかも、みたいな」
「おおお! すごい!」
 アンジェラは、高い声を上げて、天球儀を見る。子供のように単純なその反応と感想に、ライアンは苦笑した。
「素敵ですね!」
「まあ、デッケー話だよな。──って、お前はさっさとスーツ脱いで着替えろ。打ち上げ間に合わなくなんぞ」
「そうでした。急ぎます!」
 アンジェラは背筋を伸ばすと、カーテンで仕切られた向こう側に飛び込んでいった。
 ライアンはそれを見届けると運転手に声をかけ、ポーターを走らせ始める。イワンからのメールによれば二次会の会場はブロンズの大衆居酒屋とのことなので、そこで降ろしてもらえばちょうどいいだろう。

 ちらり、と窓の外を見る。
 明かりが消えたシュテルンヒーローランドの奥に、新しい星を探すためという巨大な天球儀だけが、きらきらと金色に輝いていた。






「あー! ライアンさん! 皆、ヒーローが来たッスよー!」

 Ms.バイオレット──らしき女性が呼びかけると、オリエンタル風の居酒屋の宴会用個室から歓声が上がった。
「おー、お疲れー。っていうか何ヒーローって。お前らもヒーローだろ」
「ライアンさんは格が違うッス」
「まあ違うけど」
「否定しない所が……」
 やっぱ違うッス、としみじみ首を振る彼女。素顔になった他の二部リーグヒーローたちも同じように首を振っていた。

「ってかもう二次会かよ。はえーな」
「早くスーツ脱いでメイクも落としたいだろうって、スタッフさんたちが気を使ってくれたんですよ。ライアンさんからのカンパは、そっちの一次会で全部使いました。こっちは自腹」
 優しげな声の若い男性は、チョップマンであるらしい。
「ライアンさんにはチープな店かもですけど、飲み放題ですよ」
「いや俺安い店フツーに行くぜ。オリエンタル系も好きだし。オコノミヤキとか」
「あー、あれ美味いですよね」
「あっちの飯ってだいたい美味いよな。えーっと、とりあえずビール」
 端末注文ですぐに持ってこられたビールのジョッキを周りにいた適当な二部リーグヒーローたちと打ちつけ合ったライアンは、一気にそれを飲み干した。いい飲みっぷりに周りからささやかな拍手が上がり、すぐ2杯目をオーダーする。
「あの、ライアンさん、アンジェラさんは……」
「まだポーター。着替えたら来るぜ」
 おそるおそる、しかし期待いっぱいの声での問いかけに、ライアンは2杯目のビールを飲みながら言った。皆から歓声が上がる。

「……折紙、ナニソレ」
「あっライアンさん。これですか? テングっていうんですよ」

 端のほうで、素顔でも体型ですぐに分かるスモウサンダーと何か話していた折紙サイクロン、ことイワンは、ヒーロースーツを脱ぎ、いつものスカジャン姿である。しかし顔の鼻から上を、やたら鼻の長い、いかつい赤い顔のお面で隠していた。
「テング? いやそうじゃなくてな、なんで隠してんの? みんな素なのに」
「いえその……一応、ヘリペリデスとの就業規定で……」
 これでも融通きかせていただいたんですよ、と、イワンは情けなさそうに言った。
「一部リーグだし、その辺厳しいのはしょうがないですよ。俺たちは気にしないです」
「あ、ありがとうございます、スモウサンダーさん!」
「はい! ごっつぁんです!」
「ごっつぁんです!」
 よくわからないが、意気投合しているらしい。ござる口調でもない様子であるし、楽しいのならいいか、とライアンは彼を放っておくことにした。

「こんばんは」

 鈴が鳴るような声に、全員が振り返る。そして、全員が目を見開いた。
 宴会客用の、大部屋の個室。その入口に立っていたのは、若い女。目を疑うまでに細い身体に、上品なハイネックの薄手のニットがぴったりと張り付いている。
 滅多に見ないような濃い色の赤毛は胸辺りまで長く、ヒーローランドで売っているファイヤーエンブレムのシュシュを使って、耳の後ろでゆるくまとめられていた。その長い赤毛の間から、いくつかのピアスが光っている。
「……え? え?」
「ア、ア、アンジェラさん?」
「はい、そうです」
 こくりと頷く。なんでもないようなその返答に、全員が絶叫した。

「す、素顔おおおおおお!!?」
「わかってたけど細い!」
「すっごい赤毛。え、染めてるんじゃなくて? 地毛?」
「なんか神秘的な感じ……」
「っていうか一部リーグ! 顔バレ! いいの!?」

 二部リーグヒーローたちが大騒ぎする中、アンジェラはにこやかな表情を浮かべたまま、部屋の中に入ってきた。
「はい。私が顔を隠しているのは、ヒーローであるからというより、誘拐防止ですので」
「余計ヤバいじゃないッスか! ダメっスよ!」
 Ms.バイオレットが慌てて言うと、アンジェラはにっこりとした。灰色の目を細めて、彼女はMs.バイオレットを見る。

「そんなことをする人は、この中にはいません」

 言い切った彼女は、「そうでしょう?」と付け加え、皆を見回した。
 全員ぽかんとしていたが、やがて、がくがくと首を縦に振る。顔が赤い者も、何人かいた。
「も、もちろんッス!」
「ありがとうございます。あ、しかし、アンジェラと呼ばれると店員さんなどに怪しまれるので、ガブリエラと呼んでください」
「ぎゃあー! 本名ー!」
「はい、本名です」
 再度の絶叫が上がる。その反応が不思議なのか、アンジェラ、もといガブリエラは、こてん、と首を傾げた。

「……つーかまあ、ヒーローはお互いの正体の守秘義務あるけどな。おーい、一応言っとくけど、アスクレピオスに訴えられて勝てる自信のある奴以外は、写真も他言も禁止な〜」
 ライアンが、あえてのんびりと言う。
 彼の言うとおり、ヒーローとして活動する者は、他のヒーローの素顔や本名、プライベートな情報を得たとしても他言しないようにという、きちんとした法的規則がある。
 その上で、特に一部リーグは自分自身でも積極的に素顔は晒さないこと、という、素顔の情報をより厳重に守秘する就業規定を定める企業もいる。──ヘリペリデスファイナンスのように。
 そして、世界規模の超大企業であるアスクレピオスホールディングスに訴えられて勝てる自信のある者など、もちろんここにはひとりもいなかった。

 またも激しく頷いている二部リーグヒーローたちを尻目に、ガブリエラは、手招きするライアンの側に歩み寄っていく。
「お前、俺とワリカンな。テキトーに注文したから」
「わかりました、ありがとうございます。あ、私もビール……」
 ビールビール、と言いながら、ガブリエラはライアンが差し出した端末で注文を入力した。
「え、ライアンさん、別会計にしちゃったんスか!?」
 そこまで気を使わなくても! と焦るのは、幹事であり、皆で合同の注文端末を管理しているMs.バイオレットである。
「別会計のほうが良いですよ。申し訳ないですので」
「いやいやいや、悪いのはこっちッスよ!」
 ビールだけでなく何か追加で注文を入れているガブリエラに、皆が首を振る。ライアンは、半目でテーブルに肘をついた。
「いや、マジで。割に合わねえと思うぜ?」
 彼がそう言った時、部屋のドアがノックされた。

「どうもー! ご注文の唐揚げ5皿、チャーハン2皿、ラーメンサラダ、ジャーマンポテト! 刺身の盛り合わせと海老マヨ、海鮮チヂミと親子丼でーす!」
「追加でーす! 牛すじ煮込みとソーセージの盛り合わせ、鶏とカシューナッツの彩り炒め、だし巻き卵2つ! パエリア、大盛りボンゴレパスタ、ミックスピザ!」

 威勢のいい若い店員が運んできた料理の多さに、全員がぽかんとする。
「いつもながら壮観でござるなあ……」
「お、折紙さん。このふたり、こんなに食べるんですか?」
「えーと……、注文は基本的に“ここからここまで”の御仁たちでござるよ」
 感心したようにふたりの様子を見るイワンの発言に、皆が更に驚く。

「おー来た来た。うまそー」
「おなかがぺこぺこです。あ、ビール、ありがとうございます」
 ビールのジョッキを受け取ったガブリエラは、ついさっき貰った“神秘的”という評価に砂をかける勢いで、一気にそれを飲み干した。
「はー、汗をかいたあとのビールはおいしいですね! あ、飲み放題なのですね」
「お前ほどほどにしとけよ」
「ええ〜」
「店が可哀想だろ」
 料理がみっしり隙間なく置かれたテーブルに向かい合ったライアンとガブリエラは、それぞれ料理に手を付け始めた。
「う、うわあああああ」
「どんだけ食うんだあのふたり!?」
「こ、これは確かに割に合わない……」
「唐揚げだけで、このふたりで鳥2羽ぶんぐらいいってねえ……?」
「ビールが完全に水扱い!」
「アン……ガブリエラさん、焼酎イッキしてんだけど!」
 次々に皿を空け、酒をどんどん空にしていくふたりに、全員がごくりと息を呑む。

「あー、とりあえず腹が落ち着いた」

 ライアンが言った。積み上がった空の皿やジョッキ、グラスの山を、チョップマンが写真に収めている。後日SNSに掲載するらしい。
「そうですね、とりあえずは。んー、今度はこのイモジョーチューというのにします」
「何杯目っスか!? 大丈夫なんスか!?」
「なにがですか?」
 きょとんとしているガブリエラに、Ms.バイオレットがライアンを振り返る。
「ライアンさん、ガブリエラさんってお酒強いんスか!?」
「あー、ほっといていいぜ」
 “ワク”だから、と言いつつ、ライアンもまた“ニホンシュ”を飲み干した。

「ガブリエラさぁん、女子会しましょうよう、女子会」
「いいですね。行きます」
 固まっている女子ヒーローに呼ばれたガブリエラは、料理と酒を両方の手にそれぞれ持って立ち上がった。
「ライアンさん、話聞かせてくださいよー」
「ああん? 何だよ」
 そしてライアンは、出来上がっている男性ヒーローのグループに引っ張られていった。



「やはりお金のことですね」

 一部リーグヒーローとなって一番変わったところと良かったと思うところは何か、という質問に、ガブリエラはけろりと答えた。
「うおう。ぶっちゃけますね」
「なんか意外ッス。ガブリエラさんって、もっとこう崇高なっていうか、聖人っぽいこと言うのかと思ってたッス」
「私は聖人などではありませんよ」
 ガブリエラは、にこりと笑った。その笑みに妙に迫力があるので、皆が少しどきりとする。
「やりたいからやっている。それだけのこと」
「うーん」
「まずお金がないと、何も出来ません。ヒーロー自体はボランティアでも出来ますが、家賃も光熱費も払わなければなりません。食事や、水も無料ではありません。特に、私はたくさん食事をしなければいけませんし」
「ま、ですよね」
「今は食費の殆どを会社が持ってくれますので、こんなに健康になりました。前はだいたい、油と砂糖と廃棄バーガーで生きていました」
 うわあ、と声が上がる。実際彼女が当時ろくなものを食べていなかったことについてはドキュメンタリーなどでも放映されており、またメトロ生き埋め事故の時の生中継でも油を飲む彼女の映像が流れたため、話を盛っているとか、大げさと思う者などいない。

「ヒーローとしての気持ちも大事ですが、お金も大事なのです」

 非常に説得力のあることを言ってガブリエラが酒を飲むと、薄給に喘ぐ二部リーグヒーローたちは、それぞれ重々しく頷いた。
「あの、私ヒーローになってあんまり日が経ってないんですけど、ヒーローとしてのバイトってどういうのがいいんでしょうか」
 今はアカデミーを出たばかりなので親が仕送りを少ししてくれているんですが、いつまでも甘えるのもなんですし……と言う若い女性ヒーローに、ガブリエラは「うーん」と首を傾げる。
「むう、どうでしょう。よくわかりませんが、私はお給料より、まかないがあるとか、廃棄の食べ物が貰えるとか、そういう」
「あー。生活の助けになる感じの待遇がある?」
「そう、そうです。あとは、何かの訓練になるとか。お金は欲しいですが、結局、何ですか、そう。時は金なりですからね」
 ライアンから習った言い回しを使って、ガブリエラは頷いた。
「なるほど……。ガブリエラさんは、どういうバイトをしました?」
「アカデミー時代はマッサージ店です。これは回復系のNEXTにアカデミーが紹介する定番ですが、私にとっては能力の精度を上げる、とても良い訓練になりました。前の会社に入ってからは、廃棄が貰えるバーガーショップや、期限切れ直前の食品がとても安く買えるスーパーなど」
「飲み屋とかはしなかったんですかあ? まかないとか出るとこ多いですけど」
「短期でやったことはあります。しかし、ファストフードのほうがカロリーが高いのです。今思えば健康には良くなかったのですが、私には必要なことでした」
「ああ……」
 質問した新人女性ヒーローだけでなく、全員が興味深そうな様子だった。

「落ち着いてからは、バイクもそうですが乗り物の運転が好きなので、フォークリフトなどの重機の免許もとって、工事現場で働いていました。お給料も良かったです。しかし結局、長く続けたのはバイク便です。早く届ければチップがもらえることもありますし、時間の都合も付きます。ありがたいことに好評で、あまりに指名が多くてヒーロー業に支障が出るので、アポロンメディアのいくつかの部署専属でやらせて頂いていました」
「さすが」
「っていうかアカデミー時代はともかく、会社入った後もバイトしてたんスか? あの、ここだけの話、給料が少なかったとか……?」
 Ms.バイオレットがおそるおそる聞くと、ガブリエラは苦笑した。
「いえ、多くも少なくも。企業所属の二部リーグヒーローとしては普通くらいか、むしろ少し多く頂けていたくらいだと思います。しかし私は母が施設に入っているので、そのお金が多くかかりました」
「あっ、そうなんですか」
 込み入ったことを聞いてしまった、と慌てるMs.バイオレットに、ガブリエラは気にしなくていいとばかりに微笑む。

「今は収入が増えたので、施設代もらくらくです。仕送りも出来ます」
「……すみません、ガブリエラさんって、その、おいくつなんですか」
「21歳です」
「若ッ!」
 さらりと言ったガブリエラに、全員が驚く。
「えっ、若っ! 経歴からしてそんなにいってないとは思ってましたけど!」
 20代後半かと思われる女性ヒーローが、驚愕を充分に滲ませて言った。他のヒーローも、激しく頷いている。
「えっ。私、そんなに年上に見えますか?」
「いやいやいや見た目の話じゃなくて!」
「経歴の濃さっていうか! 人生経験っていうか!」
「そうでしょうか?」
 ガブリエラは、首を傾げる。

「ていうかホント、行動力がすごいッス。迷ったりしないんですか?」
「迷う? いいえ、別に」
 ガブリエラは、あっさりと首を振った。その様子は、迷うことを否定するというよりは、迷うという概念自体よくわかっていないような様子だった。はああ、と感嘆の息が皆から上がる。
「ヒッチハイクでシュテルンビルトに来たって、マジ……なんですよね? その時も、迷わなかったんですか?」
「はい」
「……後悔とかしないんですか?」
「ぼやぼやしていると、チャンスはなくなってしまいます」
「うううカッコイイ。なんでそんな風に考えられるんですかあ」
「うーん? ……ライアンが言うには、私は生きるか死ぬかという場所で生まれ育ったので、今すぐどうこうと決める癖がついているのでは、ということです。よくわかりませんが、彼が言うならおそらくそうなのでしょう」
 無頓着な様子で、ガブリエラは言った。しかしライアンの分析だというそれに皆納得したのか、なるほどと頷いている。

「ライアンからは、もう少し考えて動けと叱られるのですが」
 ガブリエラは、苦笑と喜びが混ざったような顔をした。
「しかし私は頭が悪いですので、下手に考えたところで、いい考えなど浮かびません。それに今まで、このやり方で失敗したことは今のところありません」
「……失敗したら?」
「間違ったら死ぬと思えば、間違わないものですよ」
 にこり、と笑ったガブリエラに、全員が気圧される。
「バイクで走ることでもそうでしょう。転んだら死ぬ、だからこそ転ばない」
「深い……」
「そうですか?」
「……自分が甘ったれていると思えてきました」
「ふふ」
 ガブリエラは、微笑んだ。その笑い声の深さに、皆が顔を上げる。
「そんなことはありません。言ったでしょう、好きでやっていることだと」
「でも」
「やりたいことをやっているだけ。欲しいものを目指して走るのです」
 ガブリエラは、酒を飲み干した。それはもう美味そうに。

「あとは、たどり着くまで走り続ける。それだけのこと」

 そこまで言って、ガブリエラは目を見開いた。向かい側の、少し斜めの席に座っていた女性ヒーローが、俯いたまま、突然ぽろぽろと涙を流し始めたからだ。
★シュテルンヒーローランドレポート★
9/10
前へ / 目次 / 次へ
BY 餡子郎
トップに戻る