#054
★シュテルンヒーローランドレポート★
7/10
「申し訳ありません、遅れました!」
「よーっしゃ! セーフ!?」

 ゲストたちからは見えない場所に回りこませてあったポーターの中で急いでヒーロースーツを装着したライアン、同じくドミニオンズ・モードからいつものケルビム・モードのヒーロースーツに着替えたホワイトアンジェラがスライディングに近い様子で『CAST STANDBY ROOM』と書かれた部屋に飛び込むと、たくさんの二部リーグヒーローやスタッフたちが、一斉にこちらを向いた。
「来たああああああー!!」
「ライアンさん、セーフっす!」
「ギリっす! ギリセーフ!」
「マジか。うおー焦ったー」
 笑顔で、ノリよく両腕を水平に広げる二部リーグヒーローたちに、ライアンはヒーロースーツの上から、額の汗を拭うような仕草をしてみせた。皆から笑い声が上がる。

 事件が起これば何を置いても出動というヒーローの特性上、急に決まった日程もあって実際に顔を合わせてのリハーサルや打ち合わせはできていない。パレード直前のリハーサル、というよりはミーティングが、事前に打ち合わせができる最後のチャンス。
 しかしスタッフが時間を間違えたせいで、それもギリギリになったのである。アンジェラが先程言った通り、売店でのサプライズイベントが長引いていたら、完全にアウトであった。

「ぶっつけ本番どころか、途中参加になるとこだった。やべーやべー」
「お疲れ様っす! えーっと、これがルート……」
「あ、そこは大丈夫。事前に頭入れてきた」
「ダンスは……」
「ライアンと練習してきました。完璧に踊れます!」
 ひらひらと手を振るライアンとびしっと手を上げるアンジェラに、さすが一部リーグ、プロ意識が高い、と二部リーグヒーローたちが感心する。顔合わせを全くしていない上にスケジュールに行き違いがあったと聞いて心配していたが、本人たちがこれなら何とかなりそうだ、とホッと胸を撫で下ろしてもいた。

「でも、観客と一緒に踊るのに止まるとこあるだろ? そこのタイミングが書面だけだとよくわかんねえんだけど」
「あ、了解です。前の日の実際の動画あるんで、それで説明します」
「おっ用意いいね、助かる。あと音響スピーカーの位置なんだけど、低音と高音分かれてるんだよな? どこ?」
「配置図持ってきます! これ、赤いのが高音で、青いのが低音。主旋律がこっち」
「んー、じゃあこっち反響するから、マイクパフォーマンスするならここんとこの停止位置がベスト?」
「その通りです……」
「夜だし、照明の位置も頼むわ。動画に写ってる?」
「用意します!」
「あ、フロートの照明も。できればいっぺん点けてみて。ダメなら動画」
 テキパキとパレードの細かい部分を把握していくライアンに、皆が感心する。
 ライアンがこれは何だ、こっちに何を持って来いと次々指示するのに従い、スタッフたちが動いていく。ゲストのはずがすっかり中心になっているライアンに、二部リーグヒーローたちがぽかんとしていた。

「ライアンさんすげえ」
「あの人、業界の芸歴めちゃくちゃ長いんだろ? だからだよ」
「かっこいい〜」
 次々にそんなコメントが上がり、それを聞いたアンジェラが、誇らしげに胸を張った。
「なんでお前がドヤ顔してんだ」
「なぜならライアンがデキる男すぎて、私の仕事が無いからです!」
「堂々と言うな。教えるからお前も覚えろ」
「わんわん」
 そう言ってアンジェラがライアンの近くに寄って行くと、二部リーグから「アンジェラさんの生わんわん!」と、興奮した声が上がった。






 きらきらと、星が降るような音と、壮麗な音楽が大音量で響き渡る。
 園内のいたるところから色とりどりのレーザーが照射され、夜になったばかりの空間を華やかに彩りはじめた。

 ──ヒーローの街、シュテルンビルト! 
 ──You, and I am... no! We are the HERO!

 宣言とともに、音楽のテンションが上がる。
 それと同時に、パレードのスタート地点の大扉からフロート──色々なギミックや電飾で飾り付けをされ、ゆっくりと動く巨大な台車が、拍手で迎えられて現れる。
 突出したバルコニーにも似た、先頭の高い場所に立っているMs.バイオレットが紙吹雪を撒いていると、後から現れたチョップマンが、巨大化した手で大量の紙吹雪をばらまく。ゲストたちから歓声が上がった。
 フロート、ダンサー集団、そして次のフロート。こんな順番の行列が、どれも中心に二部リーグヒーローを据えつつ、音楽に合わせてゆっくりと進んでいく。

「キャアアアアア! R&A! うそー!!」
「うおおおお、アンジェラ!? 前の席とっといてよかったああああ!!」
「ゴールデンライアン!! ライアーン! きゃああ、こっち向いてー!!」
「かっこいいいい! いやあああああ!!」
「チェイサー! エンジェルチェイサー!! カメラカメラカメラ!!」

 そして全体の中央くらい、青と金で飾られたフロート後方、スローンズ・モードでエンジェルチェイサーに跨るアンジェラとライアンの姿に、驚愕と興奮がこれでもかと篭った大歓声、また激しくシャッターを切る音が巻き起こる。

 ──フォオオオン!!

 アンジェラがエンジンをふかし、技術の粋を集めて作られたクリアな音を響かせると、更に歓声が上がった。
 そこに堂々と跨ったライアンは、悠々と手を振っている。スーツの金色が照明を反射して、なんともゴージャスな様子である。
 ゆったりと進んでいたパレードが一旦止まると、アンジェラがスローンズ・モードを解除し、ふたりがエンジェルチェイサーから降りた。
 フロート車の中の階段を駆け上がり、最上位置にあるバルコニー・ステージに揃って立つ。すると後ろの方の観客にもふたりの姿がよく見えるようになり、先程にも増した歓声が上がった。

《特別ゲスト! ゴールデンライアン、アアアアンド、ホワイトアンジェラ!!》
「よう! びっくりしたかァ!? サプラ──イズ!」
「さぷらいず、です! こんばんは!」

 パァン! と、ふたりが乗ったフロート車のクラッカーが破裂し、ほうぼうに金銀のテープを飛ばす。そのタイミングで曲調が変わり、ダンサーたちが前に出て、ゲストたちに近づいた。
「はいはーい、みなさん! R&Aと一緒に踊るッスよー!」
 Ms.バイオレットがはっきりと聞き取りやすい声で仕切ると、最初はノリが悪いことがほとんどの観客たちが、パレード前にキャストたちが広めた振付を、皆笑顔でやりはじめる。
 それはダンスというよりは手だけで行うお遊戯じみたもので、決め所さえ決めればついていける。しかし、全部完璧にやるにはそれなりに複雑な動きだ。
 だが背中合わせに立ったライアンとアンジェラは、誰もから見える高い場所で、完璧にそれをやってみせた。
「俺のブーツに、キスをしな!」
「わんわん!」
「さすが一部リーグ、完璧でごわす! はい、皆さんも見習って! もういっかーい!」
 皆で踊るフレーズの繰り返しを、スモウサンダーが煽る。コミカルな動きをする巨体に笑みを浮かべたゲストたちが、先程よりは慣れた様子でリズムに乗って手を動かした。

「アンジェラー!」
「ゴールデンライアーン!」

 歓声のした方に、ふたりはひたすら手を振ったり、ポーズを決めたりする。下で踊るダンサーの振り付けを真似て踊ったりすると、さらに歓声が飛んだ。
「ダンス、楽しいです! もっと踊りましょう!」
「何? もっと側に来て欲しい? いいぜ、そこで待ってな!」
 そんな台詞とともに、ふたりがバルコニーから飛び降りた。きゃあ、と悲鳴に近い歓声が上がったが、ふたりは前方にあるポールをしっかりと掴み、それを伝うように下に降りた。
 しかしアンジェラは逆さまで降り、脳天が地面につくギリギリで止まったままだ。無論わざとであり、高い握力と運動神経を持っているからこその技である。
 逆さまのままのアンジェラの前に立ったライアンは、腰に手を当てて「しょうがねえな」と言わんばかりのジェスチャーをした後、アンジェラの腕を掴み、軽々と天地上下に回して立たせた。
「よっ、俺に会いたかったァ?」
「こんにちは。楽しんでいますか? 私はとても楽しいです! わん!」
 フロートを降り、左右それぞれに分かれて観客に近づいたふたりは、皆とハイタッチをしたり、振付を一緒に踊ったりした。

「どっ、どおおおおん!」

 ダンサーに囲まれたライアンが振付の一部であるかのように地面にしゃがみこみ、両手をついて声を上げる。途端彼の身体が青白く輝き、ごく微弱な重力波が、彼から波紋状に広まった。極微弱とはいえ、ヒーローの力を体感できた観客たちから、興奮した声が上がる。
「ライアン! 皆さん、怪我をした方はいませんか?」
 アンジェラの声に、「大丈夫ー!」「楽しいー!」と声が上がると、アンジェラが笑みを浮かべる。
「良かった。では私からも!」
 アンジェラはそう言うとフロートに戻り、小さめのボールのようなものを取り出した。
 そしてその中身を両手でそれぞれひとつずつ持つと、手のひらを上に向ける。それと同時に、彼女の身体が青白く光った。

 すると、──花が咲く。

 アンジェラが能力を使ったのは、たくさんの種を仕込んで麻布で包んだボールだった。それは彼女の手の上でたくさんの芽を出し、麻布の隙間からあっという間に成長して、色とりどりの花を瑞々しく開かせている。
 その奇跡のような様に観客が呆気にとられ、次いで大歓声を起こす。
 アンジェラはずっしりと重みを増した両手の花をフロートにつけてあるパーツに置いて飾ると、次は指先ほどの小さなボールがたくさん入ったバスケットを持って、観客の側に行った。
 そしてそれをつまみ上げてはゲストの目の前で成長させ、誕生日や結婚記念日であることを示すメモリアルバッジをしている人たちへ優先的に配り歩き、時に後ろから伸ばされる手に向かって投げる。

 フロートが動いている時はチェイサーに跨がり、花を咲かせて投げたり、上に登って手を振ったり。止まっている時はフロートを降りて皆と一緒に踊ったり、能力を披露したり。そんなことを何度も繰り返して30分ほど練り歩くと、巨大天球儀を掲げた『セレスティアル・タワー』の前の大舞台に到着する。
 他のフロートが後ろに控えるように停まっていく中、ふたりの乗ったフロートは、随分前の方、中央に停められた。ほとんど観客の目の前に止まったフロート、しかもそこから高く突き出しているため本当にバルコニーのようになった場所に揃って立ったふたりは、全てのフロートが到着するまで、ゲストたちに手を振ったりして待つ。

 そして全てのフロートが到着し、音楽の盛り上がりも最高潮になったその時、アンジェラがバルコニーの手摺を、両手で掴んだ。

「──どっ、どぉ──ん!」

 楽しそうな高い声とともに、青白い光が広がる。それは掴んだ手摺を伝い、フロート全体に広がっていった。
「う、わ……」
 ゲストたちが、いや二部リーグのヒーローたちも含めた皆が、目を丸くして、声もなくその光景を見つめている。
 フロートのそこかしこに仕込まれていた種が、一斉に芽を出しはじめる。瑞々しく伸びた蔓があらゆるところに巻き付き、蕾を膨らませ、次々に花開いていく。
 満開の花。青と金の光を透かしながら咲き誇る花。
 あっという間にフロートが花に包まれると、音楽をかき消すような、地響きにも似た大歓声が上がった。

 その歓声に応えるようにして、ライアンがアンジェラを抱え上げる。
 ただでさえ高いバルコニーの舞台で、肩に乗せるようにして抱えられたアンジェラが、両手を大きく振る。その状態でバルコニーを行ったり来たりする度に、ライアンのスーツの金色がきらきらと輝いていた。

 ──ヒーローの街、シュテルンビルト! 
 ──You, and I am... no! We are the HERO!

《行きますよ、タイガーさん!》
《よっしゃあ、ワイルドに吠えるぜ!》
《ファ〜イヤァ〜ン!》
《うっし!》
《私の氷はちょっぴりコールド。あなたの悪事を完全ホールド!》
《サァーッ!》
《ありがとう、そしてありがとう!》

 白い巨大な塔の壁面に、七大企業ヒーローたちが活躍する様がプロジェクションマッピングでいきいきと投影され、そのセリフが響く。
《拙者、見切れたでござる!》
「──折紙サイクロンだ!」
 天球儀の影からちらりと見える半身を目敏く見つけたゲストが、指を差す。折紙サイクロンは、「見つかってしまったでござる!」という声が聞こえそうな仕草で、影に引っ込んでいった。

 折紙サイクロンの突然の登場と退場に皆がザワつく中、ドォン! と音がして、天球儀の後ろから、巨大な花火が上がる。

 ──You, and I am... no! We are the HERO!

 音楽が盛り上がり、キラキラ光る衣装を着たダンサーたちが踊り、二部リーグヒーローたちも同じように踊ったり、大きな手拍子をしたり、自分の能力を披露したりしている。
 そしてその最中、いつの間にか折紙サイクロンが、ライアンとアンジェラがいる花のフロートの影に見切れていた。「折紙サイクロン!」と声が上がると、彼は慌てて引っ込んでいき、フロートの影から青白い光が漏れた。

「え? 折紙サイクロン? どこどこ? 俺はワイルドタイガーだけど?」

 白と緑のヒーロースーツがひょっこり現れると、歓声が上がった。しかしすぐにまた引っ込み、青白い光。

「何ですか、折紙サイクロンなんていませんよ。僕はバーナビーですけどね!」

 次に現れた、白と赤、ピンクのヒーロースーツに、主に女性ゲストたちから、耳をつんざくような大歓声が上がった。

 それから折紙サイクロンは色々なところに見切れたり隠れたりしながら、様々なヒーローに擬態していった。ブルーローズ、ドラゴンキッド、ファイヤーエンブレム、ロックバイソン。またステルスソルジャーなどの、引退したヒーローたち。時にはすれ違った二部リーグヒーローに擬態し、同じ人物がふたりいる状況を作ったりして、皆を大いに湧かせていく。
 そしてスカイハイに擬態した彼は花のフロートに登ってゆき、ライアンとアンジェラの間に出てきた。

「よ、折紙。大活躍じゃん」
「凄いです、折紙さん!」
「せ、拙者折紙サイクロンではないでござるよ? あっ、違う! そして違う!」
 スカイハイの声と姿でのござる口調と慌てた取り繕いに、ゲストたちがどっと笑う。
「いい加減、素で踊れって!」
「私は折紙サイクロンではなく、スカイハイ! 証拠に飛んでみせようじゃないか!」
 そう言って彼はバルコニーの手摺に立ち、スカイハイお得意の、両手を横斜め上まっすぐに伸ばすポーズを取った。
「スカァーイ、ハァーイッ!」
 そう言ってスカイハイこと折紙サイクロンは、手摺を踏み切り飛び上がった。そしてそのままくるりと空中回転すると同時に青白い光を放ち、折紙サイクロンの姿で華麗に着地する。

「やはり飛ぶのは無理でござる。ニンニン」

 能力は擬態できないのでござる〜、と言いつつ、折紙サイクロンはまたどこかに行ってしまった。しかし、飛べなかったものの、ライアンやアンジェラもポールを使ってしか降りられなかった高いバルコニーから軽々と飛び降りた彼に、惜しみない拍手喝采が贈られる。

 背後の巨大なプロジェクションマッピングでは、新旧様々なヒーローたちが、入れ代わり立ち代わり映写されている。
 最後に曲調が少し変わり、ライアンとアンジェラ、折紙サイクロンを含めた全員がステージの上に集まると、全員がダンスを踊り始める。さすがのヒーロー、全員がダンサーに負けず劣らずのキレの有る動きを見せると、盛り上がりは最高潮になった。

 ──ヒーローの街、シュテルンビルト! 
 ──You, and I am... no! We are the HERO!

 最後に、夜空を埋め尽くすような盛大な花火が上がり、パレードが終了した。






「ライアンさん、アンジェラさん、折紙さああああん!」
「すっご、凄かったです! ほんと!」
「すげーすげーすげー! いつも盛り上がりますけど、今回はもー!」
「大違いっすよー! もーすっごい! ホント! すっごい!」

 控室、兼フロート倉庫に引き返してから、汗だらけで興奮しきりの二部リーグヒーローたちが、次々に話しかけてくる。興奮しきった彼らは、ハイタッチやハグを手当たり次第に近くにいる仲間と繰り返していた。
 それにゆったりと応じながら、ライアンはフェイスガードを跳ね上げ、不敵な笑みを披露してみせる。
「おうよ。最高だったろ?」
 さいっこうでしたー!! と、ヒーローたちだけでなく、裏方のスタッフやキャストたちもが、全員一丸となって声を上げた。

「折紙さん、チョーかっこよかったですー! 擬態かっこいい!」
「忍者最高!」
「見切れ最高!」
「ほ、本当でござるか! 緊張で吐きそうでござったが、頑張ってよかったでござる!」
 ステージを縦横無尽に動き回っていた先ほどとは打って変わって、何故かぺこぺこと頭を下げまくっている折紙サイクロンは、恐縮し切り、といった様子だ。
「擬態もすごいんですけど、あの身のこなしが! どんな訓練してんですか!?」
「え、ええと……」
 能力とは関係ない部分での凄技を見て興奮した二部リーグヒーローたちにキラキラした目を向けられた折紙サイクロンは、訓練方法について、しどろもどろながらも話し始めた。

「アンジェラさんも、すっごく、すっごく! 素敵だったっす!」
「ありがとうございます。私も、とても楽しかったです! とても!」
 アンジェラの手を握って跳ねるMs.バイオレットに、アンジェラも笑顔で応じる。
「フロート、花だらけだなー」
 ライアンが、苦笑して言った。みっちりと蔦が這い、仕込んだ花の種が全て発芽して花が咲いているフロートは、明るい場所で見ても大迫力である。
「掃除がてら、みんなで切って持って帰りますよ。ご利益ありそうですし」
「何のご利益?」
 スーベニアカップを売った男性や他のファンにも同じようなことを言われているライアンは首を傾げたが、全員「ご利益はご利益ですよ、ねえ」というボンベマンのセリフに全員が頷いているので、肩を竦めて黙っておいた。

「すみませんゴールデンライアン、あの演出なんですが。次からも採用しても……」
「ん、ちゃんと話通すんならいーよ。担当はあっち」
 期待いっぱいの顔で近づいてきたパレード責任者に、ライアンは軽く、しかし的確に応じる。責任者はさっそく、撮影についてきているドミニオンズ職員に走り寄っていった。
 そのやり取りを見ていた者たちが、「ライアンさんすげー」「さすが」とライアンに尊敬を込めた目を向けた。

「3人とも、打ち上げどうするッスか!?」
「来てくださいよー!」
「んー?」
 テンションが最高潮の皆がわらわらと寄ってくるのを、ライアンは鷹揚に受け止める。
「せ、拙者もおじゃましていいんでござるか?」
 正真正銘の一部リーグヒーローだというのに腰の低い折紙サイクロンを、二部リーグヒーローたちは概ね好意的に受け止めているらしい。「もちろんっすよ!」と次々に上がる声に、彼は照れたように後頭部に手をやった。
「で、ではお邪魔するでござる……」
「やった! ライアンさんは!?」
「そだなー、まだ撮影残ってるしな。それ終わって、まだ間に合うようだったら顔出すわ」
「了解したッス」
 幹事であるらしいMS.バイオレットが、笑顔で敬礼した。

「ライアン! とても楽しかったです! とても!」
 跳ねるようにして駆け寄ってきたアンジェラは、ヒーロースーツで顔がほとんど隠れていても満面の笑みとわかるテンションで言った。
「おー、俺も楽しかったわ」
「とてもですか!」
「とても、とても。うーん、やっぱステージはいいねー」
 演出ちゃんとやるのも楽しそうだし、とライアンは指先で汗を弾いた。
「ライアン、疲れていませんか?」
「いや、そこまでじゃねえよ。お前は……元気だな」
「元気です! 有り余っています!」
「わかったわかった」
 ぴょんぴょん跳ねているアンジェラの頭を、ライアンはがっしと掴む。「無駄なカロリー使うな」と言えば、「はい!」と、アンジェラはまだむずむずしていそうなままだが、とりあえず跳ねるのをやめた。
「そんなに有り余ってんのか」
「カロリーも! テンションも! 有り余っています!」
「じゃあちょっとずつ分けてやれば? ヒーローだから健康診断もこまめにしてるし、軽くだったら大丈夫だろ」
 ライアンが、二部リーグヒーローたちを顎で示した。

「おお、それはいい考えです! 皆さん、お礼をさせて下さい」
「え、アンジェラ、何を……」
「手を繋いで、輪になって!」
 わけがわからないながらも、皆アンジェラの言うとおりにする。折紙サイクロンが、「あ、メトロの時の……」と小さく呟く。
 そして二部リーグヒーローたちが、控室、兼フロート倉庫の壁いっぱいを使って、ひとつの大きな輪になった。
「皆さん、手を繋ぎましたか?」
 アンジェラが声をかけると、皆「はい!」と声を上げる。ヒーローの中ではライアンと折紙サイクロンだけが輪に入らず、アンジェラの後ろに立っていた。

「──今日は、ありがとうございました!」

 アンジェラの身体が青白く光り、その光が、繋いだ手を伝って広がっていく。
 彼女の能力を知っているものからするとささやかで薄い光だったが、この場にいる全員が、身体がすっと軽くなったのを感じた。
《16580キロカロリーノ消費デス》
「そんなもんか。よし、オッケ」
 ライアンがそう言ってポンとアンジェラの頭に手を置くと、アンジェラは能力を使うのをやめた。青白い光が、波が引くように消えていく。
「疲労回復って感じ?」
「全体的に回復させますが、身体の中でいちばん悪いところにもっとも働きます」
「へー」
 呑気に会話しているふたりを、全員がぽかんと見遣っていた。
「おっ、もうこんな時間か。ちょっと巻いてこう」
「急ぐのですね、了解です」
「スーツ着替えなきゃだしな。あ、スタッフには俺からなー。ドミニオンズ! レディ・ブレンダ、言ったとおりよろしく」
 さっさと部屋を出て行くふたりを、皆、呆然と見送るしかできない。

「あ。突き指治ってる……?」
「手荒れが! つるつる!」
「ニキビ消えたー!」
「口内炎がない!」
「痔が……長年の敵が……! おお……!」
「アンジェラさんすげええええ!」
「マジ天使……」
「ガチ天使……」

 そしてふたりが出て行ってから、ヒーローたちが、次々に自分が抱えていた不調が改善していることに気づき、お互いにそれを確認し始めた。
 またドミニオンズ職員であり、マネージャー、付き人としてついてきていたブレンダ女史が「ゴールデンライアンからです」と言って幹事のMs.バイオレットに渡した封筒、その中身を確認した彼女は「セレブゥ!」と叫んで天を仰ぐ。
「何スかこの額! こここ来られないかもしれないのに!」
 Ms.バイオレットの叫びに、「ヒーローたちにはアンジェラが礼したけどスタッフにはしてないし」「行けないかもだけど、誘ってもらったから」と仰っておられました、とブレンダ女史が告げた。

「ひいいいイッケメエエエエン!」
「ライアンさん……イケメンすぎる……」
「やばいかっこよすぎる」
「抱かれてもいい」
「イケメンとはこういうことか……」
「セレブで有能でイケメン……こわい……同じ人間と思えない……」

 わあわあと声を上げて騒ぐ二部リーグとスタッフたちを、折紙サイクロンが、「わかる……わかるでござるよ……」とウンウン頷きながら見守っていた。
★シュテルンヒーローランドレポート★
7/10
前へ / 目次 / 次へ
BY 餡子郎
トップに戻る