#053
★シュテルンヒーローランドレポート★
6/10
「さて、結構回りましたがいかがでござるか」

 大まかな数店舗を回り、休憩としてアイスクリームを食べているR&Aに、折紙サイクロンが感想を求める。彼はマスクの下の隙間から器用にストローを差し込んで、冷たい飲み物を飲んでいた。
「とにかく品揃えがすげえ〜。俺らはさくさく周ってるけど、じっくり見たらウィンドウショッピングだけで1日終わるんじゃねえの?」
「店内のディスプレイも見ごたえがあって、うろうろするだけでも楽しいですね!」
「実際お前はめちゃくちゃ買ってるけどな」
 購入したものが多いので、数ドルで買えるヒーロー柄の大きなショッピングバッグを購入して肩にかけているアンジェラに、ライアンがそんな突っ込みを入れた。
「持ちきれないほどたくさん買っても大丈夫! 帰る時までコインロッカーに預けるか、宅配カウンターもそこらじゅうに用意があるでござる。梱包も丁寧! 追加料金で、プレゼント用のラッピングもしてくれるでござるよ!」
「とても親切です!」
「確かにサービスいいねえ。行き届いてるっていうか」

 そんなことを紹介しながら、アイスクリームとドリンクのゴミをちゃんとゴミ箱に捨てた3人は、続いて『レジェンドフード』とカラフルな看板が掲げられた店に入っていった。

「食べ物やお菓子のお店ですか?」
「いかにも! 食べ物関係は、全てここで揃うでござる。おみやげ選びには無難にして最適。パッケージの缶や袋を目当てに買うもよし」
「おっ? これ、さっきのブルーローズのパフェのコーンフレークじゃねえ?」
 ライアンが、ブルーローズの写真と先ほどのパフェがデザインされたパッケージの箱を手に取った。
「そのとおりでござる。自宅でもあの味を再現! タイガー殿の辛マヨソースや、バーナビー殿のトマトピューレのレトルトパック、ロックバイソン殿の牛丼真空パック、うどんセット、キッド殿の冷凍餃子など! 完全にそのままではなく、持ち帰り用にアレンジが加えられたものもあるでござるが」
 折紙サイクロンが示した通り、ファイヤーエンブレムのデニッシュは、個包装のパイ生地ビスケットになっていた。しかしそのまま小さくした様子で再現度は非常に高く、味も近いだろうことが予想される。
「コラボメニューを制覇しきれなかった人にもオススメでござる」
「ブルーローズのホワイトチョココーンフレーク、そのまま食べてもよし、アイスクリームを乗せてもよし、と書いてありますね」
「あれ美味かったよなー。っていうかコラボフードみんな美味かったぜ。俺何個かずつ買って帰ろうかな」
「私も買います!」
「そうしろそうしろ、お前の冷蔵庫ヤバいし。……あ、そうなんだよ。コイツんち、バターとかジャムが妙にいっぱいあってさあ。パンがねえのになんでバターだけあるんだよって言ったら、コイツなんて言ったと思う?」
「パンがなくてもバターは食べられます」
「食うなっつーの。……んー、タイガーの辛マヨソースは5本ぐらいいっとくか」
 買い物カゴにどんどん商品を入れていくふたりに、折紙サイクロンが「おふた方とも、食べ物関係にはまさに食いつきがいいでござるなあ……」と少し上手いことを言ってシメた。



「さていよいよショッピングの目玉! シュテルンビルトだけでなく、他エリアのヒーローのグッズも広く取り扱うというシュテルン初の試みを行った、『グランドヒーロー・エンポーリアム』でござる!」
 折紙サイクロンが、すっかりテンションが上がった様子で説明した。
「百貨店、ね。シュテルンに限らず各エリアは自分とこのヒーローグッズしか取り扱わねえのが普通だから、確かに新しい試みだな」
 ライアンが補足すると、折紙サイクロンは深く頷いた。
「そうなのでござる。ヒーローファンの聖地というのがここのコンセプトでござるが、シュテルン以外のヒーローも取り扱うことで世界のヒーローファンを集めようという、壮大なプロジェクトなのでござるよ」
「本当に、ヒーローの街・シュテルンビルト、になるわけですね」
「そのとおりでござる!」
 前振りトークを行いながら、3人は店内に入っていく。

「おお〜、壮観!」

 ライアンが、ヒュウと口笛を吹いた。広大な店内はそれぞれのエリアごとに分けられ、凝ったディスプレイで数多くのヒーローグッズが並べられている。
「今までのは服とか食べ物とかのジャンルで別れてたけど、ここはヒーローごと分けてる感じだな。あとはエリア外のヒーローと、今だけの限定品とかそういうのが揃ってる、であってるか?」
 店内を見回しながら、ライアンが折紙サイクロンを見て言う。
「あってるでござるよ! 真ん中の島はやはり我々シュテルンヒーローでござるが、その他のエリアのヒーローグッズがぐるっと揃ってるでござる。アポロンメディア創刊のワールドヒーローコレクション──ヒーロー名鑑も売ってござるゆえ、他のエリアのヒーローを知る切っ掛けにするのもいいでござるな」
「コンチネンタル! コンチネンタルセンターエリアを見に行きます!」
「俺のデビューのエリアな」
 解説しながら先導する折紙サイクロン、子供のようにはしゃぐアンジェラの後ろで、ライアンがカメラ目線でウィンクを飛ばした。

「おっ! 俺、特設コーナー作ってある! サンキュー」
 非常に面積が広いため、東西南北と中央エリアに別れたコンチネンタルエリアの売り場の最も目立つところに、ゴールデンライアンの等身大POPと過去から現在までの様々なグッズが、派手なディスプレイで取り揃えられていた。
 他エリア出身のフリーのヒーロー、なおかつ現在シュテルンビルトで活躍するライアンは、この店の趣旨にぴったりであるため、特設コーナーが大々的に作られているようだ。
「あああああ、これ! こちらも! 持っていません!」
 主に旧スーツのゴールデンライアンのグッズに、アンジェラが興奮した様子で言う。
「ライアン殿はエリアを渡り歩いているがゆえ、それぞれでグッズが出ているのでござるな。すべて集めるのは至難の業でござるが、今回はこの店で全部揃うでござるよ」
「全て買います」
「アンジェラ殿、買い占めはルール違反でござるぞ!」
「もちろんです! 全種3つずつにします!」
「ならばよし!」
「いいんだ……」
 キリッとした様子で頷き合うふたりのテンションについていけないライアンは、ぬるい声で言った。
「っていうか、なんで3つもいるんだよ」
「決まっています。実際に使うためのものと、保存用と、予備です!」
 きっぱりと言ったアンジェラに、「基本でござるな」と折紙サイクロンが重々しく頷く。
「シュテルンビルトで発売されたグッズは大丈夫です。すでに全部ありますので」
「あっそう……」
「あっ、会社に頼まず、自分で集めましたからね!」
「……そりゃ、どうも」
 興奮しきっているアンジェラに、ライアンは呆れたような、しかしどこか満更でもないような声でコメントした。

「ふう……。充実感でいっぱいです」
 ゴールデンライアングッズをもれなく買い上げたアンジェラは、本当に満足気な様子で、もうひとつ増えた巨大なショッピングバッグを肩にかけた。
「わかるでござる〜。拙者も最初に来た時は宅配便の箱が4つにもなったでござるが、なんというかもうやりきった感が」
「わかります。とてもわかります」
「それにしてもアンジェラ殿、本当にライアン殿ガチ勢でござるなあ」
「えへ、それほどでも〜。折紙さんこそ凄いです、ほとんどのヒーローをご存知で」
「ややや、それほどでも〜」
 ヒーローオタクたちが楽しそうにしている間に、ライアンは店から頼まれ、等身大の自分のPOPにサインを入れた。

「あ、お前のグッズもあるぞ。さすがに二部リーグ時代のはねえけど」
 白い犬や天使の羽などのモチーフで飾り付けられた棚を発見したライアンが、指をさして言う。
「会社がもう存在していませんので……」
「それこそレア中のレアでござるな。ネットでプレミアついてるでござるよ」
「そうなのですか? 家にいくつかありますが……。私のグッズはストラップしかありませんが、あとは私の白い犬のデザインの元になった、マッチョ君のマグカップなどが」
「ああ、あれ。お前フツーに使ってるよな」
「えええええそうなんでござるか!?」
「はい。あ、番組の抽選プレゼントに? それも入れますか? しかし私が使ってしまっていますが……」
「本人使用済みとか余計にハイパーレアリティでござる……」

 そんな会話をしつつ、3人は視聴者プレゼント用のグッズをいくつか選んだ。折紙サイクロン、ゴールデンライアン、ホワイトアンジェラのグッズには、それぞれ直筆サインを入れてスタッフに手渡す。

「そうです、レジェンドとタイガーのグッズも買わなければ」
「頼まれものでござるか?」
「はい。レジェンドはタイガーから頼まれていて……、タイガーは」
「あー……、なるほどね。そういえば、お前さっきタイガーのポンチョ買ってたな」
「自分の部屋でなら遠慮なく使えるだろうと思いまして」
「……ああ、なるほど。わかったでござる」

 アンジェラがお土産を買う相手を察したふたりは、見守るような温かい目をして、タイガーモチーフでありつつ可愛らしいさりげないブレスレットと、小さな人形がついた緑色のインクのボールペンを選び、プレゼント包装にしてもらった。
 折紙サイクロンが見ていない間に、アンジェラは彼モチーフの和風ブレスレットと濃紺インクのボールペンも選んでこっそりプレゼント包装にしたが、それを見ていたのはライアンだけであった。



「ええっ、折紙さんはここでお別れなのですか?」
 大きなショッピングバッグをスタッフに預けてポーターに置いてきてもらってから、アンジェラが残念そうな声を出した。
「あ、そうなの? なんかあんの?」
「拙者は拙者で、今からラジオの公開収録でござる。『我らニブリーグ!』の、シュテルンヒーローランド特別収録編のゲストでござる!」
「へー、ラジオの収録スタジオあるんだ」
「アポロンメディアの、二部リーグさんたちの番組ですね!」
「ご存知でござるか。さすが元二部リーグ」
 折紙サイクロンは、頷いた。

『我らニブリーグ!』は、アポロンメディア所属の二部リーグヒーローであるMs.バイオレットをメインにして、チョップマン、ボンベマン、スモウサンダーが入れ替わり、もしくはふたりずつでパーソナリティを務めるラジオ番組である。
 二部リーグであるがゆえ、一般人にごく近い感覚で悩み相談ハガキにコメントしたり、冴えない仕事を頑張るしょっぱくも健気な苦労話を披露したり、自虐ネタも多く、そこが逆にウケている。

「下積みの頃や二部リーグヒーローとしての話などはシンパシーを感じますし、Ms.バイオレットさんの声やお話がとても聞きやすくて……」
「バイオレット殿は進行が上手でござるし、突っ込みが神がかっているでござるな! 拙者もリスナーゆえ、楽しみでござる!」
「羨ましいです」
「なんと! ではアンジェラ殿が出たがっていると話しておくでござる!」
「本当ですか? 私も会社に話しておきます!」
 盛り上がるふたりに、「なんかこのふたりが揃うと、俺置いて行かれるんだけど……」とライアンが呟いた。

「おっと、そろそろ時間でござるな。──しからば御免!」

 折紙サイクロンの姿が青白く輝いたかと思うと、彼のいたところから、1羽の鳥が飛び立つ。見事な擬態に、R&Aはもちろん、見学のギャラリーからも拍手が巻き起こった。






「……で、今度は何すんの?」

 折紙サイクロンが去るや否や、ライアンとアンジェラは、スタッフたちにキャスト用スペースに押し込まれていた。
 いや、正しくは、フード売り場の内部スペース、である。
 賑わった場所から少し離れ、単なる広めの道の際という場所。今まで各エリアでコラボフードを売っていたのと同じ、テイクアウト専用の小さめの売り場だ。しかし今までのようにヒーローに似せたコンセプトのデザインはされておらず、ただ白っぽい幕がテントのようにかぶせてあり、いかにも準備中という様相だった。

「えっ、私たちのコラボフード!? 限定商品で、サプライズ企画?」
「ああ〜、あれね。ここで出てくんのか」
「なぜライアンは知っているのですか!?」
 納得顔の彼に、心底驚いているアンジェラが素っ頓狂な声を出して振り返る。
「そりゃあ、俺アドバイザーだし。企画書のチェック、全部俺がしてるんだから」
「そうでした……」
「でもアイテムのことしか聞いてねえぞ。なにこの企画」

 ライアンが片眉を上げてニヤリとした笑みを浮かべると、ふたりの目の前に、そのコラボフードだというものが出された。
 マグカップ程度の、片や白色、片や濃青の陶器のカップに、パイ生地がドーム状に被さっている。白いカップにはホワイトアンジェラ、濃青のカップにはゴールデンライアンが、金色で印刷されている。どちらも横顔のポーズだが向きが逆なので、並べて置くと、向かい合わせか背中合わせのようになるデザインだった。

「おおおお! 素敵! 素敵です!」
「カップはスーベニアアイテムで、持って帰れるぜ。 ほら、パイ生地がカップそのものじゃなくて、中のプラスチックのカップについてるだろ」
「本当です。これなら汚れていないものをそのまま持って帰れますね!」
 感心しつつ、ふたりはパイ生地をスプーンで崩した。
「中身、私のは白いスープです! 貝が入っています!」
「クラムチャウダーな。俺のは黄金のコンソメスープだぜ。味に関しちゃプロに丸投げしたけど、……あ、美味い。ベーコン入ってる」
「パイ生地を崩してスープに混ぜるとおいしいです。さくさくのままでもいけますが」
 それぞれがぺろりと平らげると、またスタッフがカンペ越しに指示を飛ばす。

「何? ……え、売るの? 俺らが? 直に?」
「お客さんにもサプライズですか」
「なんかこの番組、サプライズ多くない?」
 渡されたエプロンを身につけながら、ふたりは店の配置や商品の売り方をレクチャーされた。

「ライアン、レジは打てますか?」
 アンジェラが質問したが、子供の頃から芸能活動一本のライアンに、もちろんレジなど打てるわけがない。「そんな質問自体、生まれて初めてされたわ」といっそ新鮮そうな様子で、ライアンが肩をすくめる。
「では私がレジ係をやります。ライアンは商品を渡す係。あ、保温ケースの前には何も置かないほうがスムーズですよ」
「……手慣れてんな」
「以前、ボスバーガーで働いていましたので」
 アルバイト経験だけは豊富にあります、と言うアンジェラは、確かに全ての動作が手馴れていた。テキパキと在庫を整理し、全体の数や場所を把握すると、自分とライアンの手をアルコール除菌してスタッフに合図する。

「うわー、俺様バイト初めてー」
「大丈夫です、私がサポートします! いつでもいいですよ!」



 ブルーローズのカチューシャとファイヤーエンブレムのサングラスをそれぞれ身につけた仲の良さそうなカップルが、道を歩いてきた。木に取り付けられたカメラが、固定アングルの映像を撮り続けている。
「ん? 何あれ。まだできてない店とか?」
「でも“営業中”って書いてあるわよ」
「何も看板出てないな」
 カップルが立ち止まり、疑問符を浮かべながら店を覗きこむようにする。しかし、白い幕がかかった店の入り口は開いているものの狭く、光の加減で中があまり見えない。
「何だろ。入ってみよっか」
「営業中って書いてあるんだし、怒られないよな」
 カップルが頷き合い、入口をくぐるようにして入っていく。

「よぉ。らっしゃっせー」
「いらっしゃいませ!」

 カウンターに肘をついたライアンがゆるい口調で言い、その横に立ったアンジェラがきびきびと言った。入店したカップルは目の前に現れたふたりに目を見開いて硬直し、次いで揃って悲鳴を上げる。

「うわあああああ! え!? 本物!? え、R&A!?」
「キャー! 超かっこいい! かっこいいいいいい! 本物のアンジェラ!」
「えっおねーさんコイツなの? 俺じゃなく?」
 ライアンでなくアンジェラに対し目をハートにしている女性にライアンがきょとんとすると、男性の方が「すみません、彼女バイク乗りで……」と苦笑した。
「おお、そうなのですか。光栄です」
「こここここちらこそ! あっ、サイン! バイクのキーホルダーにサインしてもらってもいいですか!? お守りにします!!」
「お安いご用ですとも」
 興奮しきりの女性からバイクのキーを受け取ったアンジェラは、本革のキーホルダーの裏面にもたもたとサインをすると、「安全運転で」と言って返す。

「おおおおお俺もいいですか、ライアン! サインと、握手!」
「ん? いいよ」
「やった! あの俺、今度起業しようと思ってて!」
「お、ガッツあるね。頑張って」
「この間のBUSINESS LIFEのインタビュー記事、参考になりました!」
 そう言って男性が渡してきた名刺入れに慣れた手つきでサインをしたライアンは、男性の名前とともに“Good luck!”と書き加えてから、握手に応じた。
「うおおお、ご利益ありそう! ありがとうございます!」
「ご利益ねえ」
 ライアンが苦笑したが、男性は本気で嬉しそうだった。

「まあいいけど。ところで、俺らのコラボフード買ってかない?」
「スーベニアカップですよ」

 ふたりが勧めると、「もちろん買います!」と身を乗り出したカップルは、それぞれアンジェラとライアンのコラボフードを買い求めた。ライアンが、商品とともにカップを持ち帰るための緩衝材シートを渡す。
「ありがとうございましたー」
 目にも留まらぬ速さで精算したアンジェラに、ライアンが「レジ打つの早ッ」と感嘆する。カップルは名残惜しそうな、しかししっかり写真も撮って、大満足の顔で店を出て行った。



 その後、リアクションが良く、放送に使ってもいいと言ってくれた客を5、6組撮影した頃には、SNSで広まったか最初から「R&Aがサプライズでイベントを行っている」と情報を得ての来訪が増えたため、サプライズはこれでお開きになることとなった。
「皆さん、ありがとうございました」
「楽しんでな〜」
 店から出てきたふたりはエプロンを外し、店の前でスーベニアカップを持っている皆に手を振った。歓声が上がると同時に店の幕が剥がされ、ホワイトアンジェラとゴールデンライアン、ふたりのヒーロースーツをモチーフにデザインされた本物の売り場がお披露目されると、更に大きな歓声が上がる。

「このスーベニアカップ付きのコラボメニューは、限定品の予定です」
「今回はこの企画に合わせて、だったからな」
「今後、変わるかどうかは未定です。えーと、何か決まり次第、アスクレピオスの公式サイトや、ヒーローランド公式サイトのインフォメーションなどでお知らせします。よろしくお願いします」
 たどたどしく台本を読み終わったアンジェラがぺこりと頭を下げると、OK! とディレクターが声を上げ、サプライズイベントは終了となった。






「んー、ちょっと時間に余裕ある感じ?」
「先ほどのサプライズが、意外と早く終わってしまいましたからね」
「SNSで広まると早ェなー。でもあのままだと滅茶苦茶混み合っちまうしな」
「急な発表だったので、今も並び始めているそうですよ」
 話すふたりの下には、放映時、“R&Aのスーベニアカップは、来年3月まで限定販売予定!”とテロップが入った。
「グッズとか、あとヒーローランドの中で着けられるアイテムはぼちぼち出るぞ。でも俺らは正式にはシュテルン専属じゃねえから、七大企業ヒーローほどではねえかな」
「残念です」
「いいよな〜。企画来ねえかな〜。ま、もっとビッグにならねえとな」
「頑張りましょう」
 無難にまとめると、ライアンが「で」と仕切りなおす。

「次はいよいよ、大人気のKOH、スカイハイのアトラクション!」
「『スカイハイツアーズ』ですね!」
「3Dグラス装着で楽しむ、シアター型アトラクションだ。180度以上の巨大スクリーンで、実際にスカイハイがカメラを装着して撮影した、迫力満点の空撮映像を本人の解説付きで楽しめるぜ」

 ふたりがいるのは、宇宙ステーションのような雰囲気の、銀色をベースに紫と白が差し色に使われた、あまり背の高くない、平べったい丸い建物だった。
「ひと目でスカイハイとわかりますね」
「だな。ヒーロースーツまんま」
 そんなコメントをしつつ、ふたりはファストパス専用列に入っていった。

《やあ、ようこそ、そしてようこそ! 私の空の旅へ!》

 最終ファストパスを持った人々が建物内に入ると、円形の部屋の真ん中に、まるで上から降りてきたようなエフェクトで、スカイハイの等身大ホログラムが現れた。
《おっと、まだ3Dグラスはかけないでくれたまえ! かけなくとも、まだ私は立体で見えるからね。いいかい? 私がきちんと合図するから、心配することはないさ》
 抑揚たっぷりに、お茶目に話すKOHに、皆が笑顔を浮かべる。
《私のアトラクションは、小さなお子さんでも、男性でも女性でも、お歳を召した方でも誰でも空の旅を楽しめる、素晴らしいものだ! でも万がいち気分が悪くなったりしたら、あそこや、こちらの壁際に立っているキャストに助けを求めるか──》
 スカイハイがいくつか指差した先に、スカイハイのヒーロースーツをモチーフにした制服を着たキャストが、笑顔で手を振っていた。
《もしくは、薄く光っている非常灯に従って出口まで行くんだ。ただし、体調不良以外での退場は遠慮して欲しい。あと言うまでもないが、絶対に禁煙だ。飲食や、大きな声で話すことも遠慮してくれたまえ。他の人の迷惑になるからね。いいかい? 絶対に! そして絶対にだ!》
 子供か犬に言い聞かせるように、強く、しかし優しげな様子で、人差し指を振りながらスカイハイが言う。

《わかったかい? では後で会おう!》

 地面を蹴るような仕草をしたかと思ったら、半透明のスカイハイは、空に飛び立つようにして消えた。
 ライアンとアンジェラが座席に進むと、後ろからまた《やあ、ようこそ、そしてようこそ!》と聞こえてきたので、数分間を開けて何度もアナウンスする仕組みのようだ。



 シアター内の座席がいっぱいになり、扉が閉められる。部屋がゆっくりと暗くなっていくと、ガタガタガタン! と、何かを蹴倒したような音が響いた。
《やあ、すまない、慌ててしまって。カメラは? どうすればいいんだったかな? あっ、グラスをかけておいてくれたまえ! その間に準備を……準備……そして準備! どうすればいい!?》
 スカイハイの声が、後ろから、しかし風の音や足音とともに、あっちこっちから聞こえる。姿は見えないが、その声の位置で、彼があちこちを飛び回っていることがわかった。その度に色んな音が聞こえるので、観客からくすくすと笑い声が上がる。
《カメラ! ああカメラ、こうだ! どうだい、見えるかい!?》
 その声とともに、180度以上の大スクリーンに、凄まじく高いところから撮影された、シュテルンビルトの昼間の町並みが一気に映しだされた。まるで今そこにいきなり立たされたような臨場感に、多くの人々がびくっと膝を跳ねさせる。

《やあ、こんにちは。ここはどこだと思う? 彼女の頭の上さ!》
 カメラがぐるんと周り、青空を映したかと思うと、次に映るのは、真っ白い石の壁。
《おっと、近づきすぎたかな。ズームの逆……ううん、難しいな。いいさ、私が下がるから》
 カメラが対象物から遠ざかって行くと、白い壁の全容が見えてくる。

 それはシュテルンビルトのシンボルでもある、ジャスティスタワーの頂点に掲げられた、女神像の頬だった。



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【VTR】

「やあ、こんにちは。スカイハイだ!
 シュテルンビルトヒーローランドのオープンおめでとう、そしておめでとう! それに私のアトラクションを作ってくれるなんて、ありがとう! そして、本当に、ありがとう! とっても嬉しいよ! そして嬉しい!
 ……おっと、ちょっと興奮しすぎたね。嬉しくて仕方なくてね、すまない。ええと、私のアトラクションは、映画館のようにゆったり座席に座っていながら私が空を飛ぶ時間を一緒に体験してもらえる、素晴らしいものだ!
 私は空を飛ぶのがとても好きだし、この力を与えられて生まれたことを幸せに思っている。とても特別なことだからね。
 しかし特別すぎて、誰とも分かち合えないことでもあるんだ。例えば“今日の女神像のほっぺたに、ハトのフンがついてたね”なんて、世間話にすらならない。私には日常のことなんだけれど。
 でもこのアトラクションを体験してもらえば、私がいつもどんな世界を見ているのか、どんなふうにシュテルンビルトという街を見ているのか、とても良くわかってもらえると思う。
 このアトラクションによって、私はこのシュテルンビルトの空を、初めて、沢山の人達と分かち合うことができる! こんなに嬉しいことはない! 君たちも、ぜひ楽しんでもらえたら嬉しい! とても嬉しい!
 あ、コラボフードかい? 私の大好物を用意してもらった! 美味しい、とても美味しいよ! ゴールデン君、アンジェラ君、好きなだけたくさん食べてくれたまえ!」

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「すっ……げえええええええ!!」
「すごかった! すごかったです! すごい! そして! すごい!」
 何やら足早に建物から出てきたライアンとアンジェラは、興奮冷めやらぬ、といった様子で言った。なぜかふたり共、ぴょんぴょんと跳ねている。
「あ〜〜〜、まだ足元フワッフワする!」
「私もです! ああああ、すごかった……」
「凄かったな……あーやばい、ボキャブラリーがダメんなってる。頭悪い言葉しか出てこねえ……凄すぎて……」
「すごかったです!」
 頭を抱えるライアンの横で、アンジェラがまだぴょんぴょん跳ねながら繰り返した。

「あのですね! 飛ぶ! 飛ぶのです! ビューンと、ビルの! 間を!」
「電車と並走したりな!」
「鳥とも一緒に!」
「そう、鳥な、鳥! 鳥やべー!」
「とりー!」
 3歳児レベルの語彙を繰り返すばかりで全くレポートになっていないふたりに、ディレクターが苦笑する。
「レポートとか言われてもな! 無理!」
「無理ですね! あれは見なければわからないのです!」
「そうそう。大人気なのも納得だわ」
「はい! あ、コラボフード?」
 仕事をしないふたりに焦れたディレクターは、餌で釣ることにしたらしい。カンペに“コラボフード行って”という文字を見て、ふたりは渋々、珍しく渋々とフード売り場に向かった。

「えーと、スカイハイのとっておきカレーパンと、レモネードです」
「カレーで、パンで、レモネード。……うん、ただのスカイハイの好物だな」

 アンジェラが運んできた小さめのカレーパン3つとごく普通のレモネードを見て、ライアンは頷いた。
「全部カレーですが、種類が違うのですね。どれもおいしいです」
「キーマカレーと、トマトカレーと、……何カレーだこれ。でもじゃがいもがホクホクでうまい」
「“ふつうのカレー”と書いてありました」
「普通のカレーって……」
「カレーですが、辛さは……ほとんどありません」
「甘口だよな。小さい子供でも大丈夫なマイルドさ。スカイハイらしいっちゃらしい」
「そういえばそうですね」
「でも美味いぜこれ。カレーもだけど、パンも美味い」
「スカイハイにお聞きしましたが、これは彼がとても時間をかけて決めた味だそうです。パンも、お気に入りのベーカリーに頼み込んでレシピを聞いて量産できるようにしたとおっしゃっていました。レモネードも絶対にこのメーカーがいいと……」
「あ、そういうタイプのコラボフードなわけね。なるほど」
「おみやげ用のものはレトルトパックになっていました。ライスや普通のバゲットでも食べられていいですね」

 のんびりとパンを食べていると、向こうからスタッフが走ってきた。
 ひどく慌てた顔をしている彼にきょとんとしたふたりであったが、カンペに“巻いて!”、すなわち急げと支持が出たので、カレーパンを急いで口に詰めて立ち上がる。

「は!? スケジュール間違えた!?」

 すみません! と平謝りするスタッフに、ライアンは「あちゃー」と頭を掻いた。アンジェラは、ちゅう、とレモネードを飲み干して、カップをゴミ箱に捨てている。
 二部リーグヒーローとダンサーたちが繰り広げる、シュテルンヒーローランドのメインパレード、『We are the HERO!』。このパレードに、ライアンとアンジェラは、ゲストたちにとっては完全サプライズのゲスト出演をすることになっていた。しかも、ノーカットで放送予定のこのパレードは、この3時間番組の、いちばんの目玉コンテンツでもあるのだ。

「余裕どころかギリギリかー。……まァ、間違えたもんはしょーがねえわ。次から気をつけろよ」
「さっきのサプライズが早めに終わって、良かったですね」
「おうよ、ラッキーだったってこった。……ってなわけで、行くぞ! 走れ!」
「はい!」

 慌てた様子のキャストが呼びに来るや否や、ふたりは誘導に従い、キャスト専用扉に飛び込んだ。
その頃のシュテルンちゃんねる:#052〜053
★シュテルンヒーローランドレポート★
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BY 餡子郎
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