#050
★シュテルンヒーローランドレポート★
3/10
「おー、さっすが折紙。がっつりジャパン風のデザイン」

 ファストパスの時間が近づいてきたため、ふたりはキッドのエリアから折紙サイクロンのエリアに戻ってきた。
 先程は建物の裏手でファストパスを取っただけだったが、正面から改めてエリアに入ると、これでもかと和風の装飾がされた大きな建物がそびえ立っている。それだけでなく、周りの街灯、ゴミ箱、なにか売っているワゴンやトイレの建物まで、ありとあらゆるものがそのようなデザインに統一されていた。
「建物の周りも凝っていますね。キャストの方々もニンジャの衣装で」
「ピンクとか水色の忍者ってどうなの?」
 凝っていつつも突っ込みどころ満載のデザインを眺めながら、ふたりは“提供:ヘリペリデスファイナンス”の表示の横を抜け、ファストパス所持者専用のゲートをくぐっていく。
「なるほど。ファストパスをとっておくと、スムーズに入場できるのですね」
「そーゆーコトだな。うわー、そこら中に折紙が見切れてる」
 建物内、天井の梁や柱、あらゆるものの影から、折紙サイクロンのヒーロースーツの一部が見え隠れしている。並んでいる人々があっちこっちを指差して、「あそこにもいる!」「あっちにも」と楽しそうな声を上げていた。

「これは並んでいる時も飽きませんね。楽しいです」
「ってか、一般だいぶ並んでるぜ。そんな人気なの? あ、ちょっと聞いてみる? じゃマイクちょーだい。ハーイ、ちょっとそこのおにーさん、そうそうそこの」
 スタッフから渡されたマイクを持ったライアンが、一般入場列に近寄っていく。突然のヒーロー登場に歓声が上がる中、ライアンから指名された男性は、わたわたと慌てて背筋を伸ばした。

「おおすげえ。折紙サイクロンずくめ」
「本当ですね」
「は、はい! もう大ファンで! 最初は親近感を感じてたんですけど、どんどん強くなってヒーローらしくなっていくのがもうカッコ良くて……もう、とにかく、ファンです! 応援してます!」
 折紙サイクロンのTシャツに限定スカジャン、帽子にストラップと、折紙サイクロンまみれの男性は、頬を紅潮させて何度も頷いた。
「へー。こんなファンがいて、折紙も嬉しーだろうなあ。で、一般列スゲー並んでるけど、ここそんな人気なの?」
「はい! というか、何度も楽しめる仕様というか、もう1回、もう1回ってなっちゃって、何度も、という感じです。えっと、シューティングゲームで……あそこにランキングも出るんですよ」
 男性が指差した先には、電飾で目立つ、HERO TVのランキングボードに似たデザインのボードがあった。
「1位折紙サイクロン、9,999,999ポイント?」
「あれは、折紙サイクロンが実際に出した点数なんです! パーフェクトでクリアすると、あの点数になるんですよ!」
「マジか。折紙パねえ」
「折紙さんは、ゲームがとても上手ですからね」
 ふたりが感心する。

 良いコメントが得られ、笑顔のディレクターからOKサインを出されたふたりは、スタッフが差し出した特別版折紙サイクロンストラップを謝礼として男性に渡して、ファストパスの列に戻った。



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【VTR】

「今日は見切れてござらん、拙者が主役! 折紙サイクロンでござる!
 拙者がアトラクションになるなど、本当に感激でござるよ〜! 完成した時、拙者試乗で男泣きに泣いたでござる。嬉しさ天元突破でござる!
 ええと、『折紙サイクロンの曲者忍者屋敷』は、ライド型アトラクションであると同時に、シューティングゲームでもあるでござる。大人なら4人、子供もいれば6人まで乗れる乗り物に乗り込んでいただいて、次々に現れる曲者を、手裏剣レーザーでやっつけるでござる!
 しかし時折拙者も見切れてござるゆえ、間違えて手裏剣で攻撃せぬように。
 曲者をやっつけるとポイントが入り、降りる時に総計が伝えられるでござるよ。高得点だった場合は表のランキングに表示され、特別賞品を進呈するでござる!
 1位が拙者9,999,999ポイントとあるでござるが、これは正真正銘、拙者が出したポイントでござる! パーフェクトクリアするとこの点数になるでござるよ! 同じゲームがソーシャルゲームの最終ステージで遊べる故、練習して挑むのも良いと思うでござる。
 コラボフードも、こだわりの逸品を用意したでござるゆえ是非。
 ではライアン殿、アンジェラ殿、楽しんで欲しいでござる!」

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「難しーんだけど!」

 乗り物から降りたライアンが、頭を抱えて声を上げた。
「難しかったです。私、620,000ポイントしか取れませんでした」
「俺は968,500? 折紙のポイントにはとても届かねえな……」
 ランキングボードで煌々と輝く、“1位:折紙サイクロン9,999,999ポイント”を睨みつつ、ふたりが唸る。

「しかし、とても楽しかったです。声や音楽がたくさんで、びっくりする仕掛けが次々に飛び出してきます! ゲームで高得点が取れなくても、じゅうぶんに楽しめます」
「確かに、ネタ仕込みまくってる感じだったな。これは何回も乗りたくなるのわかるわ。ゲームとしてってのもわかるけど、単純に見るとこ多すぎて全部見きれねえもん」
「みきれない」
「折紙サイクロンだけに? 見切れまくってて見きれない。そういうオチ?」
 ライアンとアンジェラが、絶妙なタイミングでカメラの方を向く。ふたりが同じように肩をすくめ、スタッフたちが笑った。

「あと、チビッコも乗れるアトラクションなのがいいな。身長制限なし」
「はい。小さい子は、真ん中に専用チャイルドシートの用意があります。もちろん、お父さんかお母さんの付き添いが必要ですよ」
「んー、俺ももっかい乗りてえな。見逃したところと、あともっかいやればさっきより点数行くと思うんだけど……」
 解説するアンジェラの横で、まさに“何回も乗りたくなる”現象を起こしているライアンを、カメラが撮影する。
「残念だけど、一般列並んでる時間ないんで、コラボフード行くか」
「また今度リベンジしましょう」
 本当に残念そうに苦笑を浮かべ、ふたりはアトラクション施設から離れた。

「オニギリと、ミソスープ!」

 やはり瓦屋根のデザインの売り場から、アンジェラが、笹舟の形をした紙トレイに乗った3種のおにぎりと、取っ手のついたお椀デザインのスープカップに入った味噌汁を運んできた。
「ライスボールか。具がいっコずつ違うの? サーモンと、オカカと、ウメボシ? オカカとウメボシって何?」
「何でしょう……サーモンはわかりますが」
「ジャパンの食材? へえ。じゃあまずサーモン」
 ひとつのおにぎりを半分に割ったライアンは、半分を口に入れ、半分をアンジェラに渡した。
「おいしいですね」
「まあフツーにうまいな。コンビニのやつ食ったことあるけど、それよりライスがふっくらしてて口の中でばらける感じ。あったかいってのもあるかもしれねえけど」
「もちもちしていますね。……あっ、ヒーローランドで使われているジャパン料理のライスは、ジャパンから輸入したものを使用しているそうです!」
「へえ〜。そういえば、バイソンの牛丼のライスもモチモチ系で美味かったな」
 そう言いつつ、ふたりはあっという間にひとつめのおにぎりを食べ終わった。

「じゃあ次、オカカっていうやつ」
 再度半分に割り、それぞれ口にする。
「あ、美味いじゃん。ショウユの味。これも魚系か?」
「甘辛くておいしいです。ライスに合います」
「えーっと、カツオっていう魚の身をカラッカラに干したのを削って、ショウユで……おお、割と手が込んだ具だな。ジャパンの食材ってそういうの多いね」
「本当においしいです。どこで買えるのでしょう……」
「今度折紙に聞こうぜ」
 初めて食べる“オカカ”を気に入ったふたりは、ぺろりとそれを平らげた。

「じゃ、最後ウメボシ。なんか赤い……!?」
 オカカが美味しかったということのもあり、大胆におにぎりにかぶりついたライアンとアンジェラが、双方表情を変えた。
「んー! んんんん! んん!」
「……ひゅっぱいれふ」
 急いで味噌汁で流し込むライアンと、口を押さえ、むぐむぐと口に入れたまま情けない声を上げるアンジェラ。
「すっぱァ! 何これ!?」
「らいあん、みそすーぷ、ください」
「おお、悪い悪い。飲め」
 ライアンからお椀カップを渡されたアンジェラは、そっとそれに口をつけ、ウメボシおにぎりを流しこんだ。

「えーと、なんか、ジャパンの、ツケモノ? の一種だって。ジャパンのソウルフード、へえ。プラムの実らしいんだけど、すげー酸っぱい。これはちょっと好き嫌い別れんじゃね? いや、不味いわけじゃねえんだけど。びっくりした」
「確かに、びっくりしました。……しかし、慣れればおいしいです。私は好きです」
「そう? まあ、ガツガツ食べる系ではねえ感じかな」
「ばら売りもしているので、好きな具のものを単品で、というのもできますよ」
 そんなコメントとともに、ふたりは3種のおにぎりと味噌汁を完食した。



「じゃ、またファストパス取るか」
「スカイハイのアトラクションが、ファストパス最終です!」
「え、ヤバいじゃねーか。早く早く」

 早くと言いつつも早足止まりで、ふたりはスカイハイのアトラクションまで行き、ぎりぎりでファストパスを取る。放映時には、園内は走らないように、というテロップがついた。

「セーフ! うわ、ほんとにギリギリ。まだ午前中なのにファストパス最終かよ……」
「さすがKOHですね。では次……あ、お昼ごはん! お昼ごはんです!」
「お、いいね!」
 手を上げて喜ぶアンジェラに、ライアンも喜色を浮かべる。
「いい加減、腹減ってきたところだもんな」
「少しずつ食べていますが、毎回足りないので……」
「それな。余計腹減るわ」
 そんなことを言いつつ、ふたりは予約を入れているレストランに向かっていった。






「はい! 着きました! 『マダム・ハングリーのはらぺこレストラン』!」

 アンジェラの声とともに、カメラが目の前の建物に向く。
 仮面舞踏会風のマスクをした貴族女性が、扇ではなくフライパンや木べら、おたまなどを持った像が付いた大きな看板が、取材班のカメラに収められた。

「マダム・ハングリーってあれだよな。開発前のシュテルンビルトで、NEXT能力使って貧困層とか難民に炊き出しとかした」

 ライアンの発言の後、マダム・ハングリーの解説がテロップで入った。
 マダム・ハングリーは、厳密にはヒーローではない。というより、ヒーローという概念自体存在していなかった頃の人物だ。しかし彼女の功績が、“NEXTは皆に危害を加える化物ではない”という認識の大きな礎になっているのだ。
 彼女は電磁波、要するに電子レンジのような事ができるという、使い方によってはかなり危険な能力の持ち主である。
 しかし、彼女はそれを料理にしか使わなかった。NEXT差別の激しかった時代、本来は裕福な貴族婦人だった彼女はマダム・ハングリーと名乗り、仮面を被り、対外的に正体を隠して活動した。その活動を後押しした理解ある夫君とともに亡くなる間際まで様々な食料関係の援助活動をした彼女は、原初のヒーローのひとりとして教科書にも名前が載っている。

「で、このレストランは、当時のマダム・ハングリーの得意料理だったっていうメニューと、やっぱりヒーローコラボのメニューが揃ってるぜ」
「予約はチケットを取るのと同じように、ネットから出来ます。一応人数が限定されているので、早めに予約した方がいいですよ」

 解説を入れつつ、ふたりは店内に入っていく。
 突然のヒーロー登場に、人々が歓声を上げる。そんな人々に手を振ったりすれ違いざまにハイタッチしたり、愛想を振りまきつつテーブルの間を抜けたふたりは、カメラが入りやすい、奥のテーブル席に着席した。

「内装も凝ってるな」
 テーブルについてナプキンを広げてから、ライアンが店を見回して言った。
 基本的に白く塗られた、木造建築。明かりはランプやシンプルだがその分品のいいシャンデリアデザインで、壁にはマダム・ハングリーとその夫君や家族の肖像画のレプリカや当時の活動の記録写真が、華やかな額縁に入って飾られている。
「マダム・ハングリーのお屋敷がモデルになっている、とのことです」
 本物は火災で燃えてしまったが、当時の記録から再現している、とアンジェラが解説した。
「開発前のシュテルンビルトは、こういう、昔のコンチネンタル風の建築も多かったそうです。主に、移住してきた貴族のお屋敷だそうです」
「ブロンズの外れたとことかに、ちらほら残ってるよな。レンガ造りとか」
「ありますね。雰囲気があって素敵です。バーやレストランになっているところが多いですが、まだ普通に住んでいる方もいます……と、バーナビーさんから聞きました」
「そうなの?」
「ご実家があのあたりにあったそうです」
「へえ〜」

 そんなことを話していると、緊張した面持ちのウェイターがやってきた。
「メインになる料理がお肉とお魚の2種類ございますが、どうなさいますか?」
「じゃあ俺が肉、コイツが魚」
 渡されたメニューを見ずに言ったライアンに、ウェイターが「かしこまりました」と頭を下げる。
「え、確認? だってどうせシェアするし」
 内容を確認しないのか、というスタッフからのカンペに、ライアンが答える。次いで、“いつもそうなのですか?”と質問のカンペ。
「はい、そうですね。私もライアンもたくさん食べるので」
「そのほうが便利だろ? どうせいっぱい食うんなら、種類食べられる方がいいし」
 なんでもないように答えるふたりに、ウェイターがなぜかそわそわとしている。

「では、ドリンクをお選びいただけますか?」
「のみもの……、あっ、ワインがあります!」
「そーいや、アルコール置いてんだよなここ。エールとかワインとかだけだけど」
 弾んだ声を上げたアンジェラにつられて、ライアンがメニューを開く。
「え、アルコールはだめですか? そんな……」
「固いこと言うなよ、酔わねえって」
 スタッフから出たNGのカンペに、アンジェラとライアンが口を尖らせる。
「酔いませんとも。一瞬で分解しますよ、一瞬ですよ」
「ボトル4本でも酔わねえのに、ワインの1杯や2杯でなんともならねえって」
「そうですよ。子供も見る番組ですが、お父さんやお母さん向けの情報も大事ですよ」
「良い事言ったよお前。……え、OK? よし! ディレクター、話がわかる!」
「素敵です、ディレクター! え、1杯だけ? むう、仕方ありませんね……」
 コース内のソフトドリンクはコーヒー、ウェイターに相談し、肉にも魚にも合うという赤ワインをデキャンタで注文したふたりは、メニューを返した。
「デキャンタでも、1杯は1杯だろ」
「ライアン、なんて頭のいい……」
 にやりと笑うライアン、感心した様子のアンジェラに、ディレクターは肩を竦めた。



「お待たせしました。ヒーローコース、初代ヒーローをイメージした、オードブルの盛り合わせでございます」
「あ! 真ん中の、レジェンドですね!」
 美しく盛りつけられた盛り合わせの中央、特徴的な仮面を象ったそれに、アンジェラが声を上げる。
「おっさんが喜ぶやつだわ。あ、タイガーの事な」
「タイガーはレジェンドの大ファンですので」
 カメラが料理を撮ったのを確認してから、ふたりはフォークを手に取った。ミスターレジェンドを代表とする、ヒーローという職業が確立された初代のヒーロー5人をモチーフにしたオードブルを、順番に食べてはコメントしていく。

 その後、マダム・ハングリーの得意料理にして当時の炊き出しの代表メニューだったじゃがいもとベーコンの黄金スープ、彼女の特製ドレッシングの掛かったサラダ、おかわり自由のプチパンが運ばれてくる。パンには、ヒーローの顔やシンボルマークの焼き印がランダムで入っていた。

 そしてついに、メインの料理が運ばれてきた。

「ワォ、ヒーロー全員! 素敵ですね!」
「おお〜、すっげえ。あ、カメラ撮って撮って。ここんとこ」
 大きめのプレートに、現在の一部リーグヒーローをモチーフにした飾り切り、ソースアートなどが施されている。
 肉料理のプレートは緑の野菜やベビーコーンを上手く使ってロックバイソンを象った野菜のソテーが添えられ、肉の上にはワイルドタイガーのマークの形のクラッカーが乗っている。スカイハイの横顔がソースアートで表現され、人参と赤パプリカのムースが炎のように縁が波打った小さなガラス容器に入っていて、ファイヤーエンブレムをモチーフにしているとすぐわかる。
 魚料理のプレートには、かぼちゃを上手く使ったドラゴンキッドイメージのソテー、バーナビーのソースアート。青い薔薇が添えられた白いジャガイモのムースが美しい小さなガラス容器に入ったものは青い小さな薔薇が添えられていて、ブルーローズとひと目でわかる。また、魚のフライの下からそっと見切れるようにして、手裏剣の形のスライスチーズがはみ出していた。言わずもがな、折紙サイクロンである。

「んんん、この肉! 煮込み! すっげー柔らかい、噛まなくてもいいやつだわ」
「魚は衣がついて、さくさくです! 中はふわふわ! ソースをつけると最高ですが、うう、バーナビーさんを崩すのがもったいない……」
「それぞれ、KOHふたりがソースアートになってるのな。……パンおかわり」
「私もおかわり!」
 コメントしつつ、そしてやはり皿を交換してシェアしつつ、ふたりは料理を片付けていく。合間に飲んでは継ぎ足していたデキャンタのワインも、あっという間になくなっていた。
 しかもふたりはパンをそれぞれ2回おかわりしたが、もはやディレクターは何も言わなかった。

「デザートは? ……あ、えっ、私たちですか!?」
「え、知らなかった。おおすげえ、食いもんになるの初めてだわ俺」

 皿の上に丸く落とされた、白いアイスクリーム。それに添えられているのは、ホワイトアンジェラのシンボルマークである狼犬の横顔がスタンプされた、白いウェハースだ。そして皿のスペースを大胆に使って濃い青のブルーベリーソースで描かれ、金箔が散らされたゴールデンライアン。
 食べ物としてはアンジェラがメイン、見た目としてはライアンがメインとなったそのプレートに、アンジェラが目を輝かせる。

「も、もったいないです。た、食べられない。あああ」
「アイス溶けるぞ」
「ああー! 私がー!」
 容赦なくアイスクリームにスプーンを突き刺したライアンに、アンジェラが声を上げる。苦渋の選択として、スタッフに泣きついて散々写真を撮ってもらったアンジェラは、ちまちまと大事そうにデザートを食べ始めた。
「お、このアイス、ヨーグルト味! 口がすっきりするし、ブルーベリーソースと合うわ。うまー」
「うう、おいしい。もったいない、あああ、おいしい」
「どの料理も手が込んでんなー。もちろん見た目だけじゃなく、味もいいぜ。今までの食べ歩きフードもそうだけど、テーマパークの食い物はあんまり美味しくないっていうのがセオリーな感じ、それが全然ねえわ。いやマジで」
「おいしいー……」
「泣くか食うかどっちかにしろ」
 泣き言を言いつつ感動していたアンジェラは、ライアンのひとこと以降何も言わず、ソースの1滴も残さずにデザートを完食した。






「美味しかったし、楽しかったですね!」
「ん〜、なんとか腹が落ち着いたな」
 食後のコーヒーを飲んだふたりは、再度他のテーブル客に愛想を振りまきながら、『マダム・ハングリーのはらぺこレストラン』を出た。

「次は……ブルーローズのは時間決まってるしな。スカイハイはファストパス取ったし……」
「では、アトラクションではないものを見に行きますか?」
「そうだな。食った後だし、ゆったりめでいくか」
 そう言いながら、揃ってのんびりと歩いて行く。開発前のシュテルンビルトの町並みを再現したレトロな景観は、眺めて歩くだけでもなかなかのものだった。

「あっ、昔の船があります!」

 アンジェラがそう言って指差した先には、大きな帆船がある。
「あれがピア・エントランスですか?」
「そうみたいだな。俺らはオーバーランド・エントランスから入ったけど──、あ、ここんとこ説明する? オーケー、じゃあまずピアエントランスに行こうぜ」
 ディレクターの指示に従って、ふたりは大きな帆船が見える方に向かって歩き出した。

「──はい、ここがピア・エントランス! 見ての通り、たくさん船が着いてるだろ?」
 ライアンが言う通り、そこには遠目からも見えた帆船だけでなく、クルーザーがいくつか碇泊していた。人が降りた所は大きなゲートがあり、その向こうは広場にもなっていて、レトロな町並みを再現するためのものが色々と設置してある。
「実は、ヒーローランドのエントランス、入場口はふたつある。俺達が入ってきた、陸路でのオーバーランド・エントランス。そして、船で入場するピア・エントランスだ」
「オーバーランド・エントランスは、空港から直通バスが出ています。大きな駐車場もありますので、エリア外から飛行機でいらっしゃる方や、車で来る方はこちらですね」
「で、ピア・エントランスは、シュテルンビルト湾のフェリー乗り場から船が出てて、それに乗って来る人用のエントランスだ。船はヒーローランドオフィシャルのやつと、色んな会社から出してるやつがあるぜ〜」
 そんなライアンの台詞とともに、放映時はオフィシャルのクルーザー映像が流された。先頭にはMr.レジェンドの像があり、座席のデザインや壁紙もびっしりとヒーロー仕様。外装にも、様々なヒーローがダイナミックに格好良く描かれている。
 またどの船も必ず二部リーグヒーローが誰かひとり乗船し、シュテルンビルトの観光案内やパーク内の紹介、またトークやパフォーマンスなどを行ってくれるなど、入場する前から気分を盛り上げる仕様となっていることが紹介された。

「船によってちょっと航路が違うみてえだけど、だいたいはシュテルン湾の沖に出て、Uターンする感じでイーストリバーに入って、ブロックスエリアとオーシャンズエリアの半ばぐらいにあるヒーローランドに着く感じだな」
「船、たのしそうです!」
「実際楽しいと思うぜ。南の水平線とか、シュテルンメダイユ地区の三層の街並みなんかを眺めながらこっちに来れる。朝もいいけど、夜帰る時もシュテルンの夜景が綺麗に見えるだろ」
「素敵です!」
 アンジェラが、弾んだ声を上げた。
「チケットのチェックはピア・エントランスじゃなく、船に乗る時にやる。チケットに乗船券もついてるってわけだな。ってことで、必然的にクルーザーでの入場は事前にWEBでチケット端末入手まで終わらせとく必要がある」
「詳しくはホームページで!」
 アンジェラが締めた所で、ディレクターのOKサインが出た。いったんカメラが下ろされる。

「次は? ああ、あの帆船?」
 ディレクターが示したのは、大きく目立つ、いかにも昔の帆船という感じの、かなり大きな船である。ピア・エントランスの脇に停泊する巨大な船は、航路エントランスの目印、象徴のような佇まいだ。
「あれはこちらの船とは違うのですか?」
 アンジェラが、シュテルンメダイユを行き来するクルーザー群を指差して言う。
「帆船クルーズはやってねえって。企画はあるみたいだけど、クルーザーより更に天候に左右されるしな」
「では、あれは海には出ない船なのですね」
「そうみたいだな。でも飾りってわけじゃなくて、中に色々作ってあるって」
「中に入れるのですね」
「じゃ、行ってみようぜ」
 ふたりは歩いて行き、わざと昔風に作られたタラップを登った。



「大昔、に、大陸……今のコンチネンタルエリアから、このような船でやってきた、軍隊、……もしくは、はく……迫害された、NEXT能力者、の人々が、キャラバンを組んで、陸路でやってきたのが、シュテルンビルトの……祖。……へええ」

 アンジェラが、たどたどしく説明パネルを読み上げる。当時の写真や、実際に船で使われていた物品の展示が、ディスプレイも兼ねて置いてあった。
「教科書に載ってるやつな」
「そうなのですか?」
「そうだよ」
 彼女の育ちを知っているライアンは、丁寧に頷いた。
「だからシュテルンビルトは昔から、他の土地に比べてNEXT能力者がめちゃくちゃ多い」
「確かに、私の故郷ではNEXTは珍しかったです。いても引き篭もっていたり、隠れたりしているのが普通です。人前で力を使うことも、ほとんどありませんでした」
「だいぶ少なくなったけど、場所によってはまだひでえ差別も残ってるしな」
「魔女狩りですね」
「あ、そういうのは知ってんのか」
「教科書は知りませんが、実際にまだあるので」
「え?」
「ですので隠れるのです」
 アンジェラは、さらりと、しかし重い声で言った。カメラやメディアに慣れてきたせいか、それ以上は肩を竦めただけだったが。

「……つまり、まだ過去のことじゃないってこったな。みんなアトラクションだけじゃなく、こういうところもじっくり見ようぜ。大事なことだからな」
「真面目ですね、ライアン」
「そー。言ったろ? 俺様めちゃくちゃ真面目よ」
 少し茶化しながら、ふたりは展示を見ていく。このシュテルンビルトに辿り着くまでに何隻もの船が沈んでしまったり、辿り着いても病気などで全滅してしまったりといった過酷な出来事、また金脈が発見され、それを目当てに後から本国からやってきた非NEXTの軍隊との戦争などを、ふたりは神妙な態度で閲覧していった。

「こういう歴史があって、今のシュテルンビルトがあるのですね。勉強になります」
「コンチネンタルにもこういうのあるんだけどよ、やっぱシュテルン側からのと違うな」
「え、なぜですか?」
「見る側によって解釈が違うってこった。それが歴史ってもんだよ」
「むずかしい……」
 首を傾げるアンジェラに、ライアンは苦笑して肩を竦めた。

 内部の展示室を見終わって甲板に出れば、実際は飾りである大きな舵や、紐を引くと音が出る砲台などが置いてあった。
 今のうちにと、スタッフたちは休憩や機材チェックをしている。記念撮影をする人々、ギミックで遊ぶ子供たちの間を抜けて、ふたりは海を眺めた。

「海、何度見てもすごいですね。水平線が」
 アンジェラは、ぽつりと言った。
「お前の故郷、内陸だからなあ」
「地平線ならずっと見ていたのですが。荒野で」
「俺はそっちのほうが見たことねえわ」
「……ライアンでも、見たことのないものがあるのですね」
「そりゃあるだろ。世界は広いんだぜ」
「おお……」
 なんだか感心したような顔をしているアンジェラに、ライアンは肩をすくめた。
「コンチネンタルはどちらでしょう」
「東のほうだな。今見てるのの左。この大陸の東西幅と同じぐらいの距離の海を超えたら、コンチネンタルだ」
 ライアンが、腕を伸ばして指し示した。
「遠いですねえ……」
「行くだけなら、そこまで遠かねえよ。飛行機で半日ちょっとぐらい」
「ほー……」
 アンジェラは、興味津々の様子だった。
「飛行機はとても速いのですね。私の故郷までは、飛行機だとどのぐらいでしょう」
「距離的にはコンチネンタルのほうが遠いけど、お前の故郷は直通の手段がねえから、飛行機使ってももっと掛かるかも知れねえなあ」
「そうなのですか。私は1年と何ヶ月かかかりましたが」
「……おう。そういやお前もそうやって来たんだよな」
 この現代に、かつてのシュテルンビルトの祖と同じようにして馬と徒歩で星の街にやってきた彼女の発言に、ライアンは苦笑する。

「お前ほどハードなのはともかく、そういや、陸路の長距離移動ってしたことねえな」
「そうなのですか。私は船や飛行機に乗ったことがありません。あと、テレビで見ました、寝台列車や蒸気機関車というものも素敵でした。いつか乗ってみたいです」
「お前、基本的に乗り物全般好きだよなあ。俺も嫌いじゃねえけど」

 そうこうしているうちにスタッフたちの休憩が終わり、ふたりはゆったりと船を降りる。その時、ライアンはふと振り返り、船に描かれたマークを見上げた。

「……ごちゃごちゃして、ヘンなマークだな。なんだこれ?」
「あ、セラフィムのマークです」
 アンジェラが即座に答えたので、ライアンはきょとんとした。
「セラフィム?」
「熾天使。いちばん偉い天使です。星に連れて行ってくれる天使とも言われます。真ん中にある星がそうです」
 彼女の言うとおり、紋章の真ん中には、輝く星が描かれている。
「へー。さすがそっち方面は詳しいな」
「まる覚えしているだけで、考え方などはよくわかりませんが」
 肩をすくめるアンジェラに、ライアンは「ふぅん」とだけ言って、タラップを降りていく。

 セラフィムのマーク。
 4つに分けられた盾のそれぞれに、剣、ゴブレット、金貨、杖が描かれており、中央には、輝く星。
 そしてその意匠に重なるようにして、翼の生えた蛇とそうでない蛇がお互いの尾を食んで輪になっているというそのシンボルは、影になってすぐ見えなくなった。
★シュテルンヒーローランドレポート★
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BY 餡子郎
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