#049
★シュテルンヒーローランドレポート★
2/10
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【VTR】
「ハァイ! みなさんこんにちは、バーナビーです!」
「来たぞ、ワイルドタイガーだ! えーっと、今回は俺らが遊園地のアトラクションになったってことで。いやあ、照れくさいけど嬉しいよなー」
「ええ、本当に。『T&Bジャスティスアドベンチャー』は、ふたりから6人用のライドアトラクションです。緑のタイガーコースターと赤のバーナビーコースターにそれぞれ乗り込んでいただいて、コースターがくっついたり離れたりしながら僕たちと犯人を追いかける、迫力満点の3D映像が楽しめます!」
「俺らも試験で乗ったけど、すっげー楽しいぞ! 映像もすげーんだけど、あっち行ったりこっち行ったり、グルグルってなったり、ガーッとかワーッって、こう」
「縦横無尽の動きも楽しいアトラクションです」
「それ」
「また、近くで販売しているコラボフードもおすすめです」
「俺のは辛マヨホットドック、バニーのはトマトとチーズのホットサンド! 美味いぜ」
「詳しくは、ライアンとアンジェラが紹介してくれるでしょう」
「ふたりとも、ヨロシクな〜」
「楽しんでくださいね! シーヤ!」
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建物内は白をベースにした、赤と緑のカラーリング。
壁や天井、あらゆる所に等身大のタイガーやバーナビーや、様々なデフォルメ・イラストが描かれ、壁の大きなモニターが、今までの彼らの活躍を編集したVTRを流している。順番待ちの間もゲストを飽きさせない配慮が、たっぷりと施されていた。
《ハァイ! こんにちは、バーナビーです! 今日は僕たちT&B、ジャスティスアドベンチャーにようこそ!》
「ジュニア君、イェーイ」
「いぇーい」
バーナビーの声のアナウンスにライアンがゆるく声を上げると、アンジェラが追従する。そのまったりした歓声に、前後に並んでいるゲストたちが、くすくす笑いながら同じく「イェーイ」と声を上げた。
《僕たちのアトラクションは、楽しい──え? なんですって? 凶悪犯が現れた? 大変じゃないですか!》
抑揚たっぷりのその声に、ライアンが「やるねえ」と呟く。
《厄介な犯人のようですね。……皆さん、急なことで申し訳ありませんが協力をお願いします! 大丈夫、僕たちがちゃんと守りますからね。タイガーさん!》
《来たぞ、ワイルドタイガーだ! 犯人はどこだ!?》
次いで、タイガーのアナウンス。
《僕たちだけでは難しいかもしれません。ここにいる方々に協力をお願いしました》
《おおっ、手伝ってくれんのか。ありがとな!》
《ええ、しかし犯人を捕まえるため、激しい動きに耐えていただく必要があります! 高血圧の方、心臓、脊椎、首に疾患のある方、乗り物に酔いやすい方。その他アトラクションのご利用により悪化する恐れのある症状をお持ちの方! また妊娠中の方、ご高齢の方は今すぐ避難して!》
《それと、ひとりで座って安定した姿勢を保てないくらい小さい子は、もうちょっと大きくなってから手伝ってくれな!》
「だってよ。お前ら大丈夫?」
後ろに並んでいた親子連れ、両親がそれぞれ腕に抱いている小さな兄妹に、ライアンが茶目っ気を滲ませた声をかけた。兄の方はドラゴンキッド、妹の方はブルーローズのチケット端末を首から下げている。
常に抱き上げていなければいけないような年齢の子供ではないのだが、せっかく本物のヒーローの隣に長い時間居られる幸運に、ライアンやアンジェラを同じ目線で見れるよう、両親が抱き上げたのだ。
しかしそれでもまだ目線が高いライアンに、興奮に頬を紅潮させた子供ふたりはきらきらした目をして「だいじょうぶ!」「ひとりでのれるー」と、幼い声を上げた。
《また帽子、大きな髪飾りやカチューシャなどをしている方は、危ないので外して下さいね。フルフェイスの被り物などはもってのほか!》
「ええ〜」
首から下は着替えてきたもののフルフェイスメットのままのアンジェラが心配するようなリアクションを見せると、周りから笑い声が上がる。ちなみにここでは放映時、『アンジェラは特別に許可を得ています。一般の方は通常通り、メットなどの着用はご遠慮ください』とテロップが入っていた。
「私、乗れるでしょうか?」
アンジェラが、小さな兄妹に尋ねる。
「んー、のれる!」
「のれるー」
小さな手を上げて答えるふたりに、アンジェラは微笑んだ。
「本当ですか。安心しました、ありがとう」
「俺ヒーロースーツだったらやばかったわー」
ふたりが兄妹それぞれの頭を撫でると、子供たちがきゃっきゃっと笑う。
そんな風に子供と遊びながら順番を待っていると、間もなく実際に乗り込むライドコースターが見えてきた。それぞれのチェイサーを模してデザインされた、緑色のタイガーコースター、赤色のバーナビーコースター。それぞれ3人ずつ乗り込める座席がついている。
ライアンとアンジェラは後ろの親子連れと一緒にちょうど6人で乗ることになり、ライアンは父親と兄のふたりとタイガーコースターに、アンジェラは母親と妹とともにバーナビーコースターに乗り込んだ。どちらもヒーローふたりが最も背が高かったので、順番を譲り、最後尾に乗る。
《安全ベルトをしましたか? キャストの方、きちんと確認してくださいね》
《バニー、早く早く! 犯人が逃げちまうぜ!》
《わかってますよ! さあ用意はいいですか? いきますよ、皆さん!》
《よっしゃあ! ワイルドに吠えるぜ!》
T&Bの声、またキャストの女性の「いってらっしゃーい」という朗らかな声に送り出され、赤と緑のコースターが発進した。
「──楽しかったですね!」
「いやー、これすげーわ。すげーエンターテイメント」
アトラクションから出てきたふたりは、同乗した親子連れにせがまれて写真を1枚撮ってから、待機しているカメラの前に戻ってきた。
「特にあの、最後の、Good Luck modeのところ! 格好良かったです」
「あそこな! あ、これ以上のネタバレNG? えーっと、とにかく3D映像が大迫力で凄かったぜ。スピード感はあるけど絶叫マシンって感じじゃねえから、苦手な奴でも全然大丈夫」
「おふたりの掛け合いも楽しかったです。とてもテンポが良くて」
「タイガーコースターとバーナビーコースターでちょっとコース違うし、なんか列に並ぶ時の声も色々あるってジュニアくんが言ってたんで、何回乗っても楽しめると思うぜー」
「T&Bファンなら必ず乗るべきアトラクションですね」
「だな」
きれいに締めたふたりに、ディレクターから「OK!」と声が上がった。
「次、あれに乗りたいです!」
「お前テンション上がってきたね」
生まれて初めての遊園地、アトラクションに乗ってそれを実感したせいか見るからにはしゃいでいるアンジェラに、ライアンはゆったりと言った。
「で、あれってどれよ。……あれか」
「あれです!」
アンジェラが指差すのは、遠い場所からも見えるアトラクションだった。タワー型のレールにくっついた3基の乗り物が、ゲストの人々の叫び声とともにものすごいスピードで上昇したり、また落下したりしている。
「うわ落ちた。うわぁ、ガチの絶叫系じゃん……」
「私、あれを楽しみにしてきたのです! バイソンカタパルト!」
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【VTR】
「よう、ロックバイソンだ。
まさか自分が遊園地のアトラクションになるとは夢にも思ってなかったが、嬉しいぜ!
俺のアトラクション『バイソンカタパルト』は名前の通り、俺が乗って射出されるカタパルトと同じ速度で上がって、そのあと落ちるっていう、まあ絶叫系だな。いや絶叫系、そうなんだけど、俺いっつも乗ってるんだけど……。
ま、これに乗れば、俺がいつもどんな気分なのか、よくわかってもらえると思うぜ。っていうかわかれ! 最初の頃、ほんとに辛かったんだからな! ……ってことだから、体調の悪い奴は絶対乗るなよ!
あ、それと、アトラクションの近くにあるコラボメニューがオススメだ。牛肉尽くしでボリューム満点! 腹が減ったら食いに来いよ!」
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「うわーお、高っ。えっマジで高、──高いんだけど!」
そびえ立つタワー型のレールを見上げて、ライアンが怪訝な感じで言った。
「これ乗るの? ホントに? 言っちゃ何だけど馬鹿じゃない?」
並んでいる人々に向かってライアンが真顔で言うと、皆が笑い声を上げた。アンジェラが首を傾げる。
「ライアン、怖いのですか?」
「別に怖くはねえけどさあ」
「そうでしょう、とても楽しそうです! さあ順番ですよ! 行きましょう!」
「えー乗るの……マジで乗るの……えー……」
テンションの高いアンジェラはライアンの腕を取って引っ張り、等身大の巨大なロックバイソンの彫像、その横にある身長制限メーターの横を抜けていく。そしてうきうきした足取りで、屋外アトラクションであるバイソンカタパルトの柵の中に入っていった。
《よっ! よく来たな、命知らず共!》
「うるせーよおっさん」
クッションのついた、いかにも危険なことがありますよと言わんばかりのごついセーフティーバーを肩に降ろされたライアンは、バイソンのアナウンスにぶつくさ言った。その隣のアンジェラは、子供のように期待いっぱいの笑みを浮かべている。
《俺のアトラクションは、スリル満点だ。なんてったって、俺が毎回乗ってるのと全く同じスピードで飛び上がる上に、しっかり落ちるからな。えー、高血圧、心臓、脊椎、首に疾患のある奴、その他アトラクションの利用で悪化するおそれのある症状の人、妊娠してるとか高齢の人は絶対に乗らないように! あと身長120cm未満もダメだ。冗談抜きですっ飛んでくぞ。それ以外は大丈夫だ、俺と違ってセーフティバーもついてるしな! わはは!》
「楽しみですね!」
脚をぶらぶらさせながらはしゃいだ声を上げるアンジェラに、「今のアナウンスで?」とライアンが呆れた様子で言う。
バイソンのヒーロースーツを模した深緑で両脇にドリルの装飾のついた座席は、12人乗れるものが3台。上空から見ると三角形になるよう配置された天高く伸びるレールに沿って、一気に上昇する仕様だ。三角形なので、どれに乗るかで眺める景色がかなり違ってくる。ライアンとアンジェラは、広大なイーストリバー越しの対岸にある、遠いシュテルンビルト市内が見える1台に乗った。
《さあ行くぞ! 隣の人と手を繋げ! 心強いだろ?》
わくわくとどきどきの間にあるような笑みを浮かべながら、皆が笑顔で隣の人と手を繋ぎ始める。隣り合って座っているアンジェラとライアンは、お互いと、それぞれ逆隣の人とも手を繋ぐ。
アンジェラと手を繋いだ男性とライアンと手を繋いだ女性が、まだアトラクションが動いていないのに、それぞれはしゃいだ声を上げた。アンジェラは非常にわくわくと興奮しているようで、それぞれと繋いだ両手をぶんぶん振っている。
《行くぜ、カウントダウン!》
ピ、ピ、ピ、ポ──ン。
あっけないほどのカウントダウンの後、カタパルトが射出された。
「──もういちど乗りたいです!」
アトラクションから出てきて早々、アンジェラがテンションの高い声で言った。口元だけしか見えないにもかかわらず、満面の笑みであることがわかる。
「上がる時もいいですが、落ちる時がおもしろくて──どうしたのですか、ライアン」
「重力の有り難みを噛み締めてる」
能力を使う時のポーズ、すなわちしゃがんで地面に手を付けているライアンは、重い声で言った。
「馬鹿じゃねえの……上がって落ちてなんでまた上がるんだよ……」
「途中で、ガクン! と止まるところが楽しかったです」
「馬鹿じゃねえの……」
ぶつぶつ言っているライアンに、アンジェラはきょとんと首を傾げる。
放映時、ここでアトラクションに乗っている間のふたりの様子を撮影したカメラ映像が挟まる。アンジェラは常に笑顔で声を上げていたが、ライアンは終始真顔だった。
「もしかして、怖かったのですか?」
「別に怖くねーけど!」
アンジェラを振り返り、ライアンが怒鳴った。
「俺はこういう落ちる系嫌いなんだよ! ジェットコースターとかはまだいいけど上下はダメ。ふわってすんじゃん、浮くじゃん。落ちながら浮くじゃん。意味分かんねー、あーもームズムズする」
「……つまり怖かったのでは?」
「怖くはねーよ! 嫌いなだけだよ!」
ライアンは、両手で交互に自分の腕をさすりながら立ち上がった。
「あ〜信じらんねー、バイソンのおっさん、マジでこれ毎回やってんの?」
「ライアン! ロックバイソンのコラボフードですよ! いいにおいがします。行きましょう」
弾んだ足取りのアンジェラは、再度ライアンを引っ張り、食欲をそそる匂いを発する、ウェスタン系デザインのフード売り場に向かっていく。
「牛丼と、肉うどんです!」
アンジェラはカメラを意識しつつ、湯気が立ち上る、トレイに乗せた小さめの丼ふたつをテラス席のテーブルに乗せた。
「お〜、いい匂い。いいね、ヒヤッとしたからあったけえもん食いたい」
「ライス料理ですか。私、チョップスティックがまだうまく使えなくて……すみません、スプーンとフォークをください」
カメラが料理を撮影し終わったのを見計らって、アンジェラは牛丼、ライアンは肉うどんの丼を手に取った。
「おおー、うまっ! スープが最高。ダシ? が濃くて、麺は太めでもちもちしてんな。さすがクロノスフーズ」
「牛丼もおいしいです! ベニショウガがとても合います。半熟卵が最高ですね」
はふはふとしばらく食べてから、ふたりは丼を交換し、あっという間に全て食べ尽くした。
「器が小さめなので、すぐ食べられますね」
「そうだな、メニュー自体はがっつり系だけど。でもまあ軽食ってことならこんなもんか。……牛丼もう1杯食いたい」
「私もです。もう1杯……ダメ? ダメですか……」
スタッフからNGサインを出されたふたりは残念そうな様子で、器を返却棚に返した。
「え? 次は決まってんの?」
「ショーの時間があるそうです」
スタッフの指示に従い、ふたりはロックバイソンのエリアを離れた。少し歩くと、黄色と赤、緑をメインにしたカラーリングの、可愛らしい中華風のデザインのゲートが見えてくる。
「ドラゴンキッド! すぐわかりますね」
「『ドラゴンキッズ・パーク』だって。えーと、さっきのバイソンみたいなアトラクションに乗れない、チビッコのためのエリアだな。アトラクションはないけど、面白い仕掛けの遊具とかがいっぱい置いてある、らしい」
ライアンがカンペを読み上げる。
「大人も入って良いのでしょうか」
「保護者はもちろん、見るだけなら大人も来ていいってよ。ただし遊具は子供用だから、見るだけな」
まあそんな馬鹿はいねえと思うけど、と言いつつ、彼らはゲートをくぐった。
「ワォ、とてもかわいいです!」
ゲートと同じくドラゴンキッドのカラーリングで、どこも丸っこい中華風のデザインの建物や遊具。おもちゃを大きくしたようなそれらで夢中になって遊ぶ小さい子供たちを見て、アンジェラが微笑ましげな声を上げた。
「なんか地面がフカフカする。へー、このエリアの地面は柔らかい素材でできてるんだってよ。転んでも痛くないな」
「地面に限らず、どの遊具もこの素材だそうです。安全面が徹底されていますね」
《サァ!》
その時、ドラゴンキッドの声とともに、びりびりびり、と電撃らしき効果音が聞こえた。音がした方を見れば、小さな子供たちが、おもちゃのようなデザインの中華風の建物の下についたボタンを押してはしゃいでいる。
「レバーやボタンなどを動かすと、音が出たり、水が飛び出したりするのですね」
「窓にキッドの影が出てる。あ、出る音とかランダムなのか。へー、楽しそうじゃん」
仕掛けのされた遊具で夢中になって遊ぶ子供たちをふたりが眺めていると、スタッフから指示が出された。
「え? ショー?」
「ドラゴンキッドの稲妻カンフーマスター・ステージ、だそうです。え? こっちですか? しかし観客席は……え?」
「ちょっとちょっと、何やらされんだよ」
ぐいぐいと誘導されるふたりは、小さめのステージの方向、しかし子供たちが集まる観客席とは違う方向に歩かされていく。
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【VTR】
「サァ! ドラゴンキッドだよ!
ヒーローランドオープン、おめでとう!!
ボクのはアトラクションじゃないけど、小さい子が安心して遊べるエリア!
いろんな仕掛けをしてある、小さい建物や遊具があるんだ。乗り物に乗るのも楽しいけど、自分で体を動かして遊ぶのも楽しいもんね!
あとは時間を決めて、ボクのショーをやってるよ。カンフーマスター体操、お父さんやお母さんもマスターしてね! あのショー、ボクも出てみたいなあ……。
あ、コラボフードは選びきれなくて、ちょっと多めの3種類! お腹にたまる餃子ドックと、あったかいスープと、甘いマンゴーもち! 食べたくなってきたー!
アンジェラとライアンさんが紹介してくれるんだよね? よろしくね!
今度はボクとも遊びに行こうねー! ばいばい!」
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「はーい、みんなー、こんにちはー!」
黄色と緑色でドラゴンキッド風の、七分丈パンツの健康的なデザインのチャイナ服を着た司会者の女性が、よく通る朗らかな声で子供たちのテンションを盛り上げる。
その側にいるぬいぐるみアクターは、本人を3等身くらいにデフォルメしたデザインの『ゆるキッド』である。
ドラゴンキッド本人が声を当てた教育番組のクレイアニメも人気のキャラクターで、グッズ展開も多い。事前録音の本人の掛け声に合わせてゆるキッドがぬいぐるみの割に俊敏な動きを見せると、子供たちの歓声が上がった。
「実は、今日は素敵なゲストが来てくれています! 誰かなあ!? 誰だと思うー?」
予定にない司会者の発言に、子供たちだけでなく、保護者たちもざわざわとする。しかしその様子は怪訝なものではなく、期待に溢れていた。
「特別ゲスト! ゴールデンライアンと、ホワイトアンジェラー!」
司会者が声を上げ、舞台袖からふたりが現れると、大歓声が上がった。
「ふたりとも、今日は遊びに来てたんだけど、お願いして来て貰いました! ありがとう、R&A! では挨拶をお願いします!」
「こんにちは、ホワイトアンジェラです!」
アンジェラが一歩前に出て元気に言うと、たくさんの拍手とともに、「アンジェラ!」「アンジェラー」と、たくさんの幼い声と、保護者の大人たちからも歓声が上がる。「わんわん!」と声を上げた元気な子供に対してアンジェラも「わんわん!」と返すなど、微笑ましいやり取りもあった。
「アンジェラ、大人気ですね! では次、ゴールデンライアン!」
「はァい、どっどーん! ゴールデンライアンだぜー……アレ?」
司会者に促されたライアンが前に出る。歓声や拍手が上がった──が、アンジェラほどのものではない。
「え? なんで? 元気ねえじゃん、もしかして腹減ってる?」
「ライアンは、子供受けがあまり良くないですからね」
「えっ。待って、聞き捨てならねーぞオイ」
さらりと言ったアンジェラに、ライアンが演技と思えない真剣な様子で尋ねる。
「正しくは、子供からは人気があるのですが、お母さんたちに評判が良くないのです」
「ええ? 何、俺の何がよくねえってんだ。お母さん? 何? なんで? ちょっと今から実家に電話して、ママンに聞いてみたほうがいい?」
その発言に、どっと笑い声が起きた。
「ママンに聞かずに自分で気付くべき? OKわかった、考えよう。俺様は謙虚だからな」
「けんきょとはなんですか?」
明らかに素の声色でアンジェラが言ったので、また笑い声が上がった。
「……悪い、考えたけどイケメンすぎるところぐらいしか思いつかない」
「安心してください、そこは長所です」
「本当?」
真顔でコントを繰り広げるふたりに、先程からずっとくすくすと笑い声が漏れている。
「わかんねえなあ。じゃあここにいるみんなに聞こうぜ」
そう言って、ライアンは司会者からマイクを受け取り、軽々とステージを飛び降りた。きゃああ、と歓声が上がり、アンジェラも彼に続いてぴょんとステージを降り、小走りに観客の横を抜けていく。
「Hi、名前は?」
「えうわわわわ」
ライアンに話しかけられた若い母親が、顔を真っ赤にして狼狽する。他の観客から、微笑げな笑い声と、羨ましそうな視線が飛んだ。
「ケ、ケイティです。4歳」
「ケイティだよ! こんにちは!」
その時、彼女の膝に乗っていた女の子が、手を上げて元気に挨拶してきた。
「お? 挨拶ができてスゲーなケイティ。大人でも出来ねえやつはいっぱいいるからな。で、ケイティのママンの名前は?」
「あ……、ご、ごめんなさい。ナタリアです」
母親ゆえだろうか、反射的に子供の名前を応えてしまった彼女は、恥ずかしそうに自分の名前を名乗った。
「OKナタリア。その帽子イケてるね」
「あ、ありがとう」
「ナタリアは、俺の事嫌い?」
わざととわかるが、妙に滑らかで低いイイ声で微笑みながら尋ねられ、若い母親は真っ赤になってぶんぶんと激しく首を振った。ヒュ〜ウ、と皆の野次が飛ぶ。にっこりとライアンが笑顔になった。
「じゃあ好き?」
「ひゃい!」
「うん、知ってた。ありがとう」
あっさりそう言ったライアンに、どっと笑いが起きる。アンジェラは、反対側で観客たちとハイタッチをして回っていた。
「俺のファン? サンキュー。あんたは正しい判断ができてるね」
「俺と旦那どっちが好き? 旦那? 良かったな、これぞ真実の愛だぜ」
「へえ、シングルマザー? いいね。気兼ねなく俺を好きになれるってわけだ」
「好きでも嫌いでもない。OKわかってる、ツンデレだろ? 俺は察しがいいんだ」
「俺がかっこいい? 同じ意味の言葉知ってるぜ。空が青いっていうんだけど」
「嫌い? イケメンすぎて? いや、笑ってねえで。でもそれ好きっていうんだぜ」
その後、ライアンは数人の母親、時に父親に対してひとりずつ名前を聞いて口にし、軽妙なトークを交えながら、「俺のこと嫌い? 好き?」を繰り返した。
ほとんどの観客は嫌いではない、好きだと返したが、変化と受けを狙ってか、嫌いと答える者もいた。しかしライアンはそのすべてをポジティブに解釈し、そして相手も最後には必ず笑顔になっている。
「俺のことを好きな奴らしかいねえんだけど」
ステージに戻ってきたライアンは、真顔で言った。皆が笑う。
「ここの皆さんはそのようですね。私の仲間ですね」
こちらも戻ってきたアンジェラが言う。
「誰だよ、俺の事disったのは」
「こちらにお手紙がありましてですね……」
「最初からそれ出せよ!」
かさかさと畳んだ紙を広げるアンジェラに、ライアンの大声の突っ込みが飛ぶ。どっと大きな笑い声が上がり、その雰囲気はすっかり柔らかく、会場の空気が温まっていることは明らかだった。
「で? 結局俺の何が悪いんだ。言ってくれ、覚悟はできてる」
「では申し上げます。台詞です。“俺のブーツにキスをしな!”が良くないようです」
小さい男の子がマネして困っている、教育に悪い、行儀が悪い、などのお母さんたちからの声があります、とアンジェラが言うと、少なくない人数の母親たちが苦笑して何度も頷きはじめた。
そのリアクションを見てライアンは顔を手で覆い、天を仰ぐようなポーズを取る。
「あれか! いやアレは違うんだって、誤解誤解!」
「子供に言い訳してはいけませんよ、ライアン」
「くっ」
観客席から、笑い声が上がった。
「いや言い訳じゃねえって。あれは、その……意味が違う」
「意味?」
「ああ言ってはいるけど、子供に対しては意味が違うの」
「なんと。どういう意味なのですか」
「……脱いだブーツは揃えようぜ、みたいな」
ライアンの言い訳と、きょとんとしたアンジェラのリアクションに、観客席から、主に大人たちの大きな笑い声が上がった。
「そんな意味だったのですか」
「そう。実は」
「ライアン語ですね」
「そう、俺様語で。あとは、食べた後は歯磨きしようなとか、元気よく挨拶しようとか、外から帰ってきたら手を洗おう、っていう意味もある」
「素晴らしいですね! ライアン語!」
「そうそう、良い子のための言語なんだぜ。教育にいいだろ」
そう言ってウィンクしたライアンに、先程まで苦笑を浮かべていた母親勢は既に満面の笑顔であり、父親たちも手を叩いて笑っている。
「ハイ、じゃあそういうことでもう1回! 俺のブーツにキスをしな! ゴールデンライアンだぜ! どっどーん!」
今までの発言の何よりよく通る声でライアンが言うと、今度こそ、子供たちと保護者たち両方から、一丸となった「どっどーん!」という大きな声と笑い声、拍手が上がった。
その後、ちょっとした寸劇や、教育番組で子供たちに大変な人気だという『カンフーマスター体操』などを交えつつ、20分程度のショーが終了する。
「はーい、みんなありがとう! R&Aもありがとう! 最後にメッセージをどうぞ」
「今日はとても楽しかったです。カンフーマスター体操、次は完璧にできるよう、キッドに教わっておきますね!」
「チビッコのみんな、愛してるぜー! ママンたちは、これを機会に俺の印象を改めるように! な〜んかちょいワル系って思われてたみたいだけど、俺様すげー真面目だかんな。イケメンすぎるだけだから。そこんとこよろしく」
「おっしゃるとおりです。ライアンはとても真面目で誠実な、素敵な方ですとも! ブーツも揃えますし!」
観客たちの笑い声に見送られ、ふたりは手を振りながら舞台袖に引っ込んでいく。
観客席から「ライアン、かっこいいー!」という声が飛ぶ。その声を聞き届けたライアンが退場間際に舞台袖からウィンクと投げキッスを返すと、母親たちから黄色い大歓声が湧き起こった。
「何とかなりましたね」
ふう、とアンジェラが息をつく。お疲れ様です、とスタッフからカンペを使って声がかけられた。
「この番組、台本ナシのフリーだって言われてたんだけど。これ、実際には台本あるけど俺らに知らされてないってだけじゃねえの? またドッキリとかいきなりステージ上がれとかない? ……まあいいけどさあ」
「しかし、お母さんたちの誤解が解けて良かったですね」
「そうそう、そーゆーファンレター貰って気になってたからさあ。いい機会だよ」
そんなことを言い合いながらステージ裏から戻ったふたりはさっそく子供たちに纏わりつかれ、それを保護者たちに写真に撮られながら、ドラゴンキッドのコラボフードを買いに行った。
「餃子ドッグだって」
ドラゴンキッドカラーの包み紙の中から湯気を立てる白い生地を、ライアンがカメラに向けた。片腕には、最初に寄ってきた子供を抱き上げている。
それだけでなく、彼らの足元にはちびっこたちがたくさん群がっているが。
「見た目は大きい餃子ですね」
「ん? いや、これ肉まんだわ、肉まん。形が餃子なだけ」
餃子ドッグをライアンが割ってみると、彼の言うとおりそれは餃子のように長い形の蒸しパン生地の中に具が入った、美味しそうな肉まんだった。
「お、中身たっぷり! 味濃いめで美味い」
「この、マンゴーもちというのもおいしいです」
「色がまんまキッドのオレンジっつーか黄色だな」
「マンゴーを潰したものが入っています。こちらは水餃子のスープ」
「美味そー」
「食べられますか? あーん」
「あー」
子供と餃子ドックで両手がふさがっているライアンの口に、アンジェラが水餃子の乗った蓮華を運ぶ。
「んー、スープに鳥の出汁がきいてて最高! にしても、キッドはメニュー多いのな」
「本人が決められなくて、結局全部出したそうです」
子供に纏わりつかれつつ、ふたりはキッドのコラボフードを食べ尽くした。
★シュテルンヒーローランドレポート★
2/10