#048
★シュテルンヒーローランドレポート★
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 シュテルンビルトシティ。
 三層構造の都市計画を筆頭として、高度な科学技術を一般レベルでも取り入れ、市民の生活の多くを工業化することに達成している、非常に個性的で特殊な街だ。
 市民のほとんどが高い生活水準を保ち、経済発展著しい、世界でも有数の超発展エリアとして名高い。

 しかし今の姿になるまでには、実は長い歴史がある。

 シュテルンビルトは元々何もない荒野が殆どを占め、水源や土壌にも恵まれておらず、農業をするには全く向かない土地である。そのせいか住む人はなく、ただただ意味なく星が美しいばかりの、そしてそれを誰も知らない土地でしかなかった。
 しかし中世の終わりごろにやってきたとある人々が街を作り、更にこの不毛な大地に金脈が眠っていることが明らかになった。よってまさにその一攫千金を狙い、陸路、あるいは海路、今でいうコンチネンタルエリアから、この地を開拓せんと、多くの人々がやってきた。それがシュテルンビルトの始まりである。

 各国が争いつつ、時には血を流しながら、金はあっという間に掘り尽くされた。しかしこの時代に採掘技術が発達したおかげで、近世に入り、今まで全く見向きもされなかった海の沖に、今度は油田があることが発覚。
 農業には向かないシュテルンビルトは、今も活動している油田プラントを中心に造船業が発達し、工場が建てられ、金を求めて掘り返された大地はコンクリートに加工され、埋立地が広がっていった。
 現在ブロックス工業地帯と呼ばれる工場ばかりが立ち並ぶ広大なエリアのすべては、この時から広がっていった埋立地である。そのさらに内陸の部分が海に面していないにも関わらずオーシャンエリアという名前なのは、埋立地ができる前はこのエリアが本来の海際であったからだ。

 このように、シュテルンビルトの自給自足率は開拓時代当初からほぼゼロに近い。しかし流通と工業、商業においては、今も変わらず世界で随一の都市のひとつである。
 しかし色々な場所から野心豊かな人々が集まるだけに、シュテルンビルトの治安は常に良くなく、そのせいで犯罪まがいの取引が多く交わされ、まともな商売をする人々が緩やかに遠のいていってしまう、という状態に陥った。
 この時代、ゴールドラッシュと油田、それによってかつて栄華を極めた商業都市シュテルンビルトは、煤と油と煙ばかりが目立つ、工場と労働者がひしめき、そして犯罪者が跋扈する暗い街になりつつあった。

 そこで旗印を上げたのが、アルバート・マーベリックである。

 最初は新聞会社の平社員だった彼は情報という媒体の重要性を理解し、着実にメディア業界で上り詰め、ついに巨大企業・アポロンメディアを設立する。
 その影響で、シュテルンビルトは情報が集まる都市になり、再び人々が戻ってきた。しかし情報が集まる場所には諍いも増え、この時代のシュテルンビルトは、世界のあらゆる犯罪シンジケートの坩堝となった。この混沌の時代、闇に葬られた罪と死、悲劇やドラマは星の数ほどあるとされる。

 しかしマーベリックは、それを逆手に取った。
 当時その存在が知られ始め、同時に差別と諍い、下手をすれば戦争の火種にもなり得るところであった『NEXT』という存在。
 物理法則を無視した超人的な力を持って生まれた人々のうち、より見栄えがする者を選び、司法局の同意を得ることに成功し、特別な法律まで整えて、彼は『ヒーロー』という存在を作り上げた。

 悪を懲らしめ、平和を守るヒーロー。
 その存在により、魔女狩りよろしく排斥されようとしていたNEXTたちは決して人類の敵ではないのだと、彼は大衆に知らしめた。

 更にマーベリックは、ヒーローを唯一無二の個人ではなく“職業”として扱うことで、色々なヒーローをバラエティ豊かに揃えた。そして職業であるため彼らは会社の社員として管理され、広告媒体としても活躍し、シュテルンビルトに巨額の富を呼ぶことに成功したのだ。

 しかし、皮肉にもヒーローによってシュテルンビルトに長年巣食っていた犯罪シンジケートの数々がだんだんと本国に引き返し始めたことで、派手な事件がなりを潜め始めてしまった。
 広告塔として、そしてNEXTを善と証明するアイコンとして、ヒーローはこれからも必要だった。
 そのため、マーベリックはシュテルンビルトで最も古く、そして最も古いがゆえにその全貌を誰も知らないとされる犯罪組織『ウロボロス』と手を組んだのだ。混沌の時代からシュテルンビルトを知っており、情報を牛耳っていたマーベリックだったからこそ得られたコネクションだったといえよう。

 ウロボロスが裏に潜み起こした見栄えのする犯罪は、ヒーローをより際立たせた。
 このマッチポンプにより、ヒーローはより皆に愛され、アポロンメディアはより巨大な企業となり、マーベリックはメディア王と呼ばれ、NEXTの父、聖人と讃えられ、栄華を極めた。
 アポロンメディアが中心となり、七大企業がピックアップされ、協定を結び、各企業からヒーローを選出。彼らの活躍を放映するHERO TVが作られ、人々を熱狂させていく。
 シュテルンビルトを真似て、最初はコンチネンタルエリア、また他の各国エリアでも、ヒーローという職業とシステムが作られ、巨大なブームを巻き起こす。

 ──そして、ほんの数年前。マーベリックの所業の真実が、日の下に晒された。

 それを行ったのは、やはりヒーロー。
 マーベリックに両親を殺され、そしてマーベリックが育てた、最も新しいルーキーヒーロー・バーナビー。そして彼のバディとなった、古き好きシュテルンビルトの遺物のようなベテランヒーロー・ワイルドタイガーによって、アルバート・マーベリックという男が築いたシュテルンビルトの歴史の一幕が終わったのだ。

 この事件によって、一時はまるで聖人のように扱われていたヒーローの印象は、一旦地に落ちた。
 しかしヒーローは、もはやシュテルンビルトにとって無くてはならない存在だった。何よりマーベリックの罪を暴いたのもまたヒーローであるということから、大きなイメージダウンが伴ったものの、ヒーローはやはりヒーローとして認められ、今に到る。

 マーベリックの悪行が明らかになったことでアポロンメディアは大打撃を受けたが、その存在は残った。現代社会でもっとも重要な“情報”を扱う要である組織を、そう簡単になくすことは出来ないのは世知辛くも当然のことだった。
 そして皮肉にも、原因であるアポロンメディアを筆頭に、ヒーロー業界全体がイメージアップに躍起になった。ボランティア精神をアピールし、救助活動以外のタレント業務も積極的に行い、ヒーローをよりアイドル化し、過去のヒーローたちの活躍をまとめた番組や、記念館を設立。更に、全く新しい存在である二部リーグを設立。能力的に力不足な面は否めないながら、待遇が決して良くないにもかかわらずヒーローとして人を助けようと志す彼らの善良さは、地道な貢献となって全体を支えた。
 崇高な存在でなくなったとしても、皆にとって善たることをアピールすべく、彼らは必死に努力した。

 自給自足率ゼロ。流通と情報、人々が集まってこそ栄えることが出来るシュテルンビルトにとって、ヒーローはもはや無くてはならない存在であり、どうしても、このままなくしてしまうわけには行かなかったからだ。

 その矢先に起こったのが、シュテルンビルトメトロ事故。
 ホワイトアンジェラ事件、とも後々呼ばれる大事故である。

 ホワイトアンジェラ。彼女はアポロンメディアのOBC放送局のプロデューサー、アニエス・ジュベールが発起人である二部リーグのヒーローであった。
 七大企業ヒーローではなく、また大した能力を持たないがゆえに二部リーグは当時殆ど見向きもされておらず、ホワイトアンジェラも全く無名のヒーローだった。
 しかし、“自分のカロリーを消費して他人の怪我を癒やす”という無害も無害な能力を持つ彼女は、閉じ込められた密室の地下鉄でまさに自分の身を削り、ただひとり自分だけが餓死寸前まで追い込まれながら、見知らぬ92人の乗客を救ってみせた。

 彼女の行いは、ヒーローを再び聖人として担ぎあげるに充分すぎるほどセンセーショナルなものだった。
 更には、今まで攻撃的で危険な能力、もしくは役に立たない些細な能力ばかりがNEXTの力として認識されてきた中、無害な上に非常に有益な彼女の能力は、NEXTというもの全体の見方を変えるアイコンにもなった。

 シュテルンビルトだけでなく世界中が注目したこの事故をきっかけに、今また、ヒーローがヒーローたらんとして立ち上がろうとしているのである。
 ホワイトアンジェラが二部リーグであったこと、またメトロ事故で他の二部リーグヒーローが活躍したことから見直され、二部リーグも着実にファンを増やしつつある。
 いま、シュテルンビルトはヒーロー生誕の街として、再度の産声を上げたのだ。

 そしてその象徴的な施設が今、オープンを迎えようとしている。
 マーベリック事件直前からプランが練られ、幾度もの頓挫の危機を乗り越え、そしてホワイトアンジェラの事件によって無事完成した施設。

 ──シュテルンビルト初の巨大娯楽施設、ヒーローランドである!



「……うーん、ちょっと冗長じゃないかしら。もっとこう端的に説明できない?」

 映像を一旦ストップさせたアニエスが、眉を顰めて言う。「そうですか?」とケインが振り返った。
「以降はだいぶ明るい内容ですし、ギャップを狙ってシリアスめにしたんですけど」
「それはいいけど、なんかダラダラしてる気がして」
「そうですねえ……。あ、じゃあ、時代ごとに区切る感じにします? シュテルンビルトの始まり! ゴールドラッシュ! 高度な成長とともに広がる暗黒時代! そしてヒーロー! バーン!! みたいな」
「あら、それいいわね。じゃあその方向で。テロップはこのくらいでいいわ」
「了解です」
 アイデアが採用されたケインは笑顔を浮かべ、編集スタッフに送る指示書を早速作成し始めた。
「あのふたり、今頃入り口に着きましたかね。事件が起こらないといいんですけど」
「さあね。まあ、どちらにしてもいい画を撮らせてくれればそれでいいわよ。そのデータ送ったら休憩にして。お疲れ」
「どうも。お疲れ様でーす」
 ケインが椅子の背越しに振り返って言う挨拶を聞きながら、OBCの敏腕プロデューサーは、きびきびと踵を返して出ていった。

 彼女が出ていった後、指示書付きのデータを編集スタッフに送り終えたケインは、大きく伸びをしてテレビを点けた。
《──引き続き、宇宙探査機シャイニングスターの情報が入り次第お知らせいたします。いやあ完成が楽しみですねえ──》
《途中までとはいえ、有人飛行であることも注目すべき点ですね──》
 キャスターやコメンテーターの声を背後に、ケインは部屋を出てすぐのところにある自販機でコーヒーを買う。そしてコーヒー片手に肩をごきごき鳴らしながらデスクに戻り、出勤してきた時に買ったサンドイッチを取り出して、包装フィルムを破った。

《──次のニュースです。審議が続く“ヴィランズ法案”について、意見書が……》










 ──3、2、1、スタート!

「どっどーん! 俺のブーツにキスをしな! ゴールデンライアン様だぜー」
「こんにちは、ホワイトアンジェラです。わんわん!」

 スタッフの合図とともに、横並びになったふたりはカメラに向かって声を発した。片や慣れた調子で、片や少しぎこちなく。ライアンはいつものブランドの私服、ホワイトアンジェラもまたいつものケルビム・モードのヒーロースーツである。

「今日は、もうすぐ本格オープンのシュテルンビルトヒーローランド、プレオープンのレポートをたっぷり3時間使ってお届け〜。まだ発表してない情報も教えちゃうぜ」
「楽しみだわん」
「……お前、犬キャラ強調し過ぎじゃない?」
「どうも加減がわからなくて……」
「別にいつも通りでいいんじゃねえの。どうせ普段から犬っぽいんだから」
「わかりました!」
 台本が基本的に存在していないタイプのレポート収録であるが、ナチュラルに話す彼らに、ディレクターは満足そうに頷いていた。

「えー、スッゲー話題になってるんでみんな知ってると思うけど。ここシュテルンヒーローランドは、シュテルンビルトの歴代ヒーロー、もちろん現役ヒーローもテーマにしたテーマパークだ。アトラクションはもちろん、すべての施設がヒーロー仕様!」
「新しいシュテルンビルトの顔、ヒーローファンの聖地、ということで作られました。ヒーローコラボのフードメニューや、ここでしか買えない限定グッズもたくさんあります。一般オープンは来月になります」
 事前に覚えた台本の内容を、ふたりは正しくアナウンスした。放映時は下部に開園日の情報テロップが入ることを考慮して、カメラが若干下がり気味になる。

「今園内にいるゲスト……、お客様は、関係者か、特別抽選でプレオープンチケットが当選した方々、ということです」
 アンジェラが台本を口にしている間、ライアンは、自分たちの後方からこちらを伺っているゲストたちに手を振った。その愛想の良さに、キャーと歓声が上がる。
 次いで「アンジェラー!」と声が上がったが、すぐどうしていいかわからなかったアンジェラがわたわたすると、ライアンが彼女の手を取り、適当に振らせた。歓声と笑い声が上がる。
「こういう時はすぐ手を振る」
「お手数をおかけします」
「ハイ、じゃあそういうわけで入場〜。今、開園して10分くらい?」
「しかし、もうたくさん人がいらっしゃいますね」
「こんな早起きしたの久々だわ俺」
 そうやって歩いていきつつも、アンジェラは後ろからライアンに両手を取られ、パペットのように手を振らされたままだ。そんなふたりの姿に、入場ゲート前にいる人々が、クスクスと笑ったり、写真を撮ったりしている。

 ゲートをくぐると、ジャスティスタワーの女神像を模した大きな噴水タイプのモニュメントが出迎えてきた。ちょっとした広場か公園のようになったエントランスでは、二部リーグのヒーローたちが風船を配ったり、ゲストに請われて写真を撮ったり、撮られたりしている。

 メトロ事故以降、二部リーグのあり方が見直されたこともあり、所属企業を持たない二部リーグヒーローたちが、ここヒーローランドのキャストとして大量に雇用されているのだ。

 二部リーグヒーローの収入がシュテルンビルトの平均より安いことは有名な話で、企業所属の立場を手に入れられても、正社員雇用は稀。ほとんどが更新式・時給制の契約社員だ。
 事件が起こるとタイムカードを押して出動する彼らは事件が起こらなければ無給となってしまうためダブルワークが必須だが、突然のヒーローとしての呼び出しに仕事を抜けても都合がつく副業というと、また限られてくる。

 その点、“ヒーロー”として働ける上に給金が貰えるというヒーローランドでの雇用に、殆どの二部リーグヒーローが飛びついた。ヒーローランドとしても、二部リーグとはいえ本物のヒーローを職員、キャストとして雇用できる。
 またヒーローだけあって、彼らは警備員の役目も担っている。こうして色々な場面や立場から、それぞれ一石二鳥三鳥、win-winの関係が成り立っていることも注目されているのだ。

 そういうわけでキャストであるはずの彼らだが、ライアンとアンジェラの姿を見かけると、若干慌てたような挙動になる。二部リーグにとって一部リーグは永遠の憧れであり、アンジェラに至っては、二部リーグの星として特別な存在であるからだ。
 その様子に、先ほどライアンから貰ったアドバイスを実行し、アンジェラが皆に手を振る。するとゲストたちだけでなく、キャストの二部リーグたちもが大きく手を振り返した。

「人多いけど、そこまでじゃねーな。プレオープンだから?」
「それもあると思いますが、一般公開後も、毎日来園人数を限定しての運営になるそうです。チケットは日にち指定の事前予約が基本で、当日券は規定人数の二割だけ」
 シュテルンビルトは、そう敷地に恵まれた都市ではない。ブロンズ、シルバー、ゴールドと階層が分かれているのもそのためだ。
 ビジネスの街としても重要な拠点であるこの街で、宿泊施設や交通機関の混雑や混乱を避けるための処置である、とアンジェラはガイドブックそのままの説明をした。
「競争率は高いかもしれませんが、チケットさえ取れれば何時間も並んだりせずゆったり楽しめるのは、素敵な仕様ですね」
「お、勉強してきてんな。偉いじゃん」
「わん!」
 アンジェラが、褒められた犬そのものの様子で声を出す。口元しか見えていないデザインのスーツにも関わらず、誇らしげな顔をしているのがよくわかった。
「とにかく客の回転を良くしよう、っていう工夫が見えるよな。ってなわけで、なんかファストパス取ろうぜ。あ、折紙サイクロンのやつがある。あれにしよう」
 やっとアンジェラの手を離したライアンは、近くにあった、大人の背丈よりは低いボックスの並んだ、瓦屋根のついた場所に向かった。アンジェラが小走りに追いかける。

「これがファストパス? ですか?」
「最近は導入してる遊園地とかテーマパーク、多いよな」
「そうなのですか?」
「あ、お前もしかして遊園地初めてか」
「はい」
 こくり、とアンジェラは頷いた。
「まあそういう奴もいるわな。そういう時はキャストに──あれ、キャストいねえ」
「すみません、ファストパスはどうやって取りますか」
「おぉい、ゲストに聞いちゃってんだけど!」
 近くにいた女性ふたり連れ、もちろん客、ゲストである人に声をかけているアンジェラに、ライアンが突っ込みを入れる。話しかけられた女性たちはキャーと嬉しげな声を上げつつ、丁寧にファストパスのとり方を教えてくれた。

 彼女たちに教えられる通り、アンジェラがチケットバーコードをボックスでスキャンすると、簡易コンピュータータイプのチケット端末にファストパスが追加されたことを示す表示がされ、音が鳴った。
「できました!」
「あーっと、キャストがいねえ時は、近くにいる人と助けあって、気持ちよく過ごそうな! オネーサンたち、ありがとー」
 適当にまとめたライアンは女性ふたりに手を振って、自分もファストパスを取った。

「あ、チケット端末の話もした方がいい? オーケーオーケー。──ヒーローランドのチケットは、電子チケットだ。まずネットで予約したら、予約番号が貰える」

 ライアンの説明とともに、放映時、チケット購入の流れがVTRで解説された。
 予約番号を入手し決済が完了したら、当日にチケットとして機能する端末を選ぶ。専用のアプリを自分の通信端末に導入する、という手段がいちばん手間の少ないやり方だが、専用のチケット端末を購入する、という選択肢もある。
 チケット端末はすべてヒーローデザインで、時々デザインが変わったり、期間限定のバージョンも登場します! という紹介が流れる。

「こういう流れでネットで注文すれば1週間ぐらいで自宅にチケット端末が届くんで、当日それを持ってくるわけだな。忘れ物しやすい奴は、当日にエントランス窓口で予約番号と生体認証を確認して端末を引き換える、って手もあるぜ」
「しかし当日引き換えの場合は、欲しいデザインのチケット端末が売り切れている場合もあります。確実に好きなヒーローのチケット端末が欲しい場合は、配送注文がおすすめです!」
「どれもストラップがついてるから、当日は首から下げるか、ベルトとかバッグにつけて失くさねーようにな。端末は予約番号登録しなおせば繰り返し使えるけど、毎回違うの買ってコンプリート目指すのもオススメ」
 更に遊び終わって自宅に帰った後も、登録手続きさえすれば、ポセイドンラインの電車やバスのプリペイド乗車端末として日常でも使えるようになっている。
 またヒーローランドの無線ネット接続下限定で、園内マップや、アトラクションの待ち時間情報、パレードやショーの予定表、また緊急時のアナウンスやインフォメーションが随時流れてくる仕様であることが紹介された。

「で、チケットのデザインだけど。今普通のネット注文と当日引き換えでゲットできるのは、七大企業ヒーローひとりずつそれぞれのデザインと、Mr.レジェンドデザインと、レジェンドと同世代のオールド・ヒーローデザイン。ステルスソルジャーとかな。あとは二部リーグマークデザイン、この10種類だ。残念ながら俺達のはない」
「ですが!!」
 突然アンジェラが大声を上げ、ライアンの前にずいと身を乗り出してきた。

「ばばーん!!」

 口頭での効果音とともに彼女が突き出してきたのは、首から下げたチケット端末。しかも、たった今「残念ながらない」と説明されたはずの、ゴールデンライアンのデザインのものだった。

「シュテルンヒーローランドのオープンと同時に、『SHLファン』という雑誌が、アポロンメディアから創刊されました! どこよりも早くヒーローランドの季節のイベントやグッズを紹介する、とても便利で楽しい雑誌です! 付録や特典がたくさん!」
 スタッフがフレーム外からさっと渡してきた創刊号を片手に持って、アンジェラが宣伝する。
「そして、創刊号は! このゴールデンライアンのチケット端末か、私のデザインのチケット端末をネット注文できる特典付き! ヒュー! わんわんわおーん!!」
「急にテンションが高え」
 ライアンが突っ込みを入れた。
 ぴょんぴょん跳ねながら、そしていつになく早口で説明した彼女は、ヒーロースーツで顔が隠れているのに、これでもかという全力の笑顔なのがわかる。
「どちらのデザインにするかは選んでいただけますが、数量が限られているので注意してください」
「あ、デザインこれな」
 ライアンは腰につけた、彼の手のひらくらいの大きさの端末を示した。ホワイトアンジェラをデザインしたその端末と、そしてアンジェラ本人が首から外したゴールデンライアンデザインの端末がくっつけられて、カメラにおさめられる。並べると、セットのようなデザインであることがよく分かった。
「最初は、ファイヤーエンブレムのデザインにしようと思っていたのです。迷いました。私は迷いました。とても! しかしライアンのものは期間限定! 期間限定なので! 今回は! こちらを!」
「わかったわかった」
 ライアンは軽くあしらったが、アンジェラは「次に来る時はファイヤーエンブレムのものにします!」と鼻息荒く宣言しながら、ライアンデザインのチケット端末を首にかけなおす。

「さらに! この『SHLファン』の年間定期購読を申し込むと、通常の付録の他に、定期購読の特別付録のステッカーもつきます!」
「定期購読のほうが断然お得だぜ〜。今なら定期購読申し込み特典として、もれなくヒーローデザインのエコバッグがついてくるぞ」
「小さく畳めてとても便利!」
「申し込んでる……」

 しっかり宣伝も果たしたふたりに、ディレクターが“OK!”と笑みを浮かべてサムズアップした。

「アトラクションいきまーす。アンジェラさーん、スーツ変えてくださーい」
「わかりました! ライアン、行ってきますね」
「おう」
 ライアンに見送られ、アンジェラが手を上げて呼ぶスタッフのほうに小走りで向かっていく。



「はーい、じゃあファストパスも取ったし、初アトラクション。……ってことだけど、アンジェラのスーツだとアトラクション乗れないんでえ、じゃーん」
「じゃーん!!」
 カメラがライアンから隣のアンジェラに移動し、その姿を映す。

「ドミニオンズ・モードです!」

 そう言って、ホワイトアンジェラが両手を広げてくるりと一回転する。
 それは先程までと同じヒーロースーツ──ではない。基本的なデザインのテイストは似通っているし、要所要所に硬質な素材が使われてはいるものの、二部リーグ時代の旧スーツを踏襲しつつ洗練させたデザインのそれは、いつものフル装甲スーツと比べると格段に“服”の様相が強いデザインだ。頭部のメットは他のモードと同じく、共通のものである。
 芸能人としてのメディア露出の際、いつものごてごてのフル装甲スーツはそぐわないところがあるし、今回のような遊園地ロケではアトラクションに乗ることすら出来ない。そのためこのロケに合わせて作りあげたのが、最低限の機能のみを有したメディア露出用の軽装スーツ、ドミニオンズ・モードである。
 本格的なヒーロー活動においてはやや心もとないところがあるが、防弾・防塵・防煙、一般介護スーツ程度のパワードなど基本的な機能は有しており、小さなボックスに入った救急救命具のミニセットなどが備え付けられている。
 先日のハロウィンファンミーティングで旧スーツを披露したのは、そのデザインの人気を確かめるためでもあったというわけだ。

「これでどのアトラクションもオッケーだな」
「おっけーです!」
 いえーい、とカメラに向かって揃ってサムズアップ。

「で、新しいモードのお披露目も終わったところで。どれ行く?」
「タイガーとバーナビーさんのアトラクションが近いですね」
 ほら、と、アンジェラはさっそくチケット端末の画面を示した。
「『T&Bジャスティスアドベンチャー』ね。ちょっと並んでるっぽいけど」
「待ち時間10分か、15分と出ていますね。しかし、どこもこれぐらいの様子です」
「そんなモンか。じゃあ並ぶ前に食うもん買おうぜ、あそこでなんか売ってるし」
「賛成です!」
 小腹が空きました、とアンジェラが手を上げ、ライアンについていく。ちなみに放映時、テイクアウトフードの売り場に向かう彼らの後ろ姿の下には『ふたりはポーターでしっかり朝食を食べています』と突っ込みのようなテロップが入った。

「アトラクションの近くには、そのヒーローのコラボフードが売ってるのな」
 緑と赤のカラーリングが施された、T&Bのアトラクションのすぐ近くにあるフード売り場の前に立ったライアンは、なるほど、と頷いた。
「タイガーは緑のハラペーニョを使った辛マヨソースのホットドッグ。ジュニア君は、赤いトマトと、チーズとエビのホットサンドね。へー、ちゃんとシンボルカラーの緑と赤になってるわけだ」
「包み紙も、それぞれのマークが入っていて凝っていますね。すみません、ひとつずつください」
 キャストではあるが、本物のヒーロー相手にテンションが上がっているフードショップの女性から、ふたりはそれぞれホットドッグとホットサンドを購入した。紹介用にカメラで撮影してから、それを持ってアトラクションの列に並ぶ。

「うおおおお、R&A! ラッキー! アンジェラ、こっち向いて!」
「うわー、ライアンでっけえ、すげ、かっこいい、イケメン!」
「え、撮影?」

 前に並んでいた男性3人組が、興奮した声で話しかけてくる。
「そうだよ、仕事。そっちは遊びに来たの?」
 答えが決まりきっている質問に、男性たちが頷きながら笑った。
「仕事でもないのに男3人で遊園地、そんな奴らも楽しく過ごせるヒーローランド!」
 カメラに向かって失礼なことを言うライアンに、周囲の人々が笑う。「うるせーよチクショー、イケメンめ」と、3人は笑いながら悪態をついた。

「ホットサンド、おいしいです!」
「ホットドッグもいけるぜ。ソーセージでけえ、ボリュームあっていいねえ。でもソーセージにバジルが入ってて、くどすぎなくてざくざくいけるな」
 それぞれ包みを開けて、もぐもぐと頬張る。
「タイガーのホットドッグのソース、結構辛めだわ。でもマヨネーズが辛さを和らげてていい感じ」
「そうなのですか?」
「そっち辛い?」
「いいえ、こちらは全く辛くありません。どうぞ」
 アンジェラが差し出した食べかけのホットサンドに、ライアンがかぶりつく。それをもぐもぐと咀嚼しながら、ライアンも、自分の歯型がついたままのホットドッグをアンジェラの口元に持って行った。小さな口を出来る限り大きく開けて、アンジェラがホットドッグを頬張る。

「あ、ホントだ。トマトソースに刻んだ野菜いっぱい入ってて、むしろ甘めだな。チーズがマイルドだし、さらっと食べられる感じ」
「タイガーのホットドッグはソーセージが大きくて、パンもしっかりしています。ボリュームがあるのはこちらかもしれません。それと、ソースは確かに結構辛いです。私は好きですが」
「俺もどっちも好き〜。あ、辛いの抜くの出来んの? へえ〜。じゃあ辛いの苦手な人とチビッコは、注文する時辛いの抜きでって言って買えな」
 ソーセージにバジル入ってるしレタスも挟まってるから、ハラペーニョ抜いてもタイガーっぽさはキープできるだろ、とコメントしつつ、そしてまたひとくち、ふたくちとお互いに交換しながら、彼らはホットドッグとホットサンドをぺろりと平らげた。近くにあったゴミ箱に、アンジェラが包み紙を捨てに行く。
 きちんと分別してゴミを捨てるアンジェラの後ろ姿には、放映時、“園内にはゴミ箱がたくさん設置されています。ゴミは分別してゴミ箱に!”とテロップが入った。

「ホットサンド、ピクルス入ってなかったんだけど。あ、最初からなの? ジュニア君のリクエストで? ジュニア君、自分がピクルス嫌いだからってさあ……」
「ライアン、順番が来ましたよ!」
 アンジェラが声を上げ、提供:アポロンメディア、と書いてあるゲートを潜り、建物の中に入っていく。撮影スタッフと話していたライアンは、「はいはい」とそれに続いた。
★シュテルンヒーローランドレポート★
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BY 餡子郎
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