#047
★ピクニックと写真とおみやげ★
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「やあ、いい天気で本当に良かった!」
「ほんとだねー!」
秋の、高い青空の下。
白いTシャツにジーンズを履いたキースと、スポーティーなハーフパンツと半袖Tシャツを着たパオリンが、双方煌めくような笑顔で言った。爽やかという言葉の見本のようなその姿に対し、車を降りたライアンが、デジタル一眼レフのシャッターを切る。
「ん、いい画。ライティングばっちりじゃん」
「おっきいカメラ! ライアンさん、写真撮るの?」
「そういえば、写真が趣味だと言っていたね」
ライアンの手の中にある本格的なカメラを、パオリンとキースが物珍しげに見た。
「まあな」
「絵なら描くのだけれど、写真はあまり馴染みがないな」
「あのスケッチブック?」
パオリンが、キースの荷物の中からはみ出している、大きめのスケッチブックを指して言った。
「そう、せっかくだしね。いつもはジョンばかり描いているけれど、今日は君たちのことも描こうと思って」
「へー? こっちも適当に撮るから、自然にしてくれよ。後でシェアすっから」
「楽しみだ! そして楽しみだ!」
キースが、満面の笑みで両手を高く上げる。その時、車から勢いよくふたつの影が飛び出した。
「ワォ! とても広いですね、ジョン!」
「ウォン!」
柵に囲まれた、いちめんの緑の敷地を見て、ガブリエラは興奮した声を上げた。そして返事をするかのように声を上げたゴールデンレトリバー、キースのペットであり家族のジョンが勢い良く駆け出すと、「競争ですかジョン!」と言い、ガブリエラがそれに続いて全速力で走り出す。
「犬かよ」
「犬だねえ」
緑の芝生の上を駆けまわるガブリエラとジョンを見て、ライアンは呆れたように言い、キースは微笑ましげな声を出した。
「ライアンさん、あとの荷物は車に置きっぱなしでいいですか?」
最後にゆっくり車から降りてきたイワンが言った。いつものルーズなカーゴパンツにスニーカーを履きパーカーを羽織った彼は、大きなトートバッグを肩にかけている。そして逆側の腕では、緑色の大きなイグアナを抱えていた。言わずもがな、ライアンのペットであるモリィである。
ライアンに付き合って各地を転々とする暮らしの影響か、人見知りをしない質であるらしいモリィは初対面の人間や犬にも臆することなく、今も悠々とマイペースな様子でイワンに抱えられ、緑の匂いと太陽光を満喫するように目を細めている。
「お、サンキュ。とりあえず今遊ぶもんだけ持ってってやって」
「はい。あとはレジャーシートと……水は売ってるんですよね。鍵閉めていいですよ」
「オッケ」
持ち物をチェックし終わったイワンに頷き、ライアンは愛車に電子ロックをかけた。「折紙くんは実にしっかり者だ、実に!」と、キースがにこにこしている。
「ギャビー待ってー! あ、折紙さん! フリスビー投げて、フリスビー!」
「あ、はい」
既にずいぶん遠くで走り回っているガブリエラとジョン、そしてそれに続いて走りだしたパオリンの呼び声に、イワンはバッグから取り出したフリスビーを投げた。
普段から手裏剣を扱っているからか非常に綺麗に飛んだフリスビーに、ジョンが反応する。ガブリエラとパオリンも手を伸ばしたが敵わず、ジョンは見事にフリスビーを空中キャッチした。
「お見事だ、ジョン!」
フリスビーをくわえたまま走っている愛犬の姿に、元気になって本当に良かった、とキースは嬉しそうに言った。
「まー、いい天気。木も紅葉しててきれいねえ。なんて健全な光景かしら、心が洗われるわ」
「あのなあ、その発言でお前の不健全さが浮き彫りに、ギャア!」
ネイサンから尻をつねられたアントニオが、悲鳴を上げた。彼らが見ているのは、ディスプレイに映った様々な写真である。
ガブリエラの能力でのスペシャルリフレッシュエステを受けたキースが、最近調子の悪い愛犬にも施術してもらえないだろうか、お礼に好きな食事でも、と恐縮してガブリエラに頼んだことから、ではどうせなら一緒に遊びに行こう、となったのは知っていた。なぜならネイサンやアントニオも、一緒に行かないかと誘われたからだ。あいにく、仕事の予定が入っていたので断ったのだが。
そして結局、言い出しっぺのキース、ガブリエラに誘われたライアン、そして彼が他にも誘おうと言い出してそれに乗ったパオリンとイワンという面子は、シュテルンの郊外にある、人工林やドッグランのある自然公園に遊びに行ったのだ。ライアンの車で、そして彼の家族であるイグアナのモリィも連れて。
秋の自然公園は常緑の芝生が広がり、人工林は紅葉が始まっていて、とても美しい様相を見せていた。
「楽しかったよー!」
「はい。僕普段すっごくインドアですけど、すごく楽しかったです。いい運動にもなりましたし」
パオリンが満面の笑みで、イワンが控えめな、しかし本心からとわかる笑みを浮かべて言った。
「そっか、良かったなあ。ん、これ何してんだ?」
アントニオが指差したのは、木に手をついた状態で振り返るイワンの後ろで各々が個性的なポーズを決めている、という妙な写真だった。
「ダルマサンガコロンダ! 折紙さんが教えてくれたんだよ! 楽しかった!」
「ジャパンの伝統的な遊びだと聞いて、いちどやってみたくて……」
イワンが、照れくさそうに言った。
その後も、皆をスケッチするキースや、彼から画材を借り、1枚の紙に向かって放射線上に寝転び絵を描く面々、フリスビーを見事にキャッチする瞬間のジョン、イワンの隣で気持ち良さそうにひなたぼっこをするモリィなど。様々な写真を、ああだこうだと言いながら眺めていく。
「ほんとに楽しそうねえ」
「楽しかったよー! あと、お昼ごはんがすっごく美味しかった!」
パオリンが示した写真には、大きなバスケット数個に詰められたランチが写っていた。具沢山の分厚いサンドイッチをメインとして、サラダやポテトフライなどがみっしり入っている。色とりどりかつボリュームがあるメニューは見た目にも食欲をそそり、緑いっぱいの公園で食べるならなお美味しく感じるだろう、とありありと分かる。
「スカイハイさんおすすめのベーカリーのランチセットだそうです。僕らまでご馳走になっちゃって……美味しかったです」
イワンが、笑みを浮かべて言った。それはガブリエラに食事をおごると約束したキースが、自宅近くのベーカリーに特別に頼んで作ってもらったものだという。彼女の歓迎会の時に持ってきた、バゲットを買った店だ。
常連であり、個人的に仲の良いキースの頼みを店主は快く聞いてくれた。ピクニックに行くので、と彼の依頼した量が軽く15人分ほどの量だったため、大勢で行くんですね、と言われたという。
ちなみに、5人と2匹のピクニックのランチは、ハムのひと欠片も残さずなくなった。
「おはよう! ……おや、もしかして先日の写真かな?」
「あ、スカイハイさん。おはようございます」
溌剌とトレーニングルームに入ってきたキースに、各々、「おはよー!」「おはようございます」「アラ、おはよう」と返す。
「スカイハイさん、写真受け取りましたか?」
「ああ、クラウドサーバー・システムというのは便利だね」
ゴールデン君からすぐにメールが来たよ、とキースが言ったとおり、このピクニックの当日の夜、さっそくライアンから、写真が収められた彼の共有サーバのアドレスが全員に送られてきた。「欲しいのは自分でダウンロードして」という短いメッセージとともに。
しかしそのダウンロードの仕方がよくわからなかったパオリンが今日イワンにそのやり方を教わっている最中、ネイサンとアントニオが覗き込んできたというわけだ。
「しかし、楽しかった! やはり自然の中で体を動かすのは清々しくて良いね」
「スカイハイさんが言うと、ものすごくしっくり来る台詞ですね……」
イワンが、もはや感心したような口調で言った。キース本人はよくわからず首を傾げているが、ネイサンとアントニオはうんうんと頷いている。
「あ、これ、ボクが撮ったやつ。ちょっとブレちゃってるなあ」
パオリンが、木に登っているガブリエラの写真を指して言った。
「確かに下のほうがぶれてるわね。でも逆に躍動感があっていい感じよ」
「そう?」
ネイサンに褒められたパオリンが、えへへと頭を掻いた。
「ライアンさんがカメラ貸してくれて、みんな何枚かずつ撮ったんだよ。このへんからそうだよね」
「ああなるほど、ライアンが写ってんな。……これ、折紙が撮ったか?」
「な、なんでわかるでござるか?」
言い当てられたイワンが、目を見開く。アントニオが指したのは、長方形にぴったり地面の角度が収まったアングルで、ライアンとキースが何か話している写真だった。
「いや、構図がすげえきっちりしてるだろ。この几帳面さは折紙かな、と」
「さすがの推理だバイソン君! ではこれは誰が撮ったかわかるかな? ヒントはここからここまでのカメラマン、だ!」
そう言ってキースが示した一連の写真を、皆が覗きこむ。写っているのは、ライアンひとりだ。よって、彼ではないのは確実。
レジャーシートの上に座っている彼の写真が、全く同じアングルで3枚。次いでライアンがカメラ目線になり、今度はやたら堂に入ったポーズを決め、次に違うポーズになり、更に……というのが4、5枚続く。そして呆れたような顔になったライアンが手を伸ばしてきて、レンズを覆うぼやけた掌の隙間から彼の顔が僅かに見える写真。
その後、なぜかジョンの前足だけの写真や、並んだイワンとパオリンの、色合いの違う金色の後ろ頭のみの写真、絵を描くキースの手元のみの写真、明らかに地面に寝転がった状態で撮られた写真など、目の付け所が独特なものが続いた。
「……アンジェラだろ」
半笑いで言ったアントニオに、「正解だ、そして正解だ!」と、キースが朗らかに言う。
「しつこく王子様を連写して怒られて、そのあと他のものを撮ったわけね」
「そのとおりです」
まるで見てきたように言い当てたネイサンに、イワンが感心した様子で頷いた。
「あ、こっちはスカイハイね。このジョンの写真」
「わかるかい?」
「だって、この子の全然表情が違うもの」
ネイサンが言ったとおり、スカイハイが撮ったジョンの写真は、ライアンや他の面々が撮ったというものとは明らかに違っていた。元々非常に人懐っこく愛想の良い犬なので、彼の写真はどれもキュートだ。しかしキースが撮ったものはまさに満面の笑みという感じで、目はライティングのせいだけでなくキラキラと輝き、尻尾は全力で振っているのだろう、常にブレている。
「大好きな飼い主に注目してもらえて、嬉しいのね。かわいいわあ」
「彼は常にキュート! そしてキュートだとも! ……でも、逆に私ではこういう澄ました顔などは撮れないからね。ライアン君が撮ったこれなど、とても凛々しい感じだ。気に入ったのでパネルにしようかと」
キースが示したのは、モリィと並んで、じっと同じ所を見ている横顔のジョンだった。金色の豊かな毛並みが輝き、確かに凛々しい佇まいである。
「あら。こっちの写真もいいわねえ。誰が撮ったの?」
ネイサンが示したのは、木に向かって細い腕を伸ばすガブリエラの写真である。ほっそりした身体と太い木の対比、また偶然だろうがバレエのポジションにも似たポーズのせいで、まるで絵画のような出来だった。
「それも私だよ」
「へええ、いいじゃない。さすが絵を描く人は違うわね」
「そうかい? ありがとう!」
褒められたキースは、嬉しそうに言った。
「あの娘、こうして写真に撮ると結構サマになるのよね。神秘的な感じで」
「エルフっぽいですよね。こういう森の中にいると特に」
ほらこれとか、とイワンが示したのは、小さなリスを手に乗せているガブリエラの写真だった。
「あーこれ! ギャビーすっごいんだよ、能力使うと動物が寄ってくるんだ。野生なのに」
「へええ」
「本当に森のエルフみたいだな」
よく見るとふんわりと青白く光っているガブリエラの手の上で、リラックスしきった様子で丸まっているリスや、細い肩にとまった小鳥。真っ白な肌に木漏れ日を受けて濃淡の掛かった、見事な赤毛。その姿はまさにアントニオの言うとおり、森の奥で暮らす神秘的なエルフのようだった。
「うぃー、おはよー」
「おはようございます」
ちょうどその時、ふたり揃って入ってきたのは、ライアンとガブリエラであった。
「おはよう。タイムリーね」
「何が? ……ああ、写真な。見れた?」
ずらりとサムネイルが並んだディスプレイを覗き込んでいる面々に、なるほど、とライアンは頷いた。
「はい、フォルダごとダウンロードしました。ありがとうございます」
「折紙さんに教えてもらって、ちゃんとダウンロードできたよ! ありがと!」
各々頷くイワンとパオリンに、「そりゃ良かった」とライアンは口の端を僅かに上げる。
「ねえ天使ちゃん、あなたこんなことも出来るのねえ。お伽話みたいじゃない」
「何のお話ですか?」
ネイサンに手招きされ、ガブリエラがディスプレイを覗きこむ。
「ああ、これですか。はい、私は能力のせいで、非常に動物に警戒心を抱かれにくいのです」
「能力のせい?」
「生き物にとって、私の能力はとても惹かれるものであるようです。水場に生き物が集まるようなものです」
「歩いてても、頭に小鳥とまったりするよな、お前。野良猫についてこられたりとか」
ライアンの補足に、「へえ」と他の面々が感心する。「白雪姫のようだね!」と、キースがほんわりとした顔で言った。
「はい。ですので、寄ってきた動物は簡単に捕まえることができます。以前はよくそれで空腹をしのぎました」
蛇とか鳥とか、と淡々と続けたガブリエラに、全員が真顔になった。キースは、夢が壊れたような顔をしている。
「リスは初めて見ました。かわいいですね。食べるところは少なそうですが」
「かわいいと言いつつ完全に食料目線かよ……」
生死観が非常にシビアな、治安の悪い荒野出身ゆえのワイルドな発言に、アントニオが若干引いたような声で言った。その斜め後ろにいるイワンが、「なんという肉食系エルフ……」と呟いている。
「それにしても、ゴールデン君は非常に写真が上手だね。私はこのジョンとモリィ君の写真が気に入ってね。パネルにして壁に飾るよ!」
「ああ、それは俺も気に入ってる。緑と金色って映えるねえ」
うんうんと、満足そうにライアンは頷いた。
「つーかキングも写真上手いよな。絵描くからか? ほらこっちのコイツの写真とか。なかなか撮れねーぞ、こんなの」
ライアンが示したのは先程も彼らが見ていた、木に手を伸ばすガブリエラの写真である。
「そうかい?」
「だってこいつ全っ然じっとしてねーし、じっとしてても顔に締まりが全然ねえだろ。見ろこの俺が撮ったの」
失礼なことをさらりと言い放ちつつライアンが画面を切り替え、写真を表示する。スライドショーで次々に表示されたのは、ジョンと一緒にフリスビーを追いかけたり、パオリンと木登りをしたり、また頬を膨らませ、満面の笑みで分厚いサンドイッチを頬張っているガブリエラの写真などだった。どれもカメラ目線。しかし彼の言うとおり、表情はゆるゆるだった。
「キリッとした顔したと思ったら、すぐこれだよ。お前、俺がカメラ向けたら絶対気付くよな。何なの?」
「何と言われても?」
苦々しいような顔をするライアンに対し、きょとん、とした様子で、ガブリエラは首を傾げた。
「……いいじゃない。すごく楽しそうだし」
「とても楽しかったです! ジョンとたくさん走って遊びました!」
ネイサンのコメントに、ガブリエラは満面の笑みを浮かべた。
「そうみたいねえ。ジョンも嬉しそう」
「仲良くしていただきました。あ、スカイハイが撮ったジョンの写真、すぐわかりますね。表情が全く違います!」
「それな。やっぱ飼い主が撮ると違うよな」
キースが撮ったジョンの写真を見て言う、ガブリエラとライアン。
「……そうね?」
「え? 何だよその顔」
「なんですか?」
「いえ、いいのよ別に」
不思議そうな顔をするふたりに、ネイサン、そして他の面々も、生暖かい目をした。
「へー、自然公園」
しばらくして最後にやってきた虎徹は、写真を見ながら言った。
「つーか、ものすごい健全に遊んでんなあ……。スカイハイとかキッドはいかにもだけど、ライアンとか意外だな。だるまさんころんだの顔が超真剣なんだけど。折紙もインドア派なのかと思ったら」
「えー? ライアンさん、全力で遊んでくれるよ? 折紙さんも運動神経いいし」
「ああ、そう言われればそうか」
パオリンの言葉に、なるほど、と虎徹は頷き、写真をスライドさせた。
「わはは、誰が撮ったかすぐわかるな? ジョンとアンジェラのは一発」
「何を見ているんですか?」
覗き込んできたのは、トレーニングウェアに着替えてきたバーナビーだった。
「ああ、あれだよあれ」
「あれ?」
「ほら、ジョンの元気がねえからってさ、アンジェラに能力使ってくれーってスカイハイが頼んで、その流れで自然公園に行ったってやつ。俺ら仕事で行けなかったけど」
こんな楽しそうならちょっと行きたかったよなあ、と、虎徹が微笑ましそうに言う。
「自然公園……」
「そーそー、郊外にある。人工林とドッグランと、あと子供用のアスレチックもあるんだっけ?」
「うん。でも今はそこが整備中で使えないから、すっごく人が少なかったんだ。おかげで貸切状態だったけど。これなら変装してこなくても良かったかもなーってライアンさんが言ってたぐらい」
「へー? じゃあバニーなおさら残念だったなあ、顔出ししてるとなかなかゆっくり羽根伸ばせねえもんな。せっかく誘って貰えたのに、仕事が」
「……ません」
「え?」
ぼそり、といった感じのバーナビーの声に、虎徹が振り返る。するとバーナビーは、非常に複雑そうな顔で言った。
「……僕、誘われてませんけど」
シン、と、トレーニングルームが静まり返った。
部屋にいる全員が、バーナビーを見ている。
「え、ジュニア君行きたかったの? 撮影あるって聞いてたから声かけなかったわ」
ライアンが言った。お前か、と全員が思ったが、ライアンはけろりとしている。
「もしかして、撮影なくなった?」
「いえ……ありましたけど……」
何やらフェードアウトするような語尾で言ったバーナビーの肩を、虎徹がポンと叩いた。
「行けないけど声はかけて欲しかったんだよな。うん、わかるわかる」
「そっ……そんなんじゃありませんよ!」
「うんうん、大丈夫大丈夫。あんまり気にすんなよ」
「だから違うと言っているでしょう!」
「ライアン、悪いけどこういう時でも声だけかけてやってくれる?」
「おう、わかった。ジュニア君ごめんなー、別に仲間はずれにしたわけじゃねえんだよー。今度は一緒に遊ぼうネー」
「……からかっているでしょう、あなたたち!」
遊びに誘ってもらえず拗ねている子供をなだめ、しかも友達に向かって余計な頼みごとをする親のような風情の虎徹と、それをわかっていて妙に子供っぽい口調で応えるライアンに、バーナビーは声を荒げた。
しかしムキになった彼が面白かったのか、けらけらとライアンが笑う。
「ジョーダンだって。ジュニア君のこと忘れてたわけでもねえし。ほら、これおみやげ」
笑いながら言ったライアンは、近くにおいてあったバッグから何か取り出し、バーナビーに手渡した。
「……なんですかこれ」
「まつぼっくり。イチバンでかいやつだぞ」
ごろん、と手の上に乗せられた巨大なまつぼっくりに、バーナビーは微妙な顔で固まった。その横では、虎徹が「子供かよ!」と爆笑している。
「あ、ボクもバーナビーさんにおみやげあるよ! はい!」
続けてパオリンから手渡されたのは、つやつやしたどんぐりだった。
「大きいでしょ? しかも帽子付き」
「帽子」
確かにどんぐりは非常に大きく、立派な殻斗がついていた。
「蛇の抜け殻と迷ったんだけど」
「いいですね、どんぐり。最高です」
「そう?」
妙に早口で言ったバーナビーに、それならいいけど、とパオリンは後ろを振り返った。
「スカイハイと折紙さんも!」
「おみやげだね! もちろん持ってきているとも!」
「本当に渡すんですか……」
溌剌とした笑顔のキースと、おずおずとした様子のイワンから手渡されたのは、ジョンが見つけてきたという白いきれいな枝と、どことなくうさぎの形に似た、平べったい、つるりとした石だった。
「……ありがとうございます」
「ギャビーのもすごいよ! ギャビー!」
呆然としつつ、とりあえず礼を言うバーナビーを尻目に、パオリンが声を上げる。すると、ガブリエラが何かを両手で包んで持ってきた。
「たいしたものではありませんが……」
そう恐縮しながら、ガブリエラはどんぐりやらまつぼっくりやらが乗ったバーナビーの手に、そっと丁寧に何かを置いた。
「何、……ぎゃあああああ!!」
バーナビーは一瞬何が起こったのかわからず、しかし一拍遅れてそれが何かを認識すると、引きつった叫び声を上げた。
「ひっ、な、ななななんですか! なんですかこれ!」
「骨です。何かの」
「せめて何の骨か!」
ガブリエラが置いたのは、小さな白い頭蓋骨だった。
それを乗せられたバーナビーの手はぶるぶる震えていたが、おみやげをぶちまけるのは忍びないのか、できるだけ遠ざけようと腕を限界まで伸ばしつつ、落とすことはせず律儀に持ったままだ。
そのリアクションに、「さすが犬」と、ライアンが腹を抱えてげらげら笑っている。
「大きさからいって、たぶんリスかネズミですね。ウサギではないです。残念ながら」
「何がですか!?」
謎のコメントを寄越すガブリエラに、バーナビーが悲鳴を上げる。しかし確かに頭蓋骨は小さく、胡桃くらいの大きさしかない。
「すごいよね。骨なんかなかなか見つからないよ」
「綺麗に肉がなくなっていますしね」
肉がついたままであれば絶対にぶん投げていた、とバーナビーは思ったが、もはや声もない。「ライアンに言われて、ちゃんと洗ってアスクレピオスの研究室で消毒してもらいました」とガブリエラは続けた。
「ですので、紐を通してペンダントなどにもできます。お好みで」
「しませんよ!?」
どこの蛮族ですか、とバーナビーは全力で突っ込みを入れた。
「見つけた時、ジョンはとても欲しがりましたが」
「今からでもお譲りしたいのですが!」
「ぶふっ、そう言うなよ。せっかくくれたんだから。飾ったらいいじゃねえか、お前のあのスタイリッシュな部屋に。ひー」
ライアンと一緒になって爆笑している虎徹が、無責任に言い放つ。
「……あれだな。飼い犬とか飼い猫が良かれと思ってグロい獲物持ってくるやつ」
「ああ、あれね……アタシも子供の頃やられたことあるわ……」
アントニオとネイサンが、懐かしむようにしてしみじみと言った。
その後、最後にカリーナがやってきた。
彼女もまたピクニック当日は仕事が入っており声はかけられていなかったが、「あら、楽しそうね。今度は私も誘ってね」とさらりと言った。そのリアクションに「ブルーローズのほうが大人だな」と虎徹が笑いながらつぶやき、バーナビーが彼を睨む。
「あ、カリーナにもおみやげだよ! みんなで作ったんだ。しおりにしたの」
「へえ、綺麗じゃない。ありがと」
カリーナに渡されたのは、キースのスケッチブックに紅葉した葉の色がグラデーションになるように貼られ、きちんとラミネート加工もされた、綺麗なしおりだった。
「ブルーローズには普通じゃないですか……」
バーナビーが、ぶつくさ言った。
しかし律儀な彼のスタイリッシュな部屋では、小物入れのトレイにどんぐりが鎮座し、一輪挿しに白い枝が差しこまれ、ウサギの形の石は、ペーパーウェイトとしてそれなりに活躍することになった。
そして小さな頭蓋骨は、大きなまつぼっくりの天辺に雪だるまのように重ねられ、魔除けのようにしてデスクの上に置かれることになったのだった。
★ピクニックと写真とおみやげ★
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