#043
★ヒーロー試験★
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 ヒーローには、様々な義務がある。

 しかしまず何よりもヒーローという立場を得、そしてそれを維持していくためには、『ヒーロー免許』の獲得、そして更新が必須となる。
 それは名前そのままヒーローという職業に就くための免許で、無免許の状態で特定の活動を行った場合、処罰の対象になる。しかしこれがなかなかの難関で、取得には才能と努力、両方が必要だ。

・NEXT能力制御認定証の取得
・フィジカルチェック
・メンタルチェック
・素行、社会活動などのソーシャルチェック
・警察、消防、レスキュー等との連携
・応急救護、救急活動想定の筆記と実技試験の通過
・エリア立法、シュテルンビルト市特別法、およびヒーロー法試験の通過
・格闘実技試験の通過
・犯人確保許可証の取得
・各指定保険への加入
・特定エリア内の住民票獲得

 以下略。これらも条件の一部にすぎない。
 ひとつひとつの条件は本来単独の資格であったりもし、NEXT能力制御認定証などがその筆頭だ。これは自分のNEXT能力を完全に制御できている、という認定証のことで、NEXT能力者はこれを獲得しないと就職などが非常に難しい場合がある。ヒーローアカデミーに通う多くの者は、この能力制御認定証を取得するために訓練している者が殆どでもある。

 とにかく、このような様々な証明書や試験・検査の合格などの条件を満たすことによって、NEXTはヒーロー免許を得ることができるというわけだ。初試験に限り、ヒーローアカデミーの単位認定、および推薦や卒業認定で代替できる項目もある。
 しかしいちど取得すればいいというわけではなく、2年ごとの更新試験もある。その際の試験項目は、健康診断、各項目実技、筆記試験の3つだ。
 更に、怪我や病気、また犯罪を犯したりなど、条件を満たさなくなったことで即座に免許停止や取り消しになる場合もある。

 だが苦労して免許を取っても、企業に所属できたりスポンサーがついたりなどして本当にヒーローとして活躍できる者は、ほんのひと握り。一部リーグともなれば、プロスポーツ選手やプリマ・ドンナよりも少ない、まさに選ばれた存在なのである。

 華々しい活躍の裏で、彼らは凄まじい努力を重ねて舞台に立っているのだ。










 ──ジャスティスタワー、トレーニングルーム。

「次。ヒーロー規定45条の変更点」
「ええと、……新規定では、ヒーローはいかなる場合も、人命救助を最優先とすることが義務付けられます。これを故意に無視した場合は、うー、一時的なヒーロー免許の剥奪、度重なる場合は不作為による保護義務違反により、刑罰の適応が検討されます」
「“度重なる場合”を判断するのは?」
「ヒーロー管理官、及び司法局に委ねられます」
「よし正解」
 ライアンがパシンとテキストを叩くと、丸覚えした文章を言い切ったガブリエラがほっと息を吐いた。

「ん、もうこのあたりは大丈夫だろ。救助関係は省略していいな?」
「はい。一応、資格を持っていますので、そこは大丈夫です……」
 ガブリエラは、ぐったりとソファにもたれかかった。
 二部リーグ時代、能力を一般人に行使するにあたって、ガブリエラはかつての上司のシンディとともにまさに東奔西走し、法律を勉強した。あとから訴えられて、トラブルにならないようにするためだ。
 最初はちんぷんかんぷんでシンディに頼るばかりだったが、実際にあとから言いがかりをつけられて会社に怒鳴りこまれた時、能力を使用した際に作成した誓約書が多大な効力を発揮してから、ガブリエラは自分の身を守るために法律を知っておくことの重要性を重々に理解し、本気で勉強した。
 ──とはいっても読み書きすら怪しいレベルなので、最低限自分の身を守るための、ヒーローをやっていくにあたっての法律だけであるが。

 しかし救助を主に行っていくと二部リーグの頃から方向性を定めていたため、救急救命ライセンスなど、ヒーローとしては必須ではないが関連の資格は独自に取得している。
 救急救命の医療スタッフから信頼してもらえていたのも、こういった資格をきちんと取り、正しい対応ができているから、というのも大きかった。

「法律関係は、あと警察とレスキュー、消防との連携規定と、賠償関係か」
「損害賠償など、起こしたことはありませんのに……」
 そもそも自分の能力で損害賠償請求など起こるわけがないではないか、と頬を膨らませて唇を尖らせるガブリエラに、ライアンは顎を突き出した。
「科目にあるんだからしょうがねえだろ。ガタガタ言わねえでやれ」
「ううううう、あたまが……あたまがばくはつする……」
「お、なになに? 勉強? まっじめー」
 のんきな声をかけてきたのは、虎徹である。彼はスポーツドリンクをぐびぐび飲みつつ、テーブルの上に広げられたテキストをつまみ上げた。

「何を他人事みたいなこと言ってるんですか」
 バーナビーが、眼鏡を光らせながら口を出す。そしてその目線を、ガブリエラの手元のテキストに移した。
「賠償関係、へえ。虎徹さんもアンジェラと一緒に勉強しなおしたらどうです」
「もういいよ! 嫌ってほど知ってるっつーの!」
 最近ランキング流行りで何でもかんでもランキングにしたりナンバーワンを決める傾向にあるシュテルンビルトで、“最も賠償金請求の多いヒーロー”としてぶっちぎりの1位を獲得してしまった壊し屋タイガーこと虎徹は、苦虫を思い切り噛み潰したような顔をして、テキストをテーブルに置き直す。

「ヒーロー免許の更新試験、来週なんだよコイツ」
「え!? マジか!?」
「この時期に!?」

 ライアンが言ったそれに、虎徹とバーナビーが驚愕する。彼らだけでなく、それぞれトレーニングに励んでいた、話が耳に入った他のヒーローたちも目を丸くした。

「うう……2回目の更新です……」
 ガブリエラは、ぐったりした様子でそう返した。ヒーロー免許の更新は2年ごととなっており、その度に健康診断、筆記試験と実技、数々の科目の試験を受け、それに合格しなければヒーローを続けることは出来ない。
 追試も用意されてはいるが、いちど追試になると、次回の更新時に不合格の際に追試対応はしてもらえない。
「免許自体はアカデミーの単位認定や推薦を使って、なんとか取得しました。しかし私は文字がろくに書けないので、前の更新の試験は追試だらけで、本当にギリギリで通ったのです……」
 つまり、今回は何としてでも一発合格しなければならない、ということである。

「う、運悪ィな〜! 規定とかガラッと変わったばっかじゃねーか」
「そうですよ! 次は余裕で合格しようと思ってコツコツ勉強してきたのに! ほとんどが無駄です!」
 たっぷり同情の篭った虎徹の言葉に、ガブリエラは両手で顔を覆い、ワッと叫んだ。
 ──とはいえ規定が変わったのは、世界初のサポート特化ヒーロー・ホワイトアンジェラ、つまりガブリエラが一部リーグデビューしたのが原因ではあるのだが。

「うるせえ、泣いても喚いても試験は来週! ぐだぐだ言ってねえで死ぬ気で頭に詰め込め、犬!」
「ううう」
「この俺様がミッチリ家庭教師してやって受からなかったら、承知しねえからな」
「がんばります……」
「……お前がいなかったら誰がチェイサー運転すんだよ」
 ぼそりと呟かれたそれに、アンジェラが顔を上げる。ぱあ、と表情が明るくなり、まん丸になった目がきらきらと輝いた。
「──死ぬ気で合格します!」
「おう、そうしろ」
 ころりと満面の笑みになり、ばりばりとテキストをこなしていくガブリエラに、ライアンはどっしりと頷く。その様子を見て、ネイサンが「順調に飼い慣らしてるわね」と呟いた。

「ギャビーったら、単純っていうか、ちょろいっていうか、もう……。……あれ?」
 ライアンのたったひとことで尻尾を振らんばかりにやる気を出しているガブリエラを見て苦笑していたカリーナは、通信端末から響いた着信音に首を傾げる。
「……えっ」
 届いたメールを見たカリーナの顔色が、段々と悪くなる。そしてそれから、次々とヒーローたちの通信端末が鳴り響いた後、それぞれが同じように立ち尽くす羽目になった。






「俺たちも試験って、どういうことォ!?」

 頭を抱えた虎徹の叫びが、トレーニングルームに響く。
 しかし顔色が悪いのは叫んだ彼だけではなく、他のヒーローの面々にも、青ざめた顔色の者が数名見受けられた。

「通知のとおりです」
 ぴしゃりとそう言ったのは、ヒーロー管理官。すなわちユーリ・ペトロフである。各社を通してのメール通知で皆が大騒ぎしている時、正式な通達書類を持って現れた彼に、ヒーローたちは縋るような目を向けている。
 しかしユーリは全く表情を変えず、改めて言った。

「ヒーロー活動規定の大幅な変更に伴ない、特別に2年ごとの更新期間を無効とし、皆さんのヒーロー免許更新を改めて執り行います。試験科目等、詳細はこちらの書類を参照してください」
「来週って、いきなりすぎるだろ!」
「各方面への確認が済むまで、少々時間がかかりました。その点については申し訳ありません」
 全く申し訳なくなさそうに、ユーリは言った。
 ヒーロー免許のための試験科目は多岐にわたり、許可を出す機関や部署も様々だ。そのすべての確認、通達、またヒーロー全員の試験の準備可否確認に時間がかかったため、ややギリギリでの通達となった、と彼は淡々と説明する。
「しかし、規定や法律の変更点については常に把握しておくのがヒーローとしての義務。身体能力や健康状態の維持については常識といっていいでしょう。何か問題が?」
「……まあ、そうですよね」
 書類を見ながら、頷いて言ったのはバーナビーである。「せめて1ヶ月後とかさあ!」と喚いていた虎徹は、信じられないものを見るような目をして相棒を見た。
「ここまで大きな変更です。我々ヒーローこそが、いち早くそれを把握しておかなければ。各自の自習に任せずきちんと試験をする司法局は、むしろ親切で意識が高いと言えるでしょう」
「そういうことです」
 ユーリは頷くと、次いで違うファイルを取り出した。

「しかし、急なことであるのも確か。今回は特別に、前回更新時に追試を受けた方も追試を受けられることとします。ただし次回の更新時には追試ペナルティが付きますので注意してください」
「ペトロフさん! 私もですか!」
「もちろん、ホワイトアンジェラも例外ではありません」
 ユーリが頷くと、挙手したガブリエラは、その手でそのままガッツポーズを取った。元々試験の予定で追試が受けられないはずだった彼女は、むしろこの処置に救われた心持ちのようである。

「また、ゴールデンライアン」
「はァい?」
「貴方はコンチネンタルエリア、また各地のヒーロー免許も取得しておられますが」
 ヒーローは各地に存在するが、エリアによってそのあり方、法律、規定などが異なり、ヒーロー免許はそのエリアでの活動限定のもの、というのが基本である。その点、世界を飛び回るフリーのヒーローであるライアンは、その各地のヒーロー免許を取得していた。
 この多彩なエリアの免許を取得しているということも、フリーという立場でありながら雇用主やスポンサーにむしろ絶大な信頼感を与えることができる要因のひとつである。

「近々、“ワールドヒーロー免許”を発足する動きがあることは?」
「もちろん知ってる」
 ライアンは、頷いた。
「ワールドヒーロー免許って何?」
「エリア別のヒーロー免許を、一括でまとめた免許制度のことでござるよ」
 首を傾げたパオリンの疑問に答えたのは、イワンである。
「現在ヒーロー免許はエリア別発行で、統括しているのも各エリアの司法局でござる。しかしここ数年で各エリアのヒーローが増え、ライアン殿のようにエリアを跨いで活躍するヒーローも出てきたゆえ、トラブルを防ぐため、各エリアの司法局が連携して共通の免許制度を発足しよう、という動きのことでござるよ」
 まだ審議中とは聞いているでござるが……と続けたイワンに、ユーリが頷いた。
「そのとおりです。近々要項がまとまる予定ですが、今回のシュテルンビルトエリアヒーロー試験は、あなたの今後のワールドヒーロー免許の取得可否にも影響する可能性があります。慎重になさるように」
「了解」
 そんなものがあるのか、と珍しげ、あるいは感心したような面々を尻目に、ライアンは鷹揚に頷いた。

「あ、アンジェラだけど、サポート特化ヒーローって試験科目違ったりしねーの? 試験要項には特に書いてなかったんだけど」
「科目は共通ですが、採点基準が異なります。応急救護試験や救急活動想定試験などが重要視され、格闘実技などは合格点が低めになっています。具体的な点数分配はこちらの部分に」
 ユーリは素早く付箋を取り出し、テキストの該当箇所に手際よく貼り付けた。
「ただし一部リーグヒーローは二部リーグと違って、犯人確保許可証の取得は必須となります。今までは特別に許可証なしで一部リーグ在籍でしたから、今回免許更新とは別途、必ず取得するように」
「あー、二部リーグは許可証必須じゃねーのか。要請ナシで警察の協力あるから?」
「そのとおりです。一部リーグは警察官と同等の権限を持つため、そのための特別許可証の取得が必須となります」
「ナルホド了解」
 ライアンは頷き、難しい話にうーうー唸っているガブリエラの頭に手を置いた。

「……っていうか、なんでアンタがギャビーの事聞くのよ」
 怪訝そうな声で言うカリーナに、「ああん?」とライアンが振り向いた。
「コイツが直接聞いても頭パンクしてなんか漏れあるかもしんねーだろ。俺が聞いて管理したほうが確実」
「うう……お世話になります……」
 そのままぐりぐりと頭を揺らされながら、ガブリエラは呻くような声を出した。
「へえ、ちゃんと面倒見てるのね。……予想以上に過保護だけど」
 そう言って、ちらり、と彼らを見たのはネイサンだ。ライアンは、ふんと鼻を鳴らす。
「これぐらいしねえとダメなんだって、コイツ」
「そう?」
 ネイサンがガブリエラに目線を流すと、頭にライアンの手を乗せられたガブリエラは、嬉しそうに、へら、と緩々に融けたような笑みをネイサンに向けた。その顔を見たネイサンは、苦笑を浮かべて肩をすくめる。ごちそうさま、といわんばかりの反応だった。

「では、質問がなければ以上となります」

 そう言って、ユーリはさっさとトレーニングルームを出て行ってしまう。
 あとに残されたのは、平然、絶望、焦燥、呆然、様々な反応を示すヒーローたちであった。



 ──勉強しなければ。

 全員一致でまとまった意向により、誰が言い出すでもなく、ヒーローたちの試験勉強対策会議が始まった。トレーニングウェアを着替え、大きなテーブルに向かってそれぞれ座り、まずはユーリが持ってきた試験要項を睨むように熟読する。

「試験科目は健康診断、実技、筆記試験の3つ、まあいつも通りですね。健康診断は当然問題ないとして、……ないですよね?」
「ハーイ、酒は控えまーす」
 自然に仕切るバーナビーに、虎徹が小さく手を上げて発言した。
「当たり前でしょう。では次、実技に不安のある方」
「あの、犯人確保許可証の、格闘実技が……」
「あ、ギャビーってこれ取ったことないんだっけ。私も苦手なのよねこれ……」
 二部リーグ上がりのため初めて取得する、そして必ず取得しなければならないというガブリエラに、カリーナが眉を下げて共感を示す。
 犯人確保のための捕縛術などを採点される格闘実技であるが、格闘技の段を持っているわけでもない女子高生とサポート特化ヒーローには、荷が重い内容のようだ。
「お? ふたりとも、これ苦手なのか?」
「タイガーは得意なのですか?」
「まあな」
 ガブリエラの問いかけに、虎徹は得意気に胸を張った。
「ええ、これに関しては本当に得意ですよ、虎徹さんは。教えてもらってはどうです」
「ぜひおねがいします」
「ええ!?」
「いいぜー」
 口を出したバーナビー、真剣な顔で即答するガブリエラ、驚愕するカリーナ、そして軽く返答する虎徹。ひとりおたおたするカリーナに、ネイサンが「よかったじゃなァい」と小声で言った。

「こういう感じで、各自苦手科目は得意な方に手伝って頂く方向で。不明点は?」
 バーナビーが確認すると、全員から「異議なし」と手が上がった。
「あと実技で大きく変わったのは、救助関係ですね。いかなる場合も人命救助が最優先となりましたので、救急救命、応急処置など、実技も筆記もかなりの割合重要視されるようです。これについては──折紙先輩、資格持ってますよね?」
「あ、はい!」
 イワンが、猫背を伸ばして返事をした。
「お、そうなのか。折紙は色々資格持ってるよな」
 感心した様子で、アントニオが頷く。
「この能力なもので、資格は取れるだけ取りました。資格があれば優遇点もありますし……」
 初回のヒーロー免許取得はアカデミーの単位認定と資格優遇で何とか通ったようなものです、とイワンは頭を掻いた。
「しかし、救助関係の資格はアンジェラさんも持っているのでは?」
「持っていますよ」
 ガブリエラは、頷いた。彼女も初回の合格のため、アカデミーの補助が効く資格は、取れるだけ取っている。オタク体質のため、途中から単に資格マニアになっていたイワンほどではないが。
「救助関係は特に。ずっと救急隊員の方々と行動していますので、現行の制度についても大丈夫です」
「さすがサポート特化、心強いですね。では救助関係の科目はこのおふたり──アンジェラは余裕ができればということで、主に折紙先輩が講師でいきましょう」
「お力になれるよう頑張るでござる!」
「……つーかさっきから仕切ってっけど、バニーちゃんは大丈夫なワケ?」
 虎徹が訝しげな目を向けると、バーナビーはきらりと光る眼鏡のブリッジを押し上げた。

「言ったでしょう。ヒーローたるもの、規定や法律の変更点については常に把握しておくものです。スカイハイさんもそうなのでは?」
「うん? ああ、そうだね。新規定については勉強したよ。でも試験となると、ちゃんと文章で説明できるようにしておかなければね」
「そういうことです。試験勉強はしますが、まあ復習程度で大丈夫でしょう」
 平然と言うKOHコンビに、他の面々は唖然としている。イワンが「さすが、意識が高いでござるなあ」と感心し、ライアンが、「やるねえ」と軽やかな口笛を吹いた。

「ライアンも特に問題無いでしょう?」
「まあ、コイツに教えるのに勉強したしな」
 ライアンは、隣にいるガブリエラに親指を向けた。
「あとは他のエリアの規定と間違わねーようにしないと、ってぐらいか」
「あなたならではですね」
 感心と興味深さが混じった表情で頷いたバーナビーは、パン、と一度手を叩いた。

「さ、泣こうが喚こうが試験は来週です。新シーズン早々一部リーグのメンバーが少なくなったりしないよう、皆さん頑張りましょう」

 シャレにならねえ、と虎徹やアントニオが潰れたような声を上げ、他の面々も、ぐったりした声で了解の返事をした。










《さあ、追うのはブルーローズとファイヤーエンブレム! 犯人に追いつけるかッ!?》

 自分の能力で凍らせた道路を、前輪が“ソリ”状になった特別仕様のバイクに乗って走るブルーローズと、その横をファイヤーパターンのペイントがされたスポーツカーで並走するファイヤーエンブレムに、マリオの実況が飛ぶ。

「ヒーロー活動規定第25条……活動中の公共物の破損については、事前登録の能力によるものであれば保険適用とされ賠償対象外であるが、復旧不可となるまでの著しい破損についてはその限りではなく……また氷や水など時間経過で元に戻るものについては、一般使用不可になった時間が賠償対象……」
 ぶつぶつと呟きながら、ブルーローズは犯人を追い続ける。その目つきは鬼気迫っており、メイクで隠し切れない隈が浮いていた。
「──私の氷はちょっぴりコールド。あなたの悪事を完全ホールド!」
「はいはーい、ファ〜イヤァ〜ン」
 決め台詞とともに、リキッドガンが発射され、ファイヤーエンブレムの優雅な手つきの指先から、炎が放たれる。バイクで逃げていた犯人二人のうち一人が壁に氷で貼り付けられて動けなくなり、もう一人が炎に囲まれて転倒。車から降りたファイヤーエンブレムが手際よく転倒した犯人を拘束すると、ブルーローズとファイヤーエンブレムに犯人確保のポイントが追加された。
「……もおおおお! ゆっくり試験勉強させてよ!」
「ほんっと、忙しないわよねえ。やんなっちゃう」
 地団駄を踏むようにして叫び、ワッとバイクのハンドル部分に突っ伏したブルーローズの背を、ファイヤーエンブレムは慰めるようにポンポンと叩いた。

「スカァ──イ、ハァ──イッ!」
《ここでスカイハイ! 犯人の一人を風で巻き上げ拘束! ポイントが入ります!》
 空を飛んできたスカイハイが、銃を連射する犯人を難なく確保した。
「うむ、怪我はしていない! ヒーローが犯人確保を行う際は、極力犯人に怪我をさせないことが義務付けられる! しかしやむをえず負傷させた場合は、司法局による審議の対象となるので注意! そして注意だ!」
《なぜかここでヒーロー活動規定の紹介だ! 皆さん、勉強になりましたね!》
「確保した犯人は、可能であれば速やかに警察に身柄を引き渡す!」
 ビシリと敬礼をしたスカイハイは、弾を抜いて無力化した銃とともに、近くにいた警察官に犯人を引き渡した。

「んぬおおおおおおっ!」
 ガンガン、ギンッ! という金属音。市民の前に立ち、腕を広げたロックバイソンに銃弾が当たった音であった。
《ロックバイソン、犯人が乱射した銃弾をその身をもってガード! ポイントが入ります!》
「ヒーロー活動新規定第17条、およびHERO TVポイント規定第3項! ヒーローはいかなる場合も人命救助を最優先することが義務付けられる! それにより、一般市民の生命を脅かす行動を阻止した場合、ヒーロー活動の一環とみなされポイントが入るものとする!」
《そのとおりです! 今シーズンより大きくとられることになった救助ポイントがロックバイソンに入ります!》
 マリオの実況とともに、マスク越しでも盛大に得意げな顔をしているであろうことがわかるロックバイソンの姿が大写しになった。

「16歳以下のヒーローは、試験項目に特別免除が色々あるよー! でも何か問題を起こした時は、司法局に届けてある法定代理人に責任が追求されるから気をつけないとね!」
 そう言いつつ犯人に回し蹴りを食らわせたドラゴンキッドは、倒れた犯人を踏みつけて拘束しつつポーズをキメる。その横に、シュタッと折紙サイクロンが降り立った。
「人命救助最優先という新規定は、犯人にも適用されるでござる! 犯人を行動不能にした場合、拘束の上医療スタッフに引き渡すか、不可能な場合は意識の有無などを確認し、必要であれば応急処置を行うでござる! ……意識はあるでござるな! 確保!」
「折紙さん、ロープワーク上手だよね」
「レスキューや消防でも用いられているでござるよ! 日常生活でもお役立ち!」
 ドラゴンキッドに感心されつつ、折紙サイクロンは見事な手際で犯人を拘束すると、近くの街灯に縛り付け、首にGPSマーカーを巻いてロックした。これで万が一拘束を抜けられても、すぐに追いかけて確保することができる。

「素晴らしい。皆さん、完璧ですね」

 ブロンズステージの、背の低い建物の屋根を飛んで回りながら裏路地の犯人を追いかけているバーナビーは、ワイヤーを使ってショートカットを試みているワイルドタイガーを振り返った。
「……タイガーさん、ヒーロー活動規定28条」
「え!? 今!? えーとえーと、ヒーロー活動中は一般市民の避難行動に対し──うおお!?」
 ワイヤーを引っ掛けていた部分の建物がぼろっと崩れ、まんまと落ちたタイガーは、不格好に着地をしてごろごろと転がっていった。
「それは第18条です。28条は、ヒーロー活動中に市民の財産である一般家屋等を損壊した場合はヒーロー個人による損害賠償対象となる、ですよ。まったく、ズボラをするから」
「だっ! もおおおお!」
 大きく遅れを取ったタイガーは、地面に拳を叩きつけて声を上げる。すると、タイガーが屋根部分を壊した年季の入った家屋から、気の良さそうな老夫婦が出てきた。
「まあまあ、大丈夫?」
「おや、タイガーじゃないか。怪我はしていないかな?」
「あ、スンマセン! 屋根壊しちまって、弁償しますんで……」
 ペコペコと頭を下げるタイガーに、老夫婦は「いやいや」と首を振った。
「いいんだよ、古い家だからね。ほら早く追いかけなくちゃ、ヒーロー」
「気をつけてね。いつもありがとう、応援してるわ」
「あっ……ありがとうございます! 後で挨拶に来るんで! 絶対!」
 そう言って走りだすタイガーを、老夫婦が手を振って見送っている。その様子を見てバーナビーは苦笑すると、「ただし、所有者がこれを訴えない場合この限りではない」と呟いた。



「な、治った! ありがとうホワイトアンジェラ!」
 青白い光が収まると、銃弾が貫通したひどい傷が、ごく薄い痕だけを残して消え去っていた。痛みから開放された男性は、感動した面持ちでアンジェラに礼を言う。
「第35条……救助活動中の過失については……」
「ア、アンジェラ?」
「あーゴメンゴメン、こいつ今ポンコツだから。気にしないでやって」
 傷に手をかざしたポーズのままぶつぶつ言っているアンジェラに男性が困惑していると、怪我人を担架で運ぶのを手伝っていたヒーロースーツ姿のライアンが、後ろから大股で近寄ってきた。
「おら次いくぞ。しっかりしろ」
「次……次は第36条……」
「ハイハイ」
 若干ゆらゆらしているアンジェラの頭を掴むようにして誘導し、ライアンは次の怪我人の所に歩いて行った。

《──ゴールデンライアン。アンジェラにカロリーを摂取させてください》
「げっ、マジ? 足りない?」

 ライアンのヒーロースーツの通信から届いた声は、アスクレピオスで待機しアンジェラと視界を共有している、ホワイトアンジェラ専用医師チーム“ケルビム”、そのダブルリーダーのうちのひとりでありアンジェラの主治医、シスリー・ドナルドソンのものである。
 先程からずっと、ホワイトアンジェラのスーツ搭載のスキャン装置などを使って彼らが患者の怪我を即座に診断し、どこに能力を使えばいいのか指示した上で、アンジェラは能力を使用している。
 普段はイヤホンでアンジェラと直接のやり取りしかしていない彼らであるが、今回のヒーロー免許更新試験前になって、急遽、ライアンとも通信が取れるように設定されていた。

《今回はひとりひとりの怪我の程度が深いので、カロリー消費が急激です》
《これ以上スリムになっちまうと、筆記や実技の前に健康診断で引っかかるぜー》
 シスリー主任の聞きやすくて穏やかな声の後に続いた男性は、エンリコ・トリヤッティ。軽薄にも聞こえる口調のイタリア男だが、専門は整形外科。痕を残さない怪我の処置に関して、彼の右に出る者はいない。
《カロリーバーだけではダメですよ〜。栄養ゼリー、ジュースタイプでもいいです。サプリも飲ませてあげてください〜》
 おっとりした声は、マルチナ・モルナール。間延びした口調の女医だが、手術の速さはアスクレピオスでも1、2を争う。
《この間アンジェラがおいしいと言っていた、ピーチ味もあります!》
《何を。アンジェラちゃんはフルーツ味よりプリンなどのほうが好きじゃぞ》
 明るい男性の声は、ハロウィンイベントの会議に出席していたヨニ・サラマ。そして声だけでいかにも老年とわかるのは、ジークムント・ヴェールマン。軍医経験がある老医師で、災害時のレスキュー活動にも強い。メトロ事故の時にアンジェラを救助した主要人物で、この時以来、アンジェラの熱烈なファンを自称している。

 ケルビムの医師たちはチームに抜擢されるだけあって非常に優秀だが、それと同時に変わり者も多い。
 更に全員に共通しているのは、彼らが元々、二部リーグ時代からのアンジェラファンであることだ。しかも、年配のベテランが多いのもあってか、アンジェラに対して保護者に近いような態度があからさまなのである。初めて顔合わせをした時はくれぐれもアンジェラを頼むと、ライアンはしつこいほど念を押された。
 しかも、彼女の持つドMの犬気質、良く言えば世話を焼かせたくなる人誑しっぷりのせいで、彼らの過保護ぶりは日が経つごとに拍車がかかっている。
 エンジェルチェイサーを扱うメカニックチーム“スローンズ”もアンジェラを異様に大事にするのは同様なのだが、エンジェルライディングを可能にする彼女をどちらかといえば崇拝しているような様子のほうが強く、過保護なケルビムとよくぶつかりあっていた。
 ちなみに彼らの争いは、最終的にスーツ担当の“パワーズ”が関係ないのに飛び入りして有耶無耶になったり、広報担当の“ドミニオンズ”が「そんなことより頼んでいる仕事は出来たの」とぶった切ったりすることでだいたい収束する。

《ソーダ味も用意しています! ビタミン配合!》
《きなこ味もオススメ!》
《見た目も楽しめるように、クマちゃんビスケットタイプもありますからね〜》
《ゴールデンライアン! とにかくアンジェラにたくさん食べさせて!》
《ゴールデンライアン! 水分もきちんと摂らせるんですよ!》
「あーハイハイ、わかったわかった」
 マイク越しにワイワイ言っている彼らの声に、ライアンは天を仰ぐ。
 ヒーロー試験を控えた今、アンジェラ至上主義で口やかましい彼らと多く接するようになったライアンは、彼らの注文の多さに大いに辟易していた。

「ゴールデンライアン」
 その時、白いスーツにサングラスをかけた男性が、大きなボックスを差し出してきた。アンジェラのボディガードチーム“アークエンジェルス”、普段アークと略して呼ばれるうちのひとりである。
 ボックスの中を開けると、例のカロリーバーやら、ゼリーやジュースタイプの栄養パックがぎゅうぎゅうに詰められていた。ポーターから取ってきてくれたらしい。
「どうぞ」
「……どうも」
 ライアンが、ボックスを受け取る。
 他のチームがエネルギッシュで口数が多いのに比べ、彼らは役割以上に寡黙で、どうなろうと自分たちはアンジェラを守るのみ、というストイックな態度を貫いている。
 しかし彼らが持っている連絡用端末にいつの間にかホワイトアンジェラのデフォルメストラップがぶら下がっていることにライアンは気付いているし、メインの護衛であるライアンがいる時は各自ローテーションで休憩していても良いと言われているにもかかわらず、こうして側について世話を焼こうとしてくるので、彼らもまた同じ穴の狢であることは確実だった。

「ほら、アークが持ってきてくれたぞ。食え」
「う、しかし、怪我をした方が……」
 片手でできるでしょうか、とおろおろするアンジェラに、ライアンは「あ〜〜〜〜」と呻き声を上げると、仕方なく、パックに付属のストローを突き刺し、アンジェラの口に突っ込んだ。
「持っててやるから、そのままやれ」
「あいはほうほあいまふ」
 ありがとうございます、と言っているのだろう。アンジェラはライアンが手に持ったパックのジュースを吸い上げながら、次の患者の怪我に手をかざした。
「介護かよ……」
 そのあと、怪我人を治すアンジェラの口にジュースパックやカロリーバーを詰め込むという作業をしばらく続けたライアンは、疲れたようにそう言った。



 こうして銀行強盗に失敗し、銃を乱射しながら散り散りに逃げた犯人たちは、ヒーロー活動新規定をきっちりと守ったヒーローたちに残らず確保され、またシュテルンビルトの平和が守られたのであった。
★ヒーロー試験★
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BY 餡子郎
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