#042
★ハロウィン★
2/2
「やれやれ、どうなることかと思いました。ありがとうございます、ライアン」
アポロンメディアの、控室、と張り紙が貼られたただの会議室にて。アンダースーツ姿のバーナビーは、前髪を払いながら言った。ライアンが肩をすくめる。
「どーいたしまして。ま、こっちも旨味があっての話だし? な、オッサン」
「ソウダネ、ライアンクン」
棒読みでそう言った虎徹を見て、バーナビーが「……はあ」と溜息をついた。
ライアンが約束通り何も告げ口しなかったおかげで、虎徹は始末書も減俸も免れた。しかし市民を守ること以外に全くやる気を見せないはずの虎徹がビジネスアイデアを持ち込んできたということから、バーナビーは彼が何をやらかしたのかすぐに問い詰めたのである。
──つまり。
ライアンが持ちかけたのは、ライアンがかつてアポロンメディア所属だったということ、またコンビヒーローを抱える企業同士ということで、T&B&R&A、という合同ファンミーティングである。
最近のアポロンメディアは、マーベリック事件、シュナイダーの騒動と不祥事続きで、正直なところ経営が逼迫している。
どんどん削られる予算に頭を抱える、T&Bの直属の上司にしてヒーロー事業部統括のアレキサンダー・ロイズは、ワイルドタイガーを通してまさに降って湧いたその企画に、ふたつ返事で飛びついた。
何しろ、今をときめく話題騒然のニューヒーロー・R&Aである。
彼らとの共同企画ならチケット完売は間違いないし、しかも、ホワイトアンジェラはスカイハイと張るクリーンなイメージを持つ、天使や聖女とも呼ばれるヒーローである。ダーティーな不祥事も、彼女と仲が良いことをアピールすればいくらか改善が見込めるかもしれない。
更に、共同使用なので割安ではあるが、会場の使用費も支払って貰える。その上コラボ記念でアスクレピオスからバーナビーとワイルドタイガーのモデルのエンジェルウォッチをはじめとした限定コラボグッズを発売することが交渉され、そのマージンの割合もなかなかだ。
アスクレピオスとしても多くの人数が動員できる会場を確保でき、先輩バディ・ヒーローと共演することによって、R&Aをペアのヒーローとしてアピールできる。
要するに、ヒーローという職業を立ち上げた古参のベテラン企業ではあるが経営難かつイメージアップを図りたいアポロンメディアと、金に糸目はつけないがヒーロー事業は新規参入でシュテルンビルトでの土台を固めたい、そして即座にイベント会場を確保したいアスクレピオスにとって、まさにwin-winの企画というわけである。
実際、この企画はかなりの盛況具合を見せている。
当初は「悪くはないのだがいつもの顔ぶればかり」といった様相だったT&Bファンミーティングチケットは、R&Aとのコラボが発表されるや否や、凄まじい競争倍率のプレミアチケットとなった。
原因のひとつとして、抽選での握手やハグ、T&Bファンミーティング恒例のお姫様抱っこなどと並んで、ホワイトアンジェラによる美肌&美髪ケアが当たるという催しの存在もあるだろう。
そのためアポロンメディアは急遽、会場に実際に来ることができる一般来場チケットに加え、半額程度の価格での、自宅のネット環境によるライブビューイングチケットを発売した。
ライブビューイングであっても各種抽選には参加することが出来、もし当選すれば後日指定の場所にて当選内容を行ってくれるという、当たれば一般チケットよりもおいしい思いができるという仕組みである。
ライブビューイングであるがゆえに、チケットはSOLD OUTが存在しない。
ホワイトアンジェラの能力行使当選への女性の食いつきを狙い、急遽『ドミニオンズ』シリーズの化粧品売り場にチラシを配り、ヒーロー自体にすら興味がない女性たちもチケットを買うよう、そしてあわよくば今後この4人に興味を持ってもらえるよう囲い込みを行うと、これがまた効果は絶大。
一般チケットはすぐさまSOLD OUT、ライブビューイングチケットも、かなりの──具体的には、実際の視聴者数の数倍の数が購入された。
転売行為防止のため一般チケットは厳しい身分証チェックが徹底されているが、ライブビューイングはそれがない。そして、売り切れがないので転売も成り立たない。つまり暗黙の了解として、当選内容目当てに宝くじよろしくひとりで何枚ものライブビューイングチケットを買い込む者が現れるのは必然だった。
しかも“購入したチケット記載のアカウントで時間までにログインしライブビューイングに参加しないと、もし何らかの権利に当選しても無効”というルールを設けることで、あくまでファン参加イベントであるという体裁を保ちつつ、半強制的にチケット購入者を画面前に座らせることができる。これにより、あわよくば新規ファン獲得、そうでなくてもスポンサーの広告効果を、という一石二鳥以上の仕組みにもなっているのだ。
その勢いに乗ってか、限定グッズも在庫が残らないだろうという程度には売れ行き好調、予約販売の限定版エンジェルウォッチも、順調に予約が入っている。
元手がさほどかかっていないのにも関わらず、チケット、グッズ、会場使用費とかなりの収入が得られ、ホワイトアンジェラの能力行使当選目当てとはいえ、ヒーローやT&Bにさほど興味がない層にも広告効果を及ぼすことが出来るというこの企画にアレキサンダー・ロイズは大喜びし、スポンサーも喜んでいる。
ちなみにライブビューイングチケットというアイデアを出したのはロイズだが、当選した時の旨味をアピールして購買意欲を倍増させるようアドバイスを行い、当日視聴必須というルールを発案したのはライアンである。
なるほどライブビューイング、さっすがメディア企業のお偉いさんだわ、いやいやライアン君こそさすがはアスクレピオスのアドバイザーだねえ、などと固い握手を交わしつつ笑い合っているふたりに、虎徹は「お主も悪よのう」「いえいえお代官様ほどでは」というオリエンタル時代劇のお決まりのシーンを連想した。
「で、それがオッサンの前のスーツ? レトロ〜」
ライアンが言及した虎徹のスーツはいつもの緑と白のフル装甲スーツではなく、いかにも前時代的な、青を基調としたラバーとタイツを使った旧スーツである。現在のスーツの製作者である斎藤が“クソスーツ”と呼んだ、あのスーツだ。ただし当時の所属会社であったTop-magのロゴは、大人の事情で綺麗に塗りつぶされている。
R&Aが旧スーツで登場するというのに合わせて、虎徹もこのスーツを引っ張り出してくることになったのだ。
「うっせ。味があるだろ」
「ん、いかにもレジェンド時代のヒーローって感じでいいじゃん」
「お、おう? ま、まあな」
馬鹿にしてくるのかと思いきやライアンが普通に褒めてきたので、虎徹は調子を崩して目を丸くした。しかし悪い気はしないのか、ふふんと顎を反らす。
「レジェンドっぽさを入れたデザインだしな。ほら、このパンツのとことか」
「うんうん」
「つーか、お前と色かぶってない?」
「大丈夫だって、俺のほうが100倍イケてっから」
「だっ!」
ころりと手のひらを返して可愛げのないことを言ったライアンに、虎徹がずっこけて椅子から落ちかける。バーナビーが、またため息をついた。
そしてけらけら笑っているライアンもまた、コンチネンタルエリア時代の旧スーツを着込んでいる。長いマントのついた、ワイルドタイガーと似た深い青と金色のストライプを用いたデザインだ。コンチネンタルエリアのファンには、まだまだこのスーツのほうが馴染み深い。
「……改めて見ると、いかにも王子って感じですね、そのデザイン」
「まあ、意識してるしな」
デビューした頃に所属していた芸能事務所が用意したデザインなのでそういう路線なのだ、と説明するライアンに、なるほど、とバーナビーは納得して頷く。
「アンジェラは、……なんか懐かしいなそれ」
初めて会った時に着ていた二部リーグ時代の衣装のガブリエラを見て、ワイルドタイガーは感慨深げに言った。ちなみに、こちらも前の会社のロゴはなくなっている。
「はい。しかし、前のものだと本当にただの服で危ないということで、アスクレピオスの素材で新しく作っていただいたのです。ライアンのものも」
「おー。今のスーツよりは劣るけど、機能的には最低限揃ってるぞ。防弾とか防炎とか」
「今日だけなのに作ったのか? 金あるなあ、アスクレピオス」
と言うワイルドタイガーの衣装は、正真正銘、以前着ていたもののスペアである。ラバーが経年劣化しているせいで、尻のところが若干ごわごわしているらしい。
「新しいものを作るときに、デザインなどの確認のため前の衣装も着てみたのですが、サイズがきつくなっていました」
「ちゃんと太ってるってことじゃねーか。良かったな」
虎徹のその発言に、そうですね、とガブリエラは普通に返しているが、他の女性には間違っても言えない台詞だなとバーナビーは思い、そして彼が何かというと娘の楓に「デリカシーがない」と言われている原因の一端を見た気がした。
「……ああ、そろそろ時間ですね。僕もスーツに着替えてくるので、ステージ裏で」
そう言って、バーナビーは小走りに部屋を出て行き、スーツを用意しているポーターの元に向かう。その姿を見送った3人は、顔を見合わせ、にやりと笑いあった。
「さあ今日も始まりました、HERO TV──、ではなく!」
ジャスティスタワー前、大きな白い公園の、野外ステージ。
いつもの台詞を自ら遮った司会者に、観客から笑い声が起こる。その反応に満足した彼は、スーツの衿を整えた。
「こんにちは! 今日はアポロンメディア、ひいてはOBC、つまりHERO TV主催の、T&B、ハロウィン特別ファンミーティングにようこそ! 本日は! いつものマリオさんに代わって、この私が仕切らせていただきます。まみむめっ、マシュ〜!!」
高めのテンションで、マシューが会場を盛り上げる。
HERO TVといえばマリオの実況アナウンスであるが、マシューは二番手として、こういったメインではないイベントの司会、HERO TV内で使われるVTRやインタビュー映像で市民の声を集めたりするポジションで活躍するアナウンサーである。
マリオのようにいかにも司会者という仕事よりは市民と直接触れ合うスタイルが多く、またそれが高じて手話が得意で、コミュニケーション能力も高い。
「いやあ、こういうイベントの司会は久々です! 緊張しますね。え? 早く始めろって? ごもっとも。──では登場していただきましょう、我らがアポロンメディア所属ヒーロー! タイガーアアアアアア、アアアアンド、バーナビィイイイイイ!!」
マシューのなめらかなマシンガントークと大げさなコールにつられて、観客たちが拍手する。その音に出迎えられて、ふたつの人影が、ステージ中央のカーテンから姿を表した。
「ハァイ! HAPPY HALLOWEEN! こんにちは、バーナビーです!」
「ワイルドに吠えるぜ! 来たぞ、ワイルドタイガーだ!」
音が出そうなウィンクをキメたバーナビーと、虎を模しているらしい懐かしい決めポーズで現れたワイルドタイガーに、拍手と歓声が飛ぶ。
「今日のタイガーは、特別に旧スーツ! 古参のファンには嬉しい姿ですね」
「押入れから久々に出したもんで、ちょっと尻のとこゴワゴワしてっけど、カンベンな!」
「そういうことは言わなくていいんですよ」
初っ端から漫才のようなやり取りを繰り広げる二人に、観客から笑い声が上がる。
「続いてアスクレピオスから、ゴールデンライアンとホワイトアンジェラ!」
「よっ!」
マシューがテキパキと司会をし、ワイルドタイガーが賑やかしの声を上げて手を叩く。それにつられた観客の拍手に迎えられ、ゴールデンライアンとホワイトアンジェラが姿を表した。
「世界は俺様の足元に平伏す! ──俺のブーツにキスをしな!」
「ライアン、素敵です! あっ、ホワイトアンジェラです! わんわん!」
ドーンと決めポーズで現れたゴールデンライアンの斜め後ろで、ホワイトアンジェラがぴょんと跳ねるようにして登場する。
「おお、こちらのおふたりも旧スーツですね! バーナビーは……」
「残念ながら、僕はいつもどおりです」
そう言ったバーナビーは、マシュー、ワイルドタイガー、ゴールデンライアン、ホワイトアンジェラの視線が自分に集まっていること、また観客席からの妙なくすくす笑いに気付き、きょとんとして疑問符を浮かべた。
「え? 何です?」
「──ハァイ! ゴールデンライアンだぜ!」
「わいるどにほえますよ! 来ました、ホワイトアンジェラです! がるる!」
バーナビーの困惑は、R&Aの突然のネタ振りによってかき消された。ゴールデンライアンのウィンクと、ホワイトアンジェラが両手を上げての“がおー”という感じのポーズに、大きな歓声が飛ぶ。次いで「R&A、T&Bの台詞をパクりました!」という、笑い混じりのマシューの声が響いた。
「パクリじゃねえって。リスペクトって言えよ」
「あのですね、コラボ企画らしくというのと、最近大人気のロックバイソンのネタをかけた感じでですね」
「おいコラ」
「はい」
「ネタを自分で説明しない」
「はい」
淡々と諭すゴールデンライアンと頷くホワイトアンジェラに、観客から笑いが漏れる。
「……あなたたち、いつから漫才をするほど仲良くなったんですか」
「コンビヒーローは漫才ができないといけない、と学びました」
「どこで学んだんですそんなこと」
呆れたように言うバーナビーだったが、R&Aは、黙ってT&Bを指差した。その息ぴったりの様に、更に大きな笑い声が起こる。なぜか相棒であるワイルドタイガーまでもが自分を指差しているので「なんであなたも指差しているんです」とバーナビーがその指をはたき落とすと、更に笑い声が上がった。
「それにしても、3人とも旧スーツだと、なんだか僕が浮きますね」
「そんなことはありません」
「そんなことねえよ、ジュニア君」
「そうそう。なあ?」
3人揃ってうなずき、最後にワイルドタイガーが観客に同意を求めると、観客たちは笑いながら皆頷いた。その反応に、バーナビーは改めて疑問符を浮かべる。
「え? 何なんですか、先ほどから一体……」
「さあ漫才はこの辺で! では皆さん、せーの、でお声をお願いします! 用意はいいですかー!?」
マシューの威勢のいい声に、観客たちから「オーケー」「いいぞー」とノリの良い声が上がる。皆笑顔で、ステージを見つめていた。
マシューの掛け声で、HAPPY HALLOWEENと皆で叫び、ステージ効果の巨大クラッカーと紙吹雪、スモーク。その後は……と、タイムスケジュールを頭の中で確認しながら、バーナビーはリハーサル通り、ステージ上に十字型に貼られた赤いテープの上に立った。
「せーの!」
「HAPPY……」
──HAPPY BIRTHDAY!! BARNABY!!
パン、パン、パン!! と舞台装置のクラッカーが炸裂し、白い紙吹雪と、バーナビーのイメージカラーである、メタリックなピンク色のテープが大量に飛ぶ。──バーナビーに向かって。
そして舞台装飾の垂れ幕がひらりと裏返り、“HAPPY HALLOWEEN”から“HAPPY BIRTHDAY”になった。
「誕生日おっめでとう、バニー!」
ワイルドタイガーの声に、観客から「おめでとう!」「誕生日おめでとう、バーナビー!」と次々に声が上がる。次いで、バーナビーのマークである、兎を模したマークの風船が、観客たちの間から次々に浮き上がってきた。皆、胸元に押さえ込んで隠していたらしい。
そしてこのサプライズこそ、虎徹がライアンに頼んだものだった。
どんな企画でも構わないが、彼の誕生日を祝うサプライズを盛り込んでやってくれ、と。アスクレピオスとしてもネタが増えるのは大歓迎だし、ライアンやガブリエラも同じく、そして個人的に友人の誕生日を大々的に祝うことに何の異論もなかったため、こうして企画が練られたのだった。
バーナビーに秘密にするため、この催しは一般チケット当選者にのみ当選通知にて知らされ、ネットへの書き込みも一切禁止するという徹底ぶりだった。
虎徹やライアンたちも、バーナビーがなるべくネットでエゴサーチなどをしないように誘導し、事前のネタバレを防いできたのだが、文句なしの大成功である。
「こ、これは……、はは、やられた……」
呆然としていたバーナビーはやっと事態を把握し、参ったといわんばかりに頭に手を遣る。
「え?」
そしてその指先にふわふわしたものが触れたのに気付いてそっと両手で引っ張ると、軽く固定されていたのは、ケーキを模したぬいぐるみタイプの帽子だった。
白いクリームと赤い苺。バーナビーのヒーロースーツと共通するカラーリングのケーキには、“HAPPY BIRTHDAY”というフェルト製のプレートがついている。ずっとこれを被っていたらしい。
先程「自分だけ仮装をしていない」という発言で返ってきた観客の反応の意味を、バーナビーは今理解した。
(斎藤さんもグルか)
バーナビーが今まで気付かなかったのだから、この帽子はスーツの装着時に取り付けられたものに違いない。今頃ポーターで、キヒッ、という独特のあの笑い声を上げているのだろう小柄な技術者の姿を思い浮かべ、バーナビーは苦笑した。
「ハイハーイ、TRICKが成功したんで、今度はTREATな〜」
ゴールデンライアンがパチンと指を鳴らすと、スタッフが、ワゴンに乗せたケーキを持ってきた。白いクリームに苺、チョコプレートまで帽子と同じホールケーキ。しかし苺に埋もれるようにして、おそらく砂糖細工の、デフォルメされたヒーロースーツ姿のバーナビーの人形がちょこんと立っていた。
「わあ、素敵ですね」
「……本当に」
ホワイトアンジェラが上げた声に、バーナビーは笑いながら言い、ケーキを前にして、ステージ中央に立った。
Happy Birthday to you、とゴールデンライアンが歌い出すと、観客も手拍子をしながらメロディを口にし始める。その大合唱が終わると、バーナビーは、虎徹がつけてくれたろうそくの炎を一気に吹き消した。
「おめでとう、バニー!」
「ありがとうございます!」
大歓声の中、フェイスガードを上げたバーナビーは、正真正銘の満面の笑みを振りまいた。
「ミソジ直前おっめでとー、ジュニア君」
「余計なお世話ですライアンありがとう!」
「大丈夫です、肌年齢は20代にさせていただきます。おめでとうございますバーナビーさん」
「本気でありがとうございますアンジェラ! 後でお願いします!」
その後は、歌ったり踊ったり、お題に沿ったトークショーを行ったり、限定グッズが当たるビンゴゲーム大会、抽選での握手会やハグなどの、定番の催しが行われた。ほとんど元手のかかっていない企画ばかりだったが、バースデイサプライズの大成功もあり、ヒーロー4人、特にバーナビーはずっと笑顔で、ファンたちもとても楽しそうだった。
「では、そろそろ終わりが近づいてまいりました! 次はT&Bファンミーティングの定番、抽選でのお姫様抱っこです! 今回はR&Aも指名していただけます!」
マシューが高らかに言うと、ファンたちから大きな歓声が上がった。
「いやいや、アンジェラはお姫様抱っこ無理だろ。あんなほっそい腕で」
「問題ありません」
怪訝な顔をするワイルドタイガーに、いつの間にかポーターに戻り、現在のスーツ、しかもパワーズ・モードのそれに着替えて登場したホワイトアンジェラが言った。
「──うぉお!?」
おもむろにワイルドタイガーを持ち上げお姫様抱っこしたホワイトアンジェラに、先程よりも大きな歓声──笑い声もおおいに混じったものが上がった。
「ほら、大丈夫でしょう? 私のスーツは介護用スーツの技術を取り入れていて、しかもこのパワーズ・モードは瓦礫なども運んだりできるパワードが──」
「わかった! わかったから降ろしてくれ頼むほんとマジで!」
口元しか見えないにもかかわらず得意満面の顔をしているのがわかるホワイトアンジェラに対し、ワイルドタイガーは自分の顔を覆い、潰れたような声で懇願した。
随分年下で同性のバーナビーにされるのもキツいのに、自分の半分くらいの年齢で、しかもかなり細身の女性にお姫様抱っこをされる経験というのは、彼にとって相当つらいものがあるらしい。
しかしその姿にライアンは手を叩いて笑い、バーナビーも腹を抱えて笑い転げている。
この前振りもあってかお姫様抱っこ抽選会は大盛りあがりを見せ、その盛り上がりのまま最後に行われたホワイトアンジェラの美肌・美髪ケア抽選会は、殺気に近いような勢いがあった。
こうして、アポロンメディアとアスクレピオスホールディングスの合同ハロウィン企画は、大盛況のうちに幕を閉じた。
──その夜。
「バーナビーさん、おめでとー!」
「おめでとう。あとお疲れ様」
「ありがとうございます、おふたり共。HappyHalloween、お疲れ様」
キョンシーの格好をしたパオリンと、ミニスカートの可愛らしい魔女の仮装をしたカリーナに複合的な挨拶を返したバーナビーは、吸血鬼の仮装のマントを翻してドアを開け、二人を迎え入れた。
「うーっす、おつかれェー」
「お疲れ様でござる!」
「お疲れ様! そしてハッピーハロウィン!」
「お疲れ様ァ」
奥で既に飲み始めていたのは、虎徹とイワン、キース、ネイサンだ。虎徹とイワンは浅葱色と呼ばれる鮮やかな色の羽織──新選組の格好を揃ってしている。イワンたっての希望であるらしい。
キースは包帯をぐるぐるに巻いた、ミイラ男。足元には、ジャック・オー・ランタンのきぐるみ帽子をかぶせられたジョンが、骨型のガムを嬉しそうにかじっている。
そしてネイサンは、オズの魔法使いに出てくる、北の善い魔女のキラキラしたドレスを纏っていた。
それぞれヒーローとしてのイベントや仕事や接待を終わらせたら、バーナビーの誕生日会として開かれたバーナビー宅での打ち上げに集まってくる、というのが今日の予定だ。この予定が決まっていたからこそ、バーナビーはサプライズがあるとは思っていなかった、というのもある。
「あとはライアンと、アンジェラと、バイソンだけですか」
「あ、アントニオは遅れるって言ってたぞ。何でもスポンサーに引っ張りだこらしくてよ」
通信端末を示しながら、虎徹が言った。救助ランキング1位という快挙を成し遂げたロックバイソンことアントニオはそれ以来非常に忙しく、今回のハロウィンイベントでもたくさんの系列店舗に顔を出し、休む暇もなかったほどだ。
そしてイベントが終わった今でも、今度はスポンサーに引き止められているようだ。
「良かったじゃないの。求められているうちが華よ」
「キビシ〜〜〜〜」
魔女王さまの言い様に、虎徹は苦笑しつつ、持参の日本酒を煽った。「ッカー! 仕事の後のイッパイ!」とおっさん臭い声を上げる彼のお猪口に、イワンが楽しそうな顔でまた酒を注ぐ。
「ウィーッス、Happy Haaaallo weeeeeen」
次いで現れたのは、ライアンだった。
間延びした挨拶をした彼は、黒ずくめ。かっちりした立襟のそれはキャソックと呼ばれる神父のための衣装で、実際、大きな十字架のネックレスが胸の前に下がっていた。とはいえ、相変わらずオールバックにされた金髪は赤い悪魔の角がついたカチューシャで留められているので、神父なのか悪魔なのかよくわからない様相になっている。
「なんという胡散臭い神父」
「失礼じゃねえ?」
「事実でしょう。……というか、なんですかその箱」
勝手知ったる、という様子でずかずか部屋に入っていくライアンが抱えているのは、大きめの段ボール箱だ。持っているライアンはそう重そうな様子ではないが、片手では抱えられない大きさである。
「んー……、見る?」
「え? 何です?」
皆の前まで来たライアンに言われ、バーナビーは、ガムテープで留められているわけでもない、わずかに開いているダンボールの蓋をそっと開けた。
「……Trick or Treat?」
にやりとライアンが笑って言った瞬間、ぬっ、と出てきたのは、青白い手。灰色の目が、隙間からバーナビーを見ていた。
「ヴァアアアアアアアア!!」
「ウワアアアアアアアア!!」
奇声を上げて飛び出してきたものに、バーナビーは反射的に悲鳴を上げた。
その大声に、他のメンバーもビクリと肩を跳ねさせたり、声を上げたりする。
「アッハッハッハッハッ! 大成功!」
箱を持ったままのライアンが、後ろに反るようにしてげらげらと笑っている。そしてその箱から両手を上げて飛び出し、今は落ちないように彼の肩に手を置いているのは、ぼろぼろの服を着た骸骨──もとい、ガブリエラだった。
「ばあ」
先ほどの奇声とはうって変わって可愛らしい声でそう言ったガブリエラであるが、見た目はやはり可愛くはない。
あえて雑に塗っているのだろう、べったりとした白塗りに、目の周りだけが真っ黒。口の両端には、裂けたようなラインと縫い目が入れられている。赤い髪をわざと振り乱し、服はジーンズにシャツだが、非常にリアルにぼろぼろで、ところどころかぎ裂きや、得体の知れない染みが付いている。
夜中に遭ったら、確実に腰を抜かす様相。このメンバーの中で、最も気合の入った仮装だった。
ライアンが床に下ろすと、ガブリエラは箱から出た。その箱の小ささに、「どうやって入ってたのよ……」とカリーナが呆れた声を上げる。パオリンが「ボク入れるかなあ」と、ごそごそと猫のように遊びはじめた。
「びっくりしたァ?」
「しましたよ! 心臓が口から出るかと思いました!」
「アッハッハッ」
悪魔の角をつけた神父は、ひっくり返らんばかりに楽しそうに笑っている。とんだ不良神父だ。やはり角のほうが正体である、とバーナビーは確信した。
「……アンジェラは、何の仮装ですか」
「骸骨です。私の故郷の、ハロウィン、あちらでは死者の日と呼ばれる日の仮装です」
皆やるのですよ、と言うガブリエラはいつもどおりのテンションだが、見た目がとにかく恐ろしいので、なんだか引いてしまう。それは他の皆も同じようで、楽しそうなのは、げらげら笑いながらガブリエラの背を叩いているライアンだけだ。
「これ、コイツがヒッチハイクで来た時の服なんだってよ」
「えっ、これが?」
「いい感じにぼろぼろになっていたので、死者の日の仮装に使えるかと思って」
なんでもとっておくものですね、とガブリエラは首を傾げた。振り乱された赤毛がだらりと垂れ下がる。怖い。
「……本物ですか?」
「本物? あ、洗濯はしていますよ。染みが取れないので汚く見えますが」
何の染みだろう、とバーナビーは思ったが、何だか怖いので聞かなかった。泥染みはともかくとして、何かが飛び散ってはねたような、浅黒い染みの得体が知れない。
「──ライアン! サプライズが成功しました! 約束を守ってください!」
「はいはい」
ぴょんぴょん跳ねるガブリエラを、ライアンは再度、そのまま軽々と抱き上げた。お姫様抱っこ、というやつである。
「ふふん」
「……何をしているんですか?」
骸骨メイクのせいでよくわからないが、おそらく非常に満足そうな顔をしているらしいガブリエラにバーナビーが問う。しかし、答えたのはライアンだった。
「いや、ファンミーティングのお姫様抱っこ、自分もして欲しいって言うから。ジュニア君へのイタズラが成功したらな、っつって」
「どうですか!」
「どうですかと言われても……」
干乾びたゾンビを捕獲した悪魔神父にしか見えない、という言葉を、バーナビーは飲み込んだ。自分は相棒と違って、お姫様抱っこにはしゃぐ乙女にそんなひどい言葉を投げつけるような人間ではない、と思いつつ。
「……良かったですね」
「はい! あっ、写真! 写真を撮ってください!」
はしゃぐガブリエラが取り出したカメラ付きの端末を、ビール瓶を片付けていたイワンが受け取り、写真を撮った。悪魔神父による干乾びゾンビの捕獲シーン──、もとい、お姫様抱っこポーズにはしゃぐ、カップルもどきの写真を。
「さあて、飲むぞー」
「飲みますよー」
抱きかかえ、抱きかかえられたまま、ライアンとガブリエラはテーブルに向かっていく。
「程々にしてくださいよ、もう」
バーナビーは呆れ半分苦笑すると、自分も、わいわい飲み食いしているテーブルに向かっていく。
ちなみにその後、へとへとになったアントニオがやってきたのをガブリエラが出迎え、彼が驚きすぎてひっくり返ったのは、別の話。
★ハロウィン★
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