#041
★ハロウィン★
1/2
 アスクレピオスホールディングス・シュテルンビルト支部。
 その中でも最も新しく、そして最も注目を浴びている部署であるヒーロー事業部は、始業早々に会議室に集まっていた。
 円卓タイプの会議机には、様々な顔ぶれが揃っている。
 まずは支部代表、すなわちトップであるダニエル・クラーク。
 次いで、ヒーロー当人でありアドバイザーでもある、ゴールデンライアンことライアン・ゴールドスミス、そしてホワイトアンジェラことガブリエラ・ホワイト。そして他は、彼らをサポートするチームそれぞれからの、ハロウィンイベント担当を任された代表たちである。



 まずは医療系のサポートチーム、“ケルビム”。
 医師たちで構成されており、ホワイトアンジェラが能力を行使する際はヒーロースーツ搭載のカメラやスキャン機能などを使って遠隔で患者を診断し、アンジェラに指示を出す。また、ヒーローふたりの健康管理も行う。
 セカンド・オピニオンの重要性を取り入れ、リーダーは男女ひとりずつのダブルリーダー制だ。男性医師はライアンの主治医、ルーカス・マイヤーズ。女性医師はアンジェラの主治医を請け負うシスリー・ドナルドソン。
 しかし役割は分けられており、ホワイトアンジェラが活動する際、ヒーロースーツのカメラを通して患者の診断を行うチームはガブリエラの主治医であるシスリー・ドナルドソン女史が中心となっており、病院や研究所の設備などを使った腰を据えての検査や実験などは、ライアンの主治医であるルーカス・マイヤーズが中心となって担当する、というざっくりした役割分担がなされている。
 ベテランの老医師から優秀な若手、内科、外科、麻酔科医、小児科、婦人科、泌尿器科、脳科学科、薬剤師まで様々な医師が揃っているが、共通しているのは、彼らが二部リーグからのホワイトアンジェラのファン揃いだという点である。
 ヒーローの最もプライベートに近い部分を管理するスタッフであれば、何より彼らのファンでなくてはいけない、というダニエルの指示での人選であった。そのため、モチベーションにおいては他の追随を許さないチームでもある。
 今日の会議は、かわいいもの好きの明るい男性医師、小児科が専門のヨニ・サラマが出席している。



 次に、チェイサーのメカニックチーム、“スローンズ”。
 リーダーは、ヒーロー事業部の中でもやや高齢な男で、名前はアキオ・スズサキ。
 スーツを着ず、いつもつなぎ姿の彼は、元々ブロンズで小さなバイク屋をやっていた男だ。知る人ぞ知る、走り屋御用達の店。ガブリエラが初めてバイクを買った店の店主で、彼女にバイクのことをいろいろと教えた人物でもある。
 結婚した息子に店を譲って引退し、悠々自適にバイクをいじって暮らしていたのだが、一部リーグに上がることが決まったガブリエラが自分のチェイサーを作ってくれと自ら頼み込み、アスクレピオスに推薦した人材でもある。彼自身は、かなり大きな自動車メーカーに勤めていた経験もあるという。
 会社へのガブリエラの希望がとても少なかったことと、当初彼女のバイクになど誰も重要性を感じていなかったこともあって、すんなりとそれは通った。そしてこの店主、もとい主任が自らかき集めてきた、筋金入りのバイク馬鹿のみで構成されたチームが出来上がったわけである。
 発足当初はほとんど注目されていなかったのであるが、エンジェルライディングが爆発的な人気を博してからというもの、大きな発言力を得たチームである。そしてそれを成し得たライディングテクニックを持つアンジェラを、半ば崇拝している所も見られる。
 そのモチベーションの高さはケルビムにも引けをとらないとされ、モータース系のスポンサーを得てからというもの、エンジェルチェイサーを世界一のマシンにするという情熱はかなりの物だ。
 今日の会議は、リーダーとともに、若手の職員がひとり緊張気味な面持ちで参加している。



 そして、ヒーロースーツに関するチーム“パワーズ”。
 NEXT研究の権威であるアスクレピオス内でも際立った実力者を集めた、ホワイトアンジェラのスーツを作り上げたチームである。現在はゴールデンライアンのヒーロースーツとともに、ヒーロースーツに関連することは彼らがすべて管理し、整備を行っている。
 ヒーローたちの能力やその威力の測定や研究なども担当しており、その点でケルビムと連携を取ることもある。
 リーダーは、ランドン・ウェブスター。アンジェラのスーツやエンジェルチェイサーに使われている、NEXT能力を100パーセント通す特殊素材は基礎理論から彼の開発である。
 基本的に人嫌いなランドンに代わって、今回のような会議に出てくるのはサブリーダーであり、義手や義足、また介護用スーツの開発・設計が専門の技師、バート・オルセンである。ヒーローファンでアンジェラファン、デザイナーとしての能力も高い彼が、アンジェラのヒーロースーツのデザインの担当者だ。



 また技術職ではないところとして、広報担当の“ドミニオンズ”。
 メディアへの露出に関する広報戦略、イベント開催、またグッズなどの開発・販売やスケジュール管理を行う、つまりライアンとアンジェラの芸能活動をマネジメントするチームだ。
 リーダーはオリガ・チェルノヴァ。夜会巻きのブロンド、青い目、完璧なスタイルというルックスの、ものすごい美女である。しかし彼女は名だたるプロジェクトを成功させてきた実績のある、アスクレピオスきってのビジネスウーマンだ。非常にやり手で、魔女の総括とか、アスクレピオスの女王様とか、メドゥーサとか呼ばれている。
 彼女が率いるドミニオンズの職員は全て女性で構成されている。当初、王子様とお姫様、騎士と聖女路線で売っていく予定であったのがエンジェルライディングによって覆されたものの、むしろインスピレーションが刺激されたらしく、やる気が迸っているようだ。
 実際に彼女らが発案した、青、白、金という、R&Aのヒーロースーツの色とわかりやすいながらも品のいいカラーリングを活かした女性向けグッズは、現在かなりの売上を誇っている。代表的なものが彼女らの立案でパワーズが開発・制作し、現在トップの利益を誇る人気アイテムとなったエンジェルウォッチだが、他にもアスクレピオスの医療技術を用いたコスメティック系のラインや、普段使いが出来る女性向けのグッズなどをそのまま『ドミニオンズ』というシリーズ名で売り出し、女性たちにおおいに注目されている。
 本日の会議は、アイリスという名前の女性が出席していた。



 最後にホワイトアンジェラのボディガードチーム、“アークエンジェルズ”。
 ライアンがいない時は彼らがホワイトアンジェラの護衛をこなすが、そうでなくても基本的に周りにスタンバイして、不測の事態に備えている。
 7人のうち4人がNEXT、3人が非NEXTであるが、皆有能なプロフェッショナル集団だ。全員がそれぞれ独自の判断で臨機応変に行動することもあるため、リーダーはいない。チーム行動が必要な時は、ライアンを司令塔として行動する。
 普段は近接護衛と遠隔警護をそれぞれ2:3、あるいは3:4の割合でスタンバイし、交代で休憩を取りながら活動している。
 普段は単に“アーク”と略して呼ばれる彼らは、普通ボディガードのイメージであるダークスーツではなく、白いスーツを纏って活動している。青いきらきらした石と金色のタイピン、そして白いテンプルと金のワンポイントのあるサングラスを揃って装着したスタイルは、ひと目見てホワイトアンジェラのカラーとわかる。ホワイトアンジェラの周囲に立つ人員であるため、見た目の統一感を意識してのものだ。
 このスーツは汚れが非常につきにくく、またケチャップやソースどころか重油をかぶっても洗えば落ち、防弾や耐火性能もあるという、アスクレピオス開発の特殊素材だ。またNEXTのアークにはアンジェラと同じく能力を通す素材が使われており、見た目こそただの白スーツだが、そこいらの二部リーグより高性能な代物である。
 今日の会議は近接護衛ふたりがアンジェラの後ろに立ち、遠隔警護は業務をこなしつつ、マイクを通して内容を聞いている。

 以上が、アスクレピオスホールディングスシュテルンビルト支部・ヒーロー事業部の構成である。

 またホワイトアンジェラのヒーロースーツの変形もこのチーム構成に準じており、医師たちのバックアップによって市民救助を行うケルビム・モードを標準とし、そこから他のヒーローたちのパワーアップができるヴァーチュース・モード、エンジェルチェイサーと合体変形するスローンズ・モード、また災害時に瓦礫撤去をこなせるパワードや、いざという時に銃弾などからも市民を守れる防御力を有するパワーズ・モードに変形する。
 用途で変形するヒーロースーツは業界初であり、可動式変形フィギュアの制作プロジェクトも進んでいる。



「ではこれより、アスクレピオスホールディングスヒーロー事業部・ハロウィンイベントに向けての対策会議を始めます」

 そんな面子の中、前に立って宣言したのは、トーマス・ベンジャミン。ダニエルの秘書である。
 分厚い上に色付きの眼鏡をかけており顔立ちはわかりにくいが、仕立ての良いスーツを纏った体躯は背筋がしゃんと伸びており、いかにも仕事ができる様子の人物だ。実際、とても有能である。

「事前に提出された、各部署の企画アイデアを発表します。ケルビムは病院や養護施設などへの慰問、スローンズはプロレーサーとアンジェラのレース開催、パワーズは旧スーツを装着して仮装とする案、ドミニオンズはショータイプのファンミーティング、ホワイトアンジェラからは握手会、とアイデアが寄せられました」
「いいね。せっかくハロウィンだから、仮装は盛り込んでいきたいかな」
 ダニエルが、うんうんと頷きながら言った。
「ライアン、どう思う?」
「いいと思うぜ。やっぱハロウィンつったらそれだろ。限定グッズもそれで作れるし」
「では、大きなテーマはそれでいこう」
「オーケー。ならスローンズのレース案は今回は却下だな。オファーの時間もないし」
 ライアンが言うと、スローンズの若い職員が肩を落とす。彼のアイデアだったらしい。しかし「エンジェルチェイサーの人気はかなりのものだから、レーシング業界とのタイアップは良い案」とされ、アイデアのひとつとしてストックされることになった。

「ベタなのはケルビムの病院とかの施設訪問だな。仮装して、Trick or Treatつって、お菓子配って、アンジェラが治療。……うーん。悪くはねえけど、何のひねりもねえな」
「ええっ、いいじゃないですか! いかにもヒーローですし、いかにもホワイトアンジェラですし!」
 今日の会議のケルビム代表として出席している優しげな風貌の青年、ヨニ・サラマが言った。
「特に小児科や児童施設への訪問とか、いいと思います! 大人が仮装したっていかがわしいだけで、可愛くもなんともないですよ! ハロウィンの目玉はちびっこです! 仮装したかわいい子供たちとアンジェラの組み合わせ! 鉄板ですよ、かわいいは正義!」
 専門は小児科であり、児童保護の活動にも熱心、かわいいものが大好きと普段から自称している彼は強く推すが、全員、反応はいまいちである。
 なぜならライアンの言うとおり、ベタすぎて全く面白みがない。イタズラと遊び心がポイントになるハロウィンというイベントには今ひとつパンチが足りない、というのが全員一致の印象だった。

「それに、アンジェラひとりに負担がでけえだろ、これ」
「うっ。い、いえ、もちろん我々が全力でサポートします。アンジェラに無理はさせません」
 ライアンの指摘に、ヨニが慌てて返答する。
「それはもちろんだけどよ。コイツの能力の威力がどんだけかは、もう知れ渡ってる。今でも世界中の金持ちやら故障抱えたスポーツ選手やらからオファー来まくってんのに、大々的にこっちからやってみろ? 相当しっかりした体制組んでからじゃねえと、大騒ぎになるぜ」
「ううっ」
 ライアンが言及したことは確かで、ヨニがたじろぐ。他の面々は、確かに、とそれぞれ頷いていた。

「確かに、アンジェラにばかり負担が大きい催しはちょっとね」
「それはいいのですが」
 ダニエルの発言を、ガブリエラ本人が遮った。
「私がメインになるやり方は、あまり気が進みません。それでは、ライアンの魅力を充分にアピールできません。けしからぬことです」
 きりっとした顔で言った彼女に、アスクレピオスの面々は、相変わらずアンジェラはライアンフリークですねえ、と、まったくいつものことという様子で頷いた。
「……いいんだよ。俺は立ってるだけで常に主役なんだから」
「むう、確かにその通りですが」
「はいはい」
 不満気なガブリエラの赤毛の頭を、ライアンはぽんぽんと叩いた。最初の頃のどこかぎすぎすした様子と打って変わって、最近ナチュラルに一緒にいるばかりか見るからに距離の縮まったふたりに、ここにいる全員がホッとし、そして見守るような目をしている。
「じゃ、これは良いアイデアが出なかった時の案という感じかな」
 トップであるダニエルがそう締めたので、ケルビム、というかヨニのアイデアは、保留フォルダにストックされた。

「次に、旧スーツで仮装? へえ」
「はい! コンチネンタルエリアでは、ゴールデンライアンといえばまだまだ旧スーツの印象ですし。ホワイトアンジェラも、二部リーグスーツは根強い人気がありますので」
 発案であるパワーズサブリーダー、バート・オルセンが、確信を持った様子で言った。
「もう見ることができないというレア感もあって、ファンサービスになるかと。とはいえ、本当に前のスーツではヒーロースーツとして耐久性に難があります。ゴールデンライアンのものは防弾素材がある程度縫い込まれてはいますがあくまである程度ですし、ホワイトアンジェラのスーツに関しては、完全にただの服です」
「はい。コスプレ専門の業者さんに作って頂きました」
 ガブリエラが、こくりと頷いて言った。
「しかし旧スーツは現在のメカニカルなものに比べ身軽なので、メディアの露出には向いています。そこで我々が開発した素材を用い、旧デザインで再度スーツを作ります。古参のファンは喜ぶでしょうし、今後のイベントごとへの出演や、厳ついスーツでは参加できない収録などにも役立つはずです」
「なるほどね。いいんじゃねえの、確かにあのスーツ未だに結構人気あるし」
「マントが格好いいしね。アンジェラの二部リーグデザインも、ミニスカートでロングブーツっていうのがいいのかも。うちの娘も好きだよ、あのスタイル。可愛いって」
 ライアンとダニエルの好感触なコメントに、バート・オルセンは、笑顔のままデスクの下でぐっと握り拳を作った。

「あー、あのお姫様大好きな娘ちゃん。元気?」
「元気だよ。あ、娘もこの間、フォトスタジオで写真を撮ったんだ。ハロウィンの仮装をたくさんしてね。見るかい?」
「だってよ。ガブリエラ、見たい?」
「リリアーナちゃんの写真ですか? ぜひ見たいです」
「おお、そうかいそうかい! ではあとで見せてあげよう!」
 上司の親ばか対応をガブリエラに華麗にパススルーしたライアンは、端末を操作し、企画書ファイルをもう1枚めくった。

「で、ドミニオンズはファンミーティングね。ケルビムの案はベタって感じだったけど、こっちは鉄板って感じか。まあファンミーティング、ちゃんとやったことねえしなあ」
「ええ、その通りです。ハロウィンを機会に、おふたりの魅力を大々的にアピールすべきかと」
 ドミニオンズからの代表であるアイリス女史は、にっこりと優しげに微笑んで言った。

 アイリスという名前の彼女は丸顔で優しげなボブカットの女性だが、実は『プレゼンの鬼』と社内外から評価される、かなりのやり手だ。
「それと、先程のパワーズの旧スーツの案は素晴らしいと思います。ファンミーティングのコーナーのひとつとして、衣装を変えて登場というのはどうでしょう。あと、ホワイトアンジェラの案である握手会も盛り込みます!」
「素敵です!」
 ガブリエラが、嬉しそうに言った。デビューしたての頃のライアンが握手会をやったと聞いてから、自分もやってみたいらしい。
 それにしても、自分たちの案を中心に他の案も盛り込み、支持者を増やそうとするという広報担当、プレゼンの鬼、さすがの抜け目なさである。ライアンは、感心半分で目を細めた。

「もちろん、ハロウィン限定のデザインも既にいくつか! ホワイトアンジェラは白い犬、ゴールデンライアンの金色のライオンという一般にも定着したモチーフのデザインを考案しました! 旧スーツ案が採用なら、そのデザインも同時に進めます! あと、ハロウィン限定デザインのエンジェルウォッチも!」
「お、いいじゃんこのデザイン」
 ずらりと並んだデザイン画を見たライアンのコメントに、アイリス女史は「光栄です」と胸を張った。

「そのような催しであれば、我々も護衛しやすいですね。ただヒーロースーツの耐久性と、イベントステージの設計、プログラム進行などについては詳細なものを提出願います」
 アンジェラのボディガードであるアークエンジェルズが、重々しく言う。

「んじゃ、ファンミーティングってことで全員一致? ……でーもーなー。ネックなのは会場だよなあ……アスクレピオスって、なんかこうホールとかステージとか持ってねえんだよな」
「それだよ。七大企業はそれぞれ大なり小なり持ってるんだけどねえ」
 うーん、と、ダニエルが首をひねる。
 彼らが言うとおり、よくブルーローズのステージイベントを行うタイタンインダストリーを筆頭に、七大企業はそれぞれお抱えのヒーローのイベントを行う、お決まりの場所を確保している。普段は一般コンサートホールや展示場として機能しているが、自社ヒーロー優先であるその場所の御蔭で、七大企業はイベントの開催場所に頭を悩ませることがない。
「今から借りられるか?」
「難しいですよね」
「病院でやるわけにもいかないしな」
 では公道でパレード形式にするか、遊園地からフロートぐらいなら借りられますよ、でも今から交通規制の申請間に合いますか、道に人だかりができてパニックでも起きたらアンチが湧く、と色々な意見が出ては、ああでもないこうでもないと消えていく。

「だいたいいつもいつも準備期間がなさすぎる! デビューお披露目の時だって、ホワイトアンジェラのスーツ、未完成でしたし! 徹夜しまくって初事件の時には間に合わせましたけど!」
 パワーズ代表のバート・オルセンが、頭を抱える。
「まあ、うちがアンジェラを抱えること自体、ものすごく急に決まったしなあ」
「金の力と人海戦術で何とかやってる感じだよねえ」
「経済は回るんだし、いいんじゃないかしら?」
「金にモノ言わせて会場が確保できるんならいいが、そうもいかんだろう」
 わあわあと意見が飛び、ぶつかり合う。そんな中、ひとりきょとんと黙っているガブリエラに、ライアンは目を向けた。

「……お前、なんかない? アイデア」
「私ですか? うーん、そう言われても。……あ、T&Bも、ハロウィンにはファンミーティングをなさるそうですよ」
「あ、そうなの?」
「はい」
「……待てよ」
 何かハッとした様子のライアンは、顎に手を当てた。
「T&Bのイベントつったら、ジャスティスパークの野外ステージだよな」
 それはつまり、ライアンとガブリエラが出会った公園であり、ハロウィンマーケットが催されていたあの白い公園のことである。あの公園こそが、アポロンメディアの御用達ステージなのだ。

「はい、そうお聞きしました。しかし予算がないので、目新しい催しがないそうです。あの野外ステージはたくさん人が入るので、満杯になるまで人が集まるか心配されているとおっしゃっていました」
「……へ〜。で、その情報どっから?」
「この間飲みに行った時に、タイガーから聞きました」
「なるほど。……その話、口止めされてる?」
「いいえ? 口止めされていたら言いません」
「ま、そうだよな。うん、よしよし、よくやった」
 そう言って、ライアンは犬を褒めるような仕草で、赤毛の頭をわしわしと撫でた。
「えへ?」
 そしてガブリエラは何故褒められたのか全くわからなかったが、頭を撫でられたのが嬉しかったのか、尻尾があればさぞ全力で振っているだろうというような笑みを浮かべる。

 ライアンはガブリエラの頭に手を置いたまま、もう片方の手で通信端末を立ち上げ、慣れた様子で“CALL”のアイコンをタップした。

《はいはい? ライアン? 何だよ、こんな朝っぱらから。おはようさん》

 電話に出たのは、ワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹であった。
「おはよー、おっさん。今ちょっといい?」
《別にいいぞ、今給湯室だから》
 どうやら、出勤すぐのコーヒーを淹れているところらしい。
「ハロウィンイベントのことなんだけどさあ」
《ハロウィンがどうしたよ》
「実は──」

 ライアンは、自分のアイデアについて話した。既に通信はスピーカーモードになっており、会議室の全員がそれを聞いている。

「──ってなわけなんだけど。どお?」
《どお? って言われてもな。つーか、そういうことならロイズさんに直接言えよ》
「おっさんからロイズさんに話通してくれよ」
《はあ? なんでぇ?》
 虎徹は、あからさまに面倒くさそうな声を出した。己に関わることだというのに、市民を守ること以外のヒーロー活動において相変わらずやる気のないベテランヒーローに、ライアンは片眉を上げた。
「いーじゃん。酒の席でおっさんがハロウィンイベントの社外秘アンジェラに喋ったの、ロイズさんには秘密にしといてやるからさ」
《だっ! ……社、社外秘つっても大したこっちゃねえだろ!?》
 虎徹が、慌てた声で言った。

 ライアンは、何も考えずに虎徹に連絡したわけではない。
 アポロンメディアのヒーロー事業部はアレキサンダー・ロイズが仕切っていることなど勿論知っているし、そもそもライアン自身かつて彼が上司であったのだから、直接連絡を取るのは難しくない。
 しかし、一部リーグヒーローを抱える企業として新参で、なおかつシュテルンビルト七大企業ではないという立場から、最も古株であるアポロンメディアになるべく借りは作りたくない。──そして、恩はおおいに売りたい。

「社外秘は社外秘じゃん? オッサンが口止めもせずにフツーに喋るから、コイツ社外秘だと思ってなかったぞ」
 ライアンは、悪い笑みを浮かべながら言った。
「秘密の話だったのですか? そんな風には言われませんでした」
「だよなー? 口止めされてたら言わねえよなー?」
「はい」
 ガブリエラはライアンが楽しそうであるのと、話しながら頭を撫で続けてもらえているのとで、ずっとにこにこしている。
「オッサンが話通してくんないなら、ロイズさんに直接言ってもいいけど? お宅のタイガーさんから聞いたんですけど〜っつって」
《う……》
「バレたら始末書か、悪けりゃ減俸だな」
《わかったわかった! 俺からロイズさんに言うから!》
「よっし!」
 ライアンがガッツポーズを取ると、会議室のメンバーも、それぞれ喜びを表すリアクションをとった。その声がスピーカーを通して虎徹にも聞こえ、《おい! アスクレピオス全部聞いてんじゃねーか!》と声を上げた。

《……あー、もう。俺のヘマだし、それはいいんだけどさ。こっちからも、いっこ頼みがあるんだけど》
「なに?」

 虎徹が切り出したそれに、ライアンは耳を傾けた。






 そして、きたる10月31日。

 ハロウィン当日を迎えたシュテルンビルトでは、そこかしこでジャック・オー・ランタンの笑顔がオレンジ色に輝き、仮装した人々が行き交っている。
 大人たちは普段しない格好をして騒ぎながら日常のストレスを発散し、子供たちは同じく各々かわいい仮装をして「Trick or Treat !!」の台詞を連発し、カボチャの形のバケツにお菓子を入れてもらったり、イタズラと称して小さなクラッカーを鳴らして回ったりしていた。

 ヒーロー事業を行う七大企業も、各社ヒーローを旗印に、様々なハロウィン企画やイベントを行っている。
 タイタンインダストリーは氷の魔女に扮したブルーローズのハロウィンコンサートを開き、オデュッセウスコミュニケーションでも、小さな子供向けのドラゴンキッドのステージを行っている。
 クロノスフーズは救助ランキング1位となったロックバイソンをこれでもかと推し、系列チェーンでハロウィンメニューを売りまくり、その全ての食器やノベルティにロックバイソンがプリントされている、という力の入れようだ。
 ポセイドンラインはハロウィン限定のラッピング車両と、各所にランダムでスカイハイが現れる、毎年恒例のスタンプラリーを開催。ヘリペリデスファイナンスは“逆擬態イベント”と称し、決められたエリアに折紙サイクロンのコスプレをした社員を放ち、本物の折紙サイクロンを見つけた人には豪華賞品、という企画を行っていた。そのためシュテルンビルトはそこらじゅうに折紙サイクロンが歩いており、スポンサーアピールとしてはこれ以上ない企画であった。
 またヘリオスエナジーはアーティストを呼んで本社を非常に美しく飾り付け、また夜には炎の赤を基調とした、新事業電力を使った美しい大イルミネーションを予定している。

 シュテルンビルトのハロウィンが、いよいよ幕を開けた。
★ハロウィン★
1/2
前へ / 目次 / 次へ
BY 餡子郎
トップに戻る