#028
「ウェルダンじゃゴルァアアアこのクソガキャアア!!」
「ファイヤーエンブレム、落ち着いて」
低音で吼え、ライアンの襟首を掴んで持ち上げたネイサンに、バーナビーがクールに言った。恐るべきことに、ライアンのブーツの先が地面から浮いている。ライアンは遠い目をしていた。
ちなみにバーナビーは虎徹とともに通りかかっただけだが、ネイサンから呼び寄せられた。バーナビーはライアンの友人として、そして虎徹はそのバディ、またヒーローズ唯一の既婚者、また娘がいる身として。
「それにしても、……本当ですか、ライアン」
「……おう」
「酔った勢いで彼女を散々罵倒した挙句、酔っ払った自分の世話をさせ、男性経験のない彼女に無体を強いて避妊もせずに性行為に及び暴行を加えたと。事実ですか」
「言い方ァ!」
「事実なんですね」
ブリッジを持ち上げたバーナビーの眼鏡が、これ以上なく冷たく光った。
「下衆の所業ですね、ライアン。……信じていたのに」
「ぐ」
「おい、ライアン」
低い声は虎徹だった。そして真顔になった彼と目が合った瞬間、ライアンのみぞおちに、凄まじく重い衝撃。ズドン、と人体を殴ったとは思えない音がした。
「……ぐえ」
「とりあえずな」
手加減無しでライアンに一発お見舞いした虎徹は淡々と言い、更衣室の椅子にずっしりと腰掛けた。
「俺の娘だったらハンドレッドパワー、……っていうか、俺の娘じゃなくてもハンドレッドパワーでいきたいところだけどな、わかるか」
「……ああ」
「わかってりゃいい。本当に、わかってりゃな」
低音で、淡々と、虎徹は言う。
「やばいわこんなタイガー見たことない」「僕もです」と、虎徹の剣幕に自分の勢いが引いたらしいネイサンとバーナビーが、ひそひそと言い合う。
そしてその時、ライアンの通信端末が鳴る。
みぞおちの痛みを堪えつつ、ライアンは応答のボタンをタップした。
《──ライアン? 今大丈夫ですか?》
タイムリーなことに、ガブリエラだった。
「おう……、大丈夫」
実際は全く大丈夫ではなく、痛みと吐き気が凄いことになっているが、ライアンは意地で堪えた。
《本当に? なにか、声が苦しそうな気がしますが》
「気のせいだ」
《そうですか……? ああ、さきほどカリーナとパオリンが来て下さいました。ライアンがおっしゃってくださったと。ありがとうございます》
電話越しでもわかる嬉しそうな声で、ガブリエラは言った。
「いや……。それで、具合どうだ」
《あなたが帰った後は寝ていましたが、起きたら朝よりお腹が痛いし、なんだかとても心細くて。しかしそういう気持ちになるものだと、カリーナが教えて下さいました。痛み止めも飲みましたので、今は随分楽です。本当にありがとう、ライアン》
「別に」
ぶっきらぼうな返事に、ネイサンの目線が鋭くなる。しかしライアンとしては、そっけなくしているわけではなく、単に殴られた腹が死ぬほど痛いだけである。
《……ふふ》
「何だよ」
《ライアンは、やはり優しいですね》
蕩けたような、甘い声だ。元の声が美しいだけに、直接話しているライアンでなくても、首筋がぞわりとするような。
《優しくしてくださって、ありがとうございます。ライアン》
「……おう」
《明日は、仕事に行きます。トレーニングは、まあ、トレーナーさんと相談して》
「おう、……無理すんなよ」
はい、と、ガブリエラはやはり嬉しそうに言う。
《あ、カリーナがランチを作ってくださるそうです。チーズリゾット!》
「そうか。良かったな」
《はい! ではライアン、また明日》
「……ああ、また明日」
《そう、それから》
「あ?」
《待ってください、ちょっと、毛布に、》
ごそごそと、布団に潜るような音がする。何事だとライアンが疑問符を浮かべていると、ガブリエラは言った。
《──愛しています、ライアン》
こっそりと、内緒話をするような声で言い逃げのように告げて、ぷつ、と電話は切れた。
ライアンは呆然としていたが、ハッとして顔を上げると、砂を吐いているような顔の3人と目が合う。
「うはー、なに今の。おじさんうっかりときめいたわ」
「僕まで照れましたよ、今のは」
「天使ちゃんたら、なかなか小悪魔ちゃんねえ」
次々に言う3人に、ライアンは苦々しい顔をする。しかし反論できないので、黙っているだけだが。
そしてその顔色は、誰も見たことがないほど赤かった。
「まあね、何かおかしいとは思ってたのよね。あんたって元々人に壁作らないタイプでそれが長所なのに、あの娘にだけ怒鳴るわ怒るわ睨むわで、しかも接触避けて警戒しまくるし。そんなに苦手なのかしらとも思ったけど、そうだったらあんたもっと上手く立ちまわるでしょ? 無駄な喧嘩しないしそれがクレバーって思ってるタイプだもの。それがどうしていいかわかんない感じっていうか、なーんかのキャパがオーバーしてるんだわーってのはわかったけど。見てたらどうも物欲しそうな猛獣みたいな目しちゃってるもんだから、これはもしやイライラしてるんじゃなくてムラムラしてる上に自分でよくわかってないんじゃないかしらって。大当たりだったわねまさかの」
──怖い。
単独マシンガントークでライアンを分析していくネイサンに、ライアンだけでなく、バーナビーや虎徹も身を竦めた。女神様の慧眼恐るべし、である。
「……アンジェラに、ですか。ライアンの好みは、こう……いかにも女性らしく肉感的なわかりやすいタイプだと思っていたので、意外です」
「いや意外じゃねえからジュニア君。今も巨乳のムチムチ大好きだよ俺は!」
「そういうベッタベタなこと言ってるのに限って、マニアックなのにハマるのよ」
ネイサンのズバリとした言葉に、ライアンは頭を抱えた。
「単なるセクシャルな好みと、実際に恋愛する相手のタイプが全然違うなんてよくあることでしょ。いいじゃないの、動物でも子供でもなかったんだから。極々ノーマルだわよ」
──最低限過ぎる。とライアンは低く呟き、そして、時々少年にも見えるガブリエラの中性的な様子を思い、潰れたような声を出した。
「違う……俺はでっけえオッパイとピーチ・パイみたいなケツが大好きな健全な男だろ……誰があんな肌がやたら綺麗なだけの男か女かわかんねえやつに、まあ声、声がやばいあの声とか髪とか、なんかいい匂いするし畜生なんだよあの匂い」
ぶつぶつと呻くライアンに、「貶してるようで褒めてませんか?」「必死に抗ってる感じね」と、バーナビーとネイサンがひそひそと話した。
「それにしても、アンジェラのペースに合わせてて泥酔したァ? そりゃ泥酔するに決まってるだろ」
何度かガブリエラと飲みに行き、その体質を知っていた虎徹が、呆れたように言った。彼女が傷ついていない様子であるのを電話越しとはいえ直接確認したせいか、随分険の取れた様子である。
「というかお前、自分の限界知らなかったのか? 飲み慣れてる風なのに」
「……どんだけ飲んでも泥酔したことなかったんだよ」
「つまり知らなかったんだな。なんだ、お前もフツーに年相応の若造だなあ」
ばしんと虎徹に背中を叩かれて、ライアンは苦々しい顔をした。「なまじ強いのも考えものですね」と年上らしい事を言うバーナビーにもイラッとする。しかしそんな様子のライアンに、虎徹が言った。
「バッカお前、最初っからカッコつけようとするからこんな風に大コケするんだっつうの。カッコ悪いとこ積み重ねてこそ、本当にカッコつけるべきとこでカッコつけられんだよ。わかる?」
「……ハイハイ。そーね、オッサンは普段からこうだから、いざという時カッコイイんだよな。うんうんわかるわかる」
「だっ! 可愛くねえな!」
お得意の説教じみた台詞を混ぜっ返された虎徹はライアンを睨んだが、ライアンは不貞腐れたように椅子を傾け、行儀悪くそっぽを向いている。
「でも一理あるわよ。あんたってば、基本的にスペックがかなり高いじゃない? ルックスは言うことないし、ヒーローとしての能力も見栄えがするし何より有用。頭は回るし度胸もある。センスもいいし、何よりコミュニケーション能力が高い。だからこそ、フリーのヒーローなんてやってられるわけだけど。まあ要するに基本的なキャパが大きすぎるから、なかなかギリギリにならない、いつも余裕。で、だからタイガーの言う通り、大コケしたことないんでしょ? それを無敵の王子様って言われて、まあそれも事実だけど、実際は単に限界に達したことがないだけでもある、そういうコト。今回のお酒のことだってそのものじゃない、ボトル4本なら平気だったからどんだけでも大丈夫って思ってたけど実は5本開けたら泥酔する、って当たり前だけど、ボトル5本飲んだことないからわかんなかった、それだけの話よ」
「ファイヤーエンブレムの分析が的確すぎて怖いんですが」
バーナビーが、眼鏡のブリッジを恐々と押し上げた。「さすがの年の功だなあ」と言った虎徹の脇腹が、ネイルを施した指で思い切りつねられる。虎の悲鳴が上がった。
「あの娘がドMっていうけど、……まあこれはアタシも実は同意するけど。ライアン」
「何だよ」
「あんたはドSよね」
きっぱり言われて、ライアンは微妙な顔をした。
「……いや、そりゃあフツーに男だしS寄りかもしんねえけど」
「そういうこっちゃないわよ。ガキね」
ズバリと一刀両断されて、ライアンはぐっと息を詰まらせて黙った。ネイサンは、濃いアイシャドウを施した目を伏せて続ける。
「SはサービスのS、っていうの。知ってる?」
「ナニソレ」
「つまりSは何かすることで、相手の中に潜んでるものを引き出すのが上手な人間よ。それが快楽であろうと屈辱であろうとね。そしてそうすることで相手を支配するのが好きなの。あんたもそうでしょ?」
──その通りだった。ライアンは、顔をひきつらせる。
次に何をするか、何を言うか。今何を思っているのか、誰に対しても、今まで、ライアンには手に取るようにわかった。その内容が快不快にかかわらず。
人間はだいたいライアンの予想通りに動いたし、対人関係で悩んだことはない。女との別れ話で揉めたこともないし、気の合わない人間は、波風立てることなく上手く遠ざけてきた。円満に済むように動くことも、動かすことも、お手のものだった。
「特徴的なところとしては、そうねえ。相手の欲しいプレゼントを選ぶのが上手くて、褒め上手だけど同時に相手の心を的確に抉るようなことも言えるし、あえてそこを触らないように当たり障りなく上手に振る舞うのも得意よね」
「姐さん怖い。マジ怖い」
「黙って聞きなさい。あんたの中にある扉を直視おし。開いてしまえば楽よ」
ギャアアア、と悲鳴を上げるライアンの顔を両手で包んで無理やりこちらを向かせ、魔女のようにホホホと笑うネイサンに、虎と兎が気の毒そうな顔をしている。しかし助ける気はない。誰だって自分の身が可愛いのだ。
「で、Mはその逆よね。誰かに何かしてもらうのが上手な人間。施しでも、命令でもね。そしてそれで、相手を気持ちよくさせるの。……そのあたり、あの娘本当にドMよね。おねだり上手のワンコ属性。しかも計算してない。恐ろしいわ……」
その分析には、ライアンだけでなく、虎徹とバーナビーも「ああ……」と納得してしまった。虎徹はもう既に片手では足りないほどガブリエラを飲みに誘い、チャーハンを作ってきてやったし、バーナビーも、ラム酒が好きだというガブリエラに、割といいラムを使ったパウンドケーキを何度か焼いてやっている。
「でもMは実はワガママでちゃっかりしてるから、ホントに好きな相手以外は、美味しいところしか持って行かないのよ。叱られても打たれても許容するのは、大好きなご主人様だけ。あんたはそのご主人様に選ばれたのよ、王子様」
「そんなアブノーマルな世界の決まりなんぞ知るか!」
「腹括りなさいよ。満更でもないくせに」
ライアンの目をじっと覗き込んでホホホと魔女笑いを続けるネイサンに、虎徹が「ああ、幼気な若者が魔女に調教されようとしている……」と嘘臭い仕草で涙を拭くようなポーズをした。バーナビーは、見たことのない虫か何かを見るような目をしている。
「いいわよう、ご主人様。MじゃないコをMにするのも素敵だけど、あの娘は最初から相当ドMだし、何よりあんたのことを死ぬ程好きなんだから、飼いやすいわよ」
「飼う言うな。変態プレイに興味はねえ」
「馬鹿ね。愛するという意味よ」
ネイサンは、やっとライアンの頬を離した。
「何でも喜ぶあの娘が、どのぐらいまでのことなら喜んで受け入れるのか、──自分をどこまで愛してくれるのか、試したくなったことは? いじめても無視してもうっとり見上げてくる目を可愛いと思ったことがない、とは言わせないわよ」
ライアンは、ぐっと詰まった。──詰まってしまった。
そして思い出すのは、灰色の目。いつでも蕩けたようにうっとりと、自分を世界で最上の存在であるかのように見上げる目。蒸気した白い肌に、痛々しい噛み跡。その痛みに顔を歪めながらも、きっとこの後優しくして貰えるのだと信じきっている、愚かなほどに従順な目。きらきらしたものを、眩しげに見るような潤んだ目。
──ふふ。
そして、命すら差し出した上で向けられる、恍惚に濡れた高い声。
それを思い出すと同時に腰の奥から昇ってきた熱い震えに、ライアンはざっと青褪め、後ろに撫で付けた金髪に指を差し込んだ。──いつもより指通りが良い。
「……いや違う、違うって、これはむしろドン引きしたからのアレでそうじゃない」
「往生際が悪いわね。認めてしまえば楽なのに。ホーラホーラ」
「認めねー! 誰があんなマニアックな女に!」
「んもう。しょうがない男ね。素直じゃないんだから」
ふう、とネイサンは息を吐いた。
「というか、本当にお似合いだと思うんだけど。あんた根っこのところは保守的でいっつも安定を確保してるけど、男の子らしく破天荒なスタイルにもすっごい憧れを持つタイプでしょ? そこのところ、あのコは逆よね。安定を求めるくせに素で破天荒なの。ぶっ飛んでるあのコの行動を楽しみつつ手綱を握るぐらいでちょうどいいんじゃない?」
「おい、おい、おい。あいつの走りがどんだけ危ねえかわかってる? 生きるか死ぬかのロデオの手綱をあえて取れって?」
「そうよ。尻尾巻いて逃げ出さずにね」
真正面から言い返され、ライアンはぐぅと唸った。
「そういえば、あんたが散々あのコを避けてた原因ってなんなの? あまりにも好みドンピシャすぎて動揺したとか?」
「そんなわけねえだろ。タイプっつったらむしろ真逆だよ」
「じゃあなんで?」
「知るか!」
乱暴に回答を投げたライアンに、「ツンデレだわ」「子供のようですね」とネイサンとバーナビーがひそひそと言い合う。ライアンは、頭を抱えていた。
「馬鹿だな、お前」
「……あ?」
虎徹の声に、ライアンが顔を上げる。
「ぐだぐだ悩む気持ちもわかるけどな。……いつ何がどうなるかわかんねえんだぞ」
妻と死別している虎徹のその言葉は、何よりも重い説得力があった。シン、と場が静まり返ってしまうほど。そしてライアンは、あの日キースが言ったことも思い出す。「いつ相手がいなくなるか、わからないのだから」と。
──彼も、誰かを失ったことがあるのだろうか。
「それにアンジェラは、何だ、その、SとかMとかはわかんねえけど、危険なこともやっちまう危ねえ癖があるわけだろ? お前が繋ぎ止めとかねえと」
「やめろよそういうの。知らねえよ。重い。引くわ」
「いいじゃねえか、好きな相手と愛し合えればなんだって」
「……好きじゃねえ」
「ほんっとうに、アンジェラには素直じゃないですねあなたは」
バーナビーが、口を挟む。
「素直とかそういうんじゃねえよ。だってあいつが──」
──なぜならあなたは、私を愛していらっしゃらない
「……なんでもない」
「やっぱり素直じゃないじゃないですか」
すねた少年のような顔でふいと顔を逸らしたライアンに、バーナビーは呆れ返った声を出した。
「はあ〜」
その時、虎徹が大きなため息をついた。そしてばりばりと頭を掻くと、ふと真剣な顔になる。
「あのなあ、いらねえんだよそういうカッコつけは」
「はあ?」
「前も言ったけど、ガムシャラになれよ。カッコ悪くてもいいんだよ、こういう時は。だいたいこんだけカッコ悪いことやらかしといて、今更王子様ぶろうったってしょうがねえだろうが」
ズバンと核心を突いた虎徹の発言に、バーナビーとネイサンは可哀想なものを見る目をした。つまり「言いやがったこいつ」という目だ。
「あ、ちょっと、ライアン」
ライアンが乱暴に立ち上がり、部屋を出て行ってしまったので、バーナビーがそれを追いかける。
「若いねえ」
「若いわあ」
そして残った年長者ふたりは、目配せしながら肩を竦めた。
「ライアン」
「……何だよ」
追いかけてきたバーナビーに、人気のない自動販売機側のベンチにふんぞり返っていたライアンは、顰めっ面で応じた。
バーナビーは、ついきょとんとする。かつて短い間コンビを組んでいた頃、彼はいつも余裕綽々で、常に口の端に笑みを浮かべていた。
しかし、今はどうだ。ごく個人的な問題で苛々と所在なさげにする彼は新鮮で、そしてどこかバーナビーを安心させた。
僕ももしかしたらSとかいう属性なんだろうかなどと思いつつ、バーナビーはひとり分ぐらいの間を開けて、彼の隣に座る。
「まあ、先ほどのネイサンの分析はともかく。ライアンは、アンジェラとどうなりたいんですか」
「どうって……」
「シンプル、かつ具体的に。恋人同士になりたいのか、友人から始めたいのか、それともヒーローのパートナーとしての信頼関係をまず築きたいとか」
「あー……」
ライアンは、天を仰いだ。喉仏の目立つ、男らしい太い首が無防備に晒される。
「……わっかんね」
「そうですか」
「でも、まあ……」
ライアンは、ひと呼吸置いた。
「……挽回はしてえ、かな」
「やっぱりあなた、格好つけというか、プライド高いですね」
「ジュニア君には言われたくないね」
「そうですか? 僕は散々格好悪いことを経験しましたからね。今までに」
バーナビーは笑いを滲ませて言った。ライアンの金色の目が、ちらりとバーナビーを見る。バーナビーは、穏やかな微笑を浮かべていた。
「なんといっても、あの壊し屋タイガーですよ。付き合っていたらもう、巻き込まれてずっこけるわ吹っ飛ぶわ」
「あー……、ハハ、目に浮かぶわ」
「でしょう?」
ふたり揃って虎徹を槍玉に挙げながら、笑い合う。
「怒って、怒鳴って、言い合って。でも結局、最後には笑っているんです。それが、お互いに気心が知れるというものです。それはきっと、どんな関係においても同じことですよ」
バーナビーは、ライアンを見た。
「ぶつかり合ってもいい。お互いの思っていることをちゃんと伝えて、ちゃんと聞いて。そうすればきっと、いい形に収まるでしょう、自然に」
「……そーゆーモンかね」
「ただ、目を逸らして逃げることだけはするな」
きっぱりとした口調に、ライアンはくるりと目を丸くする。新緑色の澄んだ目が、眼鏡の奥から、気安い笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「まあ、どうしようもなくなったら助けてあげますし、愚痴も聞いてあげましょう。酒の失敗をフォローするのは、友人の役目のようですからね」
そう言ったバーナビーは自販機で缶コーヒーを2本買い、1本をライアンに投げて寄越した。ライアンが片手で受け取る。
「……そりゃ、どうもォ」
「ええ。安心して地面を無様にハイハイしてきて下さい」
「ジュニア君のドS!」
「何を仰る。年上の友人からの激励ですよ」
「こーゆー時だけ年上ぶるよなァ、もー」
軽口を叩きながら、パシュン、と、ライアンはプルタブを引いた。
「後悔だけはしないように」
バーナビーのその言葉に答えず、ライアンは、ただ苦いコーヒーを飲みこんだ。