#019
「おら食えー! ライアン様の特製パスタ3種!」

 どかどかと足音を響かせながら、ライアンが大皿3枚を器用に持ってキッチンから出てきた。それぞれの皿からいかにも食欲をそそる湯気が立ち上り、スパイスとトマトの香りがダイレクトに皆の食欲を刺激してくる。
「リングイネのジェノベーゼと、ペンネ・プッタネスカ、キノコとツナでクリームソースのボスカイオーラ! どうだ」
「うおおおおおおお」
 ドン! とテーブルに置かれた、それぞれ系統の違う3種の山盛りパスタに、全員が歓声を上げる。
「やりますねライアン。ワインの追加を持ってきます」
「食欲もそそるけど、お酒も進むやつだわね。たまんないわあ」
 バーナビーが素早くワインセラーに向かい、ネイサンがバジルやトマトの良い香りをうっとりと吸い込んだ。
「お、辛さがちょうどいいな」
「このバジルのやつ、おいしい〜。いい香り」
「ボク、このツナのやつ好き!」
「茹で加減が完璧でござる〜。ソースもさすが本場っぽいでござるなあ」
 アントニオがビールとともにプッタネスカを味わい、カリーナがバジル尽くしのソースに舌鼓を打ち、パオリンがクリームソースの絡んだパスタを頬張る。そしてイワンが、調理の完璧さを賞賛した。
 そうしてそれぞれ大皿から自分の皿にパスタを取り分ける。そしてガブリエラは、呆然として3種類のパスタを見ていた。そんな彼女に気付いたネイサンが、どこか間抜けな顔を覗き込む。

「どうしたの天使ちゃん。パスタは嫌い?」
「いいえ!」
 はっとしたように背筋を伸ばしたガブリエラは、慌てて返事をした。
「早く食べないとなくなっちゃうわよ」
「なく、こ、こま、困ります! 食べたいです!」
「はいはい。3種類とも取ってあげるから、ちょっと待ちなさいね」
 白い頬を紅潮させるガブリエラにネイサンは苦笑して、先程からすべての料理を少しずつ、どころか一人前以上がっつりと食べているガブリエラに、3種類のパスタをたっぷりと取り分けてやった。
 そして目の前に置かれたパスタを、ガブリエラは、目を輝かせながら慎重に口に入れた。すると、灰色の目の輝きが更に増す。

「……おいしい! です! すごい! すごく! おいしい! すごい!」
「あんたさっきからずっとカタコトよね」
 よっぽど嬉しいのねえ、と言って、ネイサンは赤毛を撫でた。
「はい、嬉しいです!」
「良かったわね」
「はい! ライアンはすごいです、何でもできます、料理まで。やはり格好いいです、ライアンはすごい」
「アラ。──ですってよ、ライアン」
 ネイサンが流し目を送ると、バーナビーの隣に座ろうとしていたライアンは、微妙な顔で固まった。

「……そうかよ」
「はい、ライアンはおいしいです!」
「おいコラ、言葉は正しく使え。妙な言い方すんな」
「おいしいかもしれないじゃない。ねえ?」
 苦々しい顔になったライアンに、ネイサンが意味深な様子でガブリエラの顔を覗き込む。ツナの欠片を慎重にフォークでかき集めていたガブリエラは意味がわかっていないのか、「ねえ?」と鸚鵡返しをして、ネイサンと同じ方向に首を傾げた。
「というか、あんた主役なんだからハンサムとイチャイチャしてないで、主役で固まって座ったら?」
「姐さん、さっきから変な言い方やめてくんない!?」
「ライアン、僕と仲良くしたいのはわかりましたからあっち行ってください」
「ジュニア君まで何なんだよ。俺本当に歓迎されてんの? ねえ」
「歓迎してますとも」
 そう言いつつシッシッとライアンを追いやるバーナビーに、ライアンは渋々と、グラスを持ってガブリエラの隣に来た。パオリンとカリーナがずれたので、その間に座る。

「女子会にようこそ」
「居心地が悪い」
「アラ失礼ね」
「お疲れ様です、ライアン。仕事が長引きましたか、大丈夫ですか」
 ガブリエラが言うと、ライアンは、ちらりと彼女を見た。
「……おう。まあ、大したことじゃねえよ」
「ほら、なんか変なのよね」
 カリーナが、何か疑わしげな様子で呟いた。
「あ? ちょっと、俺の何が変だって? 女王サマ」
「ほら、そういうところよ。他の人にはちょっとジョークも言うし、平等にライトな感じで接するのに、ギャビーにはなんだかぶっきらぼうっていうか……怖いっていうか」
「怖い?」
 そんなことを言われるとはまったく心外だったので、ライアンは目を見開いた。
 確かにライアンは優男という風貌ではなく、大柄で顔つきも迫力がある方なので初見でびびられることはあるが、接してみると人当たりが良く接しやすい──と誰もが言う。
 そしてカリーナもそう思っているからこそ、彼女の表情も何やら怪訝そうな様子だった。

「ライアンさん、ギャビーの事いじめてないよね?」
 パオリンが、疑わしげに言った。ジト目で身を乗り出してくる未成年女子組ふたりに、ライアンはやや仰け反り、顔をひきつらせる。
「いじめって何だよ。いじめてねえって」
 いつの間にこんなに仲良くなったんだ、と思いつつ、ライアンは降参を示すかのように両手を上げてみせた。
「ホントに? でも確かにギャビーには態度違うよね。なんで?」
「別に何も違わねえよ」
「嘘だあ」
「嘘よね」
 だって明らかに違うもの、ねえ、とカリーナとパオリンは引かない。ライアンはいよいよ居心地が悪くなってきた。

 正直な所、自分がガブリエラに対して他とは違う態度を取っていることには、いい加減ライアンも自覚がある。
 ──しかし、問われたところで、ライアン自身もわからないのだ。遠い僻地から出てきて学がなく、しかもどうやら自分に割と好意を抱いているらしいという、経歴や状況だけ見ればひどく扱いやすいだろう彼女に対し、なぜこんな態度を取ってしまうのか。

「ライアンは、とてもいい人です」

 ガブリエラが、相変わらず教科書の例文じみた、整然とした口調で言った。
 中性的だが高く透明な声にライアンがつい横を見ると、彼女は微笑み、じっとこちらを見ていた。

 こうして見ると、最初に公園で話した時と比べてかなりまともな風貌になった、とライアンも思う。
 シャープな輪郭だが、もうこけていない頬。しかも歯を矯正したせいか、すっきりと垢抜けて見える。
 身体は相変わらず薄くて華奢だが、辛うじて病的ではない範囲に収まってきている。能力の影響でかなり代謝がいいせいか髪が伸びるのが早いらしく、刈り上げ部分が完全に隠れるほどの長さになってきた癖のある赤毛はひと目見たら忘れられない見事な濃い色で、艶々としている。その濃い赤毛と対象的な灰色の目は長い睫毛に縁取られて大きく目立ち、ニキビひとつない白い肌だからこそ、鼻の上に薄く散ったそばかすが映えていた。
 男か女かわからない、個性的で、独特の、──しかしどこがどう目を惹かれるのか説明できない正体不明の雰囲気が、ライアンの何かを絡め取るような気がした。
「ねえ?」
 そう言って首を傾げて微笑んだ薄い唇が、パスタのオリーブオイルのせいで濡れたように光っている。ライアンはぞくりと背中が震えたのと、そしてその得体の知れないものにどうしようもない苛つき──に似たようなものを感じ、しかし何とかTPOを思い出して、ふいと目を逸らす。

「おーう、飲んでるか若者ォ」

 そこにまったく空気を無視して割り込んできたのは、ビール片手の虎徹だった。「んもう、酔っ払い!」とカリーナが少し紅潮した顔をしかめる。
「何だライアン、グラス空じゃねーか。瓶でいけ瓶で」
「あー、どうもォ」
 虎徹が寄越してきたビール瓶を受け取ったライアンは、その王冠を親指で弾いて開けると、そのままぐいと煽った。おー、とパオリンが感心したような目を向ける。
「アンジェラも、飲んでるかァ!?」
「飲んでいますよ」
 ガブリエラは笑って、ビールの瓶を掲げてみせた。
「そーかそーか。や、何だ。何かあったら何でも相談しろよ? 叩き上げのヒーローとしても、コンビヒーローとしても、先輩だからな俺は。ん?」
「完全に絡み酒じゃないの。やあねえ」
 呆れた様子で、ネイサンが言った。
「絡んでねーよ。何か悩んでることとかねえか? そら何でも聞けい、ワイルドタイガーが相談に乗っちゃうぞ」
「そうですね……。最近はヒーロー活動とは関係ないテレビや雑誌の取材が多くて、困りますね。ヒーローとして現場に出るほうがいいのですが」
「わっかる! わかるぞ!」
 大声を出して、虎徹は膝を叩いた。

「それ、それだよ。ヒーローは市民を守るのが仕事だっつーのによう、やれバラエティだやれインタビューだ、しまいにはグラビアって、何考えてんだチクショー」
「いやあ、最近はそれもヒーローの仕事っしょ」
 ライアンが言った。
「そりゃオッサンが言うことも確かだけどよ、自分たちを助けてくれるヒーローが見た目も良くて歌って踊れてトークもイケてるとくりゃあ、ただのヒーローじゃねえ。スーパースターだ。ヒーローは皆の憧れでなきゃあな。だろ?」
「まあ、そうね」
 同期どころか数年先輩であるネイサンが同意したので、虎徹は「ぐぅ」と漫画のように唸った。
「いや、でもよう。若くてイケメンのバニーはともかく、俺フッツーのおっさんじゃん。キッツいだろ色々」
「何言ってんだ、最近世間はおっさんウケがいいんだぜ?」
「なんだその変な流行り。適当な嘘つくなよ」
「ついてねえって。しかもあんたスタイル良くてイケてるって有名じゃん。知らねえの?」
「あ、そうだよねー」
 パオリンが、あっけらかんとした声を出した。
「顔出ししてから──」
「してねえ」
 断固として、と、こだわりがあるらしい虎徹は言い切った。
「したようなもんじゃない。──で、それから、タイガーすっごい人気上がったよね。イケてるおじさんといえばワイルドタイガーって、こないだ雑誌で書かれてるの見たよ。ね、カリーナ」
「えっ、ええええええええと、そ、そう、そうだったかしら!?」
 動揺しまくるカリーナをよそに、虎徹は納得行かない顔で、「えー!?」と潰れたような声を出した。
「世間の流行りってわかんねえなあ」
「そうですか? 私もタイガーは、えーと、“イケてる”と思いますよ」
 丁寧な声で、ガブリエラが言った。カリーナが驚いたような顔をして、彼女を見る。
「タイガーは、確かにスタイルがいいです。とても脚が長いですし」
「そうなのよね、細身だし。モデルとしては理想的な感じ」
 ネイサンが頷いた。虎徹はといえば、「えー、俺、筋肉つきにくいのコンプレックスなんだけど……」とぼやいているが。

「ですので、タイガーは良いのです。しかし私は顔出しもしていないですし、話すのも言葉が上手くないので」
「えー、ギャビー喋るとすっごい面白いよ」
「そうですか?」
 ガブリエラは首を傾げたが、パオリンを始め、ライアン以外の全員が頷いた。

 実際、かっちりしたビジネス語は流暢なくせに、素のボキャブラリーが少ない上に言葉のチョイスも独特なところがあるガブリエラの素っ頓狂なトークは、市民たちからも面白がられ、好評を博している。
 二部リーグ時代はとにかく失言をしないようにといちいち質疑応答台本を作って丸覚えし、それを口にしていた彼女だが、素で話した時の独特な口調をアスクレピオスが「キャラが立っている」とし、あえて台本などを作らず自由にやらせるようになっている。
 自分の正体や政治的な発言、アンチやヘイト発言、きつい下ネタなどを口にしないようにだけ気をつければよろしいと言われた彼女は、おっかなびっくり、拙い様子だが、しかし自分の思っていることを自由に話すようになった。
 そのおかげか全体的な口数もかなり増え、今までは言葉ひとつ選ぶのもたどたどしく時間がかかっていたが、最近は割と詰まらずに話せるようになってきている。

「面白いですか? それなら良かったです。ライアンにはだいたい怒られているので」
「おい、俺を悪者にすんじゃねえよ」
 ライアンが、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そんなつもりではありません。なにか悪い所があれば直したいだけです」
「ああそう。じゃあ極力喋るな」
「ええ〜、今面白いと言っていただけたところですのに」
「言っとくが、俺はお前のやることなすこと、面白いと思ったことは1回もねえぞ」
「ちょっと、ライアン」
 カリーナが顔をしかめたが、当のガブリエラは、薄っすらと微笑んでいるだけだった。
「そうですか。残念です」
 それはまるで、宗教画の聖人のような笑みだ。
「次は面白いと思って頂けるよう、頑張ります」
「嫌な予感しかしねえよ。だいたいお前は」
 そこまで言って、ライアンはハッとした。全員の目線が、自分に集まっていたからだ。

「……あー、もー。やってらんね。やっぱ退散退散」
「あっ、逃げたわね」
「逃げたー」
 頬を膨らませるカリーナやパオリンを振り切り、ライアンはそそくさと席を立つと、女性陣の包囲網を逃れた。
 ずっと自分の背中に向けられていた灰色のきらきらとした目線は、あえて無視して。

「……ふぅん」
 そして、その一連のやり取りを見ていたネイサンは、意味ありげな声を漏らした。



「おやライアン、早々に逃げてきましたね」
「……勘弁してくれよ」
 イワンと並んでカウンターに腰掛け、意地の悪い笑みを浮かべて言ったバーナビーに、ライアンは台詞通りの表情を浮かべた。
「いやいや、女子にひとり混ざるなんて、居心地悪いですよ。僕も無理です」
「ホラ、折紙センパイもそう言ってんだろ」
「普段からさんざん女性を侍らせておいて、何を今更……」
 呆れた声を上げたバーナビーに、「人聞きの悪いこと言うなよ」と返し、バーナビーの隣の椅子に座ると、飲みかけのビールをカウンターに置いた。

「で、どうして遅れたんです?」
「仕事が長引いたっつってんじゃん」
「へえ? 仕事は給料分、規定時間内に終わらせるのが一流、残業は使えない奴がすることだと豪語するあなたが?」
 ぐっ、とライアンが詰まった。バーナビーが眼鏡の奥の目を細める。
 バーナビーしか知らないことだが、ライアンは最初からこの歓迎会に乗り気ではなかった。しかもギリギリになって、仕事が長引いている──正しくは長引かせて来られないかもしれないなどと言ったりと、彼らしくないぐずぐずとした事を言っていたのだ。そしてその原因は、明らかに、彼の仕事のパートナーであるアンジェラに他ならなかった。
 なぜなら「アンジェラは非常に楽しみにしている」と伝える度、彼の表情があからさまに苦々しくなったからである。

「どうしてそんなにアンジェラを避けるんです? 良い人じゃないですか」
「お前までそれかよ」
「お前まで?」
「いや……」
「ライアンさん、アンジェラさんを避けているんですか?」
 イワンが、心配そうな声を出した。
 ちなみに最近成人したばかりの彼の手にあるのも、またビールである。イワンの故郷は土地柄かなり若い時からアルコールを摂取するため、彼もまたかなり酒に強い──というより一部リーグヒーローの中では最も強く、比べるのも馬鹿馬鹿しいほどの“ざる”である。そのため成人する少し前から、所謂こうした身内だけのホームパーティー、宅飲みでは当然のように飲むのが暗黙の了解になっていた。
「ライアンさんは誰にでも態度が変わらなくて、高いコミュ力の持ち主です。アンジェラさんも感じの良い方ですし、避ける理由は思い当たりませんが……」
「そうなんですよね。どうしてなんですか、ライアン」
 本気で心配そうなイワンと、じとりとした目を向けてくるバーナビーから、ライアンはチッと舌打ちをして目を逸らす。そしてそんな彼を見て、バーナビーはワインを傾けた。

「気をつけたほうがいいですよ。あなた結構顔に出るタイプです」
「……くっそ嫌味ったらしい」
「失礼な。親切な忠告ですよ」
 それはかつて、ライアンがバーナビーに言った台詞だった。苦々しい顔をしているライアンに対し、バーナビーはしてやったりといわんばかりの涼しい笑顔だ。そしてそんなふたりを見て、イワンがおろおろとしている。
「お、このサラダ美味いな」
「それ、アンジェラが作ったサラダです」
「……あっそう」
 話題を変えようとしてまんまと失敗し、渋い顔をしたライアンに、バーナビーはとうとう笑いそうになった。

「で、どうしてなんです?」
「え〜……。この話、続ける?」
「今日はあなた方の歓迎会ですよ? つまりあなた達がこれからもこのシュテルンビルトで、僕達と上手くやっていけるように親睦を深めるためのものです。同じコンビヒーローとして、もう一方が不仲なのは気にかかります」
「正式なコンビってわけじゃねえよ」
 ライアンは、ぶすくれた様子で言った。
「でも、ほとんどコンビ扱いでしょう?」
 イワンの言うことは、確かだった。T&Bのように、アスクレピオスはふたりを正式なコンビヒーローとして発表しているわけではないが、その売り方、活動方法、今のところは全て概ねふたりセットである。
 そしてそんな風にしていれば世間も当然そのまま受け取るわけで、ゴールデンライアンとホワイトアンジェラは、完全にふたりセットのヒーローとして認識されつつあった。

「ですよね。実際、意外に相性が良いですし。チェイサーに乗っての能力使用は正直感心しました」
「エンジェルライディングでござるな! 拙者もあれは燃えたでござる! それに、あのエンジェルチェイサー! 変形合体バイク! 素晴らしい、ロマンでござる!」
「いいですよねあれ」
 興奮してござる口調になるイワンに、バーナビーがうんうんと深く頷いた。
「少年心をくすぐられるというか。僕のチェイサーにもちょっとギミックが欲しいなあなんて」
「おっバーナビー殿、いけるクチでござるな」
「いやあ、僕ロボットものとか結構好きですよ」
「お前らはあれに乗ったことがねえから、そんな呑気なことが言えんだよ……!」
 少年のように盛り上がる彼らに対し、ダン、と、ライアンは飲みかけのビールの瓶の底を軽くテーブルに叩きつけた。
「300km/hだぞ!? プロのライダーがサーキットでもそうそう出さねえスピードで、ブロンズのせっまい路地を爆走しやがんだぞ!? しかも階段坂道お構いなし、ドリフトスライディングしまくって! つーかなんであんなロデオみてえに飛んだり跳ねたりできんだよ意味わかんねえ! 死ぬかと思った!」
「見事な走りでしたなあ」
「素晴らしいテクニックでしたね」
「そうじゃねえだろ!」
 そこは俺を心配するところだろ!? と、ライアンは量の多い金髪を乱暴に掻き上げた。

「しかし、ライアンさんを活躍させようとしてなさったことでしょう? バディを組んだ頃のバーナビーさんたちに比べれば、非常にパートナーのことを考えた行動ですよ」
「……折紙先輩、優しげな口調で割と辛辣ですね」
「あ、あああああああそんなつもりでは」
「まあ、事実ですけど」
 慌てたイワンに苦笑して、バーナビーは一口ワインを飲む。
「折紙先輩の言う通り、彼女はあなたに非常に協力的ですよ。あのメトロ事故で、単独の好感度は申し分ない方です。そんな彼女があなたのファンだと公言して、元々のゴールデンライアンのファンにも概ね受け入れられていて、アンチも非常に少ないそうじゃないですか。何が気に入らないんです」
「だから……あー……」
 ライアンは自分の頭から手を離し、何かを表現しようとした。──が、行き場をなくした手は、もう一度同じ場所に戻っていく。つまり、彼の頭を抱える位置に。
「……違うんだって」
「何がですか」
「そういうんじゃねえんだよ、あいつは」

 ──天使だ、聖女だと。

 世間は皆、ホワイトアンジェラをそう評する。しかし、違うのだ。
(あれは、そういうのじゃねえだろ)
 眉間に皺を寄せ、俯いたまま、ライアンはそう思う。完全無欠の自己犠牲、絶対的正義、真のヒーロー。そう呼ばれる彼女だが、──本当はそうじゃないだろう、と。

「さっきから要領を得ないな。結局何が言いたいんです」
「……さすがの俺様にも、言いにくいことがあんだよ」
「面倒くさい人ですね」
「ジュニア君にだけは言われたくない」
「どういう意味ですか」
「まあまあまあまあ──」
 若干険悪なやり取りを始めたふたりを、イワンが宥めた。
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BY 餡子郎
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