#188
 ──ギャリギャリギャリギャリッ!!

 凄まじい音、そして金色の火花を散らしながらスパイクとバリアが擦れ合う。
「脳天狙いなんてわかりやすい攻撃、そうそう……っ!?」
「ヴァアアアアアヴッ!!」
 獣じみた雄叫びを上げ、アンジェラが空中で体勢を翻す。そして勢いよく回転した巨大な爪が、バリアを張るために広げられたルシフェルの長い腕を捉えた。

「──そこは元々狙っていません」

 切り飛ばされた腕が床に落ちると同時に、着地したアンジェラが言う。
「頭は意識して守りがち。そこを攻撃すると他が無防備になります。あなたも。……おお、しかしやはり生き物ではない」
 そう言いつつアンジェラは、血を流さず、そのかわり薄水色の透明な粘液をとろとろと溢れさせているルシフェルの腕の傷口を見た。
「次は目? 耳? 腕をもう1本? 足を取ったほうが動けなくなっていいですね」
「……調子に乗るなよ」
 片腕をなくしたルシフェルは、まばたきをしない真っ黒な目でアンジェラを見据える。
「調子にのるな? ワォ、それは私が言いたいことです。とても」
 ジャキン、と金色の爪を見せつけるようにして、アンジェラが構えを取った。彼女もまた、ルシフェルと同じように殆どまばたきをせず、開き気味の瞳孔で相手を凝視している。

「あなたはおそらく、もとはいい人なのでしょう。そんな気がします。しかし頭がおかしくなっている。ですのに、ライアンを好きになり、彼のようにしようとする普通の人のようなこともします。わけがわからない」
「……何を言っている?」
「わけがわからない。そう。しかしそれはどうでもいいことです」
 表情を消し、アンジェラは続ける。

「ライアンはとても、とても素敵なので、そういう気持ちになることはわかります。素敵なライアンを皆さんが好きで、彼が人気者なのは、私もとても嬉しいこと。しかし、あなたがしたのは違うことです」

 怒った馬のように、今にも噛みつかんとする犬のように、アンジェラはガンガンと床を踏んで音を鳴らし、歯を剥いて唸った。尖った犬歯が露出する。

「ですので私にとって、あなたがいい人でも、頭のおかしい人でも、普通の人でも、関係ありません。あなたは私にとって、──そう、そうです。こういうときのための言葉をルーシー先生に習いました」

 ルーシーという名前に、ルシフェルのこめかみが僅かに動く。
 ガァン! と、アンジェラが床を踏み抜いた。

「あなた、──“かわったひとですよね”」

 牙と爪を剥き出した犬が、目にも留まらぬ速さで喉笛に食らいつくべく走り出した。



「アンジェラ! そのままそいつの足止めしとけ! 俺は通信機を探す!」
「わかりました!」

 難しいことはお任せします! とアンジェラは返事をし、ルシフェルと攻防を続ける。
 そしてルシフェルがアンジェラに意識を向けているせいか頭痛が弱まったライアンは、様々なコンピューター端末が集まった壁際に走った。
 洗脳にも近いルシフェルの能力は非常に厄介だが、それは1対1であればの話だ。こうして能力の利かないアンジェラがいるだけで抑止力になるし、他のヒーローたち含め警察や軍隊などの応援が来れば状況は覆せる。
 そのためにはまず自分たちがここにいることを知らせなければ、とライアンは判断したのだ。

「ヴヴヴヴヴヴアアアアアアッ!!」

 ガァン!! ガキィン!! と、アンジェラとルシフェルが交戦する音が聞こえる。しかしライアンはあえてそちらを向かず、自分の仕事に集中した。
「絶対にあるはずだ……絶対に……!」
 ライアンがそう言い切れるのは、彼がアスクレピオスホールディングスヒーロー事業部の実質的なトップに近かったがゆえであり、ヒーローランドのセレスティアル・タワーも視察しているからだ。あそこにはシャイニングスター計画のために連絡を取り合う通信設備があり、実際にデータのやり取りが行われているのも見たことがある。あのツールでセレスティアルタワーに連絡が取れれば、とライアンは端末を操作する。
 幸いにも、生体認証を含むパスワード類はほとんどなかった。人間の職員がおらず、アンドロイド、つまりコンピューターAIですべての作業を賄っているが故だろう。不幸中の幸い、とライアンはあらゆるフォルダやプログラムを開けていく。

「あった! これか……!?」

 通信ツールを見つけたライアンは、すぐにそのアイコンをタップしようとする。しかしそれを遮るように、画面にザッとノイズが走った。
《ふふ。勝手に弄らないでくれるかな。くすぐったい》
「な……」
 コンピューター端末のスピーカーから聞こえてきたルシフェルの声に、ライアンがぎょっとする。慌てて背後を振り返れば、そこには間違いなくアンジェラとルシフェルが交戦していた。

「アアアアアアアアアアヴ!!」
「……獣め」

 雄叫びを上げて鋭く巨大な爪を振り回すアンジェラに、ルシフェルがぼそりと呟く。そしてそれと同時に、壁中にある機器類のランプやディスプレイが、一斉に赤く光った。

 ──ドドドドドドドドッ!!

「アンジェラァアアア!!」

 ライアンが叫ぶ。
 壁中から伸びてきた太いワイヤーのようなものが一斉にアンジェラに突撃し、白と金色の姿は一瞬にして壁に叩きつけられた。
 生身であれば、間違いなくミンチになっているだろう攻撃。もうもうと埃が舞う中、ライアンは無数のワイヤーが突き刺さる壁を見た。

「ごほ、……むうううう!! なんですかこれは!! 動けません!! ふぬー!!」

 まったくもって元気そうな声が聞こえてきて、ライアンはホッと息を吐いた。ワイヤーで埋め尽くされた壁の中からはみ出したアンジェラの手足が、じたばたと暴れているのも見える。
 予算の殆どを使い切ったというだけあり、プリンシパリティ・モードの強靭さは相当のものであるようだった。

《言っただろう? 私は物質ではないんだと》

 あらゆるスピーカーから、ルシフェルの声が響く。
 唯一口を開いていない、そしてルシフェルそのものなのだと思っていた赤い髪の人物が、少しバランスが悪そうな仕草で歩き、転がっている自分の腕を拾い上げた。
「ふむ。壊したのは初めてだけど、問題はないね」
「な……」
 切り飛ばされた腕が、傷口をくっつけるだけで元の通りになる。手のひらを開いたり握ったり、肘を曲げたり肩を回したりしている様を見て、ライアンは唖然とした。

《この施設も、この身体も、あくまで端末のひとつでしかないんだよ。そして脳と同じく、コンピューターなら私に支配できないものはない。いくら探そうと、それは私の肌を撫でているだけに過ぎないということだ》

 くすくすと笑う声が、無数のスピーカーから聞こえてくる。

《あらゆるものがコンピューター制御されているこのロゴスの世の中で、私の思い通りにならないことはない》
「ヴヴヴヴヴヴ、……アアアアアアアア!!」

 ──ガゴンッ!!

 大きく重い音とともに、白い影が壁の中から飛び出してくる。
 埃まみれになったホワイトアンジェラが、瓦礫の中から立ち上がった。

「また何か難しいことを言っていますね!? わかりませんが、壊してしまえば皆同じです!」

 むん、と胸を張ってぴんぴんしているアンジェラ。キュインとチェイサーの機動力で滑るようにしてルシフェルと自分の間に立ちはだかる彼女に、ライアンが乾いた笑みを浮かべた。
「……マジ、脳筋ここに極まれりって感じだなお前」
 そして、実際にそれが有効手段であることも確かなのだ。コンピューターであればすべてを自分の身体の一部であるかのように支配でき、そして本体である身体は腕を切り落としても瞬時に元通りになる。
 まさにチートと呼ぶべき能力を有するルシフェルには、小手先の策で攻めてもどうにもならない。彼女のように、真正面から力押し、問答無用で物理で殴るのが一番の有効打であるのはライアンも理解していた。
「ふふん!」
「はいはい、えらいえらい」
「ふふふん!」
 お褒めの言葉にますます胸を張るアンジェラを、ルシフェルは温度のない目で見た。

「そうかな?」
「ぐ、ァアアアアアッ!!」

 ルシフェルがそう呟くと同時に、ライアンが頭を抱えて叫び、蹲る。
「ライアン!」
 アンジェラがライアンを支えようとするが、何の助けにもならない。痛みに悶えるライアンを、目を青白く光らせたルシフェルが微笑みながら見る。
「さあ、私と一緒に行くだろう?」
「誰が、……ぐっ!」
 ルシフェルの言葉を否定すると同時に襲ってくる頭痛に、ライアンが顔を歪める。
「だいたい、行く、行くって、どこに……!」
「そりゃあ決まっているだろう」

 ルシフェルがそう言うと、巨大なホログラムスクリーンに、何かが投影された。
 ニュースでも何度も流れているので、ライアンだけでなくアンジェラも見たことのあるそれ。宇宙探査機・シャイニングスター。
 しかしその形は、メディアで公表されていたものの面影を残しつつもかなり違う。特にその大きさは、歴史上のどのスペースシャトルよりも大きいだろう。
「……おい、おい。魔改造しすぎじゃねえの」
「宇宙を旅するには、これくらいは欲しいだろう?」
 メディアに公表するデータの改竄などいくらでも出来る、とルシフェルは何でもなさそうに言い放った。

「君は、私と一緒にこの星を旅立つんだ。そして遠い宇宙の果てで、新しい星を共に作ろう」

 うっとりと、陶酔したような様子で言うルシフェルを、ライアンは睨みつけた。その両手が、地面につけられる。自分に頭を垂れたように見えなくもないその姿に、ルシフェルの笑みが深くなる。
「いちかばちか、暗示を振り切って私を重力で押し潰そうと? 無駄だよ」
「……へえ?」
「言っただろう?」
 脂汗を流すライアンに、ルシフェルは笑いかける。

「そう」
「これは」
「端末の」
「ひとつに」
「すぎないと」

 目の前にいるルシフェルの薄い唇から、あちこちのスピーカーから、同じ声が途切れ途切れに響いてくる。コンピューターに全てが制御された建物の中というのはつまり、ルシフェルの腹の中であるのに等しいということをライアンは実感し、ゾッとした。

「さあ、私だって無理強いはしたくないんだ。行くと言えば楽になる。言いたまえ」
「……無理やり言わせた同意は、同意じゃねえぜ?」
 激痛に顔を歪めながらも笑みを浮かべて不敵にそう返したライアンに、ルシフェルの眉根が寄る。珍しく人間らしいその顔に、ライアンがおや、と思ったのは一瞬。

「そうか。じゃあ、言いたくなるようにしようじゃないか。ヒーロー」

 ルシフェルがすぐにその表情をアルカイック・スマイルに切り替えると同時に、あらゆるディスプレイに文字が浮かんだ。次いで、端が壊れた巨大ホログラム・ディスプレイに表示されたのは、無数の位置表示がされた世界地図。

「これは……」
「世界中の軍事基地だ。長距離ミサイルと、コンピューター制御の無人機を有している施設」
 ルシフェルがそう言うと同時に、各基地に備えられている装備の一覧がずらりと表示される。もちろん軍事機密だろうに、ルシフェルにとってそれは一般的な検索エンジンを使って調べ物をするのと何ら変わらない行為でしかない。
 しかもそれだけでなく、各基地からぐんぐんと線が伸びていく。その先に何があるのかは、ライアンにもわかる。各エリア主要都市だ。あるいは軍事基地同士を結んでいる線もある。
「まさか」
「君がついてきてくれないと言うなら」
 ルシフェルは、わざとらしく悲しそうな表情を浮かべた。

「君がこのくだらない星にどうしても残りたいというのなら、……私は悲しすぎて、この星を破壊せざるを得ないというものだ」
「て、めえッ……!」
 痛みと怒り、そして焦りで、ライアンが歯を食いしばる。猛獣のように光る金色の目で睨まれたルシフェルは、醒めた表情をしていた。まるで、檻に入れられた猛獣の滑稽さをあざ笑うように。
「さあ、どうする? この星を、人々を守るヒーロー君。この星の兵器という兵器があらゆる場所に撃ち出されるのを、何も出来ずに黙って見ているかい?」
「馬鹿言え、エイリアン野郎」
 ライアンのこめかみから、汗が流れ落ちる。しかしそれでも、彼は膝を屈せず、不敵に笑ってみせた。

「言っただろうが。宇宙怪獣でも隕石でも、俺がなんとかしてやるってよ」

 それがヒーローってもんだからな、とライアンはきっぱりと言ってのけた。
「さーあ、どこに行けばいいって? 案内しな」
「君は……」
「おっと、勘違いすんなよ。お前の言いなりになったわけじゃねーから。地球を救うために敵地に向かう超カッコイイヒーローの見せ場だからここ。バックにテーマソングでも流してえとこっつーか、そこんとこちゃんとわかっとけよ?」
 相手を小馬鹿にするような、余裕綽々の態度。ルシフェルの顔に浮かんでいたアルカイックスマイルは、もうどこにもない。

「てなわけで、ちょっと行ってくるぜ」
「ライアン……」
 心配そうに、アンジェラが声を掛けた。そんな彼女に、ライアンは笑みを浮かべてやる。
「お前はシュテルンでもどこでもいいから、誰かにこの場所がわかるように連絡取れ」
「無駄だと言っただろう。そんなツールはここにはないよ」
 ルシフェルが言うが、ライアンは無視した。目線も向けない。

「大丈夫だ。な?」
「はう」

 そう言ってライアンはウィンクし、投げキッスまでしてみせた。
 いつもながら堂に入ったその仕草にアンジェラはもじもじと照れ、ルシフェルは密かに拳を握りしめる。
「じゃ、すぐまた会おうぜ」
「……はい! わかりました!」
「行くんだ!」
 とうとういらいらと叫んだルシフェルに急かされ、ライアンが歩き始める。アンジェラはやって来た方向に走っていき、すぐに姿が見えなくなった。



 ライアンから離れたアンジェラは、来た道をそのまま逆走していた。アンドロイドたちと何度かすれ違うが、気にもされない。ルシフェルがまだ自分を見ているのかはわからないが、この際知ったことか、とアンジェラは急いだ。
 それに、自分の判断が正しければ、もうルシフェルは自分のことなど見てはいないだろう、と彼女は思っていた。なぜなら自分ならそうするからだ。──好きな相手とふたりっきりになれた時、他のものに意識を向けることがあるか? 答えは否である。

「ヴヴヴ」

 唸り声を上げながら、腸が煮えくり返るとはこのことかという気分でアンジェラは走り、目的のものを探し回る。そこかしこにたくさん置いてある難しそうな機械の使い方は、アンジェラには全くわからない。このツールを使って連絡を取る手段など、全く思いつかない。思いつくわけがない。──ただひとつのことを除いては。

 そして彼女がたどり着いたのは、乗せられてきた輸送機が留めてある、倉庫のような場所。辺りを見回し、輸送機に近づいた。空を飛ぶ乗り物のことはよくわからないが、基本的なところは車とさほど変わりない。燃料があって、エンジンがある。

「──ふふ」

 ヒーロースーツのマスクの下で、アンジェラは笑い声を上げた。

 ──渡してなどやるものか。






「おー、資料にあったのよりでっけえ……ってか、ほとんど宇宙船だな」

 ルシフェルが案内するとおりに歩いてきたライアンは、目前の威容にピュウと口笛を吹いた。
 メディアで紹介されていた映像の面影はあれど全く違うそれは、彼が表現したとおり、現代に置いてはもはや映画の中でしか見ないような現実味のない大きさとデザインだった。
「これ、マジで飛ぶわけ?」
「もちろんだとも」
「でもデザインがイマイチ」
 ルシフェルと会話しているのか無視して独り言を言っているのかわからないライアンの言葉に、ルシフェルが黙る。
「……先程から、私を煽って時間を稼ごうとしているのかな?」
「べっつにぃ? 思ってることを言ってるだけ」
 先程から、ライアンはずっとこの調子だった。ぺらぺらとよく話すが、ルシフェルの言うことを基本的に聞いていないような事しか言わない。更には、「アンジェラに見せたら興奮しそう」などと彼女をしょっちゅう引き合いに出す。
 そしてその度に、確実にルシフェルの機嫌が悪くなることもライアンは承知していた。
「……そこから入りたまえ」
 ライアンと会話するのをとうとう諦めたらしいルシフェルは、踵を返してシャイニングスターの中に入っていってしまう。そして暗示によりルシフェルについていくよう命じられているライアンは、その足取りに引っ張られて歩いていった。



 ──キン、コン……
 ──キン……

「うーわ、すっげえ。広すぎねえ? これマジで飛ぶわけ?」
 シャイニングスターの内部は、いわゆるスペースシャトル、ニュース番組で宇宙飛行士がふわふわ浮いている様が中継されている時に見るようなものと全く違っていた。旅客機よりも更に道は広く、中に入ってしまえばもはやどこかの研究所の廊下だと言われたほうが納得できるほどだった。

 ──キン……

 少し気にかかるのは、白くつるりとした壁や天井、あるいは床に、ひっきりなしに青白い光がちかちかと光ったり、流れ星のように線を描いたりすること。そしてそれと同時に、金属を叩いたような音がしていることだ。
 まるで鉄琴やチューブラーベル、あるいはスチールパンなどの音に似たそれは決して不快なものではなく、場所が場所ならば静かに聞き入りたいような音である。ベッドルームで流せばよく眠れそうだ。

「余裕そうだね。本気かな? 強がりかな?」
「ま、焦ってもしょうがねえ。助けが来るのを待つしかねえしな」
「しつこいな。無駄だと言っているのに」
 ルシフェルが振り向いた。

「シャイニングスターの離陸はあらゆる観測を受けない下準備が出来ているし、どの戦闘機にも勝るステルス機能も備えている。この施設にアンジェラが使える通信機はない。私達が飛び発ったあとなら私の支配がなくなるのでどうにかできるかもしれないが、あの頭の悪い彼女に、専門施設の通信機を操作して連絡を取るなんてことが出来るものかね」
「だろうな」
 当然そうだろう、とライアンは肯定した。その答えに、ルシフェルが片眉を上げる。
「……なるほど? 達成できない役目を言い渡して安心させて、自分から遠ざけたと? 彼女を生き残らせるために?」
「ドラマチックぅ」
 ヒューウ、とライアンは軽薄な口笛を吹いた。
 しかしふと、彼が好戦的な表情になる。それは間違いなく、おとなしく檻に閉じ込められた猛獣とは思えないものだった。

「……でも、つまんねえシナリオだな。俺様にはふさわしくねえ」
「何を……」

 ──ドォン!!

 突然響いた爆発音に、ルシフェルが目を見開く。

 ──ドォン!!
 ──ドォン!!
 ──ドォン!!
 ──ドォン!!

 連続する爆発音。ライアンが、にやりと笑った。

「お前の言う通り、あいつがあそこで通信機使えるようにするなんざ、子供に近所のおつかい任せるより達成率低いっつーの」
 にやにやと笑いながら、ライアンはルシフェルに近寄っていく。そして、その顔に自分の顔を近づけた。
「でも、狼煙なら上げられる。あいつ焚き火得意だし」
 ライアンがそう言うと同時に、ルシフェルは近くにあった端末からホログラム・ディスプレイを呼び出した。
 上空から撮影された研究施設から、次々と爆炎が上がっている。
そしてその中から飛び出したのは、エンジェルチェイサーに跨った、スローンズ・モードのホワイトアンジェラだ。

「はははは!!」

 愛犬が自分の意を汲み取って忠実に動いたことに満足気に大きく笑ったライアンは、ルシフェルをすり抜けて走り出した。彼から離れることで多少の頭痛はするが、ルシフェルを出し抜いたことで高揚した気分がそれを和らげる。
 ルシフェルがどれほど巧妙な目隠しをしていようとも、これほど大々的な爆発なら、絶対に何かの目に留まる。飛んでいる飛行機、人工衛星、軍事レーダー、誰かが趣味で飛ばしたドローンカメラ。そして風に乗って流れた煙の臭い、煤。どこかに人間がいる限り、この巨大な狼煙は絶対に誰かに気付かれる。
 インターネットの情報がルシフェルに全て止められていても、テレビで大々的にメトロ事故が放送され、多くの人の目に映ったあとはルシフェルには何もできなくなったように。彼女を欲する胸糞悪い団体の名前のリストをライアンが一般公開したことで、むしろ彼らの立場が悪くなったように。
 小手先もクソもない、原始的かつ物理的、問答無用のやり方。かつて故郷を出てくる時、車を爆発炎上させた彼女なら絶対にやるとライアンは確信していた。
 そして彼の予想通り、彼女はやってのけた。航空機用の、揮発性が高い輸送機燃料を施設のいくつかの空き部屋──スプリンクラーのない部屋を選んで撒いてドアを閉め、紙類をかき集めて適当な導火線を作り、そして本来の用途がさっぱりわからない小難しい機器類をプリンシパリティ・モードによるパワーで叩き壊し、引っ張り出した電線で火花を作って火を着けたのだ。

 なにか危ないことをやる時は事前に言え、ホウレンソウが大事だと、ライアンは事あるごとに彼女に命じてきた。しかし既に、ふたりの間にはそれもいらないほどの繋がりがある。それがここで証明されたことに、ライアンは高揚した。きっと彼女もそうだろう、という確信をもって。

 宇宙船に乗り込んできた入り口に立ったライアンは、爆発を繰り返す施設をバックにこちらへ猛スピードで走ってくるエンジェルチェイサーを見て、満面の笑みを浮かべた。

「アンジェラ!!」
「ラーイア──ン!!」

 よく通る高い声が、風に乗って耳に届く。
 しかしその時急に傾いた足場に、ライアンはたたらを踏んだ。

「うおお!? ……ウッソだろ、こんないきなり飛ぼうってか!? つーかマジで飛ぶの!?」

 ゆっくり、しかしこの巨大な宇宙船が離陸するには性急すぎるスピード。出入り口を閉める時間も惜しみながら、船を宇宙に打ち出すためのカタパルトが急いでせり上がっているのだと、ライアンは把握した。

「ヴヴヴヴヴヴアアアアアアアアアアアアア!!」

 遠ざかる宇宙船を追いかけて、エンジェルチェイサーが最高速度でカタパルトを駆け上がる。
 同時に、だんだんと船の入り口も持ち上がり、閉まろうとしていた。

 ライアンは閉まろうとする入り口に急いで身体を滑り込ませ、大きな翼でつっかえ棒をするような体勢になると、浮き上がろうとする船から手を伸ばした。

「来い、──飛べえェエエエッ!!」

 そのとおりに、チェイサーが駆け、飛ぶ。しかし、届かない。──墜ちる。
 そしてそれをコンマ数秒にも満たないスローモーションの世界で判断したアンジェラは、スローンズ・モードを空中で解除し、自由になった腕を伸ばした。エンジェルチェイサーが落ちていく。

「──つかまえて!」

 空中、このままだとチェイサーに続いて落ちていくしかないアンジェラが真っ直ぐに自分を見て言うと同時に、ライアンは能力を発動させていた。
 空中に広がる重力場が球状の力場になるのは、いつぞや高速道路から飛んだ時に立証済みだ。そしてその小型のブラックホールとも呼ぶべき力場が、周囲のものを吸い寄せることも。

 地球の重力ではなく目の前にあるライアンの重力に吸い寄せられたアンジェラが、磁石の玩具のように浮き上がる。そして彼女が伸ばしたその手を、ライアンは力強く、しっかりと掴んだ。
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BY 餡子郎
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