#183
「……なんてシャウトだ」

 ネフィリムの絶叫でギターの音色をかき消されたブライアンが、痛みに顔を顰める。その痛みは超大音量による鼓膜の痛みであり、またいちどはどん底に落ちたロックスターの胸を重く刺すものでもあった。



《殺す、殺す、殺す! そうすれば──》
「ネフィリム! ……どわあああああっ!!」
 ワイルドタイガーが叫ぶが、巨大な黒い骸骨の手が彼を薙ぎ払う。超高層で吹き飛ばされた彼であるが、間一髪、オレンジ色のワイヤーで女神のこめかみあたりをキャッチしてぶら下がった。
《そうすれば、天使の黄金の槍が、私を貫く、殺してくれる、終わらせてくれる!》
 OBCのヘリに積んでいたスピーカーが使われているのか、黒い骸骨の巨人、ネフィリムの絶叫が街中に響く。

《殺す、殺せ、……殺せええええええええええっ!!》



「ど、ど、どうするのよこれ!?」
 一方、地上では。
 あまりの事態に目を回しそうになりながら、ブルーローズがひっくり返った声で叫ぶ。しかし行動に出ていないだけで、他の面々も似たような心理状態ではあった。
「……あ、あれは!?」
「え? な、なんだあれ?」
 今度は折紙サイクロンとロックバイソンが出した戸惑いの声に、全員が振り向く。彼らが示す先は、ネフィリムがいるジャスティスタワーとは逆方向の空。
 そしてそこにいたのは、すっかり暗い夜空に溶け込む塗装の無骨な機体。しかし強烈なハイビームライトを照射しながら飛んでくる、数機の巨大な軍用ヘリであった。

「ちょっと! 軍の派遣は了承してないんじゃないの!?」

 安全地帯を走り回っていた中継車の中のアニエスが、ヒステリックな声を上げた。
「あ、あまりの非常事態ってことで、向こうから一方的に……」
 おろおろとしたケインの報告に、アニエスが青筋を浮かべる。
「リモート操作の無人ヘリだから、派遣じゃなく装備貸出って扱い、ってことで……」
「こじつけじゃないのよ!」
「あ、今ちょうど……あああ」
「今度は何!?」
「今度はエリア連合と国際司法局からの要請というか、要求というか! ネフィリムは必ず殺さずに生け捕りにして引き渡すように、ヒーローに命じろと……」
「市長と司法局は何してるの!?」
 頼りにならないんだから! と中継車の壁を殴りながら喚く彼女だが、本当は理解していた。
 ヴィランズという捨て身の切り札によって、突っ込もうとした首の横っ面を叩かれた上、真犯人であるルーカス・マイヤーズ──ルシフェルを追っているはずのR&Aの行方が知れなくなった今。この事件にどうにか介入して何らかの利権を得ようと、色々な組織が必死になっているのだ。

「馬鹿言ってんじゃねえ、頼まれたって殺すか! いいか、ヒーローってもんはだな──、っだあああああああ!!」
「くっ!!」
 無人軍用ヘリから放たれた機関銃を、T&Bがそれぞれ僅差で避ける。
「くそおお! あっちが殺す気じゃねえか!」
「本当に……どっちが敵だかわかりませんね……!」
《殺すぅうううううううあああああッ!!》
 ネフィリムが咆哮し、機関銃を放ったヘリを1機掴む。ぎしりと機体が歪み、プロペラが千切れた。
《ああああああああああ!》
 その声と同時に、ネフィリムの巨大な腕が青白く光る。そしてその腕でヘリをいとも簡単に握り潰したネフィリムは、鉄塊と化したそれを後ろに投げ捨てた。

「な……」

 誰の声であったか。
 だが誰も彼もがそれ以降の言葉をなくし、呆然としていた。
 なぜなら巨人が思い切り投げた鉄屑は、いくつかのビルを巻き込み粉砕し、なんと海まで吹っ飛んでいったからである。

「な、なんてパワーなの!? アンドリュー・スコットの能力って、ここまでだったかしら!?」
「そんなバカな、そしてバカな! コピーした能力は、オリジナルと比べるとだいぶ劣るはず──」
 慄くファイヤーエンブレムとスカイハイがそう言う間に、またネフィリムが動いた。
《天使、ああ、どうして、あああああ》
 今度はその巨体が、しがみついた女神像からずるずるとずり下がっている。その間からはじゅわじゅわと何かが溶けて蒸発するような音が聞こえ、実際にもうもうと煙が立ちのぼっていた。
「げえっ、元の能力も健在かよ!」
「こ、こ、これは、どうやって止めれば」
 ロックバイソンと折紙サイクロンが、おろおろと右往左往する。
「ぼ、僕たちでなにか出来ることは……」
「無理よ、あんな怪獣みたいなの! まず大きさがムリ!」
 気弱な声で言った折紙サイクロンに、ファイヤーエンブレムがもどかしそうに叫ぶ。
「さっき足を凍らせてみたけど、気付かれもせずに壊されちゃったわ……」
 悔しそうに、ブルーローズが言った。

「皆さあああああん!!」
「え?」

 聞き慣れない声に、全員が振り返る。
 そこに猛スピードでやってきたのは、救急車のようなフォルムの大きな車。アスクレピオスのロゴに加え、ゴールデンライアンとホワイトアンジェラのマークが入った、彼らのポーターであった。
「アスクレピオスホールディングスヒーロー事業部! 設備チームのパワーズです! 皆さんの会社の許可が得られたので、お届けに上がりましたー!!」
 急停止したポーターからすぐさま降りてそう言ったのは、パワーズ副主任、バート・オルセン。

「許可? 何の許可よ」
「これです!」

 訝しげなブルーローズに対してバート副主任が取り出したのは、片手で抱えられる程度の、フィギュア、あるいはマスコットのようなもの。
 その形は3頭身くらいのホワイトアンジェラを模したもので、座らせることが出来るようになっており、犬耳としっぽが特に強調されたデザインである。
「何よこれ」
「元気いっぱつ! わんわんアンジェラです。あ、名前は仮のもので──」
「……は?」
「ボタンを押すとおしゃべりも」
 そう言いながら後ろ頭の部分にあるボタンを押すと、ホワイトアンジェラの声で《私は“待て”が出来る女! わんわん!》と録音メッセージが流れた。
「……だから何!? こんなところまで新しいグッズ持ってきて何がしたいわけ!?」
「ち、違います! えーとこれはまだ試作品なんですけど、試作品だからこそっていうか!」
 天下の美少女アイドルに怒鳴られ、おたつく副主任。見兼ねたのか、空中を旋回していたスカイハイがすとんと側に降り立った。

「落ち着きたまえ。何か役立つものを持ってきてくれたのかな?」
「そ、そうなんです! これはですね──」

 こくこくと頷いてから、バート副主任は本来のわかりやすいプレゼン能力を発揮する。そしてその説明に、ヒーローたちは目を見開いていった。






《殺す、ころす、殺す、殺す、あああああ》

 同じことを延々と、そしてギターの音もかき消す大音量で喚きながら、ネフィリムはゴールドステージの大通りを溶かしながらゆっくりと這っている。
「動きは遅いな」
「自重を支えきれない。巨体すぎて立てないんですね……」
 手足の萎えた者のように這いずり回るネフィリムを、T&Bは顔を顰めながら見る。その時、またバタバタと轟音が近づいてきた。
「何だよ、またヘリか!?」
「いえ、──今度は軍用じゃありません! あれは……」
 再度飛んできたのは、やはりヘリである。しかしそのヘリは、見覚えのあるものであった。アスクレピオスのマークとハルディ刑務所のロゴの描かれた機体、そして奥に積まれたコンテナ、底から降りてきたのは、白に近い色の髪を靡かせた青年。

「──自分の能力を使われるというのは、気分が良くないものだな」

 アンドリュー・スコット。
 ジャスティスデーのテロ事件を起こした主犯格であり、また金属や機械を己に吸い寄せ、更にその機構を組み直して使用できるという、逮捕前でもSSレベル指定される能力の持ち主。言わずもがな、いまネフィリムが用いている能力のオリジナルNEXT能力者である。

《こ、ここで更なるヴィランズ投入です! アンドリュー・スコット! かつてヴィルギル・ディングフェルダーと名乗り、ジャスティスデーにてテロを起こした他、マーク・シュナイダー殺害未遂の犯人でもあります!》

 既に中継設備を整え、近くのビルに避難しながらも根性で実況を続けるマリオの声が響く。

「借りを返しに来ましたよ、ヒーロー」

 アンドリューが、そのままヘリから飛び降りる。
 空中で能力を発動した彼の身体に、ネフィリムが作った瓦礫やヘリの残骸が吸い寄せられていく。
「貸出装備ということなら、使わせてもらうぞ!」
 更にまだ飛び交っている無人軍用ヘリも残さず寄せ集め、あっという間に、彼を操縦者とした巨大なロボットのようなものが出来上がる。アンドリューはそのままヘリの飛翔機能を操り、Uの字を描いて急速に飛び上がった。

「はぁああああああああッ!!」

 鋭い声とともに、数機のヘリと瓦礫で作った巨大ロボットを使い、アンドリューがネフィリムの胴体に激突する。その衝撃で部品となっていた瓦礫や車、アンドロイドが剥がれ、そして剥がれた先からアンドリューのほうへ吸い寄せられていく。
《あ、あ、あああああ》
 ネフィリムが身体を剥がされ引きちぎられる毎、アンドリューの巨大ロボットがそれを吸い寄せて大きくなる。ネフィリムの指がアンドリューの脚に、剥がれた肋骨が腕になる。
《アンドリュー・スコット、巨人ネフィリムの装甲を剥がしています! オリジナルの能力者は、コピーの能力に無効にできる! このまま無力化出来るか──!? しかし絵面が凄ぉおおおいっ、まさに怪獣大戦争、いえロボット大戦!?》
 マリオの実況が、轟音の隙間を縫うように響く。
「このまま、崩して──ッ!?」
 大きく組んだ腕をアンドリューが振り上げたその時、既にネフィリムがその倍の大きさの腕を振り上げていた。

「がっ……!!」

 思い切り殴られ、アンドリューがその身に集めた機械ごと盛大に吹き飛ぶ。

「スコット!!」
「問題ない……!」
 バーナビーの叫びに、部品のいくらかを失ったアンドリューが体勢を立て直す。ヘリの機構を使ってT&Bの近くまで飛んで来た彼は、彼らに向かって告げた。
「……今のは、俺の能力じゃない」
「え?」
「あなたがたの能力。ハンドレッドパワーだ……!」
 苦々しいその声に、T&Bは目を見開く。そして、まだルーカス・マイヤーズと名乗っていた人物が言ったことを思い出していた。

 ──そこにいる彼女には、もとからある能力に加えて、いくつかの能力が使えるように“カスタム”してる

《な、な、なんとぉ!? 巨人ネフィリム、あの巨体でハンドレッドパワーを搭載しているとのこと! そ、それは……いかにヒーローといえど……な、なんとか、できるのでしょうか……?》

 さすがに青褪めた様子で、マリオが言う。
 ハンドレッドパワーは、元々持っている物理的な力を100倍以上にする能力である。オリジナルより倍増率が低かったとしても、元になる力があの巨体によるものなら、厄介でないとはとても言えない──というのは、彼でなくても全員が理解できた。

「……確かですか」
「自分の能力による攻撃かどうかは感覚でわかる。それに、俺は以前あなたたちの能力で叩き壊されましたからね」
 説得力のあるアンドリューの答えに、バーナビーが顔を顰める。
「でももう1分……いや5分過ぎたぞ!?」
 ワイルドタイガーが、スーツ内のタイマーを確認して言う。
「コピーした能力は、オリジナルが経験で培った安定性やコントロール性を欠いた、基礎の基礎しかありません。僕たちの1時間に1分や5分といった制限は、肉体を守るために徐々に決まっていったタイマーです。彼女にはそれがない……」
「……要するに、発現したばっかの俺達と同じ?」
「そうです。ランダム発動、あるいは常時。……暴走状態、とも言えますね」
 バーナビーの焦りの混じった重々しい答えに、ワイルドタイガーが歯を食いしばる。

《ころす、……殺す、だから、殺せええええエエエッ!!》

 散らばった瓦礫を再度引きつけ、もとに戻ったネフィリムが上体を起こそうとする。支えとして掴んだビルが、じゅわじゅわと溶けて煙を上げた。

《ヒーロー! 聞こえる!?》

 端末から、アニエスの声。
《このまま市内でやり合うと、被害がシャレにならないわ! まずはネフィリムを市外に誘導して!》
「わかった! ……って、どうやってだよ!?」
 勢いで返事はしたものの、あの超巨体をどうやって運べというのだ、とワイルドタイガーが怒鳴る。
「スコット! ネフィリムを吊り下げて運ぶのは可能ですか!?」
「あの巨体では厳しいな。先程のように部品を引き剥がして軽量化するにしても、ハンドレッドパワーで反撃されたら俺に勝ち目はない。しかも新しい瓦礫で更に大きくなる」
 バーナビーの提案を、アンドリューは理路整然と却下した。
「んじゃ、ハンドレッドパワーで……」
「1分や5分で、あれを市外まで運べます?」
「無理だな! あああくそ、どうすりゃいいんだよ!!」
 両手で頭を抱えてワイルドタイガーが喚く。
 そしてその間にも、ネフィリムは大声で喚きながら大通りを徘徊しようとしていた。



「──そこは拙者たちに! 任せて欲しいでござる!!」



 声が響いた。
 その特徴的な口調は、もちろん折紙サイクロンのもの。HERO TVのカメラが、急いで彼に向く。
「お、おい折紙! 危ねえぞ!?」
 ワイルドタイガーが、慌てて言う。なぜなら折紙サイクロンが立っていたのは、巨大なネフィリムのすぐ足元だったからだ。
 大通りをずるずると這い回る巨人の前に、しかし彼は堂々と、しかも見得を切るポーズで立っている。

「あいやしばらく御覧じよ! ヒーロー折紙サイクロン、一世一代の大忍術!」

 カカン! とどこからともなく響いた音とともにそう言って彼が取り出したのは、ホワイトアンジェラのマスコット人形。
 強調されたふわふわのしっぽを彼が引っ張ると、人形が青白く輝き始めた。

《──Virtues mode! 》

 無機質な合成音声。
 更に《元気いっぱつ! おまかせあれ!》と、ホワイトアンジェラの高い声が続く。それと同時に、マスコット人形を持つ折紙サイクロンの身体もまた、青白い強い光に包まれていった。

「う、おおおおおおっ、──大・変・化!」

 彼が擬態する際に輝く、お馴染みの“忍”の文字。ドォン!! と何かが爆発するような音とともに今までにないほど巨大な文字が一瞬光って消えた後現れたものに、誰もが驚きのあまり呆然とした。

 そこに立っていたのは、変わらず折紙サイクロン。
 ただしその大きさは、──ネフィリムに匹敵するほどの巨大さであった。

《な、な、な……》

 目も口もあんぐりと空けたマリオが、言葉を失う。

《信っ、じられませええええん!! 折紙サイクロン、巨大化! 巨大化しました! ネフィリムに匹敵する大きさです、どうなっているんだああああああ!? 巨大すぎます、巨大すぎてカメラに収まりきれ──あっ、見切れております!!》

 興奮しきった実況が響く中、派手に巨大化した忍者は足元の車やビルを壊さないよう、そろそろとおっかなびっくりした動作でネフィリムに近づいていく。

「これだけの体躯ならば、かなり運んでいけるはず! タイガー殿、バーナビー殿! どうかハンドレッドパワーは温存のほど!!」
「は、はい……」
「ど、どうなってんだあ……!?」
《アンジェラの、ヴァーチュースモードだ!!》
 呆然と返事をするバーナビーと、目を白黒させるワイルドタイガー。そこに入ってきた通信は、ふたりのメカニックである斉藤であった。
「斎藤さん?」
「ヴァーチュースモードって、あの、パワーアップさせる……」
《そうだ! パワーアップの方向性は色々らしいが、折紙サイクロンの場合は擬態じゃなく変化、になったようだな》
 いやこんな時だがロマンをくすぐるスタイルだ、と、巨大怪獣やロボットもの作品を好む斉藤はやや興奮気味に言った。

《元々は、アンジェラが直接出向かなくてもあの力の恩恵が得られるように出来ないか、という試みから来る、ファン向けの特別抽選プレゼントの試作品らしいんだが》

 ほんの少しでもホワイトアンジェラの力を備えることができれば、ちょっとしたスキンケアやヘアケア、あるいは彼女がいない時の応急処置アイテムとして画期的な代物になる。
 だがそれを実現するためには、パワーズ主任、ランドン・ウェブスターが発明したNEXT能力透過素材を、研究禁止にされている“能力の保持と発動”の方向で開発すること──つまりあの骸骨アンドロイドのコアと同じものの開発が必須となる。
 さらにもし出来上がれば、ホワイトアンジェラ本人を狙う輩への牽制となると同時に希少性も高く需要が爆発的になることも見込まれていたため、慎重に、そしてゆっくりと開発を進めていたものだった。

《ルーカス・マイヤーズ……ルシフェルに研究を盗まれた上に先に完成されて、ランドンの奴、かなり頭にきてたからな。アンジェラが狙撃されてからこっち、ほとんど寝ずにこれを完成させたようだ》

 ルシフェルが作り上げたコアでは、能力をコピーしても基礎的なものだけになり、またホワイトアンジェラのような脳以外の肉体的要素が深く関わる能力はコピー自体できない。しかしいたくプライドを傷つけられたランドンは、この現象の発見者──オリジナルであるという研究者魂をかけて、彼女の能力に限り、ほとんど本人に近いレベルでの複製を可能にしたのだ。
 完成の際、彼は「ざまあみろ、クソ食らいやがれルーカス・マイヤーズ!」と研究棟じゅうに聞こえるような大声を上げ、マッドサイエンティストそのものの高笑いを響かせていたという。

《アスクレピオスでしかできない、目玉が飛び出るような予算をかけたプロトタイプだ! どうも“本人と比べて遜色ないもの”を目指して作ったもんで──、つまり、凄すぎてそうそう他所に出せないレベルのものが出来上がっちまったようだ。まあ研究者としてわからんではないがね》
 私だって予算さえあれば同じことをする、と、斉藤はキヒヒと笑い声を上げながら言った。
「なるほど、わかりました。……つまりあのヴァーチュースモードが可能となるほどのエネルギーがあのマスコットに込められていて、本来なら他に使い道がなくお蔵入りの所、今回はむしろおあつらえ向きだと」
 バーナビーがまとめると、《そういうことだ》と斉藤は肯定した。

 ──つまりは。
 ホワイトアンジェラマスコットによるヴァーチュースモードでパワーアップしたヒーローたちで、ネフィリムを市外、大荒野に続く平地まで移動。
 建築物や人に被害を及ぼさないそこでもって、ネフィリムがコピーしている能力のオリジナルであるアンドリュー・スコット、そしてワイルドタイガーとバーナビーが片を付ける、という作戦だ。

「いい作戦……というか、それしかありませんね」

 深刻な声色で、バーナビーが言う。ワイルドタイガーからも反論はなかった。
「ああ、俺らはそれまでハンドレッドパワーは温存しとかねえと」
「あなたからそんな言葉が出るとは、驚きです」
「だっ!」
 しみじみと言われ、ワイルドタイガーがいつもの声を上げる。

《タイガー! バーナビー! 作戦は聞いた!?》

 入ってきたのは、ブルーローズからの通信だった。
「おう! 頼んだぜ!」
《ええ、任せて》
 ホログラム・ディスプレイに表示されたブルーローズは、強い意志の籠もった目をして頷いた。
《でも、……あんたたちは身を持って知ってると思うけど、あれは爆発的なパワーを発揮できる分、その後まるで動けなったり、能力がおかしくなって使い物にならなくなるわ。あんたたちが制圧に失敗したら、そこで終わりよ。絶対にトチらないで! わかったわね!》
「もちろんです」
 硬い声で、今度はバーナビーが頷いた。

《……殺すとか、殺されるとか、だめよ。絶対にだめ。ヒーローだからとかじゃなくて、……傷つけたくもないのよ、本当は。でも、どうしていいかわからない……》

 俯き、悲痛な声で言って、ブルーローズは通信を切った。

「移動は俺が」
「……ええ」
「頼む」

 チェイサーを取りに行って半壊した街を進むよりも、このまま上空で状況を確認しつつ飛んでいくほうが良いのは明らかだ。
 アンドリューの申し出を受け、ふたりは彼が作った寄せ集めのメカのヘリ座席部分に乗り込むと、そのまま上昇した。






《あ、あ、あ、ああううううああああああ》

 巨大化した折紙サイクロンに足を掴まれ、イーストエリアの大通りを引きずられながら、ネフィリムが言葉にならない声を上げる。
「ネフィリム! 街を溶かすのはやめるでござる!」
 自分を引きずる折紙サイクロンには抵抗しないが、能力を発動させっぱなしで触れるものをじゅわじゅわと溶かすネフィリムに、折紙サイクロンが鋭く言う。
 するとネフィリムがびくっと震え、腕全体で頭を抱え、手のひらや顔を見せまいとするかのような、──殴られることから逃れるような、丸く縮まる姿勢になった。
《うああ、ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……》
「い、いやあの……、うう、これなんか罪悪感が……」
 手を掴むと溶かされるから、という理由で足を掴んでいるのだが、こうなると気まずくなってくる。しかし、やめるわけにもいかない。なるべく街を壊さないよう、折紙サイクロンは愚図る巨人を引きずりながら少しずつ進んでいく。

「うう、そろそろ能力が、切れる……! か、川まで、なんとかっ……!」

 擬態、いや変化による折紙サイクロンの巨体が、ところどころブレはじめている。限界が近付いていることを感じた彼は、ネフィリムを掴む手に力を込めた。
「はあああああああっ!!」
《巨大忍者折紙サイクロン、ネフィリムを投げましたあああああ!!》
 マリオの実況どおり、最後の力を振り絞って、折紙サイクロンはシュテルン湾から流れ込む巨大河川、バンゲリングリバーに向かってネフィリムを投げ飛ばした。直後折紙サイクロンが力尽き、青白い光と共に元の大きさに戻ると、そのままその場で崩れ落ちた。
 このままだと、ネフィリムは川に投げ込まれる──はずであるが、川べりで待ち構えていたのは、ホワイトアンジェラのマスコットを持ったブルーローズであった。

「次は任せて! いくわよ!!」
《──Virtues mode! 》
「私の氷は、ちょっぴりコールド!」

 しっぽを引っ張られたマスコットと共に、ブルーローズの身体が光る。

《最高です! 女王様系、最高!》
「──あなたの悪事を、完全、ホールド──!!」

 ホワイトアンジェラのおしゃべり機能音声とともに、ブルーローズが能力を全開で発動させる。
 そして彼女から放たれたその凄まじいパワーは、シュテルンビルトのメダイユ地区の幅と概ね同じだけの広さを持つ大河川・イーストリバーを、なんと向こう岸まで氷結させた。
「う……」
 しかし、大技を使ったブルーローズはそのまま膝をつき、汗を流しながら大きな呼吸を繰り返していた。

《あ、あ、あ》
《ネフィリム、ブルーローズの作った巨大な氷の橋に突入! さすが折紙サイクロン、手裏剣マイスターの完璧な投機技術が炸裂しました!! そのまま滑っていく巨人、いや滑っているだけではありません、これは──ジャンプ台だぁっ!! 巨大な氷のジャンプ台で、ネフィリムを空中に浮かせる作戦かー!!》
 マリオが言う通り、ブルーローズが作ったのはただの橋ではない。緩やかに湾曲し上り坂になったその形は、スキーのジャンプ台に似た形状のものだった。
《しかしスピードが落ちています、折紙サイクロンが投げた勢いが続かないっ! このままだと逆に街に転がり落ちてきてしまうぞ!?》
「そこで私だとも! 任せてくれたまえ!」

 既に空中に待機していたのは、もちろんスカイハイだ。
 やはりホワイトアンジェラマスコットを持った彼は、その尻尾を引っ張る。

《──Virtues mode! 》
「今日の私は最大風速計測不能! 災害級の暴風を覚悟したまえ!!」

 青白い光に包まれた風の魔術師が、両手を高く上げる。
 そして、──シュテルンビルト上空の大気が全て彼に集まるかのような気圧の変化が、否が応にも全員に感じられた。耳の奥が詰まるような感覚と僅かな頭痛を、この街にいる全員が感じ取る。

《速ければ速いほど良いのです! わんわん!》
「その通りだとも! ──スカァアアアイッ、ハァアアアアアイッ!!」

 凄まじい大きさの空気の圧が、黒い巨大骸骨に向かっていく。そして容赦なくネフィリムに襲いかかった風の塊が、その巨体を見事に空に打ち上げた。
「うぐっ……」
 ヴァーチュース・モードの反動によるとてつもない疲労感に、スカイハイがふらふらと近くのビルの屋上に降りる。倒れ込んで肩を上下させる彼を、ドローンのカメラが精一杯の望遠で捉えた。

《し、信じられない有様です! あのビルより大きな巨体が、雲の彼方まで打ち上げられましたァア──ッ!! ああっ、ですがこのままですと向こう岸の市街地に大墜落! ここで現れたのは──》

 マリオの実況と共に、数を撃てばとやけくそでOBCが放った数あるドローンカメラのひとつが、高くそびえるシュテルンブリッジの橋脚の頂上に立ち、目を閉じ、棍を構えて精神を集中させている少女の姿を捉えた。

《稲妻カンフーマスター・ドラゴンキッドだぁーッ!!》
《──Virtues mode! 》

 高らかにその名が叫ばれると同時に、風を切るようにして棍を回すと同時に、彼女はホワイトアンジェラマスコットの尻尾を引いた。青白く光るドラゴンキッドの目が、カッと見開かれる。

「はあああああっ……」
《今だと思ったら、──かみつく!》
「──いっけええええっ!! サァーッ!!」

 ドォン!! と、巨大な雷が落ちた時そのものの音が鳴り響く。
 そして驚くべきことに、暗くなった空に漂う雲の合間から、雷でできた巨大な龍が大きく口を開けて姿を現した。
《あああああああああああああ!!》
 まさに光の速さで飛んできた龍が、真横からネフィリムの巨体に喰らいつく。ネフィリムは絶叫し、そのまま向こう岸、市外の平野に、雷とともに落ちていった。

「う……」

 ふらついた小柄な身体が、橋脚の頂上で膝をつく。
 ドラゴンキッドは、自分の電撃によって剥がれたネフィリムの無数の装甲がぼちゃぼちゃと川に落ちていくのを、今にも閉じそうになる目で見ていた。
 いくら強化されていようとも、基本的に機械は電気に弱い。ヴァーチュースモードに後押しされた全力を持ってすれば、あの巨大なネフィリムにもやはりそれは当てはまったのだ。

「……ごめんね」

 視界が霞がかったのは、疲労のせいか。それとも、涙の膜のせいだろうか。

「ごめん、……ごめんね。……傷つけたいわけじゃ、ないのに……!!」

 でも、他にどうすればいいのかわからない。他にできることがない。
 己が生み出した龍に食い殺されているネフィリムの絶叫を聞きながら、少女は歯を食いしばった。
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BY 餡子郎
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