#181
「どこに行くんですかライアンさぁあん!!」
「俺だって知らねえよなんだこれくそぉおおお!!」

 持ち場を離れてどこかに行こうとするライアンを、チョップマン、アークたち、また警官ら総出でしがみ付くようにして止めている様を、医療スタッフや市民たちが遠巻きにして呆然と見ている。
《ちょっとゴールデンライアン! 何事なの!?》
 鋭い声の通信は、もちろんアニエスである。ライアンはすぐに反応した。
「NEXTの攻撃を受けた! 多分催眠系つーか言う事聞かせるタイプのやつ!」
《何ですって? どこの誰の能力よ!》
「真犯人!!」
《はあ!?》
「なんかそいつと一緒に来いって命令されて行きたくねーけど逆らえねー! ……おい離れろ、これ以上妨害されると攻撃しちまう!!」
 切羽詰まった様子のライアンが怒鳴り、全員困惑しながらも用心深く彼から離れる。チョップマンやアークらはNEXT能力者で普通よりはずっと頑丈ではあるが、ライアンの能力を加減無しで食らえば確実に命の保証はない。

[そう、いい判断だ]

 くすくすと笑う声が、ライアンの頭の中に響く。
[私と共に来ること。その命令を遂行するために、君はあらゆる妨害を排除しようとする]
「俺がどっか行くのを止めようとすると自動で攻撃しちまう! 絶対に邪魔すんな!」
 ライアンはそう怒鳴りながら、しかしなるべく遅い歩みで、近くに停めていた自分用のチェイサーに近づいていく。
「ぐ、……あったま痛ェッ……!」
[命令違反ではないが時間稼ぎ、と考えたかい? まあまあ有効な案だが負担が大きいよ。どんどん頭痛がひどくなって、意識を失ったら残るのは私が与えた命令だけだ]
 クソッタレが、とライアンは大きな舌打ちをして、耐えられないほどではない頭痛に抑えられる速度の歩みを調節する。

《ライアン? 話は聞きました。どう対処するつもりです?》

 今度はバーナビーからの通信である。ライアンが片眉を上げた。
「おう、ジュニア君。……他に選択肢がねえわけじゃねえが、あえて挑発に乗る。呼びつけられんのはムカつくが、行ってくるぜ」
「ええ!?」
 あわあわしていたチョップマンが、驚きの声を上げる。
《……まあ、真犯人がどこの誰か、動機も未だ不鮮明ですからね。こちらとしてもおあつらえ向きではありますが》
「そーゆーこと」
「では、私も行きます!!」
 よく通る声で言ったのは、もちろんホワイトアンジェラであった。
 ライアン含め、全員の視線が彼女に集まる。犬耳付きのヒーロースーツを纏った彼女は、腰に手を当てて仁王立ちをし、ふんすと鼻息を噴き出した。

「止められなくても、ついていくのなら問題ないはずです! ほら!」

 そう言って腕にしがみついてきたホワイトアンジェラにライアンはぎょっとしたが、しかし先程チョップマンやアークたちにしがみつかれた時と違い、彼女を攻撃するべきという衝動は湧き上がってこなかった。

 ──アークか警察か二部リーグ、護衛と連絡役に

 即座にバーナビーから送られてきた文字チャットに反応したライアンは、素早く周囲にハンドサインを送ろうとする。しかし、それはすぐに遮られた。


[──ついてくるな!!]


 その声に、今度はその場にいた全員がそれぞれ自分の頭を押さえる。それだけでなくその場に膝をついたり、立てなくなっている者もいた。
「な、なんだこの声……!」
「ダメだ! ゴールデンライアンについていこうとすると体が動かなくなる!」
「ラ、ライアンさん! すみません……!」
 悔しげな面々に、ライアンは顔を顰める。

[ふふ、君以外は誰も要らないよ。選んだのは君だけだ。君こそが──]
「アー!! うるさい! 頭が痛い! 電子レンジを100台つけたような感じです! 不快です、とても不快です! とても!」

 そう吠えたホワイトアンジェラに、再度全員の視線が集まる。
 彼女は歯を食いしばり頭を振っているが、ライアンの腕を離してもいなければ、膝を折ってもいなかった。

「──お前、効いてねえのか!?」

 今度こそ本気で驚いて、ライアンは自分の腕にしっかりとしがみつく彼女を見た。
「きいていない!? 聞きましたとも! 嫌な音です!!」
「いやそうじゃなくて」
「蚊のおばけNEXTめ! 変な音で脅かしても無駄ですよ!!」
 ライアンの腕につかまった彼女は、まだ手に持っていた消臭剤を再度シュッシュッシュッ! とあちこちに噴射した。
「私は、ライアンから離れません! ライアンが行くのなら私も行きます、絶対にです、約束したのです! どこにでも、どんなに遠くでも、危ないところも、一緒に!」
 その言葉に、ライアンははっとした。

「ふたりで行けば、きっと大丈夫!」

 ライアンの腕をしっかりと抱きしめ、彼女は全く何も疑っていない様子で言った。

《……そうですね。僕らも、ネフィリムやアンドロイドから手が離せません。理由はわかりませんがアンジェラにだけ犯人の能力が効かないのであれば、一緒に行ったほうが良いでしょう》
「バーナビーさんのおっしゃる通りです!」
 うんうん、とホワイトアンジェラは大きく頷く。
《まあ、怪我人が出た時のバックアップが心許ないのは気にかかりますが……》
《いやいや、“死んでなきゃどんな怪我でも”なんてのが、そもそも普通じゃねえしな》
 たまにはアンジェラなしで普通の感覚を取り戻すのもいいんじゃねえの、と言ったのは今まで黙っていたワイルドタイガーである。そのごもっともな言葉に反論する者は誰もおらず、「まあそういえばそうだ」と苦笑さえ浮かべている者がほとんどだ。
《アンドロイドもあとは数片付けるだけだし、医療スタッフだけでもどうにかなるだろ。アンジェラがヒーローになるまではそうしてたんだから》
 今やシュテルンビルトの顔のひとつでもあるベテランヒーローの信頼の言葉に、信頼を寄せられた医療スタッフたちが「そうですよ、たまには私達だけでなんとかしてみせます!」と意気込む。
「おお、心強いです! 死んでさえいなければ後で治せますので、重症の方はどうにか死なせずに保たせておいて下さい! 腕や足がちぎれていたら、それも保存しておいて下さいね!」
「了解ですアンジェラ!」
 医療スタッフとサポート特化ヒーローのそんなやりとりに、ホワイトアンジェラがいないという状態に不安を感じていたらしい市民らの顔が若干引きつる。
《やはり価値観がズレてきてますね……》と、バーナビーが頭痛をこらえるような様子でため息をついた。
「……そうだな。こいつがついてれば、少なくとも死ぬことはねえわけだしな」
「死なせませんとも!」
 ふっと息をつき、肩を竦めてにやりと笑いをこぼしたライアンに、ホワイトアンジェラも更にやる気をみなぎらせる。

《では、僕とタイガーさんは引き続きネフィリムに対応します。他のヒーローとヴィランズたちがアンドロイドの大群を片付けるとして……》
「俺とアンジェラが真犯人を追うってことだな」
《ならカメラも連れて行ってちょうだい》
 バーナビーとライアンの会話にすかさず口を挟んだのは、もちろんアニエスだ。彼女はてきぱきと指示を下し、ライアンたちのいる救護エリアに派遣していたOBCスタッフに命じてR&Aのスーツに小型カメラを装着させ、超遠隔のドローンカメラも手配した。
 機械相手に催眠術もなにもないでしょ、と言ってのける強かさに、全員が感心する。
《真犯人の顔、バッチリ撮ってくるのよ!》
「は〜い、プロデューサー様」
「わかりました! がんばります!」
 いつもどおり厳しく勇ましいHERO TVの女王様の司令に、R&Aもまたそれぞれいつもどおり従順な返事をした。

「あー行きたくねえ〜、あああくっそ、ブライアン・ヴァイのライヴ……あーあー」
 調子を取り戻してぶつくさ言い始めたライアンを、周囲の者たちがどこかホッとした様子で見守る。いつも余裕綽々の彼が切羽詰った様子であることは、周りの者にも通常以上の緊迫感を生んでいたのだ。
《あ〜、出所したらすぐカムバックライブやるって言ってたし、俺からもチケット取れねえか頼んでやるよ》
「マジかよおっさん!!」
 今度こそ喜色を浮かべて歓声を上げたライアンに、言い出したワイルドタイガーも苦笑する。「良かったですねライアン!」とホワイトアンジェラもにこにこしていた。

 そして、やはりこっちのほうが速い、とR&Aはいつもどおりエンジェルチェイサーにタンデムする。
「じゃ、チャッと行ってチャッと帰ってくるわ」
「行ってきます! 怪我人があまり出ないように気をつけて下さい!」
 そう言って軽く手を振って走り去ったカップル・ヒーローを、全員調子が崩されるような、しかし少なくとも悲壮感のかけらもなく見送ったのだった。



「どちらに向かいますか?」
 エンジェルチェイサーでとりあえずシュテルン環状線に出てから、ホワイトアンジェラが尋ねる。
「えーと、なんとなくの方向は俺にもわかるんだけど、どこのルートが早ぇんだ? ……おいルシフェル? ルシフェル、おーい聞いてるゥ?」
[……なんだい]
 不貞腐れたような声が、ライアンの脳裏に響いた。

「なんだいじゃねーよ。呼びつけるんだったらナビぐらいしろっつーの」
[君は、……まあいい。空港に来たまえ]
「空港? 空港って、いま俺パスポート持ってねーんだけど。お前持ってる?」
「パスポート? 持っていません」
 シュテルン空港がある郊外へ続くブロックスブリッジ方面にハンドルを切ったホワイトアンジェラが、きょとん、と返事をする。
「あっそっか、お前飛行機乗ったことねえんだよな。もしかして、作ったこともねえ?」
「はい。パスポートとは、飛行機に乗る時に必要なものですか?」
「行先によってはな。えー俺どこ入れたっけ……。引っ越しの荷物の……」
「シュテルンに来た時のものはトランクに入れっぱなし、と以前おっしゃっていましたよ」
「あー、そーだったそーだった。よく覚えてんな、サンキュ」
「ふふん、ライアンがおっしゃったことは忘れません。お安い御用です!」
 まるで今から旅行に行くかのような軽い調子で話しながら、ふたりはシュテルンビルト郊外に向かっていく。
「引っ越しの荷物も早く片付けたいですね。帰ったら一緒に片付けましょうね」
「そーだなー。なあ、いっかい家戻ってパスポート取ってきたほうが……」
[必要ない]
 硬い声が響き、ライアンが片眉を上げる。

「何拗ねてんだよ。お前がいきなり呼びつけるから悪ィんじゃねーか」
「拗ねる? ドクターは拗ねているのですか? ……ふうん」
 相手は蚊のお化けNEXTではなく、現在はルシフェルと名乗るルーカス・マイヤーズであると教えられた彼女は、かつての呼び方を用いることにしたようだった。
 そして彼女にしては意味ありげな感嘆詞にライアンが言及しようとしたが、それより先に脳裏に声が響く。
[拗ねる? 意味がわからないな]
 今度は強がっている風でもなく、単に不可解そうな声だった。

[そういった用意は不要だよ。いいからそのまま来たまえ]
「つーことは、行き先はエリア内ってこと?」
 すかさず突っ込んできたライアンに、ルシフェルは一瞬間を空けてからくすりと笑った。
[ああ、そういう魂胆かね]
「魂胆ってほどでもねーけど」
[行き先を知りたい?]
「まあフツーに」
[それは来てのお楽しみだ]
「あっそう」
 案の定の答えに、ライアンは特に期待していなかったという風に半眼になった。

 だがこの騒ぎの最中いきなりヒーローがやってきて、何の手続きもせず飛行機に乗せろと言ってパニックになってもいけない。そう考慮したライアンは今のうちに空港に話を通してもらおうと、ヒーロースーツの機能でアニエスに通信する。
「あれ? 通じねー……」
[外部との通信は遮断させてもらったよ。面倒だからね]
「……おい、プロデューサーに連絡取れるか?」
「アニエスさんですね! ……あれっ!? 通じません! あれ!?」
 彼女の通信網もダウンしているらしい。ライアンはスーツの下で目を細めた。

 ホワイトアンジェラのスーツにジャミング装置が仕掛けられて狙撃を許し、更に半年以上前に行われた彼女のマンションの申告改竄にも気付かず、更に多くのハッキングが数多く行われていたことが発覚したため、パワーズたちは急いでセキュリティシステムの総取替を行った。
 必然的に突貫工事であるが、プライドを傷つけられた世界トップレベルのギーク集団は、総力をかけて出来る限りの仕事をしたはずである。しかしルーカス──ルシフェルは、出来上がって2週間も経っていないその強固なセキュリティを簡単に突破し、通信を完全に切るということをやってのけたのだ。

[コンピューターなんて、私にとってはどれも幼児向けのパズルとそう変わらない。仕組みは全て同じさ]
 本当にごく簡単に、得意げですらなく、なんでもない様子でルシフェルは言った。
[そのドローンカメラもだ]
 エンジェルチェイサーについて飛んできている、OBCのドローンカメラをライアンがちらりと見上げると、更に声が響く。
[とっくに私の制御下だ。おかげで君たちの姿もよく見える]
 NEXT能力による催眠が及ばないという理由もあってアニエスがつけたカメラだがしかし、実はむしろコンピューター制御の電子機器類はすべてルシフェルのツールにしかならないということか、とライアンは冷静に理解した。

[もちろん、GPSも切らせてもらった。わかったかい? 小細工は不要だ。君はただ、私と共に来ればいい。ペットの同伴くらいは許容してあげよう]
「まあそう言うなよ」
 圧倒的に不利な状況。──しかし軽快に、そして端的に、あえて相手の言葉を無視して、ライアンは切り返した。
「ただ黙ってツーリングってのもつまんねえだろ。ちょっと俺様とトークしようぜ」
[……なんだって?]
「こっちとしても聞きたいことが色々あるしな。これだけの騒ぎ起こした挙げ句に俺様を行き先も言わずに呼びつけてんだから、質問に答えるぐらいしてもいいだろ。わかんねえままなのは気持ち悪ィし」
[答え合わせが必要だと? なるほど、私に教えて欲しいと──]
「ああ? なんかさっきからなんか勘違いしてねえか、てめえ」
 地面をブーツの底で踏みにじるような高圧的な声で、ライアンは吐き捨てた。

[何を……]
 態度を変えて話し始めたライアンに、ルシフェルが怪訝な声を出す。しかしライアンはそのまま続けた。
「教えて欲しかろうだぁ? コソコソ頭の中ハッキングしてまで、俺とサシで話してえんだろ? ったく、対等に話してえならそれなりの手順踏むのが礼儀だっつーの。家に突撃してくるほうがまだマシだわ。やり方が間違ってんだよこのコミュ障」
[何を言っているんだね?]
「いまさら気取ってんじゃねえぞ。さっき俺とサシで話してる時、嬉しそーだったくせに。コイツや他の奴が口挟んだら、あからさまに機嫌損ねただろ。わかってんだよ」
 ルシフェルは、無言である。

「てめえが俺様と喋りたくて、聞いてほしくてしょうがなくて、頭ん中に勝手につけたホットラインで話しかけてくるなんつーストーカーも真っ青のアプローチにドン引きしつつも、無下にもせずにわざわざ聞いてやろうとしてんだっつーの。なぜなら俺様は! 超イケてる上に神対応ヒーローの! ゴールデンライアンだから! わかったかァ!?」

 噛んで含めるように、いやどちらかといえば無理やり口の中に突っ込んで飲み込ませるような語勢で、ライアンは言った。
「そうですとも、ライアンはとても優しい方ですので!」
 ホワイトアンジェラが、いつもの調子で尻馬に乗る。心の底からといった様子のその声は不思議とよく通り、風に紛れることなくはっきりと聞こえた。
「私には不快な虫の羽音にしか聞こえませんが、ライアンはちゃんと聞いてくださっているのです! ライアンは優しくて心が広いので、他の人の話をとても良くお聞きになります! すばらしいことです! 感謝するべきです!」
「そうそう、俺様の器のデカさハンパねーから。俺のDOGGYはよくわかってんなぁ」
「うふ」
 いかにも“ご主人様”の様相での褒め方。しかも彼から腰を抱かれて上に伸し掛かられるような姿勢でチェイサーを運転している彼女は、得意げに、そして嬉しそうに口角を上げてみせた。
「素直になれよ、俺様と話したいくせに。まあそれでも意地張ってダンマリ決め込むってんなら、それはそれで構わねえよ。あんたをハブってこいつと楽しくお喋りするさ」
 あからさまに挑発するライアンに、にこにことひとり機嫌のいいホワイトアンジェラが「私は大歓迎です!」と明るい声を上げた。

[……相変わらず傲岸だな、君は]
「はっ、それが俺様だ」
 ライアンは、王様然とした態度を崩さなかった。
「幻滅したならとっとと帰らせろ。星とやらにはひとりで行きな」
[いや、……いいや。私は君を選んだ。それは変わらない、覆さないとも]
 ルシフェルは、頑とした様子で言う。そして、再度口を開いた。

[いいだろう。……何を聞いてくれるのかな、王子様?]










「どわぁっ!」
「タイガーさん!」

 吹き飛ばされて壁に叩きつけられたワイルドタイガーに、バーナビーがすぐに声を掛ける。
「大丈夫ですか!?」
「おうっ、大丈夫だ!」
 その返事に違わず、すぐに立ち上がって肩を回し調子を整える相棒に、バーナビーはほっと息をつく。
 最上階直前、つまり普段は巨大展望室として賑わう広い空間。その中央には現在、ふたつの大きな機械が設置されていた。廃工場の地下にあった、ジェイクとクリームの脳が保管されたあの機械である。
 ふたりがこのフロアに入るなりそこから飛んできたのが、ジェイクの能力による衝撃波だ。フロアにはクリームの能力によるマッドベアのぬいぐるみが無数にうろついているがそれには攻撃しないあたり、未認識のものがある一定の距離まで近付くとジェイクのバリアが発動し、侵入者を排除しようとする仕組みのようである。

「前に食らった本人のバリアに比べりゃ、大したことねえよ。吹っ飛ばされはするけど、それだけだな。生身ならともかく、スーツ着てりゃなんてことねえ」
「確かに、スピードもかなり遅かったですね。エネルギー節約に意図的にパワーダウンしているのか、それとも元々この出力なのか……」
「わかんねえけど、前のジェイクレベルに発動されたら面倒だ。弱いうちに止めとこうぜ」
「ええ、それがいいでしょう。ただ、あのぬいぐるみ……クリームの能力がどう使われているのかまだよくわかりません。油断はしないように」
「おう!」

 頷きあったバディ・ヒーローは、合図もせずにすぐさま駆け出した。

「うぉっ、だっ、わっ、とぉっ!!」
「タイガーさん、その調子で! 僕は装置を!」
 まず真正面から突っ込んでいったワイルドタイガーに装置が反応し、どんどんバリアを飛ばしている。不格好だがそれをワイルドタイガーが次々避けたり吹き飛ばされたりしている間に、バーナビーは装置の裏側に回りこむ。操作盤がそこにあることは、工場を調べた時に報告を受けていた。
(やはり、かなりパワーダウンしてるな)
 操作盤の前にしゃがみ込み、バーナビーは確信する。

 死んだ人間の脳を使って生前の能力を再現している、ということだけでも脅威ではあるが、ジェイクの能力はこんな“ぬるい”ものではなかった。
 かつてヒーローたち全員を病院送りにし、シュテルンビルトのスタジアム丸ごとを含め各所施設を壊滅させたジェイクが放ったバリアは、最初ビームの能力だと勘違いするほどに速く、兵器レベルの威力を持っていた。
 しかし今ワイルドタイガーは、以前バラエティ番組でピッチングマシンのボールを避けていた時とまったく同じ様子で衝撃波を避けたり受けたりしている。攻撃にはならない程度の牽制にしかなっていない今のものは、確実にかなりパワーダウンしていると見ていいだろう。

「ええと、まずこちらを……」
「おーいバニー! できそうかあ!?」
「ちょっと黙っててください」

 時限装置などはないな、と確認してから、バーナビーは工場でこの装置を調べていたアスクレピオスのスタッフから受け取ったレポートに目を通しつつ、操作盤に手を触れる。
「よし、ここをオフにして……わっ!」
 いきなり視界が暗くなり、バーナビーが声を上げる。
「どうした!?」
「だ、大丈夫です! ちょっと、ぬいぐるみが……!」
 バーナビーの視界を覆ったのは、飛びついてきたマッドベアのぬいぐるみだった。とはいえこれ自体はぬいぐるみなのでまったくダメージはなく、掴んで引っ張れば簡単に引き剥がせる。
 じたばた動いているぬいぐるみを近くにぽいと放り投げて作業を続けようとするが、次々にぬいぐるみが身体を登ってくる。
「わっ、とっ! ……なんか可愛いことになってんぞ、バニー」
 ワンパターンに飛んでくる衝撃波を避けるのに慣れたワイルドタイガーが、ぬいぐるみまみれになっている相棒を見て言った。
「放っといて下さい! ああもう、先にクリームの方を……!」
 まったくもってダメージはないがひたすらに邪魔で作業にならないため、バーナビーはぬいぐるみを纏わりつかせたまま、クリームの脳がおさめられた装置の方に移動した。
「ここをこうして……こうかな」
 プシュウ、と音がして、簡単に装置が停止する。維持モードと表示された装置は、ただ中の脳を保存するだけの状態になっているはずである。バーナビーにまとわりついていた沢山のぬいぐるみも動きを止め、ぼろぼろと落ちて床に転がっていった。
「よし。ジェイクも……」
「おっ、止まった」
 バーナビーが素早く操作すると、ピッチングマシンのように衝撃波を放っていたジェイクの装置も動きを止める。

「あれ? まだ動いてんぞ」
「……えっ?」

 近寄ってきたワイルドタイガーがそう言って指さした先を見て、バーナビーはぎょっとした。
 そこにいたのは、1体だけまだ動いているマッドベアのぬいぐるみ。赤と黒をベースにしたカラーリングのそれが、ジェイクの装置を、綿の詰まった手でぽふぽふと叩いているのである。

「な、どうして……装置は止まっているはずなのに」
 操作盤とぬいぐるみを何度も見比べ、バーナビーが慌てる。しかしワイルドタイガーはただ装置を叩いているぬいぐるみを見て、顎に手を当てて首をひねった。
「んー? どうした? 何がしたいんだ、これ」
「わ、わかりません。これはいったい……」
「うーん、……あ」
 不可解な現象。しかし、装置を叩くのをやめてしがみつくようにしたぬいぐるみを見て、ワイルドタイガーは小さく声を上げた。
「なあ、確かジェイクとクリームって、夫婦だったんだっけ? 恋人?」
「えっ? いえ詳しくは知りませんが、そういう間柄だったとは聞いています。特にクリームがジェイクにひどく心酔している様子でしたね」
 何しろ後を追って命を断つほどだ、とまでは言わなかったが、バーナビーは混乱しつつも質問に応えた。
「そっか。おいバニー、ちょっと手伝え」
「虎徹さん、何を……」
「いいからいいから。ちょっと待ってくれな」
 後半はぬいぐるみに向かって話しかけながら、ワイルドタイガーはバーナビーに手伝わせ、ジェイクの装置を少し移動させ、クリームの装置とぴったりくっつけるようにして置き直した。更に、周りに散らばっていたぬいぐるみを簡単にかき集めてその周りに積み上げる。
 そして最後に、まだ動いている赤と黒のマッドベアを両手で丁寧に持ち上げ、ジェイクの装置の覗き窓の近くに置いた。

「これでどうだ?」

 ワイルドタイガーがそう尋ねると、赤と黒のマッドベアは覗き窓から中を見るようにした後、──そのまま動かなくなった。

「おう、良かった良かった」
「こ、虎徹さん。なんですか今の」
 少し震えた、おそらくメットの下の素顔は少し青くなっているかもしれないというような声で、バーナビーがおそるおそる尋ねる。
「いやよくわかんねえけど、そういうこともあるだろ。仏さんをどうこうするのはやっぱよくねえよな」
 さらりと言った相棒に、バーナビーは絶句した。

「……え!? やっぱりそういうやつなんですか!? オカルト!? ホラー!?」
「そういう言い方してやるなよ。ナムナムー、ナムナムー」
「それは何の儀式ですか!? 僕もしたほうがいいものですか!?」
 脳が収められた装置と、その周りに積み上げられたぬいぐるみに両手を合わせて頭を下げる虎徹に、バーナビーが挙動不審になる。
「……いえまさか、そんなはずは! 非科学的です、ありえません! 装置がまだ動いていただけです、そうに違いない!」
「そう? じゃあもっかい調べるか?」
 その提案に、バーナビーは無言になった。

「だいじょーぶだって、多分。……ここはもう、これでお仕舞いだ」

 静かにそう言って、ワイルドタイガーは装置に背を向けて歩き出す。
 戸惑っていたバーナビーも、それに続く。あとに残されたのは、墓標のようにも見えるふたつの装置と、それに群がるようなたくさんのぬいぐるみだけだった。






「おふたりが、ジェイクとクリームの能力を突破したそうでござる!」

 全員のスーツについたカメラ映像を管理しているOBCスタッフからの通信を受け取った折紙サイクロンが、全員に通達する。
 自分の能力を持ったアンドロイドに対応していた面々が、それぞれ顔を上げた。

「おおっ!? 思ったより早かったな」
「あのジェイクのバリアでしょ? よく突破できたわね。読心能力がなかったからかしら」
 実際にジェイクと対峙しこてんぱんにやられたひとり、ロックバイソンとファイヤーエンブレムが驚きを隠さない声で言う。
「本人ほど強くなかったんじゃない? このアンドロイドと同じで」
 そう言ったのは、自分の能力を持ったアンドロイドをまとめて氷漬けにしたブルーローズである。

 オリジナルの能力者なら、簡単にコピーに勝てる。
 それが判明したことでこうして以前よりかなり楽にアンドロイドを制圧できるようになったからこそ、彼らはアンドロイドと、それが持つコピー能力について冷静に分析するようになっていた。

 アンドロイドの持つ能力は、オリジナルよりも格段に劣る──というよりは、融通が利かない部分が多くある。それが、彼らが出した結論だった。
 単にパワーダウンしている、ということではない。出力だけであれば、炎、氷結、電撃ともにじゅうぶんに脅威であり、本人と比べてもさほどの差異はない。だからこそ皆苦戦していたのだ。
 しかしアンドロイドらは一定の威力のそれをただ手当たり次第に放つだけで、相手や環境に合わせて工夫した上で放ったりすることがない。まさに機械的なのだ。
 そしてそういう調節や融通がきかないことと共通するのか、例えば折紙サイクロンの能力を持つアンドロイドは市民や物体に完璧に擬態するが、ヒトに擬態したアンドロイドは話さないし、反応も悪い。また街灯やゴミ箱に擬態したくせにそのまま歩いている個体もいるので、こうなると折紙サイクロンでなくても見分けることが出来た。

「そうだね。私の能力はあのまま放っておけば脅威だったかもしれないが、片付けるのはとても簡単だった。そして簡単だった!」
「フワフワ流れてるだけだったもんね」
 ドラゴンキッドが、スカイハイに同意する。
 風に乗って上空を流れていたアンドロイドはスカイハイがまとめてミキサーにかけるようにしてばらばらにしてしまい、もう彼の能力を持ったアンドロイドはとっくに全滅している。
「アンドロイドが持っていたのは、私の基礎能力だけだった。風に乗ってフワフワ浮く、というね。風を操るのは、繊細な感覚と、長い訓練が必要だ。機械に焼き付けただけでは使えまい」
「確かに、そういうのはありそうだ。俺の能力もそうだな」
 そう言ったのは、ロビン・バクスターである。
 市民誘拐におおいに利用された彼の能力だが、使えるのはいちどだけで、その後は素地のパワーで暴れていただけだった。
「今でこそ1日に何回も使えるけど、発動した頃は1日1回が限度だったしなあ」
 つまりアンドロイドに焼き付けられるのは基礎の基礎だけで、経験で身につけた応用や成長の分は再現できないということだろう、という結論に、全員が納得する。

「……なぜでござろう。ルーカス・マイヤーズは、脳をそのままコピーしたり作ったりできるはずでござる。……実際、ネフィリムがそう、ということでござるし……。いや、事実であればでござるが」

 深刻な面持ちで、折紙サイクロンが言った。
 現在ジャスティスタワー頂上を占拠しているネフィリムは、肉体こそ本人のものだが、頭の中身はオリジナルをそのままコピーした人工脳である──と、ルーカス・マイヤーズ、現在ルシフェルと名乗った存在が明かしている。
 実際に調べたわけではないが、ラファエラの頭の中は実際に人工脳と入れ替えられ、それでも息をして生命活動を行っていたので、事実である可能性はじゅうぶんにある。
 オリジナルと比べて遜色ない能力を焼き付けていれば、オリジナルには勝てないという要素があったとしても、シュテルンビルトの制圧はもっと容易に行えたはずだ。なぜそれをしなかったのか。

「ジェイクの能力も、読心の能力も使っていればもっと──コストがかかる? それとも技術的な問題が」
《そんなこたぁ、当たり前だろう》

 ギターの素晴らしい音色とともに響いた声は、伝説のロックスターのもの。
 シュテルンビルトを占拠した黒骸骨軍団と正体不明の幽霊女、というだけでも注目されている事件だというのに、突然のブライアン・ヴァイの緊急カムバックライブは世界中から凄まじい視聴率をあげており、「BGMとして流すだけで視聴率がガンガン来てる! 最高!!」とアニエスが歓喜している。
 また彼の能力は突出して、オリジナルとコピーに比べ物にならないほど差がある。悲劇の運命のどん底からカムバックした伝説のスターがその音色だけでアンドロイドをやっつけていく様は、市民たちにとんでもないカタルシスを与えていた。

「この機械人形どもには、いちばん大事なもんがねえんだよ。経験、応用、テクニック、そのとおり。でもそれだけじゃねえ、わかるだろ? 俺の音にあって、こいつらの音にねえもんがよ。そしてそれは、どんなハイテクノロジーだって出来ねえことだ」

 和音を奏でることすらなく、ただ単音を垂れ流して彼の能力を再現しようとする滑稽なアンドロイドが、彼の奏でる重厚なサウンドにかき消されて動かなくなっていく。

「自分が自分であるためのもの。つまり記憶、人生、感情、反抗。怒り、悲しみ、愛とか恋とか、ハートの全て、腹の底からのシャウト、ロックンロール! つまり──」

 全てをぶつけるような重厚なサウンドが、アンドロイドを粉砕する。
 伝説のロックスターは、落ちていく黒い骸骨を見下ろした。



「──魂ってやつさ」


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BY 餡子郎
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