#178
「ちがう……。おねえさんは、ひどい人なんかじゃない……」
「……そう」

 兄に連れられて保護されてからもずっと泣きじゃくっている少女──レベッカに、シスリー医師はただゆったりと心から理解したというような相槌を打った。
 この事件の主犯のひとりとされているネフィリム、彼女と共に親しく数日を過ごしたというこの少女は極めて重要な参考人として保護され、またカウンセリングを兼ねた事情聴取担当としてシスリー医師が選ばれたのだ。

「あの人は、どんな人なのかしら。教えてくれる?」
「……おねえさんは、優しい人なの」
 ひっひっとしゃくりあげながら、少女は何度も繰り返す。
「私は、あんまり、優しくされたことが、ないけど、……よくわからないけど、でもお姉さんは、……私じゃなくても、きっと優しい人だって、きっと言う、……だって」
 ぼろぼろと、少女は涙を流し続ける。
「同じだって、……私とお姉さんは同じだって、……同じだからって、同じなのに、……私に優しくしてくれた!」
「同じなのに?」
「だって、……だって自分だって苦しいのに、お姉さんのほうがきっとつらいのに、ひどいめにあったのに、お姉さんは、私に、優しかった……!」
 少女は顔を上げ、シスリー医師に訴えた。

「あったかいミルクをくれたの、おふとんもあったかかったの、私に、ごはんを作ってくれたの! 初めて頭をなでてくれて、ぎゅってしてくれて、く、靴、靴を履かせてくれたの、私、わたし、とっても汚くて、臭いし、ぐちゃぐちゃで汚かったのに、髪を洗ってくれて、薬を、塗ってくれたの……!」

 真冬に裸足で数日廃工場周辺を彷徨っていたレベッカの足は、しもやけと擦過傷が膿んでいるという結構な怪我だった。
 しかしネフィリムの丁寧な手当てがされていたため今は重症には至っておらず、彼女が選んだ新品のブーツも怪我になるべく障らないようにと気遣いがされた、柔らかい中敷きのついたものである。

「私、一緒にいるって言ったのに、……殺してあげるって、殺されてあげるって言ったのに、……優しくするって言ったのに! 私、約束を、破ったのに……!」
 ネフィリムに持たせられた星のついた十字架を握りしめながら、レベッカは少女らしからぬ様子で慟哭する。
「私にお兄さんがいたって、わかって、……それでも、お姉さんは、優しかった! 良かったって、言ってくれた!」
 引きつるようにしゃくりあげ、苦しげな呼吸を何とか挟みながら、少女は訴えた。
「私はずっと、……私は、なんで私ばっかりっていつも思ってたのに、お姉さんは、ひとりになるのに、ひとりぼっちになるのに、怒ってもおかしくないのに、……私にお兄さんがいて良かったって、笑って……!」
 うわああ、と少女が声を上げて泣き叫ぶ。

「あんなに、あんなに優しい人いないよぅ、……お願いだからひどいことしないで、お姉さんに優しくしてあげて、優しい人なの、すごく、すごく優しくて、優しい人なの、だから」

 レベッカは、縋るようにして、シスリー医師の膝を掴んだ。その拍子に椅子から崩れ落ちるようになった彼女を、シスリー医師はしっかりと支える。
 手を取られた少女は、ぶるぶる震える下唇を噛み締め、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった泣き顔を上げた。うぁ、と、泣き出す直前の赤子のような声を出した少女は、腹の底から、心の底から叫んだ。

「──優しい人なの。聖女様、みたいな、人なの……!!」

 少女の慟哭が、病院の廊下まで響いている。
 まるで母を失ったかのような小さな少女の震える背を、シスリー医師は痛ましげに、壊れ物にするかのようにそっと撫でた。










「早く避難を!」
「避難って、今度はゴールドとシルバーにも出てるんだろ!?」
「どこに逃げろっていうんだ!!」

 シュテルンビルト中で市民たちがパニックを起こしながら逃げ惑う中、ジャスティスタワー1階の警備員は、ふうと息を吐き出す。
 司法局本部、そしてヒーローたちのトレーニング施設を擁し、この街のシンボルたる正義の女神像を頂上に掲げたこのジャスティスタワーは、このシュテルンビルト中で最も安全な建物だ。普段はつまらない仕事だと愚痴を言うこともあるが、こういう緊急時ばかりはここで働いてよかった──と彼が思ったその時、エントランスロビーの中央が波打つように揺らいだ。

「な、何だ……?」

 大理石でできているはずの床が、まるで水面のように揺らいでいるのだ。そしてそこから迫り上がってくるようにして現れたのは、黒髪の小柄な女性と、毒々しいカラーリングの沢山のぬいぐるみ、そして得体の知れないふたつの装置。
「誰、……あ、うわああ!? 何だ!?」
 突然現れた不審者に目を白黒させた人々は、突然足元が崩れたことに驚き、各々悲鳴を上げる。いつの間にか人々の足は膝辺りまで大理石の床に沈み込み、そのまま固まってしまっていた。

 阿鼻叫喚の中央ロビーの有様をぼんやりと眺めた、小柄な女性──ネフィリムは、そのまま壁際に行き、その壁に身を沈めた。装置を抱えたぬいぐるみたちもそれに続き、ロビーに残ったのは身動きできない人々だけ。
「ヒ……ヒーロー……!」
 膝まで床に飲み込まれ、青褪めた警備員が通信端末を取り出し、震える指で通信先を選択した。



「ジャスティスタワーにネフィリムが!?」
「すぐ向かいます!」

 アニエスから連絡を受け、T&Bが方向転換する。
《壁の中を泳ぐみたいにして、頂上まであっという間に登ったみたいね》
「やっぱり、ものすごい機動力とステルス性ですね……。アンドロイドも厄介ですが、彼女の能力が純粋に脅威です」
 難しい顔で、バーナビーが言った。

《しかも彼女についていくみたいにして、結構な数のアンドロイドがジャスティスタワーに入り込んだわ。気をつけてちょうだい》
「何ですって? 市民の避難は!?」
《ネフィリムの能力でちょっと拘束されたりはしたみたいだけど、一般職員はそれほど苦労せずタワーから出たわ。でも上層階には、七大企業の代表が集まってる。……人質に取られたら厄介ね》
「……それはねえんじゃねえか」
 アニエスの指示に、ワイルドタイガーはぼそりと呟くように反論した。
《え? どういうこと?》
「だって、あいつよぉ……」
「タイガーさん、あれ!」
 バーナビーが、大きな声を上げる。すぐそこにそびえ立つ見慣れたジャスティスタワーには、黒い骸骨が外壁にいくつも張り付き、頂上を目指して這い上がろうとしている様が見えた。






「うおおおお、どわあああああ!!」

 炎を噴射してくるアンドロイドの前に立ちふさがったロックバイソンが、その炎を受けつつ後ろにいた市民を逃がす。
「うあっちいいいい! ファイヤーエンブレム、お前の炎、最悪!」
「失礼ね! あんたの能力こそよ! なんてタチが悪いの!」
 こちらもまた、ロックバイソンの能力を有したアンドロイドに炎がまったく効かない様に、ファイヤーエンブレムがイライラと叫ぶ。
「何だとぅ!?」
「変なことで喧嘩しないで! ……ああもうキッド、あんたの能力って弱点ないの!? 強すぎるんだけど!」
「わかんないよ! ううう、ブルーローズの氷、全然砕けない!」
 ブルーローズとドラゴンキッドもまた、お互いの能力を持つアンドロイドに苦戦していた。

「危ない、サァーッ! ……あーっ! 分身!」
「あっ、あいつ入れ替わったわ! ちょっとあのアンドロイド、印つけといて!」
「手が回んないわよ! 何体いると思ってんの!?」
「うおおおおおあっち行ったぞ!?」

 多すぎる敵に翻弄されながら、それでも彼らは市民を守ることを最優先にしながら駆けずり回る。

《──シュテルンビルト始まって以来の大事件! 1000体を超える骸骨アンドロイドが、シュテルンビルトを制圧しようとしています! ヒーローたちが全力で頑張ってくれております!》

 そしてその様子をHERO TVがすかさずカメラに収めながら、ヘリに乗り込んだマリオが実況を続けていた。
《もはやまるで戦場です! うおおおおおっ!!》
 スカイハイの能力でふわふわと漂ってきたアンドロイドに、マリオが絶叫する。その様子にカメラを向けるHERO TVのカメラマン・オーランドが、「戦場カメラマンに負けず劣らずの仕事だなこりゃ」と密かに呟いた。
《我々もっ、これほど命がけの中継は初めてであります! しかし我々もまた報道マンとして、──おっとここで情報が入りました! ジャスティスタワーには、一連の騒動の主犯格とみられるネフィリムという女性が立てこもっているとのこと! そちらにはタイガー&バーナビーが向かっています!》
 中継映像が切り替わり、黒い骸骨アンドロイドが無数に張り付いたジャスティスタワーにT&Bが乗り込む様が映される。

「ドローン! 映して!」

 中継車のアニエスが命じ、ケインがドローンカメラを操作する。
 ジャスティスタワーを下から舐めるように撮影しながら上昇していったドローンカメラは、女神像の頂上にいる小柄な女性を映し出した。
《あれがネフィリム──でしょうか? 本当に? とても、こんな事件を起こしたようには見えない──うわあっ!?》
 ドローンカメラが弾け飛び、映像が砂嵐になる。



「今の、ジェイクのバリアか!?」
「まるで結界だ……近寄れない!」
「考えるのは後だ! とにかく上に向かうぞ!」

 先を急ぐため、内部に入り込んでいたアンドロイドは倒すのではなく逃げることに終始しながら、T&Bは非常モードでエレベーターが動いていないジャスティスタワーを駆け上がっていた。

「おっと、逃げ遅れか?」
「ひぃ!? あ、ヒ、ヒーロー!」
 オフィスデスクの下に蹲っていた一般職員を見つけたワイルドタイガーに、涙目の男性がビクつく。
「た、助けてくれ!」
「うーん、悪いんだけど急いでんだよな」
「は、はぁ!?」
「ちょっと、タイガーさん!?」
 ヒーローらしからぬ、しかもあのいつも暑苦しいヒーロー節を主張しまくっている彼らしからぬ発言に、男性職員だけでなくバーナビーも素っ頓狂な声を上げる。
「フツーに、ひとりでそのまま逃げても大丈夫じゃねえか?」
「バ、バカ言うな! あのアンドロイドに襲われたら……!」
「いや、だからさあ」
 その時、ガシャアアン! と大きな音が響いた。完全に怯えた男性職員が、「ひいい!」と悲鳴をあげる。
「……タイガーさん。他にも逃げ遅れた人がいるかもしれません。どちらかがネフィリム、もうひとりが市民の避難を──」
「大丈夫だって。一緒にネフィリムんとこ行こう」
「ですが!」
 ひらひらと手を振るワイルドタイガーに、バーナビーが困惑の混じった声を上げる。しかしワイルドタイガーはすっとバーナビーを真っ直ぐ見ると、静かに言った。

「大丈夫だ。──信じてくれ」

 真剣な声色に、バーナビーが怯む。
 相変わらず理由をまったく説明しない彼の言うことは、相変わらず苛立たしい。実際理由すらなく、単なる勘であることも多い。──しかしそれにどれほど信頼が置けるのか、バーナビーは誰よりも知っていた。
「……わかりました」
「なんでわかっちゃうんだよバーナビィイイ!!」
「すみません。でも市民第一のタイガーさんがこうまで言うんですから、おそらく大丈夫ですよ」
「おそらく!? おそらくって!?」
 完全に泣いている男性職員を宥めながら、バーナビーは色々なオフィス用品で簡単なバリケードを作ってやり、ひとまずここでじっとしているように彼に言った。

「……本当に大丈夫なんですよね?」
 気の毒な男性職員を最後にちらりと見てから再度走り出したバーナビーは、並走する相棒に問う。
「ああ。大丈夫だ」
 脇目もふらずに上の階に向かって走りながら、ワイルドタイガーは断言した。
 その完全に確信した様子にバーナビーはそれ以上何も言わず、ただ彼と一緒に走っていったのだった。






 メダイユ地区、いやシュテルンビルトの中心にそびえ立つ、この街の象徴であるジャスティスタワー。さらにその頂上の正義の女神象の頭の上に出たネフィリムは、自分がいるところより高い建造物が何もない、すべてのものを見下ろす光景に目を見開いた。

「………………高い……」

 ずっと地下に閉じこもってきたネフィリムにとって、こんなに高い所に立ったのは生まれて初めてのことである。ふと眼下の光景を眺めれば、黒い粒のようにしか見えないものがそこかしこに蠢き、それから逃げるようにして車などがめちゃくちゃに走っているのが見えた。

 ジェイクとクリームの脳は、女神像の冠部分、最上階の展望室に置いてきた。
 ジェイクのバリアを発動させっぱなしにしているので、女神の頭部に一定距離まで近づけばバリアが衝撃波として飛び、ネフィリムに近寄らせない。

 誰もいない。何もいない。自分はもうひとりきり。
 ネフィリムはマッドベアのぬいぐるみを抱きしめて、空を見上げた。

 天使を待つ。女神から遣わされる、偉大なる天使。
 天使は善行を積んだ者だけに翼を与え星に導き、地上に残る愚か者の手足を黄金の光で焼き尽くすという。

 ネフィリムは、天使を待つ。
 与えられるものが、星でも、死でも、どちらでもいい。ネフィリムにとって、もはや死と星は同価値である。もう仲間はいない、それは喜ばしいことなのだろうが、ならば自分に残った道は、輝きは、もうこのひとつだけなのだとネフィリムは確信していた。
 ああ、死でも、星でも、もうなんだっていい。それが──によるものであれば、なんだってかけがえのない輝きになるに違いないのだから。

 初めて目にした、何も遮るもののない、冬の青空。
 その向こうに、まだ星は見えない。

 天使は、まだ、現れない。










「──チッ。やっぱ数が厄介だな」

 手分けして事にあたっている仲間の様子を中継や通信で確認したライアンは、険しい表情で舌打ちをした。
「なるべく多く集めて、重力で一気にドッドーンと……、お、はいはい? シスリー先生?」
 ぶつぶつと作戦を練っていると、シスリー医師からの通信が入る。すぐさま応答すると、「お疲れ様です、ゴールデンライアン」と労いの声が聞こえてきた。

《街が大変な時ですけれど、少しいいでしょうか》
「ああ、何かあったか? あのお嬢ちゃんのことか? えーと、レベッカ」
《あの子ならしばらく取り乱していましたけど、今は泣き疲れて寝ていますよ。……ほとんど体力切れで気絶したようなものですが。かわいそうに》
「そうか」
 本当にかわいそうなことだ、とライアンは同情心をたっぷり込めて頷いた。
《ああいえ、今回の連絡は彼女のことではありません》
「ん?」
《ルーカス・マイヤーズの司法解剖の結果をお伝えしようと……》
「なんかわかったのか」
 再度表情を険しくして、ライアンは身を乗り出す。

《結果から言うと何もわかりませんでした。むしろまた謎が増えたばかりで……》

 溜息をつくのをこらえているかのような、シスリー医師の説明を要約するならば。
 ルーカスの死因はやはり己で注射したとみられる薬品によるもので、つまり自殺。しかしその体には他に特に不審な点を見当たらなかった。──頭部を除いては。

「頭部……? おいおい、まさかまた脳ミソがなかったとか言うんじゃねーだろうな」
《脳はありましたよ。ただし、ありえない状態のものが》
「どういうことだ?」
《ドクター・マイヤーズの脳は、かなり小さく萎縮していました。せいぜい女性の握りこぶしくらいの大きさしかなく、組成や反応も……》
「……悪いけどセンセー、素人にもわかるように説明してくんない?」
 いつかのように、ライアンがお手上げというような声を出すと、シスリー医師はひと呼吸置いた。

《……彼と血縁関係にあるルース・タムラさんによると、彼は生まれながらに脳に障害があったそうです》
「ああ、聞いたな」
《当時のカルテを何とか探し出しましたが、先天性の重度の脳障害……というより、奇形です。どんな軌跡が起ころうとも、まともに育つことは難しい……いえ、当時からヒトとしての人格や情緒があったとも考えにくいレベルです。それこそ、ただ息をして代謝を繰り返すだけの存在だったでしょう。動いて声が出る状態だったのはむしろ悲劇と言っていいくらい》
 ルース女史も、当時のルーカスは今シスリー医師が語ったとおりの状態だったと言っていた。報告を受けているライアンも頷く。
《高校生くらいの頃から、マイヤーズは急にまともになったどころか、稀代の天才医師として才覚を現し始めたといいます。……ですがこんな脳をした人間が、そんなことができるわけがない。いえ、むしろ生きていること自体がありえないのです!》
 わけのわからない事態が続いてさすがに混乱してきたのか、ややヒステリックな声を出したシスリー医師にライアンは眉を顰める。

「あー……、なるほどな。確かに訳わかんねえ。……でもまあ、やっぱりマイヤーズと脳ミソの関係は、この事件の重要なファクターとみて間違いなさそうだな」
[重要というほどではないけれどね]

 ライアンは、怪訝な顔をした。

《そうですね。何がどのように関わっているのかはさっぱりわかりませんが》
「え?」
《お役に立てず申し訳ありません》
「いや、そうじゃなくて」
《はい?》
「……シスリー先生、さっきなんか言った?」
《お役に立てず……》
「違う違う、そうじゃなくて……」
 困惑と共に眉を顰めたライアンは、疲れてんのかな、と思いながら少し息を吐き、同じく困惑しているだろうシスリー医師に「いや、なんでもねえ」と穏やかに謝罪した。
「違いねえ。ま、他に何かわかったら教えてくれ」
《ええ》
 通信を切る。ライアンは眉を顰め、周囲に集中しようとした。

[彼女はそこそこ優秀だがねえ。何もわからないと思うよ]

 ライアンは、今度こそはっきりと顔色を変える。

[真実に最も近いところにいるのはむしろ君さ、ゴールデンライアン]
「──誰だテメェ!!]

 突然大声で吠えたライアンに、周囲にいた人々がビクッと肩を揺らした。
「す、すみません、チョ、チョップマンです……二部リーグです……」
 目の前で担架を持って走っていたチョップマンが、困惑と落ち込みの混ざった声で言う。ライアンはハッとした。
「あ、いや、知ってる、悪い」
「いえいいんです、僕なんて覚えてなくてもしょうがないです、……でも頑張りますから!」
「いやそうじゃなくて! ……聞こえねえのか?」
「え?」
 拳を握って気合を入れたポーズのままきょとんとしているチョップマンに、ライアンは怪訝な顔をした。

 ──自分以外には、本当に聞こえていないのだ。この、先程から耳元で、いや頭の中でくすくすと楽しげに笑う声が。

「……いや、いいわ。さっきのはあんたのことを言ったわけじゃねーよ、悪かったな。もうすぐ救助ポイント200超えだろ、気張ってけ」
「は、はい!」
 激励を受けたチョップマンは、こくこくと頷いてから走っていった。

[相変わらずコミュニケーションが上手だね。何を言えば他人が喜ぶのか、いや何をどうすれば他人がどう動くのか、君はよくわかってる]

 再度警戒心を強めたライアンは、きょろきょろと辺りを見回す。

「……誰だ?」

 内緒話をするようなトーンでのその声に、誰かが嬉しげに笑った気がした。

[君は選ばれた]

 選ばれし者を貫く黄金の槍の輝きが、目の前を掠める。
 それは幻覚か、それとも啓示か。
 ライアンにしか聞こえない声が、告げた。

[──私は天使。君の天使だ]
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BY 餡子郎
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