#177
「待ちたまえ!」

 ヒーローたちがネフィリムを追って廃工場に向かっているその時、スカイハイは少女の能力で反撃され、手傷を負ったまま逃げる狙撃手を追っていた。
「君はどこの……くっ!」
 無事な方の手で拳銃を発砲し、スカイハイが怯んだ隙にビル屋上の非常口から逃げようとする狙撃手を、慌てて風で妨害する。風圧で鉄扉を閉められ、狙撃手は銃を持ったままスカイハイに向き合った。

「……見逃してもらえるかな、ヒーロー」
「そうはいかない。君は誰に命じられてこのようなことを?」
「言えるわけがない。わかるだろう」
 ただでさえ失敗してこの後のお叱りが怖いんだ、と、狙撃手は負傷した肩をすくめた。
「……任務の秘密は明かせない、ということかな」
 スカイハイの静かな問いに狙撃手は答えないが、それこそが真実を明かしていた。
 ネフィリムが言っていたことが確かなら、この狙撃手は政治的な権力者から雇われ、彼女の存在を消そうとしたということになる。それなら雇い主の名前を言わないのは筋が通るし、何より、彼はこの非常時に置いてのこの落ち着いた態度や銃の扱い、また身につけている装備からしても明らかに軍関係者であった。

 ネフィリムは確かに多くの者を殺害した犯罪者だが、彼女もまた、非常に痛ましい運命にさらされた被害者でもある。そんな女性を、裁判にかけることすらせず、彼女に関わる決して無視すべきでない問題もすべて黙殺し、死人に口なしとばかりに殺せと命じる政府高官が、確かに存在する。
 そのやるせなさに、スカイハイは表情が一切伺えない非人間的なフォルムのマスクの下で音が出るほど歯を食いしばり、拳を握りしめた。

「どうせ私を捕らえた所で、すぐに釈放される」
「それはどうかな。シュテルン市警と私達は、最近とても仲がいいぞ」
「そうか」
「……な!?」
 狙撃手が当然のように取った行動に、スカイハイは驚愕した。
 彼がライフルを向けたのは、すぐ向かいにあるビル。一面窓ガラスになったオフィスビルでは、いつもどおりの業務をこなす人々が見えた。
「なんてことを……! 本来君は人々や国家を守る軍人ではないのか!? 恥を知りたまえ!」
「ああ、耳が痛いね。でも命令は絶対なのも俺たちだ」
 淡々と言いながらも、狙撃手は銃をオフィスビルから外さない。
「あのネフィリムとやらと同じように、俺もまた存在しない扱いになってる。……とはいえ、この任務に限り、だけどな。何をしようが、後でお偉方が“なかったこと”にしてくれる」
「だから手段を選ばないと? 外道の所業だぞ! そして外道だ!」
「KOHにそう言われるのは堪えるね」
 と言いつつも、やはり狙撃手はその指1本としてまったくブレず、誰ともわからぬ一般市民に銃を向けたままだ。
 狙撃手である彼の実力は、確かなものだ。このビルから公園のネフィリムまでの距離は相当のものだが、彼は確かに彼女に弾を当てた。ネフィリムの強力な能力がなければ、おそらく彼女の命はなかっただろう。

「取引だ、ヒーロー。まさか、罪もない善良な市民が“偶然”撃たれて死ぬのを見過ごしたりはしないよな?」
「くっ……!」

 どうする、撃った瞬間最大風力の風を起こして弾の軌道を反らすか、しかし銃弾という小さなものを風の力で完全に吹き飛ばすのは難しい、もし反らせたとしてもビルが大きすぎて結局違う所に当たるだけ、そこに人がいれば……と、スカイハイはコンマ数秒の間に激しく思考を巡らせた──その時だった。

 ──ババババババ!!

 突然現れたのは、輸送用の巨大なヘリ。

「な、なん──」

 困惑した狙撃手の声は、そこで途絶えた。
「え? あ、あれ?」
 それどころか、姿すらない。狙撃手は突然消え、──そしてその代わりに現れたのは、ひとりの細身の男だった。スカイハイが、男とヘリをきょときょとと交互に見る。
「んじゃ、適当によろしく〜」
 細身の男がヘリに向かって手を上げながらそう言うと、厳重なコンテナのようなものを積んだ輸送ヘリはあっという間に飛び去ってしまった。
 スカイハイはぽかんとそれを見送ったが、職業病とも言える観察眼で、ヘリにペイントされたロゴを目敏く観る。
 そこにあったのは、何の変哲もない杖に、天を仰ぐ蛇が巻き付いたシンボル。アスクレピオスホールディングスのマークと、系列企業が運営しているという民間刑務所、ハルディ刑務所のロゴペイントであった。

「どーもどーも、お久しぶりィ、キングオブヒーロー」

 細身の長身、その体躯にきっちりとしたビジネススーツを纏った姿。軽い様子で挨拶してくる男にヘリを見ていたスカイハイは振り向き、メットの下で目を見開く。

「君は、……もしや」






「おい! 工場にもうスタッフ入ってるか!? いるならすぐに避難しろ!」

 宥めすかしてなんとかエンジェルチェイサーに跨がらせたホワイトアンジェラの後ろで、ライアンはスーツ内の通信でアスクレピオススタッフらに連絡を取っていた。
 先程見つけたジェイクとクリームの脳を保管した装置の調査のため、アスクレピオスのスタッフを派遣したのだ。しかしネフィリムがそちらに向かっているのであれば、非戦闘員のスタッフが居るのは言わずもがな危ない。

《は、はい! しかし、外壁調査をしている者がまだ……》
「は? 外壁? なんでそんなもん」
《スカイハイさんが、どうもおかしいので余裕があれば調べてほしいと。そうしたら確かに──》

 避難しながら話しているのか、慌ただしい物音と共に報告してくるスタッフが告げたそれに、ライアンは表情を険しくしていく。

「ライアン!」

 ホワイトアンジェラが上げた鋭い声に、ライアンは顔を上げた。
 まだ遠目だが、シルバーステージである現在地から見下ろせる、真っ黒焦げの廃工場。そこには、信じられない光景が広がっていた。



「ああ……申し訳ありません……申し訳ありません……」

 廃工場内部。地面からぬるりと突然現れたネフィリムは、逃げ惑うスタッフたちを見渡し、申し訳なさそうに言った。
「お早く、外に、……ああ、こんな所にいらっしゃったら、殺してしまいます……」
「ひいい!」
 黒い髪に半分顔が隠れた小柄な女性がぶつぶつ呟くその物騒な言葉を聞いた白衣のスタッフたちが、青い顔をして倒けつ転びつしながら逃げていく。
「……申し訳ないことを、……ああ、私は、もう、それしか……」
 ネフィリムはふらふらと歩き、ジェイクとクリームの脳が収められた装置に近寄っていく。そしてクリームの脳が入っている方の装置に撓垂れ掛かるようにし、その覗き窓から、クリームの白い脳を見た。
「クリーム、様、……最後に、少しだけ、お手伝いくださいませ……」

 そう言ってネフィリムは、装置のボタンをいくつか押した。



「これは!?」
「なっ、何だありゃあ!?」

 ダブルチェイサーで真っ先に駆けつけたT&Bは、廃工場の異様な状態に声を上げた。
「これ、……クリームのぬいぐるみか!?」
 ワイルドタイガーが言う。
 かつてクリームが好んで能力に用いた、マッドベアというシリーズの、毒々しいカラーリングのぬいぐるみ。凄まじい数のそれが、真っ黒な廃工場の外壁をわらわらと登っていた。
「何か持ってます! これは──」
 外壁を登ろうとしていたぬいぐるみのひとつを捕まえたバーナビーは、爪のような3本指が持っているものを検分する。プラスチックのような、しかし微妙に弾力があるような独特の感触の素材でできた球状の物体。その物体に、バーナビーは覚えがあった。

「……アンドロイドの、コア!?」
「ちょ、ちょっと何なのこれ!? 何が起きてるわけ!?」
「何よこれ、気色悪いわね!」

 遅れて到着したブルーローズ、そしてファイヤーエンブレムが、廃工場を見て叫ぶ。
「これ何!? 何しようとしてるの!?」
「面妖な……」
「人形いっぱいって、気持ち悪いな……」
 チェイサーがないためにブルーローズにタンデムさせてもらってきたドラゴンキッド、ファイヤーエンブレムの車に乗り込んできた折紙サイクロンとロックバイソンも、そこから降りつつ、想像を絶するその有様を見上げていた。

《おいジュニア君! マジでやべえ気をつけろ!》
「ライアン!?」
 突然入ってきたライアンからの通信に、バーナビーが顔を上げる。
《元々おかしかったんだよ! 全焼した工場が崩れもせずにまるごとそのまんま残ってるって、不自然だろ! フェイクだフェイク!》
「どういう……」
《だから! ネフィリムの能力で! 形変えて充電してたんだよ! そこで!!》

 ──でも、あれらは光が届かない地下から現れています。夜に現れることも多かったですよね。
 ──どこで充電を?


 バーナビーは、自分で言ったその言葉を思い出していた。
 黒骸骨アンドロイドの動力は、超高効率ソーラー電力。日差しの強い荒野で活動することを想定して作られ、日中は濃い影に紛れて日光で充電し、夜闇に紛れて動き出すあのアンドロイドは、どこでそのエネルギーを充填していたのか。

 雲間から、光がさす。
 ブロンズステージでありながら、3層構造のメダイユ地区の端であり、絶妙なプレート間の隙間から日光が差し込む立地にある真っ黒な廃工場。
 その上まで登ったマッドベアのぬいぐるみが、白い粒のようなコアをいくつも撒き散らす。その膨大な数に、バーナビーはぞっとした。



《その工場全部、──あのアンドロイドだ!!》



 青白い光が、工場から放たれる。
「なん、て……」
 その途端、黒い塊のような工場がざわりと蠢き、無数の赤い目の光が灯りはじめる。
 そして、手が、脚が、頭蓋が、──コアを有した肋骨の胴体が、闇の中から這い出すようにして一斉にその姿を現した。その壮絶な光景に、ヒーロー全員言葉を失う。

《ネフィリムの能力でアンドロイドを分解して工場の外壁に偽装して、そのまま日光充電、必要な時はコアを戻してネフィリムが起動ってカラクリだ! 一斉に起動させられたらめちゃくちゃヤバい、その前にネフィリムを確保──って、……もしかしてもうやっちゃった?》
「……はい」
 廃工場のすべてが数秒にして無数の黒骸骨アンドロイドに変化し、それぞれ方々に動き出そうとしている。その、実害的にもビジュアル的にもまさに悪夢のような光景に、バーナビーは青褪めたまま呆然と答えた。

「マジかよ……」

 そしてライアンもまた、本来のボロボロの骨組みを残し、すべてが無数のアンドロイドに変化した廃工場をシルバーステージの端から見下ろし、唖然とした。
 市民を誘拐するという目的がなくなった今、あれらに搭載されている能力はロビン・バクスターの“所在転換”だけではないだろう。4、5体ずつでも連日相当苦戦したあのアンドロイドが、今度はNEXT能力を備えて数えるのも馬鹿らしいほど蠢いているのである。

 それを自分たちは、果たして──止めることができるのか。



「ああ……、申し訳ありません、申し訳ありません……」

 大きめのマッドベアのぬいぐるみを1体抱いたネフィリムが、黒骸骨の群れの奥からフラフラと現れた。真っ暗な穴のような目は、ヒーローたちを見ているようで見ていない。
 そしてその足元には、マッドベアのぬいぐるみたちと、それらが抱えるジェイクとクリームの脳を収めた保管装置。

「我々は、生まれる前に、死ぬべきだった、もの……」

 世界の誤り。失敗作。誕生を歓迎されなかったもの。神にも天使にも見放され、救世主からは無視され、隣人もいない。産まれて死ぬまでたったひとり。あるのは共食いの虚無だけ。

「でも、……生まれて、しまった。生きて、……生き残って、しまった。……もう、取り返しがつかないの、です。やりなおすことなど、でき、ない。ならば、終わるしか、終わらせるしか、……殺して、殺されるしか、ないのです……」

 重苦しい聖句を唱えながら、ネフィリムが佇む。
「さあ、ああ、殺して、ください。……私も、殺します、から」
「ネフィリム! やめろ!」
 ワイルドタイガーが、彼女に向かって駆け出していく。

「だぁっ!?」
「タイガーさん!」

 突如現れた青白い壁に吹き飛ばされたワイルドタイガーに、バーナビーが叫ぶ。
 トロッコ廃線の方向に吹き飛ばされたワイルドタイガーが、色々な廃材などを巻き込みながら「あっ、だっ!」と声を上げて転がっていくのが見えた。
「ああ、……ジェイク、様。……ご助力、感謝、いたします……」
 ネフィリムが、目を伏せて呟く。ジェイクの能力であった、バリア障壁の能力。確かに今ワイルドタイガーを吹き飛ばしたのは、衝撃波としても使えるという非常に洗練された彼の力そのものであった。
「ジェイクの能力も使えるのか!」
「ヤダ、じゃあ心も読まれちゃうの!? 気をつけないと……!」
 ロックバイソン、ファイヤーエンブレムが身構える。

「行かせるもんか! サァーッ!!」

 ドラゴンキッドが、雷を纏った棍を振りかぶる。
 1体のアンドロイドがそれに弾かれ吹き飛ぶが、しかしすぐに体勢を立て直す。そしてその頭蓋の真っ赤な眼窩が、煌々と青白く輝いた。
「キッド殿、危ない!!」
「折紙さん!」
 前に出た折紙サイクロンの背中に、ドラゴンキッドが叫ぶ。
「折紙さぁん!!」
「……嘘」
 引きつった叫びを上げるドラゴンキッド。そしてブルーローズは、その光景に顔を青くしていた。なぜなら折紙サイクロンを襲ったアンドロイドが放ったのは、氷。──ブルーローズの能力と、まったく同じものであったからだ。
 しかもそれだけでなく、街に散らばろうとしているアンドロイドの中には炎を放っているもの、バリバリと電流を放つものも見て取れる。

「あれ、僕の雷……!」
「ちょっと、冗談でしょ……私達の能力まで!?」
「……エステ、の時に、データを取ったと、御使い様が……」
「あの時!?」
 確かにあの時、ヒーローたちのデータを取る代わりに全身のフルケアをと言われ、ヒーローたちは言われるがまま様々なデータを採取された。そして、この時それらを総括していたのはルーカス・マイヤーズ。睫毛どうこう言ってる場合じゃなかったわ! とファイヤーエンブレムがヒステリックな声を上げた。

「お、おい! なんかあっちの方、増えてねえか!?」
 今度はロックバイソンが怒鳴る。そして彼の言う通り、ヴン、と独特の音をたてながら黒いアンドロイドが次々と分身して増えていく様が見て取れた。
「カーシャ・グラハムの……!」
「受刑者から取った能力も健在、というわけね。厄介だわ……!」
「早く止めないと!」
 それぞれヒーローたちや犯罪者たちの能力を搭載された無数のアンドロイドが、街中に広がっていく。とにかくなんとかしなければ、とドラゴンキッド、ファイヤーエンブレム、ブルーローズがそれぞれ違う方向に追いかけていった。ロックバイソンが、おろおろと彼女らとネフィリムらを見比べる。
 その様子をちらりと見てから、バーナビーが振り返った。

「ネフィリム! アンドロイドを止めるんだ!」

 無数のアンドロイドをこの少ない人数で止めるよりも、それをしでかした犯人にどうにかさせたほうが確実。この土壇場で正しくそう判断したバーナビーは、相変わらず頼りなく立っている小柄な女性を怒鳴りつけた。
 その強い声に、ネフィリムはびくっと肩を揺らす。震えた細い手が、マッドベアのぬいぐるみを強く抱きしめていた。

「ああ、申し訳ありません……申し訳ありません……。しかし、私は、終わり、たい。殺されたいの、です……」
「ネフィリム!!」
「そのためには、……ああ、殺さなければ。たくさん殺せば、殺して、いただける。……皆さん、お優しくて、いらっしゃる、はずですから……」
 そう言いながら、ネフィリムは笑みを浮かべる。
 それは先程レベッカ少女に向けたような、聖母とも聖女とも言えるような笑みではなかった。無残な罅が入った聖像のような、不気味な笑み。真っ暗な穴のような目は、もはや何も映してはいない。
「ああ、星の街、……私の街ではない、シュテルンビルト、星の街。……私の星ではない、……星は、私は、……天使は、どこ、に……」
「待っ……!」
 ずぶりとネフィリムの足元が崩れ、無数のマッドベアのぬいぐるみ、またジェイクとクリームの脳を保管した装置とともに、一瞬にして沈んでいく。

「──くそっ!!」



「アンジェラ、折紙とタイガーを回復!」
「わかりました!」

 やっと追いついたR&Aは、黒骸骨アンドロイドが蠢く工場前にエンジェルチェイサーを停め、それぞれ行動する。
「いてて……、アンジェラ、俺は大丈夫だ! 折紙からやれ!」
 さすがのもので打たれ強く、遠くから叫ぶワイルドタイガーに頷いて、ホワイトアンジェラは全身に氷を纏わりつかせながら倒れている折紙サイクロンに近寄った。
「ケルビム!」
《全身凍傷だな。重くはないが範囲が広い》
《こりゃちょっと時間かかるぞ。お湯もないし》
 メットの通信にて、ドクターチームのケルビムに指示を受けながら、ホワイトアンジェラは折紙サイクロンに能力を施していく。

《ヒーロー! 聞こえる!?》

 その時全員の通信に、アニエスの声が響いた。
《無数のアンドロイドが、一斉に街中に広がってるわ! その数、数は……》
 ごくり、とアニエスが喉を鳴らす。

《ざっと1000体は下らないわ》
「せ……」

 今度こそ、全員が言葉を失った。
 1体だけでもあれほど苦戦するアンドロイドが、いちどに1000体以上。それは絶望を与えるのにじゅうぶんな数字であり、実際にどうすればいいのか、誰もいい考えなど一切浮かばなかった。
《徒歩だけど、それにしてはかなりの速さよ! それに、これ!》
 しかしその思い気分を振り切るようにして、アニエスが大きな声を上げる。同時に、ドローンカメラなどが撮影した映像が皆に送られてきた。
 元々超軽量のあのアンドロイドは跳躍力も高く機動力があるが、映っていたのは、上空をふわふわと飛ぶアンドロイドの姿だった。
《わ、私の能力かい!?》
 スカイハイが、慌てた声を出す。
《ジェットパックがないから今の所そんなに速くないけど、突風でも吹いたらあっという間に遠くまで飛んでいって被害が広がるわ! それと、特に凶悪なのがロックバイソンと折紙の能力!》
「お、俺!? なんで!?」
 いらいらとした声で怒鳴られて、いつもは“硬くなるだけ”と揶揄されるロックバイソンが巨体をびくつかせる。
《ロックバイソンの能力で、ただでさえ頑丈なアンドロイドに攻撃が一切効かないわ! しかも折紙の能力を持ってる方は、すれ違って触れた市民に擬態するから見分けがつかない!》
 機関銃で撃たれてもまったく堪えず、またブルーローズの氷、ファイヤーエンブレムの炎、ドラゴンキッドの雷でもまったく堪えていない個体。そして黒骸骨の姿から完璧に市民の姿に変化する個体などが映る。
「な、なんてことだ……」
 どうやって対処すればいいかまったく見当もつかないその惨状に、青い顔をしたバーナビーが呻く。

「ゆ、許せないでござる……」
 回復してきて口がきけるようになった折紙サイクロンが、呻きながら体を起こそうとしていた。
「拙者たちの能力を、そんな風に……!」
「完了です! 治りました!」
「折紙サイクロン、参る!」
 治療が終わると同時に、折紙サイクロンが飛び出していく。いつもであればバーナビーと同等に情報交換を重要視する彼が報告途中で飛び出していってしまったということに、彼が相当憤っていることがわかる。

「アニエスさん、現在の被害は!?」
《今までと同じく、あっちこっちを壊して回りながら彷徨ってるわ。でも今度はブロンズだけじゃなく、シルバーとゴールドにもよ! ロックバイソン、あんたもボーッとしてないで行きなさい!》
「は、はいぃ!」
 背筋を伸ばすどころか飛び上がったのではないかというほどびくついたロックバイソンが、慌てて街に飛び出していく。

《アンドロイドに搭載されている能力で確認できているのは、ヒーローではブルーローズ、ファイヤーエンブレム、ドラゴンキッド、スカイハイ、ロックバイソン、折紙サイクロン。そして犯罪者たちからは、ロビン・バクスターの所在転換、リチャード・マックスの音声衝撃波、カーシャ・グラハムの分身、あとは──》
「あとは?」
《ブライアン・ヴァイの破壊音波》
「ブライアンの!?」
 飛ばされた場所から走って戻ってきたワイルドタイガーが、驚いた声を上げる。

 ブライアン・ヴァイは、かつて絶大な人気を誇り、伝説とまで呼ばれたロックミュージシャンでありギタリストである。しかし『ギターで奏でた音を強力な破壊音波に変える』というNEXT能力に覚醒してしまい、音楽シーンから姿を消した。
 バベルという元大手音楽プロデューサーに騙されて犯罪に加担していたが、ヒーローたちにより逮捕。ブライアンのファンだったタイガーに説得され、現在は服役し罪を償っている。

「他もだけど、相当強力な能力じゃねえか! やべえぞ!」
《ええ、体内にギターと同じ音を流せる装置があるみたいで、衝撃波で街を壊しながら徘徊してるわ。リチャード・マックスの能力は、本人の声の録音で再現してるみたいね》
「……面会の時、声を録音されたっつってたもんな」
 この時のためだったのか、とライアンが呟く。
《あとはロビン・バクスターの所在転換だけど、市民を誘拐してた時と同じでどうも1回しか使えないみたい。こっちは偶然目についた市民と1回位置を入れ替えた後は、単にいつもの物理攻撃って感じね》
「この、1回しか使えないというのも気になるんですよね……」
《細かい分析は後!》
 アニエスがぴしゃりと言う。バーナビーは納得いかないながらも緊急事態を優先し、思案するのをやめて口元から手を外した。

《あんたたちのハンドレッドパワーと、R&Aの能力は確認できてないのがせめてもの救いね。なんでいないのかもわからないけど、……とにかく、T&Bはネフィリムを探して! この事件の真相を知る手がかりは彼女だけよ!》
 そしてネフィリムがこの無数のアンドロイドを一斉に止める手立てを持っていれば、これ以上の被害を出さずに済むことができるということでもある。ワイルドタイガーは、自分の左手の掌に右の拳を当てるといういつもの気合の入れ方で背筋を伸ばす。
「よし、わかった! 行くぞバニー、急げ!」
「タイガーさん、怪我は……」
「大したことねえよ!」
「……わかりました。行きますよ!」
 ワイヤーをシルバーステージのプレートにつけて飛び上がったワイルドタイガーに続き、バーナビーもまたバーニアを噴射させて彼を追う。

《R&Aはいつもどおり、市民の救護ね。頼んだわよ》
「わかりました!」
「オーケー。で、あんたは?」
《もちろん、私もいつもどおりよ。カメラを回すわ!》
 ライアンの質問にテキパキとそう言い、アニエスは通信を切った。
 確認すると、既にマリオの実況でHERO TVの緊急放送が始まっている。得体の知れないほど上の方にいるお偉方からかけられているはずの圧力を物ともせず、ネフィリムやあの教会に関することも放送が始まっていた。
 その様に、自分たちの中である意味最も肝が据わっているのはこの美しきプロデューサー様に違いない、とライアンは確信する。とはいえ、今回の放送は市民に避難を促すためという意味合いも強いだろうが。

「よーし、じゃあ俺らは救護エリア設置するぞ。被害状況から見てテント張るのにいいとこっつーと──」

 そう言ってヒーロースーツのシステムを起動させたライアンがふと無言になったので、エンジェルチェイサーに跨ってスローンズ・モードになろうとしていたホワイトアンジェラが顔を上げる。
「ライアン? どうしましたか?」
「……お前、今なんか言った?」
「え? いいえ?」
 首を傾げる彼女に、ライアンは「いや、それならいい」と引き続きアスクレピオスのスタッフらに指示を出し、救護エリア設置を命じた。






「どうしろというんだね!」

 そう喚いた黒人男性が席から立ち上がり、両手で頭を抱える。
 大きな円卓にずらりと並べられた席にそれぞれ座っているのは、このシュテルンビルトを動かしている者たち。つまり七大企業のCEOやオーナー、そしてパニックを起こして喚いている黒人男性は、シュテルンビルト市長である。
「落ち着いてください、市長」
 その言葉に違わず最も落ち着いた声で言ったのは、シュテルンビルト司法局裁判官にしてヒーロー管理官、ユーリ・ペトロフである。
「これが落ち着いていられるか! 街はもう終わりだ! 実質的にも、政治的にも!」
 1000体を超えるアンドロイドが街に放たれ、今もそこらじゅうを破壊しながら徘徊している。そしてこの事態を起こしたネフィリムは、ヒーローの街、クリーンな正義の街シュテルンビルトとして成立しかけてきたあり方を、歴史の根底から覆すものである。
 上層部からも決して表に出すなと命じられていたそれは今、HERO TVによって堂々と映像証拠付きで世界中に放送されてしまっている。

「……まあ、道がないわけではないが」
 重々しく口を開いたのは、タイタンインダストリーCEOである。いつもはアイドル好きの好々爺としてのほほんと穏やかな男性だが、このメンバーの中でも最も高齢で、酸いも甘いも噛み分けた重鎮である。
「上層部……エリア連合や国際司法局からは、ルーカス・マイヤーズの研究を確保し引き渡す……つまりネフィリムを引き渡すことでシュテルンビルトの保護を行うと申し出があったのでしょう?」
「な、なぜそれを」
「年の功があれば、情報の伝手はどうにでもなるものですよ市長」
 呆れた様子で、タイタンインダストリーCEOはため息をついた。白い髭が少し持ち上がる。

「……映像を見たが、華奢な女性ではないか。非常に痛ましい……口に出すのも憚られるような目にあってきた彼女を、この期に及んで利権を理由に得体の知れない機関に引き渡せと?」
 そう言って顔を顰めたのは、この事件で侠気を見せたと評判のポセイドンラインCEOである。
「それに、そうすることでシュテルンビルトという街が存続したとして、私達が彼女にした仕打ちがまた明らかになれば結局は同じ……。いや、過去のことだけでなく、私達もまた改めて彼女に全てを負わせて保身に走った、罪を塗り重ねた外道とみられる。そうではないですか」
「まあ、そうなるでしょうねえ」
 はあ、と重々しい息をついて、この中では最も若手であるヘリペリデスファイナンスCEOが同意する。誰からも反論はない。

「無罪放免にしろと言っているわけではないが、情状酌量を考慮すべき問題ではないかね。人道的に。彼女との話し合いが必要だよ」
「それに、ですよ。彼女やアンドロイドとやりあえるのはヒーローたちだけだというのは、ここしばらくの騒ぎだけでもじゅうぶんに証明されています」
 白髪交じりの細身の男性、最年少にして未成年のドラゴンキッドを擁するせいか、常にヒーローの身を第一に案じる傾向のあるオデュッセウスコミュニケーションのCEOが口を挟む。
「誰が彼らに命じるんです? 街を存続させるため、再び都合の悪いことを隠蔽して利権目当ての連中に庇ってもらうために、彼女を生け捕りにして生贄のように引き渡せと?」
「……ああ、絶対に無理ですねえ」
 未だCEOが不在であるため、代理でこの場に出席しているアレキサンダー・ロイズが頭痛をこらえるポーズをしつつもきっぱりと言う。一部リーグヒーローきっての人情家、熱血オールド・ヒーロー、利権など糞食らえのワイルドタイガーを擁する彼の同意は、これでもかという説得力があった。
「逆に僕たちのビルが叩き壊されますよ。正義の壊し屋にね!」
「洒落にならんなあ」
 ウームと唸りながら、ワイルドタイガーの親友でもあるロックバイソンを擁するクロノスフーズのCEOが、自らの禿頭をつるりと撫でる。

「ぐ、軍を派遣してもらって事態の収束を図る、という申し出も……」
「悪手ですね」
 おどおどと言う市長に対しきっぱりと断じたのは、この中で唯一の女性であり、また最も歯に衣着せぬ現実的な発言の多いヘリオスエナジーCEO。
「軍に頼れば、まあアンドロイドのことは何とかなるかもしれません。しかし軍に頼るというのは、つまりシュテルンビルトが自分で自分を守れなかったという決定的な証拠となり、ヒーローでは問題を解決できないと認めたことになる……。つまり、世界中への降伏表明になります」
「うっ……」
「そのままネフィリムを差し出してシュテルンビルトを守ったとしても……。連合からの保護を受ける代わりに実質の自治権を失ったシュテルンビルトで、ヒーローの存続が成し得るでしょうか?」

 他エリアにおいて、強力なNEXTのほとんどは軍の所属になるのが一般的である。そしてそれは軍人として所属するというよりも、“兵器”として“管理”される、という意味合いであることも珍しくない。
 そんな価値観にシュテルンビルトが晒された時、確実にヒーローシステムは解体されるだろう。ヒーローたちは軍に収容され、ティモ・マッシーニ校長がヒーローアカデミーで何十年もかけて築き上げてきた、制御さえできればNEXTは普通の人として生きられるのだという人権意識も崩壊しかねない。

「さらに言えば、すっかりヒーローあってのものになりつつある私達シュテルンビルト七大企業の存続もまた非常に危うい。そして私達が崩壊した時、その従業員は? そしてシュテルンビルトの経済や流通がどうなるか……」
「し、しかし、しかしだね! とにかく目の前の問題をどうにかするべきだというのも確かだろう! アンドロイドによって、このまま街や人が壊されてしまったら!? 街というていすらなさなくなったら、元も子もない! シュテルンビルトの存続どころの話ですらなくなるんだぞ! これはもう生きるか死ぬか、そういうところまで来ている問題だよ!」

 半泣きになった市長の叫びに、全員が沈痛な表情で黙り込む。

(……成程。こういう目的だったか)

 汗を流して呻く市長、黙り込む菜々大企業代表者たちを見渡して、ユーリはひとり考えを巡らせる。
 シュテルンビルトは、金を生む街だ。あらゆる外部の権力者がこの街を狙っている。
 そしてそれは要するに、世界の様々な政府を抱き込み牛耳っている星の民がシュテルンビルトを狙っているのだと言い換えてもいい、とユーリは黙って情勢を分析していた。

 ◯◯教総本山を本体とする、現代における星の民。彼らが欲しがっている“星”は、ホワイトアンジェラでもネフィリムでもなく、──この星の街、シュテルンビルトだったのだ。

 かつてこの地を星と称して目指した人々のように、彼らは再度この星の街を手に入れようとしている。地下に蹲っていたネフィリムという巨人を墓から揺り起こし、ヒーローという天使を撃ち落とし、邪魔な正義の女神を追い遣って、手の届かぬ天の星などではなく手の中のダイヤモンドを、莫大な富の輝きを得ようというのが、かの金の亡者たちの真の目的であったのである。

 更には剣の民、ウロボロスもこの件に1枚も2枚も噛んでいるだろう。
 NEXTも非NEXTも別け隔てなく、善良な市民なら守り犯罪者なら捕まえるという行為により平等意識の象徴たるヒーローが廃されれば、再びNEXTと非NEXTの対立を煽り、NEXTの優位性をアピールし、闘争の時代が到来してもおかしくはない。
 そして争いともなれば金を生むこともまた確実であり、星の民も歓迎すべき事態である。ウロボロスに対し、金と引き換えに今までかき集めたNEXT傭兵の派遣も請け負うかもしれない。
 なるほど星の民・◯◯教と剣の民・ウロボロスがこの件で結託していたのはこういうことか、とユーリは納得した。

「……過ぎ去った古い歴史だと思っていた過去は、死んでなどいなかった。シュテルンビルトは、未だこんなにも危ういものの上に建っていたのですな」

 タイタンインダストリーCEOが、非常に重苦しい声で言う。
 迫害され、地下に追いやられてきたネフィリムという人々。その墓場の上に建てられたシュテルンビルトが今、墓場の住人たちが起き上がってきたことでその根底を揺るがされ、崩壊しようとしているのだ。

 これもまた、歴史の流れとして受け入れるべきことなのだろうか。

 あまりにも八方塞がり、あまりにも絶望的な状況に、言葉に出さずとも彼らがそう考えたその時。慌てた様子で、ジャスティスタワーの警備責任者が円卓会議室に飛び込んできた。
「た、大変です! こ、ここに、ここ」
「どうしました?」
 落ち着いた声でユーリが促すと、警備責任者はぐっとつまり、しかし気を取り直して言った。

「ネ、ネフィリム──と思しき女性が、ここジャスティスタワーの頂上、女神像の頭上に、姿を、現しました……!!」
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BY 餡子郎
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