#170
エドワード・ケディ。
元ヒーローアカデミー生徒。NC1973、ヒーロー免許のないいち生徒の身で人質事件へ乱入し、その過失によって人質が死亡。過失致死罪により有罪判決、及びヒーロー免許取得資格永久剥奪。
更にその後脱獄するが、ルナティック事件に巻き込まれ、折紙サイクロンによって再度逮捕され別刑務所へ収監される。
脱獄により刑期が伸びたものの、再逮捕以降は反省の態度色濃く、模範囚として服役中。NEXT能力を用いた研究実験依頼にも快く応じ、その実験により開発された技術は折紙サイクロンのヒーロースーツにも応用されている。
NEXT能力は、『砂を操る』こと。
「なるほどな! あいつの能力なら、壁も床もすり抜けられる!」
エドワードの能力を実際に見たことのあるワイルドタイガーが、そう言って手を打つ。
『砂を操る』というエドワードの能力はシンプルなぶん強力で、応用が効く。自分の周囲にある無生物を砂状化し、そのまま地中や壁の中を移動したり、物をその中に沈めることもでき、また砂状化したものをある程度もとに戻すこともできる。
彼の能力ならいつ崩れるかわからない地下室群へ最小限の穴を開けて突入することが出来、また内部で襲われても壁の中に逃げ込める。
「そ、そりゃすげえ。……でも、大丈夫なのか? その……」
「また脱獄しねえかって心配か? 安心してくれ、それは出来ないようになってる」
もごもごと言ったロックバイソンに、エドワード本人が軽い調子で言った。そして拘束具を外された代わりに重たげな電子手錠を嵌められた彼は、その手を上げて自らの首に嵌った、手錠と同系統の素材とデザインをした首枷を示す。
「超強力な発信機兼、装着型スタンガンだ。外そうとすると失神レベルの電撃、勝手な行動した時も遠隔で同じことができる。しかも身体の中に、遠隔操作で融解する特別な電子カプセル麻酔薬が仕込まれてる。特別な処置をしねえと目覚めない。カプセルが身体のどこに埋め込まれたかは俺自身に知らされてねえから、無理やりナイフでえぐり取ることも出来ねえ」
犯罪者とはいえ徹底したそれに、ロックバイソンを含むヒーローたちがごくりと息を呑む。
「俺だって、過失致死の上に脱獄した自分にヴィランズ認定がされたのに驚いてる。アスクレピオス系列の民間刑務所は社会復帰に熱心だってのは聞いてたけどな」
脱獄を許してしまった公的刑務所は、エドワードの能力を制御する能力がないとみなされ、彼は民間刑務所に移された。イワンも散々調べるのに協力して入所することとなったシュテルンビルト郊外にある刑務所は、アスクレピオスホールディングスの末端であった。
研究職を主とするアスクレピオス系列だからこそ、エドワードは刑務所内で与えられる仕事として、高度な研究実験協力を求められた。元Sレベル、現在はSSレベル認定されている彼の強力な能力に耐えられる素材は折紙サイクロンやホワイトアンジェラのスーツに応用されただけでなく、彼を含むNEXT受刑者たちの拘束具にもおおいに活用されている。
そしてまさに自分の首を絞めるような実験内容を理解しながら積極的に協力したからこそ、彼はヴィランズとして認定されるに至ったのだった。
「まあ、とにかくそういうわけだ。協力するのに文句はねえ。むしろ上手くやれば恩赦が出て刑期が縮まるし、出所した後の就職先も──」
「エドワード! すみません、こんなふうに言ってますけど大丈夫です、やる気はあるんです! あっもちろん事件解決に向けてのやる気で、あの、その!」
肩をすくめて明け透けなことを飄々と言うエドワードの前に、ヒーロースーツ姿でありながら完全に素に戻っている折紙サイクロン、いやイワンが立つ。
「彼は元々ヒーロー志望で、性格も能力も僕よりずっとヒーロー向きで、だから」
「おい余計なこと言ってんじゃねえぞ」
しどろもどろにフォローしようとした彼を、当の本人が止めた。
「今、ヒーローなのはお前だ。俺は服役中の犯罪者で、ヴィランだ。ちゃんと認識しろ、“折紙サイクロン”」
その発言に、イワンがはっとした。
「……わかったよ、……いや、わかったでござる」
「よーし。じゃあ精々上手く使ってくれよ、ヒーローさんたち」
「エドワード!」
混ぜっ返したエドワードに、折紙サイクロンが焦った声を上げた。
善は急げとばかりにすぐに準備が整えられ、エドワードは初のヴィランとして捜査に協力すべく、例の質素な教会の裏庭、その真っ黒に焦げた不気味な地下室に立っていた。
地上にはシュテルンビルトの3層構造に関する専門家とエドワードが持つカメラを監視するアスクレピオススタッフが待機し、また誘拐された市民が見つかった時のため、ヒーローたちも待機している。
「んじゃあ即席ニンジャバディ、突入頼むぜ」
「了解したでござる!」
「ういーす」
やる気満々の折紙サイクロンと、緊張の見られないエドワードがライアンに返事をする。
犯人らと衝突した時、また誘拐された市民を見つけた時のため、突入はエドワード単独ではなく折紙サイクロンとのツーマンセルでとなった。
砂状化した中でエドワードは自在に呼吸ができるが、同行者はそうではない。そのため折紙サイクロンはまるでダイビングでもするかのような酸素ボンベを背負い、マスクの中でワンタッチで切り替えられるような装備を身に着けている。
またエドワードは、所属している刑務所が用意した──つまりアスクレピオスの技術で作られた、特殊なスーツを身に着けている。いざというときは遠隔操作で彼の能力を完全に不透過状態にするというある種の拘束具であるが、今回の活動に合わせて作られたそれは通気性に優れ防弾・防炎性能もあり、顔の下半分を覆うマスクは防塵・防炎機能も有しているため、機能的にはヒーロースーツにも近いものだ。
そして偶然なのか意図的なものなのか、そのデザインはいわゆる『忍者』のそれに似たテイストであり、それを見た折紙サイクロンが「フウウウウウ! クール!!」と叫び、イラッとした様子のエドワードに頭を叩かれるというやり取りもあった。
「じゃあ行くぜ」
真っ黒な壁にエドワードが手をかざすと、ざらざらと壁が崩れていく。その中にエドワードは当然のように身を沈め、酸素ボンベを咥えた折紙サイクロンもそれに続いた。
《──マイクテストだ。ハロー? 聞こえるか?》
「問題なく聞こえるでござるよ」
「クリアだ。こっちも聞こえるか?」
壁の中に入ってからすぐ、装着した通信機から聞こえたライアンの声に、折紙サイクロンとエドワードが応答する。
「なあ」
ふと、少し歩みを緩めて、エドワードが口を開いた。
「この事件のリーダーってあんただろ、ゴールデンライアン」
《まあ、実質そんなカンジ》
「こいつを同行者に指名したのもあんただよな」
《イエス》
「なんでだ?」
《知らねえの? このシュテルンビルトじゃ、ヒーローはバディを組んだほうが何倍も活躍できるんだぜ。さてはモグリだな》
「茶化すな。俺とこいつが知り合いなのは周知の事実だろ? 他にもヒーローはいるってのに、なんでよりにもよってこいつを選んだ? 甘ちゃんのこいつが情に流されて俺を逃がすかもとか、俺がこいつ唆して脱走に協力させるかも、とか考えねえのか?」
フラットな調子で問うエドワードに、軽口を叩いて流そうとしたライアンは半目の笑みを浮かべたまま一瞬黙る。しかしやがて、彼もまた特別な様子のない声で言った。
《正直言うとフツーに考えたけど、ねえだろうってことになった》
「なんで?」
《あんたは、“割と普通の人”なんだと》
今度は怪訝そうにエドワードが問うと、地上にいるライアンは、市民救助に備えて先程から高カロリーな食品を食べ続けているホワイトアンジェラを見ながら答えた。
「……はあ?」
《でも折紙パイセンがすっげー“いい人”だから大丈夫。ってことらしい》
エドワードが護送されてきてから、ライアンは彼をどう運用するか考えつつ、参考として彼女にエドワードの印象を聞いた。
その答えは“割と普通の人”という相変わらず容赦ないものであり、また性格も能力も非常に有能そうな彼に見合わないものでもあった。
「彼は“いい人”が好きな、割と普通の人です」
それがホワイトアンジェラ、ガブリエラの評価だった。
言葉足らずのそれはつまり、エドワードはかつてヒーローを志すほどに正義感が強く性格も活発で熱血だが、それは単にそういう自分を好みそうあろうとしているからこそであり、元々の性質は普通である、ということだとライアンは正確に分析した。
──“いい人”であろうとする“普通の人”。
正真正銘“いい人”であり、本人は自信がないが実際はなるべくしてヒーローになったイワンと異なり、エドワードは、意地の悪い言い方をすれば“いい人ぶっている”、良く言えば“理想を追いかける”、しかし本来は普通の人間だ。
しかしだからこそ何もない時は誰から見ても未来のヒーローと言われる模範的なまでの人柄であり、また傍目から見ると凸凹コンビであるが、元々かなりの“いい人”であるイワンに惹かれ、友人関係を結ぶ。
しかしアクシデントが起こると、その有様が覆ることがある。彼が未熟な身でありながら事件に首を突っ込んだのは“いい人”の象徴たるヒーローらしい行動を取ろうと意識したからだが、よりにもよってそのヒーローらしい行動が人質を殺してしまった。
そのためエドワードはこの過失によって価値観が混乱し、自分を“いい人”側に引っ張っていた最たる存在であるイワンを逆恨みし、またイワンがそばにいないことによって状況に流され“おかしな”考えに染まり、脱獄に走った。そしてイワンと和解したことによって、再び“いい人”側に戻ったのだ。
「ですのでつまり、折紙さんが近くにいれば大丈夫です」
彼もとびきり“いい人”ですからね! と彼女が笑顔で押した太鼓判に、ライアンはエドワードの運用方法を決めた。
つまり彼におかしな考えを持たせないためには、親友であるイワン・カレリン、折紙サイクロンをそばに置くのがいちばんだと、ライアンは判断したのだ。
ライアンのこの采配に最も賛成したのは虎徹だったが、能力的にも、メトロ事件の時と同様、小さな生き物に擬態できる折紙サイクロンなら密室空間でのトラブルにも対処しやすいので、特に反対意見も出なかった。
ちなみにライアンはこの采配の根拠、つまりガブリエラの人物判定基準を含む話をイワン、折紙サイクロン本人に伝えた上で今回の任務を依頼した。
彼はその話を否定も肯定もせず、しかし「任せてください。僕が絶対に彼を守ります!」と頼もしく胸を叩いている。
「頑張ろう、エドワード! 拙者と君なら絶対市民を助けられる! でござる!」
鼻息荒く、折紙サイクロンが言う。ヴィランという立場とはいえ、エドワードに活躍の場が与えられたことが、彼は相当嬉しいようだ。
「……ふん」
ホワイトアンジェラによる人物判定基準を、エドワードが知る由もない。しかし“普通の人”と言われた彼はそれを告げたライアンに対し特に異論も発さず、使命感とやる気が有り余るばかりに素とござる口調が混じった親友に対しただ鼻を鳴らし、黙って歩みを進めた。
「でも、驚いたよ……でござる。君が最初に派遣されるヴィランになるだなんて」
「あ? いや、俺が最初じゃねえぞ」
「えっ?」
「おっと、お喋りは終わりだ。部屋っぽいとこに出るぞ」
エドワードが言ったとおり、砂の抵抗の中を泳ぎきった後、空間に出た。
「照明をつけるでござる」
酸素ボンベを外した折紙サイクロンが、下水道でも使用したアスクレピオス製の照明チップをパキンと折り、数個投げる。
「ひい!」
「うわっ」
照明チップの明かりの中に現れたそれに、ふたりはそれぞればらばらの声を上げる。
また彼らのスーツのカメラを通してその光景を見た地上の面々も、それぞれ大きなリアクションをしていた。
「な、な、な、なんでござるかこれえええええ!!?」
「マジかよ。やばすぎるだろ……」
折紙サイクロンが怯えた声を上げ、エドワードもまた慄然とした様子で言った。
まるで蟻の巣のようにあちらこちらに曲がりくねり、また枝分かれしている天井の低い通路。
その壁には様々な形の窪みが無数に掘られており、──そしてその全てに、白骨化、あるいはミイラ化した遺体がおさめられていたのだった。
しかもそれらはただおさめられているだけでなく、どの遺体も様々な服を着て、多くは椅子に座ったり、しゃがみ込んだりしている。
頭蓋の重みでだいたいは俯いたようになっているが、中には本を読んでいる姿勢のものや、こちらを覗き込んでいるようなポーズ、あるいは横長の窪みにリラックスしたような様子で横たわっているもの、頬杖をついているもの、揺り椅子に座って編み物をしているというものもある。もちろん、編み物は永遠に完成することはないが。
こうして身につけているものや、所持している品によって、彼らの生前の性別や個性がわかるようにもなっていて、そしてそれが今にも彼らが動き出しそうな雰囲気につながっており、非常に不気味な有様だった。
《──カタコンベ?》
「なんだって?」
《こっちにいる専門家がな。コンチネンタルの一部で昔からある埋葬方法だそうだ》
カタコンベは、古代◯◯教の地下墓地である。
かつてその地域では、死者は死後の世界で身分の別け隔てなく平等に楽しく暮らすのだと信じられており、また生者の魂だけを死後の世界に呼ぶことができるようになると信じられている時期があった。
そのため遺体はなるべく生前本人が好んだ衣装を着せられ、思い出深い品などとともに埋葬され、墓参りに来た家族と時に言葉を交わすのだといわれていた。
またカタコンベには、初期の◯◯教徒が迫害を避けて集まり礼拝所としても使用したという記録もある、とライアンは専門家の言葉をそのまま告げた。
「……こんなところに埋葬されたら、家族がいても訪ねてこられないよ……」
折紙サイクロンが、ぼそりと呟いた。
死者たちが着ている服はデザインどころか素材としても相当に古く、風化しかかっているものもある。世の人々がこんな服を着ている頃に死んだなら、彼らは一体どんなに長い間ここにいるのだろう、と彼は思った。
「で、これはただの大昔の墓か? まさか誰かの“コレクション”じゃねえだろうな」
《さあな。それは後で調査する。まずは誘拐された市民を見つけるのが先だ》
「了解」
ライアンの指示に、エドワードが足を踏み出す。折紙サイクロンが照明チップを一定間隔で放り投げて警戒しながら、とりあえずいちばん広い道を選んで進んでいく。
《照明チップは特殊な電磁波も出るようになってる。それを察知してこっちである程度マッピングもできるから、枝分かれしてる道もなるべく奥までチップ投げ込んどいてくれ》
「アスクレピオス、さすが頼れる技術力でござるな」
ライアンの指示どおり、折紙サイクロンは行き当たった道の全てに数個ずつの照明チップをなるべく遠くまで投げ込んだ。
「子供もいる……」
痛ましさの滲んだ声を出した折紙サイクロンが視線を向けた先には、古ぼけた揺りかごと、その傍らに、頭に大きなリボンを飾った小柄なミイラがちょこんと座っていた。フリルのついたシェードのせいで揺りかごの中ははっきりとは見えないが、茶色く干からびた小さな手が、埃っぽい上掛けの隙間から覗いている。
「おい、おい、おい。いよいよやばいのが出てきたぞ」
そして今度はエドワードがそう言い、彼が示したのは、枝分かれした短い通路の奥にあった礼拝堂だった。突き当りのどん詰まりに窪みが掘られていて、そこに星のついた十字架が掲げられている。
ただしその周囲の壁も天井も、びっしりと人骨が埋め込まれていた。しかもただ埋め込まれているのではなく、何人もの頭蓋骨を花のような形に放射線状に埋めたり、大きな大腿骨だけを集めて幾何学模様を作ったり、細かい手の骨で繊細な縁飾りを作ったりと、人骨を完全に素材として扱うやり方が用いられている。
折紙サイクロンとエドワードはさすが現役ヒーローと元ヒーロー志望だけあって、完全に“引いて”はいるものの何とか叫びもせず奥に進んでいるが、彼らでなければとっくに卒倒しているか、恐怖で泣き叫んでパニックになるか、嫌悪感で嘔吐しているくらいの反応が普通だろう。
《あっ、死者の日の飾りのようですね》
《はあ!? おいマジかよ、お前んとこのハロウィンあんなんなわけ!? 怖すぎだろ!》
《すべて本物なわけではないですよ。時々本物なだけです》
《だから何!? なんのフォロー!?》
緊張感のないカップルの言い合いに、エドワードと折紙サイクロンは正直少しホッとした。特に、あっけらかんとしたホワイトアンジェラの声は不思議と落ち着く。
「──皆、静かに!」
しかしその時、折紙サイクロンが鋭い声を上げた。エドワードも、地上にいるライアンたちもすぐに口を噤む。シンと静まり返ったカタコンベに、折紙サイクロンが耳を澄ませた。
──う、うあああ……
──ひいい……
「げっ、なんだこの声」
洞窟のような場所だからか非常に不気味に響いて聞こえてくるそれに、エドワードが思わず後ずさる。しかし折紙サイクロンは逆に、その声に向かってすぐに駆け出した。
「お、おい!」
「声がするってことは、生きてる人だ! 誘拐された市民かもしれない、でござる!」
きっぱりとそう言って遺体たちの間を駆け抜けていく親友に、エドワードは目を丸くする。しかしすぐに強張った肩の力をふっと抜き、彼の後を追って駆け出した。
「……こういうとこなんだろうな」
不気味な人の声にエドワードはまず警戒したが、彼は「助けを求めている人かもしれない」と迷うことなく向かっていった。
あの時、エドワードはヒーローらしくあらんと、目の前で起こった事件を解決しようとした。──人質を助けようとした、のではない。
市民を、仲間を、友人を、常に守ろう、助けようとしているイワンと、自分は根本的に違う。そしてだからこそ今こうなっているのだと、獄中の壁を見ながら考える時間をたっぷり与えられたエドワードは、既にはっきりと答えを出していた。
自分はもうヒーローにはなれない。そもそも素質もなかったと、エドワードは今なら言える。
しかし市民たちがそうするように、ヒーローたちを応援することはできる。ちょっと特別な力を持っていれば、今回のように、他の普通の一般市民よりは多少役に立てるだろう。
「せいぜい助けてやりますか」
自分はそれでいい。自分はヒーローの器ではないが、せめてヒーローである親友に恥ずかしくない程度の“いい奴”でありたい。だからこのまま行って良いのだと、エドワードは暗い墓場を駆け抜けた。
「なんだこりゃ。棺桶? カプセル?」
曲がりくねった道をいくらか駆け抜けると、今までで最も広い空間に出た。そしてそこには、機械で出来た無数の棺桶のような、透明な蓋のついたカプセルのようなものがぎっしりと等間隔に並べられている。
そしてその中には、今まで散々見てきたミイラや白骨死体とは比べるべくもない、みずみずしい肌をした人々が横たわっている。
「うう……あああ……」
「──生きてる! すみません、この人たち──」
折紙サイクロンが、カプセル内部の人々をヒーロースーツについたカメラで撮影し、画像を送信する。すると、《ビンゴ!》とライアンの力強い声が通信から響いた。
《顔認証が一致した。誘拐された市民だ!》
「良かった! ええと、ざっと見る限り皆生きているでござる!」
「でもなんか全員魘されてんぞ。NEXT発光してるけど、全員NEXTってわけじゃねえんだよな?」
事前に資料を読み込んでいるエドワードが、カプセルの中の人々を観察しながら言う。彼の言う通り、カプセルの中の市民たちは個々の差はあれど概ね苦悶の表情を浮かべて魘されながら眠っており、しかも体全体から、薄水色の光──NEXT能力の発光現象が起きていた。
《これ、ジョニー・ウォンの能力を食らった時のファイヤーエンブレムや市民たちにそっくりだわ! というか、そのものなんじゃないの!?》
《あっ、ほんとだ!》
割り込んで発言したのは、ブルーローズとドラゴンキッドである。
そして、ホワイトアンジェラがジョニー・ウォンの能力を使って昏倒させられたこともあって彼女らの証言は信憑性が高いものとされ、それを仮定して救助の目処を立てることとなった。
《とりあえず、衰弱してるとか今にもヤバい感じの市民はいねえか?》
「皆元気に魘されてるぜ。これは……点滴か?」
ライアンからの通信に対し、エドワードが、カプセル内をカメラで撮影しながら報告する。どの市民も身体がある程度固定されていて、腕や脇腹などに点滴の針が刺さっていた。ひっそりと脇に立てられたスタンドの薬液バッグには、高カロリー輸液のラベルがついている。
ひとまず全員の生存を確認すべく、エドワードはひとつずつカプセルの中を覗き込み、その画像を地上に送信していく。
「誰か倒れてる!」
一際強い声で、他に怪しいところがないかと部屋の奥まで進んだ折紙サイクロンが言った。
彼が見つけたのは、少し高くなった壇上にある、最も大きな棺桶型カプセルにもたれかかるようにしている白衣の男性の姿である。しかしその身体はまったく動かず、だらんと腕が垂れ下がっていた。
折紙サイクロンはすぐにその手を取って脈をとったが、脈を確認するまでもないその冷たさに「……だめだ」とつぶやき、丁寧な仕草でその腕を戻す。
「……え? あ、この人! ル、ルーカス・マイヤーズ氏です!」
《何だと!?》
ライアンだけでなく、全員が大きく反応を示した。
折紙サイクロンが送ったその画像は、確かに、ずっと行方不明であり、そしてこの事件の犯人、黒幕であるとみなされてきたルーカス・マイヤーズであった。
《確かに死んでるのか?》
マイクに割り込んできたのは、硬い声のフリン刑事である。
「は、はい。脈もないですし息もしてません。ひっくり返さないと瞳孔は確認できませんけど、もう冷たくなってます……」
《そうか。現場保持に努めて、動かさないようにしてくれ》
プロの指示に「了解でござる」と返し、折紙サイクロンは更に何かないかと周囲を探る。
「マイヤーズ氏がもたれかかっているこのカプセルだけ、やけに大きいでござるな」
「中には何もないのか?」
市民が寝かせられたカプセルをすべて確認し終え、エドワードが折紙サイクロンに歩み寄る。
「色々装置があるでござるけども、拙者が見てわかるようなものは何も……」
「そうか」
「……このカプセル。何が入っていたんでござろうか」
折紙サイクロンが呟いた。ルーカス・マイヤーズが突っ伏すようにしている、一際大きく、特別だとわかるカプセル。だがその中身は空っぽで、なにもない。
「ないもんはしょうがねえさ。それと、あっちにいかにもな部屋があった。気は進まねえけど仕事だ、調べようぜ」
「わかった」
エドワードの提案に折紙サイクロンは頷き、ルーカス・マイヤーズの遺体と空っぽのカプセルからそっと離れた。
壇上に巨大なカプセルとルーカス・マイヤーズの遺体、そしてたくさんの市民たちが寝かされていた広い部屋の更に奥には、珍しく扉が取り付けられた部屋があった。
ただしその扉は、エドワードが「いかにも」と表現したとおり、粘土かコンクリートのようなものに人骨がビッシリと隙間なく貼り付けられてあるという、非常にアーティスティックな作品であった。
彼らは心底うんざりしながら、ノブにまで骨が使われているそれを極力触らないようにし、そっとそのおぞましい扉を開ける。
「──誰かいる」
折紙サイクロンが、小さく、そして素早く呟いて緊張感を高める。
部屋の中は先程の小さな礼拝堂と同じく、壁にも天井にもびっしりと骸骨アートが施されており、また神父のカソックを纏ったミイラが何体も、壁際の椅子にずらりと並んでいる。
今までと違うところといえば、手の骨を使って作られたいくつかのランプに橙色の明かりが灯されていて、その光が無数の骸骨を雰囲気たっぷりに照らし、そして奥にある星付き十字の祭壇の前に跪いている人影を浮き上がらせているところだった。
「……誰だ?」
エドワードがそう言った瞬間、人影が立ち上がった。
ふたりはすぐに警戒したがしかし、祭壇のランプの逆光になって真っ黒の人影は、立ち上がるなりすとんと消えてしまった。
「えっ!?」
「何だ!? 落ちた!?」
まるで真下の穴に落ちたかのような消え方に、ふたりは急いで先程の人物がいた場所に駆け寄る。しかしそこにはぼろぼろになった年代物の敷物があるだけで、念の為めくってみても、穴などどこにもあいていない。
「おや、おや、おや、おや、おや、おや、おや、おや」
すぐ真後ろからの老いた声に、ふたりは悲鳴もあげられずに飛び退る。
片や苦無を両手に構え、片やいつでも壁を砂にできるようNEXT能力を軽く発動した彼らは、カソック姿の小柄な老人に対峙した。
「これは、これは、これは、これは。よくいらっしゃいました」
「あなたは……」
穏やかな微笑みを浮かべている老人に、イワンは覚えがある。といっても実際に顔を合わせたのは初めてだが、重要参考人にして犯人に最も近い人物、あるいは実行犯として挙げられている人物であるので、映像や写真でしっかり顔立ちを頭に叩き込んでいる。
ガブリエラのマンションに2丁拳銃の老人の妻を装い潜伏していた老婆にして、この古い教会の神父、そして二丁拳銃の老人を廃人にした壁抜けNEXTが、そこにいた。
だがイワンは一瞬、ルーカス・マイヤーズと並ぶ重要人物であるこの人物を、すぐさま判別できなかった。
この異様な空間や、薄暗いランプのせいではない。それはこの老神父の頭がすっかりきれいに剃り上げられていて、しかもその頭をぐるりと取り巻くように、そこそこ新しい大きな傷跡があったからだった。更に気のせいでなければ、なんだか顔つきも少し違うような気がする。
(あの、傷痕は)
折紙サイクロンは、その既視感を確かな記憶に繋げた。
眼の前にいる、老神父の頭の傷痕。まるで、すべての罪を背負った救世主の茨の冠のようにも見えるそれは、ガブリエラの実母・マリアの頭にあった傷痕と、まったく同じものだった。
違うのは、マリアは植物状態であったが、老神父はこうして口を利き、不自由なく動き回っているというところ。
マリアの頭の中には、得体の知れない小さな機械がネジで取り付けられていた。ならば、──眼の前にいる人物のあの頭の中は、一体どうなっているのか。
折紙サイクロンは、思わずごくりと息を呑む。
無数の骸骨で出来た祭壇、礼拝堂。
その中で、老神父は己と同じカソック姿のミイラたちを背に、にっこりと微笑む。
茨の冠から血が一筋、その笑顔の上につうと流れ落ちた。