すべての質問が終了したので、アンジェロ神父は最初と同じように無愛想に電話を切った。
「しっかし、思いがけずめちゃくちゃ話が進展したな。……いや、それ以上のことも色々わかりすぎたというか……情報過多なぐらいだが……」
アンジェロ神父から得られた情報を他の警官たちとともにまとめたフリン刑事が、驚きを滲ませて言う。しかしそれには皆同意だったので、否定する者は誰もいなかった。
「ああ、かなりの情報量っつーか。……おい、おまえ大丈夫か? 理解できてる?」
「えっ」
突然ライアンから指摘されたガブリエラは、あからさまにぎくりとした。
「難しい話は右から左に丸投げする」という悪癖がある彼女は、ライアンだけでなく全員から注目され、だらだらと汗を流して目を泳がせた。
「だ、大丈夫です。はん……半分くらいはわかりました!」
「半分?」
「ヴッ」
じろりと半目で睨まれて、ガブリエラは尻尾があったら確実に股の間に巻き込んでいるだろうというような、情けない顔になった。
「は、半分、の……はんぶん……くらいは……」
「ダメダメじゃねーか」
「ライアンはさすがです! むずかしいお話も次々」
「誤魔化されねーからな」
「ううう」
食い気味に撥ね付けられ、ガブリエラはしおしおとなった。
更に、「あんた自分のことでしょ」「ギャビーが事件の中心なのよ。しっかりしてちょうだい」「ギャビー、もうちょっとちゃんと話聞かなきゃだめだよ」と呆れ半分に女子組が意見を述べる。
他にも虎徹が「うーん、難しい話なのはわかるけどな」と同情半分のコメントをし、「気が緩んでるとこはあるよな」とアントニオが同意し、「ちょっと危なっかしいでござるなあ……」とイワンが眉を下げ、「アンジェラ、もう少し意識を高く持たないと」とバーナビーがお叱りの言葉を発した。
「アンジェラ君、LISTEN! そしてLOOKだ!」
「ううっ」
とどめに人差し指を立てたキースに犬へのコマンドを用いて注意を促されたガブリエラは、「すみませんでした……がんばります……」としょんぼりと反省の意を示した。
「愛されててよかったじゃねえか」
「はっ、そのとおりです! お叱りは、すなわち愛! 愛されている私!」
しかしライアンのひとことにより2秒で気を持ち直したガブリエラは、「ありがとうございます皆さん! これからは頑張って理解します! 愛されているので!」と、相変わらず単純にやる気を漲らせた。
「……モチベーションが高くて何よりだ。とりあえず、さっきの箇条書きに付け加えてまとめてみたぞ」
呆れ気味にそのやり取りを見守っていたフリン刑事は、資料をまとめてくれていたスタッフにアイコンタクトを送る。すると、先程から使っているスクリーンに文字が映し出された。
@ ルーカス・マイヤーズの行方、また行動の目的や動機。
→依然として不明。地下の可能性。
→星の民、及びウロボロスとの関係が濃厚。
A 3人の神父の行方と所属。アンジェロ神父と直接のやり取りがあったかどうか。
→星の民が回収済み。追跡は無意味であるため捜査打ち切り。
→アンジェロ神父との直接のやり取りは無し。
B 二丁拳銃の老人の所属。
→星の民が仕事を依頼したが、本来無所属。
C Bの老人の妻を装い、また彼の輸送中彼を廃人にした老婆の所属、能力詳細。
→ウロボロスが用意した人材。本来の所属は不明。能力不明。
D この事件における、テロ組織であるウロボロスの関係性。
→星の民と協力してのアンジェラ誘拐。
→現在の目的は思想目的のテロの可能性が濃厚。
E 黒骸骨アンドロイドの所属、また街にこれを放った直接の犯人とその手段。
→星の民とウロボロスが共同開発・流通させた、ドラッグ輸送アンドロイド。
→今回市街を襲っているのはルーカス・マイヤーズによる強化最新版。
F Eによって誘拐されたと思われるブロンズステージ市民の行方。
→不明。ルーカス・マイヤーズが管理している可能性あり。
G アンジェロ神父の詳細。事件との関わりはあるか?
→星の民の末端構成員。
→私的にアンジェラのバックアップに徹しており、協力者として認識。
H アンジェラの実母、ラファエラの詳細。能力者であったならばその点も。
→ラファエラ・マイヤーズと同一人物と確定。
→アンジェロ神父の証言による詳細な人柄については別紙。死亡証言あり。
→アンジェラとは逆の“他人のエネルギーを吸い取る”能力の持ち主。
I “ガブリエル”の心当たり。
→ラファエラの恋人にしてアンジェラの養母と名前が一致。
→能力、他詳細については別紙。
→人柄や発言が精神異常化前のアンジェラの養母と似通っているとの証言あり。
「バックにどんだけデケエもんがいるのかなんて、俺にはわからん。この事件に関わったことで、俺も出世の道は絶たれたんだろう」
フリン刑事が、吐き捨てるように言った。
アンジェロ神父によれば、シュテルンビルト市警のいち警部でしかないフリン刑事が未だこの事件の中心に据えられているのは、星の民と癒着のある政府、また国際警察の思惑が働いているからだ。あえて何の権力もない木っ端の刑事を責任者に置くことで、後で何が起こっても挿げ替えが容易になるように。
そして本来かなり上のちいにいる警察関係者も知らないような裏側を知ることになった彼が、その情報を活かせるような立場に出世することは、もうないと確定されたようなものだ。
「はん、上等! 俺は生涯現場主義のシュテルン
刑事(デカ)だ! この街に骨埋められるんなら本望よ!」
不敵に笑って、フリン刑事は拳で自分の胸を叩いた。「いいぞぉ、刑事さん!」と虎徹が野次を飛ばす。
「難しい話は知ったこっちゃねえ! 事件が起こってるのは間違いなくこの町で、誘拐されたのもこの街の市民だ! テメエのナワバリ荒らされて、これ以上わけのわからんサイコパス野郎やテロ集団に好き勝手やらせてたまるか!」
前に出たフリン刑事は、パン、と手を叩いた。全員の背筋が伸びる。
「つまり俺達がやらなきゃならんのは、まずは何より誘拐された市民の居場所を突き止めて救助。ウロボロスがテロを起こしたら対応。あとは追々! 以上!」
「おお、とてもわかりやすい!」
ガブリエラが目を輝かせ、挙手までして返事をする。
そしておバカちゃんの彼女がすぐに理解できるほどのシンプルな指示は、他の全員ももちろん完全に理解できていた。
「俺たち警察は引き続き、ルーカス・マイヤーズと誘拐された市民の居所を突き止めるぞ! 今度はブロンズの地下施設を片っ端から洗って回れ! 神父モドキ3人の捜索してたチームは、二丁拳銃をやったババアの捜索にシフト!」
力強い指示に、警官たちが敬礼をして部屋を飛び出していく。
そして、今度はライアンが指示を飛ばした。
「こっちも負けてらんねえな。……ドミニオンズ! クラーク支部長に何とかして連絡取れ!」
「了解しました」
ガブリエラが完全に復帰したこともあり、いつもの隙のないスタイルに戻っている美女軍団が、ハイヒールの踵を頼もしく打ち鳴らしてそれぞれの仕事を開始する。
「パワーズは斎藤さんと協力してアンドロイドの調査と、効率的な壊し方を突き止めろ」
「オーケー!」
有能極まるオタク集団が、やる気を漲らせながら自分の研究室に走っていった。自分の人生をかけた研究を悪用された主任のランドンは既に落ち込みを怒りに変えており、「完全にぶち壊してやる」と黒いものを背負いながら大股で部屋を出ていった。
「ケルビムはシスリー先生中心に、ラファエラ・マイヤーズを調べろ。なんか許可が必要だったら、俺の名前使って司法局に申請出せ!」
「わかりました」
シスリー医師を中心に医師集団がデータをかき集め、各々の専門分野の知識をありったけ放出しながら、ルーカス・マイヤーズというモンスターの所業を解析し始める。
「アークは24時間体制でアンジェラのガード! 不審者は随時報告!」
「はっ」
白スーツのグループが、一糸乱れぬ敬礼を返した。
「では、僕たちヒーローは引き続きブロンズを中心にパトロール兼待機。可能ならば市民に聞き込みなども行いましょう」
各チームがきびきびと行動を開始する中、バーナビーがそう発言し、ヒーローたちが「了解!」と気を引き締める。
「焦る気持ちもわかるけど、アンドロイドが出てくるのがマジで不規則だからな。休息もなるべくしっかり取るようにしようぜ」
「ええ、そうですね」
ライアンの提案に、バーナビー、そして他のヒーローたちも頷く。
「ライアン! 私! 私は!?」
やる気満々でぴょんぴょん跳ねながら、ガブリエラが挙手する。
「おまえは食って寝とけ」
「……む?」
「誘拐された市民が見つかった時に備えろ。時間過ぎて余ったカロリーは、ヒーローとスタッフのバックアップに回せ。見たことない夢見たら言えよ」
「おお! それなら難しくありません! 完全に理解しました!」
端的なライアンの返事に大きく頷いたガブリエラは、「ようし食べますよ! 食べ尽くしますよ!」と言いながら、ボディガードのアークを連れて鼻息荒く食堂に向かっていった。
傍から見るとおバカを現場から厄介払いしたように見えなくもない指示だが、彼女のカロリー保持と体調さえ万全なら、誘拐された数十人の市民が衰弱した状態で一気に見つかった時はもちろん、いざという時にヒーローたちの体力が心もとなかったり怪我人が出てもなんとでもなるし、エンジェルライディングで誰よりも早くライアンを現場に運ぶこともできる。
そして未だ過去の夢を見る彼女から、ラファエラや、未だ正体不明のガブリエルの手がかりがまた得られるかもしれない。
何事もがむしゃらに無理をすればいいというものではないのだ。
適材適所の効率的な指示を的確に下したライアンは、皆の報告を聞き次の命令を与える司令塔として、どっしりと椅子に腰を下ろした。