#161
《では次にみっつめの質問の答えだ。二丁拳銃の老人は、このあたりを住処にしている始末屋。星の民でもウロボロスでもないが、今回奴に声をかけたのは星の民だ》
色々名前を使い分けているが、こちらでは二丁拳銃とだけ呼ばれている、とアンジェロ神父は言った。鉄板入りのブーツを売っている店の常連でもある、と。
《腕はいいが金よりも女と殺し……特にNEXT相手の殺しが好きな変態で、NEXTでもないのに薬の中毒者でもあった。今回の仕事を受けたのは、おそらく報酬が薬だったことと、あとは単にこの仕事を面白がったんだろう。そういう男だ》
「ろくでもねえ」
《その点については全く同感だ。……そして、二丁拳銃は腕はいいが勝手をしがちなので、ウロボロス側が用意した人物とツーマンセルで行動させることになっていた》
「な、……じゃああの婆さんは、ウロボロスの構成員ってことか!?」
《そのあたりまではわからん。二丁拳銃は星の民が用意したが、奴そのものは星の民ではないしな。だがあの老婆がウロボロスが手配した人材なのは確かだろう》
アルバート・マーベリックと酷似した能力を使った老婆が、ウロボロスの関係者。つながってきたな、と誰かがつぶやき、バーナビーは拳を握りしめて神父とライアンの会話をひとことも聞き漏らさないよう、険しい表情で集中していた。
《4つめの質問に答えたことになったな。つまり、あの老婆はウロボロスが用意した人材だがその詳細までは不明だ。能力もな》
「……そうか。じゃ、続けて5つめの質問だ。ウロボロスの目的は?」
《テロ》
端的極まる返答だった。
《そのテロの目的、というと別の話……ウロボロスそのものの話になってくるのでな。そこまで深い情報は持っていない。まあ、元々ウロボロスの行動原理はいつも狂信的だ。宗教というなら星の民よりも剣の民、ウロボロスのほうがよほどそれらしい》
「テロ組織なんてそんなもんだろ」
今までの仕事でそういう内容がなくもなかったライアンは、目を細めて吐き捨てた。
《しかしそのため、ウロボロスはアンジェラの身柄にはさほど執着していない》
「アンジェラを狙ってるのはあくまで総本山、星の民ってことか」
《だがその星の民も、既にアンジェラの利用価値は諦めている》
その発言に、ライアンも、また他の面々もきょとんとした。
「……諦めた?」
《よって、星の民はこの事件に関してもう手出しすることはない。だからこそ私もこうしてべらべらと情報を放出している。もう関係ないからな》
「証拠は?」
《“セラフィムの輝き”の紋章のついた文書を発行したのだろう。星の民は金のやり取りと契約書を大事にする》
それはこのやり取りの最初に語った、アンジェロ神父の情報屋としてのスタンスそのものでもある。本当に仕事としてやってるんだな、とライアンはその姿勢の徹底ぶりに舌を巻いた。
「てことはあの手紙は、“自分たちは関係ない”という意味では真っ赤なウソだが、“自分たちは手を引く”と証明するものとしては確かだってことか?」
《そういうことだ。また星の民が今回の計画を中途離脱することについては、ウロボロスとも話はついている。計画から手を引く代わり、今後も各勢力がこの件に手を出さないよう圧力をかけ続けて欲しい、これからも良い取引を──という具合の円満な離脱だった》
「それが本当だとして、……星の民がアンジェラを諦めた理由は?」
《もちろん金にならないと判断したからだが、その理由はふたつ。そのうちのひとつが君だ、ゴールデンライアン》
「俺?」
ライアンが眉をひそめる。
《星の民は金になることならなんでもするが、それと同時に金を得るに不利になるようなこともしない。だからこそ売り物の孤児が恨みを持たないよう大事に育てるし、◯◯教は怪しい宗教なのではと言われないように慈善事業にも熱心になる》
「悪いところじゃないってか? 世界中にドラッグ売りさばいといて?」
《悪いところでないとは言っていない。薬はかなりの金になるし、廃人になるまで中毒症状が進めば勝手に死ぬので面倒もない》
「……あー。あー、そういうことか」
ライアンは半目になり、頭を掻いた。
つまり金を得るためなら、なんでも──つまり対外的に善い事も悪い事も、ほんとうの意味で見境なく何でもやる、ということだと理解したからだ。また善悪の境が曖昧になっていく。
だがイメージ商売の宗教団体として表の世界に看板を出している星の民は、そういった部分でダメージを食らうことを徹底的に避けている。
つまり星の民が問題なくホワイトアンジェラを手中に入れるには、大義名分が必要だった。しかしゴールデンライアンというプリンスに守られているホワイトアンジェラを横から掻っ攫っては、世間から見て悪者のドラゴン、そうでなくても出しゃばりのおせっかいにしか成り得ない。
《君を悪者にできないかと“あら”も探したが、君は多くのカメラを自分に向けさせて世界中に発信し、露悪趣味ともいえるほど全てが赤裸々でどこまでもクリーンだった。交友関係も広い上に発言力のある友人が多く、“あら”どころか捏造を差し込む隙もない。だから諦めた》
「そりゃどうも。……で? その“あら”を探したのは?」
《私だ。裏は取られたがな》
本来はもっと上層の仕事だがアンジェラの養父という立場から担当になった、となんでもないように続けたアンジェロ神父に、ライアンは顔を引き攣らせた。
前の部屋に盗聴器などはひとつもないと思っていたが、それよりも遥かに大きな耳が自分についていたのである。だが、それだけに信頼できる情報ではあった。
そしてもうひとつ。ライアンは、先程からもしかしてと思っていたことについて、今のやり取りで確信したことがある。が、今それを口に出すと話の流れをぶった切ってしまうので、ひとまず後に回すことにした。
「……そうか、わかった。で? もうひとつの理由は?」
《ダイヤを掲げる星の民、スペードを掲げる剣の民に続いて、クラブを象徴とする組織。『杖の民』との取引が成立した》
「何モンだ?」
《杖が象徴するのは、最も数が多いが欠かせぬ労働を担う民、あるいは知恵を探求する学者たちだ》
だが田畑は戦で焼かれ、王が変われば知恵も焚書で灰になるのが世の習いだ。常に歴史の流れに翻弄され、生まれては消えていく消耗品、力なき者たち。
《そのため、杖の民はもう存在していない……少なくとも何らかの集団として残ってはいない、と思われていた》
「思われていた? ってことは……」
《おそらく本社経営陣とその関係者のみだとは思うが、──アスクレピオスホールディングス。それが現在の杖の民だ》
「……あーもー。まぁた、びっくり情報が……」
ライアンは、頭を抱える。
ホワイトアンジェラ暗殺未遂以降、いつまでたっても何の連絡も寄越してこないアスクレピオス本社と、一体何をしているのか不明なダニエル・クラークのことは、ライアンも常に気にかけていた。
そして今、その正体があきらかとなった。
反骨精神露わに永遠をかたどるでもない、天使に選ばれたでもないただの蛇が、羊が食む三つ葉をかたどる素朴な木の杖に這って登り、天の星をただ憧憬をもって眺めているシンボル。
医神アスクレピオスの杖に似せられたそのシンボルは、実は杖の民の紋章そのものであったのだ。
《杖の民は、本来意志を持たないものとされる》
「意志がない……?」
《民は民だ。率いるものがなければなにもできない烏合の衆》
大局を見据えて動くことはなく、ただその日を暮らし、身近な幸せを求める普通の人々。柵の中で草を食み、羊飼いに率いられる安寧を好む羊の群れ。それが民だ。
《もしそのとおりならば、杖の民であるアスクレピオスはただ大きな目的もなく人と会社を集め、巨大な烏合の衆になるだけの存在ということになる。特に何をするでもない。だが》
ライアンは、神父の言葉を待った。
《民は、常に先導者を求める存在でもある。頭のない自分たちに代わるもの。すべての責任を負って自分たちを先導してくれるもの。──一説には、後々のために彼らがかの王国の王族を何人か逃したとか、保護したとも言われている。今まで何の動きもないのでおそらくなさそうだが》
もし本当に王族を庇護していたのなら、その王族を旗頭に何らかの動きがあったはずだ、ということだろう。ライアンは頷いた。
《しかし今回、杖の民は王ではなく、英雄、ヒーローを掲げて名乗りを上げてきた》
ゴールデンライアン、そしてホワイトアンジェラ。
《ヒーローは、オーディエンスの応援あってこその存在だろう》
「つまり……俺達は、アスクレピオス……杖の民に、何かをさせられようとしている?」
《さあ。そこまではわからない。だが先日、アスクレピオスホールディングスのシュテルンビルト支部長、ダニエル・クラークが『杖の民』の末裔を名乗り、星の民である総本山に接触してきた》
「何だと?」
《彼が行ったことは、こちらもふたつ。まずかなりの人数……現在星の民が保有しているNEXTの孤児の殆どを買い取った》
「子供を買った? なんのために……、っておい、まさか人体実験とかしてんじゃねえだろうな!」
《知らん。が、“声”を聞く限り、不審なところは見られない。アスクレピオスは主にコンチネンタル北部を中心に、高レベルなNEXT保護施設を数多く所有している。買われた子供はそれらに分散されて収容されたようだ。何人かの声を追いかけて経過を見ているが、心身ともに充分なケアを受けているようだ》
怪しい所だらけだが、とりあえず子供たちがひどい目にあっているということはないという情報に、ライアンだけでなくヒーローたちも浮かせかけていた腰をなんとか下ろす。
《ただいきなり子供の在庫を総ざらいされて、ウロボロスと敵対関係になる可能性がなくもない。また在庫は復活するが》
これ以上はわからないというアンジェロ神父に、ライアンは渋々頷いた。
《取引のふたつめは、これ以上アスクレピオスのヒーローであるホワイトアンジェラに手を出さない代わりに、星の民が売りさばいている薬の中毒治療法を提供すること》
「中毒の治療? 薬を抜くってことか?」
《そうだ。星の民はそれを歓迎し、取引に応じた》
「は? 薬ばらまいてるくせに、治療方法?」
治療法が確立した事自体は善いことだし、喜ばしい。しかしそれを薬をばらまいている元凶が喜ぶとはどういうことなのか、とライアンは怪訝な顔をする。
《今まではただ廃人になるまで薬を売りつけて終いだが、治療できるようになれば再び薬を売りつけられる。つまり今までよりも更に金が稼げる。この薬に限らず、中毒者が再び薬にはまり込む確率は非常に高いからな》
マッチポンプ、自作自演。言い方は色々だが、どちらにしろ外道の所業だ。ライアンだけでなく、他の面々も険しい顔をしたり、青ざめたりする。
また薬欲しさにアンジェラを攫おうとして失敗し総本山に回収された3人の神父もどきは、その治療の正式な第一号になるだろう、とのことだった。
《先程言ったように、ゴールデンライアンの存在によってホワイトアンジェラを得るのは難しいという結論が先に出た。しかし金蔓は惜しいのでどうにかならないか、と往生際悪く話し合っているところで、『杖の民』を名乗るダニエル・クラークからの接触》
そして金の亡者たちはホワイトアンジェラを得るよりも、彼が持ちかけたこの取引によって既存の商売を発展させたほうが莫大な利益が見込める、と判断した。
《君の手元に届いた“セラフィムの輝き”付きの書面も、ダニエル・クラークが依頼して発行させたものだ。それまで君が出した手紙は、届いて早々目も通されずに仕舞われていたがね》
魑魅魍魎どもめ、とライアンは歯噛みした。
ダニエル・クラーク。初対面からどうにも胡散臭い男だと思っていたが、そのとおりだったようだ。彼を未だ“いい人”と称するガブリエラは、「クラークさんのおかげで手紙の返事がきたのですね!」とにこにこしているが。
《先日ダニエル・クラークがやって来るまで、総本山もウロボロスも、杖の民が自分たちのように未だ存続していることを知らなかった。だからその目的も規模も、不明なところがほとんどだ。だがアスクレピオスは超巨大な組織で、技術力も資金もあるので双方非常に警戒している》
──大局を見据えることもなくその日を暮らすのみの、何の力もない民草たち。そう思われていた杖の民がもしかしたら、違うあり方で現代に蘇ってきたのではないかと。
《以上の理由によって、星の民はホワイトアンジェラから完全に手を引いた》
アンジェロ神父は、きっぱりと言った。
「……支部長、ダニエル・クラークは今どこにいる?」
《アスクレピオスホールディングス本社。今回の事件の責任を取って、シュテルンビルト支部長は解雇になるようだ。そのうち連絡が行くだろう》
「解雇だと? ……こっちに戻ってくることはない?」
《不明だ》
「くそ」
間違いなく多くを知っているだろうダニエル・クラークが、外部エリアに行ったまま戻ってこなくなる。その可能性に、ライアンは舌打ちした。
「でも、まあとにかく、星の民……◯◯教総本山からのアンジェラや俺達へのちょっかいはもうない、と断定してオーケーなんだな?」
《問題ない。でなければ私も電話に出ていない》
やっと得られた辛うじて良いニュースに、ライアンはハアと息をついた。
《では次。6つめだ。黒骸骨アンドロイドの所属、また街にこれを放った直接の犯人とその手段。……元々総本山とウロボロスは、かなり前からとある合同プロジェクトに着手していた。それがあの黒いアンドロイドだ》
──用途は、薬の採取と運搬。
「あの骸骨もドラッグ関連かよ……」
《そうだ。あの薬は荒野に自生するサボテンから作られるが、どこも無数の地雷が埋まっているために人の手での採取が非常に難しい。同じ理由で、遠方への輸送も。有人の飛行機も特別な手続きを行わないと飛ばせない区間だが、小型無人機の飛行禁止法があるのでドローンの使用もまずい》
そのため、何の許可も手続きもなしにあの荒野を渡るには、ガブリエラのようにいちかばちかの徒歩で渡るしかない。そしてそんな命知らずなことをする者はいないと判断されているからこそ、徒歩での横断をチェックするものは何もない。
《だがあの地雷は、小さな子供くらいの体重なら反応しない。完全ではなく80パーセントくらいの確率なので、乞食の子供か、死んでもいい受刑者の中でも小柄な者を極限まで痩せさせて採取させるのが昔からの手段だ》
その言葉に、ガブリエラがぴくりと肩を揺らした。
《あの骸骨アンドロイドは、地雷を爆発させずにサボテンを運搬できるよう、非常に軽量に作られている》
たためば体積も小さくなって在庫の隠蔽もしやすく、運び屋の持ち逃げトラブルと無縁になるという利点を持つ、元手以上の莫大な利益を生むアンドロイド。この骸骨アンドロイドは荒野を中心として、世界中の犯罪組織や刑務所に便利な備品として爆発的に流通し配備された。
《通常、昼間は地面に倒れて濃い影に紛れ、黒いボディに太陽光を集めて蓄電。夜になると闇に紛れて動き出す》
「……では、あれは……」
ガブリエラは、目を見開いて呟いた。
「あれは、おばけではなく、……薬を運ぶ、アンドロイド?」
思い出すのは、日が暮れた荒野。
ぼろぼろの人々が歩かされて吹き飛んだ刑務所の前、地雷だらけの地獄の釜の底。日が沈むと同時にいつの間にか立ち上がり、死者の日のように歩く骸骨、人の影。
《そうかもしれんな》
「し、し、しかし、しかし、女の人がですね。そちらは骸骨ではなくてですね」
《ではそっちは幽霊だ》
「ぎゃあー!!」
アンジェロ神父のさらりとした肯定に、ガブリエラは青い顔で絶叫した。
《なんだ、まだそういうものが怖いのか》
「なぜなら死者の日に! 死者の日に! 骸骨が! おばけが、おおおおばっ、おばばば、おばっおばけが、おおおおお!」
「あーもーうるせえ」
ぎゃあぎゃあ騒ぐガブリエラを、ライアンはぐっと抱き込むことで黙らせる。フーフーと息を荒げていたガブリエラは、ライアンの胸元のシャツのにおいを嗅ぐうちに静かになった。それどころかだらしなく幸せそうな顔をし始めた彼女に、その顔が見える位置にいる面々が揃って残念極まりないものを見る目をする。
《この辺りの流通には、アルバート・マーベリックも大きく関わっている。奴は星の民に気に入られているだけあって、裏表双方向に対応できる優秀な営業マンだった》
ガブリエラの反応を無視して、アンジェロ神父はまた話しだした。
「骸骨アンドロイド製作のためにロトワング博士の技術を提供したのはウロボロス。総本山はその技術に投資して、更に莫大な薬の利益を得ようとしたってことか」
《少し違うな。得ようとしたんじゃない。もう得てる。相当に》
鬼の形相をしたフリン刑事が、思い切り机の脚を蹴った。
また今までは黒骸骨アンドロイドをH - 01の技術流用の代物だとしていたが、実際は逆である。量産型の黒骸骨アンドロイドが流通を含めて成功したことで、ロトワングとアルバート・マーベリックはより高度なアンドロイドであるH - 01の開発と製作に着手した。
《ここで一枚噛んできたのが、ルーカス・マイヤーズだ》
「……何?」
《ルーカス・マイヤーズはこのアンドロイドに自分の作ったAIを搭載すれば、より高度な運搬と、採取まで可能になると提案した》
ただまっすぐにプログラムされた目的地に向かうだけだった骸骨アンドロイドを、障害物や人目を避けて進んだり、また細かい動作が必要になる採取作業、またロトワング博士の作った強靭なボディを活かした戦闘すら可能にさせる高度なAI。
《しかもウロボロスがランドン・ウェブスターの研究原案を所持していることを知ると、それを完成させることも提案した。ランドン・ウェブスターが完成させたものとは逆の、“NEXT能力を留め置く”という性質のものにした上に、それを再発動させる機構もセットで》
今度はランドンが頭を抱えた。背を震わせて俯く彼を、パワーズの面々がおろおろと見守っている。
元々ウロボロスが研究していたのは、NEXTに更にもうひとつふたつ能力を持たせる実験。しかしこれは貴重なNEXTを実験で何人も使い潰してしまったため中断され、ジェイク・マルチネスただひとりを成功例としたのみでやらなくなった。
だがしかし、対象が人ではなくモノであれば、開発中のコストも低く済む。道具に有用なNEXT能力を定着させ発動することが出来るようになれば、それをNEXTに持たせればいい。NEXT能力者の崇高さをアピールするには物足りないやり方だが、ひとまずは実利を重視。そういう考えのもとに実験が始まったのだという。
《とにかく、より高度な薬の運搬とサボテンの採取、おまけに戦闘が出来るAIを総本山は歓迎し、NEXT能力を留め置き再発動できるという技術をウロボロスが賞賛した。総本山にとっては金になり、ウロボロスにとっては思想にマッチした代物だからな》
どちらにも益になる。上手い取引だ、とライアンも思った。
「……で? そこまでしてデカくて真っ黒な商談の間にしゃしゃり出てきたルーカス・マイヤーズの目的は何だ?」
《表向きは、自分も星の民であるので協力は惜しまないとか、その親しい商談相手であるのならばなどといった調子だったが》
「しゃらくせえ。本意は?」
《不明だ。星の民がアンジェラを手に入れた場合、何年後でもいいので用が終われば身柄を渡して欲しい、というようなことは言っていた。何らかの人体実験目当ての可能性はあるな》
ライアンの表情が険しくなる。沸き起こった激しい感情を、彼は「むうう、内臓を抜かれるところでした」と苦々しい顔をするガブリエラの頭をわしわしと撫でることで誤魔化した。
「狙撃の時、銃弾にジョニー・ウォンの能力を込めた理由は?」
《ジョニー・ウォンの能力であるヴィジョンクエストは、目覚めた時にNEXT能力がより洗練され強力になるという作用がある。本人が昏倒していれば身柄の確保がしやすい上、目覚めた時には更に有用な能力に進化しているという、星の民にとってのふたつの利点。またセキュリティ性の高いイベントでヒーローの狙撃に成功するというテロとしての有効性は、ウロボロスが支持したため採用された作戦だ》
「なるほど。……じゃあまた話を戻すが、黒骸骨アンドロイドをここ連日街に放ってる実行犯は?」
《そこまでは知らん》
だが、消去法でいくとウロボロス。あるいはウロボロスとルーカス・マイヤーズということになるという確認を、アンジェロ神父は否定も肯定もしなかった。
「おそらくこの黒骸骨アンドロイドを使ってブロンズステージの市民が多数誘拐されてるが、その目的は?」
《それはもっとわからん》
「ほんとに?」
《繰り返すが、嘘はつかない。それに私は星の民でも末端だ。なんでも知っているわけではない》
不満げな声を出すライアンに、アンジェロ神父はぴしゃりと言った。
《強いて言えば……被害者が全員NEXTならウロボロスらしいところだが、そうではないと“聞いて”いる。ルーカス・マイヤーズの目的に関わる可能性のほうが高いんじゃないのか》
「目的……。奴の目的こそわけがわかんねえんだよな」
ライアンは顔を顰め、後ろ頭を掻いた。
「考えられることは何かあるか?」
《さっぱり》
「……何も?」
《何も、だ。総本山とウロボロスの商談にしゃしゃり出てきたことで、私もしばらく奴を追っていた。人間どれだけ秘密にしていてもどこかで本音が口を突くものだが、奴はそういう素振りがまったくない。風呂もトイレも、寝言でさえ》
本当に徹底してルーカス・マイヤーズに“聞き耳”を立てたらしい神父に、全員微妙かつ恐ろしげな顔をする。
《まあ、頭の中を覗けるタイプの“天使”たちならば何か掴んでいるかもしれんが、末端の私にそれを知るすべはない》
天使って何だ、という疑問を感じたが、ライアンはそれを頭の隅にメモしてあとで聞くことにして、身体の重心を右から左に変えて気を取り直した。
「じゃあ、あんたの個人的な見解を聞かせてくれ」
《私の?》
「冴えない末端のヒラ社員だろうが、長年の経験に基づく勘ってのは馬鹿にできねえ。最近思い知ってきてるところなんでね」
そう言って口の端を上げたライアンがちらりと見たのは、ワイルドタイガーやロックバイソン。彼らは目を見合わせ、次いで居心地悪そうにそわそわし、「誰が末端のヒラ社員だ」とぶつくさ言いつつも妙に嬉しさが隠しきれない様子の顔をした。
《……何か一物抱えている気配はあるな》
そして、長年荒野の果てにこもって世界中の声をかき集めている情報屋は、今までで最も重みのある声で言った。
《しかし不自然なほどにボロを出さない。言動と行動は完璧で、聖人じみていると言ってもいいほどだ》
「あー。わかります」
うんうんと深く頷いて同意したのは、ガブリエラだった。
ルーカス・マイヤーズを最初から警戒していた唯一の人物でもある彼女に、皆の視線が集まる。
「彼はいつも“いい人”でした。いえ、いい人のようなことばかりするというか」
「どういうことだ?」
ライアンが促すと、ガブリエラは「うーん」と唸って首をひねる。
「彼は、普通の人ではありません。しかし、いい人でもない……ないように見える。しかし言うこともやることも、いい人そのものなのです。それがまたおかしい」
《演技臭いのは確かだな》
今度は、アンジェロ神父が同意した。
《今までずっとニコニコ笑ってNEXTと非NEXTが手を取り合う社会だの何だの言っていて、その顔のまま今度は総本山とウロボロスの真っ黒い商談に単身首を突っ込んできて、ドラッグの採取と流通、テロにまで手を貸したんだ。まずそこから矛盾しているだろう》
それは確かに、と全員が納得した。
《そこまでしておいて、常に善良で敬虔な信徒のような振る舞いも続ける。嘘臭い。計算し尽くしてやっているが、どうも上辺だけの感じだ。気色が悪い》
「あー、あー、わかります。そう。そういうことです。気持ちが悪い、わかります」
ガブリエラは、養父の言葉に深く何度も頷いた。
「人間は、色々な人がいます。誰にでも平等に優しい、すばらしい人。お腹をすかせた赤ちゃんのためにミルクを盗む、普通の人。孤児にはパンを与えても自分の子供には水もやらないとか、お金持ちで、家族もいて幸せであるのに、知らない人のお墓を掘り返して死体を犯す、頭のおかしい人。人それぞれ。人それぞれですが──」
ヴー、とガブリエラは苦々しく唸った。
「ですがあの方は、多分それよりもっとおかしいですよ」