#016
──HERO Interview !!
「はァい、シュテルンビルト市民の皆さん、こんにちは! 今日のゲストはお待ちかね、話題のペア・ヒーロー、ホワイトアンジェラ&ゴールデンライアン!」
高らかなオープニングコールとともに、盛大な拍手──の、ガヤ。
ソファに並んで腰掛けたふたりは、片や律儀にぺこりと頭を下げ、片や尊大にふんぞり返ったまま、ぴらぴらと片手を振ってみせた。ホワイトアンジェラはフル装備のヒーロースーツ、ライアンは私服だ。
「本日は、公式データがあまり発表されていないおふたりの色々を聞いてみたいと思います!」
司会者が、にこにこと宣言する。
今日は、シュテルンビルト一部リーグヒーローとして再デビューしたホワイトアンジェラとゴールデンライアンが、初めてHERO TV以外の番組に出演する日だった。
番組は最近話題の俳優や歌手、スポーツ選手などがゲストとして呼ばれ、いろいろな質問に答えるという形式のインタビュー・トーク番組。デビューしたヒーローが必ずはじめに出演する、お決まりの番組でもあった。
「特にホワイトアンジェラ、貴女のデータはほとんどがシークレットなので、皆興味津々ですよ」
「そうですか」
「おおっと、クールな返答!」
大げさなリアクションに、笑い声のガヤが入る。ホワイトアンジェラは首を傾げており、ライアンは半笑いだった。
「アンジェラ、と呼ばせていただいても?」
「構いません」
「ではアンジェラ。二部リーグから一部リーグになって変わったことは?」
「……ええと。ヒーローとしてやっていることは、あまり変わっていません。しかし今は会社のサポートが充分にあるので、とても充実した活動ができています。感謝しています」
「所属企業との関係が良好なようで何よりです。では生活面は?」
「それは、とても変わりました」
「ほほう。どんなふうに?」
ヒーロー、しかも謎に包まれたホワイトアンジェラの私生活の話題とあって、司会者がぐっと身を乗り出した。
「変わったところはたくさんありますが、最も変わったところは、まずお給料です」
「ぶっちゃけますね!?」
司会者がひっくり返った声を上げ、笑い声の大きなガヤが入った。
「確かに、アスクレピオスが提示した年俸には我々も驚きました」
「はい。おかげさまで、母にも余裕をもった仕送りができるようになりました。今までは、施設の入所費だけでもぎりぎりだったので……」
「それは良かったです。お母様も喜んでいるでしょう」
「私も贅沢をして、色々なものを買いました。その、掃除ロボットなどを。とても便利」
「うんうん」
司会者は、やけに優しい目でホワイトアンジェラを見て頷いた。
「他に変わったところはありますか?」
「他には、食生活です」
「食生活?」
「あの事故の時の私は、その、大変にお見苦しい有様でしたが、その原因が食生活にあるとわかりました。今まで私はカロリーや値段重視で、糖質や炭水化物ばかり摂取していました」
「我々にも耳が痛い話ですね」
ううん、と表情をカートゥン・キャラクターのように歪め、司会者がゆったりと首を振った。
「それが、きちんと栄養バランスが整った食事を取れば、能力を少し無理して使ってもある程度健康を維持できることがわかりました。ですのでお医者様や栄養士さん、トレーナーさんについていただいて、毎日健康的で、しかしハイカロリーな食事を充分にさせていただいています」
「ハイカロリーというと」
「だいたい3万から5万キロカロリーぐらいです」
「ええっ」
司会者が、本気でひっくり返った声を出した。
「しかしそれでも、ヒーローとして力を使えば間に合わないこともあるので、特別製のカロリーバーを常備しています」
アンジェラがそう言うと、アシスタントの女性がワゴンを押して登場した。上に乗っているのは、銀色のパッケージに封入されたカロリーバーである。
アスクレピオスの宇宙開発系の研究所が開発した、宇宙食の技術を応用したカロリーバーである、とテロップで注釈が入った。
「う〜ん、まずくはないですが、ちょっと脂っぽいですね」
1本で2000キロカロリーが摂取できるというそのバーを、今日は夕食は抜かざるをえないことを嘆きつつ司会者がかじり、茶番のようなひとときが行われた。
「では、ゴールデンライアン──」
「──おお。もしかして俺の姿が見えてねえのかと不思議に思ってたところだぜ」
「いやァ、ははは」
ホワイトアンジェラばかりに構うことを据わった目で皮肉ったライアンに、司会者が冷や汗を流す。プロ意識が高いと評判のライアンがまさか公式の場で機嫌を損ねるとは思わないが、この猛獣のような金色の目で睨み据えられると、どうしても腰が引けてしまうのは無理からぬ事だった。
「失礼しました。では、バーナビーに続いてアンジェラというパートナーと組むようになった感想は?」
「別に正式なパートナーってわけじゃねえよ。同じ所属だってだけだ」
ライアンは、ふんぞり返ったまま言った。
「だが、まあ──コイツは戦闘能力がないからな。俺は護衛としての役目を任されてる──のは皆知ってると思うけど。贅沢極まりねえ話だよ、全く」
「確かに、ゴールデンライアンが護衛というのはなんともゴージャス」
「だろォ?」
「しかし──」
司会者の目が、きらりと光った。
「しかし、アンジェラ、ゴールデンライアン。片やヒーローとして変わったことはない、片や護衛だとおっしゃいますが、先日の活躍には、誰もが度肝を抜かれましたよ!」
ここで、画面が先日のHERO TVの録画に切り替わる。
エンジェルチェイサーがブロンズステージの入り組んだ街を縦横無尽に爆走するシーン、直線の高速道路にてトップスピードを維持したままライアンが能力を使うシーン、また跳ね橋を飛ぶシーンなどが編集されて流される。
「何より意外だったのは、アンジェラがプロ顔負けのライダーだったことです! 普段からバイクに?」
「はい」
ホワイトアンジェラは、子供のようにこくりと頷いた。
「ライダー歴は長いんですか?」
「いいえ、それほどではありません。免許はシュテルンビルトに来てから、規定年令になってすぐ取りました」
「えっ。あの失礼ですが、アンジェラはおいくつ?」
「ええと……。飲酒が許される年齢です。そうですね、ライアンよりは年下です」
「ほうほう。10代なのではないかという噂もありましたが、そうではありませんでしたね」
司会者が、興味津々、鼻息を荒げながら身を乗り出す。
「それで、なぜバイクに乗ろうと?」
「移動に便利だと思ったからです」
「そのきっかけは?」
「ヒッチハイクでシュテルンビルトに来た時に──」
「はい?」
思ってもみない言葉だったのか、司会者がまたひっくり返った声を出す。
「ヒッチハイクでシュテルンビルトに来た時に」
「2度言っていただいてありがとうございます、……ではなくて。えっ、アンジェラ、ヒッチハイクでシュテルンビルトに来たんですか!?」
「はい。お金がありませんでした」
あっさり頷いたホワイトアンジェラに、司会者は今度こそ驚愕したまま、声を失っている。
「えっ、あの、私の立場で何なんですが、言ってもいいんですか、それ」
「会社の了承は得ています」
「はあ、……あの、ゴールデンライアン」
「なんで俺に振るんだよ」
ライアンが、微妙な声を出した。
「いえその、驚いてしまって……」
「まあ、気持ちはわかる。俺も最初は信じられなかったが、コイツはマジでヒッチハイクでシュテルンビルトに来たんだそうだ。あんまりクレイジーなエピソードなんで、会社も最初はシークレットにしておこうと思ったらしいが──」
なんといっても、聖女、天使、王子や騎士に守られるべき、尊くもか弱い健気な存在。そんなイメージでデビューしたはずのホワイトアンジェラが、よもや身ひとつでヒッチハイクをして遠い地からシュテルンビルトに来た猛者だなどと、誰も想像しないことだ。
「でも、あのふざけたライディングの後でお姫様ぶったって、むしろ説得力ねえだろ」
「まったくです」
「アンジェラ、そこで肯定するんですか……」
深く頷いているホワイトアンジェラに、司会者がいっそ呆れた声を出した。彼も、何やらだんだん素になってきている。
「それで、ヒッチハイクをした時、大きなバイクの後ろに乗せて頂いたのです。それがとても素敵で、とても魅力的だと思ったのです。それに、シュテルンビルトは道路が入り組んでいて、バイクが向いている街でもありました。ですので規定年令になった時にすぐに免許を取って、中古の安いバイクを買いました。それからは、ほとんど毎日乗っています」
「ははあ、なるほど。ではあのライディング・テクニックはどこで?」
「二部リーグ時代はポーターなどなかったので、自力で現場に行かなくてはいけませんでした。なるべく早く」
「なるほど、あのテクニックはその時代に培われたと」
「そうなります。しかし、陸橋の階段を登ったのは初めてでした」
「初めてだったのかよ……」
ライアンが、苦虫を噛み潰したような声を出した。
「コケませんでしたよ?」
「そういう問題じゃねえよ。いいか、二度とするな」
「ええ〜」
「ええ〜じゃねえよ!」
唯一見える唇を尖らせたアンジェラに、ばしん、とライアンが自分の膝を叩く。しかしすかさず「ええ〜」というガヤが入れられ、ライアンはあっという間に孤立無援になった。
「おふたりは、普段どういった関係なんですか?」
わざとらしいほどににこやかな司会者の質問に、ふたり共、一瞬無言になった。
「どうって、フツーだよ」
「普通とは? 友達同士? 戦友? それとも」
「仕事の同僚」
「つれませんねぇ、アンジェラ」
ホワイトアンジェラはきょとんとして首を傾げていたが、肩をすくめる司会者の様子に、ライアンは珍しくだいぶイラッとした。
「ではアンジェラにお聞きしましょう。ライアンはどういう人ですか?」
「格好いい人です」
そのコメントに、ライアンがぎょっと目を見開く。
「おっと」
司会者が、得たり、とでもいうかのようににやりと笑みを浮かべる。
「格好いい──まあ、共通認識ではありますが。どういうところが?」
「おい」
「まず見た目が素敵なのは皆様ご存知だと思うので、省略します」
「残念ですが、いいでしょう」
口を挟もうとしたライアンだが、わざとらしく黙殺された。わずかに入る、笑い声のガヤ。
「彼の言う通り、私たちは正式なコンビではありません。事件に関わりたければ、私の護衛を他の人に任せて、現場に向かうこともできます。しかし彼はそれをしない。それは、彼が与えられた仕事を完璧にこなす、素晴らしい人だからです」
「確かに、ゴールデンライアンはプロ意識の高いヒーローとして有名です。だからこそフリーでやっていけるのでしょう。決して簡単なことではありませんね」
「私もそう思います」
ホワイトアンジェラは、深く頷いた。ライアンは心底ぶすくれた顔をして、ソファの肘掛けを使って頬杖をついている。
「それに、一部リーグヒーローとしてまだ頼りない私のことも、よく助けて下さいます。私はヒーローではありますが、今までHERO TVにさえ映ったことがありません。テレビに出ることについて、私はまったくの素人です」
「今も実は緊張している?」
「とても」
大嘘つきやがって、とライアンは思った。カメラごときに緊張するような人間は、海面400メートルの跳ね橋を跳んだりしない。
「彼はヒーローとしてのキャリアも長くて、テレビにもたくさん出ているので、とても頼りになります。ですのでさきほど、私はライアンにアドバイスを求めました。私はどうすればいいかと」
「彼はなんと?」
「いつもどおりでいればいいと」
「おい」
ライアンが、地を這うような声を出した。
──確かに言った。適当にやれ、もっと言えば、知るかという意味で。
「もしかして、そのせいで、これか?」
「はい、いつもどおりの私です」
「そうだな!」
ライアンはキレ気味に言った。
二部リーグ時代のホワイトアンジェラは、お世辞にもおつむの出来があまり良くない彼女のためにシンディが用意してくれていた質疑応答台本をパターンどおりに答えるだけだったので、ヒーロー・ホワイトアンジェラとして活動する時、彼女は自分の頭で考え、素で発言するということがほぼなかった。
この、どちらかというと無機質なキャラクターづくりは会社のために徹底した配慮の結果であり、少々の炎上でも致命的なことになりかねないケア・サポートという中小企業において適切な判断だった。
しかし一部リーグヒーローとなった今、彼女を抱えることになった超大企業アスクレピオスは、彼女の珍しいプロフィールと、天然というのとはまた違うすっとぼけた言葉選び、またエキセントリックで突拍子のない行動力は、後発ヒーローとしてとにかくインパクトが欲しい今こそぴったりのものだ、と捉えたのだ。
それにマーベリック事件の爪痕がまだまだ色濃く残る現在、ヒーローに求められるのは清廉潔白さ、クリーンなイメージだ。その点、メトロ事故における聖女っぷりでそのイメージの頂点にある彼女がわざとらしくキャラを作ってしまっては台無しだ。それにパートナーのライアンもナチュラルで自由なキャラクターが愛され、文句なしに成功している実績がある。
こういった経緯で、アスクレピオスは彼女に「自由にやらせよう」と判断した。実際今のホワイトアンジェラに改めて命じられているのは年齢を始めとした正体バレに繋がるプロフィールの秘匿くらいの、本当に最低限の事柄しかない。
つまり、二部リーグ時代と違ってヒーロー本人がいちいち法的なやり取りや言質の取得、失言に気をつけなくてもこちらですべてカバーすると言い切った大企業ゆえの頼もしさ、そして炎上よりもインパクト不足のほうが怖いという強気のセールス意欲により、ホワイトアンジェラというヒーローはフルフェイスマスクのヒーローでありながら、発言やキャラクターは完全にガブリエラ・ホワイトの素そのままのヒーローとして再デビューとなったのだ。
徹頭徹尾台本が用意されていた二部リーグ時代とは全く違うことを要求されて、ガブリエラは最初戸惑った。しかし本人には自覚がないが彼女が素っ頓狂なことを言う度に皆笑ってくれるし、楽しんで貰えるのは嬉しかったので、ガブリエラは一生懸命喋るようになった。
しかし皆が微笑ましくしてくれる中、ライアンだけはそんな彼女に笑いかけることがない。そのため今回、彼女は思い切って正面から本人にアドバイスを求めた。そして“いつもどおりでいればいい”と言われた彼女は、持ち前の単純さで完全にその言葉を真に受け、安心して“いつもどおり”の調子のまま、初めてのトーク番組に挑むことにしたのである。
「……なるほど?」
ライアンは、頭痛をこらえるように指先で眉間を揉みながらつぶやく。
じっとこちらを見ている彼女は、命令を待つ犬に似ている。そして実際、言葉の裏を読むとか、嫌味とか皮肉とかが全く通じないのだということを理解したライアンは、パチンと指を鳴らして言った。
「よし、じゃあ次のアドバイスだ」
「はい」
「おまえがヤンチャの過ぎる狼犬だってことは理解した。たった今から厳重に羊の皮を被れ」
「……わん?」
ヒーロースーツのデザインどおりの鳴き声を真似て首を傾げた彼女に司会者が噴き出し、ライアンのこめかみに青筋が浮かんだ。
「取り繕えってことだよ!」
「ああ」
そういう意味なのですか、と、やはり慣用句に明るくないホワイトアンジェラはマイペースに頷く。
「しかし、手遅れだと思います」
その言葉に、ライアンは、頭痛を堪えるような顔をした。
「だいたい羊になれっつってんのにワンって! 本性そのままじゃねえか」
「羊の鳴き声がわからなくてですね……」
「……メー! maa!」
「なるほど、メー」
やけくそ気味に言ったライアンに、山羊と似ているのですね、とホワイトアンジェラは呑気に返した。そのやりとりに、司会者が笑いを噛み殺している。
「いつもこんな感じですか? アンジェラ」
「だいたいこんな感じです」
「いつも怒られているんですか?」
「だいたい怒られています」
また笑い声のガヤが入ったが、司会者は本気で笑っている。スタッフたちも、微笑ましげに笑っていた。笑っていないのはライアンだけである。
「ライアンはとても面倒見が良いのです」
「好きで面倒見てるわけじゃねえ」
「そうですか。私は好きで面倒を見られています」
「えっ」
司会者とともに、ライアンも目を丸くした。
「あ、なにか言葉を間違えましたか? 私はあまり言葉が得意ではありません」
「おや、母国語ではないのですか? それにしてはお上手ですが」
「いいえ、私の出身は随分──遠いので、訛りがひどいのです。一応同じ言語だそうなのですが、他のいくつかのエリアの言葉もかなり混じっているらしいので、ほとんど別の言語かもしれません」
「そんなにですか」
ほぉ、と司会者が興味深そうに数度頷く。
そしてライアンもまた、そうだったのか、と初めて知った事実に驚いていた。
「ですのでシュテルンビルトに来た頃は、ほとんど言葉が通じませんでした。読み書きも得意ではないので、アカデミーのビデオルームで、こちらの言葉の教育番組を見て勉強しました」
なるほど、どうりで教科書のような喋り口だ──と、ライアンは納得した。
彼女の喋り口調は区切りが多くてゆっくりめな上、時々、まるで観光客用のガイドブックに載っている例文のような時がある。“だって”などと言えばナチュラルなところを、“なぜなら”と言ったりするので、なんだかいつもトンチンカンな感じがするのだ。単に幼年学校しか出ておらず教養が足りないからだと思っていたが、それ意外にも理由があったらしい。
またアカデミーを出て就職した後は、とにかく現場でヘマをしないようにとビジネスマナーを学び、仕事の場にふさわしい言葉遣いを必死になって覚えた、という。確かに、彼女は簡単な慣用句や一般的なスラングに首を傾げるくせに、ビジネス的な話口調は割と流暢だ。とはいえ、硬いのは口調だけで内容は素っ頓狂であることが多いが。
そしてそれは、高いコミュニケーション能力と頭の良さがありつつも敬語を使うことが苦手なライアンとは、正反対なことでもあった。
「私はゴールデンライアンのファンです」
「……何だいきなり」
またも教科書の例文調で言ったホワイトアンジェラに、ライアンは怪訝な顔をした。
「私の住んでいたところには、ヒーローなどいませんでした。テレビもろくに映りませんので、HERO TVも観ることができません」
「ほお……。では、ヒーローのことはどうやって?」
「教会の屋根の上に登ってですね、晴れた日であれば、うまくダイヤルを合わせると電波が入るのです」
相変わらず別の世界のような話に、司会者はもはや物語を聞くような姿勢になっている。
「私は、途切れ途切れのラジオから聞こえるヒーローたちに憧れました」
彼女は、どこか懐かしそうに言う。
「ですが、実は私は、今まで男性ヒーローにほとんど興味がありませんでした」
「おや、そうなのですか?」
「はい。綺麗で優しい女性ヒーローが好きです。最も心惹かれたのはファイヤーエンブレム」
「……皆さん、いま心に浮かんだ指摘はそっと仕舞いましょうね」
やけに神妙な様子で言った司会者に、アンジェラが首を傾げる。が、気にしないことにしたのか、そのまま続けた。
「もちろん、今も大ファンです。個人的にも、とてもお世話になりました。素晴らしい、とても素敵なヒーローだと思っています。女神様のような。ですので、ええと、リ……リス……」
「リスペクト?」
「そう、リスペクト。リスペクトしています。ありがとうございます」
「いえいえ」
懸命に言葉を選んで話す彼女に対し、司会者は朗らかである。彼は最初からなんだかホワイトアンジェラに好意的だが、確か40代くらいであるので、もしかしたら娘に接しているような気分になっているのかもしれない、とライアンは思った。
しかし、ほとんど外国語のような言葉しか話せず、文字を読むのも不得意で、そもそも頭の出来も良くない彼女が、これほどの語彙を身につけるのにどれだけの努力をしたのだろうか。ライアンはひっそりと、これからは彼女がトムやディックやハリーを知らなかったからといってイラつくのはやめよう、とひとり反省した。
「しかし、こうしてゴールデンライアンと仕事をすることになり、私は彼のことを改めて勉強しました。コンチネンタルエリアでのデビューから、活躍、そして以前バーナビーさんと組んでいた頃のことも。そして……」
ホワイトアンジェラは、一度息をついた。
「ゴールデンライアンは、とても……輝いていて、すばらしいヒーローだということを理解し、私は彼のファンになりました。いま一緒に仕事ができるのを、とても光栄で、幸福なことだと思っています」
それはひどく率直で、そして、誰が聞いても嘘の欠片も見えない言葉だった。あまりに素直なその言葉に、司会者も何も言えずに黙っている。
ライアンも何を言っていいのか分からず、セットした金髪を、片手でぐしゃりと乱暴に掻き上げた。
「……そーかよ」
「はい、そうです。だから、あなたが私の護衛でずっと後ろにいらっしゃるのは、ええと……、けしからぬこと」
「は?」
「どういうことでしょう」
珍妙な単語を選んだ彼女に、司会者も首を傾げる。
「ゴールデンライアンは、最高に格好いいヒーローです。そのヒーローが最も輝くのは、やはり、大きな舞台です」
「……もしかして、だから先日彼をバイクに乗せて現場に?」
「はい!」
ホワイトアンジェラは、きっぱりと返事をした。
「人命救助も、もちろん大切です。しかしひとりのファンとして、ゴールデンライアンには、もっと輝いて欲しいです。ゴールデンライアンのファンの皆さんも、きっとそう思っています。ですので人命救助が必要ない事件の時は、私がチェイサーを……」
「おい」
「ぶっ飛ばします!」
「おい!」
「コケませんよ」
「そうじゃねえよ!」
握りこぶしを作るホワイトアンジェラに、ライアンのツッコミが飛んだ。しかし、彼女は「なにがですか?」と命令を理解できない子犬のように首を傾げている。
「なるほど〜。アンジェラはゴールデンライアンの見せ場を作りたいわけですな」
「積極的に作っていきたいです」
言葉がポンコツなくせになぜ時々それらしいことを言うのか、と思いながら、ライアンは軽いめまいをこらえる。
「しかし、私はブロンズステージの道は詳しいのですが、シルバーステージとゴールドステージはさほどではありません。いざというときのために、会社に出勤するとき遠回りをして、道を覚えたりしています」
「地道な努力! 下積みの長いアンジェラならではですね」
「意外な道が見つかるのも楽しいのです」
意外な道って何だ、塀の上とかか。と、ライアンは遠くを見ながら思った。
「ははァ。今でこそ最高のバディ・ヒーローではありますが、T&Bは最初反りが合わなかったといいますし、R&Bはどちらかというとドライな関係という印象がありますが、おふたりはそのどちらとも違うのですね。アンジェラはパートナーの活躍について、とても熱意を持っていらっしゃる。ゴールデンライアン、コメントをどうぞ」
「ありがたすぎて泣きそう」
「美しいコンビ愛です!」
大柄な身体をぐったりとソファに雪崩かからせながら投げやりに言ったライアンに、笑い声のガヤが入った。
「いやァ、本日はとても有意義な時間でしたね! ホワイトアンジェラは、意外性の塊だったようです! ゴールデンライアン&ホワイトアンジェラのこれからの活躍に、目が離せません!」
司会者が、にこやかに言う。
エンディングの曲が流れ、視聴者プレゼントとしてホワイトアンジェラモデルのエンジェルウォッチが紹介される。賞品を手にしたアンジェラが、「応募はこちらです」とややぎこちなく言った。放映時は、下に応募ダイヤルのテロップが入るだろう。
「ありがとうございました、また来週!」
「はい、カーット!」
ディレクターの、弾んだ声。次いで朗らかな笑い声と拍手。
こうして、ゴールデンライアンとホワイトアンジェラの初収録は、無事終了した。
視聴率は抜群に良く、視聴者アンケートも非常に好印象。素そのままのキャラクターを披露したホワイトアンジェラの人気はさらに上がり、「この調子で」とアスクレピオスは彼女を手放しで褒めた。
またゴールデンライアンについても「今まで苦手だったけど好きになった」「思ってたキャラと違ったけどむしろいい感じ」というコメントが多数寄せられ、エンジェルウォッチの売上も更に伸びた。
ダニエルやアスクレピオス上層陣、スポンサーもとても喜び、次のリリースでホワイトアンジェラモデルの再販とともにゴールデンライアンモデルとのペアウォッチ販売を決定させ、ふたりには臨時ボーナスが支給された。
決して少なくないその額を見て、ライアンは、自分は仕事をしたのだ、と己に言い聞かせ、給与明細のディスプレイを閉じたのだった。