「おや、気付かれたかな」
のんびりとそう呟く。予測範囲の中では早めの発覚であったが、しかしやはり予測の範囲だ。焦るべきことは何ひとつない。
「やっぱり、息をしていると生きていると思うんだなあ」
自分以外のものは相変わらず無駄だらけの挙動でドタバタと動き回っていて、まさにデフラグのできていない古いコンピューターのようだ。結局やることはいつもと同じだというのに、目の前のことしか確認できないため、少しでも事項が断片化されていると遠回りなことばかりして、結果を得るのがとても遅い。
そんなコンピュータを前にやるべきことは、他の用事をさっさと済ませながら読み込みをのんびりと待つことだ。待つのは好きではないが慣れている。
それにたっぷり時間があったおかげで、色々な実験や準備は着々と進んでいる。マッドベア、と呼ばれる継ぎ接ぎ模様のたくさんのぬいぐるみが重い棺を大勢で運んでいるのを、よしよしと頷きながら眺めた。
「御使い様。不足はございませんか」
神父のカソックを纏った老人が尋ねてきたので、振り向いた。
暗い空間には、10や20では既に足りない数の、棺にも見える大きなカプセルがずらりと並んでいる。青白く光る透明のカバーの下には、老若男女様々な人々──ブロンズステージに住む市民たちが、ひとつの棺にひとりずつ横たわっていた。
棺の全てにはコードがいくつも接続されていて、そのコードは、最も大きなサイズの棺に集約されている。
「そうだなあ。念のため、あと5人増やそうかな」
生贄の羊はいくらいてもいいけれど、必要以上に狩るのはかわいそうだからね、と付け加える。人々を愛しているわけではないが、無闇に犠牲にしたいと思うほど憎んでもいない。つまり、単なる資源である。食い散らかさないのは、単にマナーが良くて上品な食べ方のほうが好みであるからというだけだ。
「かしこまりました。慈悲深きご配慮、尊敬いたします」
カソック姿の老人は深々と頭を下げ、本気の敬服を示した。そしてゆっくりと顔を上げ、最も大きな棺の中をおそるおそる見る。その視線はまさに、奇跡を体現し腐ることのない聖者の遺骸を見つめる敬虔な信徒そのものだった。
横たわるのは、白い肌に赤い髪をした天使。
すらりとした体躯。顔立ちは男としては美しすぎ、女としては凛々しすぎる。まつ毛は長いのに唇は薄く、頬のラインは直線的だが肌は柔らかくてきめ細やかな、中性的な姿。
静かに横たわるその姿に、カソック姿の老人はほうとため息をついた。
「なんと美しいお姿でしょう……。この天使様が目覚めれば」
「そうだとも。我々は、今度こそ星に行けるんだ。天使に導かれ、ノアの目録を持って輝きに至るのだよ」
「ああ、ああ……」
感極まった老人はまぶたが重く垂れた目を潤ませ、星のついた十字架を掲げ、カソックが汚れるのも厭わず膝をついて祈りを捧げた。その姿は実に微笑ましく、笑みを浮かべてうんうんと頷く。
「あの3人は残念だったけれど、まあ他の人の役には立てるさ」
「道を違えただけのこと。彼らは元々天使を求めてはおらず、この星の民としての立場を望んでおりました。彼らにとっては結局良き結果でしょう」
「そうだといいね。みんながそれぞれ幸せなのがいちばんだから」
「……ええ、そうですね」
老人は俯き、呟くように答えた。
「でも彼らがいなくなったぶん、君の仕事が増えたのは申し訳ないな」
「とんでもないことでございます。星に到る試練を与えていただきましたこと、まことに光栄の至り……」
必ずやこの役目果たしてみせましょう、と静かだが強く言った老人は、青白い光とともにその場から消えた。大勢のマッドベアのぬいぐるみとともに、黒い骸骨が収容された棺を持って。
ひとりになった空間で、今いちど棺の中を見る。
男でも女でもなく、誰から生まれたのでもない美しい姿。
天使の残骸の一部を使い、徹底したロゴスによって作り上げた、奇跡の欠片もない人工の天使。ミュトスの輝き、星に至るための、ロゴスの集大成。
大層な表現を用いればそういうことだが、要するにごみの山から拾ってきたパーツの寄せ集めとも言いかえられる。
ラファエラもそうだ。彼女は妻でもなんでもない。天使を作るための要になる貴重なパーツ、それが彼女だ。
見つけた時、彼女はちょうど運悪く滅多刺しにされていて、そして運良くまだ“使える”状態だった。慌てて買い取り、金に糸目をつけなかったせいで天使の製作が少々遅れたのは痛手であったが。
彼女は天使のための貴重なパーツであったが、貴重なのは頭蓋の中に収められた脳だけで、身体は脳を新鮮に保つためのケースにすぎない。しかし身体が揃っていると生きているように見えるので、届けの操作が簡単で、周囲にも陳腐な美談として捉えられて深入りされないのは実に楽だった。
頭の中身が適当に作ったリモコンなのがばれたのだから、もうさっさとごみとしてどこかの墓の下に収めるのが無駄がなくていい。息をして代謝を繰り返しただ老いていくだけの身体を世話するくらいなら、美しい花が咲く植物でも育てたほうがまだ有意義である。
とはいえ、息をしていることにやたら執着する考え方が蔓延る現代、あれが生きているといえるのか死んでいるといえるのか、倫理やら哲学やら人道やらをテーマにしたくだらない言い合いがきっと長々とされるのだろうなあ、と本当にどうでもいいことをぼんやりと考える。
とにかく、元がジャンクであろうが、自分ならばスーパーコンピュータや宇宙船も組み上げられる。実にロマンティックなやり方だ。
「さて、次の手順は何だったかな」
読み込みが遅いコンピューターに付き合っていると、こちらもうっかり気が長くなってしまっていけない。しかし、通常通りならばもっと冗長な読み込み時間がかかっただろう。一ヶ月そこらでここまで事が運べたのは、やはり“彼”が中心に立っているからだ。
ゴールデンライアン。ライアン・ゴールドスミス。
華々しく綺羅びやかな、まさに名は体を表す様に正直感心する。
いかにも男性的な容姿も含め、古典的なキャラクターのようでいて、考え方は斬新かつどこまでもニュートラル。しかも回転が早く抜け目がない。更にはそれを非常にマクロ、かつマルチな柔軟さに溢れた視点でもってこなしている。
彼にかかれば、大抵の人間の動向は手に取るように理解でき、コントロールが容易いのはもちろん、人々のポテンシャルを最大限にまで引き上げて動かすことが出来る。まさに人の上に立つ、司令塔になるべく生まれてきたような優秀な人物だ。
更には、あの他に類を見ないNEXT能力。
極めてユニーク。唯一無二。オンリーワン。
同じことを延々と繰り返す長い観測の中で、彼のような存在はいなかった。発見した時は本当に驚き、思わず涙が溢れたほどだ。
──彼こそが、求めた奇跡。
我が運命のミュトス、輝ける星に導いてくれる、新たなる天使。
しかし非常に残念ながら、彼はあえて自らこの星のロゴスに組み込まれようと努力さえしていた。更には、犬のような女を寵愛すらしている。
なんという不相応。宝の持ち腐れ。しかしそれを指摘しても、彼はきっと話に乗っては来ないだろう。彼はこの星を愛している。この星の人々の英雄、ヒーローたらんとしている。
自分には合わないだけで、この星が素晴らしいものだというのは認めている。だがここだけは、これだけは、──彼だけは、どうしても譲れないのだ。
そして、ホワイトアンジェラ。ガブリエラ・ホワイト。
よりにもよって、因縁巡り巡った存在。犬に成り下がっていながら彼に寵愛される存在。
有用な存在であることはわかっているのだが、彼に纏わりつく彼女を見るごとに、常々やるせなさを感じてしまうのだ。
──だがものごとにも、人にも、使い所というものがある。単体では嫌っているわけではないのだ。身の程をわきまえた動きをしてくれれば、かわいらしいとも思えよう。
だからこそ、彼らを試した。
愛でもって夢から醒めたその有り様で、ふたり一緒に連れて行くのを認めることにした。欲しいのは彼だけだが、そこまでお気に入りのペットならば同行を許すのもやぶさかではない。
デウス・エクス・マキナのもたらす、使い古された王道の結末は望んでいない。
求めているのは、斬新で、輝くロマンとカタルシスに溢れた唯一無二のエンディング。
だがそのための装置である天使はまだ外装を組み立てただけで、やっと今電源を入れようとしているところだ。まだ部品が足りていないし、OSをインストールするのは、最後の作業。
そのすべての工程を終えた時にどうなるのか、自分にもよくわからない。しかし、だからこそいいのだ。どうなるかわからないからこそ奇跡であり、真の運命。未知こそがミュトスの真髄なのだ。
奇跡の果てにある星の輝き。そこに到ることができるなら。
どうなっても構うものかと、夢見るように呟いた。
ルーカス・マイヤーズの妻であるラファエラ・マイヤーズが、ガブリエラの実母。
まさか、と本人を含めて全員が思ったが、その裏付けはあっけなく取れた。
まずガブリエラがヴィジョンクエストによって思い出した、ラファエラがナイフで複数刺された傷の位置がことごとく一致。そして何より、その間にケルビムが行ったDNA検査によって親子関係がしっかりと示され、ふたりが母娘であることは疑いようもない事実であると証明されたのである。
「どういうことだよ」
「驚きましたね」
頭を抱えるライアンに、ガブリエラはあっけらかんと言った。
混乱する周囲に対し、本人はどちらかというとぽかんとしている感じだった。単に驚きが大きいというのもあるが、今まで存在そのものを忘れ去っていた人物であるので、彼女を母と思う感情が元々薄いせいもある。
「といいますか、そもそも死んでいると思っていましたし……」
「そう、そこだよ」
ガブリエラの記憶頼りなので詳細な日にちは不明だが、年単位でいうならば、ラファエラが刺されて死んだとされる時期は、ルーカス・マイヤーズと夫婦になったとされている書類上の日にちと概ね一致する。
そのため偽装結婚を疑い、警察は届出の確認とともに、当時コンチネンタルエリアにいたルーカス・マイヤーズを知っている人物を調べ始めている。
「墓もなかったのか?」
「あっ、そういえばありませんでした。死者の日もお墓に行きませんでしたし……」
「……でも、存在そのものを忘れてた、っていうかほぼ知らなかったから疑問にも思ってなかったってことか」
「はい」
ライアンの確認に、ガブリエラはこくりと頷いた。
「……またこんがらがってきたな。一旦整理しよう」
眉間を揉みながら言ったライアンの言葉に全員が同意し、現在の判明していること、そして不明点を改めて列挙し、ドミニオンズのスタッフがまとめてスクリーンに表示させていく。
【判明】
・アンジェラ狙撃に使用されたオートマティックライフルと黒骸骨アンドロイド
→二丁拳銃の老人の指紋が検出。彼の持ち込みと思われる。
→アンドロイドに搭載されたNEXT能力はカーシャ・グラハムの分身能力。
→狙撃の弾にはジョニー・ウォンの能力が搭載されていた。
・ルーカス・マイヤーズの乗用車
→ブロンズステージ、廃工場前にて炎上。直接の原因不明。
→遺体に見せかけた黒骸骨アンドロイドにより、事件との関連性が明確に
・宅配トラック暴走事件に使用されたぬいぐるみ
→ウロボロス構成員、故クリームの毛髪を検出。入院時紛失の事実あり
・アンジェラの身柄を要求した3人の自称神父
→アンジェロ神父の要望が元で◯◯教総本山から派遣された、と発言
→3人は未届NEXT。◯◯教徒。ドラッグ使用の疑いが濃厚。行方不明
→総本山は正式書面にて「無関係」「神父召命もしていない」と回答
・二丁拳銃の老人
→靴底の刻印からアンジェラの故郷出身、あるいは関係者と判明。非NEXT
・二丁拳銃の老人の妻を装っていた老婆
→瞬間移動、また故アルバート・マーベリックの能力に酷似した能力を使用
→生体認証の利用実績が確認できず
・黒骸骨アンドロイド
→ボディ部分はウロボロス構成員ロトワング博士が製作したH - 01の技術を使用
→NEXT能力搭載コアはパワーズ主任ランドン・ウェブスター開発素材
→AI部分はルーカス・マイヤーズ製作と推測
→現在確認されている能力は全てNEXT受刑者のもの
・ブロンズステージ市民誘拐
→ロビン・バクスターの所在転換能力を搭載した黒骸骨アンドロイドによる。
・ルナティックに殺害された刑務所所長と副所長
→刑務所内における受刑者へのドラッグ投与を含む虐待、殺害(確定)
→ドラッグは3人の自称神父の部屋からも検出されたものと同一
・ラファエラ・マイヤーズ(植物状態、ルーカス・マイヤーズの妻の届出)
→アンジェラの実母であるとDNA鑑定で確認済み
→ルーカス・マイヤーズによる手術で人工脳と取替済み、本来の脳は行方不明
【上記からの不明点】
@ ルーカス・マイヤーズの行方、また行動の目的や動機。
A 3人の神父の行方と所属。アンジェロ神父と直接のやり取りがあったかどうか。
B 二丁拳銃の老人の所属。
C Bの老人の妻を装い、また彼の輸送中彼を廃人にした老婆の所属、能力詳細。
D この事件における、テロ組織であるウロボロスの関係性。
E 黒骸骨アンドロイドの所属、また街にこれを放った直接の犯人とその手段。
F Eによって誘拐されたと思われるブロンズステージ市民の行方。
G アンジェロ神父の詳細。事件との関わりはあるか?
H アンジェラの実母、ラファエラの詳細。能力者であったならばその点も。
I “ガブリエル”の心当たり。
「……こうして見ると、結局何もわかってねえ感じでうんざりするな」
はああ、と重いため息をついたフリン刑事に、全員が同じように重々しく同意の頷きを返した。
「そうだな。でもこの中のいくつかは、今から本人に聞けば分かる話だろ?」
ライアンが、肩をすくめる。
今日は、火曜日。
アンジェロ神父に電話する予定の日であった。
周囲にいるのはフリン刑事を含む警察関係者、またヒーローズ。
ライアンはパワーズに録音機材を用意させ、ドミニオンズに会話の書き起こしを命じるなどとともに、アンジェロ神父に連絡を取るための環境を整えた。そして、いろいろな機器に接続した据置きタイプの通信機材を前にガブリエラを座らせる。
「他になんか用意するもんあるか?」
「あっ、口座を確認します。少しお待ち下さい」
ガブリエラはそうことわり、インターネットに繋がった、私用のモバイル端末を取り出した。そして自分の口座を開き、残高を確認する。
「はい、大丈夫です」
「……金なら出すぞ? 金額次第なら経費で落としてもいい」
アンジェロ神父が金にがめついことは以前散々聞かされていたので、ライアンが言う。
「いえ、そういう感じではないのです。金額交渉もしないほうがいいです」
ふるふると首を振ったガブリエラをライアンは怪訝に思いつつ、しかしアンジェロ神父の人となりを知っているのは彼女だけであるため、金のことは後でどうにでもなるかと思い、彼女に任せることにした。
「ではファーザーに連絡します。いいですか?」
「ああ、頼む」
ガブリエラは頷き、こほんと咳払いをした。
次の彼女の行動は、もちろん受話器を上げること──、と当然全員が思っていたのだが、しかし彼女はその予想に反して背筋を伸ばし、すうっと息を吸った。
Promenons-nous dans les bois
──森へ散歩へ行きましょう
Pendant que le loup n’y est pas.
──おおかみさんがいないうちに
Si le loup y était
──おおかみさんがいたら
Il nous mangerait
──食べられちゃうけど
Mais comme il n’y est pas,
──でも、おおかみさんはいないから
Il nous mangera pas.
──食べられずにすむよ
いきなり歌いだしたガブリエラに、全員がぽかんとする。
しかしガブリエラは構わず、曲調からして童謡と思しきかわいらしいメロディを歌い上げていく。独特の発音はコンチネンタルの一部が発祥の言語で、世界で2番目に主要言語として使用され、国際連合などの公用語のひとつでもあるポピュラーな言語だ。
発音は完璧だがしかし、それは彼女の耳が良いから、つまり耳コピが完璧なだけでこの言語を使いこなせるわけではないということはライアンも知っている。彼女の歌のレパートリーは聖歌と童謡、またこの言語によるシャンソンが多いが、彼女は歌詞の意味をどれもよくわかってはいなかった。
Loup y es-tu ?
──おおかみさん、どこにいるの?
Entends-tu ?
──聞こえる?
Que fais-tu ?
──今なにしてるの?
「ふう」
歌い終わったらしいガブリエラは息をつき、やれやれといった風な表情をした。
「……いや、ふう、じゃなくてな。何だ今の」
ライアンが怪訝な顔で尋ねる。しかし、概ね全員が同じような様子だった。
「おおかみさんの歌です」
「そういうことを聞いてんじゃねえ。なんで電話するのに歌うんだって聞いてんだよ」
「なぜならファーザーが、連絡する時はこの歌を歌えと……」
ガブリエラがそう答えた時、彼女の手にある端末から音がした。メッセージ受信を告げる着信音である。画面にもその表示が出ており、未登録のアドレスからメッセージが届いたというアラートがちかちかと点滅していた。
「あっ、ファーザーからです」
「はあ!?」
慣れた様子でタッチパネルを操作したガブリエラが見せてきた画面は、短いメッセージ画面だった。『告解室にいる』というひとこととともに、電話番号が素っ気なく表示されている。
「では電話しますね」
「はあ!? ええ!?」
「ええと、国際番号が……」
全員が面食らって疑問符を浮かべる中、番号をチェックした警察官が「……確かに、あのエリアの固定回線番号ですね」と困惑気味に言う。その発言で、アンジェロ神父が実は近場にいるという可能性は消えた。
「ただ、一時的な番号です。切替器を使って発行した番号と思われます。メッセージ送信に使われているアドレスも同様ですね」
警察官の注釈的なそのひとことに、また一気に胡散臭くなってきた、と全員が気を引き締める。のほほんとしているのは、電話機のボタンをたどたどしく押しているガブリエラだけだ。
──プルルルル、ガチャ。
そしてワンコールが終わらないうちに、受話器が上がった。
「あっファーザー、アンジェラです。◯◯◯◯◯◯◯◯?」
ガブリエラの発音は今度こそ彼女の故郷独特のもので、ここにいる誰にも正しく聞き取れなかったが、その声色が気安いものであることは、全員に感じ取れた。
正体不明かつ不穏なアンジェロ神父という人物に全員が妙に緊張していたので、田舎の親戚に久々に電話するようなその雰囲気に、拍子抜けしたような感覚を味わう。
「◯◯お聞き◯◯◯◯◯◯。……そう、それと◯◯◯……◯ラファエラ◯◯◯◯◯◯マム◯◯◯◯、◯◯◯◯◯……、◯◯◯◯◯、おお◯◯◯◯、はい、はい」
いくつか言葉をやり取りしたガブリエラは受話器から少し口を離し、ライアンの方を見た。
「事件のこと、色々と知っているそうです。他にも◯◯教総本山のことや、ええと、アンドロイドのことや、ウロボロス? のことも話せると言っています」
その発言に、全員が目を丸くした。
「……は? マジか?」
「そうおっしゃっていますが……」
本人の詳細と、ガブリエラの実母ラファエラのこと、そしてあの3人の神父が本当にアンジェロ神父の依頼で動いていたのかどうか、この3点の確認だけでも取れればという心づもりだったのだが、もしかして思わぬ大当たりを引いたのかもしれない。ライアンが皆を見回すと、それぞれ息を飲んだり、頷いたりしていた。
(──何モンだ?)
ガブリエラの育て親。そして、荒野の果ての、無法の街で神父をしている男。もしかして、それ以外の顔があるのだろうかと、ライアンは思案する。
「話を聞きますか?」
「ああ」
わかりました、と頷いて、ガブリエラはまた話し始めた。
「頼◯◯◯◯。話を聞◯◯◯私◯◯なく。あっ、◯◯◯◯。私の、その、◯◯◯◯◯◯けども。……ええそう◯◯、えへへへ。ライアンは◯◯◯◯◯◯◯◯」
何を喋っているのかはわからないが、ガブリエラはでれでれとした顔で何言かアンジェロ神父と言葉を交わすと、やがて端末を取り出した。
「◯◯◯◯◯◯◯◯。今から◯◯◯◯ので、確認◯◯◯◯◯◯」
ガブリエラの手元をライアンが覗き込むと、銀行口座のオンライン手続きのサイトだった。ガブリエラはさっさと操作をして、送金を済ませてしまう。
「確認◯◯◯◯? はい。では◯◯◯◯◯◯、待◯◯◯◯◯◯」
そうして保留音を流すボタンを押したガブリエラは、ライアンに電話機を渡した。
「私では何をお聞きしたらいいかもよくわかりませんので、ライアンと話してくださいと伝えました」
それは事前に打ち合わせをしてあることだったので、ライアンは頷いた。
「“知りたいことがあるので全てなんでも答えて欲しい”と言ってあります」
「……なんでも?」
「はい。なぜなら私には何をお聞きするかもわかりませんので。全部と言っておけば間違いはないと思ったのですが──、え? も、もしかしていけませんでしたか?」
「いや……」
慌てるガブリエラに、ライアンはやや戸惑い気味に口ごもる。
「なんでも聞いて大丈夫ですよ、ちゃんと預金残高をすべて渡しました」
「ぜ、全部!?」
今度は虎徹が素っ頓狂な声を上げる。ガブリエラはこくりと頷いた。
「はい。ファーザーとのやりとりはいつもそうです。そういうルールなのです」
そんなガブリエラから受話器を受け取りつつ、ライアンは思案する。
(いったいどういう関係で、何モンなんだ?)
ガブリエラの育て親。
しかしそれでいて関係はドライ極まり、何をするにもまず金を渡さなければいけないという。だがガブリエラがいくら高給取りになったからと言って、そうなってまだ半年程度。資産運用なども特にしておらず、月賦で渡される年俸の余りをただ堅実に貯金しているだけの彼女の預金残高など、こういう場で用いられる金額としてはおそらくたかが知れているだろう。
だというのに“聞かれたことにすべて答える”という条件は、かなり破格なのではないだろうか。そして先程の、普通の父娘のように会話する様。
元々不明瞭だったアンジェロ神父の像が、またぼやけてくる。
「ちょうど引っ越したばかりでよかったです。家賃がいらないのは素敵ですね! あっライアン、申し訳ないのですがお給料日までお金を貸してください。来月のお給料が入ったら返します」
「……ああ、まあ、そんな事はどうでもいいけどさあ……」
思い切りの良すぎることをあっさりしてのけた彼女に、ライアンは呆れたように言った。だが彼女は、不思議そうにこてんと首を傾げる。
「ご安心ください。ファーザーは信用できます。ちゃんとお金さえ払えば!」
彼女の人の見る目がいかに確かかは重々理解しているものの、最後につくひとことが不安を煽る。「ファーザーは標準語も話せますから、普通に話して大丈夫ですよ」とガブリエラが言うのを聞きつつ、ライアンは緊張気味に受話器を持ったまま通話をスピーカーモードに切り替え、保留音を解除した。