#157
「よう。元気そう……ではねえな」

 ガブリエラのバースデーパーティーでお互いに顔を知っている二部リーグに通され、間もなくフリンがやってきた。
「お互い様だろ。コーヒー飲むか?」
「どうも」
 虎徹からコーヒーを受け取ったフリンはいかにも刑事らしく、慣れた様子でコーヒーを飲む。そして入り口に近かったイワンに椅子を勧められ、ずっしりとそこに腰掛けた。

「アニエスさんから伝言がある、と聞いていますが」
 バーナビーが切り出す。フリンは頷いた。
「というか、警察が調べた情報をアニエス女史が総括してお前らに伝える、っていう流れだろ、いつも。今回もそうするはずだったんだが、アニエス女史がダウンしたんで、新しい情報もまとめて直接伝えに来た」
「そうでしたか。それで、新しい情報というのは?」
「ああ」
 ヒーロー全員が、疲れは残っていても誰ひとりダレたところなく真剣に聞く姿勢を取っていることを確認したフリンは頷き、端末を取り出して資料ファイルを開いた。

「まずは、今回ルナティックに殺された被害者ふたりについてだ。ちょうどこの間事情聴取で面会した、ヴァストウィルダーネスNEXT収容特別刑務所の所長とその副所長。ルナティックに殺された理由は、自分のところの受刑者を使って荒稼ぎしてたってことだ。部屋に証拠ががっつり残ってた上に、ロックバイソンが救助した生き残り、シュテルンビルト民間刑務所、Tハット居住センター所長の証言もある」
「一体何をやっていたんです?」
「その前にお前ら、民間刑務所とかその仕組みとかって知ってるか?」
「……ええ」
 つい最近全員がきちんと知ったところです、とは言わなかったが全員が頷いたので、「ならいい」とフリンは続けた。
「ヴァストウィルダーネスNEXT収容特別刑務所はSSレベルの収容施設もすぐ横にある、NEXT専用の民間刑務所だ。“使える”能力のNEXT受刑者を色んな所に派遣して、その見返りの金銭を受け取る、そこまではいい。しかしこいつらはそれで味をしめた」

 つまり、ハードなことをやらせればやらせるほど危険手当のようにして報酬が釣り上がる。更には、それを公には秘密にすることでもっと。
 そしてその派遣先は、どんどん後ろ暗いものになっていった。

「後遺症が残るようなハードな人体実験……、軍事的なものが多いな。新しい兵器の破壊力を試すために、延々痛めつけるとかもザラにしてたようだ。もちろん死んだのもいる」
「なっ……」
 全員の顔色が変わったが、フリンは淡々と続ける。
「ジャスティスデーの時に捕まった4人みてえなSレベルなんかは、これから先も何度も“使える”と判断されて丁寧に扱われてたみたいだが、他はひどいもんだ。あっちはまだ魔女狩りが横行してる無法地帯も多い。ただNEXTを痛めつけたいっていうNEXT差別団体に、生きたサンドバッグとして放り込まれたとかもある」
 残酷と言うにも足りないような報告を、ヒーローたちは唖然として、あるいは顔色を悪くしながら聞いている。
「“やりすぎ”で何人も死んでる。悪趣味なことに画像が残ってたんで押収したが、うちの新人どもが軒並み使い物にならなくなった。顔が判別できないのが多いが、何人かは自殺や病死で届けられてる受刑者と特徴が一致してる。シュテルンの司法局を通して、あっちの司法局にも確認中だ」
 蒼白になっている何人かを無視して、ベテラン刑事は画面を切り替える。

「あと、更にたちが悪いのがクスリだ」

 フリンは端末を操作し、いくつかの画像をヒーローたちに見せた。映っているのは、変わった形をしたサボテンと、白い粉末。

「大荒野を越えた向こうの方のエリアで蔓延ってるドラッグだ。大荒野を超えるのが難しいもんであっちの“ご当地品”だったはずなんだが、なんでか最近シュテルンビルトにも運び屋が入ってきてる」
「あっ、それは……」
 ガブリエラが、声を上げた。
「そうそう、あんたの前の会社──、ケア・サポート。見つかってる限り、あの時捕まったのが最初の運び屋だ」
「えっ?」
「あの会社、お偉いさんがなんか気の毒な薬仕入れてたのと同時に、ドラッグの運び屋がとっ捕まっただろ。あれがこの薬だよ」
 実際には、専務が仕入れていた気の毒な薬、すなわち勃起不全治療薬のこそこそとした仕入れを隠れ蓑にして、更に運び屋が薬を流通させようとしていた、ということらしい。
 ガブリエラとしては、画像を見て思ったのは前の会社のことではなく、あのサボテンがかつて荒野で水欲しさに口にしてひどいめに逢ったものだ、という認識だった。しかし今それを言うともしかしたら捕まるのかもしれない、と思い、目を泳がせて口を噤む。隣にいるライアンが、そんなガブリエラを胡乱げにちらりと見ていた。
「更に、だ。行方不明の3人の神父もどきの部屋に残されてたドラッグもこれだった」
「……また繋がってきましたね」
 難しい顔でつぶやいたバーナビーに、「そうかもな」とフリンが頷く。

「で、話を戻すが。この刑務所のタチが悪いのは、このドラッグを受刑者に強制的に摂取させてることだ」

 シンと黙っている、というよりはただただ絶句しているヒーローたちに、フリンはどんどん話を進めていく。
「この薬は、摂取すると幻覚が見えたり、トランス状態に近い精神的高揚感が得られたりするタイプのもんだ。更に、一時的にNEXT能力を強力にする効能があるんだが、本人にはNEXT能力をより安定して使えるようにするものだと説明するみたいだな。実際に、最初はその効果のほうが強く感じられる」
 そして己の強大な力を恐れている者ほど、それを素直に飲んでしまう。
「依存性はタバコ程度なんだが、恐ろしいのは、常用を続けるとこの薬なしではNEXT能力が制御できなくなることだ。思い込みのプラシーボ効果もでかい。そのせいで、せっかくまっとうに出所しても、能力を暴走させて誰かを傷つける。あるいは薬欲しさで刑務所に戻るために犯罪を犯して、また刑務所に逆戻りだ」
「……どうして」
 震えた声で言ったのは、パオリンである。青ざめた彼女は、泣いていた。

「どうして、そんなひどいことするの?」

 心の底から理解できない、という声だった。両隣にいたカリーナとネイサンが、彼女の小さい肩を抱き、背中を擦る。フリンは目を細めた。
「……そうだな。それは俺もずっと思ってるよ」
 刑事であるフリンは、泣いている少女を見て思った。──ああ、これだからヒーローは嫌いだと。

 この世の中は、“そんなひどいこと”で溢れている。
 しかしこのシュテルンビルトにおいて、その“ひどいこと”は警察からプロデューサーを通し、テレビを通し、華やかなBGMやユーモアたっぷりの実況で飾り立てて放送することで、まるで現実感のないエンターテイメントに成り果てる。更にそれを、ポイントというゲームそのもののルールの上でヒーローたちが派手に解決していくことで、生々しい残酷さはすっかりとなくなっていく。
 それはまるで大昔の血なまぐさい戦争が、時が流れ口伝で伝えられ、資料を紐解かねば詳しいことがわからなくなり、最後には教科書の端にある年表の一部になってしまうような現象にも似ている。

 だが華やかなエンターテイメントで“濾される”前の生々しい事件をその目で見て、調べて、知っているフリンからすれば、大人でも目を背け嘔吐するような残酷な事件を上っ面だけ飾り付けて見世物にし、芸能人まがいのヒーローや、ましてや未成年の少女ヒーローに片付けさせるというのは、悪趣味としか思えない。
 だからこそ、フリンはヒーローが嫌いだった。

「悪いが、俺はアニエス女史みてえにキッズフィルター機能はついてねえんだ」
 おそらくアニエスなら、「受刑者を使って不当な金銭を受け取っていた」「受刑者は死んだ者もたくさんいる」くらいの言い方をしていただろう。なぜならそれだけで仕事は回るし、勧善懲悪のショーは単純明快で深く考えずに済む構図のほうが望ましいからだ。
「泣くならおうち帰んな、お嬢ちゃん」
「……帰るもんか!」
 涙目でキッと睨んできたパオリンを、フリンもまっすぐ見返した。
「ボクは何も、知らなかった。それを今、知った。だからこそ、帰ったりしない」
 泣いている所に強い口調で話したせいで、単語を発するごと嘔吐くようになっている。

「──ボクは、ヒーローだ。絶対に、逃げない!」

 他のヒーローもまた全員、彼女と同じように、真っ直ぐで強く、揺るぎない目でこちらを見ている。
 ああ、これだからヒーローは嫌いだ、とフリンは思った。こんなクソッタレの事件なんぞ、場末の刑事に片付けさせておけばいいのに。美男美女は素直にテレビの中で芝居をしていればいいし、子供はキッズフィルター越しに世の中を見ていればいいというのに、彼らはそうしない。
 そしてこうまでされては彼らを認めざるをえないということにも、やるせない気持ちになる。フリンは、肩をすくめた。

「……やれやれ、本当に。なんでこんなひどいことするかね」



 つまるところ。
 生き残った被害者、シュテルンビルト民間刑務所・Tハット居住センターの所長は、資金繰りに困った挙句、かの悪辣な大荒野の刑務所からドラッグを買い、同じように受刑者を飼い殺しにしようとした、ということである。
「そのための密会だった、ってこったな。未遂だったから見逃されたんじゃねえか」
 しかししっかり罪にはなるし、双方の刑務所の運営がどうなるかはこれから荒れるだろう、とフリンは言った。

「じゃ、死神野郎の話はここまで。次に骸骨野郎どもの話だ」

 端末に表示している画面が切り替わる。
「まず、俺たち警察が今追ってる事件について話す。行方不明者多発事件だ」
「行方不明者?」
 虎徹が、眉をひそめた。
「ああ。ちょうどアンドイドが現れた日から、行方が知れなくなった市民が続出してる。最初は避難時にはぐれて何か事件に巻き込まれたと想定してた。全員ブロンズステージ居住者か、あるいはその日ブロンズステージにいた人間ばかりだったからな。だが、話が変わってきた」
「どういうことだ?」
「行方不明者が出るのは、決まってアンドロイドが出現した日。しかも、やはり全員ブロンズステージにいた市民だ」
 フリンの報告に、全員が小さくざわめいた。

「3度目のアンドロイドの出現から、警察はこのふたつの事件を関連があるものとして調査を進めたが、接点はここ」
 端末に表示されたのは、数字の並んだ表。日付と、アンドロイドの出現数。そして、その日行方不明になった市民の人数の比較表だった。
「非難のどさくさに紛れた家出なんかも混じってたんだが、そっちは解決した。で、そのうえでこの数字を見てくれ。一目瞭然だが」
「……同じ、ですね」
 イワンが、深刻な面持ちで言った。アンドロイドの出現数と行方不明者の数が、連日ぴったり同じになっているのだ。
「数が一致してる事自体は、割と早期に注目されてた。しかしそれ以上の接点が何も出てこないんで行き詰まってたんだが──、ついさっき、証言者が現れた。まだブロンズステージで食料品店をやってる男だ」
 家に地下室があるため、アンドロイドが出現した時はそこを非難シェルターにしてまだ商売を続けている男性だ。彼は商品の仕入れのため軽トラックで出かけ、店舗兼自宅に戻るため、ブロンズステージの一方通行の細い道をゆっくりと走っていた。

「その通り道に、証言者の近所に住んでる老人が立っていた。店の常連だそうだ。お互いに気付き、手を上げて挨拶したその瞬間、……“老人が、黒い骸骨になった”そうだ」
「は?」

 今何を言った? というような声を上げたのはライアンだったが、他の面々もまったく同じ心境であることがありありと分かる顔をしている。
「何が起こったのかわからず一瞬呆然とした、と言っていたよ。黒い骸骨アンドロイドがそのままトラックに襲いかかろうとしてきたので、一方通行の道をそのままバックで引き返して、軽トラックで逃げたそうだ。老人の家族に確認したが、まさにその時間に買い物に行ったまま帰ってきてないってことだった」
「ちょっと……ちょっと待ってくれ。それって……」
 アントニオが、青ざめた顔で言った。彼は、少し震えている。
「じゃあ、……え、あ、あ、あ、あれって、……に、……人間、なの、か?」
「嘘よ!!」
 悲鳴のような声を上げたのは、カリーナだった。椅子から立ち上がった彼女は、蒼白になっている。
「だって、……だって私、能力……氷漬けに、バラバラに」
「ローズ! 落ち着いて。まだ決まったわけじゃない」
 ネイサンが、強く呼ぶ。しかしネイサンもまた顔色が悪かったし、カリーナはがたがた震えながら、両手で自分の頭を抱えるようにした。
「わ、私、ひ、ひ、人を、殺し」
「いや、それはない」
 フリンがあっさりと言った。カリーナは目を丸くして、ひくっとしゃっくりをひとつした。

「アンドロイドについて調査してくれてるアポロンメディアの斎藤氏と、NEXT研究機関にも確認した。お前らに破壊されたアンドロイドは間違いなくただの“モノ”だ。他人を変身させるNEXT能力も存在するが、その場合死ねば解除されるはずだ。あれは正真正銘ただのアンドロイドだよ」
「──それを、早く言えやこの野郎!!」
「うぉっ!?」
 野太い声でネイサンに怒鳴られ、フリンは仰け反った。
 しかし気付けば他のヒーローたちもじっとりと自分を見ているし、特にネイサンに肩を抱かれているカリーナの涙目の睨みは、ものすごいものがある。
「人が悪ィぜ、刑事さんよ」とアントニオが胸を撫で下ろしながら言い、「今の言い方は心臓に悪い、そしてとても悪い」とキースが弱りきった顔で、汗を拭いながら言う。その他の面々からもそれぞれわいわいと苦情が飛び出し、フリンはたじろいだ。

「わ……悪い」
「フンッ」
 カリーナが、つんとそっぽを向いた。美少女アイドルからの心の底からの侮蔑に、中年刑事は情けない顔をする。
「いや、今のは刑事さんが悪ィぜ。俺もびびった」
「あ、いや、その、……悪かった。お前らが人殺すわけねえっていうのがまず頭にあったもんでつい……」
「……まあ、今度から気をつけてくれ」
 虎徹に言われ、フリンは「すまなかった」と頭を下げて改めて謝罪した。

「あ〜……、えーと、話を続けるぞ、すまん。……で、アンドロイドがただのアンドロイドだってことはだ。この老人や他の行方不明者たちは、このアンドロイド出現事件の犯人たちに誘拐されたという可能性が非常に高い、と警察は判断してる」
「……ええ、そうなりますね」
 バーナビーが頷き、他の全員も真剣な顔で頷いた。
「それでだな。このアンドロイドって、何らかのNEXT能力が搭載されてるんだろ? クリスマスカウントダウンの時のアンドロイドは、カーシャ・グラハムの分身能力」
「その通りです」
「だが連日ブロンズに現れる連中は、NEXT能力を使ってこないだろう」
 フリンの言う通り、突然出現するアンドロイドたちは、何の能力も使ってこない。常に警戒は怠っていないが、それだけに動作がもたついてしまうところもあってもどかしい部分だった。
「はい。それは僕たちも懸念しています」
「しかし、NEXT能力を込めたコア自体は全てのアンドロイドに搭載されてる」
 斎藤氏に確認した、とフリンは身を乗り出す。
「そこで俺たち警察の読みは、“このNEXT能力で市民を誘拐してる”んじゃないか、ってやつなんだが」
「……なるほど。妥当な線だと思います」
 納得した様子で、バーナビーが頷く。

「アンドロイドに搭載されたNEXT能力で市民を誘拐、それと入れ替わるようにしてブロンズステージに出現……ということですね」
「そうだ」
「入れ替わる……、いれかわる? ……そうか、入れ替わる!」
「どうした、スカイハイ」
 手を打って立ち上がった彼を、アントニオが目を丸くして見上げる。
「入れ替わる! それだ!」
「だから何がだよ。順序立てて説明してくれ」
「ああ、すまない」
 コホン、と咳払いをして、キースは皆に向かった。

「数年前……、ああ、ワイルド君とバーナビー君がコンビを組んで間もない頃だよ。スタチュー・オブ・ジャスティスを盗み出した犯人がいただろう。ローラースケートを履いた、若い男だ」
「ロビン・バクスターですね」
 バーナビーが言った。

 世界各地で窃盗事件を起こしているが、その能力故に逮捕歴なしという、怪盗を気取ったような人物である。しかし、当時デビューして間もないバーナビーのヒーロースーツを囮にした作戦で所在転換ができない状況にされ、見事初の逮捕に至った。

「彼の能力を覚えているかい」
「ええ、覚えています。──“所在転換”」
 自身の視界内にいる人間なら、どこにいようとも自身と位置を入れ替えることができるという能力。この能力と機動力の高いインラインスケート技術を使い、彼は巧みに大胆な窃盗を繰り返していた。

「そう、強敵だった。……実は先程、同じような能力を受けた気がするんだ」
「……何ですって?」
「先程ルナティックを追いかけている途中、私はアンドロイドに襲われかけている女性ふたりを救助した。私はルナティックより市民救助を優先しアンドロイドに攻撃しようとしたんだが、その時、アンドロイドが私に気付いてこちらを向いた。──その瞬間、飛んでいたはずの私は、彼女たちの目の前にいたんだ。ちょうど、攻撃しようとしていたアンドロイドがいた場所に」
「それって──!」
「ああ。私もその時は動転して、しかしとにかく市民を避難させなければと、彼女たちを安全なところまで送っていくことに集中したんだが……」
 キースは顎に手を当てて、先程のことを思い出すように目を閉じた。
「私がいた方向で何か落ちたような音もしたし、間違いないと思う。私はあのアンドロイドと入れ替えられたんだ」
 確信をもって、キースは頷く。

「ロビン・バクスターの能力そのものかどうかはわからないが、どうも刑務所にいるNEXT能力者の能力がコピーされている傾向があるようだし。そうでなくても、似た能力なのは確かだろう」
「……では、アンドロイドは自分と市民を入れ替え、市民はそのまま犯人たちに誘拐された……?」
 バーナビーが出した結論に、皆が「なるほど」と頷く。
「襲われていた彼女たちは、恐怖でお互いにかたく抱き合っていた。これは想像だが、もしあの能力が対象ひとりにしか使えないのであれば、彼女たちがひっしと抱き合っていたせいで機械のアンドロイドには個人の判別ができず、もしくは能力が発動できずまごついていた。そこに単独で私が飛んできたので照準を合わせた、ということではないだろうか」
「筋が通るな」
 フリンが、険しい表情で頷いた。

「あとは、アンドロイドがどこから現れているのか、ということですね。通りがかった人間と位置を入れ替えて現れてるんなら、被害者はそれまでアンドロイドがいた所に送られたってことになります。出現ルートが特定できれば、被害者がどこに連れて行かれたか、大きな手がかりになるはず……」
 イワンが、状況を確認するように言う。
「最初のアンドロイドが現れてから、もう1週間にもなる。どこかに監禁されているのであれば、心身ともに無事が危ぶまれます。早く見つけないと」
「しっかし、アンドロイドを締め上げたって何を喋るわけでもねえしな……クソッ」
 悔しそうに、アントニオががしがしと頭を掻く。
「ああ。だからこそ、どんな些細なことでもいいから情報が欲しい。そこで、ゴールデンライアン」
 フリンが身を乗り出し、ライアンを見た。

「……何だ?」
「あんたのところの技術班、パワーズ。協力してもらいたい」

 表に出ていない、未知の技術も使われたアンドロイド。
 メカニカルな部分は斎藤が調べてくれているが、コアに使われている素材や人間からコピーしたNEXT能力の解析などは彼の専門外だ。シュテルンビルト外のNEXT関係の調査機関に協力を仰ぐにしても、サンプルひとつやり取りするのに時間がかかるのでは話にならない。
 何より、その調査機関が“パワーズのほうがノウハウがある”と断言している、とフリンは言った。実際、アンドロイドのコアに込められているNEXT能力の分析ひとつとっても、以前パワーズとケルビムがまる1日程度で答えを出してきたものを、警察がいつも調査依頼をする外部委託の機関は今現在でも解析が終わっていない。
「ホワイトアンジェラの情報を漏らし危害を加えた内通者は、まだ見つかっていない。そのためにあんたが今パワーズやケルビム……あとドミニオンズを肝心な所で遠ざけてるのは知ってる。……だが、市民のために協力してくれ」
 ライアンは、黙っている。
 フリン刑事の言うとおりだった。だからこそ、新居での誕生日パーティーも彼らは招待せず、ガブリエラの昔馴染みばかりであり、またエンジェルチェイサーにしか関わっていないスローンズだけを辛うじて招待したのだ。

「ああ。皆さんと最近あまりお会い出来ないのは、そういうことだったのですか」
 脳天気な口を開いたのは、ガブリエラであった。今までずっと黙っていた彼女が口を利いたので、皆の注目が集まる。
「そういうことならば、大丈夫ですよライアン」
「大丈夫って、何がだよ」
「パワーズもケルビムも、ドミニオンズも、あとダニエルさんたちも。おかしい人はいません」
 ガブリエラは微笑み、大きく頷いた。

「私は難しいことはわかりませんが、そのぶん人を見る目はあるつもりです。信じられる人がわかれば、その人の言うとおりにすれば間違いはないからです。信じられる方かどうかは、見て話せばわかります」
 それは彼女の特技であり、そして処世術。
「私は毎日皆さんとお会いして、たくさんおしゃべりしていました。ですので、わかります」
 ライアンは、ガブリエラの言葉を噛んで含めるように受け取った。そして数秒考えるように視線を彷徨わせた後、まっすぐに彼女を見る。
「……パワーズ、ケルビム、ドミニオンズ。支社長に、秘書。みんな、信用できるんだな?」
「はい! 皆さんいい人です! でなくても普通の人ばかりですよ」
「そうか」
 ライアンは頷き、長めに目を瞑ると、やがて前を見た。

「わかった。パワーズとケルビム、ドミニオンズの謹慎を解く。パワーズだけと言わず、全員調査に協力させよう」
「ありがたい」
 フリンが手を差し出したので、ライアンは彼と固い握手を交わした。
「だが頼んどいて何だが、警察も内通者の疑いを完全に消したわけじゃない。その点の対策はさせてもらうことになる」
「そりゃあな」
「むう、大丈夫ですのに」
 ガブリエラが、不服そうな顔をした。フリンはそんな彼女をちらりと見てから、ライアンに再度向き直る。少し呆れたような表情だった。

「やれやれ、彼女の言うことだとあっさり採用か。どんだけゾッコンなんだよ」
「ゾッコンかどうかはともかく……、正直、自分の人を見る目に初めて自信がなくなってきたとこでな。ルーカス・マイヤーズといい、二丁拳銃のジジイといい」
 ライアンは、苦々しい様子で言う。
「その点、こいつの鼻は確かだよ」
「そうなのか?」
 フリンは、ライアンの隣でお利口な犬のように座っているガブリエラを見て、疑わしげな顔をした。
「誰が信用できるかを判断するのは、俺は残念ながらイマイチみてえだけど」
 ライアンは、肩をすくめた。
「誰がどれだけ有能なのか、どんな才能があるのかを見極めるのはやっぱり得意でね。投資も支援もヘマこいたことはねえ」
「はん? そのあんたの慧眼で見て、彼女に才能があるって? 人を嗅ぎ分ける?」
「そういうこと。……それにこいつはろくに文字も読めねえのに、このやり方で丸1年以上もかけて、アウトローしかいねえ無法地帯の荒野の果てから歩いてここに来たんだぞ。これ以上信用できる実績もねえだろ」
「……確かに、そりゃすげえ説得力だ」
 真顔で頷いたフリンに、「だろ?」とライアンはにやりと笑う。ガブリエラは褒められたのが嬉しいのか、得意げな顔をしていた。
 そんなやり取りを見て、「今度の取引相手、あのコに見てもらおうかしら」「宝くじとか代わりに引いてもらったら当たらねえかな」「そういうココ掘れワンワン的なもんじゃねえだろ」とひそひそと言っているのは、ネイサン、アントニオ、虎徹である。

「じゃあ、おさらいだ。今からパワーズに協力してもらって、ここ連日出現してるアンドロイドのコアに使われてる能力が何なのかを調べてもらう。そこからアンドロイドの出現元、おそらく市民が誘拐、監禁されてる場所に目星をつける。お前らヒーローも、何かわかったら報告してくれ」

 今までの報告をまとめ、フリン刑事がヒーローたちに向き直る。

「この事件は、テロ及びシュテルンビルト市民の誘拐事件だ。アンドロイドから市民を守ると同時に、一刻も早く誘拐された被害者を救助するために動いてくれ」

 ベテラン刑事がまとめた事項に、全員が頷いた。






「ゴールデンライアン! 解析結果出ました!」
「アンドロイドのコアに込められたNEXT能力は、ロビン・バクスターの“所在転換”! ビンゴです!」
「よぉっし、でかした!」

 謹慎を解いて仕事を任せた途端、今度は半日もかからず答えを出してきたパワーズとケルビムの有能さに、ライアンは両手を上げた。
 再びチャンスを与えられた彼らは大張り切りで、こうしていつも以上の力を存分に発揮して仕事にあたってくれている。

「ゴールデンライアン! いくつかご報告があります。ヴァストウィルダーネスNEXT収容特別刑務所で、受刑者たちに不明なNEXT能力検査が行われた件についての調査結果です」
 続いてドミニオンズのスタッフが、きびきびと報告してくる。
「確かにアスクレピオス系列の機関は、この施設へデータ採集に行っています。しかしこの日は予定もありませんし、記録も残っておりません」
「アスクレピオスの名前を騙られた、ってことか?」
「状況から言ってそうなります。当該機関にこの件は報告済みです」
「わかった。他には?」
「ロビン・バクスターの現在の収容先がわかりました。コンチネンタル◯◯エリア、ハルディ刑務所。アスクレピオス系列の企業が運営する民間刑務所です」
 自然豊かで、山と雪の多い北側の地方である。丸太で作られた家やトナカイ、チーズなどのイメージが強く、都会的ではないが医療制度が発達しているエリアとしても有名だ。アスクレピオスの研究所の多くもこの辺りにある。
 世界いち人道的な刑務所、ということで何度か賞も受賞している施設で、人間としての権利と尊厳に重点を置き、再犯率はおよそ12パーセント。コンチネンタルエリアの刑務所全体での再犯率が70パーセントを超えることを考えれば、かなりの実績がある──とドミニオンズのスタッフは続けた。
「ですが──」
「なんだ」
「……2年ほど前に移転しての収容です。その前は、この問題のヴァストウィルダーネスNEXT収容特別刑務所」
「いよいよきな臭くなってきたな」
 ライアンは都会的で高級なデザインのオフィスチェアをくるりと回し、そのまま立ち上がった。そして、男らしい輪郭の顎を指先で叩くという動作の思案顔で、ゆっくりと窓際を歩きつつ報告の先を促す。

「ロビン・バクスターは、能力を使ってヴァストウィルダーネスNEXT収容特別刑務所をいちど脱獄しかけています。出入りの業者と入れ替わるという手段で、地雷原をクリアしたところで捕まりました。しかしそのことがあってヴァストヴィルダーネスには彼を収容するに心もとないとされ、現在の刑務所に移されました」
「で、今はどういうことになってる?」
「模範囚であるとのことです」
「へえ?」
 打てば響くように用意されている回答に、ライアンは満足した。片眉を上げることでそれを示し、どさりと深く大きなソファに腰掛ける。
「面会申し込みをしますか?」
「面会ねえ……。……おう、起きたのか? どうした?」
 ライアンが声をかけたのは、どよんとした顔で部屋に入ってきたガブリエラだった。

「……おばけの夢を見ました」
「ああ、睡眠浅いから変な夢ばっか見るよなあ」

 長い夢から醒めたあと、浮き上がっている過去の記憶が落ち着くまで、まだしばらくその影響が続くかもしれない、というのは目覚めたときにシスリー医師から言われていた。
 更にはアンドロイド騒ぎで非常に疲れていることと、仮眠のような浅い睡眠しかとれないことで、ガブリエラはやたらに鮮明な夢ばかり見るのだ。そしてそのせいで、せっかく眠ってもいまいち疲れが取れない。
 だからこそ寝られる時になるべく寝ておけ、とライアンは彼女に指示してある。
 頭脳労働では全く役に立たないこと、そして自分の能力こそが文字通りいざという時の生命線であることを理解しているガブリエラは、その的確な指示通り、勤勉に食っちゃ寝しては余ったカロリーをライアンやスタッフたちに使っていた。

 ガブリエラはよろよろとおぼつかない足取りでソファに座っているライアンの側に来るとその隣に腰掛けて身体を倒し、ライアンの太ももに頭を置いて頬を擦り付けた。ヒューウ、と誰かが軽薄な口笛を吹く。
「寝ます」
「ここでかよ」
「ライアンの側なら……変な夢も……みません……」
 むにゃむにゃとそう言って、ガブリエラは本当にそのまま寝入ってしまった。
 ライアンはため息をついたが、スタッフたちが「ゴールデンライアンも休憩してください」「必要な時は声かけますんで」と申し出てくれたので、自分も少し仮眠を取るか、と体勢を楽にした時だった。

 社用通信端末の呼び出し音に「ううん」とぐずるような声を出したガブリエラの耳をそっと手のひらで塞いだライアンは、そっと応答ボタンを押した。

「Hi、シスリー先生。何か進展あった?」

 連絡してきたのは、シスリー医師。
 彼女が最有力容疑者であるルーカス・マイヤーズの妻、ラファエラ・マイヤーズの診察と調査を連日行ってくれているのは、もちろんライアンも把握している。
《……大変なことがわかりました》
 シスリー医師の声は、今まで聞いたことがないほど張り詰めていた。緊張しているとか、恐れおののいている、といってもいい。ライアンは眉をひそめた。
「どうした?」
 ライアンが先を促すと、はあ、とシスリー医師は自分を奮い立たせるように一旦息をつき、それから話しだした。
《ミセス・ラファエラの頭部に、最近ついたであろう大きな傷跡がありましたが》
「ああ」
 ライアンは頷いた。

 傷跡というよりも縫い跡、手術跡と思しきそれが見つかったこと。そして医療機関にそういった届け出がないので、脳科学医であるルーカス・マイヤーズが私的に施した手術があったのではないか、ということは既に報告を受けている。
 妻とはいえそういった重大な医療行為を勝手に行うのは無論犯罪ということもあり、何の手術だったのか調査を行っていた。

《あの傷跡は、摘出痕です》
「摘出? 何の? 腫瘍とか?」
《……脳です》
「は?」
 言われた意味がわからず、ライアンは怪訝な声を出した。2秒ほど、双方声を出さない静寂が訪れる。

《ラファエラ・マイヤーズの頭蓋骨の中には、……脳が、まるごと、ありません……!》

 引き攣ったシスリー医師の声に、ライアンは目を見開いた。
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BY 餡子郎
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