#156
 ──BLEEP!! BLEEP!!

「はいはいはいハァイ! 今度はどこだってぇ!?」
 今のところアンドロイドが出現したことのない、海沿いの埋立地。数少なくなってきたブロンズステージの食堂である。
 ここでやや久々にインスタントではない食事を掻き込んでいた虎徹は、早々にヒーロー専用PDAに応答した。向かいでは、早食いが板についてきたバーナビーが、付け合せの野菜と一緒にハンバーグを急いで口に掻き込んでいる。

《Bonjour, HERO. ……今回はブロンズステージじゃないわ》
「なんだって?」
《ゴールドステージ、メダイユグランドホテル最上階! ──ルナティックよ!!》

 叫ぶようなアニエスの声に、ふたりは目を見開いた。



「ア〜ッくそ、この忙しい時に!」
「同感!」

 ヒーロースーツを纏ったT&Bは愚痴を言いつつ、ここしばらく足を運んでいないゴールドステージへ向かう。閑散としているブロンズステージと違い、シルバーやゴールドは人々で賑わっており、また事件が起こったグランドホテル周辺は野次馬でごった返していた。
 見上げれば、かなり上の階の窓から煙が出ているのが見えた。同じく到着していた他のヒーローたちもお互いに頷きあい、野次馬をかき分け、ホテルに乗り込み最上階を目指す。
「俺はこっちから行くぜ!」
「ああもう、また勝手なことを……!」
 ワイヤーを使ってホテルのビルの壁面を上り始めたワイルドタイガーに、バーナビーは眉を顰めつつも足を止めず、そのままエレベーターに向かった。煙の向こうの空には、スカイハイの影がある。

《襲撃された被害者は3人。まずはヴァストウィルダーネスNEXT収容特別刑務所の所長と、その副所長》
「刑務所の所長……?」
 エレベーターの中でアニエスから情報を確認していた折紙サイクロンは、怪訝そうな声を出した。
「というかそれ、アンジェラが撃たれた時に面会した刑務所じゃねえのか? ジャスティスデーの事件の4人がいる……」
「ええ、間違いないわ」
 ロックバイソンが言い、ファイヤーエンブレムが頷く。
《そして最後がシュテルンビルト民間刑務所、Tハット居住センターの所長》
「なんでそんなとこの……」
《知らないわよ! とにかく犯行を止めて! 40階からはエレベーターが止まってるから、階段ダッシュよ! 急いで!》
「わかってる!」
 チン、とエレベーターが止まり、まずはドラゴンキッドが飛び出していった。



「くっ……!!」

 連日の対アンドロイド戦での疲労が抜けきらない身体に鞭打って階段を駆け上り、被害者たちが借りていたというスイートルームに足を踏み入れた折紙サイクロンは、マスクの下で顔をしかめる。
 元は豪華なカーペットだっただろうそこに転がっていたのは、もう顔や服の判別もつかない黒焦げの遺体だった。

「──どいて!」
 ブルーローズが後ろから飛び出し、寝不足のためだけではない青い顔をしながら、しかし気丈に立って能力を発動させた。燃え広がろうとしていた青い炎が、彼女の氷で鎮火されていく。
「お疲れさま、ローズ。……遺体はふたつね。あとひとりは?」
 気分の悪そうな様子のブルーローズをそっと促して退室させたファイヤーエンブレムは、黒焦げの部屋内を見回す。
「他に火が回っちゃってるところはないかしら。こんなところで大火事になったら……。ローズ、付き合ってちょうだい」
「わかったわ」
「拙者は逃げ遅れた人がいないか探すでござる!」
「ボクも!」
 折紙サイクロンとドラゴンキッドが、ドアを開けて回っていく。

「ごめんなさああああああい!!」

 その時ヒーローたちの耳に届いた声に、全員が反応する。ひいいい、と泣き叫ぶ情けない男の声が、フロアじゅうに広がっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! もうしません!!」
 本来夜景を眺めるためのガラス張りの展望室で、顔中をぐずぐずにして泣き叫ぶ太った男──彼がシュテルンビルト民間刑務所、Tハット居住センターの所長である──に、青い炎の矢が向けられていた。

 それをしているのは、殺人犯だけを狙って殺して回る、正体不明の死神。
 相変わらず不気味さを煽る姿をしたルナティックは、青い炎を男に向けて告げる。

「罪を利用し私欲のため富を得る、より重き罪。まだそれを犯すか」
「しませぇん! もうしません、ゆるしてえ、殺さないで、ええええええ……」
「ルナティック!」
 駆けつけたバーナビーの鋭い声に、死神がゆらりと振り向いた。──その時。

「──うぉおおおおおおおらああああああ!!」

 雄叫びとともに、展望室の巨大なガラスが盛大に割れる。
 外壁をワイヤーで昇り、そのまま振り子の原理で直接突入してきたのは、もちろんワイルドタイガーである。ガラスをぶち破った勢いを乗せた彼の飛び蹴りを、死神がひらりと避ける。途端、太った男がひいひいと震えながら床を這った。
「大丈夫か、バーナビー!」
「バイソンさん、被害者の保護をお願いします!」
「うっし、任せろ!」
 俺の担当だな、と人命救助こそ本領と自認し始めているロックバイソンは、重そうな男をひょいと拾って走っていった。

「ハァアアアアアアッ!!」
 即座に、バーナビーが鋭いキックを繰り出す。ゆらり、と蝋燭の炎のような身のこなしでそれを避けるルナティック。
「タイガーさん!」
「よしきたあ!」
 体勢を崩したルナティックのボウガンに、ワイルドシュートのワイヤーが絡みつく。ぎりぎりと引き合いが始まった。
「今日こそとっ捕まえるぞ、この野郎!」
 ルナティックは、無言である。しかし何の予備動作もなくもう一方の手を構えると、ふたりに向かって青い炎を盛大に噴射した。
「う、おおおおおお!?」
 炎に怯んだその瞬間、ワイルドタイガーが窓の外にすっ飛んでいく。──正しくは、ワイヤーを巻き付けたままのルナティックが窓から飛び去るまま引きずられていってしまった。
 青い炎を噴射させ、不規則に飛んでいくルナティック。それにぶら下がったままのワイルドタイガーが、ぎゃあぎゃあと喚く声が遠のいていく。

 ──BLEEP!! BLEEP!!

《またブロンズステージにアンドロイドが現れたわ。ホテルにいるヒーローはすぐ向かって。ルナティックは、いま奴を追ってるヒーローたちに任せて! 早く!》
「……くそっ!」
 バーナビーは焼け焦げた柱を殴って悪態をつき、急いで下に降りていった。



《“いつもの”アンドロイド退治のため、バーナビー、ロックバイソン、ファイヤーエンブレム、ドラゴンキッド、ブルーローズと折紙サイクロンが、ブロンズステージに戻っております》

 HERO TVのヘリが飛び、マリオが実況を始める。

《地上に黒い骸骨が蠢き、上空に死神が飛ぶ! シュテルンビルトはいつからホラー・タウンになったのか! あまりホラーは得意ではありませんが、実況させていただきます、マリオです!》

 久々のアンドロイド退治以外の事件だからか、それとも報道陣も連日寝る暇もなく駆り出されて疲れが溜まっているのか、彼の実況も妙にトバしたテンションである。

「うおっ、どっ、だっ! だあっ!」
《ルナティックに吊り下げられたワイルドタイガー! 障害物にぶつかりながら、そして壊しながら飛んでいきます! 賠償金が気になりますが、さすがにそれどころではない様子!》

 スカイハイのような安定した飛行ではなく、断続した炎の噴射で不規則に飛ぶルナティックにぶら下がったワイルドタイガーは、色々な建物や障害物にぶつかりながら、しかしルナティックを逃すまいとしていた。
 ワイヤーを縮めてルナティックを直接捕まえようともするが、絶妙に遠心力をかけられ、それもままならない。中途半端な長さのワイヤーにぶら下がったまま、ワイルドタイガーは夜のシュテルンビルトの空に振り回された。
「どわああああ!!」
 障害物につかまろうにも、炎のジェットで飛行すら可能にしているルナティックの出力は相当なもので、ハンドレッドパワーでないと太刀打ち出来ない。だが1分だけどこかにしがみついた所で、何か状況が変わるとも思えない。
 もし1分でなく5分あれば、という考えが浮かぶのはいつもこんな時だと思ってから、ワイルドタイガーは頭を振ってその考えを追い出した。

「ワイルド君を離したまえ、ルナティック!」
《ここで登場、KOH! 空中戦で負ける訳にはいかないぞ!》
 スカイハイが放った風の塊が、超スピードで飛んでくる。捕まってるんじゃなくて捕まえてるんだ、と反論する余裕などもちろんワイルドタイガーにはなく、攻撃を避けてまた激しい動きをしたルナティックに振り回された。
 打ち付けられることを防ぐため、ぶつかりそうになった大看板にキックを入れてやり過ごす。
「っだらあああ!」
《ああっと、ハンサムが痛ましい変顔に》
 大看板のバーナビーのキメ顔、その鼻の部分が盛大に潰れ、変に笑ったような妙な顔になったことについて、マリオがコメントした。
「……お?」

 ──フォオオオオオオオオオオオン!!

 ワイルドタイガーの耳に入ってきたのは、狼の遠吠えにも似たクリアなエンジン音。
 上空がスカイハイとルナティックがやりあう一方で、地上から死神を追ってきているのは、超スピードの真っ白いチェイサー。対向車のハイビームが、大きく突き出した黄金の翼をきらきらと輝かせている。

《空のスカイハイに対し、地上からはR&Aがエンジェルチェイサーでルナティックを追走! 久々のスゥ〜パァ〜ッ、ライディーンッ!!》

 マリオの熱い実況どおり、対向車を縫うようにしている見事なライディングテクニックが、上空からだと尚更よく分かった。
 しかし彼らが来ているということは、大した怪我人がいないということでもある。そのことで幾分ホッと気持ちが落ち着いたワイルドタイガーは、冷静に頭を働かせた。
「スカイハイ! 上から叩き落とす感じで、高度を下げろ!!」
「何か作戦かい!? 了解だ!」
 指示通り、スカイハイはルナティックにミサイルのような風の塊をぶつけるのをやめた。そのかわり旧式戦闘機のドッグ・ファイトよろしくルナティックの進行方向を先読みして風で妨害し、少しずつ、しかし確実にルナティックの高度を下げていく。
 そしてワイルドタイガーは、今まで縮めようとばかりしていたワイヤーをむしろ最大限まで長く伸ばし、地面から数メートルまでの場所まで下がった。
 真横には、立体道路の壁。その向こうを走っているエンジェルチェイサーに向かって、ワイルドタイガーは思い切り叫んだ。

「ライアン! 俺にっ、重力!!」
「──なるほど、そういう事かい。アンジェラ!」
「はい、ライアン!」
 巨大なエンジェルチェイサーが、ブレーキや前輪と後輪の動きへの絶妙な操作によって、跳ね馬のように跳躍する。そのまま助走をつけるようにスピードを上げ、その勢いで壁を走り、──そして飛んだ。

「──ふふ」

 蕩けるような僅かな微笑みとともに立体道路を飛び降りたエンジェルチェイサーは、すぐ下のビルの屋上に着地する。そのまま低いビルの屋上を辿るようにして、あっという間に下の道路に到着した。

《な、なんという動きーッ! まるで跳ね馬のようなしなやかさ! バイクでここまでのアクションが可能だったとは! ホワイトアンジェラのスーパーライディングが見事炸裂──ッ!!》
「よォっし、いいコだMY DOGGY! そのまま飛ばせ!」
「わぉーんっ!」
 賞賛の言葉を歓喜をもって受け止めたホワイトアンジェラは、そのまま道路を直線に進む。そして、ゴールドステージの高いビルに挟まれた道路の中空にぶら下がっているワイルドタイガーに追いついた。
「この距離キープ」
「わんわんっ」
 あっちこっちに揺れるワイルドタイガーと自分たちの距離を推し量りながら、ライアンはホワイトアンジェラに指示を飛ばした。そして命令通り、彼女はスピードを調整し、方向を緻密に見定めながら、不規則な動きをする目標物から一定の距離を保つ。

「──どっ、どォん!!」

 ぶら下がったワイルドタイガーを見上げたライアンは、空に向かって咆哮する獅子のようにして、能力を発動させた。
「んぎぎぎぎぎ!!」
 ライアンが発動させたドーム状の重力場に見事引っかかったワイルドタイガーが、ルナティックの力と拮抗してゆっくりと地面に降りてくる。そしてそれに合わせてホワイトアンジェラがチェイサーにブレーキをかけ、ライアンが指示した距離ぴったりで停車した。
 足を道路に踏ん張っているワイルドタイガーが伸ばしたワイヤーの先に、バシュンバシュンと青い炎を噴射し続けて飛ぶルナティックが見える。
《なるほど、まるで重しをつけられた風船、あるいは紐をつけて飛ばされる蜻蛉の状態! ワイルドタイガー、仲間の協力を得て珍しく見事な頭脳プレーを決めました!》
「珍しくは余計だっつーの! ライアン、もっと、重力! 上げろ!」
「無茶言うなって……!」
 あまりに大きな重力をかければ、ワイルドタイガーの意識がブラックアウトしてしまう。
 ライアンは集中し、ワイルドタイガーが耐えられて、なおかつルナティックを逃がさない程度の重さという絶妙の調整をかけた。

「ナイスだワイルド君! スカァーイ……」
「あっ」
「へ? ──どわああああああ!!」

 スカイハイが風を練ろうとしたその瞬間、ルナティックが炎を噴射させるのをやめた。そしてそのまま、すとんとあっけなく地面に降り立つ。
 ジェット噴射に近い威力で思い切り引く力が突然なくなったため、一気にライアンの重力に引っ張られたワイルドタイガーが、地面にべしゃっと叩きつけられる。
 風の弾を発射し損なったスカイハイが、上空で「不発! そして不発!」と悔しそうな声を上げている。
《よく考えれば当たり前の現象です! ワイルドタイガー、頭脳戦でルナティックにあっさりと敗北!》
「うるせえよ!!」
 ライアンが重力場を解除したため、地面から身体を起こしながらワイルドタイガーが怒鳴る。

「相変わらず、きんもち悪ぃ奴だなぁ」
「あれがルナティックですか」

 こちらは2度目の邂逅の感想を述べるライアンと、死神は初見のホワイトアンジェラである。
「どうすっかね。俺の重力とあいつが飛ぶのだったら、あいつのほうが早いしなあ」
「難しいですね。飛ぶのなら轢けませんし」
「普通に轢くことを選択肢に入れるな」
「なぜならあとで治せますし……」
 こてんと可愛らしく首を傾げて恐ろしいことを言う彼女に、ライアンはマスクの下で半目になった。
 ヴィジョン・クエストを経て起きてからというもの、彼女のワイルドぶりというか、アウトレイジっぷりに磨きがかかっているのだ。逆行しているとも言えるが。
 しかも昼夜を問わないアンドロイド騒ぎによる疲労と、やっと“待て”が解禁されて想いが通じたはずの恋人とスキンシップができないストレスで、それがさらにハイになっている傾向があった。犬っぽさも増している。
 しかし欲求不満なのはライアンも同じであり、この刺激的なタンデム・スタイルをとりながら、自分の下でひとりで興奮している雌犬の形のいい尻を思い切り張ってやりたい気分を、ぎりぎりの所で堪えているのだ。

「おいコラ、緊張感のねえ夫婦漫才はやめろ」
「オッサンにだけは言われたくねえなあ。……ってか、あいつこっち見てねえ? うわ見た、こっち見た」
 ライアンが言う通り、ルナティックはじっとこちらを見ていた。正しくはエンジェルチェイサー、いやホワイトアンジェラを見ている、とライアンとワイルドタイガーは気付き、警戒を高める。

「……天使よ」

 低く落ち着いた声が発され、シン、と場が静まり返った。後ろから、ライアンがつんつんとホワイトアンジェラをつつく。
「おい呼ばれてんぞ」
「えっ、私のことですか。あっはい、ホワイトアンジェラです、はじめまして」
 挨拶すんのかよ、と驚きのような突っ込みのような声を上げているワイルドタイガーを無視して、ルナティックは更に声を発した。

「天使よ、全てを救わんとする貴様の有り様、愚昧に過ぎる。救いでは悪は潰えぬ。真の罪人を裁きの標に導く事こそ私の正義」
「……はい」
「お前絶対何言われてるかわかってねえだろ」
 声だけは神妙に頷いた彼女に、ライアンが後ろからぼそりと言った。それに対し、「なぜなら言葉が難しくてですね!」とホワイトアンジェラがひそひそと言い訳をする。
「えーとな、あー、……お前が人命救助メインで活動してるのはそれはそれでいいと思うけど充分じゃない。もっと悪人を罰することに力を入れたほうがいいと思います、みたいな感じじゃねーかな」
「なるほど! よくわかりました!」
 ライアンの翻訳に、ホワイトアンジェラは大きく頷いた。
 ワイルドタイガーもひそかに「ああそういう意味なの?」と思ったが、マリオからこれ以上突っ込まれたりするのも嫌だったので黙っておいた。

「申し訳ありませんが、私はサポート特化ヒーローです! ええと、ヒーローは悪い人をやっつけて困っている人を助けるものですが、私は悪い人をやっつけられるだけの頭も力もありませんので、そのぶん困っている人をたくさん助けるつもりです!」
 挙手してはきはきと発言するホワイトアンジェラの言葉を、ルナティックは黙って聞いていた。
「悪人を真に誅するには、タナトスの声を聞かせる他なし」
「たなとす? ああ、タナトス。死の神ですね。悪人は殺すのがいちばんいいということですか?」
 ルナティックは返事をしなかったが否定もしなかったので、おそらく肯定なのだろう。
 妙な所で翻訳いらずだった天使と死神の会話を、皆じっと見守っている。上空のスカイハイが、「ええと、邪魔をしてはいけない場面かな、これは」と攻撃もできずおろおろしていた。

「ええ、どうでしょう。難しいことはよくわかりません」
「思考することを放棄するか」
「むう。おバカちゃんな私がいろいろ考えても、無駄に日が暮れるだけではありませんか! それならさっさとできることをします、私は! 難しいことは、もっと頭のいい人が考えればいいのです。正義とか悪とかはわかりません! 私がわかるのは、生きるか死ぬかということだけです! とりあえず、怪我を治してごはんを食べること!」
 ルナティックは、黙っている。
「元気になったら、専門の方が犯人の罰を決めればいいです。裁判官さんなどが」
「……故に善人も悪人も、等しく癒やしを与えると?」
「善とか悪とかは知りません。怪我が重い人と子供が優先です!」
 むん、とホワイトアンジェラは胸を張った。

「だいたい、生きていれば皆いつかは死ぬのです。私がいくら能力を使って助けても、100年後にはみんな骨です!」
「まあ……そりゃそうだな」
 うん、と虎徹が頷いた。
「そうして死ぬ間に、何か出来るかもしれません」
「綺麗事を」
 青い炎が、ごうと燃え上がる。ライアンとワイルドタイガー、スカイハイが警戒するが、ホワイトアンジェラは胸を張ったままだった。
「きれいごと? 何がですか?」
「生きて償えば、全ての悪が許されるなど」
「ゆるす? そんなわけがないでしょう。どれだけ生きても、誰からも許されないまま死ぬ人などいくらでもいます」
 ぴく、とルナティックの指先が震えた。

「しかしそれはそれです! 私の知ったことではありません! 私の仕事は、怪我人を全て治すということだけです! 善とか悪とか許すとか許さないとかは別の人がすることです! 先程からそう言っているのに! もう!」

 拳を上げたり下げたりしながら、ホワイトアンジェラは声を大きくした。そんな彼女に、ライアンは後ろでクックッと笑う。

「死神さんよ。何のつもりか知らねえけど、こいつと問答なんて馬鹿馬鹿しいことはやめときな。こいつは目の前にあることしかわかんねえし、思想とか哲学とかなんぞ糞っ食らえ、目の前のモンを物理で何とかすることしか考えてねえ脳筋の犬だ」
 笑いの滲んだ声で、ライアンは言った。
「あんたとは正反対だな。いや、実力行使に走ってる分、ある意味似た者同士かね?」

 犯罪者によって発生した怪我を完全に治すことで、起きた罪自体を帳消しに近い状態にしてしまうホワイトアンジェラ。
 人の命を失わせた罪は自らの命によって償うほかないという考えのもと、殺人者たちを殺して回るルナティック。

 生きるか死ぬかに徹底するか、正義か悪かを重く見るか。
 命を与え満足させることで罪を犯さないようにするやり方と、命を奪うことで同等の罪を償わせるやり方。

 そしてその実、己の快楽と趣味のために人を救う女と、己の正義と信念のために人を殺す男。

 天使と死神。
 地を駆ける犬と、空に浮かぶ月。
 全く逆のことをしているようで、彼らは確かにどこか似ていた。

「……ふ」

 ごうっ、と、青い炎が燃え上がる。
 ワイルドタイガーがワイヤーを引いた。まだボウガンに引っかかったままのワイヤーが引かれたことで照準が自動的にまっすぐに彼を捉える。しかもそのまま、青い炎の矢が発射された。
「げっ、うぉ!?」
 避けきれない、と思った瞬間、ワイルドタイガーは勢い良く後ろにひっくり返った。散々炎に炙られたワイヤーが、炎の矢が発射された衝撃で、とうとう切れたのだ。

「あっ、話は終わったかい? ……逃さん!」
 青い炎のジェットで飛び上がったルナティックを、所在なさげにしていたスカイハイが再び追う。「俺らも行くぞ」というライアンの呼びかけで、ホワイトアンジェラもエンジェルチェイサーを発進させた。

《ヒーローを振り切ったルナティック、ブロンズステージに逃げ込んだ!》

 重量の問題などもあり、3層のステージはところどころに吹き抜けのような穴がある。
 シュテルンビルトならではの景色を眺められる名所として整えられていたりもするそこを通って、ルナティックは先程までのように上へ上へ逃げるのではなく、一気にブロンズステージまで下がっていった。

 ──BLEEP!! BLEEP!!

《アンジェラ! ブロンズステージで怪我人が出たわ。ルナティックはスカイハイに任せて、ゴールデンライアンといつもの救護テントで待機! タイガーもよ、早く!》
「ええ!? ああくそ、こんな時に!」
「むうううう」
 アニエスからの通信に、ワイルドタイガーとホワイトアンジェラが唸る。ライアンがため息をついた。
「しょうがねえな……。ルナティックはキングに任せて、行くぞ」
「わかりました」
 ライアンの指示にホワイトアンジェラは頷き、エンジェルチェイサーをターンさせる。そしてワイルドタイガーもまた、ブロンズステージの救護テントを設置しているテントに一番近いエレベーターへ、急いで走っていった。



「やだ、ルナティック!?」
 骸骨アンドロイド2体を交互に氷漬けにしていたブルーローズが、こちらに飛んでくる青い炎に目を見開く。スカイハイがおらずいつもの戦法が使えないため苦戦していた彼女にとって、更なる厄介事が舞い込むのは勘弁してほしいところだった。
「こっちに、きゃあっ!」
 ブルーローズの頭上すれすれを掠めて、ルナティックが飛んで行く。
「ローズ君! 大丈夫かい!?」
 ルナティックを追って飛んできたスカイハイが一瞬スピードを緩めたが、ブルーローズは怯むことなく言い返した。
「大丈夫、スカイハイは奴を追って! ……このっ!」
 そして氷の檻を抜け出してきたアンドロイドを、また氷漬けにする。

「わかった! ……むっ!?」
 きゃあ、と声が上がる。すると、ブルーローズからは見えない建物の向こう、ゴミ捨て場のフェンスに隠れてやり過ごそうとしていたのだろう、女性がふたり抱き合って震えていた。そして、彼女たちにアンドロイドが襲いかかろうとしている。
「くっ!」
 飛んでいくルナティックと黒い骸骨に襲われかけている市民を見比べたスカイハイは、しかし素早く判断を下した。風を練り、アンドロイドに狙いを定める。その動きを察知したのか、アンドロイドが上を向いた。

「スカァーイッ……、え、あ、あれ?」

 スカイハイは、戸惑った。
 なぜなら宙に浮いているはずの自分が、地面に立っていたからだ。しかも目の前には助けようとしていた女性ふたりが、ぽかんとしてこちらを見上げている。
 3人揃ってお互いに混乱し疑問符を浮かべていると、がしゃん、ごとん、と何かが落ちるような音がした。その音でハッと我に返ったスカイハイは、慌てて女性たちを誘導する。
「け、怪我はないかい? 安全なところまで送っていこう。さあこちらへ!」
 何が何やらわからないが、とりあえずは目の前の市民を保護するのが先だ。そう判断したスカイハイは女性たちを守りながら、シルバーステージに直行できるエレベーターまで彼女たちを連れて行った。

 追いかけてこない空の魔術師をちらりとだけ振り返りつつ、炎を噴射して飛ぶルナティックの前にも、アンドロイドが立ち塞がる。見境なく攻撃してこようとする黒い骸骨に、死神はボウガンを向けた。

 ──ドシュッ、ドシュッ、ドシュッ!!

 連続して放たれた複数の炎の矢が、アンドロイドに突き刺さる。
 しかもそれは髑髏の眼窩、あるいは狭い肋骨や骨盤の間を狙ったものだった。後ろにある鋼鉄の柱に縫い付けられ、しかも絶妙に矢が引っかかって取れなくなったアンドロイドは、矢から吹き上げる青い炎に晒され続けている。

 月の向こうに、死神が消えていった。






「あーっ! くそぉ!!」

 アンドロイドを全て破壊し、いつもどおり救護テントに集合したヒーローたち。メットを取った虎徹は、ルナティックを取り逃がしたことについてまだぶつぶつ言っていた。
「お疲れ様です。怪我人はいつもより少なかったですよ」
「市民も避難が上手くなってきたよな。助かるけど」
 事件後でもいつもより元気そうなガブリエラに、ライアンが頷いた。
「ですので、カロリーが結構余りましたので、皆さんに。少しずつですが……」
「ああ、助かります。てきめんですからね」
 バーナビーが、微笑んで言う。彼は今回、ファイヤーエンブレムとドラゴンキッドが疲弊させたアンドロイドへ、折紙サイクロンとともに物理攻撃を叩き込む、という役を延々こなしていた。

「ホントにいいの? じゃあぜひお肌にお願い!」
「おいおい、こんな時に……」
 相変わらずマスクを取らないままだが、喜色を浮かべてガブリエラに注文を出すネイサンに、アントニオが呆れた顔をする。
「わかってないわねえ! 体が疲れてても、お肌の調子が良ければ気分も上がるし頑張れるのよ! お肌は体全体のバロメーターだし、メンタルにも直結してるの!」
「そ、そういうもんなのか?」
「そういうものなの! さっ天使ちゃん、お願いね」
 ガブリエラの前にすとんと座ったネイサンに、ガブリエラは「わかりました」と微笑んで頷いた。
「肌はあまりカロリーを使いませんので、ええと、でこるて、のあたりまでやりましょうか」
「ああん天使ちゃん、わかってるぅ!」
 くねくねとして喜ぶネイサンに、「ネイサンには、ライアンの次に能力を使っていますので」とガブリエラは言い、マスクをしたままの顔に両手をかざした。
 続いて、特に怪我をしている所、疲弊が大きいところを中心に、ガブリエラが皆に能力を使っていく。

「スカイハイさん、どうしました?」

 そんな中、メットを取った姿で物思いにふけっているようにぼんやりとしていたキースに、こちらもメットだけを取ったイワンが声をかけた。
「えっ、ああ、いや……」
「疲れましたよね。アンジェラさんに能力を使ってもらえば、きっとだいぶましになりますよ」
「……ああ、そうだね」
 笑みを浮かべるイワンを見てキースも微笑み返し、ありがたいことだね、と頷いた。



 ガブリエラが能力を使い切り、では次はカロリー補給だとばかりにいつも通り皆で食事をし始めた頃。バーナビーの端末が、通常呼び出しのコール音を鳴らした。

「はい、バーナビーです」
《突然すまんね。モリスだ》
「……ディレクター? どうしたんですか? アニエスさんは?」
 ヒーロー用の通信端末に連絡してくるのは、警察や救急、消防などと連絡を取り合わなければいけないような特別な場合を除き、決まってアニエスである。ディレクターであるケインが直接連絡してくるのは珍しく、バーナビーは目を丸くした。
 その様子に、他のヒーローもなんだなんだと注目し始める。

《いやね、実はアニエスさんが倒れちゃって》
「アニエスさんが!? 大丈夫なんですか!?」

 いついかなる時もヒーローよりタフなのではないかというほどの女傑が倒れたという知らせに、全員がざわつく。ケインは、うーん、と苦い顔をしている様子がありありと浮かぶような声を出した。
《気絶してぶっ倒れたとかじゃなくて、ちょっとふらついた感じなんだけどな。本人は大丈夫だってすぐまた大声張り上げてたんだけど、でもどこからどう見てもオーバーワークだし、大事を取ってってことで》
「……なるほど」
《休める時に休んでもらったほうがいいしな》
「ええ、それがいいです」
 バーナビーの言葉に皆同意し、それぞれがうんうんと頷いている。

《まあそういうわけでな、今回の事件について色々わかったことがあるんで伝える予定だったんだけど、アニエスさんがダウンしたから》
「ああ、ではディレクターが代理で?」
《HERO TVのほうはな。他の連絡事項はお任せしたよ。あちらさんもなんか伝えることがあるってんでね》
 今そっちに向かってると思う、という言葉とともにケインが伝えてきたのは、シュテルン市警のフリン刑事の名前だった。
その頃のシュテルンちゃんねる:#156
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BY 餡子郎
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