#155
「なるほど、落とすのが有効なのか。それなら……」

 ライアンやT&Bがアンドロイドを再起不能にしたやり方を上空から見ていたスカイハイは、数秒思案し、リキッドガンでアンドロイドに応戦しているブルーローズの近くに急降下していく。
「ローズ君、少々いいかな!」
「作戦があるの? いいわ、乗った!」
 空から降り立ったスカイハイに、ブルーローズが応じる。
 そして手早く彼からの作戦を聞いたブルーローズは、「オッケー! いいわねそれ!」と笑みを浮かべ、リキッドガンを構えた。

「──私の氷はちょっぴりコールド。あなたの悪事を、完全、ホールドッ!!」

 決め台詞とともに、ブルーローズが最大出力でリキッドガンを噴射する。
 アンドロイドが、もう何度目かの氷漬けになった。黒い骨が動こうとする前に、ブルーローズはなるべく硬く、厚く、より強固な氷を作っていく。
「スカイハイ、お願い!」
「まかせたまえ! ──スカーイ、ハーイ!!」
 彼の掛け声とともに、凍りついたアンドロイド入りの氷塊が舞い上がっていく。ロケットのように上空に飛んでいくスカイハイに見えない糸で引き上げられるようにして、氷塊ははるか上空まで風で吹き上げられていく。

「さて、私も今回ばかりは賠償金覚悟の構え! 裁判の用意をお願いするよ、──スカァーイ、ハハハハァーイッ!!」

 ぎゅんぎゅんと練られた風の渦。それによって、遙か上空からアンドロイド入りの氷塊が地上に撃ち落とされた。
 着弾地点は、人が避難した後の半ドーム状の屋外スケートリンク。

 ──ズガァアアアアン!!

 まるで隕石のようにスケートリンクを直撃した氷塊が、細かい欠片になって飛び散る。スカイハイはそのまま損壊したリンクに降り立ち、飛び散った氷の欠片を確かめた。拾い上げた氷塊には、頭蓋骨だけやら、腕だけやらと、ばらばらになった黒い骨がそれぞれ入っていた。
《スカイハイ、どう!?》
「ばっちりだローズ君! バラバラ、そしてバラバラだ!」
 頭蓋骨入りの氷を片手にカメラに向かって親指を立てるスカイハイを、カメラが撮影した。

《そう、良かった……》
「しかし、リンクがひどいことになっているよ。ドームがあれば破片が街に散らばらないだろうと思ってこちらにしたんだが、やはりドームじゅう破片だらけだ。申し訳ないことをした。賠償金もそうだが、後で破片を拾う手伝いもするとしよう」
《そうね。その時は私も行くから、声かけてちょうだい》
「ありがとうローズ君!」
 両手を空にまっすぐに上げるおなじみのポーズで、彼は仲間に感謝を示した。



「ええい、これでどうで、ござるかぁああああ!!」

 やけくそに近い絶叫とともに、折紙サイクロンが巨大手裏剣を振りかぶる。
 投げるのではなく渾身の力で横一文字に薙ぎ倒すようにされたそれは、アンドロイドの腰、骨であるためそれ1本で体を支えている背骨に突き刺さる。そしてそのままミシミシと軋んだかと思うと、音を立ててとうとう折れた。

「や、やったああああああ!!」
「やったね折紙さん!!」

 折紙サイクロン、そして彼の物理攻撃と交互にアンドロイドに電撃を浴びせていたドラゴンキッドは飛び上がって喜び、ハイタッチを交わした。

「油断するのはまだ早いわよ、ふたりとも!」

 突然現れたファイヤーエンブレムが、大火力の炎を噴射した。その対象は、ふたつに別れてもまだ動いている黒い骨の上半身だ。腕を使って地面を這いずり、まだこちらに向かおうとしてきていたようだ。

「あ、ありがと、ファイヤーエンブレム!」
「いいのよ、2時間以上も同じことやってれば疲れるわよね」
 ぐったりしているドラゴンキッドに労りの言葉をかけたファイヤーエンブレムであるが、こちらもまた疲労した様子で、華麗な衣装にもところどころ汚れが目立つ。
「ひいい、まだ動いてるでござる。気持ち悪い、テケテケ! テケテケでござる!」
 テケテケって何? と首を傾げるドラゴンキッドの問に折紙サイクロンが答える間もなく、次にやってきたのはBTBこと、T&Bとブルーローズである。
 上半身と違って全く動かない下半身に、バーナビーが近付く。

「炎や電撃は、全くの無駄というわけではないようですね。何度も熱を浴びせることで素材が痛み、強度が落ちるようです」
 そう言って、彼は大腿骨にあたる部分の骨を両手で持ち、膝で蹴り上げてぼきりと折ってみせた。どうやら木製バットくらいまで強度の落ちた骨はまるで焼けた炭のようになっていて、ぼろぼろと細かい破片が崩れて落ちている。
「そうみたいねぇ。最初は効いてないと思って、足止め程度にしかしてなかったのよね。フルパワーで燃やし続ければもっと早く壊せたかもしれないのに……、反省だわ」
「私の氷の方が、足止めにはなってるけど実質全然効いてないのよね……」
 苦々しい顔をするファイヤーエンブレムとブルーローズに、「お疲れ」と皆がそれぞれ声をかけた。
「そういうわけで、折紙先輩とキッドの攻撃方法は理にかなった正当なものです」
「うう、でもめちゃくちゃ時間かかったよう。1体だけなのに……」
「疲れた……疲れたでござる……」
 はああああ、とため息をついて、ふたりが肩を落とす。

「ではおふたりとも、最後にとどめをさしておいてください。頭を身体から外して、肋の中の心臓部分の機械を破壊すれば止まるようですよ」
 バーナビーが言う。見れば、ファイヤーエンブレムの炎をところどころ残して煙を上げている上半身も、自分のパワーに耐えられずにぼろぼろと腕が崩れ始めていた。
 彼の指示に従い、ドラゴンキッドが棒の先で肋骨の隙間から心臓部分の機械を何度も突いて壊し、折紙サイクロンがまた手裏剣で頚椎部分の骨をがしがしと集中的に突き刺していく。するとやがて頭蓋骨がゴロンと転がり、アンドロイドの動きがやっと完全に止まった。

「おわったー!!」

 疲労困憊、という様子で、キッドがその場でしゃがみ込む。

「バイソン殿が対応していたアンドロイドは? タイガー殿らが応援に行ったところまでは確認したのでござるが……」
 こちらに来たということは、かたがついたということだ。
 ぐったりした折紙サイクロンの質問に答えたのは、ヒーロースーツであるのに顎髭を撫でるようなポーズをしたワイルドタイガーだった。
「あー、結局のところ重さとかパワーで押し潰すのがいちばんいいみたいだったんでな。バイソンをカタパルトでぶつけてよ」
「……今なんと?」
「バイソンをカタパルトでぶつけた。そのあとハンドレッドパワーで投げた」
 さっくり言うワイルドタイガーの発言に、折紙サイクロンとドラゴンキッドはぽかんとする。

「バイソンさんの“硬さ”は、アンドロイドより上ですからね。その彼をカタパルトやハンドレッドパワーで射出して、ぶつけたわけです」
 いかにも理にかなっている、というような様子で、バーナビーが言った。
「そ、それで、バイソン殿は? 大丈夫なんでござるか?」
「大丈夫だろ、あいつ硬いし。子供じゃねえんだからそのうち帰ってくるさ」
 とんでもなく雑な返答をするワイルドタイガーに、折紙サイクロンは「えええ……」と不安げな声を出した。不憫すぎやしないか、という気持ちとともに、謎の罪悪感が彼の胸に沸き起こる。
「ああもう、アンドロイドの破片があっちこっちに飛び散っちゃって。バイソンも、どこかのお店や家に突き刺さってたら賠償金になりそうねえ……」
 気が重そうな様子で、ファイヤーエンブレムがため息をつく。「いいだろ別に、あいつ最近稼いでるし」と当然のようにロックバイソンに全ての賠償金を押し付ける気のワイルドタイガーに、今度こそ皆の冷たい視線が集まった。

「やあみんな、お疲れ様! 着弾地点を見てきたが、バイソン君は無事だったよ!」
「ああっ、スカイハイ殿!」
 空から降り立ったスカイハイに、折紙サイクロンが「さすがKOH」と尊敬の目を向ける。
「クロノスフーズのポーターにも連絡しておいた。あとワイルド君に伝言だよ。“覚えとけ馬鹿虎。賠償金はお前も折半だからな”だそうだ!」
「だっ!」
 ワイルドタイガーが、ヒーロースーツの下で苦々しい顔をしてずっこける。扱いは雑だがその分お互いに何もかもわかっているらしい親友同士に、ヒーローたちは笑いを浮かべた。



 ──BLEEP!! BLEEP!!
 ──BLEEP!! BLEEP!!
 ──BLEEP!! BLEEP!!
 ──BLEEP!! BLEEP!!



「……嘘だろ」

 呆然としたワイルドタイガーの台詞は、全員の思うところだった。それぞれの端末から鳴り響く警報音に応答すると、聞こえてくるのは、もちろんアニエスの声。

《──Bonjour, HERO. 疲れてるでしょうけど、ご新規さんのお出ましよ》

 アニエスの声もまた、苦々しい。
 単調に暴れるアンドロイドによる被害は物的破壊がメインで、怪我人はいても死亡者はいない。またホワイトアンジェラによってその怪我人も治療され、人的被害はゼロだ。
 しかしこうして小出しに、しかもいつどこから現れるかわからない上に、1体を倒すのに多大な労力や時間がかかる。
 更には、単調で危機感があるのかないのかわからない微妙な映像に、視聴率もあまり良くない。R&A復帰初出動とT&Bのダイナミックなアンドロイド殲滅、またブルーローズとスカイハイの映像による視聴率はなかなかだったが、その後は平均的な数字が続いていた。
 夕飯時でもあるので、アンドロイドが現れていないシルバーステージとゴールドステージの市民は夕飯を食べながらのんびり片手間にHERO TVを見ている、そんな具合なのだろう。

《数は新しく5体。また全部ブロンズステージよ、行って!》

 疲労は溜まっているが、そんなことを言っている場合ではない。了解、と全員の声が揃う。

「ではキッドと折紙先輩のペアはそのまま! ファイヤーエンブレムはキッドと一緒に、炎と電撃でアンドロイドを疲弊させるポジションに加わってください」
 敵がアンドロイドであるということから、この事件において司令塔的な役目を自然に担うバーナビーが指示を出した。
「了解よ。火葬にしてあげるわ」
 ボッと手から炎を生み出すファイヤーエンブレムに、「頑張ろうね、ファイヤーさん!」とドラゴンキッドが気合を入れる。「もうひと頑張り、気合入れるでござる!」と折紙サイクロンも膝の屈伸をしつつ己を奮い立たせていた。
「じゃあ私はさっきみたいに、スカイハイとのコンビでいいかしら」
「ええ、よろしくお願いします」
「了解だ! ローズ君、行こう!」
 ブルーローズがチェイサーで、スカイハイが空を飛んで現場に向かう。「スケートリンクドームに許可取ってくれたって!」と、タイタンインダストリーからの通信を伝えるブルーローズの声が僅かに聞こえた。

「──そういうわけです。ライアン、そちらはどうですか?」
《良くはねえが、うまくやってるぜ》

 バーナビーが通信端末を使って尋ねると、ライアンの声が聞こえてきた。
《二部リーグに避難誘導っつーか引率してもらって、怪我人以外もシルバーステージ以上に避難中。ポセイドンラインが出したシャトルバスもガンガン出てるぜ》
 さすがのもので的確な報告をしてくるライアンに、バーナビーは頷いた。
《──だから、何があってもシルバー以上に奴らを行かせるな。ヒーローランドの時もだが、あいつら何メートルも上に飛ぶ跳躍力がある。油断するなよ》
「もちろん」
《あとボンベマンが試したんだが、水に落とすのもダメだ。水中でもお構いなしに動きやがる》
 危うくボンベマンが死にかけた、というライアンの報告に、いっそまとめてスカイハイに沖の海に落としてもらう作戦を考えていたバーナビーは、忌々しそうに眉間にしわを寄せた。

「そうですか……。アンジェラはどうですか?」
《皆さん生きています! 治しました!》
 ホワイトアンジェラの威勢の良い報告が通信に割り込む。
《しかし怪我人が多いので、私は重傷者担当です。今は──おやつタイムです!》
 そんな声とともに、ばりばりばり、と何かの包装を破く音をマイクが拾い上げた。水分も取れよ、というライアンの声が続く。
《……ま、本人はこの通り元気だ。起きてから能力の燃費もスピードも段違いに良くなってるから、予想以上に保ってる。こんな感じで継ぎ足して何とかなる程度ってとこか。……でもそろそろ怪我人自体出さないようにしねえと、ジリ貧になるぞ》
「わかりました。アンジェラに頼らず、僕たちも怪我をしないようにしないといけませんね」
 通信を聞いていた他のヒーローたちからも、了解、という返答があった。

《救護テントの近くでもアンドロイドが出現した。とりあえず、アンジェラの護衛はアークと二部リーグに任せて俺はそっちを始末しに行く》
「わかりました。お気をつけて」
《賠償金にか? それならそっちこそ》
 ははは、と笑って揶揄してきたライアンは、そのまま通信を切った。シャレになってないですよ、とバーナビーはため息をつき、主にその心配の原因である相棒を見る。

「ん、じゃあ俺達も行くか」
「はい、……ではまずは」
「バイソンの確保!」
「はいっ!」

 ロックバイソンの着弾地点に向かって、T&Bは息ピッタリに走り出した。






《……お疲れ様。出現が途切れたみたいだけど、念のためまだ現場待機。アンジェラがいる救護エリアに集合してちょうだい》
《シュテルンビルト市警です。行方不明者リストがオールチェックできていません。現在警察官が総出で捜索しています。レスキューチーム、メディカルチームもそのまま待機してください》

 アニエスと市警からの指示に従い、疲労困憊のヒーローたちはまさに這々の体、という具合で救護エリア指定されている公園にそれぞれ向かっていった。
 夕方頃現れ始めたアンドロイドは、ヒーローたちが再起不能にするとタイミングを図ったように別のところからまた現れるということを何度も繰り返し、現在の時刻は既に日付をまたごうとしている。

 公園の中に作られたレスキューエリアには、ずいぶん少なくなった救急車と、白い大きな救護テント。そこにヒーローたちが揃って顔を出すと、ホワイトアンジェラがぐったりとしながら栄養ドリンクを飲んでいた。
 足元には、お菓子や食べ物、ドリンクのボトルや特製カロリーバーの包装が大量に散らばっている。

「あっ、お疲れ様です。皆さんお疲れでしょう。怪我はありませんか? 能力を……」
「おバカちゃんね。あんたもへろへろじゃないの」
 座ってなさい、と額の部分をファイヤーエンブレムに小突かれて、ホワイトアンジェラは崩れ落ちるようにして椅子に座った。
「お疲れ、アンジェラ! あなたの体調は大丈夫?」
 ブルーローズが声をかけると、ホワイトアンジェラはへらりと笑みを浮かべる。
「大丈夫ですが、……おなかがすきました……そして同じくらい眠い、疲れました……」
「ボクも……」
「そうだね……眠い、そして空腹だ……」
 ドラゴンキッドとスカイハイが、いかにも眠そうに頭をぐらぐらさせつつ腹を押さえ、同意を示して頷く。時刻はたった今日付が変わった頃であるが、毎日早寝早起きが習慣づいているこの3人は、メンバーの中でも特に辛そうだった。
 しかしそうでなくても、夕方頃から今までろくな休憩も取れずにに延々ひっきりなしに現れるアンドロイドに応戦し、怪我人を運び、市民を避難させ、ヒーローたちは皆疲労困憊である。

「おう、お疲れさん。簡単に食えるもん貰ってきたぞ」
「わあいライアンさん! ありがとおお!」

 こちらもへとへとになっている二部リーグたちとともに、大きなクーラーボックスやインスタントフードの箱などを重ねて持ってきたライアンに、ドラゴンキッドが眠さでややおぼつかない足取りで駆け寄っていった。
 他の面々も空腹なのは同じで、「かたじけないでござる」「ありがとうございます」「気が利くねえ」などと言いつつ、折りたたみの椅子を広げたりなどして協力し、テントの中を整えていく。

 公園の中のテント。
 年が明けて間もない真冬の寒さに耐えるためのストーブなどを使い、更にその上で湯を沸かしたりとまるでキャンプのような状態で、ヒーローたちは共に食事をした。
 二部リーグヒーローや顔出しヒーローのバーナビーやライアン、アイパッチ姿のワイルドタイガーは、遠慮なくヒーロースーツの頭部を取って各々選んだものを頬張っている。ヒーロースーツを解除しなくても食事ができるホワイトアンジェラ、ファイヤーエンブレム、ブルーローズとドラゴンキッドの女子組はそのまま。
 しかし顔出しNGの折紙サイクロン、ロックバイソン、スカイハイ、通称折紙ロックハイの3人は、衝立の向こうで少々寂しそうにしていた。

「あー疲れた。ほんっと疲れた」
「ライアンさん、救助とアンドロイド退治両方やってましたもんね……」

 お疲れ様です、と、自分も疲れているだろうにインスタントスープを作って配っているチョップマンが言った。
 ほぼ唯一アンドロイドに対して効果的な攻撃ができるライアンは、ホワイトアンジェラのテントの周りで護衛もしつつ、そのついでに人命救助もしつつ、更に一般市民に協力も呼びかけつつ。そして1体ずつどこからか現れるアンドロイドの始末にも駆けずり回っていた。実のところ、彼は結局合計5体のアンドロイドを押し潰している。

「ホントにもういねえだろうなって、未だに緊張感が抜けねえわ……。1匹見たら、って何なんだよこいつら。どっから沸いてくるのかもわかんねえし、ゴキブリかよ」
「食事中に汚い話しないで!」
 防寒にヒーロースーツの上から暖かそうな上着を羽織り、インスタントラーメンを啜っていたブルーローズが、嫌そうな顔で言った。

「でも、本当にどこから出てきたのかしら。ヒーローランドの時はあの二丁拳銃のジジイが持ち込んだのよね? 今回も、畳んだアンドロイドを誰かが街に放ったってこと?」

 こんな時でも優雅な仕草で温かいコーヒーを口にしながら、ファイヤーエンブレムが言う。
「全てブロンズステージではありましたけど、離れた所で同時に数体現れましたよね。ということは、それだけ犯人がいたってことでしょうか」
「機械なんだし、リモコンで誰かが一気に起動させたって可能性もあるだろ」
「リモートコントロールが可能かどうか……ですか。そこのところ、斎藤さんに調べてもらったほうがいいですね」
 食事をしながら、アンドロイドの出処についてT&Bがああだこうだと言い合う。

「まあ難しいことはともかく、それよりやっぱ動機がわかんねえよ。アンジェラを狙ってるのは明らかだとして、どうしたいんだ? 殺そうとしてるにしちゃやり方が中途半端だし、誘拐するにしたってそれっぽくねえだろ」
「確かに……」
 ワイルドタイガーのこの意見には皆同意なのか、それぞれ頷く。
「……どちらかというと、行き過ぎたファンのアピールというか嫌がらせに近い感じもするでござるなあ。盗聴器とかカメラはあからさまでござるし、無理やり眠らせるとか、経路の分からない不気味な出現方法でねちねちやる所とか……単に殺そうとしてるというより、何か他に目的が……裏がありそうなような……」
「あ、わかる。悪質なストーカーっぽい感じするわ」
 衝立の向こうで折紙サイクロンが言ったそれに、ブルーローズが深々と頷いた。天下のアイドルヒーローが同意を示したため説得力が増し、そうなのか、と皆が顔を見合わせる。

「はあ? じゃあ何だ、アンジェラファンが暴走してここまでやらかしたってことかあ?」

 それはねえだろさすがに、と素っ頓狂な声を出したのはロックバイソン。しかしそれを否定したのは、以外にも二部リーグヒーローたちであった。
「いやいや、熱狂的なファンって何するかわかんねえっすよ」
「ホントですよ。俺たちでさえストーカーつくのに」
 彼ら曰く、最近知名度も人気も上がってきたせいか、ファンが増えると同時に変な輩も多くなってきたのだという。
 容姿の良さも売りにしているタイプの二部リーグヒーローは特にターゲットになりやすく、仲間同士で助け合って撃退したり説得したりして対応しているのだ、と彼らは実感のこもった様子で言った。

「俺ら程度のファンでもこうですから、一部リーグのスーパースターのファンだったら、やることもすごいんじゃないですか?」
「ス、スーパースター? そ、そんなもんかね。へへ……」
 なぜか照れたような様子のロックバイソンは、もそもそと次のおにぎりの封を開けた。
「そうですね……僕たちへのファンレターなどはかなり数が多いですし、全て会社がチェックしてから手元に届きますから、変なものがあっても僕ら本人の目には入りにくいです。そのせいでむしろ気付いていない、ということはあるかもしれません」
 バーナビーが、真面目な顔で言う。
 その発言に「あーそっか、一部リーグはそこから違う……」「やっぱ大企業のスーパースターですねえ」と二部リーグたちから尊敬しつつも遠のくようなリアクションが返ってきたため、バーナビーはその理由がわからず少し傷ついた。
 またロックバイソンは、「俺宛のファンレター、別にそういうのねえけど……」と衝立の向こうでぼそぼそと弱々しく呟いている。

「つーか当事者はどうなんだよ。アンジェラはなんか心当たりねえのか?」
「ふぁい?」
 ワイルドタイガーの問いに、大容量のビッグカップ麺を啜っていたホワイトアンジェラが、口をもぐもぐさせながら顔を上げた。
 一部リーグに上がってからこういった食事と縁遠くなっていた彼女だが、「皆さんと食べると、なんだかおいしいですねえ」と疲れながらもにこにこして、美味しそうにインスタント食をぱくついている。

「う〜ん、そうですねえ。ファン……ファンのやることっぽいというのは、わかります。私もそれは感じます。しかしもしそうなら、私のファンということではなく……どちらかというと、ライアンのファンでは?」
「は? ライアンの? なんで?」
 ワイルドタイガーが素っ頓狂な声を出すが、全員疑問符を浮かべているのは同じだった。ライアンが「お前まだそれ言ってんのか」と呆れつつ、彼女の推理である“ライアンのファンによる嫉妬説”をぞんざいに説明した。

「そうなのです! 犯人の本当の狙いは私ではなく、ライアンなのではと! なぜならライアンはこんなにも魅力的ですし──」
「いや、そういうのはいいから」
「ええ〜」
 半目になった顔の前で手を振るワイルドタイガーに、ホワイトアンジェラが唇を尖らせる。起きてからというものすっかりライアンに対して色ボケ甚だしい彼女に、全員が脱力した。
「あのなあ、普通にお前が狙われてるに決まってんだろ、実際撃たれたんだから。もっと危機感を持て」
「そうですよ。タイガーさんに言われるなんてよっぽどですよ」
「おいそれどういう意味?」
 漫才をしながら咎めてくるT&Bに、ホワイトアンジェラはまた「ええ〜」と言いながらおにぎりの包装を剥がした。

「むぅ、私が狙われる理由ですか。わかりませんが、しかし、狙われる理由なら色々あるでしょう。私はおバカちゃんですが、SSレベルのNEXTに価値があるのはわかります。内臓を売り飛ばすとか」
「おい、どっから出てきた内臓」
 途中まではともかく突然ぶっ飛んだ台詞に、ライアンが思わず突っ込みを入れた。
「貧乏だった頃、あまりにお金がなくなったときはどういう手段があるのか、と調べたことがあるのです。実際にはそこまで困ったことはありませんでしたが、いざという時のために」
 おそらく、アカデミーに入ってブロンズステージの路地裏の酒場を荒らし回っていた頃の話だろうか、とライアンは目星をつけた。そしてそれは正しい。

「そうしたら、ふたつある内臓を片方売るという方法を聞きました。一部リーグに上がってレントゲン写真やらを撮られている時に、そのことを思い出したのです。それで“私が内臓を売ったらどのぐらいのお金になるでしょうか”とドクターに聞いてみましたら」
「何聞いてんだお前は」
「えっ、なんとなく……」
 うめぼしが入ったおにぎりをはむはむと食べてから、彼女はけろりと言った。
「私のように珍しいNEXTの内臓なら、研究機関に高く売れるそうです。オークションにかけたら、さらにすごい値段になるかもと」
「お前マジで何の話してんだよ医者と」
「ライアン、もしお金に困ったらおっしゃってくださいね。ライアンのためなら、私、腎臓くらい……」
「売るか! いちいち重いんだよこの馬鹿犬!」
 べしっ、とライアンがホワイトアンジェラのメットを叩いた。しかし、彼女の口元はなぜか嬉しそうにニヤついている。

 そしてそのやり取りに、「アンジェラさんがいちばんヤバい」「愛が重すぎる」「ストーカーも裸足で逃げ出すレベル」と二部リーグたちがひそひそと言い合っていた。
その頃のシュテルンちゃんねる:#153〜154
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BY 餡子郎
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