#153
「はっ、そうです! クリスマスプレゼント!」
「あん?」
「私も、クリスマスプレゼントを用意したのです! 取ってきます!」
そう言ってガブリエラはぴょんと立ち上がると、荷物が置いてある部屋に小走りに戻っていった。そういえばそういう約束だったな、とライアンがベッドから身を起こしていると、ガブリエラがまたすぐに戻ってくる。
「はい! メリークリスマス! でした!」
ずいとガブリエラが差し出したのは、手のひらに乗るくらいの、リボンのついた包みだった。シンプルなラッピングだが、群青色の平たい紙の袋に金色のリボンがかけられて、ちゃんとゴールデンライアン・カラーが意識されている。
「へえ〜、なに?」
「ふふん」
また隣に座ったガブリエラが見守る中、ライアンは折り曲げてある紙袋を開いて斜めにし、中に入っているものを手のひらの上で受け止める。滑り落ちてきたのは、黒くつやつやした、平たい紐のようなものだった。両端には、シンプルな金の留め具がついている。
「……ネックレス? ブレスレット?」
「どちらでもいいですが、腕に着けるのがいいと思います」
そう言って、ガブリエラはその紐を取り上げて、シャツの袖をまくったライアンの手首あたりにくるくると3周ほど紐を巻き付け、金の留め具でぱちりと留めた。
「ラグエルのたてがみで編みました!」
「えっ」
ライアンは目を丸くして彼女を見た。ガブリエラはにこにこと微笑んでいる。
「あの村では、仲良しの人や、お世話になった方とピアスを交換します。そしてそれとは別に、大事な人には、自分の馬のたてがみや尻尾を編んだ紐を贈るのです」
あの村で馬は最も大事な財産で、人生のパートナーである。その馬のたてがみや尻尾を切り取って作った紐は、それほどあなたが大事だと告げる格好のアイテムなのだ。
そして昔から伝わっている特別な編み方で作られた紐は、見た目からは想像できない毛量が使われている。それをかなり固く編むため、ちょっとやそっとでは切れないのだ、とガブリエラは説明した。
「こうやって腕に巻いたり、首飾りにしたり、ベルトから下げたり……。つけるところはどこでもいいですが。アクセサリーで、お守りです」
「お守り……」
「はい! 何しろラグエルのお守りです! 危ないところもきっと平気で、わぷっ」
ガブリエラの言葉は、途中で遮られた。なぜなら、ライアンが思い切りガブリエラを引き寄せて、強く抱きしめたからだ。
「お前、……これ、大事なもんだろ」
彼女の、最初の友達。いちばんの親友。
共に荒野を駆け抜けた黒い馬の遺品は、地雷原を渡る時でさえ一筋も置いていかなかった、彼女のいちばんの宝物だ。ガブリエラはそれを手ずから編み上げ、ライアンに手渡したのである。
「はい! とても大事なものですので、ライアンに差し上げます!」
躊躇いのない笑顔でのその言葉に、ライアンは、なお一層強くガブリエラを抱きしめた。
「ぐえっ。うぐぐ、ライアン、その、嬉しいのですが、少し苦しくてですね、その」
ガブリエラがぐえーと色気のない声を出すので、ライアンは、その力を少し緩める。力を抜くと、自分の手が震えているのがよくわかった。
ライアンは腕を伸ばし、そこに巻き付いている黒い編み紐を眺める。
「あっ、端のところは本当は飾り紐で結ぶのですが、ライアンには金具のほうが格好いいのでは、とアドバイスをしていただきまして、そうしました。金色です!」
このことについて相談し助言を求めた相手は、例の靴屋だという。なるほど、彼ならこういった素材の扱いにも慣れているだろうし、ライアンの好みも知っているので的確な助言ができるだろう、とライアンは納得した。
事実、使われている金具のデザインはライアンの好みだし、よく見ると蹄鉄の意匠になっていてセンスがいい。
動物の毛が素材であるせいか、しっくりと肌に馴染む。黒のみというシンプルさだが、凝った編み方は目を引くし、両端の金色の金具がいい感じのアクセントになっていた。
オンリーワンのそのデザインもいいし、色々なところに着けられて汎用性も高い。何より、彼女の親友である馬のたてがみで作られたものだ。ライアンは、そのプレゼントがすっかり気に入った。
「……重い」
「お、重いですか? 飾り紐のほうが良かったでしょうか」
「いや」
ああ、ペントハウスごときでは、やはり“重み”が足りなかった。
そんなことを思いながら、ライアンはつやつやした黒い編み紐を撫でる。
「……いい。すげえいい。めちゃくちゃカッコイイ。正直、今まで貰った中でダントツにイケてるプレゼントだわ」
「本当ですか!」
「おう」
「えへへへ」
手放しで褒められて、ガブリエラは、蕩けるような顔で笑い、ライアンの首元に頬を押し付けた。ライアンはその頭に頬を寄せて、またぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。大事にする」
本心からとよく分かる深い声に、ガブリエラは目を細めた。
「気に入って頂けたなら良かったです」
「毎日着ける」
「私も、毎日着けます」
ガブリエラは首を逸して、そこにある金色の輝きを見せた。ライアンはそれを見て目を細め、得意げな顔をしている彼女の頬を撫でると同時に、もう片方の腕で腰を抱く。そして、ひらりと身を返した。
「ひゃっ」
背中がぼふんと新品のベッドに沈んだ感触に、ガブリエラが声を上げる。まばたきの間に、至近距離にはライアンの顔があった。
お互いの鼻先が触れる。鼻の頭がぶつかる感触にガブリエラが笑うと、ライアンも笑った。ふたりで笑いながら、鼻や額を押し付けあって犬のようにじゃれるのが、わけもなく楽しい。
「ガブ」
その時、ガブリエラの頬を撫でるライアンの手、その親指が唇をなぞった。剥がれかけた口紅が、その指先に何度か伸ばされる。
「ライアン……」
そう呼んだ吐息と、ライアンの息が交じる。その吐息の温度までわかる距離。
──BLEEP!! BLEEP!!
──BLEEP!! BLEEP!!
それぞれの手首についたヒーロー専用のPDAから激しく鳴り響く、おなじみの音。
無粋極まりない音が鳴り響くベッドルームで、ライアンは顔を空に逸らし、そしてそのままベッドに突っ伏す。ガブリエラも片手で顔を覆い、もう片方の手でベッドをバンバンと激しく叩いた。
双方無言だが、言いたいことは全く同じである。
「◯◯◯◯◯◯……! ◯◯◯◯ッ……!!」
新品のベッドに激しく八つ当たりをしながら、歯の間から呪いの言葉を絞り出しているガブリエラの上から身体を起こしたライアンは、はああああ、と盛大なため息をついた。
そうしてライアンが上からいなくなったせいで自由になったガブリエラは枕を掴んで壁に叩きつけ、ベッドに勢い良くダイブし直し、ドレスのスカートを盛大にめくりあげながら、脚をバタバタさせて暴れる。
「……ア────ッ!! ヴヴッ、アアアアア!! ギイー!!」
「オーケー……オーケーオーケー。Okey-dokey、了解だ。了解」
怒り狂った獣のような奇声を発している涙目のガブリエラの隣で、ライアンは自分を落ち着けるように言う。そして完全に据わった目をして、未だ鳴り続ける通信端末に応じた。
「──Yeah! 24時間ヒーロー営業中のゴールデンライアンだぜ。さあ教えてくれ、悪さをしたのはどこの阿呆だ!? 今すぐその空っぽのアタマ地面に叩きつけて、二度と起き上がれないようにコンクリートの下に埋め込んでやるぜクソったれが!!」
《……Bonjour, HERO. まずは落ち着いて》
ブチギレるあまりに空回って明るい声で言うライアンに、アニエスがため息をついた。虎徹とアントニオの中年男子組から、《いいところだったんだろうなあ》《あるある》と同情を示す声が僅かに聞こえる。
《例の黒い骸骨アンドロイドが現れたわ。街の各所で暴れてる》
アニエスのその報告に、ヒーローたちに緊張感が走る。
《場所はいくつかにばらけてるけど、全部ブロンズステージよ。建物も壊されてるし、怪我人も出てるわ。ホワイトアンジェラももちろん出動。アンドロイドの出現場所はモニターしてるから、急いで出動して!》
了解! とヒーローたちそれぞれの、頼もしい返答が重なった。
「ヴ……ヴゥヴヴ……ギィイイエエエアアアアア!!」
《……それとゴールデンライアン。来る前に、あなたの彼女を人間に戻しておいて》
「保証はできねえな」
ライアンは冷え冷えとした声で返すと、怒り狂った獣と化して奇声を上げ続けているガブリエラを抱え上げ、走って新居を飛び出す。そして外で待機していたアークたちとともにさほど遠くないアスクレピオスまで車を飛ばし、ヒーロースーツを装着するためのポーターに駆け込んだ。
《ブロンズステージ各所に突如現れた、黒い骸骨アンドロイド! ホワイトアンジェラ狙撃事件の時と同じく、非常に頑丈! ヒーローたちの能力もなかなか効きませんッ!!》
ヘリから中継しているマリオの実況が響く中、各所に現れたアンドロイドに応戦しているヒーローたちを、オーランドなどのカメラマンや、あるいはドローンによるカメラがそれぞれ撮影する。
アンドロイドはヒーローランドに現れたものと同じく非常に頑丈だがしかし、以前と違って1体、あるいは2体ずつ離れた場所に何ヶ所か現れたため、ヒーローたちはそれぞれ分かれて応戦していた。
「分身しないってことは、カーシャ・グラハムの能力じゃないってことかしら!? ──ああもう、足止めしか出来ない……!」
氷で動きを止めては壊されを繰り返しているブルーローズは、悔しげな声を上げた。
アンドロイドはパワーもスピードもあるが動きが単調なので、コツがわかれば攻撃は当たる。しかし彼女の能力では決定打を与えることが出来ず、ただひたすら氷漬けにすることを繰り返して被害を起こさせなくすることしか出来ない。
「つまり何の能力かわからないってことでもあるわ! 気をつけて!」
そう注意喚起をするのは、ファイヤーエンブレムである。
いちどは試したもののやはり炎が効かないため、彼女は潔く、市民を避難させることに徹していた。炎を気休め程度の牽制に使いつつ、警官たちとも協力しながら市民たちを守っている。
「うわっ!」
アンドロイドの攻撃を間一髪で避けたのは、──こちらもアンドロイド。
しかしひらりと宙返りをしたそれは、空中でどろんと青白い光を放って姿を変える。アンドロイドに変化していた折紙サイクロンであった。
「同じ姿を取ってもダメでござる……! 見境なし! あ、ということは、同じところに集めて同士討ちをさせては!?」
「なるほど! 折紙さんナイスアイデア!」
すごいすごい、と喜色を浮かべるのは、彼とともに戦っているドラゴンキッドである。
電撃は決定打とまではいかないが足止めになるので、ドラゴンキッドがアンドロイドに電撃を食らわせ、その隙に折紙サイクロンが巨大手裏剣などで攻撃する、というパターンを繰り返しているのだ。
《いえ、ダメです! こちら2体いますが、攻撃してきています!》
協力するという行動も取りませんが、と通信越しに告げるバーナビーに、ふたりはがっくりとした。
「い、いいアイデアだと思ったのに。うう、この間の中継でめちゃくちゃいいところで登場できたからって調子乗ってすみません、能力がダメなら頭脳で勝負とか思ってすみません、やはり拙者は見切れに徹したほうが」
「あー! バーナビーさん! せっかく折紙さんが珍しくポジティブに行動してたのに!」
《えっ!? す、すみません……》
ぶつぶつ言いながら暗いものを背負い始めた折紙サイクロンに、ドラゴンキッドがバーナビーに苦情を言う。責められると思っていなかったバーナビーは、しどろもどろになりながら反射的に謝った。
「しょうがない、今まで通りいくよ、折紙さん! サァーッ!!」
「ううっ、ガッテン承知! 小さな事からコツコツとぉー!」
ドラゴンキッドの電撃で動きを止めたアンドロイドに、折紙サイクロンが巨大手裏剣を振りかぶる。
頑丈な骸骨は何度攻撃しても骨1本壊れないが、全く効いていないというわけではないようで、少々削れて黒いかけらが散ってはいるのだ。だがまるでコンクリートをフォークで削ろうとしているかのような作業であることには変わりなく、思わず気が遠くなる。
しかし今はその方法しかないし、何より市民に被害が及ばないようにと、ふたりは根気強く攻撃を続けていった。
「オラ来いっ、いくら殴っても無駄だぜ! どわあっ!」
ガァン!! と凄まじい音を立ててアンドロイドがロックバイソンの腹を殴りつけ、衝撃で巨体が吹っ飛ぶ。
「まだまだァ!!」
しかしロックバイソンはすぐに起き上がり、市民に襲いかかろうとするアンドロイドの前に立ちふさがる。何度も攻撃を受けた深緑のヒーロースーツは既に色んな所がへこんでボロボロだが、ロックバイソンはぴんぴんしていた。
「今のうちに逃げろ! 俺が絶対に食い止める!」
大きく声を張り上げる彼に、腰を抜かしていた市民たちが避難を始める。
「ありがとう、ロックバイソン!」
「守護神、頑張って!」
「助かった、ありがとう!」
感謝を示しながら逃げていく市民たちに、彼はスーツの下でニッと笑うと、次の攻撃に備えて能力を維持した。
肉体硬化。皮膚を何よりも頑強にすることが出来る彼の能力は、アンドロイドの頑強さを上回っており、どんな攻撃も効かないのだ。
生身でも軽自動車ぐらいならひっくり返せる怪力はあるものの、ハンドレッドパワーのようなパワーがあるというわけではないので攻撃をすることは出来ないが、守ることは出来る。何度攻撃されても耐え、市民を守り続けることにおいて、ロックバイソンは誰よりも優れていた。
「それだけかァ!? 俺は立ってるだけだぜ!」
自尊とも自虐とも取れることを言いながら、ロックバイソンはアンドロイドの前にひたすらに立ち続けた。
《また新たに1体、アンドロイドが現れたとの情報です! どこから出現したのか不明というところも市民の不安を煽ります……!》
カメラが切り替わり、新たな骸骨アンドロイドが現れた場所を映す。アンドロイドは近くにある建物を破壊して回り、ガラスやコンクリートの破片が飛び散る中、市民たちが悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
「こっちに! 避難経路はこちらです!」
「後ろに行くでごわす!」
チョップマンとスモウサンダーが、自らの身体を盾にしながら市民を誘導している。彼らだけでなく、二部リーグたちは皆こうして避難誘導に徹し、怪我人を見つけては素早く運んでいっていた。──そんな中。
──ウォオオオオオオオンッ!!
狼の遠吠えのようによく通る、透き通ったエンジン音。道路の真ん中を突っ切ってくる、大きな黄金の翼が見える白い影に、市民たちは道を空けた。
「ヴヴヴヴヴゥルァアアアア──ッ!!」
エンジン音と獣じみた奇声が、ドップラー効果を起こして街に響く。
そして巨大な白いバイク、エンジェルチェイサーは全くスピードを緩めることなく、店を壊していた黒い骸骨を躊躇いなく轢いた。
しかもそのまま見事なジャックナイフを決めてターンしたエンジェルチェイサーは、上に吹っ飛んだ骸骨の落下地点を見極めて再度轢く。今度はまっすぐ吹っ飛んだ骸骨は、がっしゃんがっしゃんと音を立てながら地面を跳ね転がっていった。
「──ギイイイイイ!! この、この! いいところ! とてもいいところでした!! ヴアアアアアア!」
実はヒーロースーツの下で涙目になっているアンジェラは、呆然と市民が見ている中、今度は後輪だけでマシンを立ち上がらせるウイリーを高く決め、倒れている骸骨の上に思い切り前輪を落とした。
ウイリーによって、がしゃん! という音を立てて骸骨が潰れる。そしてすぐに絶妙なテクニックでマシンが生きているかのように操作され、次はリアタイヤがスピンする。
「この骸骨! 許しません! 絶対、ぜったいにゆるしません!! ヴ、う、馬に! 馬に蹴られて死ねとは、このこと! まさにこのことです、ヴゥ、アアアア!!」
「あ? それどういう意味?」
タンデムしているライアンが、疑問を発する。チェイサーはまるでロデオのような動きをしているにもかかわらず、彼は非常に上手く身を任せて悠々としていた。
《オリエンタルのほうの慣用句? ですね。恋人同士の仲を邪魔するものに対して使われる言葉です》
「ワイルドタイガーに教わりました! こ、こ、これ以上、これ以上ぴったりと思われる言葉はありません! この! この、ヴァヴッ!!」
博識なマリオが親切に解説し、ホワイトアンジェラはまた獣のような声を上げてウイリーからの落下をかましたり、豪快なバーンナウトでぎゃりぎゃりと骸骨を轢き殺そうとする。その様は確かに、怒り狂った馬がその脚で敵を踏み殺したり、蹴り殺そうとする様によく似ていた。
「おーおー、そりゃ確かにピッタリだわ超ピッタリ。な〜るほど、馬に蹴られて死ね? はっはっは、上手いこと言うじゃねーかアッハッハッハッハッハッもっとやれ」
ライアンが、暴れ馬のたてがみを巻いた腕部分をヒーロースーツ越しに撫でながら、地を這うような声色で言った。止める気はまったくないらしい。
《ご、ご紹介が遅れました! ここで先日めでたく業界初のカップル・ヒーローとなりました、R&Aが登場ッ! ホワイトアンジェラ復帰後初の出動となりますが、見事なライディングアクションでアンドロイドをやっつけております! サポート特化ヒーローとは信じられない! えー、何やら個人的な恨みがこもっているような具合でありますが》
マリオの実況に、市民たちの大きな歓声が沸き起こった。
「よーしよし、ここまで。あとは俺がやるから退きな」
「ヴーッ!」
ライアンに命じられたアンジェラは唸りつつもマシンを方向転換し、ローリングエンドをきめて停車した。ぎしぎしと立ち上がろうとしているアンドロイドを前に、ライアンが専用ハンドルを握る。市民たちが、慌てて脇に避けていった。
「──どっ、どぉんッ!!」
こちらも思いっきり恨みが篭っている腹からの掛け声で、能力が発動する。
1体だけのアンドロイドに合わせて、ごく狭く。しかし強力に発動された重力は、アンドロイドを再び地面に叩きつける。既に最初から人間ではひとたまりもない重力であったが、骸骨はまだ這ってこちらに来ようともがいていた。
「おーおー、相変わらず頑丈なこった。──じゃあもういっちょ、ドン!!」
追加の重力に、骸骨の動きが止まる。黒い骨がぎしぎしと音を立てて、めき、めき、と少しずつ潰れていった。そして頭蓋骨や肋の中にある機械も粉々になると、ライアンは能力を解除する。アンドロイドは、もう起き上がってこなかった。
《ゴールデンライアン、今回初めてアンドロイドを倒したのはやはり彼! しかし強力な重力が使用されたため、道路がすごいことになっています!》
マリオが言う通り、アンドロイドを潰すための重力に耐えられなかった道路は重力場そのままの穴が空き、そこから盛大なひびなども広がっている。しかしエンジェルチェイサーから降りたライアンは、ビッと親指で自らを示した。
「知るかァ! 賠償金でもなんでも持って来い!!」
「素敵ですライアン!」
青筋を立てて啖呵を切るライアンを、アンジェラが囃し立てる。
何やらパワー溢れる復活を果たしたカップル・ヒーローを、市民は呆然と見守っていた。
「賠償金でも何でも持って来い、ねえ。か〜、いい台詞だわ」
アンドロイドの攻撃をワイヤーアクションでいなしながら、賠償金ランキングぶっちぎり1位の正義の壊し屋・ワイルドタイガーが、しみじみと言う。その様を、相棒のバーナビーは白い目で見た。
「そういうことは、海沿いのペントハウスを一括で買えるようになってから言ってください」
「だっ!」
「それはそうと、さっきから何をしているんですか」
彼らT&Bは、アンドロイド2体を相手に、主に殴り飛ばしたり蹴り飛ばしたりで動きを止めて、市民たちに被害を及ぼさないように奮闘していた。ハンドレッドパワーでも壊れないとわかっているため、能力は発動していない。
「いや、前もライアンがこいつら押し潰して再起不能にしたろ。今回も同じなのか分かんなかったが──、……今、潰れるってことがわかったんで」
「……なるほど」
にやりと笑うワイルドタイガーに、バーナビーはその意図を汲んで頷いた。そして頷くだけの合図を交わした彼らは、それぞれ行動を始める。
ワイルドタイガーは手首から飛ばしたワイルドシュートを使い、近くにある工事中のビルに登っていく。それを見届けたバーナビーはヒーロースーツのバーニアを噴射し、その工事に使うものだろう、資材がまとめてあるトラックに飛び乗った。
単に距離が近いからだろう、アンドロイドが2体ともバーナビーに向かっていく。
「ハァアアアアッ!!」
《バーナビーがハンドレッドパワー発動! 手に持っているのは工事に使う極太の特製ワイヤー! これでどう戦うのかー!?》
マリオの実況の中、能力を発動させたバーナビーは、本来重機を使わないと持ち上げられない鋼鉄のワイヤーを軽々と抱えた。更にそれだけでなく、その端を限界いっぱいの力を使って輪状に結ぶ。
「セェイ!!」
バーナビーが思い切り振った鋼鉄ワイヤーは鞭のようにしなり、アンドロイドの1体を打った。
ハンドレッドパワーによってまるで普通の麻縄のように扱っているが、3メートル程度の長さでも、屈強な男性ひとりで抱えられるかという重さになるワイヤーである。アンドロイドは盛大に吹っ飛び、もう1体のアンドロイドにぶつかり、一緒になって転げた。
そしてその隙を見逃さず、バーナビーは輪状に結んだワイヤーをひゅんひゅんと回すと、正確にアンドロイドに向かって投げる。それは輪投げよろしくアンドロイドに引っかかり、特殊な結び方をしたワイヤーは、バーナビーが思い切りそれを引いたことでがっちりと絞まった。
「──よし! 捕獲!」
《おおおっ! バーナビー、カウボーイも真っ青のロープワークならぬワイヤーワークで、アンドロイドを2体まとめて捕獲だあっ!》
背中合わせの状態で捕獲されたアンドロイドは逃れようとそれぞれもがいているが、沢山の鉄骨をまとめることも可能なワイヤーとハンドレッドパワーでは、さすがにすぐには動けないようだ。ぎりぎりという音を鳴らしてもがくアンドロイドを慎重に見極めつつ、バーナビーは力加減を調整して、アンドロイドたちの周りを細かく移動する。
その動きがアンドロイドをある一定の場所から動かさないためのものであることは、特に上空のカメラから撮影された映像だとよくわかった。
「タイガーさん、今です!」
「よおっし、いくぜバニー! ──ハァアアアアッ!!」
工事中のビルの屋上、つまりアンドロイドたちの真上にいるワイルドタイガーが、ハンドレッドパワーを発動する。バーナビーと違って彼の能力はワンミニッツ、1分限定。しかしこの状況ならば、それで充分だった。
「ワイルドに吠えるぜ! 食らえぇええええッ!!」
屋上の、溶接途中の巨大鉄骨をめりめりと剥がしたワイルドタイガーはそれを両手で振りかぶり、落とした──いや、思い切り投げた。引力プラスハンドレッドパワーのカタパルトで下方に打ち出された鉄骨は、アンドロイドの頭上をまっすぐに捉えている。
──ドゴォオオオオオン!!
シュテルンビルト3層全てが揺れたのではというほどの衝撃で、アンドロイドの上に鉄骨が落ちた。もうもうと粉塵が立ちのぼる中、絶妙のタイミングでワイヤーを離していたバーナビーが、落下地点に近寄っていく。
深々と地面にめり込んでいる鉄骨の下からは、アンドロイドの黒い骨の足が見えている。
「よっと!」
まだハンドレッドパワーの時間内のため、虎徹がワイヤーを使わずそのまま降りてきて、本当に虎のようにして鉄骨の上に軽々と降り立った。
「よしよし、大命中! ……ワーン、ツーウ、スリー!」
「プロレスじゃないんですから」
やれやれ、と肩をすくめるバーナビーも、ヒーロースーツの下には笑みが浮かんでいる。はみ出しているアンドロイドの足は、ぴくりとも動いていなかった。
《T&B、豪快なアタックでアンドロイド2体をまとめてノックダウ──ンッ!! しかしこれはなかなかの壊しっぷりだ!》
「うるせー! 賠償金が怖くてヒーローがやれるか!!」
「少しは怖がって下さいよ」
しかし今回は仕方がない、とも思っているバーナビーは、もしこの件で賠償金が請求されたら、今回ばかりは僕も半分持つべきだろうなあ、とひそかにため息をついた。
「ハンドレッドパワーでドーンとやったら、石油とか出ませんかね……」
「皆さんのお料理で、カロリーもばっちりです! さあ怪我人はどこですか!」
救護エリアとして指定された公園に救急車群と並んでエンジェルチェイサーを乗り入れたアンジェラは、仁王立ちでフンスと鼻息を噴き出した。その頼もしい様に、医療スタッフたちが笑顔になる。
「アンジェラ、これを!」
そう言って走ってくるのは、パワーズの面々。彼らが設置したのは車が3台は入りそうな、白い大きな救護テントだった。
「例の防弾素材を強化したテントだ! マシンガンやライフルくらいなら通さないぞ!!」
あのアンドロイドが出てきたということは、またホワイトアンジェラを狙ってのことではないか──という懸念は、最初からされていた。
高いビルばかりが立ち並ぶシュテルンビルトで、以前のような狙撃に完全に対応するのは難しい。ヒーロースーツの改善が間に合いそうになかった、いや全てが解決してからでないと彼女が直接身につけるスーツを新開発する許可が出なかったため、彼らが代替えとして作り上げておいたのがこのテントであった。
「ワォ、素晴らしい! これなら安心して能力が使えます!」
そう言って、アンジェラはぴょんとテントに入っていく。その時パワーズのスタッフに、「今度パーティーをする時は来てくださいね」と彼女はこっそりと声をかけた。自主的に出席を辞退した彼らだが、その言葉には嬉しそうな顔で、あるいは涙目になって頷いている。
「オーケー、いい仕事だ。一応アークを中と外に置くぜ。俺はこの救護エリア周りのガード。ここを拠点にするけど場合によっちゃ離れる、いいな?」
ライアンの指示に、アークや他のスタッフたちが威勢よく返事をして、それぞれの持ち場についていく。
「はい、治りました! 次! ええいもっと連れてきてください、私の手は2本あるのです! もっと治せます! もっと!」
「は、はい!」
今まで通りひとりずつ患者を連れてきていたレスキュースタッフは、怒涛の勢いのサポート特化ヒーローの言うとおり、一気に数人ずつ患者を運び込みはじめる。
しかし彼女は苦にした風もなく、医師たちの指示を受けながらどんどん怪我を治していった。そのスピードと正確さは、以前と比べ物にならない手際である。
「す、すごい……!」
「ふふん、どんどんどうぞ! あ、オヤツの差し入れですか? オヤツは大歓迎です! ありがとうございます!」
怪我を治してもらった市民がお礼にと置いていってくれたお菓子を頬張り、またカロリーを追加しながら、ホワイトアンジェラはまた怪我人を治していく。
「アンジェラさんがいるだけで、全然違うッス……!」
怪我人の搬送を手伝っているMs.バイオレットが、驚きを滲ませて言う。ホワイトアンジェラが昏睡状態となり、ヒーローも市民も怪我をすぐに治すことができないという状態は、シュテルンビルト全体に漠然とした不安を発生させていた。
そこに、正体不明のアンドロイドの出現である。恐怖によるパニックを起こしていた市民たちだがしかし、元気いっぱいに登場し、以前よりも凄まじいスピードでどんどん怪我人を治していくサポート特化ヒーローの姿に、だんだんと冷静さや他の者達への気配りの気持ちを市民たちが取り戻していくのが、ずっと街をパトロールしていたMs.バイオレットにはありありと感じられた。
「重症の方、小さい子が優先です! 大丈夫、死んでさえいなければ、必ず私が治します! 少しだけ我慢! できますね、わんわん! 皆さんは“待て”が出来る方たち、そうですね?」
コミカルで明るく、それでいて不思議と強い彼女の言葉に、人々が笑顔を浮かべる。出血をガーゼで押さえながらも、「わん!」と茶目っ気のある返事をした者もいて、さらに笑顔が広がった。
「よし。元気になった奴は、こっちで俺たちとヒーローしようぜ」
二部リーグたちを引き連れたライアンが、怪我が治った中で力のありそうな市民たちに呼びかけ、怪我人を更に搬送していく。
あのドキュメンタリーで市民たちを“ヒーロー”と言った彼のその呼びかけの効果はてきめんで、ホワイトアンジェラの能力で万全になった彼らは、我こそはヒーローである、と張り切って怪我人の搬送を手伝ってくれた。
「生きていますね、ありがとう! 治ります、治します! 大丈夫!」
どんな怪我でも怯まずに、彼女は皆の怪我を治していく。
「私は怪我を治せるNEXT! ヒーロー、ホワイトアンジェラです! 怪我をした人はいませんか!」