#149
「あっライアン、おはようございます!」
「おう」

 すっかりガブリエラの仮住まいになっているアスクレピオスのシェルター・ルームにやってきたライアンに、ガブリエラはスリッパをぺたぺたと鳴らしながら、嬉しそうに駆け寄った。
 フィジカルもメンタルも全く問題なしと診断され、ライターとも全てのことを話し終わったガブリエラは、本日退院、という扱いになった。
「荷物、まとまってるか?」
「ライアンがまとめてくださったので、そのままです」
 ガブリエラは部屋の端に置いてある、いくつかのプラスチック・コンテナを指差した。

「ではネイサンに連絡しなくては」
「姐さん? なんで?」
「なぜなら退院にはなりましたが、寝泊まりする所がありません。どうしましょうと昨日言いましたら、うちにしばらくいればいいと仰ってくださったのです」
 ネイサンの家は広いですし、セキュリティも一流ですし、新しい部屋が決まるまで隅に置かせていただければ! とガブリエラはにこにこした。

「ああ、そういうこと」
「本当はライアンのお部屋に行きたかったですが……」

 ガブリエラは、もじもじと照れ笑いをした。
 ライアンの部屋には盗聴器やカメラなどは仕掛けられていなかったが、モリィを預けているのでちょうどいいのもあって、ガブリエラの部屋を引き払うと同時にこちらも解約したのだった。年が明けてからはホテル住まいである。
「あー、まあ……。いや、その必要はねえよ」
「え? なぜですか?」
「おーい、運んじまってくれ」
 ライアンが廊下に向かって声をかけると、アークたちがぞろぞろと入ってきた。そして押してきた大きなカートに、さほど多くないコンテナをあっという間に詰め込んでしまう。
 ガブリエラは、ぽかんとしてそれを見遣る。

「えっ、えっ? なんですか? どういうことですか?」
「失くさねーから大丈夫」
 ガブリエラの疑問には答えず、ライアンは、「特にこれは慎重にな」とラグエルの形見とピアスのコレクションが入った箱を示した。
 ガブリエラの護衛のため、彼女がライターに話す荒野の旅の話をずっと聞いていたアークたちはもちろんですと頷き、特に大柄な男性ふたりがかりで、手際よく、そして丁寧に荷物を運び出していった。

「じゃ、次」

 ぱちんとライアンが指を鳴らすと同時に入ってきたのは、ガブリエラも何度か接したことのあるエステティシャンだった。アスクレピオス系列のエステティックサロンの技術者で、指名の多い売れっ子である。
 ガブリエラを施術することになった時に彼女の能力を受け、今度から個人で電話してくれればいつでもする、と名刺を渡した女性でもあった。
「責任を持ってお預かりします」
「よろしく〜」
「えええええ、あの、何も聞いておりませんが! なにがどうなっているのですか!」
「さあ綺麗にしましょうねー」
「お風呂は入りました! 髪の毛も昨日洗ったので汚くは、アー! なぜ車椅子に乗せるのです! 歩けます! なんですか! どこに行くのですか!」
 大騒ぎするガブリエラを、エステティシャンとその部下であるスタッフたちが、にこにこしながらてきぱきと連れて行く。
 護衛のため、アークの女性隊員がしっかりと続いたことを確認したライアンは、空っぽになった白い部屋を後にした。






「──どうよ?」

 光沢のあるダークスーツ。白いカッターシャツに、プラチナブロンドに合う落ち着いた色合いのゴールドのタイ。そのかわりポケットから覗くチェーンやカフスには、きらきら光を反射するラグジュアリーな金と青い宝石が使われている。足元はぴかぴかに磨かれた、先の尖った黒の革靴。
 鏡の前でくるりとターンし完璧なラインのジャケットの襟を引いたライアンに、デザイナーは満足げに頷いた。
「完璧ですね。サイズはいかがですか?」
「ぴったり。悪いな、突然頼んで」
「できている新作を急がせただけですので、大丈夫ですよ」
 彼はライアンが個人スポンサーとして契約し、顔出しの時は常にアイテムを身につけているアパレルブランドのデザイナーのうち、特にライアンが懇意にしているデザイナーだった。
「では来期もよろしく、ゴールデンライアン」
「もちろん」
「それと、おめでとうございます」
「……どうも」
 少し照れくさそうな顔をして、ライアンは礼を言った。

 デザイナーが道具を片付けている間に、ライアンは部屋を出る。荷物を運び終わって戻ってきたアークと合流し、ガブリエラが連れて行かれたエステサロンへ向かった。

「おおー! すごいです! 素敵です! きらきら!」

 はしゃいだ高い声が、部屋に入る前から聞こえてくる。入り口に立っていた女性のアークに向かってライアンが自分の口に人差し指を立てると、彼女は小さく笑みを浮かべ、音がしないようにそっとドアを開けてくれた。

 部屋に入り、そっとカーテンをめくり、中を覗いてみる。
 あちら側は全面が鏡になっているので、ライアンは自分の姿が写らないよう慎重に死角を見極めながら、ドレス姿のガブリエラを見た。

 どこか古代風のシルエットのドレスは、上品に光るシャンパンゴールド。エンパイア・ラインの要になる胸下は、濃い金の長いチェーンで絞られていた。ウェストを強調しない型と、胸にあえてパッドなどを入れないことで、すらりとした細身のスタイルが見事にゴージャスになっている。
 スカートはぎりぎり足首が見えないくらいの長さで、中を膨らませるパニエは使われていない。水のようになめらかな生地は、彼女が動く度にしゃらしゃらと音が鳴りそうな様子で揺れ、彼女の売りである華奢なウェストや、見事な尻や太もものラインを一瞬だけくっきりと見せるのが絶妙だった。
 そして更に目線を上げれば、白く細い首が顕になるよう結い上げられた、他にないほど赤い髪。

「……おお、いいじゃねーか。さすが俺」

 かつてどこかで言ったようなセリフを口にすると、ガブリエラが振り返った。ライアンの姿を認めた途端に、きらきらと輝く灰色の目。
「ライアン! わあ、わああ! す、素敵です! とても素敵! とても! 世界いち! 世界いちでしかない! ライアンが世界いち格好いい!」
「当然」
 相変わらず子供より貧相なボキャブラリーでの、しかし力いっぱいの褒め言葉に、ライアンは笑った。
「ドレス、気に入ったか?」
「もちろんです! とても綺麗! それに金色です! 金色!」
 そう言って、ガブリエラはスカートをつまみ、くるりと回ってみせた。なめらかなスカートが、かき混ぜられた水のような軌跡を描く。
 また胸下を絞るチェーンの端には小さなチャームがついていて、後ろで長くぶら下がっている。彼女が動く度に、この長いチェーンとなめらかなスカートが靡いて動きの軌跡を強調し、きらきらと輝く軌跡を作る。その様は、妖精が飛んだあとにこぼれる粉を連想させた。
「ありがとうございます! とても……とてもです! とても! ああ! とてもが足りないほどに! とても!」
「わかったわかった」
 興奮しまくっているガブリエラの頭にいつもどおり手を置こうとして、しかし綺麗に結い上げられた赤毛を見たライアンは、その白い頬に手を伸ばした。途端、ぴたりとガブリエラがおとなしくなる。

「お、化粧……」
 そばかすが薄くなっていると思ったら、と、ライアンは彼女の顔を間近で、まじまじと見た。
 一見さほど塗りたくっているように見えないのは、さすがにプロの仕事というところだろう。髪の色と揃えた赤い口紅と、赤い睫毛に馴染むように引かれた赤茶のアイライン、金色のラメが入ったアイシャドウが彼女の顔貌をより整え、それでいて薄い眉毛を下手に書き足していないので、「黙っていればエルフ」と表現される神秘的な雰囲気が、これでもかと強調されていた。
「おー……」
 特徴的な容姿をしている、とは思っていた。
 痩せているのにまず目が行くが、実はスタイルがいい。ちゃんとした服を着せると、途端にわかる。肌は子供のようにきめ細やかで、僅かに散ったそばかすに愛嬌がある。何より個性的なのは、他では見ない真っ赤な髪。中性的な顔ではあるが整っているし、可愛いよりは綺麗な系統。しかし化粧でどうにでもなるだろう──、それが今までのライアンの評価だった。

 しかしこうして実際にしっかり装わせてみれば、これはなかなか、いや確実に、文句なしに美人ではないか、とライアンは確信する。
 しかも他にはいない容姿の上に美しいとくれば、これはまさにライアンの大好きな、オンリーワンのナンバーワン。プレミアム。エトワール。プリマ・ステラ!

「あの」
「あ、おう。なに?」

 ガブリエラの顔に見惚れていたライアンは、間近で声を出されて、不覚にもはっとした。目がちかちかするような感覚すらする。
「あの、あの、これは、ライアンが選んでくださったのですか?」
「そうだよ。言ったろ? 見立ててやるって」
 ライアンが頷くと、ガブリエラは、思わず眩しさに目を細めてしまうほどの笑みを浮かべた。
「うん、似合う。……すげえな。完璧じゃん。完璧」
「本当ですか! ライアンの隣に立っても、見劣りしない?」
「しないね。むしろ何? 並ぶと相乗効果で更にキマる感じっていうの?」
「ふおおおおおお! 聞きましたか! 今の言葉を聞きましたか!」

 周りでにこにこと見守っていた、彼女の身なりを整えたスタッフたちが、ええ聞きましたよ、と笑って頷いてくれる。ガブリエラは更に誇らしげな顔をし、ドレス姿でガッツポーズをキメた。

「まあ、クリスマスプレゼントのおまけだけどな」
「おまけ!? これが!?」
「メインはこっち」

 ライアンは、片手に持っていた白い箱を、ガブリエラの胸の中心にトンと押し付けた。濃い青のリボンには、繊細な金色の文字で“Merry Christmas”と書いてある。
 約束していた、クリスマスプレゼントだった。
「あ、あ、開けてもいいですか」
「どうぞ」
 ライアンの顔とプレゼントを何往復か見比べてから、ガブリエラは、慎重な手つきで箱を開けた。封がされているわけではない箱はあっさりと開き、その下から出てきた薄紙を、ガブリエラは1枚ずつ丁寧にめくる。その様を、爪も綺麗にしてあるな、と思いながら、ライアンは見守った。

「おおお……!!」

 箱の中から出てきたのは、繊細な金色。
 取り出して掲げると、照明を反射してきらきら光るやや平たいチェーンが3本重なっていた。真ん中を通るチェーンには、黄色がかっているためすぐにはそうとわからない宝石がさりげなく、しかしずらりと並んで輝いている。留め具には、同じ金色の小さなプレートがぶら下がっていた。
「ネックレス!」
「チョーカーだな。後ろ向いて」
 そう言われ、ガブリエラは従順に後ろを向いた。
 ライアンはチョーカーを受け取ると、彼女の白い首に巻き、留め具を嵌めた。そこから垂れたプレートを、目を細めてちょんと指先で弾く。

「どう?」
「素敵……! 素敵です!」
 震えた声で、ガブリエラは言った。細い首に似合う、きらきらと明るい金色のチョーカーは、シャンパンゴールドのドレスにもぴったりと調和していた。
「い、いつも着けます! 毎日!」
「おー。普段でもいいようにシンプルめにしといた」
「さすがライアンです!」
 ガブリエラは大喜びで鏡に張り付き、右を向いたり左を向いたり、顎を上げたりしながら、自分の首にはまっているチョーカーを眺めた。
 そんな彼女の後ろからライアンはゆっくり近づき、その耳元で囁く。

「……似合うぜ。綺麗だ」

 びくりと肩を震わせたガブリエラが、振り向く。
 目が合ったと思った瞬間、屈むようにしていた自分の首にガブリエラが飛びつくようにしてきたので、ライアンは不覚にも驚き、少し後ろによろめいた。
「ありがとうございます、ライアン! 嬉しいです、とても! とてもとてもとても!」
「……おう」
 いきなりのスキンシップに驚きつつも、ライアンはガブリエラを受けとめた。
 軽い。薄い。骨っぽい、でもけっこう柔らかい。あと何かいいにおいがする、などと思いながら、ライアンは自分の手を彷徨わせる。
 いやなんで緊張してんだ俺は、抱きつかれたぐらいで、とライアンが自分を落ち着かせていると、ガブリエラは少し身体を離して、至近距離でライアンの顔を見た。ガブリエラは、灰色の目を細めて笑っている。
 目覚めてからというもの、ガブリエラは、今までは何だったのだというくらい、こうして何かとライアンに触れるようになっていた。歩く時は手を繋ごうとするし、並んで座れば肩に頭を乗せてくるし、向かい合って立てば抱きついてくる。

「愛しています、ライアン!!」
「……おう。俺も」

 ぎこちなく返すと、ガブリエラはまた抱きついてきた。今度はよろけることなくちゃんと抱きとめたが、まだ少し動揺しているライアンは、温度を感じるほど温かく見守っているスタッフたちの視線にハッと気づき、いちど咳払いをして気を取り直した。
「よーし。じゃ、行くか」
「どこにですか? わっ!」
 ライアンは抱きついているガブリエラの膝裏を掬い、そのままシュテルンビルトヒーロー名物・お姫様抱っこのスタイルになる。
 そしてガブリエラを磨き上げたスタッフたちに礼を言ったライアンは、前後左右にアークたちを侍らせてエステティックサロンを出ると、用意されていた車の後部座席に乗り込んだ。
 車の中でもそのままライアンの膝に横向きに座らされたガブリエラは、再度きょろきょろとする。

「なんですか? 今度はどこに行くのですか?」
 車の窓にはスモークが貼ってあり、前後のガラスしか外が見えるところがない。今までいたところがどこだったのかもよくわかっていないガブリエラは、きょろきょろしたり首を伸ばしたりして、走っている車の周囲の様子を確認しようとする。
 そんなガブリエラの顎を掴み、ライアンは自分の方を向かせた。
「おとなしくしろ」
「しかし」
「落ち着かねえなら俺様を見とけ」
「ではそうします!」
 ガブリエラは言われたとおり、ライアンをじっと見つめた。
 結局、ライアンの肩にこてんと頭を預け、車が目的地に着くまで本当に飽きもせず、むしろうっとりとライアンを見つめ続けていたガブリエラに、横に座っていたアークのほうが心なしかぐったりしていた。

「おお、綺麗です。ホテル? ですか?」

 どこかの駐車場に入ってから車を降りて、やはりガブリエラをお姫様抱っこしたままライアンがやってきたのは、全体像を見逃したガブリエラでも巨大、なおかつ高級とわかる建造物だった。
 ロビーであろう場所はとても明るく、首を直角に曲げなくてはいけないほど高い天井には、きらびやかなシャンデリアがぶら下がっている。
 ライアンの腕の中でぽかんと口を開けて天井を見上げていたガブリエラは、エレベーターに乗ったことで首を前に戻した。チン、と音がして扉が閉まり、ぐんとエレベーターが上昇したのがわかる。
 押された行き先ボタンは、いちばん上の『P』というところが光っていた。
「P? パーキング? 駐車場?」
「駐車場ではねえな」
 ではどこなのか、とは、にやにや笑っているライアンは答えなかった。

 チン、とまた音がして、エレベーターが開く。明らかに長めに上昇したことから、おそらく最上階かそれに近しい階であることは間違いないようだ、とガブリエラは当たりをつけながら、そのままライアンに運ばれていく。
 長い廊下を進んで、おやとガブリエラが思ったのは、ライアンが駐車場からロビーに入った時も含め、生体認証でいくつかのドアを開けたことだった。
 アークも全員生体認証をしたので、強めのセキュリティを採用した建物であることがわかる。大抵のところは、ひとりが生体認証に通れば、連れの人間はそのままスルーであるのが普通だからだ。

 両開きの大きなドアを、アークが開ける。
 シン、と静まり返った、おそらくは玄関ホール。上の階があるらしく、奥まったところに階段が見えた。ガブリエラがちらりとそこに視線を向けると、ライアンは言った。
「お前の荷物、とりあえずあの階段の上の部屋に運んであるから」
「あ、そうなのですか。……え?」
 それはどういう意味だろうか、とガブリエラが思うより先に、ライアンはさっさと歩きだしていた。階段は上らず、また次のドアを開いて、更に廊下を進む。

 そしてまた扉の前に立ったライアンは、初めて、そこでぴたりと足を止めた。アークがひとりずつ両側につき、ドアを開けるためにノブに手をかけている。

「さーて。いいか?」
「はい?」

 首を傾げるガブリエラににやりと笑い返したライアンは、アークに目配せした。心得た彼らは、今までよりもゆっくりとドアを開けていく。
 あ、まぶしい。差し込んできた光にガブリエラは一瞬目を細めたがしかし、すぐにめいっぱい見開くことになった。



 「──HAPPY BIRTHDAY!!」



 わっと飲まれるような、たくさんの声。
 同時に無数のクラッカーが破裂し、前が見えなくなるほどの紙テープときらきら光る紙片が、そこらじゅうに舞い散った。クラッカーの音が終わったと思えば、次に起こったのは盛大な拍手。
「えっ、……えっ」
 誰かが、ガブリエラとライアンにかかったクラッカーの紙テープを引っ張って退かしてくれる。その向こうに見えたのは、たくさんの人達の顔。しかも、誰も彼も、ガブリエラの知っている人たち。いや、親しい友人たちばかりだった。

「お誕生日おめでとう、ギャビー!」
「おめでとう、ギャビー! きゃあ! ドレス、とっても綺麗よ!」
「ギャビー、誕生日おめでとう!」

 真っ先に声をかけてくれたのは、パオリンとカリーナ、そして楓だった。
 パオリンは刺繍のされた黄色のミニ・チャイナドレス、カリーナは薄いブルーの花のようなスカートのドレス。そして楓はセンスよくフリルをあしらったピンクのドレス、と彼女たちもとてもかわいらしくドレスアップしていて、紙テープを集めた束を抱えている。先程クラッカーを取り除いてくれたのは、彼女たちだったらしい。
「あら本当、素敵じゃなァい! おめでとう、天使ちゃん。色々とね」
「ネイサン……」
 呆然としながら、ガブリエラは、ちょんと頬を突っついてきた彼女を見た。素敵なスーツに身を包んだ彼女は、足元だけ真っ赤なハイヒールを履いている。彼女にしか出来ない、センス溢れる装い。

「よっ! 誕生日おめでとうさん、アンジェラ!」
「おめでとうございます」

 盛大に拍手をしながら、満面の笑みで祝ってくれているのは虎徹。その横で微笑みながら穏やかに拍手をしているのは、バーナビーだった。ふたりとも、それぞれのイメージカラーをポイントに取り入れたスーツで決めている。

「おめでとうございます、アンジェラさん!」
「誕生日おめでとう。今日はめいっぱい楽しめよ!」
「ハッピーバースデー! そしてハッピーバースデーだ!」

 そして、イワンとアントニオ、キース。
 イワンが着ているのは、彼が「一張羅でござる」と前から言っていた、黒の紋付袴。ゆったりとした羽織りには、折紙サイクロンらしい手裏剣のマークが家紋のように染め抜かれている。
 たくましい体に深緑の品のいいスーツを纏ったアントニオは、胸ポケットのチーフがとてもおしゃれだ。
 キースはパーティーなどでいつも着ている紫の差し色を使った白いスーツだが、スカイハイのマスクをせずに素顔でも、全く違和感なくとても似合っている。
 キースの足元では、彼の愛犬・ジョンが首輪の代わりに大きめの蝶ネクタイをして、彼そっくりの笑顔でこちらを見上げ、ウォン! と大きな声を上げてくれた。

 いるのは、彼らだけではない。
 更にその後ろには、品のいいドレスを見事に着こなしたアニエスや、同じくドレス姿のメアリー。珍しく正装したケインと、オーランドは本格的なカメラを構え、こちらに向かってシャッターを切っている。いつもより更に派手なスーツのマリオが、その横で拍手をしていた。
 他にも、涙ぐんでいるシンディとその隣にいる夫君のアラン、今日ばかりは油まみれのつなぎを着ていないスローンズの面々。いぶし銀のスズキ主任は、正装するといつもよりとてもダンディだった。
 他にも、ステルスソルジャーや、ガブリエラと一緒に飲んだことのある二部リーグのヒーローたちが、それぞれ思い思いの華やかな格好をして、笑顔で拍手をしてくれている。

「皆さん、どうして……なぜ……」
「なんでって、お前の誕生日パーティーだからだろうが」

 呆然と呟いたガブリエラに、ライアンは、彼女を床に下ろしながら言った。

「忘れたか? 顔出してもいい、身内のパーティーがあれば、ドレス見立ててやるって言ったの」
「いいえ……いいえ、覚えています」
 忘れるはずがない。ガブリエラは物覚えのいい方ではないが、大事なことはちゃんと覚えているつもりだ。あの素晴らしい夜のことを、ガブリエラは何もかも覚えている。

「誕生日、おめでとう」

 ぎゅっとガブリエラを抱きしめて、ライアンは言った。そしてその耳元で、生まれてきてくれてありがとう、と、ガブリエラにしか聞こえない声で囁く。

「……お前が生きてて、本当に良かった」

 その声の優しさに、震えを押さえるように強く抱きしめてくれる温かい腕に、鼓動を感じる彼の胸に。そして大事な人々からの沢山の祝いの言葉と笑顔、拍手に、ガブリエラは涙をこぼした。
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BY 餡子郎
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