#120
 ──パァン!! パン、パンパン!!



 連続した銃声。
 しかし弾を放ったのは、老人の銃ではない。フリンが入口あたりの柱に半分身を隠しつつ、老人に向かって発砲した音だ。

「チッ!」
 老人が舌打ちしつつ、フリンに向かって素早く発砲した。フリンはすかさず柱の陰に隠れたが、顔を出していた場所の柱が寸分違わず吹っ飛んだのを見て、冷や汗を流す。人格的には下衆の極みのような老人だが、銃の腕はかなりのものだ。
「させるかよ!」
 フリンが注意を引いてはくれたものの、ライアンが再度床に手を着こうとしたのを老人は見逃さなかった。床についたライアンの手に、すかさずもう片方の銃が向けられる。
「カメラを!」
「えっ!?」
 オーランドに突然カメラを押し付けられたヘンリーは、慌ててそれを構える。
 青白い光が、ロビーを照らした。

 ──ギィンッ!!

 ライアンに向かって放たれた銃弾を見事に弾いたのは、巨大な手裏剣。
 オーランドに擬態していた折紙サイクロンが、絶妙のタイミングで投げたものだ。

「させぬでござる! ライアン殿ォッ!!」
「──ドッ、ドォン!!」
「ぐっ……!!」

 今度は、ライアンの目が青白く光る。
 向けられた銃にも動揺することなく集中していたライアンが放った重力場で、老人は大理石の床に叩きつけられた。無論、死なない程度の、絶妙の力加減で。

「うぐ……があああ……」

 老人の様子を見ながら、ライアンは非常に繊細に能力をコントロールする。
 ごく僅かずつ重力を強くしていき、老人が気を失ったところで、慎重に能力を解除。

「……はー……」

 大理石の床に両手をついたまま、ライアンは大きく息をついた。

「……サンキュー、折紙パイセン」
「お役に立てて良うござった!」
 ライアンの軽口に、再度素早く飛び出してきて老人に手錠をかけた折紙サイクロンは、ビシッと忍者ポーズをしつつテンション高く応えた。
 放送ではステルスソルジャーが、彼らに入った犯人確保ポイントを不慣れな様子で告げている。特別番組ではあるが、こちらもHEROTVだからだ。

「はああ、折紙サイクロンだったのか。全く気付かなかったな」
 急に押し付けられたカメラをもたもたと扱いながら、感心した様子でヘンリーが言う。
「どんな犯人が飛び出してくるか、わからぬでござるゆえ。普段ならともかくこんな密着撮影では、丸腰のカメラマンが同行するのは危険でござる」
 本物はもうひとつの事件の方でヘリからカメラを構えてござるよ、と折紙サイクロンは言った。
「あ、カメラをお預かりするでござる」
「おっと」
 ヘンリーが折紙サイクロンにカメラを返すと、映像が安定する。普段カメラの位置を綿密に計算して絶妙に見切れる見切れ職人の撮影技術は、どうやらなかなかのものであるらしい。

 そして、ここでCMに突入。

「おう、今本部に連絡したぞ。放送見て俺らの尾行もしてるみたいでな、すぐ応援が来るだろ。……悪いが、犯人の引き渡しはいつも通りしてもらう」
 通信端末をぱたんと折りたたみながら、片手に銃を持ったままのフリンがやってきてそう言った。ライアンが、立ち上がりつつ頷く。
 ヒーローが確保した犯人は迅速に警察に引き渡すべし、ということは法律でもきちんと定められていて、この対応に例外はない。ライアンが現在彼らから委託されているのはあくまで犯人や関係者を突き止める捜査であり、それ以上の権限はないのだ。

「それはわかってる。でも情報は貰うぜ」
「ああ。それについちゃ、この捜査の警察側のチームリーダーは俺ってことになったからな。悪いがあんたとはひとまず分かれて、警察で俺がこいつの取り調べをして、わかったことを後で話すって感じでいいか」
「そうだな、俺もいっぺんアスクレピオスに戻らなきゃなんねえし。その間は別行動ってことで」
「わかった」
「あんたも、ありがとな。サポート、助かった」

 騒ぎを聞きつけたフリンが用心深く気配を消して近づき、あのタイミングで発砲してくれなかったら、今頃ライアンは少なくとも片腕くらいは使い物にならなくなっていた可能性がある。

「ああん? どうってこたねえよ。それぞれ個人プレイなヒーローと違って、警官はチーム行動が基本だからな」
「そうかい」
 つまりは、チームと思ってくれているということだろうか。小指で耳をほじりながら言う刑事に苦笑し、ライアンは肩をすくめた。

「……でも、こいつの嫁さん──、いや嫁じゃなかったのか。とにかく、夫婦として一緒にいた婆さんがいるはずなんだ。部屋を調べて、行方を探すべきだな」
「婆さん?」
「アンジェラの部屋に来たときに会った。……あと、気になることがある。折紙、なんか刃物持ってねえか?」
「苦無で良ければ」
 そう言って、折紙サイクロンが素早く出してきた細長いナイフのような刃物を受け取ったライアンは、気絶している老人に近づいていった。
「ライアン殿、何を──」
 首を傾げる折紙サイクロンを尻目に、ライアンは、老人の靴を片方脱がせた。よく手入れされた年季の入った革靴は、ずっしりと重い。──見た目以上に。
 ライアンは眉を顰めると、その革靴の底を、苦無でざっくりと切り開いた。

「……やっぱりか」

 靴底に仕込まれていたのは、重い鉄板。
 そしてそこには、“Kick&Click”という刻印が入っていた。

「おい、何だそれ。鉄板?」
 怪訝な顔で、フリンが言う。
「アンジェラの故郷にある、靴屋の刻印だ。靴と銃を一緒に売ってて、地雷を踏んでも靴底だけは無事、ってのが謳い文句」
「……チェーン店?」
「まさか」
 ライアンは肩をすくめ、鉄板入りの革靴を大理石の床に落とした。ゴトン、という重い音。
「よく気付いたな」
「同じ店のブーツ履いてる奴が、いつも隣歩いてるもんでね」
 本来なら、本革のいい靴はあまり足音がしないものだ。老人の革靴は見るからに仕立てのいい年季の入った靴であったのに、エレベーターの金属部分を踏んだり大理石の床を歩いたりした時、かつんかつんと硬質な音がしていた。──彼女と同じように。

「アンジェラの故郷出身の殺し屋、か。……偶然か、そうじゃねえのか」
 そうしているうちに、バタバタと、武装した警察官たちがやってきた。犯人の状態を見、医療知識のあるレスキュー担当が犯人の状態を調べた後、担架に乗せ、ベルトでしっかりと拘束する。
「じゃあな。取り調べは頼んだぜ」
「わかった」
 軽く手を上げたライアンに敬礼を返し、フリン刑事は警官たちとともに走っていく。

 それからCM明け、ライアンはドミニオンズが不動産会社や管理会社に問い合わせてくれた情報から、老人が借りていたという部屋に突入した。
 部屋には、既に何も残っていなかった。
 痕跡を消したのだろう、不自然なほど徹底的に掃除がされ、家具も何もなくがらんとしている。ガブリエラの部屋に仕掛けられたカメラや盗聴器の傍受機器なども、もちろん既にない。そして、老婆も姿がなかった。

「クソ……、どこに行った……?」
「シュテルンビルト市警、鑑識班到着いたしました!」

 ぞろぞろとやってきたのは、揃って手袋をし、専用の機材を抱えた集団である。
 続々と手がかりを見つけ出し、しかも今回犯人、そうでなくても重要な関係者を確保したという実績を掲げ、フリンが警察上層部に掛け合ったのだ。
 警察も情報が欲しいのだろう。わかったことをすべてライアンに報告することを承諾した上で、こうして専門の捜査官チームを寄越してくれたのだ。

「おう、頼む。ミスター・ヘンリーとも協力してくれ」
「任せてください。……あの、中継を見ていました。本当は私たちも力になりたかったのですが……」
 申し訳なさそうに、チームの代表だという男性が言った。
「妻に怒られました。ゴールデンライアンがホワイトアンジェラのためにあんなにしてるのに、警察はなんで協力しないんだって」
「そうか」
「アンジェラの部屋も調べますが、なるべく女性捜査官が担当しますので」
「ありがとう。任せたぜ」
「はい!」
 びしっとチーム揃って敬礼してくる鑑識の捜査官たちに苦笑して、ライアンは最後にヘンリーと握手を交わしてから、折紙サイクロンとともに部屋を後にした。






 車を飛ばし、ライアンは生中継を続けつつ、折紙サイクロンとともにアスクレピオス本社に戻った。ライアンが戻ってくるとわかっていたからか、それともずっとここにいたのか、いろいろな局のカメラやスタッフが入口付近に集まっていた。
 ライアンは彼らを避けたり無視したりせず、むしろ手招きをし、どのカメラからもきちんと自分が映せるように並ばせると、それらの前に堂々と立った。

「──よう。今からアスクレピオスの報告を聞きに行く」

 はっきりとした口調で話しだしたライアンの言葉の一言一句を逃すまいと、マスコミはシンとしていた。

「でも、どうも電波に乗せるどころかかなり機密度の高い情報も扱う内容になるらしくてな。悪いんだけど、中継はちょっと休ませてもらうぜ。俺に付き合って、みんなも疲れただろ? わかったことはできるだけ後で説明するんで、その間に休んだり、メシ食ったりしててくれ」

 視聴者に向かって、まっすぐにライアンは話す。

「最初に警察でフリン刑事に協力を得られたのも、画面の前のお前らのおかげだ。感謝してる。お前らが俺を助けてくれたことは、ずっと忘れない。……あ、このセーターのことは忘れる。お前らも忘れてくれ、いや、忘れろ。絶対だ。いいな?」

 死ぬほどダサいセーターをつまみ、そして視聴者に対して指を差して念を押したライアンに、マスコミが少し笑う。

「シュテルンビルトは誰もがヒーローの街、今スゲェ実感してるぜ。──じゃあ後でな、ヒーロー」

 そう言って、ライアンは少し頭を下げた。俺様ヒーローのとても真摯で誠実な対応に、マスコミの何人かが拍手をする。
 端に折紙サイクロンがちゃっかり見切れた画面を最後に、ゴールデンライアンのHEROTV生中継特番は、ひとまず一旦の区切りをつけた。






《上出来よ。全部見せますって言っといて、途中で関係者以外立入禁止、なんてブーイング必至だけど──、誠実に感謝を述べて、ヒーローからヒーロー扱いだもの。視聴者は、いい気分で納得してくれたみたい。クレームどころか、応援メッセージが山のように来てるわよ》
「そりゃ良かった」
《本当に、そういう印象操作が上手よね》
 アニエスの機嫌のいい声に、アスクレピオスの廊下を進みながら、ライアンは片眉を上げた。
「人聞き悪ィな。本心だっつーの」
《いいことだわ。あんたは俺様だけど、肝心なところで傲慢じゃない》
 それは本物の、プロのヒーローに求められることでもある、とアニエスは思う。

 その点、今回ライアンに協力した大勢の視聴者たちの反応が心配だとアニエスは考えていた。ライアンに感謝の意を向けられたことで調子に乗り、我こそはヒーローだと、見当外れの正義感を振りかざして暴走することが考えられると。
 HERO TVの敏腕プロデューサーであるアニエスの仕事は、ひとりひとりの顔が見えない、いや見えなくなった大衆という巨大な群体に情報を与えること。そしてその与え方に工夫をし、視聴率の数字を稼ぎ、様々な印象を抱かせることにある。
 それはガブリエラがいうところの“普通の人”たちのコントロールとも言い換えられ、アニエスはそのプロ中のプロでもあった。

「あー、そうだな。そのへんも考慮する。さりげなくな」
《オーディエンスの反応を見るくらいだったらまだしも、実際に利用するのはとても難しいわ。自分の首を絞めないようにね》
「わかった」
《私にも報告と、生中継を再開する時は事前に知らせて。じゃあね》
 アニエスが、潔く通信を切る。
 無音になった端末を、ライアンはポケットに仕舞った。



「悪い、待たせたな」
「お疲れ様です!」
 ライアンが部屋に入ってくると、勢揃いしていたケルビムとパワーズ、ドミニオンズの面々が、待ってましたとばかりに出迎えた。

「ゴールデンライアン。アンジェラの移動が完了しました。このビルに」

 まずきびきびと報告してきたのは、アークのひとりである。
 彼がモニターを開くと、かつて楓がアンジェラの能力を暴走させた時に使われた、無菌室にも出来る特別隔離室が映る。その白い部屋の中央に、赤い髪を広げて眠る彼女がいた。
「先程まで収容されていた病院の個室より頑丈で警備も厚いですし、このビル自体、関係者しか入ってこれません。NEXT能力に対応した設備もこちらのほうが揃っていますし、……移送には、ファイヤーエンブレムとブルーローズが付き添ってくださいました」
 カメラの視点を変えると、ヒーロースーツ姿のふたりが、ガブリエラのすぐ近くに立ち、カメラに向かって手を振ってきた。

「容態に変わりはありません」

 そう続けたのは、ルーカス・マイヤーズがいなくなった現在、実質的にケルビムの総括リーダーとなったシスリー医師だ。
「こちらの研究室のほうが設備も揃っているので、色々な事態に対応できるでしょう。私も全力を尽くします」
「ああ……よろしく頼む」
「ええ」
 ガブリエラはこの主治医にとても懐いて、フィジカル、メンタル、あらゆる不調はなんでも相談していた。ある意味で、最も彼女を把握している人間だろう。
 きっと彼女は信用できる。自分の主治医、あの老夫婦と、ガブリエラが警戒していた人物たちが尽くこうなったことから、ライアンは自分より彼女の見る目の方を重用することを意識し始めていた。

「あっ、他のヒーローたちも来たようですよ」

 スタッフのひとりがそう言ってから数分後、予告通り、ぞろぞろと残りのヒーローたちが部屋に入ってくる。

「よう! ライアン、犯人っつーか、関係者捕まえたって? お手柄じゃねーかって、ぶっ! 何そのセーター!」
「ぶっ、なんですかその格好。ひどいですね」
「うるせえ、セーターの事は言うな」
 まず声をかけてきたのは、ヒーロースーツの顔部分だけを開き、アイパッチ付きの素顔で指を差してげらげら笑うワイルドタイガーと、吹き出すバーナビーである。
「あなたのそんな姿を見ることになるなんて。本当になりふり構ってないんですね、──ぶふっ」
「いいじゃねーか、がむしゃらになってて。それでこそ男だカッコイイぜブホァッ」
「笑うなアホバディ!」

 しかしそう怒鳴ったライアンの格好は、確かにかなりひどい。
 髪はぼさぼさ、髭もまばらに伸びてきている。安物のジーンズに穴の空いたぴちぴちのシャツ、そして何より、デザインも最悪だが全くサイズの合っていないこのセーター。その格好は、ギークの高校生でももう少しマシな格好をしている、と折紙サイクロンが密かに思うほどのものだった。
 ツボに入ったらしいバディに青筋を立てたライアンは憎々しげにセーターを脱ぎ捨て、ソファに思い切り叩きつけた。ライアンが着たせいでセーターは伸びきっていて、マッチョ君のマッチョボディもだるんと横に広がっている。

 そしてその時、また新しい顔が部屋に入ってきた。

「ライアンさん、お疲れ様! アンジェラ、大丈夫?」
「ああ、悪いニュースはないぜ」
「そっか」
 良かったとは言わないが、ほっとした顔をしたのは、ドラゴンキッド。
「よっとっと、ヒーロースーツだと狭いドアは困るな」
「やあ、お疲れ様だ。そしてお疲れ様」
 そして、ドアに巨大なヒーロースーツを引っ掛けながら何とか中に入ってくるロックバイソンと、びしりと敬礼しつつのスカイハイ。

 彼らはあの後起こった、ぬいぐるみを使った暴走車両事件に対応していたグループでもあった。ライアンに連絡が来たのは最初も合わせて2回だけだったが、実はこの事件はシュテルンビルト市内で結構な件数発生しており、彼らはそのために走り回っていたのである。
「まあ、ほとんどスカイハイが片付けた感じだけどな」
 俺らは一台ずつしか止められねえけど、とタイガーが言った。暴走するトラックはどれもぬいぐるみが運転している、つまり無人だったため、スカイハイが遠慮なく風でトラックをひっくり返し、暴走を止めたのだという。
「骸骨に風が効かず、あまり役に立てなかったからね。挽回しなければ!」
 腰に手を当てて、KOHはふんすと荒い鼻息が聞こえるような様子で言った。

「そう、その骸骨の件。ぬいぐるみのこともですが、斎藤さんが調べてくれたことがあります。その報告もさせていただきますね」
 バーナビーがそう言い、実は後ろにいた斎藤を前に進ませた。事件に使われたものだろう、カラフルなぬいぐるみを持った斎藤が、キヒッと独特な笑い声を上げる。
「アポロンメディアの技術者が、協力してくれていいのか?」
「ええ。あなたの捜査に協力したポセイドンラインの株が、ものすごいことになったでしょう? その後のオデュッセウス、ヘリオスエナジー、タイタンインダストリー、ヘリペリデスもね。つまりあなたに協力することは、会社としても悪いことではない──、とロイズさんが判断したんです」
 なるほど、とライアンは頷いた。バーナビーの後ろでは、タイガーが「まあロイズさんも大義名分探してた感じだしな」とにやにやしている。
「骸骨アンドロイドの調査は、警察から外部委託ということで斎藤さんに持ち込まれたものだったんですが……、あなたが警察に協力を約束させたことで、内容を話せるようになりました。なんでも聞いてください」
「ああ、助かる」
「あなたの手柄ですけどね」
 バーナビーは、肩をすくめた。

 今回ライアンが起こしたこの特別生中継に関して、結局七大企業すべて、そしてその他の企業や団体が、皆概ね協力的な姿勢を見せている。
 まずファイヤーエンブレム自らがオーナーであるヘリオスエナジーは車両暴走事件のポイントを捨て、まだ誰に狙われているかもわからないホワイトアンジェラの護衛に名乗り出た。
 次に友人でありデュオを組んで歌ったパートナーを見捨てては外聞が悪いと、暴走トラック事件終了後すぐにタイタンインダストリーがブルーローズをホワイトアンジェラの護送に派遣。

 そしてポセイドンラインの侠気溢れる対応が起こした株価の高騰を皮切りに、事業としても利益があると見込まれてから、一気に空気が決まった。
 中継がネット中継になると決まれば、任せろとばかりにサーバ増強に協力してくれたオデュッセウスコミュニケーション。そして遅れてなるものかととりあえずロックバイソンを事件現場に蹴り出した、もとい打ち上げたクロノスフーズ。
 また、金融業という協力が難しい業務を担うヘリペリデスファイナンスは苦肉の策で自社ヒーローをヒーロースーツを着ていないゴールデンライアンの護衛として派遣したわけだが、その判断は大当たり。途中までは全く出番がなかったものの、決めるところで見事に決めた折紙サイクロンに、ヘリペリデスファイナンスは総員諸手を挙げて喝采を上げた。
 株価の上昇は最初のポセイドンラインのそれを上回っており、最高のタイミングで大金星を上げた折紙サイクロンには、今期最高額のボーナスが支給されることが決まっている。



「じゃ、みんな揃ったところで。……アスクレピオス組から聞いてもいいか」
「了解です」

 ライアンから指示され、コホンと咳払いをして前に出たのは、パワーズの副主任、バート・オルセン。
 何かと自由な男だが、専門は人間工学で、車椅子や義手や義足などの設計やデザインを生業としてきた彼はプレゼンや他の技術者と協力して何かを作り上げることに慣れているし、また患者に合わせてものを作ることのプロでもあるため、副主任を任されている。会議に出席するのも主任ではなくいつも彼だが、今回もそうらしい。

「まずは、アンジェラのメットの内側に取り付けられていたジャミング装置のことから。一般で販売されてるものよりは強力でしたが、珍しいものじゃありません。ちょっとディープなオタクなら作れる程度。取り付けた犯人は、残念ながらスーツに触れられるスタッフはかなりいる。言うなればここにいる全員が容疑者。僕もね」
 肩をすくめて、バート副主任は言った。

「次に、アンジェラの住居が当初アークが提案した14階じゃなく、4階になってた件。これについては、ドミニオンズさん」
「……申し訳ありません。書類が書き換わった部分は判明しましたが、誰がやったのかについては依然として不明のままです」
 深刻な表情で、ドミニオンズの主任であるオリガが言った。
「アンジェラに部屋の候補を見せて、ここがいいとチェックを入れてもらった段階では、確かに14階となっています。手書きのメモが残っていました。しかしネットでの申込みの段階で、4階に」
「単なる入力ミス、も考えられるってことか?」
「否定はできませんが、……我々もプロですし、就業状態も良好。アンジェラにもしょっちゅう癒やしていただいていました。忙しくとも、疲れてぼうっとしていたなどということはないはずです」
 そう言う彼女の横でずっと頭を下げている女性が、当時不動産会社に部屋を申請した職員だ。

 最近香水を変えたという、ヘザー女史。ガブリエラの日常報告を毎日聞いているライアンは、すぐにわかった。法律関係の担当の事務員で、ライアンがいない時、ガブリエラの書類仕事や、ヒーロー試験の勉強を何度か見てくれたことがある。
 確かに、「とにかく何度も確認して、書き間違いがないか確認することが重要だとヘザーさんに教わりました!」とガブリエラがにこにこしていたことを思えば、彼女がそんなケアレスミス、あるいは故意の裏切りをするというのは考えにくい。
 肩を震わせたままずっと頭を下げている彼女を見て、ライアンはそう思った。

「我々の中にまだ裏切り者がいるのか、それとも不動産会社の方に手引した者がいるのか、まだわかりません。現在、当時不動産会社のサーバーに侵入し情報を改竄した痕跡などがないか、オデュッセウスコミュニケーションズの専門家に調べていただいています。報告待ちです」
「了解。じゃあ次」
 ライアンが促すと、パワーズのバート副主任が頷いた。

「次は、ゴールデンライアンが発見した黒焦げの車と、遺体──と思われていたものの見分」
「……思われていた?」
 ライアンが、怪訝な顔をする。

「あれ、遺体じゃありませんでした。例の骸骨アンドロイドです」

 元々真っ黒ですけど、と彼は言った。
 まさかの報告に、ライアンだけでなく、ヒーローたちも目を丸くする。

「カーボン素材、炭素繊維系素材が多く用いられてるので、ああやって徹底的に燃やすと本物の骨を焼いたのと同じ、ぼそぼそした繊維っぽい感じになるみたいですね。素人のパッと見じゃ、確かにわからんですわ。でもよく見れば人間の骨格とはちょいちょい違いますし、そうでなくても、どれだけ燃やそうが、元が生き物だったのかそうでなかったのかぐらいは調べればすぐわかります」
「……遺留品は?」
「車内は念入りに真っ黒焦げにされてまして、物的な手がかりは難しい状態でした。ドライブレコーダーも炭化してますね。協力体制が取れるようになったんで、一応警察の鑑識にも回してます。でも一見するなり“難しい”って言われちゃったんで、あんまり期待はできない感じ」
「そうか」
「で、アンドロイドですけど。アンドロイドってすぐわかったのが、肋骨部分の内側に機械がくっついてたってことです。アンドロイドの動力、あと動きの指示を与える部分ですね。まあこれも真っ黒に焦げ付いてて解析は難しかったんですが、わかったことがひとつ」
 コホン、とバート副主任はいちど咳払いをした。

「このアンドロイド。アンジェラに撃ち込まれた弾と同じ、NEXT能力を込めた素材がコアに使われてます」

 一応画像も出しますね、とバート副主任は真っ黒に焦げた、本当に見た感じ人の骸骨にしか見えないものを乗せた台と、そこから取り出したというやはり黒く焼き付いた機械の部品の映像を、備え付けのディスプレイに表示させた。
「何の能力が込められてたのかは、焼け付いちゃって解析できませんでした」
「……わからねえことだらけだが、わかった。とにかく、あの骸骨はドクター・ルーカス・マイヤーズじゃなかったんだな?」
「そういうことです。行方は知れませんけど、依然として最有力容疑者ってことですね」
 車にあのアンドロイドが乗っていたのだから、その容疑はなお濃くなったことになるという彼の言葉に、全員が頷いた。

「報告はまだありますけど、アンドロイドの話になったんで、斎藤さんのお話を先に伺ったほうがいいかもしれません。お願いできます? あ、マイクこっちです」
 ぼそぼそと話しだした斎藤に、バート副主任は慌てて小型マイクを渡し、小さめのスピーカーを前に置いた。斎藤は小さなマイクを胸元にセットすると、ぬいぐるみを持ったまま、スピーカー越しに声を発した。

「結論から言うと、あの骸骨アンドロイドは、H - 01の技術が使われている」

 その報告に最も険しい顔をしたのは、やはりバーナビーだった。
 H - 01、別名ダークネスタイガー。マーベリック事件でさんざん手こずった、ロトワング博士が製作した戦闘用アンドロイド。

「ロトワングが独自に開発した素材も色々あって、素体の大部分に使われてるカーボン系素材が最たるものだ。しなやかで強靭なこの素材のおかげで、彼の作ったアンドロイドは本物の人間と非常に近しい滑らかな動きができると同時に、かなりの強靭さを持っている。この技術の一般公開はされてない」
 つまり、ロトワングの研究結果を見ることが出来る組織あるいは人物が、この事件の犯人あるいは重要な関係者であると斎藤は言った。
「ウロボロスが、関わっていると……、いうことですか」
「断言はできんがね。その可能性が出てきた、ということになるな」
 バーナビーの震えた声に、斎藤は落ち着いた声で返した。

「で、今回のアンドロイドの件だがね。ロトワングはあくまで人間に似通ったアンドロイドを作ることを目指し、戦闘能力を高めたい時はそれにパワードスーツを着せる、という方法を用いた」
 ヒーローにヒーロースーツを着せて強化するのと同じ考え方だな、と彼は言う。
「だがこの骸骨アンドロイドは、むしろ骨組みだけの必要最低限のスタイルにすることで、より軽く、頑丈にするというやり方で作られている。コストもかなり抑えられるから、H - 01より量産も可能だろうな」
「量産? あれを? ……ぞっとしねえな」
 ワイルドタイガーが、苦々しい声で言う。

 骸骨アンドロイドの戦闘力は、H - 01に引けを取らないものだった。そして骨だけという作りのためダメージにも強く、身軽で、それでいてH - 01と同じような赤いビームライフルのような光線銃も目から飛ばしてくるのだ。
 2体そこらでもあれほど苦戦したというのに、それがこれから何体も現れるかと思うと……というタイガーのうんざりした声に、皆が言葉なく同意する。

「だがいいことばかりでもない。最小限の素材しか使わないということは、複雑な動きができなくなるということでもある。そしてそのデメリットを補うのが、これだな」

 斎藤がポケットから取り出し、指で摘んでみせたたのは、白い粒のようなもの。

「例の、NEXT能力を留め発動させることができる素材だ。アンジェラを狙撃した弾にも使われていたもの。これをコアに使うことで、──この骸骨たちは、登録されたNEXT能力を発動することが出来る」
その頃のシュテルンちゃんねる:#119〜120
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BY 餡子郎
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