#116
世界的に注目されているサポート特化ヒーロー・ホワイトアンジェラの暗殺未遂。
当初は勿論シュテルンビルト警察が動いたが、国際警察が動くことも予想される大事件として、現在メディアはこればかりを報道している。
無害も無害、天使の力とも呼ばれる能力の持ち主で聖女とも謳われる彼女は、NEXT差別撤廃のアイコンになりつつある。そのおかげで、やれNEXT排斥主義の組織のしわざだ、いや軍事組織の陰謀だと、信憑性のあるものからトンデモなものまで様々な憶測が飛び交い、まさに蜂の巣を突いたような騒ぎであった。
犯行に使われた、かなり高価で武器というよりは兵器と言ったほうがいいリモート式ライフル、何よりあの得体の知れない技術を用いた大量のアンドロイド。そして身分証明書の提示と当日の生体認証必須のヒーローランドにこれらを持ち込めていること。
こうした資金面、物資の入手ルートの困難さなどにより、個人の犯行である線は非常に薄い。つまり今回の事件は殺人未遂ではなくテロである、というのが現在の見方である。
そのため現在はホワイトアンジェラを害する動機のある組織や団体に目星をつけ、彼女の周囲から関係者を炙り出すというのが主な捜査方針になっている。
このような観点から。
まだ一般には公表されていないものの、容疑者として真っ先に挙げられた人物が、彼女のパートナーであるゴールデンライアンだった。
なぜなら彼は最もホワイトアンジェラに近い存在で、しかも正式にはアスクレピオスの所属ではないフリーのヒーローで、世界中に個人的なコネクションがあり、ニュースのトップを飾るほどの年俸と、それを堅実に運用した資産もある。更に現在行方不明のルーカス・マイヤーズ医師は、ライアンの主治医だ。
身内の犯行であることだけは確実である現状、彼は真っ先に疑われたのだった。
「──は?」
病室から廊下に出てきたライアンは、任意同行を求めるシュテルンビルト市警の刑事たちをぎろりと睨みつけた。
手負いの猛獣さながら、怒りを通り越して殺意すら滲んでいるかのようなその金色の目に、ベテランと思しき貫禄の刑事も若干仰け反る。病室の前でガブリエラの護衛を続けているアークたちもサングラスの奥からじっと刑事たちに警戒の目を向けているので、その迫力はひとしおだ。
また会話を通信端末越しに聞いているケルビムやパワーズの面々が、ふざけるな、うちの王子様がお姫様を殺すわけないだろ、ボケナス、生皮剥いでやる、と喚いているのも聞こえる。
「本気で言ってんのか、それ」
「あんたには、アリバイがある。だが無罪という証拠もない、ゴールデンライアン」
「あァ?」
「……ホワイトアンジェラは世界初のサポート特化ヒーローで、NEXT差別撤廃のシンボル、アイコンとして世界的に注目されている存在だ。このままだと、国際警察も動く可能性が──」
「知るかよ」
刑事が淡々と言うそれに、ライアンは、更に目元を険しくした。
「ごめんくださいませ」
静かな声。
しかしライアンにとっては、今度は何だ、と怒鳴り散らしたくなるような苛つきしか呼び起こさなかったその声の主は、いつの間にか近くまでやってきていた男のものだった。
身に纏う小奇麗なカソックで、男が神父だということはすぐに知れる。位が高いのかその神父がひとり前に出てきた状態で、両脇やや後ろに少しデザインの違うカソック姿の男たちがふたり、控えるように立っていた。
「誰だ」
「私共は、兄弟たるアンジェロ神父の願いを聞き入れやってきました」
「アンジェロ?」
「ホワイトアンジェラの養父です」
ご存知ありませんか、と続けられた言葉で、ライアンは思い出した。
確かにアンジェロというのは、故郷でガブリエラが住んでいたという教会の神父の名前だ。洗礼名でもあるアンジェラの名はこの神父の名から取ったということも、彼女本人の口から聞いたことがある。
「……で?」
余計な情報を与えないように、ライアンはただ先を促した。
「今回のことを聞いたアンジェロ神父は非常に心を痛め、我が子であるアンジェラの保護を我々◯◯教総本山に依頼しました。そして、我々はそれを聞き届けました」
「はあ?」
「我々◯◯教は、どの国家からも干渉を受けない協定を結んでおります。彼女がどんな輩に狙われていようと、総本山の大教会の奥にて保護すれば、彼女の身にこれ以上の災厄が降りかかることはないでしょう。これも慈悲深き──」
「待て。待てって」
首から下げた十字架を掲げて語りだした神父を、ライアンは、頭痛を堪えるような仕草をしながら遮った。
「無茶苦茶だろうが。あいつは成人してるし、親の保護が必要な立場じゃない」
そして、彼らはアンジェロ神父を養父と称しているが、養子縁組などはしていない。ガブリエラ本人もそう言っているし、一部リーグヒーローデビューの際に身元を徹底的に確認したことからも確かだ。
「あんたたちに何の権利があって──」
「教会で保護し育てた者は、皆我々の子として扱います。彼女は洗礼名を掲げ、人々に尽くす聖なる神の子。その身を守るのは我々のつとめ」
微妙に噛み合わない返答に、ライアンは、これはどうもやりづらそうな連中だな、と眉を顰めた。
「……聖女認定は見送られただろ」
「用意はあります」
つまり、すぐに聖女として認定することで受け入れ体制は万全である、ということだろうか。
本当に面倒なことになった。──そして、腸が煮えくり返るほど胸糞が悪い。
ライアンは喉まで上がってきた激情を飲み込み、更に眉間の皺を深くした。
アンジェロ神父とやらが本当にガブリエラを心配して◯◯教に助けを求めたのかどうかはわからないが、つまり◯◯教の聖女として扱うという“用途”であれば、教会の奥の祭壇で寝っ転がっていても事は足りる。自分たちが有効活用してやろう、総本山とやらの考えはおそらくそういうことだ。
「バカバカしい。っつーか、警察はともかくこんな部外者入れたの誰だよ」
「部外者ではありません。我々は聖アンジェラの──」
「出て行ってくれ」
「総本山、ひいては神のご意思において──」
「失せろっつってんだろうが! クリスマスに撃たれた女に、今更神サマが何してくれるって!? ふざけんなよ!!」
喉の奥が引きつったような怒号に、シン、と廊下が静まり返る。
「……申し訳ないが、宗教的思想の話や家庭の事情は後にしていただけますかね」
「俺だってそうしてえわ、クソッタレが!」
他人事のような刑事の発言に、ライアンはまた怒鳴り返す。
「ゴールデンライアン」
「──今度は、何っ、だよ!」
またも登場した新しい声にカッと頭に血が上ったライアンが、声を荒げる。
しかし相手は、今度こそ誰よりも落ち着き払っていた。
「失礼。シュテルンビルト司法局、ヒーロー管理官のユーリ・ペトロフです」
はっとしてライアンが顔を上げると、そこに立っていたのは、顔色が悪く病的に線の細い、しかしライアンより僅かに高い長身の人影。
相変わらず個性的な柄のネクタイをしたユーリは混沌とした場を颯爽と切り裂くように、革靴の踵を鳴らしてつかつかと歩み寄ってきた。そして自分の身分を証す証明書を開き、全員にわかるようにはっきりと提示する。
「各企業や団体、また国家政府から、ホワイトアンジェラの身柄を求める要請が届いています。またシュテルンビルト市警から、ゴールデンライアン、あなたの出頭要請も提出されております。この件において、ヒーロー管理官である私からいくつか説明と確認、その他お話があります」
「次から次に、何なんだよ! 俺は──」
「SSレベルNEXTでもあるホワイトアンジェラの管理人であり保護資格のあるゴールデンライアン、あなたにしか話せないことです。事は急を要します」
全く動じず淡々と話すユーリに、ライアンはぽかんとする。
しかし数秒呆けたような顔をした後、ライアンは乱れた髪をぐしゃっと手櫛で掻き上げると、大きく息を吸って、吐く。そして、背筋を伸ばしてユーリを見た。
「──ああ、……悪い。あんたのおかげで冷静になった」
「私は仕事をしているだけです。それで、このまま話してもよろしいですか?」
「頼む」
「ではまず、アスクレピオスホールディングス経由でも個人でもどちらでも結構ですので、あなたの弁護士を呼んでください」
「わかった。それと──あと何人か呼ぶぜ」
「私の仕事は法的なものだけです。それ以外はそちらでお願いします」
「オーケー」
ライアンは手のひらを翻し、プライベート用の端末を立ち上げる。
フリーのヒーローをしていくにあたって、現在の所属企業とは別の個人的な法的バックアップやアドバイザーは、とても大事なものだ。そしてライアンには、信頼のおける古い付き合いがちゃんとあった。
鮮やかな緑のイグアナをシンボルマークにしている事務所に連絡を入れると、電話の向こうの昔馴染みたちは「いつ連絡してくれるのかとやきもきしていた」と少し怒ったように、そしてやる気に満ち溢れた、頼れる様子で言った。そして数名がライアンのもとに向かっていること、また必要書類は既に揃いつつあることなどが伝えられる。
ものの数分もかからず終わった通話に、やはり仕事ができる者とは付き合っておくものだと確信しつつ、ライアンはもうひとつの連絡先をタップし、電話をかけた。
「──どうも」
《ゴールデンライアン? ちょっと、大丈夫なの!? アンジェラは!?》
きびきびとした女性の声。ライアンが連絡したのは、アニエスであった。
「仕事頼みたいんだけど」
《は? 仕事? こんな時に?》
「何言ってんだ。こんな時だからこそだろ、あんたの仕事は」
淡々とした──しかしそれだけ何かを押し殺したような低い声に、アニエスが一瞬黙る。
《……ええ、そうね。そのとおりだわ、失礼。それで? 私は何を撮ればいいの?》
獲物を狙う獰猛な目をしたライアンは、唸るようにして言った。
「──完全密着ドキュメンタリーだ。得意だろ?」
「もちろん、大得意よ!」
速攻でスタッフを引き連れてやってきたアニエスは、カツン! とヒールを鳴らし、挑戦的に顎を上げた。
「なっ、何だァ?」
刑事がひっくり返った声を出した。神父たちもまた、肩を強張らせている。
いきなり現れたカメラ。HERO TVと大きく書かれた機材やジャンパー、そして名物アナウンサーであるマリオの存在に、さすがに彼らも即座に対応できないようだった。
「オーケー、じゃあいくわよ。マリオ、いい?」
「いつでも」
「おいちょっと、どういう──」
「3、2、1」
刑事の声を無視したアニエスのカウントダウンに、マリオがトレードマークの派手なスーツの襟を正し、ケインが大きな集音マイクを構え、オーランドが肩に担いだカメラを向ける。
今から何が始まるのか察した刑事は、ぐっと喉を詰まらせて口を噤んだ。HERO TVは、基本的に全てライブ中継。つまり今からの一言一句、僅かな挙動のすべてが、シュテルンビルト中に公開されるのだ。
今回の大事件において、大衆が抱く情報への飢えは凄まじいことになっている。この状態での発言は、相当気をつけないと本来の意味以上に取られてしまうだろうこと、またそれを撤回することが不可能に近いことくらいは、彼らも経験で理解していた。下手なことは言えない。
ただ神父たちはどこまで理解しているのか、得体の知れない恐ろしい悪魔に対峙したかのような怯えと困惑の滲む様子で、壁際に寄って成り行きをうかがっている。
「こんにちは、HERO TVです。──ここはアスクレピオス総合病院。ホワイトアンジェラ暗殺未遂事件についての緊急生中継をお送りいたします」
いつもの賑やかで快活な口調と違い、はきはきとはしているが非常に硬い口調で、マリオは滑らかに話しだした。
「──ゴールデンライアン、現在の状況は? 彼らは誰?」
マリオが、ライアンにマイクを向ける。
「こっちはシュテルンビルト市警の刑事。俺を容疑者として逮捕したいそうだ」
ライアンは彼らしくなく、カメラに顔を向けないまま答えた。
「あなたが? 容疑者? 冗談でしょ?」
「残念ながら冗談じゃない。今、俺の主治医で犯人、もしくは関係者の可能性がかなり高い医者が行方不明になってる」
いきなり核心の情報を開示したライアンに刑事が顔色を変え、小さく悪態をついて舌打ちをした。その様子も、カメラがしっかり撮影する。
「それと、俺は厳密にはアスクレピオス専属じゃなくフリーのヒーローだ。つまり、世界中に色々コネがある」
「そのコネクションが、アンジェラを狙う卑劣な輩だということ?」
「そうらしい。それと──」
少し、唇が震えたような声だった。
「──俺が、あいつを守れなかったから」
いつも自信満々な俺様キャラのゴールデンライアンからすると、その声色は信じられないほど暗く、悔恨、悲嘆、そして強い怒りに満ちていた。思わず、皆が黙ってしまうほど。
「……なるほど。要するに、あなたはヒーローとしてのパートナーのふりをして彼女や周りを油断させて襲った、もしくは襲わせ、わざと助けなかった──そう思われていると?」
「そのとおりだ」
「これはこれは、まさか、ヒーローを凶悪犯扱いとは……!」
やや大きな声で、マリオは強調するように言った。
「刑事さん、この点について警察の見解は? ああ、お名前を教えていただけますか。所属はどちら? 後ろの方は?」
「なっ──」
カメラとマイクを向けられたリーダー格の刑事が、思わずたじろぐ。
見た目の年齢的に、そして今回のような大きな事件を任されるだけあってベテランの刑事ではあろうが、犯罪者と真っ向からやりあうことには長けていても、いきなりカメラを向けられることには慣れていないようだ。
「シュテルンビルト市警の、フリン刑事だ」
しかしそれでもそれなりに経験を積んでいるが故か、ひとつ咳払いをしてから、彼は刑事としての身分証明書を開き、カメラの前にしっかりと提示した。
「ありがとうございます。では、具体的な質問を。これほど早急にゴールデンライアンの逮捕に踏み切った理由は──」
「申し訳ないが、今回のことについてメディアに開示できる情報はない」
「ノー・コメントということ?」
「そうだ」
「今後、警察からメディアに対して何か表明されることは?」
「未定だ」
「そうですか。今回は、ゴールデンライアンの逮捕に来たということですが──、可能なのでしょうか? ユーリ・ペトロフ管理官」
長年HERO TVの実況を務め、そして素早く情報を提供できるよう事前の調べ物を徹底するデキるアナウンサーであるマリオは間違いなくユーリの名を呼び、「彼はシュテルンビルト司法局・ヒーロー管理官です」と手早く、そして正しく紹介した。
「不可能です」
「な」
はっきりと言ったユーリに、刑事たちが目を丸くする。
「確かに、司法局宛にゴールデンライアンの出頭要請が提出されています。しかし一部リーグヒーローの身柄を通常の出頭要請や逮捕状で拘束出来ないことは、法律で定められています。一部リーグヒーローの身柄を拘束する要請は、一般のそれと書式や手順が全く異なります。今回は書類不備により受け付けられません」
「はあ!?」
刑事たちをピシャリと退けたユーリに、マリオは「なるほど」とすかさず頷きながら、再度ユーリにマイクを向けた。
「書類不備とはまた──、なぜそのようなことに?」
「憶測になりますが、ヒーロー、しかも一部リーグヒーローを容疑者として扱うということ自体が前代未聞であるからだと思われます。実際、今までこの要請の書式が用いられたことはありません」
「まあ、そうですね。ヒーローに犯罪者の疑いがかけられるような事例が過去にあれば、とんでもないことです。ああしかし、結局冤罪ではありましたが、マーベリック事件におけるワイルドタイガーの例は?」
「あのとき、ワイルドタイガーと鏑木・T・虎徹は同一人物として扱われておりませんでしたので、出頭要請や逮捕状も一般のもので受理されていました。そのため、素性を公開しているゴールデンライアンには当てはまりません」
「納得しました、疑問にお答え頂きありがとうございます。──それで? 刑事の方々は他に何か──」
「……失礼する!」
またマイクを向けられる前に、刑事たちは踵を返し、急ぎ足で去っていった。おそらく今から署に戻り、前例のない要請手順や書類の書式を確認するのだろう。
今回の場合、一部リーグヒーローであるライアンに出頭要請をかけるには、複数の機関の承認といくつかの裁判などが必要である。その事務的な手順を終わらせるだけで少なくとも数日かかるということも、シュテルンビルトのヒーロー規定をしっかり勉強したライアンにはわかっていた。
わかっていたはずなのにそれにすぐさま思い至らなかったことにも反省しつつ、ライアンは隙無くカメラを意識する。
「それで、こちらの方々は神父さんですか? ◯◯教の?」
「はい」
刑事たちがやり込められているのを見て心構えができていたのか、マリオにマイクを向けられた神父たちは、落ち着いて答えた。
「お名前、所属をお聞きしても?」
「我々は等しく神の子です」
「……えーと」
珍しく少し間を空けたマリオだったが、正直言って、その間が視聴者に「なんだこいつら」と思わせるのに充分な役割を果たしたことを、ライアン含むテレビマンたちは経験則で理解し、目を細めた。
「ではその、なぜこちらに? ホワイトアンジェラを聖女として認定する件は、本人が敬虔な信徒であることを否定し流れたはずですが」
「ええ、しかし彼女は我々の──」
それから、神父は少なくとも声の調子だけは穏やかに、故郷でホワイトアンジェラが暮らしていた教会の神父から彼女を保護する要請があったこと、またそれに総本山が応えたことを朗々と話した。
「聖女となることを辞退したとはいえ、彼女が神の子であることに変わりはありません。我々は神の愛をもって、全力で彼女の身柄を保護するためにやってきたのです」
と言えば、聖女認定を拒否されたのにもかかわらず手を差し伸べたのだ、という美談のようにも聞こえる。実際、彼らはそういう流れに持っていきたいのだろう。
「ということですが、ペトロフ管理官、こちらは法的にどうなんでしょう」
「話になりませんね」
刑事たちに対してよりも非常に辛辣に、ユーリはばっさりと言った。
「アンジェロ神父とホワイトアンジェラに血縁関係も養子縁組の関係もないことは、彼女が一部リーグヒーローとなる際に確認済みです。また彼女が洗礼を受けているからといって、その身柄を◯◯教が不当に拘束することは許されません。しかも、本人の意識がない状態で勝手にそれを行うことは拉致・監禁などの罪となります」
「犯罪ということですか!」
「そうです」
「な、な、なんという……」
まさか犯罪者扱いされるとは思っていなかったのか、神父たちは目を白黒させている。
「といいますか、現在アンジェラの保護資格があるのは誰になるのですか? アスクレピオス?」
「いいえ、アスクレピオスホールディングスはあくまで所属企業になります。SSレベルのNEXTを社員として登用するにあたっての義務はいくつかありますが、彼女の身柄そのものの管理権限はありません」
「なるほど……。では、誰が?」
「結論から言って、ゴールデンライアン、彼がその存在にあたります」
その言葉とともに、カメラがライアンに向く。
いつも余裕綽々の表情を崩さず、今すぐショーやパーティーにでも出られるようなキマったスタイルの彼が、汚れた髪をぼさぼさにして、アンダースーツのままよれたブルゾンだけを羽織り、硬い表情で立っているというインパクトのある画が、シュテルンビルトじゅうに流れた。
「ホワイトアンジェラはSSレベルのNEXTですので、常に特別な監視がつくことになる。これは法律で定められた義務です」
しかし本人がヒーローであること、また彼女の能力の内容から、それは一般的な認識の監視ではない。
つまり先程ランドンが言ったように、危険物の監視ではなくレッドリスト・アニマルの保護に近い、彼女を利用しようとするものから守る護衛という意味での監視である、とユーリは淡々と説明した。
「資格があれば親権者や配偶者などがなる場合が多いですが、候補者がいない場合は司法局が人材を派遣し監視員となります。しかし彼女の場合、アスクレピオスが間に入る形になり、双方の了解の上でゴールデンライアンがこの立場を得ています。これは法的な手続きもされた正式なもので、簡単に覆せるものではありません」
「そうなのですか」
「法的な面では、パートナーシップ制度に近いものです。本人たちが同意の元行うならともかく、他人がどうこうできるものではないという意味で」
「なるほど」
「もちろん、実際に結婚していたり、もしくはそれに近い関係であればより強固な関係性といえます。現在そういった報告はありませんが、ゴールデンライアン、確認をしても?」
ユーリが、はじめてライアンをまっすぐに見た。
ガブリエラと似た、しかし海の水面のような煌めきや吸い込まれるような深さのある彼女と違い、燃え尽きて乾ききったような、そして刃物の先のように鋭い、灰色の目。嘘を許さないその冷たい目をまっすぐに見返して、ライアンは言った。
「ああ。あいつは俺の、大事な、──恋人だ」
ずっしりと重みを持って発されたその発言に、マリオやオーランドが僅かに目を見開き、アニエスが「あら」と小さく呟く。
「そうですか。証明できるものがあれば、複製で結構ですので提出してください」
ただひとり表情がまったく変わらないユーリが、言葉通り、非常に事務的な調子で言った。
「証明できるもの?」
「婚約証明やパートナーシップ証明、実子がいるならばそれを証明するもの。あるいは住居を同じくしている証明書などが効力を持ちます」
「……わかった」
「では本題になりますが──、このまま話しても?」
カメラが回っているがいいか、ということだろう。もちろん、ライアンは頷いた。
「オーケー」
「それでは。繰り返しになりますが、◯◯教に限らず、現在各企業や団体、また国家政府から、ホワイトアンジェラの身元を引受けたいという要請が司法局宛に多数届けられています」
「司法局に?」
「例によって、彼女の身柄の保護があなたの管轄であることを理解していないためと思われます。その点、直接あなたのところに足を運んだ彼らはある意味正しいともいえますが──」
ユーリはちらりと神父たちを見た。
「ゴールデンライアン。彼らにホワイトアンジェラの身柄を預ける意志は?」
「ない」
「そうですか。──管理人の許可が下りませんでした。口頭による要請が却下されました。お帰りください」
「……本日は、失礼させていただきます」
分が悪い、と判断するだけの頭と裁量はあるのか、神父たちは浅く頭を下げ、そそくさと去っていく。
結局彼らはいちども個人名を名乗らなかったが、カメラにばっちりと顔が写ったので問題はないだろうと、ライアンは廊下の角を曲がっていく彼らから目線を外した。
「再開します。これが、ホワイトアンジェラの身元引受を希望するリストと書類」
きちんとした書類ケースに入った紙束を、ユーリはライアンに渡した。ライアンはしかめっ面でそれを受け取り、いちばん上にある、ずらりと箇条書きになったリスト用紙を手に取った。
「これが全部のリスト?」
「そうです。あなたの持ち物になりますので、ケースに生体認証ロックを」
ライアンはそれにさっと目を通すと、書類をケースに戻し、手をかざしてロックをかけた。これで、この書類はライアンにしか見ることができない。
「……3時間後に記者会見。近くの会場押さえてくれ」
カメラに向かってそう言うと、ライアンは書類を片手に、ガブリエラの病室に戻っていく。カメラマンのオーランドは病室には入らず、しかし開けっ放しにされたことで撮っていいと判断し、彼らにそっとカメラを向けた。
衝立とカーテンで隠された、部屋の奥。辛うじて見えるベッドの端に、細く白い腕が確認できた。ライアンがベッドのすぐ横に膝をつき、その手をそっと取り、愛おしげにもう片方の手でゆっくりと撫でる。
俯いた彼の横顔に、乱れた金髪がかかる。逆光で、表情は見えない。しかし彫りの深いはっきりした横顔は、彼が歯を食いしばり、呻くように何か呟いたのがありありとわかった。
反応のない、だらりと力なく垂れ下がる白い指先をライアンが自分の額に当てるシーンを最後に、アニエスは緊急生中継を終わらせた。
フリン刑事は、一応、オリジナルキャラクターではありません。
『TIGER & BUNNY The comic』の#29、#30で登場した、T&Bと一緒に少女の財布を探したりしたおじさん刑事です。