#114
 Twinkle, twinkle, little star,
   ──きらめく、きらめく、小さな星よ
 How I wonder what you are?
   ──あなたは一体何者なのか?
 Up above the world so high,
   ──世界の果ての、遥か彼方
 Like a diamond in the sky.
   ──天空のダイヤモンドのように



「Twinkle, twinkle, little star……ってか」

 ──星よ、星よ。新たなる、我々のための星。

 十字架の上に輝く、眩いほどの希望の星。
 これこそが、女神から遣われし天使とともに出現した、我々選ばれし民を導く星。十字を切って祈りを捧げれば、その中心に我々の星が生まれる。そして善行を積み上げればその星に到れるのだと、彼らは信じて膝を折る。

「信心深いこったねえ」
《間違っても殺さないように。生きていてこそ価値があるのですから》
「わかってるさ。仕事は確実にだ」

 あるかどうかも分からない星などどうでもいい。欲するのは実際に生きて血肉を持ち、そして自分たちの糧になる天使だ。
 天の星に手を伸ばすより、すぐそこにいる天使を撃ち落としてダイヤモンドを得るのが賢いやり方なのだということを、彼らも、地を這う蛇も知っている。
 撃ち落とした天使が見世物になるのか、食べられてしまうのか。そんなことは、こちらの知ったことではない。多少おこぼれは貰うかもしれないが、それだけだ。

 星の街・シュテルンビルト。楽しそうな人々が、クリスマスの帽子やヒーローのアクセサリーを身につけて、パレードを、ステージを待っている。

 Twinkle, twinkle, little star,
   ──きらめく、きらめく、小さな星よ
 How I wonder what you are?
   ──あなたは一体何者なのか?

 星の十字架を、鉄の靴底が踏みつける。
 がちん、と硬い音がした。










 フロートから出てきてもまだぐずぐず泣いていたガブリエラは、すぐさま一部リーグ・二部リーグすべての女性ヒーローに取り囲まれ、泣いている理由を問いただされ、そして全員からハグを受けて祝福されることになった。

「よかったね、ギャビー! すっごく待ったもんね、すっごく!」
「う、キッド、ありがとうございます、ありがとう……」
 満面の笑みで手を握り、ぶんぶんと振ってくるドラゴンキッドに、泣きすぎているせいでファイヤーエンブレムからメットをとられたガブリエラは、更にぼろぼろと涙をこぼした。
「良かったわねえ! ほんとに良かった……」
「ちょっとファイヤーエンブレム、あなたが泣いてどうするのよ!」
「ブルーローズだって、目が潤んでるじゃない!」
「だ、だって嬉しいんだもの!」
 うわあん、と声を上げる彼女たちに、二部リーグ女性ヒーローの何人かがもらい泣きしている。──中には、「えっ、このふたり、まだ付き合ってなかったの?」「あれで?」と顔を見合わせている者もいるのだが。

 そしてライアンもまた、男性ヒーローたちから盛大に口笛を吹かれ、どさくさに紛れて軽く叩かれたり蹴られたりなどして、全力で祝われていた。ヒーロースーツでなければ、確実に胴上げされていただろう。
「イケメンでセレブでリア充ー! くそー! 爆発しろくださぁい!!」
「ははは、やなこった。……女の子なら紹介してやるけど?」
「マジですかライアン様ァアア!!」
「イケメンー!」
「むしろ抱いてぇー!」
「やだよ」
 自主的に足元にひれ伏す二部リーグ男性陣とそんな馬鹿なやり取りを繰り広げたりしつつ、ライアンは、女性陣にもみくちゃにされているガブリエラを見た。
 ブルーローズやドラゴンキッドに抱きつかれながらファイヤーエンブレムに鼻をかまされている彼女は、とても幸せそうだ。

「み、皆の前で交際宣言、胴上げ……リア充の極地……別世界でござるぅ……」
 祝福しつつも、ついていけない、という様子で縮こまるのは、スクールカースト最下位・ギーク出身という折紙サイクロンである。小さくなっている彼の肩を、同じ空気を醸し出している何人かの二部リーグ男性ヒーローが、同意を示すようにポンと叩いた。
「おめでとう! そして! おめでとう!!」
「はっはぁ〜、一部リーグ同士のカップルか。こりゃ華々しいな」
 こちらはサンタ服姿で全力で祝福するスカイハイと、顎らへんに手を当て、しみじみと言うロックバイソンである。
「とうとう腹を括ったんですね。しかもこのシチュエーション……もし別れたら、あなたもうシュテルンビルトにいられませんよ」
「ちょっと、早々に不穏なこと言わないでくんない、ジュニア君」
「おっと失礼。……おめでとうございます、ライアン。友人として祝福します」
 フェイスガードを上げ、笑顔を見せた年上の友人に、ライアンもにやりと笑い返した。

「いや〜めでてえなあ! このこの、幸せモン。結婚式には呼んでくれな」
「……古典的なほどのひやかし文句ですね、タイガーさん。いっそ新鮮です」
「だっ!」
 ライアンに肘をぐりぐりと押し付けていたワイルドタイガーが、本当に感心した様子のバーナビーの発言にずっこける。その姿を見て、ライアンが喉を鳴らして笑った。

「ま、祝うのは今度やってくれよ。あいつ、明日誕生日だし」

 その発言に、全員の動きが止まる。
 そして次の瞬間、主に女性ヒーロー、中でも一部リーグの3人が、凄まじい勢いで「明日!?」「なんで言わないのよ!」とアンジェラに詰め寄る。
 ガブリエラはおろおろしつつも、皆から口々に再度おめでとうと言って貰え、とても嬉しそうだった。

 そうして大騒ぎをしているうちに、パレードの開始時刻になる。
 全員慌てて配置に着くが、テンションが最高潮に上がったせいか、非常に手際よくスタンバイが完了した。
 そしてライアンとガブリエラも、自分たちのフロートに足をかける。

「ライアン、……ライアン」
「何だよ」
「……幸せです」
 せっかく鼻が通ったというのに、また泣きそうな声だった。
「幸せです、幸せすぎて……本当は、幸せという言葉では、足りないくらい」
「おう」
「……生きています」
「あ?」
「生きています。ありがとうございます……」
 泣くのを堪えているのだろう。大きく息をしている彼女の手を取ったライアンは、そのまま導くように引き上げる。

「何だそりゃ。もしかして、生きててよかった、とか言いたいカンジ?」
「……いきていて、よかった……」

 教えられた言葉を噛みしめるようにして頷いた後、ガブリエラは顔を上げた。花が咲くような笑顔を浮かべて。

「ああ! ああ、そう、そのとおりです。そのように言うのですね。さすが、ライアンは何でも知っています」
「そりゃあ、俺様だからな」
「私の言いたいことを、わかってくださる」
「お前の言いたいことぐらい、だいたい分かるっつーの」

 俺も同じように思っているから、などとは言わない。彼女の想いは、そんな簡単に言えるほど軽くない。しかし理解して、大事に受け取ることはできる。
 細い手をしっかりと握りしめるライアンの手に、力が篭った。






 明るくノリのいいものから、しっとりとした聖歌まで。
 厳選されたクリスマスソングをヒーローランドのテーマソングに合わせてリミックスした特別バージョンの音楽が、盛大に流れ始めた。
 更にそれに合わせて、一部リーグヒーローたちそれぞれに合わせたフロートがダンサーたちを間に挟みながら登場し、ゆっくりと進んでいく。

 まずは、先頭にアポロンメディアのシンボルであるグリフォンを配し、ダブルチェイサーに跨ったT&Bを乗せたフロート。赤と緑の、非常にわかりやすい、しかしいかにも彼ららしいデザインだ。時折フロートを降り、観客たちのところまで行ってハイタッチをしたり、握手をしたりのファンサービスにも余念がない。
 フロートの前後では、同じくアポロンメディア所属のMs.バイオレット、チョップマン、スモウサンダー、ボンベマンの二部リーグヒーローらが、ダンスやアクロバット、ポーズをきめたり、能力を使ったパフォーマンスをしながら観客たちとコミュニケーションをとっている。

 次は最近名実ともに株が上がってきている、クロノスフーズのフロート。
 ロックバイソンのヒーロースーツをそのままフロートにしたような厳ついデザインに、ロマンをくすぐられた男性ファンの太い歓声が飛ぶ。それに応える度に、ツリーのようになったロックバイソンに巻きつけられた電飾が、ぴかぴかと輝いた。
 クロノスフーズの焼肉やステーキ、牛丼チェーン店CMのシンボルである、ムキムキの筋肉を晒した男性ダンサーたちが、厳ついフロートを引くようにチェーンを持って雄々しく行進している。

 ポセイドンラインは、シンボルのペガサスが引くソリ、という凝ったデザインのフロートだ。その上に、シュテルンビルトのクリスマスの象徴とも言えるサンタ服姿のスカイハイが立っている。
 時々飛び上がってはすいと観客の上を飛んで回るフレンドリーなKOHに、喜ばない観客はいない。
 前後には、サンタクロース風にアレンジされたポセイドンラインの運転手や車掌の制服を着たダンサーたちが、敬礼したり、発車ホイッスルを鳴らしながらきびきびと歩いている。交通業の彼ららしく、盛り上がって列を乱す観客たちをパフォーマンス混じりに整理したりもしていた。

 ヘリペリデスファイナンスは、クリスマスであろうとブレない和風デザインである。
 本社ビル頂上のシンボルでもある狛犬と鳥居をそのまま下ろしてきたようなフロートの中で、折紙サイクロンが擬態をしたり、見切れたりと、見ていて飽きないパフォーマンスを繰り返している。時々頂上まで登って見栄を切ると、観客から「いよっ、見切れ職人!」と歓声が飛んだ。
 周りを囃し立てるダンサーは折紙サイクロンの顔のお面をかぶり、法被を着てねじり鉢巻を締め、揃った動きでキレのあるダンスを見せている。実は彼らは有志のヘリペリデスファイナンスの社員で、この日のためにダンサー顔負けの出来になるまで練習を重ねてきたらしい。

 続いては、オデュッセウスコミュニケーションのシンボルである巨大なドラゴンそのままという大迫力のデザインのフロート、その上をぴょんぴょんと飛び跳ねてアクロバットを披露する稲妻カンフーマスター・ドラゴンキッド。
 彼女が跳ねまわる度に稲妻が輝き、そしてクリスマスバージョンの可愛らしい衣装の所々に取り付けられた鈴が、ちりんちりんと音を立てた。
 周囲には、クリスマス・カラーでありつつドラゴンの刺繍をしたチャイナ服のダンサーが、アクロバットな動きも交えた、一糸乱れぬカンフー風の振り付けの見事なダンスを披露している。

 氷のクリスタルと青薔薇が咲き誇る華麗なフロートは、タイタンインダストリー。
 ヒーローランドにもあるブルーローズのアトラクション、その外観である氷の城を意識したそれは、女性たちや、小さな女の子達の歓声を特に浴びていた。
 ブルーローズが雪や氷の結晶を発生させながらくるくる回ると、クリスマス特別バージョンの、薄いブルーの布を重ねたスカートが広がる。
 またそのフロートの下部に乗ってきらきらと遊色に輝く髪や爪、シャボンを飛ばしている三人の女性は、最近採用されたタイタンインダストリーの二部リーグヒーロー、トゥインクルガールズだ。他のダンサーも、かわいらしい衣装の美しい女性で揃っている。

 ひときわ迫力があるのは、ヘリオスエナジー。
 ゴージャスなフェニックスを模したフロートは、ファイヤーエンブレムの特徴的なマントと同じ、炎の遊色にきらめいている。その上そこかしこから炎が吹き出しており、その天辺で、ファイヤーエンブレムが優雅に佇み、ひらひらと手を振ったり、投げキッスをしたり、大きな炎の玉を打ち上げたりしていた。
 ダンサーたちは性別を感じさせない個性的かつアーティスティックな衣装やメイクで揃えていて、端に炎を灯したバトンを回すダンサーもいる。

 そして最後を飾るのは、アスクレピオスホールディングスのシンボル、蛇の巻きついた杖を先頭に掲げたフロートである。
 両脇にひとりずつ油断ならぬ様子で歩いている真っ白なスーツの人物は、ホワイトアンジェラの護衛であるアークたちだ。パレード要員ではなく本当に護衛なのだが、真っ白なスーツは衣装としても申し分なく、非常にマッチしている。
 他には、二部リーグ時代のホワイトアンジェラ風のナースや、スーツに白衣のドクター風でありつつ華やかな衣装のダンサーが、白い花のブーケを持ってステップを踏んだり、笑顔を振りまいたりしていた。

 フロートのベースは白。しかしところどころに青い宝石のような飾りが光り、金のリボンを巻き付けて作った風のバルコニーや装飾部分に、白い薄布が流れるようにかかっている。
 以前出演したパレードと同じく最初はチェイサーに跨っていたので分かりづらかったが、その薄布がホワイトアンジェラのスカートであることに気付くと、女性客らからうっとりとするような反応があった。

 ライアンがゴージャスなマントを翻し、たっぷりしたスカートのアンジェラを支え、エスコートするようにして頂上のバルコニー部分まで連れて行く。
 バルコニーに着くと、アンジェラが両手を差し出し、青白い光を発する。その手の中にあった種が一斉に発芽し、光の中で咲き誇る花を、ライアンと一緒に思い切り観客に投げた。

「いくぜ? ──どっ、どおおん!」
「ど〜ん!!」

 更には最も曲が盛り上がるところで、ライアンの掛け声に合わせて、アンジェラが能力を発動。彼女から青白い光が広がり、フロート中に広げられている彼女のスカートに一斉に蔦が這い、色とりどりの花を咲かせると、割れるような大歓声と拍手が巻き起こった。

 そうしてたっぷり時間をかけて、フロートが天球儀の塔、セレスティアル・タワーの前に1台ずつ到着する。最後尾であるライアンとアンジェラは、スカートの留め具をふたりがかりで外すと、花だらけのフロートを飛び降りた。
 しかし、固定されたスカートを切り離してもまだ引きずる長さのスカートを持て余すアンジェラに、ライアンは結局彼女を抱え上げてステージに登った。
 ゴージャスなマントを翻してのその姿に、観客から歓声が飛び、ヒーローズたちからは、口笛や、やれやれといわんばかりのリアクションが発された。

「ねえねえ、なんかR&A、今日はいつもよりくっついてない?」
「思うー! ラブラブっぽい」
「でもヒーロースーツだから、なんかかわいいよね」

 主に女性の観客からそんな声が聞こえる中、ライアンはアンジェラを抱えたまま裏に引っ込み、彼女をスタッフの前に降ろした。

「ライアン」

 焦がれるような声に後ろ髪を引かれ、ステージに戻ろうとしたライアンが立ち止まる。
「後でな。もうちょっとだけ、“待て”。OK?」
「……わん」
「よーしイイコだ」
 不服そうな声に、ぽんぽん、と、ライアンは、白いメットに手を置いた。

「……俺だって、我慢してる」

 熱を押し込めたような囁き声に、かぁ、と、口元しか見えない顔が赤くなる。その様子に目を細めたライアンは、笑いながらステージに戻っていった。



 ダンサーたちが盛り上げる中、ブルーローズが、クリスマスのヒットナンバーを見事に歌い上げる。
 まるで示し合わせたように、ひらひらと雪が降り始めた。しかし熱狂する観客の勢いは衰えることなく、まるで彼らの熱気で、地面に着く前に雪が溶けているのではないかと思うほどだった。

「ありがとう! さあ、次は、サプライズ!」

 ブルーローズがダンサーたちとともに横に退けると、奥から白い姿が現れる。
 長いスカートを引きずったホワイトアンジェラが、ステージの真ん中に進み出た。オルガンの音が鳴り響き、聖歌隊がコーラスを始める。

 鮮烈なソプラノが雪空を突き抜けた瞬間、観客たちが静まり返った。

 ただただどこまでも昇っていくような高音。とんでもなく高いのに、耳に痛いどころかどこまでも心地良く広がる響き。
 涙が出るほどの喜びに満ちた、明るい旋律。幼い少年のような、稚い少女のような、性別のない天使のような歌声が、星まで届きそうなほど伸びていく。

 メロディが終わっても、観客たちはまだ余韻に酔いしれていた。
 初めてこの歌声を聴いた二部リーグヒーローたちも同様で、呆然としている。そんな中、パン、と大きく手を叩く音。──ゴールデンライアンだった。
 その途端、割れるような拍手と歓声が沸き起こる。ぺこりと頭を下げたアンジェラに、ブルーローズが飛びつくようにハグをした。

 ──Encore!!

 誰ともなく、手拍子とともに求める声。
 想定内の反応に、予め用意されていた、このふたりが歌う数曲が披露される。
 急遽決定したデュオであるが、アンジェラも知っている賛美歌を中心としたクリスマスソング・メドレーは、文句なしの、見事な出来栄えだった。

「では、Countdown!! いきますよ、タイガーさん!」
「おうよ! せーのっ、──10!」
 T&Bの掛け声に、一斉に観客が応えた。
「うっし、──9!」
 ロックバイソンの太い声に、拳が振り上げられる。
「8!」
 そして8! と打ち合わせ無しで観客が返すと、スカイハイが喜びを表現するように、両手を上に高く上げた。
「サァ! 7!」
 ドラゴンキッドの声には、サァ! と、数字ではなく掛け声が返される。
「ろろろっ、6ー!」
 肝心なところで噛んだ折紙サイクロンに、笑い声とともに6のカウント。
「ん〜チュッ! ──5!」
 ファイヤーエンブレムの熱烈な投げキッスには、ワァオ、と歓声だけが上がる。
「どっどーん! 4!」
 いかにもノリの良い重力王子の声には、同じくノリの良い、どっどーん! の掛け声の返答。
「わん! いえ、さん!」
 茶目っ気のあるホワイトアンジェラに、「わん!」と続けてノリ良く返す観客。
「あっはは! 2!」
 ブルーローズの珍しい満面の笑みに見惚れながらも、盛り上がりが最高潮になる。

 ── One! Merry Christmas!!

 大歓声。拍手。ドォン、と、大きく花火が上がった、その瞬間。






 ──パァン!






 花火の音に混じった、鋭い破裂音。
 ちらつく雪に混じって、砕けた青い欠片が、ステージライトを反射してきらきらと散らばる。
 真っ白いヒーロースーツの、ところどころの金色のパーツが煌めいて眩しい。長く優雅な白いスカートがたわみ、雪風に靡く。

 やけにゆっくりと倒れる細い身体を、全員が、呆然と見ていた。

「──え?」

 たっぷりとしたスカートが、クッションになったからだろうか。どさ、とやけに軽い音をたてて仰向けに倒れた彼女に何が起こったのか、すぐに理解できた者は少なかった。

「なん、……狙撃!?」

 バーナビーが、観客たちの更に向こうを睨みつける。

 彼の声が聞こえたからか、何が起こったのかだんだんと理解し始めた観客たちに、パニックが広がる。今まで大興奮の坩堝にいた上、ヒーローが撃たれたというこれ以上なくショッキングな出来事に対する恐慌は凄まじく、歓声が絶叫に変わっていく。

「アンジェラ! いやあああああ!!」
「嘘、──アンジェラ!」
 ブルーローズの悲鳴と、ドラゴンキッドの動揺した声が、観客に絶叫に掻き消されていく。ファイヤーエンブレムが、「──しっかりなさい! 追うわよ!」と、動揺を押し殺した怒鳴り声を上げていた。
「くっ……! 観客の誘導は警備に任せます! スカイハイさん!」
 バーナビーが叫んだ時には、スカイハイは既に飛び上がっていた。観客の頭上を鋭く飛んだ彼は、彼女の頭を正確に撃ち抜いたスナイパーを絶対に逃すまいと、射線の先を正確に見極めていた。
「くそっ、くそっ、くそっ! 捕まえるぞ、バニー! 絶対にだ!」
「あ、ああ、アンジェラさんっ……あああ!」
「ちくしょう、アンジェラ、……くそおおお!」
 そして彼に続くように、他のヒーローたちも、観客をかき分け、まだ正体の知れぬ犯人を追う。

 そしてただひとり、倒れた彼女の側に近寄ったライアンは、崩れ落ちるようにして、その側に膝をついた。
 ホワイトアンジェラのヒーロースーツ。そのメットの、大きな宝石のような青いクリスタルパーツ。彼女からはディスプレイになっているその部分が粉々に砕け、素顔が見えている。星の入り口、ブルー・ホールを思わせる、吸い込まれるような灰色の目は、眠っているかのように閉じられていた。
 ほつれた赤い髪が、わずかに見える。その隙間から、つう、と赤い筋。髪ではなかった。それはあの日、バスルームを汚したのと同じもの。彼女の血。二度と見たくなかったもの。

「……ガブリエラ?」


 ──いきていて、よかった……


 つい先程そう言ったはずの彼女は、応えてはくれなかった。
- Season3 -

Oh Happy Day
(おお、幸福なる日よ)

END
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BY 餡子郎
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