#109
★メイプルキティの冒険★
24/24
「必殺・雪手裏剣!」
「わわっと! 当たらないよー!」

 シュシュシュシュ、と連続でイワンが投げた雪玉を、パオリンが見事な身のこなしで避ける。
「むむっ、さすがはキッド殿!」
「ふっふっふっ、折紙さんは命中率が高いからね。どこに投げるか的確なぶん、避けやすいのだー!」
「な、なんと! 磨きぬかれた技を逆手に取られるとは、不覚!」
「折紙サイクロン敗れたり! 食らえ、みだれうちー!」
「ぐわー!」
 パオリンが手当たり次第に投げた雪球を食らったイワンが、先ほど作り上げたカマクラの向こうに倒れていく。

「あはは」
「楽しそうねえ、あのふたり」
 楓が笑い、カリーナが呆れた声を上げる。真っ白い息が、真っ白い景色に混じって消えていった。

 クリスマスをあと数日に控えた日、シュテルンビルトに記録的な大雪が降った。
 膝上まで積もった雪にガブリエラは大はしゃぎし、ヒーローたちが運動能力測定を行ったアスクレピオスの大運動場に、皆を誘った。遊んだら雪かきもするという交換条件のもと、アスクレピオスは、寛大に一面の銀世界をヒーローたちに提供してくれた。
 そして約束通り彼らはカマクラを作り、雪合戦を始めたのであるが、小1時間経ってもまだ雪玉を投げ合っているのは、イワンとパオリンだけであった。
 軌道を逸れた雪の流れ弾が、カリーナのところに飛んでくる。しかしカリーナは指先で氷の膜を作り、悠々と直撃を防いだ。
「ブルーローズ殿! バリアは禁止でござるぞ!」
「カリーナずるい! バリア禁止!」
「小学生か!」
 ぶーぶーと異議を唱えるイワンとパオリンに、付き合ってらんないわよ、とカリーナはふたりから離れた。雪うさぎを量産していた楓も、それに続く。

「楓ちゃん、これからずっとシュテルンビルトにいるの? オリエンタルタウンに戻る?」
「えっと、やっぱりアカデミーには通わなきゃいけないんだけど」
 カリーナに尋ねられ、楓は、白い息を吐きながら答えた。
「クリスマスにおばあちゃんと村正伯父さんがこっちに来て、一緒に過ごすの。それで、今回の試験でお医者さんが許可出してくれたから、報告だけすれば管理人と何日か離れてもいいって」
「良かったじゃない」
「うん。だから、とりあえずお正月に1回帰ろうかなって。3月に小学校の卒業式で、そのあと制御能力試験だから、本格的にこっちに来るのはそれからかな」
「そっか。何かあったらいつでも言ってね」
「うん、ありがとう」
 以前虎徹がヒーローを解雇された時も、いきなり連絡した楓に親身になってくれたカリーナに、楓はにっこりと笑った。

「能力だけど、ひとり1回限定になったんだって?」
「うん」

 その理由は楓の心理的要因もおおいにあると認められたが、同時に、物理的な理由もある。
 NEXT能力という超人的なパワーを使いこなすには、本来成長とともにその能力に順応した肉体を作り上げなくてはいけない。楓の身体で、いきなりコピーした千差万別の能力を何度も使うのは無理がある。そう楓の身体が、脳が判断したのだろうということだった。

「じゃあ、私の能力ももうコピーできないのね」
 マーベリック事件の時、楓はブルーローズの能力をコピーして使ったことで窮地を切り抜けた。
 あの時は極限状態ともいえる緊急時だったからか、それとも自分が能力者であること自体をしっかりと把握しきれていなかったせいか、むしろごく素直に氷を操る能力を受け入れ、かなり自在に使いこなすことが出来た、と楓は今になって思い出した。
「うん。感覚でわかるんだけど、もう出来ないと思う」
「ちょっと寂しいわね」
 カリーナが言ったそれは、楓に能力をコピーされた人々が、決まって言う台詞になりつつあった。
 五感に次ぐ新しい感覚、しかしそれでもって同じ世界を感じている人間は滅多にいない。だからこそ同じ能力を持っている他人というのは、ひどく特別な存在になりうる。
 NEXT能力者の誰もが、同じ能力を持ち、バディとして肩を並べるT&Bをどこか羨ましそうに見る。その点、楓の能力を使えば、誰しもが彼女とともにその体験ができるのだ。

「あの時はファインプレーだったけど、できたら私の能力を使える楓ちゃんと一緒に過ごしてみたかったな」
「……でも、感覚は忘れてないよ」
「そうなの?」
「うん。こういう元々寒い日は、逆に能力が使いにくい感じじゃない? 冷え性みたいな感じもひどくなると思うし、つらいというか、だるいよね。大丈夫?」
 実感を伴う質問をしてきた楓にカリーナは目を丸くしたが、しかし、すぐに強い共感を伴う嬉しそうな笑みを浮かべた。
「大丈夫。インナーあったかいやつ着てるし、コートの内側にカイロめちゃくちゃ貼ってるから」
「でも、手とか指先がつらそう。能力使うとそこだけ冷えるし」
「そうなのよ〜! あー、やっぱりわかって貰えると嬉しい〜!」
 本当に嬉しそうなカリーナに、楓もにっこりした。皆こういう反応をしてくれるので、楓は自分の能力に最近どんどん愛着が湧いてきた。

 もちろんコピーしていた時間が最も長いハンドレッドパワーについても深く理解している楓は、虎徹の体調管理にも少し口を出せるようになった。
 実際わからないことの多いままきゃんきゃんと上から喚くことしかできなかった今までと違い、同じ部屋で寝泊まりし、ヒーローとしての活動内容や仕事のスケジュールを把握し、何より同じ能力をしっかり体験してまさに“勝手がわかっている”楓に、言い訳は通用しない。
 虎徹はほとほと参ったように、しかしどこか嬉しそうな様子で、ちゃんと側に寄り添うような目線での楓の助言を受け入れて生活し始めた。──まずは夜更かしを控え、食生活を見直すところから。

「でも、もしあのまま何回もコピーできるままだったら、後輩ができるかもってキッドと言ってたりしたんだけど」
「へ?」
「だって私達の能力を全部使いこなせるとか、超すごいヒーローになれるでしょ」
「ヒーロー!? 私が!?」
 楓は、素っ頓狂な声を上げた。
「ワイルドタイガーの娘で、しかもこんなにカワイイし。バーナビーがデビューした時より話題になるんじゃない? みたいな」
「な、ないないない。私がヒーローとか」
「向いてると思うけどな。だって楓ちゃんいい子だし、困ってる人をほっとけない性格でしょ。……その、お父さんと一緒で」
 後半はもごもごと、寒さのせいだけでなく頬を赤くしながらカリーナは言った。
「ヒーロー名なにかなー、とかも言ってたのよ。私のイチオシはメイプルキティ」
「やだー、恥ずかしー!」
「え〜? かわいくない?」
 きゃあきゃあとじゃれあいながら、ふたりは雪の中を進んでいく。向かう先にいるのは、白い雪の中で目立つ真っ赤な髪と黒いコート。

「ギャビー、できた?」
「できました!」

 運動場の端でせっせとなにか作っていたガブリエラは、目を輝かせて振り向いた。真っ赤な髪がほつれて、白い犬の耳あてに絡んでいる。
「見てください、ラグエルですよ!」
「わあ、大きい」
 ガブリエラが作っていたのは、等身大の馬の雪像である。体高は楓の身長よりも少し高いくらいで、ウェーブした長いたてがみと尻尾が特徴的だった。
「ったく、作ったのだいたい俺じゃんこれ」
 疲れた、とぼやくのはライアンである。ラグエルを作るのだと意気込んだものの、粘土遊びもしたことがないガブリエラに、馬という難易度の高いものを作るのは荷が重かったのだ。
「はい! ライアンのおかげです! ありがとうございます」
「おー。……で、似てんの? これ」
 絵を参考に作ったけど、と、ライアンは、ガブリエラの通信端末に貼られたステッカーを示して言う。それは、カスタムしたばかりで全損したバイクのタンクに描かれていたものと同じイラストだった。イラストのデータや権利ごと買っていたため、こうしてステッカーにして色々なところで使っている。
「似ていますよ。このたてがみのところとか、足が太いところとか。本当は、白馬ではなく青毛ですが。あと、蹄の上の所に毛が生えています」
「へえ」
 ライアンは、馬の尻をぱんと叩いて言った。ガブリエラが、「いけません、蹴り殺されますよ」と笑いながら言う。

「せっかくだから、乗れるようにしたら? 氷で固めたらいけるわよ」

 カリーナがそう言って、雪の馬を氷の馬にしてくれた。ガブリエラは目を輝かせ、慣れた様子で、ひらりと跨る。氷で固められた馬は、びくともしなかった。
「ああ、懐かしいです。この高さ」
「黒くて、脚や蹄が太く、蹄毛があって、たてがみがウェーブして長い、サーカスでよく用いられる馬……うーん、これかな」
「そういう品種があんの?」
 雪合戦を休戦して様子を見に来たイワンがネットの画像検索を行っている端末を、ライアンが覗きこむ。
「そのようですよ。フリージアン、って書いてあります」
「あっ! これです! ラグエルです!」
 イワンが見せた検索結果画面の画像を見て、ガブリエラが興奮してはしゃいだ。

「へええ〜、格好いい馬じゃん」
 真っ黒の筋肉質な馬が、長いたてがみを翻して飛んだり跳ねたりしている画像を見て、ライアンは感心した声を上げた。イラストは結構デフォルメされているので、別個体とはいえ、実物を見ると感慨深い。
「見栄えがいいのでサーカスでよく使われますが、昔は騎士が乗ったり、貴族の馬車を引いたりしたそうですよ。あとドレサージュ競技……馬術競技でも」
 イワンが、ネットの辞書情報を読み上げた。

「そうなのですか。ラグエルも、とても見栄えの良い馬でした。しかし教会でボロの荷馬車を引かされて、とても嫌がっていました。毛づくろいをしないと、更に機嫌が悪くなって」
 何より見栄えを整えてやらないと暴れる馬だった、とガブリエラは言った。
「それはもう格好つけで」
「でも、おかげで嫁さん捕まえたんだろ」
 シュテルンビルトまで来る旅の途中、馬術レースで優勝した時、ラグエルはそこにいた地元の牝馬と交尾をして、こっぴどく怒られた。──ガブリエラが。
「ええそうですとも。年寄りのくせに。とても綺麗な牝馬でした」
「仔馬、生まれたのかね」
「──ああ、……どうでしょう」

 もしかしたらこの空の下のどこかで、格好つけの黒い馬の血を引いた馬が、荒野を走り回っているのかもしれない。
 それはとても素敵なことだと、ガブリエラは雪空を見上げて微笑んだ。



「おーおー、子供は元気だねえ」
 やがて、さむさむ、と腕をさすりながら相変わらずのがに股でやってきたのは、虎徹だった。その後ろに、鼻の頭を少し赤くしたバーナビーもいる。
「気を付けて下さいよ。クリスマス本番に風邪を引いていたら、シャレになりません」
 クリスマスには、ヒーロー全員、シュテルンビルト名物でもある大きなイベントに駆りだされることになっている。

「バーナビーさんも遊ぼうよ」
 鼻の頭が赤いが、いかにも元気いっぱいという様子のパオリンが駆け寄り、バーナビーの腕を引っ張る。しかし、バーナビーは動かなかった。
「僕はいいです。寒いですし」
「えー! 寒いからこそ動いてあったまろうよー!」
「遠慮します」
「やめとけってキッド。ジュニア君はオッサンだから、寒いのは辛いんだよ」
「なんですって」
 やれやれ、といわんばかりのわざとらしいリアクションで言ったライアンを、青筋を浮かべたバーナビーがぎろりと睨む。

「誰がおっさんですか! 僕はまだ20代です!」
「えー、寒いのムリとか言ってる時点で心がオッサンじゃん。タイガーは逆にそういうとこ若々しいよな、ほら」
 ライアンが指差した先には、楓とともに、オリエンタル式のずんぐりした2段の“雪だるま”を率先して作っている虎徹がいた。カリーナが楓を手伝うという名目で混ざり、イワンが目を輝かせている。
「……いいでしょう! 雪合戦でも何でもしようじゃないですか! ライアンもアンジェラも、行きますよ!」
「へいへい」
 むきになってざくざくと雪の中に出ていくバーナビーに、ライアンはぞんざいに返事をした。
「……ってなわけで、ちょうど4人ずつ、8人な」
「ありがとー、ライアンさん! よっし、折紙さーん! 2回戦だよー!」
 パオリンが、満面の笑みで走っていく。

 その後、半数以上立派な成人であるはずのメンバーは大人気の欠片もなく雪合戦をし、雪の中を転げまわった。
 やがて様子を見に来たアントニオ、ジョンを連れたキースが現れ、彼らも雪合戦に加わる。最後にゴージャスなコートを着たネイサンがやってきて、呆れた顔で雪まみれの彼らを温め、ぐちゃぐちゃになった雪を、炎で溶かして一掃してくれた。






「楽しかったね!」

 ストーブの前で温かいココアを飲みながら、楓は満面の笑みで言った。
 誰かに触れることを恐れなくても良くなった楓もまた、雪合戦で限界まではしゃいだ。敵方になったバーナビーに雪玉を当ててカリーナとハグをし、奇襲を成功させて虎徹を雪の中に倒し、パオリンとハイタッチをする。──何の気兼ねもなく。
「ええ、とても」
 そしてガブリエラもまた、笑みを浮かべて言った。
 足元には、彼女の気配に惹かれたジョンが、気持ちよさそうに寝転んでいる。ジョンは季節の変わり目で少し体調を崩したそうだが、ガブリエラの能力を使ってもらってからというものすっかり元気で、今日も全速力で雪の中を駆けまわっていた。
 窓の向こうには、唯一溶かさずにおいた、氷の馬が佇んでいる。

「あっ。そういえば、Ms.バイオレットさんたちのこと、聞きましたか?」
「うん、本人から聞いたよ。びっくりした」

 先日の能力制御検査の際、協力してもらった彼らの能力について楓が言及したことについて、きちんとアスクレピオスで調べた結果。
 なんと、彼らの能力には、今まで知らなかった、自覚のなかった効果などがあることが判明したのである。

 まず『手から塩が出る』というスモウサンダーの能力。
 最初の認定試験ではただの塩だと断定され、ゆえに能力レベルはB。ヒーローとなったのも、能力よりも素地の体力や腕力などによるものが大きい。
 しかし今回の検査の結果、手から出る塩が実は特別なものであることがわかったのだ。塩は塩であるのだが、塩が元々持つ殺菌・浄化の効果が尋常でないほどに高い物質であるということが、幾つかの実験を経て明らかになった。
 楓が直感的に「きれいな塩」と言ったとおり、彼の発する塩は力士が土俵に撒く、いわゆる“清めの塩”そのものであったのだ。言わずもがな、これは医療関係や汚染物質の浄化や検疫など、色々なことに応用できる可能性がおおいにある。

 次にMs.バイオレットの、『爪から毒を出す』能力。
 毒素がこもった爪を相手に飛ばして攻撃できるが、毒の威力は多少の痒みを感じる程度で、蚊に刺されたよりもささやかだ。
 しかしこれも、人体や動物にはこの程度の影響力しかないが、植物には劇的かつ副作用のない栄養剤になるということが明らかになった。つまり、あの痒みは毒によるものではなく、本来植物に使うべき栄養剤を触って少々かぶれた、という状況そのものであったのだ。
 もちろんこれも非常に有用な能力であり、再検査が厳重に行われる予定である。
 更には人体を含む生物に対して使う場合、1度目は少々のかゆみ程度でおさまっても、2度目以降は強いアナフィラキシーショックを起こす可能性が非常に高いことも明らかになった。そのため今までほとんどC寄りのぎりぎりBレベルだったというのに、いきなり暫定Sに上げられるという緊急措置対応が取られ、本人は目を白黒させている。

 そして、チョップマンの『掌が大きくなる』能力。
 実は2度目であったため楓にコピーはされなかったものの、「お父さんの能力と似た感じがある」という彼女の証言から前ふたりのついでに調べてみれば、彼の能力は“掌限定のハンドレッドパワー”とも表現できるものだった。
 大きくなった手で車をひっくり返す程度は元々できていたため、パワーアップ現象があることは確認されていた。だが手が異様に大きくなるという見た目のインパクトと、人間が最も繊細に扱える“手”という部位であるがためにチョップマン自身がそのパワーを発揮しなかった、つまり能力制御がうまく行き過ぎていたために、そのパワーがきちんと測定されていなかったのだ。

 部位限定、そして手以外の部分は強化されないためにバランスをとるのが非常に難しい能力ではある。実際彼は巨大化した手を持て余して転倒したりもするので、間抜けなドジキャラ扱いされていた。
 しかしそういったデメリットと同時に、虎徹たちのハンドレットパワーと違い、彼の能力に時間制限などは特になく、体力気力が続く限り巨大な手を維持することができる、というメリットも存在するのだ。
 尊敬する先輩と同系の能力であったこと、また努力によって自在に扱えればヒーローとして活躍できる可能性はじゅうぶんある能力だとわかったことで、自虐体質の彼も非常にやる気を出し、改めて自分の能力を研究し使いこなそうと躍起になっている。
 アポロンメディアとしても、同じ能力同士をバディとして組ませたT&Bを看板ヒーローとしているだけに、同系の能力者が二部リーグとして存在しているのはキャッチーであるし、“ハンドレッド・ハンド”などと呼べば語呂もいい。今後の活躍によってはT&Bのサイドキック的なポジションとして扱うのもいいかもしれない、と好意的に受け止めている。
 ──手の能力なのにサイドキック、という微妙さもあるが、そこはどこか抜けているからこそ愛されるチョップマンという男の味であろう。

 このように同僚たちの能力の真実が次々に明らかになったせいで、楓の検査日当日は水族館での仕事のため協力できなかったボンベマンは、非常に残念がった。
 とはいえ、アポロンメディア二部リーグの中でも最も実用的な能力であると以前から認められ、水の街であるシュテルンビルトで水難救助の要として活躍し、最近は水族館でイメージキャラクターとして採用されて知名度も高まっている彼なので、「お前は今更いいだろう」と同僚たちにすげなくされていたが。

「なにかあるとは思ってたけど、私もびっくりした」
「新しいことがわかって、とても嬉しいとおっしゃっていました。楓にとても感謝していると」
「お礼は無茶苦茶言われたよ」

 実際に涙ぐんで土下座する勢いで礼を言われた楓は、少し引きつりつつ苦笑した。
 しかしそれほど感謝されたのは誇らしいことだし、自分の能力でできることがまたわかって、楓も嬉しかった。

「……あの掏摸の人にも、何か教えてあげられたら……」
「カエデ」
 ぼそりと呟いた楓の言葉を、ガブリエラは遮った。
「カエデ、それは、聖女のやることです」
 ひどく重たい、実感の篭った声だった。
「カエデはとてもいい子です。しかし、聖女ではない。なにより、私はカエデにそうあってほしくないです」

 “普通の人”でありながら、NEXT差別から路頭に迷い、付き合った人物に引きずられて罪を犯したと動機を語った彼に、その能力についての情報を教えてやれば。
 楓が手を差し伸べれば、自分の生き方や将来を掴むきっかけになり、彼の人生はより早く明るくなるかもしれない。しかしそれは、いち個人どころかまだ子供である楓が負うべきことではない。ガブリエラはそう考えていた。

「彼は捕まりました。法律では、ちゃんと罪を償えるようになっています。それ以上はすすんでやらなくてもいいはずです」
「……うん」
「どうしてもというなら、祈るといいです。気が済むなら懺悔も」
 ガブリエラは神の存在を感じたことなどいちどもないが、祈る時だけは神を仲介する“てい”でそれを行う。言い換えれば、祈るときにしか役に立たないのだから遠慮なく祈ってすっきりしてやる、という考え方でもあるが。
「そうだね。……ふふ、ギャビー、今のすごく師匠っぽい」
「そうですか?」
「夜の教会、きれいだった。また連れて行ってね」
「お安い御用ですよ」
 頷いて割り切った様子の楓に、ガブリエラはほっとした顔をした。

「しかし、楓の能力は、本当にすごいです。ひとりいちど限りというのがなければ、すごいヒーローになれる能力だとも思っていましたが……」
「うー、それカリーナにも言われたけど。ヒーローはちょっと」
「あはは。タイガーはとても反対していましたね」
 先程の雪合戦の時、メイプルキティの話を雑談としてしていたら、「ヒーローなんか絶対ダメ!!」と虎徹は本気で反対した。危ないから、つぶしがきかないから、と繰り返す虎徹に、全員が「お前が言うか」と思ったが。
 しかし楓自身、物事は立場や見方、考え方次第でどんなふうにもなるということをこの数日間で思い知ったせいか、自分の考え方を貫き正義を謳うヒーローになれる気はしなかった。

「ヒーローになるつもりはないけど……。でも、自分の能力で困っている人を助けられるのはいいよね」
「……それなら」
 数秒溜めて、ガブリエラは楓の耳元に顔を寄せると、密やかに言った。

「──サポート特化ヒーローはどうでしょう?」
「えっ」

 思わず楓がガブリエラを見ると、彼女は至近距離で、目を細めてにやりと笑っていた。
「ね、ね、いいと思うのです。サポート特化ヒーローは未だに私ひとりです。私も後輩がほしいです。いい考えではないでしょうか!」
「え、ええ〜……」
「悪者をやっつけるのはできませんが、困っている人を助ける簡単なお仕事です!」
「簡単ではないと思うけど」
「いいですよ、サポート特化ヒーロー! 犯人を確保しなくてもいい! 事件がなくてもお仕事がある! お給料がもらいやすい!」
「うっ、それはいいかも……」
 現実的な面からプローチしてくるガブリエラに、楓は若干揺らいだ。

「スモウサンダーさんとMs.バイオレットさんにも、実は期待しているのですが」
「確かに、今回わかった能力だとサポート向きっぽいよね」
「特にスモウサンダーさんの清めの塩は良い、とケルビムでも言っていたのです」
 事故現場の衛生を即座に整えられるのは素晴らしい。スモウサンダーは腕力もあるし、人好きのする穏やかな性格なので、救助や介護に向いている。ぜひ怪我人の救助に特化して活躍すべきだ、というのが現在の評価だった。

「うーん……こないだは、シスリー先生に“NEXT医学のお医者さんになるのはどう?”って勧められたんだよね」
「えっ、そうなのですか」
「私の能力があれば、自分がどういう能力かわからないとか、制御ができないとかで困ってる人の力になれるから、って」

 シスリー医師は医者としての知識と、カウンセラーとして患者の心に寄り添うことで原因を究明し、治療にあたっている。
 しかし楓の“NEXT能力の解析とコピー”の能力があれば、その点が一気に省略される上、しかも迅速かつ確実である。医学的な知識もきちんと身につければ、更にスピーディーに問題を解決することができるようになるだろう。

「むむむ、むむ、それは確かに。そういうお医者さんがいれば、とても頼りになると思います。しかし、しかし、むむむ」
「……でもサポート特化ヒーローも、悪くはないかな」
「そうですか!? そうでしょう!」
「うーん。候補のひとつとして考えとくね」
「ぜひ!!」

 力強く頷くガブリエラに、楓も微笑んだ。




「あ、そうだ。貰ったピアス、卒業したらあけるね」

 能力が制御できるようになった楓に、ガブリエラは師匠からの祝いとして、ピアスを贈っている。海の向こうの貝を花の形に象ったピアスは、白地に清楚な虹色の輝きをもって可愛らしい。
 楓はその贈り物を喜び、すぐにピアスホールをあけたがった。しかしまだ少し通うかもしれない小学校がピアス禁止であることと、虎徹が「楓がアンジェラのとこでちょっと不良に!」と喚くので、とりあえず見送ったのだ。
 “ガブリエラに預ける”という、いわゆる可愛い子には旅をさせるというやり方においてかなりハードルの高いことをやりきった虎徹は、その反動か現在過保護に拍車がかかっている部分がある。それがヒーローになることや、ピアスに反対する過剰反応として発露しているのだ。
 しかしピアスに関しては安寿が「綺麗だねえ、これは着けなきゃね」とあっさり言い、村正は「今時ピアスぐらい普通だろう」とコメントし、ついでにバーナビーも「絶対に似合いますよ」とにっこり褒めたため、圧倒的多数決の勝利によって、楓は卒業後にピアスを開けることが決まったのだった。

「念のため、病院であけたほうがいいですよ」
「うん」
「様子を見て、私の能力ですぐ固められるようならしましょうか」
「うん! あ、スケートも行こうね」
「はい」
「いつか、オリエンタルタウンにも来てね」
「ぜひ。ムラマサさんに頂いたお酒、とてもおいしかったです。注文しますね」
 へらり、とガブリエラは笑った。
 緩みきった幸せそうな笑みには、暗いものなどどこにもない。この年齢で、これだけ苛烈な人生を送ってなおこうしてへらへらと笑えるガブリエラを、楓は彼女の能力を体験してなお理解できない。

 だが楓は、彼女をもっと好きになった。
 想像もつかない遠い場所からやってきた、冒険譚の中の少年のようであり、ひとりの男を命懸けで愛する大人の女でもあり、聖女や天使のようでいて、自由で優しい犬のような彼女。12歳の楓に、新しい世界を見せてくれた人。

 また彼女が“師匠”になってくれるのなら、サポート特化ヒーローになるのも悪くないかもしれないと思う。しかし楓は勉強もできるし、医者になったほうがこの能力をより活かせる気もする。

 将来の夢。
 卒業文集に書く予定のそのテーマについて、今まで楓は全く想像がつかなかった。能力を持て余していた頃は、まさに“お先真っ暗”とさえ感じていた。
 しかしこうして自分自身と能力を受け入れた今、目の前は明るく輝き、そして選びきれないほど多彩で、わくわくするような未来が広がっている。

 しかしまずは今日卒業文集をやっつけて、アカデミーのカリキュラムをちゃんと確認する。必要なものを見極めて、必要なら勉強もする。クラスメイトにも、どれだけ理解されるかわからないが、説明だけはしておくことにした。アカデミーに通う時、今の虎徹の部屋から通うか、寮に入るかも相談しなければならない。
 何もかも、まずやれるところから具体的にすること。非常にしっかり者な少女は、その教えと習慣を確実に身に着けつつあった。

 冒険の先にあったのは、更なる冒険。
 楓は高鳴る胸を抱えながら、見果てぬ未来にまた1歩踏み出そうとしていた。

「……大人になったら」

 あの素敵な香りのお酒を、おいしいと思えるようになるといいな。
 正真正銘ただ甘いココアをすすりながら、楓はそっと呟いた。
★メイプルキティの冒険★
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BY 餡子郎
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