#009
言うなれば、複雑にピースが絡んだジェンガの、必ずタワーが崩れるピースを抜いたようなものだ。
調査の結果、鉄骨のせいでの崩落ではあるが、しかし瓦礫はその鉄骨に支えられてそれ以上の崩落を防いでいる、という状態でもあることが確認された。
そのため鉄骨を安易に動かすことはできず、そもそもタイガー&バーナビーのハンドレッドパワーでも抜けない程深々と突き刺さっている。こんなものを力づくで抜いてしまったら、確実に周囲が大惨事。
──だが、抜けなくとも、更に埋めることなら?
集まった二部リーグヒーローや一般能力者たちの力と技術者たちによって、崩落した瓦礫と鉄骨の位置を精密に把握した上で、ブルーローズの氷で要所を凍らせ、タイガー&バーナビーやロックバイソンが、余計な瓦礫を除去。ケーブルが千切れて暴れまわる電気はドラゴンキッドが制御し、二次災害を防ぐ。
さらに、かつて一時的にシュテルンビルトで活躍した外部エリアのヒーロー・ゴールデンライアンを急遽招集。空港到着と同時にポーターでヒーロースーツを装着、スカイハイが迎えに行き、ダイレクトに現場に直行。
そして、彼の重力操作の能力で、鉄骨を1本、完全に地中に埋めてしまう。
この鉄骨がなくなれば、埋まった列車の片側部分が崩落すると、技術者たちは何度もシミュレーションを重ねて結論づけた。そして隣の路線の空洞が瓦礫を飲み込み、埋まった車両が出てくるはず、というのが彼らの主張で、そしてそれは正確であった。
「うおっ、とっとォ!!」
「空が見えればこちらのもの! スカァアアアアイ、ハァァアアアイ!!」
大規模な崩落による粉塵を、スカイハイがすかさず空に巻き上げる。それによって視界がクリアになり、また粉塵による被害も防ぐことになった。ついでに、崩落に巻き込まれかけたゴールデンライアンも共に救出する。
さらにブルーローズが飛び出してきて、崩れそうなところを氷で固めていく。
「──列車が見えました! おお、上空から見ても絶妙に瓦礫が崩れているのがわかります! まるで崩壊寸前のジェンガのよう! かなりヒヤヒヤする状況ですね」
HERO TVのヘリから、名物実況アナウンサー・マリオが実況する。
事故当初からずっと、HERO TVはこの事故に付きっきりだった。ひとつの事件をこんなに長く放送するのは、かなり珍しい。それほどの大事故だった。
誰もが、この事故に注目している。そしてそれは、ホワイトアンジェラとの無線通信の生中継、そして潜入した折紙サイクロンが身につけた小型カメラで撮影された彼女の姿や行動が放送されてからというもの、爆発的なものになっていた。
“──天使を助けて!”
被災者である乗客たちの声が、市民たちに強烈に伝わったのだ。
鈍感な市民たちにとっても、若い娘が文字通り身を削り、生き埋めになった暗闇の中、たったひとりで見知らぬ人々を救おうとする姿は、あらゆる意味でショッキングな映像だったようである。
今や誰もが彼女を応援し、彼女の名前を知らない者はいない。涙を流し、彼女を聖者だ、天使だ、本当のヒーローだと讃えながら、彼女の無事を祈っている。今更になって、彼女の特番動画がサーバーが落ちるほど閲覧されていた。
「結局、これぐらいしないと、伝わらないのよね」
狂ったような視聴率を見ながら、アニエスが重たい声で言った。「やっぱりインパクトが大事よ」と。
沢山の人に情報を伝えるためのメディアだが、テレビを通すことで現実味は薄れ、共感や同情は芽生えにくくなってしまう。“民衆”という、他人の痛みに鈍感になった残酷な集合意識に、統一された、そして強い感情を芽生えさせるには、ショッキングな映像であればあるほどやりやすい。情報論やら心理学などではなく、アニエスは単に経験によってそれを知っていた。
「ゴールデン君! 私は粉塵を海まで捨ててくる! ひと足先に救助を頼むよ!」
「へいへい」
人使いの荒いこって、と言いつつ、ゴールデンライアンは上空のスカイハイに言われる前に、既に駆け出していた。スカイハイが粉塵を巻き上げてくれたおかげで、視界はクリアだ。半分埋まった列車の車両がよく見える。
2両目から後ろの車両は、瓦礫によって完全に潰れていた。ぞっとするが、折紙サイクロンと連携を取り、乗客はひとり残らず、あの唯一無事な先頭車両に集められているはずだ。粉塵と埃で窓が真っ白になっていて乗客の姿が視認できないが、普段見切れだ何だとやっているが決めるところは決める折紙サイクロンなら、ヘマはするまい。
「おーい、無事かァ!? ゴールデンライアン様が来たぜー、って、うぉお!?」
ドンドンと車両のドアを叩けば、ガタガタという音とともにたくさんの指がドアの隙間から出てきて、ゴールデンライアンが思わずのけぞった。ボロボロの電車のドアから、老若男女のたくさんの指、しかも汚れたものや、時に乾いた血まみれの手が一斉に出てくるのは、かなりホラーな様相だった。
人海戦術で、ドアが割とあっさりと開く。我も我もと乗客が飛び出してくるかと思えば、しかしそれは違った。僅かに皆やつれてはいるし、今の崩落によって軽い怪我をした者はいるがまだ体力の有りそうな乗客たちが、全員で、毛布に包まれた何かをそろそろと丁寧に、しかし素早く運び出してくるのだ。
「ヒーロー、助けて!」
「え、ああハイハイ。助けに来ましたって」
女性の悲痛な声に、ぽかんとしていたゴールデンライアンは一歩足を進める。
「違う! 俺達じゃない!」
「アンジェラを、アンジェラを助けて!」
「死んでしまうわ! 早く!」
「お、お?」
大勢の手で運ばれてきた毛布の塊を、彼は反射的に両腕で受け取った。
──が、軽い。
(何だこりゃ)
疑問符を浮かべていたゴールデンライアンだったが、毛布からちらりと見えたものにぎょっとして、マスクの下で目を見開く。
大事そうに毛布に包まれたそれは、人だった。
大きさからして子供ではなさそうだが、あり得ないほど軽い。そして見えたのは顎や首、肩のあたりだけだったが、死体、しかもミイラではないのかというほどの様相だ。痩せているというレベルではない。筋肉も脂肪もなく、肌が直接骨に張り付いているかのようだ。
「おい生きてんのかこれ、……うぉお生きてる! マジかよ!」
ほんの僅かに動く胸と、ひゅうひゅうとか細く聞こえる呼吸音に、ゴールデンライアンは声を上げ、生きているのが信じられないその体を、慎重に抱え直した。下手に扱うと、なんだか崩れて元に戻らなくなりそうで恐ろしい。
「ライアン殿! アンジェラ殿を、頼む! 早くレスキューに!」
「おう、任せろ」
しかし、切り替えの早い彼は折紙サイクロンの引き攣れた声に従い、すぐにそのままレスキューのところまで向かった。瓦礫の向こうに、けたたましいサイレンと赤いランプがよく見える。
「おーい、生きてるか? 死ぬなよ、えーと、ホワイトアンジェラ。……そういや、俺となんか名前似てんな」
ゴールデンライアン、ホワイトアンジェラ。ともに、イメージカラーでもある色と、名前の組み合わせだ。自分と同じように、本名もアンジェラとかホワイトなのだろうか、と彼はぼんやり思う。
「あ……」
「おっ? 意識あんのか、スゲーな。もうちょっとだ、頑張れ」
「きらきら……」
えらい可愛らしい声だな、と、場違いにも彼は思った。甘い声だ。しかし、女性らしい甘さという感じではない。まるで子供時代に吸った花の蜜のように、清涼で飾り気のない甘さ。中性的で、それでいてどこか幼く、声変わり前の少年を思わせる声。
「おうよ、キラキラっぷりなら負けねえぜ? ゴールデンライアンだ。さすらいの重力王子、ってな。バカンス中だったってのに、あんたのためにジェットで直行だ。感謝しろよ」
「王子……」
ふふ、と、甘い声が笑ったのが僅かに聞こえる。元々特徴的な声である上に、本人が死にかけているせいだろうか。彼の背に、ぞくりと妙な痺れが走った。
「天使、……かと、おもった……」
レスキューの所までたどり着こうかという時、彼女はそう言ったきり、また意識を失ったようだった。
ゴールデンライアンは、鬼気迫った様子のレスキュー隊員が持ってきた担架に彼女を乗せ、遠ざかっていく彼女を見る。
「……いやいや。天使はあんただろ」
朦朧とする中見たヒーロースーツがキラキラしていたからか、それとも羽のパーツのせいか。いや単に俺が天上レベルのイケメンだからか、と彼は考え、いやマスクしてたしな、と、不思議そうにフェイスガードを跳ね上げた。