#006
「おはよう! そしておはよう折紙君! バイソン君!」
「おはようございます、スカイハイさん」
「うっす、おはよう」

 ジャスティスタワー内。一部リーグヒーローたちが集まる、トレーニングセンターにて。
 いつも通り朗らかかつ大きな挨拶をしてきたスカイハイことキース・グッドマンに、折紙サイクロンことイワン・カレリン、そしてロックバイソンことアントニオ・ロペスも、穏やかな挨拶を返した。

「君たち、先日の『ぼくらのヒーロー』拡大版を観たかい!?」
「ええ、観ました。僕、深夜枠の頃からあのコーナー大好きなんですけど、今回は凄かったですね」
「俺もあのコーナー好きだぜ! いやあ、あれは凄かった」
「ホワイトアンジェラ! あんなヒーローがいるなど、私は知らなかった! そして知らなかった!」
 ずいぶん興奮しているようで、キースはきらきらした青い目をさらに煌めかせて言った。
「怪我を治すなんて、すばらしい!」
「本当に。あんなヒーローもいるんですね。僕もどちらかというとサポートに向いた能力なので、戦う能力がなくてもあんなに人に感謝されているのを見ると、勇気づけられます」
「そうだね。私達も、彼女にそう思ってもらえるよう頑張らなければ」
 キースが、うんうんと頷きながら言った。
「はあ。まあスカイハイさんはともかく、僕は」
「む? 何がだい?」
 まったくもって本気で不思議そうに首を傾げているキースに、ネガティブに俯いていたイワンはきょとんとし、数秒してから、照れたような顔になった。

「……そうですね。頑張ります。僕もヒーローですからね」
「私も精進しよう!」
「俺達も頑張らねーとな、腐っても一部リーグとして!」
「おっ、何だ何だ、楽しそうだな」
 せっかくの長い脚をガニ股にしてトレーニングルームに入ってきたのは、虎徹である。「おはよう、ワイルド君!」「おはようございます、タイガーさん」「おう、虎徹」という3人の挨拶に「うっす」と実におっさんくさく返し、虎徹はまるで銭湯にでも来たかのように、首に巻いたタオルをかけ直した。

「で、何の話だよ」
「この間の『ぼくらのヒーロー』の話です」
「おっ! ホワイトアンジェラだろ!? 見た見た! 俺、本人に会ったことあるからさ〜。感動もひとしおっていうか」
「本当かいワイルド君!」
「おう」
 目をきらきらさせるキースに対し、虎徹はなぜか得意げな顔で特徴的な顎髭に手を添えた。
「素もあのまんまだったぜ。若いのに礼儀正しくてさ〜」
 おじさんついドーナツおごっちゃったよ、とからからと笑う虎徹に、アントニオが「お前、若い娘に対してもそういう軽いノリだからブルーローズにもウザがられんだぞ」と呆れた目をした。
「うっせーよ、アントニオ!」
「ホワイトアンジェラと面識があるんですか。あ、タイガーさんは二部リーグのメンバーと親しいですもんね」
「いや、名前も知らなかったぜ、最初は」
「そうなんですか?」
 イワンが、きょとんとした。

「そーそー、本人に聞いたんだけどよ。事件が起こった時は俺らみたいに犯人を追いかけるんじゃなくて救護班とか怪我人の所に直行するから、他のヒーローとは会う機会が全然ないって言ってたぜ。カメラもめったに来ないから、テレビにもほぼ映らねえらしい。だから知名度なかったんだな。病院関係とかレスキューにはむしろ有名らしいんだけど」
「なるほど」
 キースが、納得した様子で頷く。
「そうだったんですね。あの番組のあと、僕ホワイトアンジェラについてネットでかなり探したんですけど、ケア・サポートの会社のサイトはもうなくなってるし、本人もSNSもブログも何もやってなくて……。彼女に助けられた人たちが報告し合う掲示板のスレッドのログはいくつか見つけたんですけど、なぜかすぐ落ちてほとんど見れなくなってて」
「そうなの?」
 イワンがぼそぼそと言ったそれに、虎徹をはじめあまりネットに強くない面々は、きょとんと首を傾げた。

「しっかし、ああいうヒーロー、いいよなあ。なんつーの? なんかもうこれ以上ない人助けだろ。いや犯人捕まえるとかそういうのももちろん大事だけど、ホワイトアンジェラみたいなのが真の人助けじゃねえのかなーとか思うよな〜」
「確かに……それは思いますね」
「だよなー」
 真剣な顔で頷くイワンに、虎徹も頷き返した。

「でもホワイトアンジェラの会社、なくなってしまったんですよね」
「残念だ、実に残念だ。新しく名乗り出る企業がいればいいのだが……」
 イワンとキースが、しょんぼりと言う。ホワイトアンジェラをヒーローとして抱えていた企業がなくなり、彼女が現在フリーであること、それゆえに主に病院を回ってボランティア活動を行っていることなどが番組で放送されていた。
 しかしあくまで個人でのボランティアであるため、やれることには限度がある。彼女を再度ヒーローとして活躍させてくれる企業・スポンサーを募集しています! という最後の投げかけに反応してくれる企業がいればいいのだが、と、4人は強く頷きあう。
「それにしたって、完全にボランティアだろ? たったひとりでもヒーローとして活動しようってのが偉いよなあ。なかなかできることじゃねえぞ」
 アントニオが、感心しきり、といった様子で言う。
「本当だよ。ああいうヒーローこそ、もっと評価されてほしいよなあ……」
 ぼんやりとそう言った虎徹の肩を、アントニオがばしんと叩いた。






「──どうしてよ!!」

 アニエスは髪を振り乱し、会議机に手のひらを思い切り叩きつけた。
「うーん……反応イマイチですねえ。悪くはないんですが」
 困った顔で、ケインが頭を掻く。

 二部リーグヒーローを紹介する『ぼくらのヒーロー』の特別拡大版として放送されたホワイトアンジェラの特集は、それなりに話題になった。──が、あくまで、それなりでしかなかった。
 少なくとも、期待していた“人気爆発”とか“ブーム”には程遠い反応。いつもの地域密着型ヒーローやネタヒーローに比べると、かなり有用な能力の二部リーグヒーロー、という評価ではある。また折紙サイクロンがブログで熱心に紹介したこともあり、ネット内の巨大掲示板などではなかなかに絶賛されていたが、逆に言えばそれだけである。

「うーん、地道な活動は素晴らしいんですが……インパクトが足りないんですかね」
「そうよ! それなのよ! やっぱり地味なの!!」
 ケインのコメントに、アニエスは再度机を叩いた。
「アンジェラが救助した一般人は、これでもかと彼女を褒め称えて感謝してる。でもそれが視聴者に伝わらないのよ!」
「人間って、他人の痛みに鈍感なんですねえ」
「悲しいもんがあるなあ」
 まさに悲しげな声でそう言ったのは、HERO TVのスイッチャーであるメアリー・ローズと、カメラマンのオーランド・クーパーである。
 今回のホワイトアンジェラの特集にて、メアリーは過去映像の編集などにも関わり、オーランドは実際に病院でのボランティアで能力を行うホワイトアンジェラについていって撮影した。つまりホワイトアンジェラの存在と活動、またその能力を間近で見ることになった彼らはいたく感動しており、今回の結果をとても残念がっていた。

「あー……。自分の怪我も治してくれとか、専属エステティシャンに、って依頼は結構あるみたいですけど」
「欲の皮の張った奴らしかいないの!?」
 きーっ! と、色っぽい唇の間から白い歯をむき出しにして、アニエスはヒステリックな声を出した。彼女が散々「視聴率!」「私の評価もこれで変わるわね!」と言っていたことについては、ケインはそっと流しておいた。






(テレビ、すごい)

 最下層であるブロンズステージにしかないメトロに揺られながら、ガブリエラはそんなことを思っていた。中途半端な時間のメトロに人はほとんどおらず、空席ばかりだ。ガブリエラは、降車駅の出入り口近くになる先頭列車の、更にいちばん前の席に座っていた。

 アニエスや周囲の人々の反応に対し、本人はといえばこの通り、残念とも、悔しいとも、悲しいとも思っていない。

 実はヒーローというものは、その活動によって救助した相手から金銭を受け取ってはいけない、ということになっている。これは法律で決まっており、もし金銭を受け取ったことが発覚すれば処罰もあり得る。
 事件の犯人を捕まえたり、災害救助をしたり、ホワイトアンジェラのような怪我の治療など、ヒーローが行う“市民救助”のすべてはボランティアでなくてはいけないし、それでこそヒーローはヒーロー足り得るからだ。
 そのためヒーローは企業に所属し、その企業の宣伝やイメージアップ、大企業であればスポンサーの広告も請け負うことで、広報活動担当のサラリーマンとしての固定給を貰って生活する。一部リーグヒーローならば芸能人としての顔も持つことになり、広告塔として非常に大きな役割を持つ、というわけだ。
 HERO TVで活躍し、ランキングの上位に入ればその効果はより高まるし、株価にも大きく影響する。またこの点で、ランキングが低くても見切れによるスポンサーロゴアピールが素晴らしい折紙サイクロンは、所属企業のヘリペリデスファイナンスに重用されているのだ。──最近は、彼もまたヒーローとして、見切れだけでなく活躍するようになっているが。

 その点、通常メディアに映らない二部リーグヒーローの収入はあまり高くない。他の普通の社員と同額であれば良い方で、やや低い場合が一般的だ。
 それどころか正社員ではなく更新式の契約社員である場合も多く、その場合ほとんどが時給制である。事件が起こって召集がかかると、彼らはタイムカードを押して出動する。事件が起こらなければ無給となってしまうのでダブルワークが必須だが、突然のヒーローとしての呼び出しに仕事を抜けても都合がつく副業というと、また限られてくる。
 ちなみにケア・サポートでのホワイトアンジェラの待遇は正社員雇用、給与は普通の社員と同等な上、能力の素になるカロリーバーやサプリのいくつかは経費で落としてもらえ、ストラップ1種類だけとはいえ、キャラクターグッズも作ってもらえていた。
 しかもお菓子ボックスの月極契約を取ってきたりストラップが売れたりすると報奨金が貰えるという、二部リーグとしては破格の待遇。すべてはシンディのおかげだが、その高待遇は、社長が変なキャラクターに固執するわがままなワンマン男であることも些細な問題にしてくれた。

 こういう業界であるため、所属企業を失ってしまった場合は正真正銘の無給、純粋なるボランティア、奉仕活動としてのヒーロー活動しかできなくなってしまうわけだが、これもまた少し難しいところがある。
 なぜなら会社という後ろ盾があるというのは、信用が置けるということでもあるからだ。どこの誰だかわからない個人のボランティアより、司法局の認可がおりた免許を持ち、この会社のこういう者ですと会社の連絡先の書かれた名刺を渡してくるボランティアのほうが信用できるのは、どの界隈でも同じことだ。

 しかしテレビで放映されたことによってそれなりに一般的な知名度を得られたホワイトアンジェラは、病院でのボランティア活動を積極的に受け入れてもらえるようになった。
 テレビを観てくれた人は、いつものようにいちいち説明しなくてもホワイトアンジェラのことを知っていて、よく来てくれたと歓迎してもくれる。

 しかも、怪我を治すその能力のために豊富なカロリー摂取が必要であることも番組で紹介されたため、病院側や、能力を使った人たちがお礼とばかりにたくさんの食べ物を差し入れてくれるようになった。
 ヒーローは報酬として金銭を受け取ってはいけないが、お礼、差し入れ、ファンからの応援としての食べ物ならば、ややグレーだがセーフである。おかげで、カロリーバー貧乏になることは避けられた。
 ──とはいっても家賃や光熱費は稼がないとならないので、結局近所のファストフード店でアルバイトをしているのだが。

 それでも以前のように延々同じカロリーバーを食べるより、お見舞い品の横流しである少し高級なお菓子や缶詰、果物、あるいは食券などを貰ったほうがおいしいものが食べられるし、栄養的にもいい。手作りのお菓子や弁当をわざわざ振る舞ってくれる人もいて、ガブリエラは感動した。
 それに事件が起こった時だけ呼び出されるより、コンスタントに病院に訪問したほうが、助けられる人は多い。今まで現場で接したことのあるスタッフたちは非常に親切にしてくれるし、病院なら専門医がいて設備も万全なので、適切に能力を使える。これはこれでいいスタイルなのではないだろうか、とガブリエラは感じていた。

 ──視聴率がイマイチだったことについては、アニエスに申し訳ないと思うが。

 そして今日もガブリエラは、賞味期限の近いお見舞い品を片っ端から食べ尽くし、バイト先のありったけの廃棄バーガーを食べ、1カップ1800キロカロリーはあるチョコレートシェイクを3杯飲み、さらにカロリーバーとホワイトアンジェラの衣装を持って、やる気満々で病院に向かう途中である。今回は駐車場代より電車賃のほうが安くついたので、バイクは置いてきた。
 この生活が続くようなら病院の近くに引っ越して、バイトもそこで見つけたほうがいいだろうか。そんなことをガブリエラが思っていた、その時。



 ──轟音。



「きゃあああああ!」
「なっ、何!?」
「何だ!? 何が起きた!?」

 座席から転がり落ちるほどの揺れと轟音、さらに一斉に電気が消えたことで、車内がパニックになる。ガブリエラも驚いたが、座席についたバーを掴むことで転倒は免れた。
「なに……?」
 真っ暗で、何も見えない。しかし揺れと轟音はそれ以上続くこともなく、そして同時に、列車はピクリとも動かなくなった。ざわざわと車内の人々が動揺を露わにする中、最前列に座っていたガブリエラのすぐ前の扉から、運転手が大きな非常用ライトを持って運転席から出てきた。

「運転手です! 皆さん、どうか落ち着いて。現在ネットワークは遮断されているようですが、無線を繋ぎます。それまでお待ち下さい」

 何度も同じことを繰り返しながら、運転手が車内中央通路を歩いて行く。そしてきびきびと歩いて行った彼は、やがて暗闇でもわかる切羽詰まった様子で、小走りに戻ってきた。
「──誰か! 誰か、お医者様はいらっしゃいませんか!」
「どうしたのですか」
 ひどく焦った様子の彼に、ガブリエラはつい話しかけた。
「大怪我をした方がいて……!」
「私が行きます」
「えっ、お、お医者様……ですか?」
 すっくと立ち上がったガブリエラに、運転手は混乱したようだった。それもそうだろう。ガブリエラは一見、男か女かもよくわからない、貧乏臭いパンクロッカーにしか見えないのだから。
 ガブリエラはお菓子の紙袋から、犬耳付きの白いベール頭巾、サングラスを取り出し、素早く被った。この暗闇でサングラス、しかもボロボロのダメージジーンズに着古したTシャツと上着という服装でのヒーロースタイルは滑稽だったが、それを気にしている場合ではない。

「私は、二部リーグの」
「──ホワイトアンジェラだ!」
 近くにいた若者が、声を上げた。その声が意外に大きかったせいか、「ホワイトアンジェラ?」「この間の特番の……」「怪我を治すNEXTだろ?」という声が聞こえ始める。
 彼らの反応に、テレビに出ておいて本当に良かった、とガブリエラは改めて思った。
「私は、怪我を治すことのできるNEXTです。お役に立てます」
「こちらへ!」
 他の乗客の反応で嘘ではないと判断したらしい運転手は、小走りにガブリエラを案内する。そしていくつか車両を移動すると、ドア付近に倒れている男性と、それを囲む数人の人々が見えた。

「二部リーグの、ホワイトアンジェラです。怪我を治すことができます。ご安心ください」
 非常時、また痛みでパニックを起こしている怪我人に接する時、なるべく端的に話したほうが伝わりやすい。経験則でそれを知っているガブリエラは、すぐにしゃがみ込み、確実に聞こえる男性の耳元で言った。
 すると男性も理解したのか、ふっと息を吐き、小さく頷いてみせた。
「怪我をした場所はどこですか」
「う……脚……」
「脚ですね。ライトをお願いします」
 ガブリエラの指示に従い、運転手が男性の脚にライトを向ける。すると血でぐしゃぐしゃになった、破れたスラックスが絡まる脚が見えた。誰かが応急手当をしたのか、スーツの上着が太ももにきつく縛り付けられているが、かなり出血が多い。怪我をした瞬間に飛び散ったらしく、そこら中に盛大な血の跡があった。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい。私のトランクが飛んでいって、金具が」
 泣いているのか、震えた声で「ごめんなさい」を繰り返すのは、ひらひらした、いわゆるゴシックロリータと呼ばれる服を着た女性だった。近くには、中身が空でも重たそうな、凝った装飾のトランクがある。なるほど、あれで怪我をしたらしい。

 患部を正しく確認するため、ガブリエラは血まみれのスラックスをたくし上げる。迷彩柄の上着に血が染み付くが、気にしてはいられない。
「……骨折ではありません。よかった。治せます」
 患部を確認したガブリエラは、ホッとした。骨折ならば歪んだ骨の位置を直してから能力を使わないと、変な方向にくっついて取り返しがつかなくなる。しかし、ただの裂傷であればいくら肉が刮げていても問題ない。ガブリエラは男性の脚に手をかざし、能力を発動させた。
 青白い光が真っ暗な車内の中でやけに眩しく輝くのを、人々が半ば呆然と見つめている。

「……はい、治ったはずです。いかがですか」
「え? ……ああ! 痛くない! 傷、あっ」
「すごい! 治ってる!」
「よかった……!」
 目を白黒させている本人の周りで、驚きの声が上がる。血だまりの中で、それを作ったはずのひどい裂傷は、跡形もなく消えてしまっていた。
「よかった……よかった……」
 トランクの持ち主である女性が、安心したのか、ぐすぐすと本格的に泣きだす。ガブリエラは彼女にそっと近づき、声をかけた。
「あなたは大丈夫ですか? 怪我は?」
「えっと、ちょっとぶつけただけ……あ、痛っ」
「……大きなコブができています。治しますが、頭なので、後できちんと病院に行ってください」
「はい……」
 彼女のコブが綺麗に治ると、脚に怪我をした男性が「大丈夫ですか」とおずおずと話しかけてくる。
 再度ごめんなさいと謝罪を繰り返す女性の声と、いやいやこんなことが起きるとはわからないから、と返す男性の声を暗闇の中で聞きながら、ガブリエラは人知れず、僅かに笑った。

 ──困っている人を助けなさい。愛をもってです。
 ──たとえ自分の身を削ってもです、ガブリエラ。
 ──あなたには、その力があります。

 母がこう言うので、ガブリエラは人を助けはじめた。
 それが正しいと思ったからではない。そうしないと母はガブリエラを褒めてくれるどころか存在を認めることすらなく、もっと現実的なことを言えば食事をくれなかったからだ。

 だがこの能力を得てから、ガブリエラは足りない頭で考え続けてきた。人を助けるとはどういうことなのか。
 そんな時、テレビもろくに見られない環境の中、初めて外の世界を知るツールとして手に入れたラジオから、ガブリエラはヒーローのことを知った。音しか聞こえないのに、その存在は鮮烈で、輝いていて、憧れるに充分だった。
 ガブリエラが考えるに、ヒーローとはひとことで言えば、“悪者をやっつけて、困っている人を助ける”存在だ。しかし痩せっぽちで頭も悪いガブリエラには、困っている人を助ける力はあっても、悪者をやっつける力はない。一部リーグのような、クライム・ヒーローには到底なれない。

 しかしこうして怪我が治ることで、人と人は争わなくなる。誰も病気も怪我もしておらず、おなかも満たされて幸福であれば、彼らの中に“悪者”はいなくなる。
 ガブリエラは、答えを出した。だからこそ自分は、この力を使うのだと。人を助けるのだと。だからこそ、誰よりも人を助けられるからこそ、自分は“悪者をやっつけて、困っている人を助ける”、憧れ続けてきたヒーロー足り得るのだと。

「私はヒーロー」

 ただ生きている免罪符を得るためでなく、食べ物を得るためでも、報酬を得るためでもない。ましてや、母に言われたからでもない。己がやりたいからやるのだとガブリエラは確信し、声を張り上げた。

「私は怪我を治せるNEXT、ホワイトアンジェラです! 怪我をした人はいませんか!」
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BY 餡子郎
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