#004
《──次のニュースです。航空宇宙研究所オピュクスが開発を進めている、宇宙探査機シャイニングスターの──》

「おっ、きなこ味うまいな」
「キナコ……原料はソイ・ビーン? タンパク質も豊富ですしヘルシーでいいですね」

 そして翌日。
 ガブリエラからの謝礼のひとつであるきなこフレーバーのカロリーバーをコーヒーブレイクのお供にかじりながら、虎徹とバーナビーは、自社、アポロンメディアのオフィスにいた。
 壁にかけてある液晶テレビからは、ヒーローの出番が無いタイプのニュースが流れている。イベントの開催、株価の変動、今日の天気、今日のにゃんこ、わんこ。

「いやあ、それにしても、昨日はびっくりした。あんなヒーローもいるんだなあ」
「ええ……。驚きましたし、正直なところ感動しました。彼女は正真正銘、自分を削って人を助けている。なかなかできることではありません」
「そう! それ!」
 パチン、と虎徹が指を鳴らして同意した。それが言いたかったんだよ、と頷いている。
「あのドクターが、聖人と言っていたのも理解できますね」
「ガリガリに痩せてたのも、あの能力のせいか」
「おそらくは。昨日食べていたカロリーバーだけでもかなりの摂取量でしたけど、彼女はそれを消費しきって、自分の栄養まで人に与えている。それであの身体なのでしょう」
「……そこはもうちょっと、自分を大事にしてもらいたい所だけど」
「ええ。それは僕もそう思います」
「いい子だったしな」
「ちょっとぼんやりした感じですが、礼儀正しくてきちんとした方でしたね。ああいう社会人としての常識のある方は好感が持てます」
 連絡先聞いとけばよかったなあ、などと言いつつ、ふたりはコーヒーを飲む。

《ただいま入ってきたニュースです。サプリメントなどの第二医薬品を主に扱う、株式会社ケア・サポートが、脱税及び違法薬品取扱の容疑で摘発されました。詳細は現在も調査中です》

「……えっ」

 声を上げたのは、バーナビーである。虎徹も目を丸くしていた。
 いつもなら、ふうん、と言って流すだろう、あまり良く知らない中堅の会社の摘発ニュース。しかしその社名に、ふたりはこれでもかと覚えがあった。
「おいおい……」
 呆然とした様子の声を上げた虎徹は、ポケットに入りっぱなしになっていた、ウェットティッシュの包装を取り出す。
「マジかよ」
 適当な開封のせいで、マッチョ君とやらのキャラクターの首がちぎれた包装。そこには、“ケア・サポート”の文字と連絡先が印字されていた。






「あら、まあ」

 そして所変わって、ヘリオスエナジー自社ビル最上階。
 高級感溢れる、そしてセンスも溢れるオフィスインテリアに囲まれたネイサン・シーモアは、ラップトップに表示されたニュースに目を細め、完璧に整えられた眉を僅かに寄せた後、携帯電話端末を手に取る。
 一流サロンで整えられた爪先の長い指が、素早くダイヤル操作を行った。

「──ハロー、アニエス。ちょっと話があるんだけど。……ええ、もちろん、あなたにとって悪い話じゃないわ?」
 革張りの椅子に体重を預けながら、ネイサンは優美に脚を組み替える。
「ヒーローのイメージアップに、これでもかと貢献できる美談も美談よ。もしかしたら、ちょっとしたブームになったりしちゃうかも」

 詳しく聞くわ、というアニエスの声に、ネイサンは、新色のルージュが乗った唇を吊り上げた。








 結局、ケア・サポートは、脱税及び違法薬物取り扱いを行っていたことが明らかとなり、営業停止となった。
 脱税を行っていたのは、社長。違法薬物──勃起不全の治療薬──を卸していたのは、専務である。おまけに、それとは別件でアルバイトの男性がドラッグの運び屋をやっていて、ケア・サポートの流通がそれに利用されていた。

 しかしガブリエラにとって、彼らがこの後どういう刑を受けるのかなどはどうでもいいことだった。
 重要なのは、会社がなくなることによって、ガブリエラの職もなくなること。そして、ヒーローを続けられなくなることである。



「ギリギリ離婚が間に合ってよかったわ」

 鼻から煙草の煙を噴きながら、シンディはたくましく言った。
 結婚してからシンディが会社の運営に口を出すようになり、しかもそれによって業績が上がったにも関わらず夫である社長がそれをよく思わなかったことをきっかけに、夫婦の仲は悪化の一途を辿っていた。
 更に社長は元ホステスのシンディと結婚した後で水商売の女性の元に通い続けていることがわかり、そのせいでいよいよ離婚調停中であった。そして逮捕のほとんど直前くらいに彼女は社長と離婚が成立しており、実は会社からも籍を抜いていたのである。
 とはいえ、離婚は偽装で共犯者のひとりではないかとさんざん疑われたそうだが、彼女は完璧なアリバイで無罪放免が決定している。これには、ガブリエラもほっとした。

「それでアンジェラ……、いえ、ガブリエラ。あなたこれから、あてはあるの?」
「特には……」
 ガブリエラは、力なく首を振った。
 彼女は、この会社に骨を埋めるつもりだった。頑張って働いて、ヒーローをやって、人を助けて、貯金をして老後に備えて、将来は教会とか孤児院でボランティアでもできたらいい、そんな人生を思い描いていたのだ。
 しかし彼女の人生設計は、いち夜にして瓦解した。社長の、浮気相手に使い込んだ金を補填するための脱税と、専務が卸した勃起不全治療薬と、運び屋が扱ったドラッグのせいで。

「まあまあ貯金があるので、今すぐ困ることはありません。とりあえず……、アカデミー時代のアルバイト先に行ってみようかと思っています」
 ガブリエラは学がなく頭も悪いが、生き抜くガッツと行動力だけは存分にある。ぼやぼやしていたら職も時間も金もチャンスも何もかもなくなってしまうのだということを、ガブリエラはよく知っていた。でなければ、何千マイルも離れた僻地からシュテルンビルトまで出てきて、ヒーローを志したりはしない。
「ああ、マッサージ店」
「はい。能力があるので……」
「そうよね、あなたのマッサージは最高だもの」
 おかげで私も疲れ知らずでバリバリ仕事できたわ、とシンディは笑った。
 ガブリエラはマッサージの資格を持っているわけではないが、この能力の効き目はどんなマッサージをも凌ぐ。肩こり、腰痛、筋肉痛、全身のむくみ除去などもお手の物である。シンディは定期的にこれを受ける代わり、カロリー重視でひどい食生活が基本になっているガブリエラに、よくファストフードではない食事をごちそうしてくれた。

「この間のNEXT能力検査で色々と試してみたのですが、肌荒れを治したり、まつげを伸ばしたり、体全体の、デトックス? などもできることがわかりましたので、そこをアピールしてみます」
「なにそれ、エステみたいじゃない。すごい。ていうか私にやってよそれ」
「いいですよ」
 数年間、さんざん世話になったのである。これぐらいはお安い御用だ、とガブリエラは快く頷いた。シンディはガッツポーズを取っている。

「シンディは、これからどうするのですか?」
「結婚するの」
 シンディは、にっこりと笑った。
「ああ、あの……シンディの故郷の、パン屋さんですか?」
 ガブリエラは、思い出しながら言った。シンディは若い頃に親と行き違い、身ひとつでシュテルンビルトに来て、夜の街の仕事で生計を立てながらここまで来た女性だ。ガブリエラの面倒を親身になってみてくれたのは、自分の故郷以上の田舎からひとりで出てきたガブリエラに共感したからというところも大いにある。
 そしてケア・サポートの社長との結婚がうまく行かなくなった頃、いちど自分を見つめ直すという目的で里帰りしたシンディは、随分スッキリした顔でシュテルンビルトに戻ってきた。両親と和解したことも大きかったが、3代前からパン屋を営んでいる幼馴染の男性と思いの外話が弾んだというエピソードを、ガブリエラは散々聞かされていた。
「そうそう。このあいだ離婚を決めていったん里帰りした時、ずっと前から私が忘れられなかったとか言うもんだから」
「それは、おめでとうございます」
「ありがと」
 にへら、と笑って惚気けるシンディは、歳相応の目尻の皺も含めて、とても美しかった。社長との結婚生活がうまくいかずに悩んでいた頃のシンディをいちばん側で見てきたガブリエラも、そんな彼女の笑みが嬉しい。
「もうこんな歳だけど、小さい結婚式もするのよ。なるべく綺麗にしたいから、気合入れてマッサージしてくれるとありがたいわ」
「わかりました。全力でやります」
 自分からの結婚祝いです、とガブリエラが笑顔で言うと、シンディも優しく微笑んだ。

 ──数日後、故郷に戻るシンディの見送りに、ガブリエラはレンタカーで彼女を空港に送った。

「5歳以上は若返ったわね!」
 ガブリエラがシンディに施したマッサージの効果は、抜群だった。明らかに張りを増し、目元の皺が薄くなったツヤツヤの肌。ぷるぷるになった唇と長いまつげを何度もチェックしながら、シンディは満面の笑みを浮かべている。

「結婚式は向こうでやるから来れないかもしれないけど、連絡はするわね」
「写真も送ってくださいね。楽しみにしています」
「うん。……というわけで、私は大丈夫だから。あなたも見た目と違って逞しいから大丈夫だとは思うけど、もしどうしようもならなくなったら連絡しなさい。いいわね?」
「ありがとう、シンディ。……元気で」
「あなたもね」

 長めのハグは、メンソールの煙草の香りがした。香水をつけないのでにおいが混ざらず不快ではないのも、ガブリエラが彼女を好きなところだ。
 シンディは煙草も酒もやるし、ヒステリー持ちで人の悪口をよく言うが、ガブリエラを「根性のある子」とよく言い、これまで何年も、親身になって面倒を見てくれた。
 アカデミーの寮を出るとき、部屋探しを手伝ってくれたのも、決まるまで泊めてくれたのも、結婚相手の会社にヒーローとして推薦して入社させてくれたのも彼女だった。
 更にヒーローになってからも、元々外国語のようなひどい訛りの言葉しか話せなかった上に頭が悪いガブリエラに、こう聞かれたらこう答えろと彼女は細かい台本を作って丸覚えさせ、また考えなしの手当たり次第に人を治そうとするガブリエラに、後々面倒なことにならないように、きちんと言質とサインを確保しろと教えたのも彼女だ。
 彼女の作ってくれた質疑応答台本はガブリエラの頭の悪さをおおいにフォローしてくれたし、弁護士に相談して作った法的能力のある書類とICレコーダーは、ガブリエラが人を助けた恩を仇で返されるのを何度も防いでくれた。

「よーし、今度こそ幸せになるわよ!」
「シンディならなれますよ」
「あなたもね。都合のいい白馬の王子様なんかいないけど、誰しもきっといい出会いがあるものよ」
「うーん?」
 ガブリエラには、恋人がいた経験がない。というよりも恋愛感情自体抱いたことがなく、また興味も薄かった。

「まあ、男でも女でも、その他でも何でもいいわよ。お互いに愛し合ってればね」

 シンディは、実感がこもった様子で重々しく言った。
「人生は勢いと決断が大事なの。ここが自分の幸せだと思ったら、はっきり伝えて行動して、何が何でも捕まえにかかるのよ! ぼんやりしていたらだめ。チャンスを逃さないために」
「……狩りと同じ?」
「まさにそのとおりよ。相手が逃げる隙を与えず、即座に噛み付く!」
「かみつく!」
「いい復唱だわ。じゃあまたね!」

 力強いアドバイスを最後に残し、シンディは機上の人になった。






 ──とは、いったものの。

 シンディが旅立った後、ガブリエラは途方に暮れていた。
 アカデミー時代のアルバイト先であるマッサージ店には、もちろん真っ先に赴いた。雇ってもらえないかと、ヒーローをやってパワーアップした力を証明し、ガブリエラは全力で自分を売り込んだ。しかし──、断られてしまったのだ。

 ガブリエラの力自体には店も驚き感心してくれたのだが、結果から言ってつまり、「凄すぎて雇えない」というのが、店からの回答だった。
 もしガブリエラがアカデミー時代の頃のように未熟だったなら、逆にすぐ雇ってくれただろう。あの頃は裂傷や打撲などのいかにもな怪我こそ割とすぐ治せたが、人間の体の仕組みの知識がなかったせいか、肩こりや腰痛など、一見してわからない怪我は時間がかかった。
 しかし今のガブリエラは、かなりの大怪我や長年の疲労疾患なども、カロリー消費さえすれば長くても数分で治せるという、それこそ医者顔負けの、強力な力を持っている。一介のマッサージ店でそれほどの効果のある施術をして後で何かあったら、責任が取れない。申し訳無さそうに、店長はそう言った。

 訴訟を防ぐための公的書類を揃え、能力を使う前はICレコーダーで言質をとっていたガブリエラには、店長の言い分は理解できた。
 本当に職を得たいのなら、能力をセーブして使うから雇ってくれ、と食い下がるべきだったのかもしれない。しかしガブリエラは、そうしなかった。──できなかった。やっとヒーローとして満足に人を助けられるようになったこの力を生活のために抑えて使うというのは、どうしてもしたくなかったのだ。
 そこで諦めたガブリエラに、店長もほっとしたようだった。「そんなに素晴らしい力があるのだから、もっと他に役立てるところがある」と言ってくれた。

 ──どこだ、それは。

 ガブリエラは、どこに行けばいいのか分からず、立ちすくんだ。
 傍らには、社用車だったものを餞別に貰った、ホワイトアンジェラの白いバイクがある。しかしこれに乗ったところで、どこにハンドルを切ればいいのかわからない。

 思えば、常にどこかに向かっていた。
 故郷から必死になってシュテルンビルトにやって来て、ヒーローになるためにアカデミーに入り、自分の名前を書くのもおぼつかない状態から死に物狂いで勉強して色々な免許や資格を取り、片っ端から面接に応募した。シンディの伝手でヒーローになってからは皆勤で出社し、ヒーローとしての出動要請も、断ったことはない。呼び出しがかかれば砂糖の塊にかじりつきながらどこにでも行き、カロリーが尽きて動けなくなるまで働いた。
 ガブリエラは、常にどこかを目指して走っていた。だが今、どこに行けばいいのかわからない。──故郷で、太った身体を抱えてうずくまっていた頃のように。

「……しかたがないものは、ない」

 しかし、シンディが言ったように、ガブリエラは枯れ枝のような頼りない見た目に反して逞しいメンタルの持ち主であった。
 ガブリエラはひとつだけ溜息をつくと、感傷に浸るのを2秒で中止し、駅前で配っている無料アルバイト情報誌を手に取り、目を通し始めた。
「かみつく! 大事なこと」
 ここが自分の幸せだと思ったら、何が何でも逃さず捕まえにかかれとシンディは言った。恋愛云々はよくわからないが、人生は勢いと決断が大事だということはガブリエラにもわかる。ぼんやりしていたら、獲物は逃げていってしまう。何がいちばん大事なのか常に見極めて行動しなければ、チャンスがやってきた時に即座に喉笛に噛み付くことはできないのだ。

 そしてガブリエラが何より大事にしているのは、やはりヒーローであることにほかならない。まずはそれを第一に考えて新しい生活の計画を立てよう、とガブリエラはきっぱりと方向性を決めた。
 最悪、人助けというだけならヒーローでなくてもできる。カロリー摂取のための費用がばかにならないし、法的に守ってくれる後ろ盾がないのが心細いが。

 方向性が定まったガブリエラは、耳からぶら下がった金の細長いピアスをいじりながら、アルバイト情報誌を開く。学歴が最低なので選べるところは少ないが、それでも少ない貯金を食い潰すよりはましである。
 さて、アパート近くのファストフード店かスーパーにしようか、廃棄のバーガーとか惣菜が貰えるかもしれないし──とページをめくっていたその時、通信用端末が鳴った。
 これも、会社名義だったものをガブリエラの個人名義にして、シンディが持たせてくれたものだ。都会で連絡手段がなくなったら冗談抜きに死ぬということは、ガブリエラもよく理解している。

 だがガブリエラの番号を知っている者など、シンディ以外には元社員の数名か、マッサージ店の店長ぐらいしかいない。そして表示されている番号は、そのどれでもなかった。
 電話帳登録がされていないがゆえ、名前表示のないただの番号が、点滅して表示されている。番号は携帯端末ではなく、固定電話であるようだった。
 間違い電話かな、と思いつつ、ガブリエラは通話アイコンをタップした。
「………………ハロー?」
《ハロー、ホワイトアンジェラ?》
 男の声である。しかし、魅力的な女性の声のようでもある。その不思議な声に、ガブリエラはこれでもかと覚えがあった。具体的には、テレビや、ラジオからずっと聞いてきた声。そしてごく最近、初めて生で聞くことができた声。

「……えっ」
《お久しぶり。元気にしてる?》
「えっ。……えっ? え、あ、あの、ファ、……ファイヤーエンブレム、ですか?」
《あら、声だけでよくわかったわねぇ》
「あの、あなたの声はとても素敵ですし」

 お世辞にも裕福とは言えないギリギリの暮らしの中、ガブリエラの少ない娯楽は、バイクでのツーリングと、大好きなヒーローの情報を集めることだった。
 特にファイヤーエンブレムはガブリエラのイチ推しのヒーローであり、男でも女でもない、優雅で懐が広い姿が大好きで、憧れの人として認識している。
 そして故郷ではテレビがなくラジオでしかヒーローの情報を得ることができなかったこともあり、ガブリエラはファイヤーエンブレムの声が特に好きで、声が出るタイプのグッズは優先的に手に入れている。特徴的な話し方の彼──彼女だが、もしこの喋り方をしていなくても、ガブリエラは絶対に聞き分ける自信があった。

《声っていったら、あなたも相当特徴的だと思うけど。きれいな声だわ》
「あ、ありがとうございます! ええと、その、実は、以前からファンで、とてもファンで、その、好きで、グッズも……」
 あわあわした声色で、ガブリエラは言った。思わず、手が震える。そのせいで、通信端末からぶら下がった、エネルギースタンドのポイント景品であるファイヤーエンブレムのストラップが揺れた。
 自分の頭の悪さがもどかしい。なにか気の利いたことを言いたいのに、まったく思いつかない。ファンミーティングに行ってきたというブルーローズファンの社員が、「推しの前では語彙が死ぬ」と言っていた意味がとてもよくわかる。
 死ぬ余地もなくもともと少ないボキャブラリーから、しかしガブリエラは今こそ伝えなくてはと、必死で言葉をひねり出した。

「め、女神様のようだと! 思っています!」
《んまぁ〜、嬉しいこと言ってくれるじゃなァい! うふ、ありがとっ》
 むちゅっ! と、電話越しでも濃厚なリップ音が聞こえて、ガブリエラは深く感動した。そしてシンディの言う通り、ここぞという時にはすぐ思いを告げて行動するのは大事なことだというのを実感し、これからもそうしていこうとかたく心に決めた。

「あの、なぜ、私の番号を知っていますか?」
《なぜって、連絡を取りたかったから調べたに決まってるじゃない》
 個人の番号を、調べた、とさらりと言ってくるファイヤーエンブレムに驚くが、相手は天下の一部リーグヒーローで、あのヘリオスエナジーのオーナーである。自分にはわからない世界なのだろう、とあっさり認識したガブリエラは、そこを追求するのをやめた。そもそも探られて痛い腹は全く無いし、そして単純にガブリエラは頭が悪く、そしてそれを自覚しているからこそ細かいことを気にしない質だった。
《ニュースであなたの会社のことを知ったわ。大変だったわねえ。今どうしてるの?》
「無職になったので、今フリーペーパーを見ていたところです」
《そお。いいのあった?》
「ファストフードとスーパー、どちらが売れ残りを貰いやすいと思いますか?」
《悩みどころね。でも、ボスバーガーのエビアボカドサンドが貰えるなら、即決だわ。アタシも働こうかと思う》
「まったくあなたの言うとおりです」
 ガブリエラは、笑いながら返した。超絶弩級のブルジョアジーのくせに嫌味なくこういうジョークに乗ってきてくれるファイヤーエンブレムは、やはり素敵な人だと思いつつ。

《バーガーショップの店員も素敵だと思うんだけど、ひとつ提案があるのよ。聞いてみない?》
「提案」
 あのファイヤーエンブレムから電話がかかってきて、なにか話を持ちかけられる。夢でも見ているのではないかと思いつつ、ガブリエラは薄い情報誌を丸めて持つと、バイクが停めてある植え込みのブロックに腰掛けた。
《そうよ。いい話だと思うんだけど》
「いい話。どのような?」
 数秒、間。ガブリエラはなぜか、ファイヤーエンブレムが、おしゃれな色の唇を上げて、にんまりと笑ったような気がした。

《天使ちゃん。あなた、ちょっとテレビに出てみない?》
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BY 餡子郎
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