第1章 Von fremden Ländern und Menschen(見知らぬ国と人々について)
<1>
母が死んだ時、少年は、その日丸一日を、彼女がいなくて寂しくて泣く、ということに費やした。彼女が死んだ事への悲しみの為に食事を取らず、ひたすら泣いた。
だが、葬式は一日で終わるものだ。そして次の日、家がなくなった少年は、昨日の絶食でしっかりひもじくなっている腹を満たすため、町の人々から食事を貰いに回った。死んだ彼女を町の人々は悼み、母親を亡くした少年を労って、沢山の食べ物や、子供が着なくなった服をくれた。
少年は、母を世界で一番愛していた。
母は貧乏で、思い切り笑っているか思い切り泣いているか、そうでない時は無言で煙草を吸っている、という女だった。少年は母が笑っている時は自分も思い切り笑い、彼女が泣いてる時は、いっぱしの男と同じように彼女を慰めた。だが彼女が煙草を吸っている時、彼は何も出来なかった。大人になればこの沈黙の中に入っていけるのだろうかと思っていたある日、彼女は死んだ。
笑う事も泣く事も煙草を吸うこともしなくなった彼女に少年がしたことは、生まれて初めて身体が乾ききるかというほど泣く、ということだった。
そして少年は、自分が彼女にしてやれる事はもう何もないのだと、ちゃんと納得した。
母は、幼い自分の息子が、小さな身体でいっぱしの男らしく振る舞うのがとても好きだった。彼が小さな手で泣いている彼女の肩を抱き、笑顔を見せ、世界で一番愛しているから泣かないでと言う度に、彼が将来大きくなった手を女の肩に回し、町中の女をその笑顔と低くなった声でめろめろにすることを夢想するのが好きだった。
少年は、母がいなくてもそうなる事を決めていた。母と少年がお互いに意見を出し合って夢想した“いい男”は、決していつまでもぐずぐずと泣いていたりはしない。
家のない少年は、その日のうちに寝床を見つけた。母の仲間だった女で、たまに少年に食事をやり忘れる母の代わりに、ときどき料理を作ってくれた。そして、彼女のような女は沢山居た。少年は、彼女たちに何日かずつ世話になる事にした。いい男は、助けてくれる女が沢山居るものだ。
そして、少年は特別なものをいくつか持っていた。
銀色の髪と赤い目は、この町では特に特別扱いされてしかるべきものだったし、少年には、不思議な力があった。
少年は、町の中には、生きている者とそうでないものがいるのを、自然に知っていた。そしてそうでないものは、自分以外には見えない事も。
更に、少年は母が死んでいくらかしてから、自分には、生きている者をそうでないものにする力まであることを知った。
少年は女たちのコネで、その力を活かす場所を探した。この力があれば、女に頼らずとも生きていける。一人で生きていけるというのは、いい男の条件の一つだった。
少年は満たされていた。
町中の至る所に少年の為のスペースがあり、寝床や食べ物に困った事など一度もなかった。自分はいつでも特別なのだと思うことが出来、自分を愛してくれるものには敬意を払い、自分や彼らを害するものには躊躇いなく力を振るった。少年にはぐずぐず泣く必要など微塵もなく、順調に、母と取り決めた“いい男”への道を歩んでいた、と、少なくとも少年本人はそう思っていた。
既に少年の噂を知っていた男たちは、すぐにうちに迎えようと言ってくれ、少年はファミリーの子になるはずだった。
「誰だ、お前ら」
しかし、少年を迎えに来たのは見知った彼らではなかった。
妙な服を来た男たちは、なにごとかわけのわからないことを言い、少年が「そんな遠いとこ行かねえよ」と言った途端、彼を殴った。
──少年が目覚めると、そこは聖域と呼ばれる場所だった。