第十四話
「仕事!? そんな事言ってる場合か! そういう風だから日本人の男は家庭や恋人を顧みない冷血な仕事人間だと言われるんだ!」
 ロイが指まで刺して憤慨するが、それには雹も睨み返して反論した。
「……私は雪姫子に対しても負わねばならない責があるが、学長代理もそうだ。負わされた責任を放棄は出来ん」
「だが雪姫子は、」
「それに他の仕事ならまだしも、今私がここを離れたら大変なことになる」
 雹はもう一度机を叩いた。
「ジャスティス学園は、ここ数年で飛躍的に実績を出した、世界各国の教育機関にとって注目の的の存在なのだ。私が入学してからは大学との連携も増え、即刻対応すべき案件が突然送られてくることもある」
「ちょっと空けるぐらいで大袈裟な」
「大袈裟なものか。学長が生徒と同じく常に学園に常駐し、熱心に教育を監視しているというところも注目されているのだ。今は急病により生徒会長の私が代理だと言い訳をしているが、それさえなくなったら学園の信用が落ちる。もちろん代理を任された私の信用もな」
「……更に代理を立てるとか」
「どこの国からいつどんな言語でかかって来るかもしれない電話に対応できる人材などすぐ見つかるものか。生徒の中から語学が堪能な者を募ることも考えたが、授業を休ませてアルバイトをさせることなどさすがに出来ん」
 雹の言うことはもっともで、しかもその仕事内容は、間違っても伐たちが軽々しく「じゃあ俺たちが代わりにやってやるよ」などとは言えないものだ。部屋が静まり返り、そして皆がどうしたものかと首をひねる。そしてそんな中、ふいに恭介が言った。
「……いるじゃないか。兄さんと同程度の学力で語学堪能、授業もない人が」
「えっ?」
 皆が恭介に注目した。彼はパンと手を叩き、雹に言う。しかし雹は何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていて、そんな表情を浮かべた雹に、数人が訝しげな視線を向ける。
「……もしかして、奥和田のことを言っているのか?」
「ほかに誰が居るのさ」
「奥和田って誰?」
 ひなたが尋ねると、恭介は彼女に振り返って答えた。
「二年生でね、兄さんと同じSAクラスで、兄さんが入学するまで生徒会長だった人……つまり前の学園主席だ。自分の専門分野に没頭するあまりに他の教科は適当にしかやらない上に運動能力が並だから総合成績は兄さんに負けるけど、語学は文句無しに堪能だ」
「へえ! いいじゃない、同じクラスなら気軽に頼めるでしょ?」
「馬鹿言え」
 夏が顔を輝かせて言ったそれに、雹は鉛を飲まされたような顔をしてぼそりと言った。
「……奥和田は、あの洗脳装置を一人で作り上げた男でな。既に世界中の理系大学他研究機関から注目を浴びている、科学分野の天才だ」
「へえ、凄いじゃないか。なんで問題が?」
「……あの男は、私が唯一、正気の上で洗脳を施した男だ」
「……………………………………は?」
 雹のその発言に、全員が顔を歪める。恭介は立案者ではあるが、奥和田という男が雹にそこまでのリアクションを取らさせる人物だということは知らなかったらしく、眼鏡の下の瞳を見開いていた。雹はやはり忌々しさを隠しもしない表情で、目線を逸らしながら続けた。
「あの男は確かに凄まじい頭脳を持った天才だが、同じくらい性格に問題がある」
「問題……?」
「私は奴を洗脳する前、まず洗脳装置の開発を呼びかけた。当然ゴネられるだろうと思ったが、奴は二つ返事で了承した。嬉々として」
「……は?」
「あれは興味のある研究のためならどんな事でもする男だ。最高の研究環境を与えてくれるとなれば、ネオナチスや北の半島とも手を組みかねん。いわゆるマッドサイエンティストだ」
 ふう、と雹はため息をついた。
「そんな男に洗脳装置など作らせてみろ、学園どころか一気に東京全てを洗脳しようなどと言い出すに決まっている、しかも興味本位で、データを取りたいためだけに。……正気な時にそれを危惧した私は、嬉々として装置を製作する奴を洗脳した。……被害拡大を防ぐために」
「……そんな危険人物なのか!?」
「そうだ。論文などでもその危険思想がおおいに現れているため、MITにも余裕で入れる希代の天才でありながらどの大学からも受け入れを拒否され、結局ここにいるのだ」
 全員が呆気にとられ、重々しいため息をつき続ける雹を見遣る。
「……今回の件でも、奴の洗脳を解く前に装置を洗脳解除装置に作り替えさせ、そして装置を徹底して破壊して設計図その他のデータも全て処分したのだが、そのことを奴はかなり根に持っている。そんな奴に頼み事などしてみろ、どういうことになるか」
「な、なるほど……」
 ごくりと唾を飲み込みながら、数人が納得の声を上げる。しかし、恭介が言った。
「……でも他に、兄さんの代理を務められそうな人なんか居ないだろう」
 その言葉に、雹はぐっと詰まる。授業のないSAクラスの人間は、雹と雪姫子と奥和田の三人しか居ないのだ。
「……だから考えんようにしていたのだ」
「現実を見ようよ兄さん」
「核爆弾のボタンを押すような気分だ。今奴に電話をかけることが世界の破滅に繋がるような」
「いくら何でも大袈裟だろう……」
 醍醐が既に素で呆れた口調で言うが、雹はどうやら本気だ。そして全員が、雹にここまで厄介がられる奥和田という人物はどういう人間なのか、と困惑げな表情を浮かべていた。
「でも、交換条件次第で何とかなるんじゃないか?」
「……確かに、メリットさえあれば報復に固執することなどないタイプだが……」
 恭介に言われ、雹は決意するような息を吐き、一度目を閉じた。
「……背に腹は代えられんか」
 雹は本当に核爆弾のスイッチを押すような悲痛な表情でもって受話器を上げた。シンと静まり返る学長室に、僅かなコール音が響く。そして5コールめにして相手が出た。
「……奥和田か。頼みがあるのだが」
 そして雹は、まるで死刑台に向かう受刑者のような顔をして、学長代理の留守番をして欲しい旨を伝えた。すると何やら向こうが言っているような気配が僅かに聞こえるが、さすがに受話器越しでは皆に内容が聞こえるはずもない。雹は「わかっている」とか「おまえはいちいちうるさい」とかうんざりした口調で返事を返している。
「とりあえずここまで来い。話はそれからだ」
 が、奥和田はまだ何かゴネているらしい。雹はその声を聞いていたが、やがて突然ぼそりと言った。
「──……一万出す」
 ガチャン、と雹はそのまま電話を切った。そして長いため息をついて顔を片手で覆う彼に、驚いた顔のエッジが言った。
「おい、何時間か留守番するだけなのに一万も出すのか?」
「背に腹は代えられん。……それにもう一度洗脳装置を開発されて東京を支配されることを考えれば安いものだ」
「つーかお前金持ちなの?」
「叶うなら奴に一銭も出したくはないが、この程度なら……というか、この程度で済むわけはないがな。今のはいわば撒き餌だ」
「は?」
 しかしエッジの疑問に答えることなく、は──……、と、雹はもう一度重いため息をついて俯いた。そして何分かして、ドアノッカーがガンガンと鳴らされる。そしてそれに雹がかなり投げやりな仕草でボタンを押す。すると扉が開き、白衣を着た男がニッコリ笑いながら入ってきて、入って来るなり高らかに言った。
「一万じゃ話にならないな。十五万だ!」
「五万」
 雹が、据わった目で即座に返す。即答である辺り、こうしてふっかけられるのを覚悟していたことは明らかだ。そしてごくごく一般的な家庭に産まれて育った高校生たちは、交わされる数字にぎょっと目を丸くしている。
「君ね、研究には金がかかるんだよ。しかも一方的に洗脳された上に苦労して作った装置のデータを全て取られた心の傷の慰謝料も含め、最低でも十四万は請求するよ僕は」
「ふざけるな、何が慰謝料だ。……お前ばかりは洗脳しっぱなしだった方が世界のためだったかもしれん。……五万五千」
「世界平和だなんて、独裁政治主義のテロリストにだけは言われたくないね。このファシストのプチヒトラーめ、十三万五千」
「黙れ、私がヒトラーならお前はヨゼフ・メンゲレだ。七万八千!」
「切っても切れない関係に例えられるとは熱烈だな忌野! 十二万は出せるだろ」
「八万! ……次の予算でガス室を作ってやる、お前専用のな!」
 その後微妙にインテリジェンス且つ同時に低レベルにも聞こえる罵りあいとともに交渉が続き、ついに雹が限界を迎えた。
「……ああわかった! 十万! これ以上は出せん!」
「しょうがないな、わかったよ。十万で手を打とう」
 奥和田は肩を竦めて手を上げ、フフンと笑った。
「ではここは僕に任せて、君はおおいに愛を燃え上がらせて来るがいいよ、君の大事な雪女ちゃんが溶けるまでそれはもう好きなだけハハハ」
「死ね」
 本気の声だった。たった二語の中に凄まじい怒りとイラつきと憎悪が含まれている。
「さあ行くがいい青春野郎、思春期を代表する愛の戦士と呼んでやろうじゃないか」
「呼ぶな、死ね、出来るだけ苦しみ悶えて死ね」
「注文が多いよ忌野。僕はここにある君の持ち物という持ち物に“愛に生きる、にんげんだもの”と書きながら君たちの愛の成就を祈ることにするよ。油性ペンはどこかな」
「書くな!」
 雹は苛々を頂点に達させながら、青筋を立てて怒鳴った。彼らの応酬を呆然として見遣りながら、ストレスで胃に穴が空きやしないだろうか、と数人は雹に心から同情した。
「わかったか、こいつはこういう、他人にストレスを発生させる原子力発電所のような男だ。放射能で汚染されないように気をつけろ」
「ハハハハハ、上手いこと言うね忌野。褒め言葉にしかなってないよ」
 奥和田はここに来てから一度も満面の笑みを崩さず、そしてやや汚れた白衣を翻して学長の机の立派な椅子に腰掛けた。雹はぐったりと肩を落とすと、恭介に向き直った。
「……恭介、こいつが何かいらんことをしでかさんように監視しておけ。いざとなったら殴り倒して地中深くに即刻埋めろ」
「埋め……」
「発電所の次は産業廃棄物扱いかい? いいけどね。さっさと行きたまえ」
「言われなくても、お前と同じ空間には一秒たりとも居たくない」
 行って来る、と言い残し、雹はストレスを振り払うかの如く激しい足音を立てながら、長い髪を靡かせて部屋を出て行った。思い切り閉められた扉の音に、奥和田はさもおかしそうに笑う。
「いや面白いね彼は。父親に洗脳されていたとは聞いているが、素の方が百倍面白い」
「はあ……」
 けたけたと明るく笑う奥和田に、全員が微妙な表情を向けた。
「しっかし、十万円て……」
 将馬が言う。そして、冗談だろ?とも言い足した。普通、高校生が──忘れがちだが雹含め彼らは全員高校生だ──ポンと出せる金額ではない。
「やだなあ、十万円な訳ないじゃないか」
 だよなあ、と、皆がホっとして笑みを浮かべた。しかし奥和田はラップトップパソコンの角度を整えながら、さらりと言った。
「ドルだよ。十万ドル」
 今までずっと平然としていたロイが、激しく咽せた。
 ティファニーもだが、資産家の家の子供である彼らが百万円程度の金額の買い物やらをするのは珍しいことではなかった。しかし十万ドル、──日本円にして約一千百五十万円ともなれば、さすがの彼らも紙の上でしか見たことのない金額だ。
 ゲホゲホと咽せるロイの他は、ドルという、知っていても聞き慣れない単位に素早く金額を把握できず、そして把握した側から引きつって固まっていた。
「な、何の冗談だ!?」
「冗談なわけないだろう。研究ってのはね、金がいくらあっても足りやしない。いいんだよ、忌野は僕が知る限り三百万ドルは持ってるからね。十万ドル程度、キューピッド派遣料金として頂いても罰は当たらないね」
「さ、さん、さんびゃくまんドル……」
 ひなたが目をぐるぐるさせている。そして恭介も、自分の知らなかった兄の情報に呆気にとられてぽかんとしていたが、やがて何やらキーボードを叩き始めた奥和田に言った。
「……兄は、どうしてそんなに金を持ってるんです?」
「ん? えーと君は忌野の弟だっけ。一卵性にしちゃあんまり似てないね、妙介くん」
「恭介です。……わざとですね?」
「わかってるじゃないか」
 やはりけたけたと笑いながら、奥和田はタイピングを止めて今度は書類に目を通し始めた。
「で、なんで忌野がそんなに金を持ってるか、だっけ?」
「……ええ」
「さっきも言ったけど、研究や開発には金がいくらあっても足りないのさ。僕が洗脳されてる間に作った装置だって、推定で五十万ドル以上は確実にかかってるよ。そして彼が生徒会長で忌野家次期当主といえど、学園や実家の金をバレずにそんなに流用できるわけはない。その資金の全ては彼の個人資産、ポケットマネーさ」
 恭介だけでなく全員が絶句していたが、その時、エッジが声を上げた。
「はー!? ってかどうやってそんな稼いでんだよ!しかもジャス学って全寮制じゃねーか、部屋から一歩も出てねえのになんで、」
「僕も全部は知らないが、主には株だよ」
「株ぅ!?」
「最近流行だし、携帯端末からやってる高校生も居るから名前だけでも知ってるだろ?」
 皆がそれぞれ、曖昧に頷いた。
「経済学のレポートをやるのに手を出し始めてからみたいだね。彼は大衆、群集の心理を読むのが異様に上手いから、失敗したことは殆ど無いよ」
「は〜……」
「しかし、どうも彼は本気で金が欲しいらしいねえ。最初はマネーゲームにはまったのかなと思ってたけど。……そしてそれは、おそらく今回のテロ資金とは別の用途の資金だ」
「なんだって?」
 不穏な情報に、全員が顔を顰める。恭介が、不安げに眉根を寄せた。
「そんな……何のために」
「さあね、今度は国でも買う気かな。なんてったって独裁者になりかかった男だし」
「やめてくれ!」
 恭介が怒鳴り、他の者も不快げな顔をする。しかし奥和田はそんな彼らを見て山形に目を細め、まるでチェシャ猫のように声を出さずに笑った。その表情に、醍醐がかなり険しく顔を顰めた。
「貴様、何がおかしい」
「いやね。……はは、安心したまえ。あんな男が独裁者になんかなれるわけがない」
「……え?」
「まるで大事件みたいだけど、今回の騒動は、そう大したことじゃない」
「なっ……」
 皆が反応するのを、奥和田は楽しんでいるようだった。
「まず規模が小さすぎる。日本制圧をスローガンに置いてて、実際やったのは山奥の全寮制高校を一つ洗脳しただけだ。まるで“ゴッコ”だよ」
 あっさりと言う奥和田に、皆が納得しかねて口をひん曲げる。しかし奥和田は既に彼らのことなど一瞥もせず、日本語ではない書類に目を走らせながら器用に話し続けた。
「納得できないかい? でも今回は人死にも出てないし、最も大怪我を負ったのは首謀者二人、つまり忌野と白藤さんだけだ。事件という規模で括れば、ごく平和的な事件だったと結論付けていいだろう。そういった点での深刻さなら、アメリカなんかで起こる銃乱射事件や立てこもり事件の方がよっぽど深刻だ」
「そういう風に言えばそうかもしれないが、しかし」
「僕ならもっと上手くやるよ」
 さらりと言った。
 確かに物凄い天才だが同じくらい性格に問題があるマッドサイエンティスト。そんな雹の言葉を思い出し、一同はぴりりと緊張感を漂わせた。しかしその当人はその反応ですら楽しむように、やはり猫のように笑っている。
「……忌野の言った通りの男だな。装置を壊して隠滅をはかったのは正解だ」
「うん? 忌野はなんて言ってたんだい」
 軽蔑するような醍醐の視線にも、奥和田は蛙の面に小便そのものでケロリとしていた。
「……興味本位、データ目当てで東京全てを洗脳しようなどと言い出すに決まっている、と」
「ははははは」
 奥和田は、身体を反らせて笑った。
「わかってるじゃないか」
「貴様、」
「いやいや、そうじゃなくてね。ああ、やっぱり彼に独裁者なんて無理さ」
「は……?」
 どういうことだ、という視線を受けて、奥和田はさもおかしそうにくすくすと笑った。
「忌野霧幻という人は、とてつもないねえ。彼こそヒトラー的な、そう、まさに血も涙もない化け物と言っていい人間だよ。ある意味完璧だね」
「何を……」
「そしてそんな男から、忌野雹、あんなにまともな……いやそれ以上の人間が生まれることもまた脅威だ。遺伝子工学も勉強しようかなあ」
「その、おちょくるような話し方を即刻やめろ」
 醍醐が言った。既に大半の人間が不快げな表情をしていて、そして奥和田は更に笑う。
「それは失敬、では率直に言おう。つまり忌野は、“東京中を洗脳できる力、つまり僕という頭脳を持ちながら、高校全体の洗脳というゴッコレベルの行為しかしなかった”、そういうこと」
「……………………え?」
 あきらが、目を丸くした。
「極端な話、国会議事堂に洗脳装置をしかけて議員全てを牛耳ってしまえば日本征服なんてあっという間さ。そして彼はそれが出来る。でもしなかった。むしろ僕が興味本位に似たようなことをするのを止めようとまでした」
「……あ……」
 恭介を始め、全員が目から鱗が落ちたような顔をする。
「さっき霧幻氏を完璧だと言ったけど、この事実からすると、霧幻氏の洗脳術は忌野雹の意思の力を完璧に封じることは出来なかった、というわけだ。正義は勝つ、というやつかなこれは」
「……貴様の口からは聞きたくない台詞だな」
「ひどい言い様だ!」
 ため息とともに吐き捨てた醍醐に、奥和田は一番大きな声で笑った。
「でも、ま、とにかくそういうこと。物心つく前から霧幻氏のような男から洗脳教育を受けて、それでも自分の正義を曲げない潔癖な男なんて、悪の独裁者には向かないね」
「……奥和田さん」
 目を細めてくすくすと笑う奥和田を、恭介は見た。
「ああそうだ、不安がってるみたいだから言っておくけど、僕はもうあの洗脳装置を作るつもりなんかないよ」
「え?」
「実はデータは無事なんだ。忌野の奴、僕のシステムが三つあることを知らなかったみたいだな」
 バックアップに一つ残ってた、と言いながら、奥和田は椅子に深く腰掛ける。
「僕は科学者だ。研究と開発の果てに兵器を作ることはあっても、それを使うのは僕じゃない。そして今回は全寮制高校丸ごと一つ分の実験データが取れた。科学者として言わせてもらえば、充分なデータだよ」
「……本当に?」
「本当だとも。何なら忌野にそういう洗脳術をかけて貰ってもいいよ。かけてもかけなくても意思は変わらないからね」
 奥和田がそう言った時、電話が鳴った。彼はそれを取ったかと思うと、早口の、おそらくフランス語でまくしたて、にこりと笑って電話を切った。語学に堪能だというのは本当らしい、と皆が思ったその時、奥和田が言った。
「ところで君たち、ここでボーっとしてていいのかい」
 何のことだ、と皆が顔を見合わせていると、彼はにやり、とチェシャ猫の笑いを浮かべた。
「忌野雹の恋愛現場なんてなかなか見れないぞ。出歯亀するなら早く行った方がいい」
 そして結果データを報告してくれたまえ、と彼は言い、再度かかってきた電話を取ると、流暢なドイツ語で何やら話し始めた。
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BY 餡子郎
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