No.008/9月1日(3)
シロノちゃん、復・活!!」

 ぱぱらぱー! と自前の効果音までつけながら、シロノはポーズを取った。朝方無理やり起こされた時はへろへろだったものの、日中たっぷり寝たせいか、すっかり元気いっぱいだった。
「夜だー! よーし、いっぱい遊ぶぞー!」
「気をつけて行ってくるのよ。夜明け前にはちゃんと棺桶でおネムしてね」
「はーい、ママ!」
 アケミに身だしなみを整えられながら、シロノはまっすぐに手を上げた。
「ママにもおみやげ買ってくるね!」
「まー、ありがとう。あ、気球に乗るのよね? 寒いんじゃない? ブランケットを持っていかなくてもいいかしら?」
「いいから早くするね」
 用意に時間をかける母娘に、フェイタンが若干イラついた様子で言う。
「あらごめんなさい。そうそう、これ持っていって」
 何でもないようにけろりと謝罪したアケミは、ぱたぱたとスリッパを鳴らしてキッチンに消える。そして間もなく何やら大きな包みを持って戻ってくると、フランクリンにそれを手渡した。
「なんだこれ」
「お弁当よ。小腹が空くでしょ。みんなで食べてちょうだい。シズクちゃんの好きなフルーツサンドも入ってるからね」
「やったー。ありがとアケミ」
 シズクが、諸手を上げて喜ぶ。「ママとあたしで作ったんだよ!」と、シロノがどや顔をした。

「あ、いいなー。俺もちょっと腹減った」
「ちゃ〜んとお留守番組さんにも作ってあるわよ。パクちゃん、お茶淹れるの手伝ってくれる?」
「ええ」
 羨ましそうな声を出したシャルナークに、アケミは人差し指を立てて胸を張った。パクノダがソファから立ち上がり、“家”に残っている人数分のコップを取り出し始める。
「クロちゃん、テーブル拭いて」
「なんで俺が」
「ヒマそうだからよ」
 ズバリと切り捨てたアケミに、クロロは諦めた様子で溜息をつくと、読んでいた本を閉じた。そして布巾を手に取り、リビングのテーブルを片付けていく。髪型を整え、団長然とした黒ずくめのコート姿なので、その光景は非常にシュールだった。その様を見たシャルナークが、「ひえー」と棒読みの声を上げる。
「団長に家事の手伝いさせる奴なんか、アケミぐらいだよね……」
「家の中でカッコつけて何になるっていうのよ。──ちょっとクロちゃん、なんなのそのテーブルの拭き方! それだと余計に汚れるじゃない!」
 そう言いながら、アケミはテーブルの拭き方をクロロに指南し始めた。

「あー……。じゃあ、行くか」

 毒気が抜かれた、と言わんばかりの顔で、フランクリンは玄関に向かった。それにフェイタン、シズクが続き、その後ろに、棺桶を背負ったシロノがスキップぎみの歩調でついていく。

「ママ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃ〜い。気をつけてね〜」

 パタン、と、“家”の扉が閉まった。



「う〜ん、久々のジャンクフード」
「よく食うなあ……」
 右手に肉の串を数本、左手にLサイズのドリンクを持っているシロノに、フランクリンは呆れた声を出した。
 しかし彼の手にも、シロノが食べているのと同じ肉の串がある。本来食べ歩きと店の発掘が趣味であり、料理もし、能力柄味覚を鍛えているシロノのおすすめは、なかなかどうしてハズレがないのだ。フェイタンとシズクもまた、シロノが手当たり次第に買っている屋台の食べ物の中に自分好みのものがあると、時々便乗して買っていた。
「ママへのお土産も買ったし、あたしはもういいかな」
「値切りまでして、アホらしいね。欲しいものは盗れば良いのに」
 アケミ好みのアクセサリーを露店で見つけて買ったシロノに、フェイタンがバカにした様子で言う。しかし、シロノは平然としていた。
「自分のものだったらそれもいいかもだけどさ。ママはあんまり盗みが好きじゃないし、実際“プレゼントの時は盗むんじゃなくて、ちゃんとお金を払いなさい。それが誠意ってものよ”って言ってたもん。盗むほうがカンタンかもしれないけど、お金を使った、っていうのがプレゼントの時は大事なんだって」
「ふーん」
 シロノのその言葉にちゃんと返事をしたのは、シズクだけだった。しかしその声色も、どうでも良さそうな感じが滲み出ている。あとのふたりは、まったくもって聞いていない。

「ん? あれなに?」
 シズクが、近くにできている人だかりに目線を向けた。
「あそこのやつか? ……1万ジェニーを参加費で払って、子供との腕相撲に勝ったらダイヤが貰えるんだってよ」
「へえ、……あ、結構いい感じのダイヤ。アケミに似合いそう」
 フランクリンの肩に少しよじ登るようにして人混みの向こうを確認したシズクは、ひらりと彼の肩から降りた。
「あたしもアケミにお土産あげよっかな。いつもおやつ作ってもらってるし」
「ほんと? ママ喜ぶよ」
「そうかな。じゃ、プレゼントだからちゃんと並ぶね」
 そう言いつつ、シズクは順序よく列に並んだ。──その際、近くにいた男の財布から1万ジェニーを抜き取りながら。
「……盗んだお金で参加っていうのは、アリかな?」
「ちゃんと並んでるんだからいいんじゃねーか?」
「かなり行儀の良いほうね」
 こてんと首を傾げて発されたシロノの質問に、フランクリンとフェイタンが答える。

「──あれ?」

 シズクの挑戦を見よう、とフランクリンの肩に登ったシロノは、そこにいた顔ぶれに、ぽかんと口を開けた。



「ゴン! キルア! レオリオも!」
「あれ!? シロノ!?」
「げっ……」
 シズクがゴンと向かい合って座った頃、人混みをかき分けて飛び出してきたシロノに、3人は目を丸くする。ゴンは笑み混じりの驚きの表情を浮かべ、キルアはまるで、人間に見つかった野良猫のような顔をした。
「久しぶり! えー、何やってんのこんなとこで」
「えーっとその……、あ、ていうか、このおネーさん、お前の身内?」
「うん」
 レオリオの質問にシロノがこくりと頷くと、三人の目線が一斉にシズクに向かう。
「え、シロノの知り合い?」
「うん、あたしがハンター試験受けに行った時に知り合ったの。話してなかったっけ?」
「聞いてないと思うけど」
 はて、とシズクは首を傾げた。興味のないことはあっさり忘れてしまい、そして忘れたら二度と思い出さないシズクらしいリアクションだった。
「そうだっけ?」
「まーいいけどよ。そーか、シロノの姉ちゃんか……。おい、どうなんだ実力的に」
 同じように首を傾げるシロノを尻目に、レオリオがゴンに耳打ちする。シロノが念能力者であること、しかもゴンやキルアよりも上級者であるらしく、更にそうしたのは家族だということを知っているレオリオは、冷や汗を流していた。

 彼らが今やっているのは、条件競売。
 ダイヤを餌に、一般人相手なら万が一にも負けることのないゴンとの腕相撲勝負で、ひとり1万ジェニーの参加費を、もう150人ぶんは巻き上げている。
 しかし、ダイヤの価格は300万ジェニーなので、もしここであっさり負けてしまっては、台無しもいいところだ。

「う〜ん……どうかな。でもどっちにしろ断れないんだから、やるしかないよね」
「そ、それもそうだけどよ。……よっし、負けんなよ!」
「わかった、頑張る」
 シロノの身内、ということで、ゴンは気合を入れなおした。今までは一般人相手にギリギリ負けそうになる演技をすることの緊張感で疲弊していたが、今度は別の緊張感が、ゴンの背に走る。
「左腕は握ったまま、机の上へ」
 レオリオの誘導に従い、両者が手を組む。ぐっ、と力が篭った瞬間、ゴンの感じていた緊張感が高まった。

「さあ、レディ〜〜〜〜〜〜、……ゴッ!」

 掛け声とともに、ゴンとシズクの力が拮抗する。台になっている木箱が、ミシ、と音を立てた。観客は大盛り上がりしているが、後ろで見ているキルアはそこで発生している力の大きさに気づき、わずかに眉をしかめた。
 ギギ、ギギギ、と、木箱が悲鳴のような音を立てる。ゴンは歯を食いしばり、女性らしい白い手を、必死に押し返した。シズクの口元から、「ん〜」と、力を込めているのだろうが気の抜ける声が、わずかに聞こえた。
 そして数十秒の力の拮抗ののち、シズクの手の甲が、トンと木の台につく。

「──ハイ残念、負けちゃった〜〜〜〜!!」

 レオリオの、明るい、しかしどこかホッとしたような宣言。
 何も知らない観客たちが、「よくやったネーチャン!」「ボウズ、演技が上手いぜ!」と呑気に囃し立てている。
「残念だったね、シズク」
「う〜ん、負けちゃった。このコ強いよ──」
 右手をぷらぷらさせながら言うシズクをシロノは労い、持っていたドリンクをひとくち譲った。「ありがとー」と言いつつ、シズクがストローでドリンクを吸い上げる。
「ゴン、すごいねー。シズクに勝っちゃった」
「うん……」
 へとへとになっているゴンは、半笑いでシロノに応えた。

「あ、そろそろ時間だね。行かなきゃ」
「なんか用事か?」
 携帯で時間を確認したシロノに、レオリオが問う。
「うん、みんなでね」
「そっか、家族の用事じゃしょうがねーな。ヒマだったら手伝ってもらおうかと思ったんだけどよ……」
「ごめんね。多分、ヨークシンにいる間は忙しいかなあ。でも携帯は持ってるし、なんかあったら連絡して」
「おう、わかった」
 じゃあねー、と、シロノは手を振りながら、シズクと一緒にゴンたちから離れていった。

「負けちゃったー」
「シズクが弱すぎるね」
 フェイタンが言った。ちなみに、以前旅団内で腕相撲大会をした時、シズクは辛うじてコルトピに勝ち、ギリギリ最下位ではなかったくらいの実力である。
「アケミにあげようと思ったのに」
 少し肩を落とすシズクの頭を、大きな、というよりは巨大な手で、フランクリンが軽くポンと叩く。
「左でやればよかったのにな」
「そうね、なぜきき腕でやらなかたか?」
「あっ」
「あっ」
 二人の指摘に、シズクとシロノは、揃って同じようにぽかんと口を開けた。
「そういえばそうだね。シズク、左利きだ」
「そうか。相手が右手出したから、つい……」
「ねー」
「……お前ら揃って天然だな」
 顔を見合わせるシズクとシロノに、フランクリンは呆れた声を出す。フェイタンは、完全にバカを見る目をしていた。

「ま、やっぱり向いてねえんだよ。買ったり競ったりは邪道だぜ、俺達にとっちゃ」
「そうね。ワタシたち盗賊」

 ──欲しいものは、奪い取る。

 そう呟いて、四人は夜の喧騒の中に消えた。






《──オレだ。様子はどうだ?》

 ダルツォルネからの電話連絡に、異常なし、外からは変化なし、と告げる。何かあったら連絡を入れる、と言い、クラピカは通信を切った。
「しかし、徹底してるわね」
 呆れも滲んだような様子で、クラピカと同じく、セメタリービルの正面口側監視を命じられた女性、センリツが言った。

 9月1日、今夜午後9時から行われる地下競売で、ネオンのお目当てであるコルコ王女の全身ミイラが競りに出される。会場は、ここホテル屋上からも見えるセメタリービルだ。
 地下世界の重役たちが集まる競売は、セキュリティが尋常でなく厳しい。売人側は3人一組でしか入れず、武器や記録装置、通信機器の携帯も許されない。また、警備に関してはコミュニティーが全責任を負うと同時に、コミュニティー専属の警備員以外は会場の半径500メートル以内にも入れないという徹底ぶりである。
「そうしないと、あの周り中が強面だらけになってしまうからだろう。ここで悪事が行われてますよと宣伝するようなものだからな」
「まぁね」
 その悪事の手伝いという仕事をしつつも、付き合っていられない──といわんばかりの様子で、クラピカとセンリツは短い言葉を交わす。
 星よりも夜景の光が眩しい、ヨークシンの夜。宝石箱をひっくり返したような光景は確かに美しいが、その少なくない光がこの世の何よりも醜いものによるものであることを知っているふたりは、無感動を通り越して、半ばうんざりしたような心地でそこに立っていた。

「一つ聞いていいかしら?」
「ああ」

 クラピカ自身、少し意外なほどすんなり了承の返事が口をついた。
「緋の眼──、って、あなたにとって何?」
「……聞いて、どうする?」
「別にどうもしないけど。好奇心よ。スライドでその画面を見せられたときのあなたの心音、すさまじかったから。底知れぬ深い怒り、……そんな感じの旋律」
「……嘘は通用しそうにないな」
 彼女の耳の良さは、ハンター、念能力者の界隈においてのそれである。その驚くべき精度は、この仕事に就く際の試験で既に証明されていた。彼女はその心音だけで、仮にもマフィアの構成員の嘘をたやすく見破ったのである。

「私はクルタ族だ」

 クラピカは、端的に言った。
「我々の瞳は普段茶に近いが、興奮すると赤味を増す。そこで悟られぬように黒のコンタクトをしている」
 センリツは、少し驚いたような顔をしていた。それは絶滅したと言われるクルタ族が目の前に生きているというそのものへの驚きでもあるだろうし、クラピカがあっさりそのことを話したことに対しての驚きでもあるだろう。
「同胞の、奪われた眼を探している。仲間の元へ…………、どんなことをしても取り返す。……ダルツォルネに報告するか?」
「……やめとくわ。殺されたくないからね」
「……それまでわかるのか」
 今度は、クラピカが軽く驚く番だった。
「心音は正直よ。告白を始めた時から、穏やかでいながら、反面とても冷たい音を奏で出した。自分の意志に準ずる人の“覚悟の旋律”なのよ」
 話すなら、恨みはないがしかたない、って音してた──と、センリツは続けた。
 彼女の指摘は、まったくもってその通りだった。しかしその判断をしたのも、それはクラピカがセンリツをある程度信用していること、また単にその人柄に多少の好感を持っていることによる。
 そして彼女がこう対応してくれることを見越したからこそ、今自分がクルタ族であることを明かしても今後の活動にさして支障はなく、むしろ正直に伝えておいたほうが、今後妙な疑いをかけられたりしなくていいだろう、と、クラピカは現実的な判断を下したのだ。

 センリツは、見た目が美しいとは言い難い人物である。ネズミのようにはみ出した前歯に、やや病的な太り方をした、小柄な体。髪は妙にサラサラと美しく長いが、その生え際は後ろ頭にしかなくすっかり禿げ上がっているので、長所どころか不気味さを助長している。
 単に造作が悪いというより、もはや奇形に近いその容姿はもはや女性にすら見えず、実際、クラピカは初見性別を間違えた。
 しかし彼女は、なんだかスッと染み込むような、魅力的な声の持ち主だった。そしてその声に安心を覚えて会話をすれば、人柄も至極まともで理性的な人物であるとすぐに知ることが出来た。
 その人柄が成せるものだろう、初見はぎょっとした容姿も、今では愛嬌のある個性でしかない。クラピカは用心深く、そうでなくても根底で人見知りをするタイプだ。しかも目的を成さんがため所属したマフィア組織の中にあって普段より緊張感の高い状態であるにも関わらず、クラピカはセンリツに気を許している部分が確かにあった。

「キミは、なぜこの仕事に?」
「……聞いてどうするの? どうせデタラメ言うかもよ」
「目を見ればだいたいわかる」
 薄く笑みさえ浮かべ、意趣返しも含めた声色で、クラピカは言った。真正面のセメタリービルに顔を向けたままのセンリツは、目線だけでクラピカを見ている。その目はクラピカが今まで見てきた中でも、非常に理性的に澄んでいた。
「あたしもプロのハンターよ。ミュージックハンターというとこかしら」
 奇妙に短い指を指揮者のように振りながら、センリツは言った。
「ある楽譜を探してるの」
「──嘘はついてないが、肝心なことは隠してる目だな」
「あはははは、まあ当たったことにしておいてあげる。──あたしが探しているのは“闇のソナタ”」

 曰く、魔王が作曲したとされる独奏曲。
 ピアノ・バイオリン・フルート・ハープのための4つがあり、人間が演奏したり聞いたりすると恐ろしい災いがふりかかるとされている。

「怪談のたぐいではないのか? そんなものが実存するとは考えにくいが」
 クラピカが軽くそう言うと、センリツは、おもむろに自分の服の袖をめくった。妙に慣れたその動きによって現れたのは、ゆったりとした服に隠されていた彼女の腕。──そこにあったものに、クラピカは目を見開く。
 センリツは彼がちゃんと驚いたのを確認したような様子を見せると、黙って袖をもとに戻した。
「あたしが聞いたのは、フルートの曲だった。たった一章聞いただけでなったの」
 昔の写真見せようか、と続けた彼女によると、今の彼女の奇形めいた容姿もまた、このときの体験によるものだという。演奏した知人は、死んだ。全身がなって。

「いろいろ調べたら、どうもロマシャが関わってる可能性もあるみたい」
「……ロマシャ」
「そう。魔女だなんだって迫害された彼女たちの音楽はとても魅力的で、とても呪術的。そして闇のソナタは、女しかいないはずのロマシャで生まれた男が魔王と呼ばれて作った曲──」
「そうなのか?」
「まだ確定した情報じゃないわ。そう言う説があるってだけ。……まあ、つじつまが合わないところはなんでもロマシャのせいにするパターンってあるから、信憑性はイマイチよね」
 ふう、と、センリツはため息をついた。
「あたしは身体を病んだ代償に、この能力を得た。でも元の体に戻りたい。何に代えても」
 そして、そんな人達をこれ以上増やしたくない。だから見つけ出して消すのだと、センリツは静かに締めくくった。
「この仕事を選んだのは、蛇の道は蛇に聞くのが一番早いと思ったから」
 それは、クラピカも同じだった。用がなければ、こんな汚泥の底をさらうような真似などしたくもない。遠くを見上げかけて、しかし流されず、目の前のセメタリービルを凝視しながら、クラピカは暗い思いを胸の奥に押し込める。

「──時間よ。地下競売が始まるわ」






 わあすっごい、怖い顔じゃない人がいない。
 そう誰かに言いたいのを堪えながら、シロノはフランクリンから預かった弁当の包みを抱えなおし、“絶”の維持に努めた。

 現在いるのは、セメタリービル、地下競売の会場。

 行われるのは、一般の競売には出せない訳有りの品、特に人体など、あまりおおっぴらに出来ない趣味の品が売りに出される競売である。
 しかも集まった顔ぶれはもれなくマフィア、ヤクザ、あらゆる犯罪組織のメンバー、しかも幹部以上の大物ばかりだ。トップが自ら足を運んでいる組もある。
 なぜならここは彼らのメンツ争いの場所でもあり、高く落札すれば、その価格の5%が、手数料としてコミュニティに支払われる。それはいわば上納金と同じであり、自分たちの経済力を示せるとともに、全国のマフィアに顔を売り株を上げる、絶好のチャンスでもあるというわけである。──そのせいで散々競った挙句高額で落札してしまい、破産した組もある、と言うほど。

「おっ、チビがいるぜ」
 ブラックスーツにサングラス、という、普段とかなりギャップのあるスタイルをしたウボォーギンは、隣にいる、同じような格好をしたシャルナークに言った。
「ホントだ、全然気づかなかった。よく気付いたね、ウボォー」
「そりゃあ、しょっちゅうかくれんぼの鬼させられてりゃあな。嫌でも鋭くなるわ」
「“絶”だけはホントすっごいよね、シロは。あ、アクビしてる」
「肝の太いチビだな」
 ぷわー、と、子猫のような欠伸をしているシロノに、ウボォーギンはわははと笑った。

 元々高度なレベルだったシロノの“絶”は、これだけならば今や旅団の中でもトップクラスを誇る。その威力は、普段着で棺桶やら弁当やらの大荷物を持った子供の身で、セキュリティが尋常でなく厳しい地下競売の入り口をスルーして入場し、こうしてロビーに堂々と立っていても誰も気づかない、というくらいのものだった。
 そして、むにゃむにゃと目をこすったシロノは、黒服たちの間をするするとすり抜け、まんまと会場に入っていく。その姿を見届けたウボォーギンとシャルナークは、また違うところに、手はず通りに姿を消した。

 会場に入ったシロノは、入口に入るなり壁を蹴り高く飛び上がると、巨大なシャンデリアの上に着地し、そこに悠々と腰掛けた。ほんの僅かにシャンデリアが揺れたが、誰も気付く者はいない。
 きらきらと輝くシャンデリアの飾りの隙間から脚をぶらぶらさせていると、やがて話し声が止み、舞台の上に、見慣れた人影が現れた。──フェイタンと、フランクリン。タキシード姿の彼らに噴き出しそうになるのをこらえながら、シロノは成り行きを見守った。
「──皆様、ようこそお集まりいただきました」
 フランクリンの口上に、妙なツボに入ってしまったシロノは、口を押さえて笑いをこらえる。
「それでは、堅苦しい挨拶は抜きにいたしまして──」
 隣りにいるフェイタンの口が、ゆっくりと吊り上がるのが見えた。

「──くたばるといいね」

 目にも留まらぬ速さで、フェイタンの手元から無数の暗器が飛ぶ。数十名の喉に的確に突き刺さったそれは、すぐに命を奪わず、しかし確実に動きを止めた。
 客たちが叫び、怒号を上げる。逃げ惑う幹部、殺気立つボディガード。しかし武器の携帯が禁止されている会場で、反撃ができる状態の者はいない。──仮に武器を持っていたとしても、彼らにて傷を負わせられるかどうかというのは、甚だ疑問ではあったが。
「生かさず殺さずってな、面倒だなホントに!」
「本当にね」
 面倒そうな声を出したフランクリンに、客の脚を切り落としながらフェイタンが同意する。フランクリンもまた念能力を発動させ、切り落とした指の先から念弾を放出している。──が、やはりそれも急所を外したものだ。
「チビ! さっさと食っちまえ!」
「あいあーい」
 フランクリンの呼びかけに答えたシロノは、くるりと宙返りをして、会場の出入り口付近に降り立った。

「子供!?」
「どきなさい! 怪我するわよ!」
 念能力者と気配でわかる大男と、髪を高く結い上げた、イブニングドレスの女が走ってくる。フェイタンとフランクリンとやりあうのは無理と判断し、外に逃げて異常を知らせるつもりなのだろう。しかし、シロノはそこから退かない。

「──いただきます」

 ぺろり、と舌なめずりをすると同時に、シロノがケースから、巨大なナイフとフォークを抜く。ジャキン! という音とともに能力者二人が感じたのは、僅かな風圧のみ。避けた──と思ったその瞬間。二人は意識を、いや、命を失っていた。
 ひとつの外傷もなく、ただ眠っているかのように倒れた二人を振り返らず、シロノは床を蹴る。そして逃げようとする人々のオーラを根こそぎ奪い取り、フェイタンとフランクリンが半殺しにした、まさに死に体の者たちのオーラも、とどめを刺すようにして拾って回る。
 その様子を目の端に捉えたフェイタンとフランクリンは、半殺しにしたマフィアたちを蹴ったり投げたりして、シロノの周りに積み上げていく。それはまるで、狩りをして捕らえた餌を雛に与える親鳥にも似ていた。

「ん、これで全部死んだか。どうだシロノ、腹具合は」
「む〜……、あんまりおいしくない〜。残飯処理っぽ〜い」
「そうか。ヤクザもんならそこそこ気合入ったオーラしてるかと思ったんだけどな……。でも、念能力者も何人かいただろう」
「いたいた。女の人はねえ、甘くて美味しかったよ。女の人の操作系ってスイーツ系でおいしいんだあ、できればデザートに食べたかったな」
「贅沢言うないね。全部残さず食べろ」
「あい〜」
 フランクリンとフェイタンが作った黒服の山の頂上に腰掛けたシロノは、もぐもぐと口を動かして、彼らのオーラを食べ尽くしていく。

 今後とにかくオーラをたくさん食べて溜め込む必要があるシロノのために、旅団の面々は、出来る限りこうしてターゲットを半殺しにし、シロノに食べさせることにしたのだった。
 今までとにかく手当たり次第に皆殺しにしてきた彼らにとってそれは非常に面倒な作業だったが、団長命令ならば仕方がない。楽しくはないが訓練かゲームだと思えば、と、皆は渋々それに従っていた。

「けぷっ。──ごちそうさまでした!」
「全部食ったか? シズク、後処理頼む!」
「はーい」
 フランクリンの呼ぶ声に、相変わらず呑気な返事をして、シズクがのんびりと入口から中に入ってきた。担いでいるのは、掃除機──のように見えるが、彼女が具現化した能力である。吸口にびっしりと歯が生えている、どころか舌まで出ていて時々「グギョ」だの「ギョギョ」だの鳴き声まで出すそれの名前は、デメちゃんというらしい。
「いくよ、デメちゃん。──この部屋中の散乱した死体とその血・肉片及び視認の所持品すべてを吸い取れ! ついでに椅子も!」
 シズクがそう命じ、掃除機に付いたスイッチをオンにすると、“デメちゃん”は物凄い勢いで、命じられたものすべてを吸い取った。数秒もしないうちに、綺麗さっぱり死体その他が消えた──が、ひとり残った者がいた。手足がちぎれ片目が潰れた男は放って置いても死ぬだろうが、しかしまだ息がある。
「食べ残すな言たよ、この馬鹿」
「ゴメンなさーい。てへぺろー」
 ぎろり、と睨むフェイタンに、シロノは舌を出して茶目っ気をアピールした。その様子に、母子ともども肝が太いというか怖いもの知らずというか、と、フランクリンが呆れた顔をする。

「てめェら……何モンだ? ……まあいい……誰であろうと皆殺しだ」
 喉に血が詰まったごぼごぼした声で、男が言った。
「コミュニティーが、必ず! てめェらとその家族残らず、陵辱し! 切り刻み! 地獄の苦しみを味わわせてやるぜ……!」
「ふ〜」
「ぐぁ……!?」
 シロノが息を吹きかけると、男が硬直する。それと同時に、男の血だらけの体から、僅かなオーラが立ち上った。天空闘技場で、キルアにした技だ。息を吹きかけることによって相手を強制的に“練”の状態にさせ、オーラを食べやすくする小技。食べにくいものにかけて食べやすくする、という意味で、シロノは「ドレッシング」と呼んでいる。
 念能力者でない一般人に行ったせいで、多くないオーラが根こそぎ浮き上がってくる。シロノは口を近づけ、ちゅるんとそれを吸い取った。

「あたしの家族がマフィアなんかにやられるわけないじゃん、おじさん」

 ごっくん、とオーラを飲み込み、シロノが言った。
「ああ、無駄に手間がかかたね」
「行くぞ」
 もう物言わぬ躯となった男を、デメちゃんがすっかり吸い取る。その様子を確認したフェイタンとフランクリンは踵を返し、会場を悠々と出ていく。
「この競売でパパが欲しがってたのって、なんだっけ?」
「コルコ王女の全身ミイラ」
「うえ〜、趣味悪〜。ねくろふぃりあ〜」
 嫌そうな顔をしながら、シロノは会場をあとにした。

 彼らが出ていったあとの会場は、人も、椅子も、何もかもが残っていなかった。
 まるで、最初から何もなかったかのように。
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BY 餡子郎
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