No.006/8月31日
 ──8月31日、ヨークシン郊外・リンゴーン空港。

 約35時間のフライトを終え、やや小ぶりな個人飛行船が、人気のない発着場に降り立つ。
 降りてきたのは、複数人。半数が見るからに屈強そうな男たち、そしてもう半数が、細身の女さえ混じっているのにも関わらず、大柄な男たちに全く押し負けた雰囲気のない、只者では無さそうな者たち。
 そしてその中心にいるのは、長くふんわりとしたスカートに個性的なターバンをアクセサリーとして巻いた、少女とも言えるような若い女性だった。さらに、彼らの足元を縫うようにして、様々な種類の犬たちが賢そうに歩いている。

 発着場の端から、彼らに向かって、高級車が5台近づいてくる。そのタイミングを見計らうようにして、男たちの中から、どうやらリーダーらしい、特徴的な輪郭をした男が少女の近くに進み出て、大きな背を丸めるようにして言った。

「では、ボス。ここからホテルまで向かいます」
「ん、どのぐらいかかるんだっけ?」
「90分ほどですね。その間に、9月のぶんの占いをお願いいたします」
「はーい」

 ボス、と呼ばれた少女は子供のような返事をすると、二台のうち、より高級そうな車に乗り込んだ。少女が完全に乗ったのを確認し、他の者達がそれぞれ車に乗り込んでいく。予め決めてあったようで、その動きは素早く、あっという間に車は一列になって発進した。



「──すご腕の占い師だとよ、あの娘は」
 一定の車間距離を保ちながら一列に走る同車種、その先頭を走る車を運転するバショウは、後続車から感じる念の気配──自分たちの“ボス”である少女、ネオンのものだ──がしたからか、そう口を開いた。
「オヤジのでで、暗黒街ウラの顔役を多数顧客に抱えてるって話だぜ」
 己を雇っているボス、また組織の基本的な情報も、自分で取りに行かねばわからないのがこの世界だ。そしてそうして得た情報をこうして世間話のようにして明かしてしまうのは、チームである以上情報交換をしておいたほうがいいと判断したからか、それとも単にバショウが単にそのあたりを深く考えない性格だからなのか、クラピカにはまだよく判断がつかなかったが、おそらく両方であるような気がした。

「父親のコネ? むしろ逆だろう」
 クラピカは、全く面白みのない声で言った。どちらかというと抑揚あふれる話し方をするバショウとは、かなり対照的な話し方だ。
「娘を利用して、父親が闇社会でのし上がった、と言った方が正しいだろう」

 ハンターたちが情報を重要に扱うように、裏社会、マフィアやヤクザ家業でも、それは全く同じ事だ。
 ネオンの念能力がどんなものかは詳しくわからないが、占い師というからには、本来わからない、もしくは知ることが難しい情報を知ることが出来る、という能力なのだろう。そしてそれは、この業界でのし上がるにはこれ以上ないほど強力なカードである。
 だから、クラピカたちの本当の雇い主である、ネオンの父親──マフィア、ノストラード・ファミリーのボスは、娘を失うこと、そして娘の力を使うことで今まで押しのけてきた連中の妬みによる報復を異常に恐れているのだ、とクラピカは言った。

「言われたろ? 想像で敵を描くなと。オレ達は近づく奴を消せばいい」
 ダルツォルネが言った言葉を、バショウはひそかにからかいの混じったような口調で繰り返した。
 ダルツォルネはクラピカたちのような雇われハンターではなく、ノストラード・ファミリーの人間だ。ネオンのボディガードたちのリーダーにしてネオンのマネージャー、お付のようなことをやっている男である。
 仕事ができないわけではなく、また理不尽なことをする男でもないのだが、念使いとしては三流な上、どう良いように言っても感じのいい性格ではないため、クラピカたちの中で彼に好感や信頼感を持っている者は一人もいなかった。

 クラピカはそれに返事はせず、ただ、指に絡んだ鎖を握り締めるようにして鳴らした。
 眼の前に広がる雄大な景色を眺めながら、クラピカは昨日、ゴンからかかってきた電話の内容を思い出していた。

 9月1日・ヨークシンシティで、との約束についての連絡が主な目的ではあったが、ゴンからかかってきた電話は、それ以外の近況報告も盛り沢山だった。天空闘技場での修行、様々な者たちとの試合、そしてヒソカとの対決、エトセトラ。そのどれもがゴンらしい生き生きとした口調で語られた。
 それはいま、ハンターとして、念使いとしての初仕事をこなし、そしていよいよ蜘蛛が現れるとの情報のヨークシンへと出向く緊張からかなり機を張っているクラピカにとって、いい意味でリラックスできる機会でもあった。
 しかし、最後に、嬉しげにゴンが伝えた情報に、クラピカは思わず鎖を握りしめた。

「……なん、だって?」
《だからさ、生きてるんだよ。シロノが!》

 シロノ。ハンター試験で出会い、探していたあの子供なのではないかと思い、そして確かめる間もなく試合中に命を落とした幼い少女。
 本人が「違う」と言い、その証拠もあるのに、共通点が多すぎて、どうしても他人とは思えなかった。そのため、彼女が死んだことが、探していた子供が死んでしまったように感じられ、目的の一つを失ったような虚脱感を持ってしまっていたあの少女が生きていると、ゴンは言ったのだ。

 母親がロマシャの占い師であったことは本人から聞いていたし、アンデッド、という存在、そして概念についても、ロマシャについて調べたことのあるクラピカは、専門家ほどとは言わないまでも、知ってはいた。シロノはそのアンデッドで、ハンター試験の後に、無事“家族”の元へ帰ったのだという。

 よくわからないが、自分はロマシャの中でも特別らしい、ということも、シロノは言っていた。今考えればそれはアンデッドになることを指していたのだろうか、とクラピカが思い当たるのは、ゴンとの通話が終わって暫くしてのことだったが。

《キルアもだけど、なんかシロノの家族って変わってるみたいでさ》

 シロノが元々念使いだったこと、ライセンスが取れなかったことから修行しなおしてこいと家族に叩き出されるようにして天空闘技場に来ていたこと、ヒソカが保護者だったこと、キルアとの試合がとても注目されていて面白かったこと。
 ゴンは興奮気味に色々と話したが、クラピカはろくな相槌も打てず、半ば呆然とそれを聞いていた。

《……クラピカ? 大丈夫?》
「あ……、ああ、大丈夫」

 とにかく彼女が生きていて本当に良かった、と何とか言えば、ゴンは嬉しげに返事をした。笑顔で頷くさまが目の前に見えるようだ。
 そのあと、クラピカは前日8月31日にはもうヨークシンにいること、しかし仕事があるのでまだしっかりとした約束はできないことなどを話した。レオリオは、当日午後に着くらしい。
 挨拶をして電話を切った後、クラピカは、携帯電話を握りつぶしそうになっていることに気づき、慌てて力を緩めた。

(……シロノ
 蜘蛛に連れて行かれた、小さな白い子供。
 家族が大事か、と聞いた時、頬をピンク色にして笑ったシロノの表情。
 そして息をしていない、血の気の失せた、粗末な台に横たわる姿。

 ──彼女が、生きている。探している子供かもしれない彼女が。

(……想像で敵を描くな、か)
 確かにそうだ、とクラピカは思った。想像や先入観で思い込んでしまうのは、愚かなこと。常に正しい現状を把握し、目的を達成せねばならない。
 ──そうだ、敵は必ず寄ってくる。ただ自分は、それを迎え撃てばいいのだ。
 まだまだ街の影さえ見えない、遠い地平線。珍しくも国道の脇に人が数人歩いているのを視界の端に捉えながら、クラピカは背筋を伸ばし、沈黙をただ黙って飲み込んだ。






「──13人が一堂に会するなんてなァ、何年ぶりだっけか」

 遠く地平線が広がる、砂埃の舞う荒野。
 ところどころに背の高いサボテンと水気の少ない植物が点在するのみの地を上空から見れば、細長い蛇がのたくるような国道のラインがよく分かるだろう。
 そして、その脇を黙々と歩いている4人のうち、ぞんざい、かつこなれた風情で“キモノ”を着こなした髭面の男──ノブナガが、数台の高級車が道を通り抜けたあと、特定の誰に問いかけるでもなく言った。

「3年2ヶ月、……と言ても、あの時とは2人面子が違うね」
 4番と8番は別の奴に変わった、と答えを返したのはフェイタン。彼のいう3年2ヶ月前とは、クルタ族襲撃のことを指す。それ以降は「暇なやつ集合」だったり、全員総出であっても欠番があったりだったので、13人すべてが揃うのは久々だった。
「皆、それぞれはちょくちょく来てるだろうけどね。シロノがいるから」
 そう呟いたのは、最も“ちょくちょく来ている”筆頭である、マチ。彼女はその念能力からクロロを始めとするメンバーに必要とされる事が昔から多く、更に今ではシロノの服を制作するのがもはや趣味となっていることもあり、よくシロノらの元を訪れるのだ。

「マチ……。4番ヒソカの野郎は……」
 のしのしと、その巨体に合った足取りを進めながら、フランクリンがつぶやく。
「今日は、ちゃんと来るんだろうな……」
「知らないね、あたしに聞くな」
「お前の役目だろ」
「来い、と伝えただけだ」
 フランクリンの口調もぶっきらぼうだが、マチも、先程までの気楽な雰囲気が一転して、心底うんざりした口ぶりだった。
 マチはメッセンジャー、連絡員として使われることが多く、それに対して文句はないが、必然、よく収集を無視するヒソカに会う機会も多く、マチは心底気に食わない。この間天空闘技場までメッセージを伝えに行った時とて、シロノの面倒を見に行くついでだと自分に言い聞かせながら嫌々向かったのだ。

「ワタシ、ヒソカ嫌いね。何故団長アイツのワガママ許すか?」
 こちらも、嫌悪感を濃く滲ませて言ったのは、フェイタン。
「腕がいいからだろ」
 ノブナガが茶化したような口調で言う。
「アイツの『伸縮自在の愛バンジーガム』は、よーく出来てる。ありゃ戦りづれェぜ、正味な話」
「それが何か。団長がヒソカの事怖がてる言うか、許さないよ」
「そーじゃねェけどよ」
 フェイタンの心中をわかっていてのからかいか、それとも本心か、ノブナガの口調はどこか笑っている。

 それは、天空闘技場で自分が鍛え直したシロノの“発”開発の修行を、自分の後を引き継ぐ形でヒソカが受け持ったということを聞いてから、フェイタンのヒソカ嫌いが悪化したという一件による。元々気に食わなかったのが、この一件で更に悪化したのだ。
 なら途中で放り出さずに最後まで面倒を見ろ、とは、皆が思っていても口に出さなかったが。そして同時に、あのフェイタンが子蜘蛛に想像以上に目をかけている、という、彼ら的に笑える事実も。

「買いかぶりだ。大したことねェよ、あんな奴」
 そしてこちらは、ただ純粋にヒソカが心底気に食わないらしいフランクリン。基本的に慎重で冷静な彼が、こうも感情的にぶつくさ言うのは珍しくもあり、ヒソカの嫌われぶりがよくわかる。
「口だけなら、何とでも言えるからなァ」
 ぼそりと、ノブナガが言う。
 ヒュオオ、と砂を含んだ大きな風が吹き、同時に4人が黙った。端から見れば喧嘩の直前のような剣呑さにも感じられたその空気だが、実のところ、ヒソカの話題で悪くなった気分を、お互い挨拶がてら手合わせして吹き飛ばそうぜ、という、付き合いの長い彼らの間での提案と承諾であった。
 もちろんフランクリンに否やはなく、タイミングを測って、ノブナガとのやり合いが始まる。あくまで手合わせ、その証拠に、ふたりとも能力は使わず単なる素手での殴りあいである。

「団長、一体何する気だろ」
 背後で生身の人間同士のやり合いらしからぬ音を立てている二人を無視し、マチが言う。殺し合いは好きだが手合わせにはあまり興味がなく、後ろでやっているじゃれあいに参加しなかったフェイタンが、細い目をチラリとマチに向けた。
「そりゃ、ワタシ達盗賊。モノ盗むに決まてるね」
「どこ狙うと思う? あたしは古書全般だと思う」
 団長、本好きだし、と言ったマチの表情は、先ほどの害虫でも見るような顔とは打って変わって機嫌がよさそうだ。ヒソカのことはもう忘れることにしたらしい。
「違うね、きとゲームね」
「ゲーム?」
「世界一高いゲームソフト、何本か売りに出されるよ。しかもこれ世界一危険なゲームらしいね。興味あるよ」
「でも所詮ゲームでしょ? あ、ロマシャ関係のオークションもあるって聞いたよ。そこも可能性あるんじゃない?」
 シロノとアケミ、この母娘の影響、そして一筋縄では情報が集まらないロマシャに、クロロは細く長い興味を抱き続けている。ここヨークシンにも、かなり前からやってきて、慷慨で行われるフェスティバルに参加しているということも聞いていた。

「ま、何を盗るか。行けばわかるよ」
「そうだね。──二人共! もう着いたよ!」
 金色の鍵を握りしめ、マチが後ろの二人を呼ぶ。
 マチがその鍵を、慣れた様子で空中に挿し込み、くるりと回す。すると、砂埃ばかりの広い荒野に、唐突に白い家が一件現れた。
 そして4人がぞろぞろとその家に入って行くと、「砂を落としなさい!」という若い女の怒鳴り声とともに家は消え、また砂埃が舞う荒野だけが残った。
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BY 餡子郎
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