点と線を繋ぐように(2)
「昨日ね、レイブンクローと合同授業だったの」

 ネットを畳みながら、嬉しそうに言ったのは紫乃だ。
 紫乃とは反対側の端を掴んでいた紅梅は、目をぱちくりとさせた。首を傾げた拍子に、艶々とした緑の黒髪が、さらりと流れる。黄色のリボンは、ハッフルパフ寮のシンボルカラーと相まって、とてもよく似合っている。なにより、黒に映える。

 昨日のピーブスの一件から、以前よりきっちりと髪を結うようになったようで、紫乃には真似できそうもないくらいに複雑に編み込まれていた。
 「晩御飯の後だから、眠くならないか心配だけどね」
 ふふっと笑って、端を摘まんだまま紫乃が駆けより、二人でネットの端と端を合わせ、半分で折る。
 子供の身体からすれば、テニスのネットは大きい。片付けの際には、どうしても二人で協力しなければならないのである。

「えっ、あのあと授業だったの?」

 紫乃の声を拾った千石が、ボール拾いの作業の傍ら、顔を上げる。用具の後片づけはマネージャーの役割、と二人で決めたことであったが、どうしても、と言って譲らなかった千石。なし崩しのような形で、結局は千石も手伝い係に納まった。

「うん! 天文学!」

 元気よく答えた紫乃に、紅梅と千石は揃って「あっ」と思い当たったような顔をした。

「夜に星を見る、ゆう? 昨日の晩やったん?」
「うん。望遠鏡で星を見たよ。すっごく綺麗だった!」
「へぇ。ほな寒いやろうし、温こうした? せなあかんえ?」

 イギリス北部となれば、9月でも夜は冷える。やんわりとした紅梅の口調に、元気よく紫乃は応じた。

「だいじょうぶだよ。マフラーも持って行ったから」
「グリフィンドールがレイブンクローと、ってことは、ハッフルパフはスリザリンと合同ってことかあ。あ! それで紫乃ちゃん、そんなに嬉しそうなんだ? 手塚君と一緒だったから」

 こと女の子のことなら、頭の回転が速くなるのか、紫乃が嬉しそうな理由を、いち早く千石は突きとめた。
 こくこくと何度も頷く紫乃に、同い年ながら微笑ましい気持ちなのか、よしよしと紅梅紫乃の頭を撫でた。ふわふわとした茶色の髪は、黒く艶やかな紅梅の髪質とはまったく異なるそれだ。猫を撫でている気持ちになる。
 それは、傍らで見ている千石も同じ気持ちだ。カワイイなあ、とだらしなく鼻の下が伸びる。ここに真田がいれば、あまりいい顔はしないだろうが、その彼は部室で着替えを済ませ、とっくに課題に取り組んでいるだろう。鬼の居ぬ間になんとやら、だ。

 ネットを畳み終え、千石と一緒にボール拾いの作業に移る。
 テニス部は実力者揃いなので、基本的に頓珍漢な方向へボールを飛ばす部員はいない。おかげで、作業はすぐに終わった。

「で、でも、きっと私だけだよ、嬉しかったのは」

 はにかみながら、紫乃は苦笑する。小学校では、手塚に授業以外ではずっとひっついていたので、迷惑を掛けているだろうなあと思っていた。思いながらも、離れられなかったのは、手塚が優しいからだ。
 その優しさにずっと甘えていたので、こうして寮が離れ、寂しいながらも「みっちゃん離れ」の第一歩になったのでは、と切り替えることにしている。

「みっちゃん、いつも通りだったもん」

 その言葉に、少しの寂しさが滲んだのを、紅梅も千石も見逃さなかった。
 別に二人きりで授業を受けたかった、とかそういうのではない。ただ、嬉しかったのが自分だけなのだ、と感じて、紫乃はほんのちょっと落胆したのだ。
 変だよね、と困ったように眉を下げる紫乃に、千石は「変じゃないよ、全然! 全っ然、変じゃないよ!!」と力強く言ったので、逆に紫乃の方がびっくりしてしまった。

「お、おおげさだよ、キヨちゃん……」
「だってさあ! 紫乃ちゃん、手塚君のこと好きでしょ?」
「うん、すき」

 恥ずかしげもなく、さらっと返されたので、むしろ聞いた側の千石が、きゅん、と、ときめいてしまった。なんだか無性に照れる。
 しかし、紅梅は、紫乃から「ちゃんも真田君のことすきだよね?」と聞かれ、返事にこそしなかったが、蕩けるようにふにゃりとした笑みを見せたので、さらに千石が照れから悶えることになった。

「そ、そんなに好きだったら、きっと手塚君も同じだと思うんだけど……」
 なんとか悶えから復活した千石は、人好きのする笑みを浮かべた。
「だってさあ、初授業の変身術の授業で、手塚君ったら紫乃ちゃんがいれば、って顔にデカデカと書いてあったよ?」
「えっ」

 そんな、ありえない。表情で物語る紫乃に、「ほんと、ほんと!」と千石が力説する。

しーちゃんが思うよりも、手塚はんはずぅっとしーちゃんのこと、好きやと思うんよ」
「そ、そうかな」

 おっとりしながらも、迷いのない断定をした紅梅に、紫乃は恥ずかしそうに俯いた。
 「俺もそう思うよ!」千石もまた、後押しするように笑った。

「それにさ、手塚君、変身術はけっこう困ってるみたいだから、アドバイスとかしてあげたら、きっと助かるんじゃないかな!」
「え! みっちゃんが!?」

 完全無欠な模範生、と教師から手放しで称賛される、手塚の姿しか知らない紫乃は、授業で途方に暮れる幼馴染の姿など、想像することすらできなかった。
 授業での様子を詳しく説明した千石と紅梅に、「ああ……うん……みっちゃん、おままごととか、一緒にしてくれなかったもん……」と零す。

「ペットの猫ちゃん役をやって、ってお願いしてもね、ニャーって鳴いてくれなかったもん」

 うっかり「ニャー」と鳴く手塚を想像して、吹きそうになった千石だが、ぐっと堪えた。
 「お父さん役でも、『ああ』しか言ってくれないの」と、昔のことなのに、今のことのように不満が出てきた。優しい幼馴染への不満は、後にも先にもおままごと遊びに関しての一点のみである。

「弦ちゃんも、えらい難儀してはって……」
「でもあれ難しいよね。イメージってこう、意外と力が入っちゃってさあ。お陰で変に肩が凝るんだよね」

 次の変身術の授業までに、なんとか針に変化させたい、と練習を重ねている千石は、コキコキと肩を鳴らした。
 それについては紅梅も、紫乃も同意見だった。もっとも、今日が初めて変身術の授業だった紫乃は、変身術の呪文に疲れた、というよりは、厳しいマクゴナガルの授業に、気を引き締め過ぎて気疲れしたことが、理由の大半であろう。

「うち、あと少しのとこまでは来てるえ」
「私も」
「一緒やねぇ」
「一緒だねっ」

 日本語でなら変化させることのできる紅梅は、発音さえなんとかなれば、他に問題点はない。
 紫乃の方は、もともと呪文を唱える、という形式には慣れ親しんでいるため、呪文を唱え、内なる魔力を杖に伝える、という一連の動作に関して言えば、女子でただ一人だけ針に変えることに成功したハーマイオニーよりも、ダントツに秀でている。ただ、イメージしたものを如何にして杖に伝達するか、という点をクリアすればいいだけだった。
 優秀な女子二人に、千石は軽快な口笛を吹いた。ちなみに、千石もコツが掴めそうなので、あともう一息というところだ。

「せやし、授業まで時間あるんやったら、手塚はんを手伝ぅたげたら、きっと喜ばはるえ」

 今まで頼る側であった紫乃からすれば、頼られる側の手塚を手助けする、というのが戸惑いを隠せないらしい。

「もし、うちがしーちゃんに助けて欲しいてお願いしたら、助けてくれる?」
「もちろんだよ!」
「ほなら、きっと手塚はんかておんなしや」

 満面の笑顔を浮かべた紅梅に、紫乃は目をぱちぱちとさせ────照れ笑いを浮かべたのだった。





 ところ変わって、テニス部部室。
 グリフィンドール生とスリザリン生も変身術の初授業を迎え、部内では変身術についての議論が交わされていた。
 「あんなもん、素で出来るだろうが」と、事も無げに言い放つ跡部は、いつも通りである。生粋の魔法族、というだけでなく、天性の素質の成せる技といえる。
 しかし、手塚や真田からすれば、ぐっと奥歯を噛みしめさせる発言であった。フリットウィックの「妖精の呪文」を受けたことで、呪文を唱えて術を発動させることに成功はしたものの、どうもまだ変身術には慣れない。

 「難しい人からしたら、難しいと思うで」と、苦笑しつつやんわり言葉を挟む白石に、手塚は心の底から同意した。

「呪文学みたく、呪文を完璧に発音して、ほんで完璧に杖を振ったら発動する魔法とちゃうもん、変身術て」
「イメージを杖に伝達する作業、というのが必要不可欠な要素だからな」

 微苦笑を唇に浮かべた柳に、白石は乾いた笑いを見せた。最近のブームがヨガである彼にとって、イメージトレーニングというのはさほど苦ではなかったものの、魔力を杖に伝えるイメージ、なんて漠然としたものに対して、想像力を働かせるのは困難を極めた。
 それでも、授業中に成功させたあたり、元々の才能があったと言える。

「そのうち簡単にできるようになるよ。自転車に乗れた時みたいに、案外あっけないかもしれないよ」

 温和な笑顔の不二だが、スリザリンでは跡部に次いで、成功させている。
 不二のお家芸である黒魔術は、何よりもイメージの力が物を言う。そして、あるタイミングにおいて、己の身の内に秘める魔力を自在に発せなくては、意味がない。経験ゆえの結果であった。

「そうだね。でないと、そろそろ真田が貧血で倒れないか心配だよ、俺は」
「余計なお世話だ」

 指の2,3本ほどに絆創膏を貼っている真田が、低い声で吐き捨てた。手塚と同じく、真田もまた「妖精の呪文」の授業のおかげで、杖を使っての魔法力の発現は出来るようになった。なにより、マクゴナガルからの課題で、裁縫の腕は当初より格段に上達している。
 そんな真田の睨みにも動じていない幸村は、やたらと笑顔だ。言うまでもないが、幸村も成功組の一人である。

「フフ……手塚。安心するといい。心強い助っ人がいるだろう?」

 乾が笑い、キランと眼鏡が光るのと────部室の扉が開かれたのは、ほぼ同時だった。
点と線を繋ぐように(1)(2)(3)