組み分け後
 その後、白石蔵ノ介という男子生徒が、グリフィンドールに決まった。
 貞治と蓮二がレイブンクローへ決まったのはまさに予想通りだったが、国光もレイブンクローだったのは、少し意外だった。まだあまり人となりを知らないのではっきりしたことは言えないが、なんとなく、グリフィンドールであるような気がしていたからだ。
 そして精市がグリフィンドール、最後に、清純がハッフルパフになった。

「ヤッホー! 二年間よろしくねー!」

 非常に明るく、跳ねるようにしてやってきた清純に、ハッフルパフの面々は、今度こそ何の戸惑いもなく、朗らかに彼を歓迎した。
 この頃には、その寮のテーブル席に着いた途端、新入生の制服のカラーリングがその寮のものになる──、という魔法に弦一郎も気付いていたが、清純の橙色の髪と緑の目に、ハッフルパフのカナリア・イエローは、とても明るい組み合わせだった。

 こうして、日本人留学生らが概ね偏りなく、平等に四つの寮へ組分けられたことに、皆納得と安堵を浮かべているようだ。
 スリザリンは景吾と周助の二人だけではあるが、どちらも名家であるし、特に跡部景吾の存在は非常に大きい。
 四つの寮の中で、日本人留学生の獲得数が一番少ないことに不満を覚えているスリザリン生は、一人もいなかった。むしろその逆という感じである。

「続いて、通常通りの組み分けを行います。こちらはABC順ですよ──アボット・ハンナ!」

 マクゴナガルの声が朗々と響き、通常の入学生らの組み分けが行われる。
 特にハリー・ポッターがグリフィンドールに決まった時の歓声は、跡部景吾がスリザリンに決まった時の歓声と匹敵した。

 ハリーを含め、弦一郎と面識のある、ネビル、ハーマイオニーは、皆グリフィンドールに組み分けされた。
 紫乃の時と同じく、ネビルがグリフィンドールだったのは少し意外だったが、怒鳴りつけても泣かず、夜目が全くきかない中でなんとか歩き通した根性を見ていたので、まあ大丈夫だろう、と弦一郎はひとり頷いた。
 ハーマイオニーも、蓮二ほどではないにしろ博識で、成績にこだわるようだったのでレイブンクローを予想していたのだが、あの気の強さのほうが、帽子に注目されたのに違いない。

 また、名前は知らないが、精市に喧嘩を売ってどうやらひどい目にあったらしい、青白い顔色にプラチナブロンドの少年と、それとセットのような巨漢二人は、揃ってスリザリンになった。
 ちなみに、巨漢のうちの廊下にくずおれていたほうは、顔の落書きがそのままだったせいで、マクゴナガルのこめかみに青筋が浮き、弦一郎は再度彼らに同情した。

しーちゃん、グリフィンドールやて、どうもおへんやろか……」

 紫乃がグリフィンドールに組み分けされたということが、紅梅も気にかかっていたようだ。面識のない新入生たちの組み分けが続く中、こっそりと彼女は言った。

「手塚はんとも離れてしもて。泣いとおへんやろか。心配やわぁ」

 入口から見て、左からスリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ、一番右がグリフィンドールの長テーブルとなっている。首を伸ばし、ちらちらと隣のグリフィンドールのテーブルを伺う紅梅は、もはや姉、いっそ母親のようである。
 しかし紫乃には、人に保護本能を呼び起こす何かがあるので、弦一郎も、その気持ちはよくわかった。あの小さい少女がまためそめそ泣いているのではないかと思うと、無力な子猫が夜道に捨てられているのを想像した時と、同じような気分になる。

「確かにな……だが、グレンジャーもグリフィンドールだ。男のロングボトムの世話をあれだけ焼ける奴なのだから、同姓の、しかも藤宮なら、率先して目をかけてくれるのではないか?」
「ああ、それはうちも思うわ」
「なになに? あのちっちゃい子、そんなに頼りないの?」

 向かいに座り、新入生から最上級生までの女性とをくまなくチェックしていた清純が、会話に入ってきた。

「頼りないいうか……なあ?」
「ああ……なんというか……なあ?」
「そんな、二人の間だけでわかる会話されても困るんだけど」

 清純が、生暖かい目になった。汽車で一緒になってからというもの、彼はなぜか、二人に対してよくこういう目をするようになっているが、弦一郎にはその理由がさっぱりわからない。

 その時、ワッ、と、グリフィンドールのテーブルの真ん中辺りから、かなり大きい歓声が聞こえた。
 何事か、と思い、漏れ聞こえる人々の声に耳を傾ければ、なんと紫乃が精市に、盛大に泣きぐずりながらも友達になってほしいと申し出、それを精市が受け入れた、ということだった。

 事情の分からないハッフルパフ勢は、「え、告白とかじゃなくて?」「お友達になったぐらいで、なぜそこまで?」と疑問符を浮かべていたが、紫乃のキャラクターを知っている弦一郎と紅梅は、揃って安堵、いやいっそ感動すら覚えた。

「まあ、しーちゃん、お気張りやったんやねえ……!」
「幸村と友誼を結ぼうとするとは、なんと勇敢な! 藤宮、実は真にグリフィンドールにふさわしい人材であったか……!」

 そのリアクションに、清純は軽く戸惑った。
 精市と友達になることを「勇敢」と称する弦一郎のナチュラルな失礼さは置いておくとして、ただ友達になっただけでここまで言われる少女とは、一体どこまでか弱く頼りないのだろう。
 弦一郎と紅梅の反応を見る限りでは、藤宮紫乃という少女が同い年であるとは、とても思えない。せいぜい幼稚園児ぐらいの扱いであるように感じる。

 今も二人して相当深く感じ入っているようだが、その感動具合といったら、例えば『はじめてのおつかい』でみっつの子供がおつかいを成功させた時とか、幼稚園の運動会のかけっこで転んだ子が、泣くのをこらえて立ち上がった時の両親のようである。

「ああ、よろしおした! そやし、留学生の中でも少ない女の子同士やもん、仲良うせな」
「……ん?」

 顎の前で手を合わせ、さもいいことを言った、という感じで顔を輝かせる紅梅に、清純が変な顔をした。弦一郎がさっと目を逸らす。

「……ん? あれ? ……え? ……女の子?」
「ああ、キヨはん、もしかしてせぇちゃんのこと、男の子やと思てはる?」
 紅梅は頬に片手を当て、「勘違いしはるお人、多いんよねえ」と、しみじみと言った。
「せっかくえろぅきれいな子やのに、男の子みたいな格好ばーかりしてはるから。名前もなんや違うし。ほんまは“せい子”ちゃん、ていうんよ
「……へー?」
 清純は、ちらっと弦一郎を見た。弦一郎は完全にあさっての方向を向いており、しかも、口を押さえて肩を震わせている。
 しかしそんな弦一郎に全く気付かぬまま、紅梅は言った。

「列車の中でも、キヨはん、せぇちゃんによぅ着いていかはったから、女の子やてわかってはるんやと思てたわ」
「えー……」

 ナチュラルに、常に女の尻を追いかけている奴だと認識されているのもあれだが──いや否定はできないが──本気で精市を“本名はせい子という女の子”として話している紅梅に混乱を起こした清純は、そっぽを向いて我関せずを貫こうとしている弦一郎の震える肩をぐっと掴み、紅梅と少し離れる感じに引いた。

「ねえ、ちょっと、どういうこと」

 向かい合って座っているため、清純は大きく身を乗り出し、そして弦一郎を引き寄せるようにして、小さな声で尋ねる。

「一応確認するけど、幸村くん、男だよね?」

 精市はあの容姿で、声も声変わりしているのか怪しく、せいぜいアルトだ。スカートを履いていれば女の子として紹介されても全く疑いを持たないことは明白だが、一人称は「俺」だし、何より少しでも話せば、彼が凄まじく男らしい性格であることは嫌でも理解できる。
 それに、清純は女の子が大好きである分、そのひとが男か女かを見分けるのには、ある程度自信があった。

「……ああ、男だ」
「……本当に?」
「本当だ。一緒に風呂に入ったこともある」

 弦一郎の答えに、ああじゃあ確実だ、と、清純は一応ほっと息をついた。
 そんな清純に、弦一郎は、紅梅に聞こえないようにぼそぼそとした声で、初対面の時に精市が女装をしていて、それを恥ずかしがった精市によって、女の子、“せい子”として紹介したこと、そして紅梅が今でもそれを信じきっていて、おそらくはっきり説明せねば、これから先も疑いもしないだろう、ということを説明した。

「……なんではっきり説明しないわけ?」

 汽車の中で、「制服でもズボンなのか」という精市に対する紅梅の言葉の意味、そしてその時非常に気まずそうな顔をした精市のリアクションの意味を理解した清純は、怪訝な顔で弦一郎に問うた。

「女として紹介しろと言ったのは、幸村本人だ。だからあいつが自分から言うか、もしくは説明してくれと頼みに来ない限り、俺がどうにかしてやる義理などない」
「……うん。真田君、もしかして、面白がってない?」
「面白がってなどおらん。ただ自業自得だと思っているだけだ」
「つまり、“ざまぁ”とは思っているわけだね

 そう言うと、弦一郎は再度口を抑え、「くっ!」と、何かに耐えるような声を出した。ぶるぶる肩が震えているので、彼の腹筋は今、さぞ鍛えられていることだろう。

 そして清純は、弦一郎と紅梅が仲良く──はっきり言わせてもらえばいちゃいちゃする度に、なぜああまで苦虫を噛み潰したような顔をするのかも、なんとなく理解した。
 自分で撒いた種とはいえ、紅梅にすっかり女の子だと思われている精市に対し、紅梅にまるで男の代表のように扱われている弦一郎。そして実際、弦一郎は、間違っても女の子だと思われることはない、非常に男らしい容姿をしている。

 それに、もし清純が精市の立場だったら、弦一郎の男らしい容姿に、多少なりともコンプレックスを抱いてもおかしくない。
 まあ、あの精市に限ってそれはないだろうが、少なくとも、“死ぬほど忌々しい”くらいは、確実に思っている。

 そして弦一郎もまた、“あの”幸村精市が、こんな間抜けなことで気まずそうな、ばつの悪そうな顔をするのが、可笑しくてしかたがないのだろう。
 幼馴染で付き合いが長いだけに、どうも彼は精市の傍若無人さに振り回されてきた経験が長いようだし、そのぶん、このネタは傑作の笑いの種であるに違いない。

「さっきから思ってたんだけど、君たちってなんか、仲が良いのか悪いのかよくわかんないなあ……」
「良くも悪くもない。ただの腐れ縁だ」

 笑いを何とか収めた弦一郎が、ぶっきらぼうに言った。

 そしてWの頭文字であるロンが無事グリフィンドールに組分けられ、最後に、ザビニ・ブレーズという生徒がスリザリンに決まると、今年度の新入生の組み分けは、全てが終了したのだった。



「そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」

 組分けの儀式終了後、笑っていいのか悪いのかわからない音頭をダンブルドアが取り、歓迎会、兼夕食が始まった。
 目の前にずっと並べられていた金の食器には、誰も給仕をしなかった。ひとりでに料理が現れたのだ。
 どこかで誰かが料理したものがここに移動してきているのか、それとも料理そのものを空中から出現させているのか──と、弦一郎は、驚かなくなった代わりに、そういうことを考えるようになった。

(……蓮二に聞こう)

 しかし入学したばかりで魔法のまの字もわかっていない身では、考えたところでわかるはずもない。疑問は後回しにして、弦一郎は、目の前の料理に手を付けることにした。

 長く列車に乗り、到着後も、登山までではないが充分ハイキングといえるくらいの道程を経てホグワーツまで歩き、しかもそれなりに重いネビルをほとんど引きずってきた弦一郎は、なかなか疲れていて、食事も時差の関係で中途半端だったがために、かなり腹が減っている。

 当たり前だがメニューは洋食、イギリス料理が中心だった。
 ローストビーフやローストチキン、ポークチョップ、ラムチョップ、ソーセージ、ベーコン、ステーキと、これでもかと動物性たんぱく質が並ぶ。
 魚料理は、いわゆるフィッシュ・アンド・チップスのフィッシュで、衣をつけて揚げたものだ。同じくポテトを揚げたチップスとともに茹でたポテトやグリルポテトもあるが、それ以外の野菜は、缶詰からそのまま出したような豆のボウルと、人参のグラッセしかない。
 ポテト以外の炭水化物は、パンと、ヨークシャー・プディング。

 まさにイギリス料理、そして、肉食! という感じのボリュームのある食事は、今の空きっ腹にはごちそうだ。
 しかしこの先も毎日これというのは、なかなか重いかもしれない、と思う。思うが慣れるしかないことなので、今日はどれも少しずつ食べて慣れておこうと、弦一郎は紅梅と手分けして料理をよそう。
 そして手分けしていることにすぐに気付いた周囲が親切に手伝ってくれたので、二人はあっという間に食事を始めることが出来た。

 時間が過ぎれば過ぎるほど、ハッフルパフの人々が、噂に違わず本当に穏やかで誠実で、とても親切だということがわかった。
 ホグワーツで過ごす間は自寮の生徒が家族のようなもの、というのがマクゴナガルの言葉だが、弦一郎も紅梅も、そうして親密に過ごす仲間がこのハッフルパフでよかった、と心から感じていた。

 ハッフルパフ憑きのゴーストである太った修道士、こちらも大層温和で、寛容な性格だった。ずっとにこにこしていて、ゴーストではあるが全く恐ろしげではない。
 自身もかつてハッフルパフ寮の卒業生だったという彼は、自寮の生徒を心から愛しているようだった。

「……あかん、しんどい」

 いくらかの料理を食べ、紅梅は、ローブの内側をごそごそやって、箸箱を取り出した。中からは、昼食の時にも使っていた、赤い塗り箸が現れる。

「ナイフとフォークも使えんことおへんけど、やっぱり使い辛ぅて」
「うむ……そうだな。俺も持ってくればよかったか……」
「ああ、弦ちゃんもいる?」
 自宅での食事は箸のみゆえ、フォークでの食事に四苦八苦している弦一郎に、紅梅はまたローブの内側をごそごそやって、黒い箸箱を弦一郎に寄越した。
 用意の良すぎる紅梅に弦一郎は呆気にとられたが、ありがたく使わせてもらうことにして、箸箱から箸を取り出す。紅梅と色違いの、黒の塗り箸だった。

 そして、箸が珍しいせいで、更に注目を浴びる。
 西洋人の彼らにとっては、二本の細い棒で食事をするほうが、よほど器用で不思議な光景に見えるようだった。

「あっ、ちゃんすごい。俺にもちょうだい!」
「へえ」
 ナイフとフォークで問題なく食べているくせに、清純が威勢よく手を上げると、紅梅はまたローブの内側をごそごそやった。
 そして出してきたものを、「はい」と清純の手に乗せる。

「………………割り箸……」

 おてもと、と筆字で書かれた紙袋に入った使い捨てのそれに、「なにこの差……」と、清純は呆然と呟く。正面の紅梅は箸で上品に肉を食べながら、「そやかてかさばるし」と、当然のようにのたまった。

「……帽子が、“スリザリンだが”って言った意味が、わかったような気がするよ……」
「うち、ハッフルパフどすえ?」

 唇を尖らせて、きゅっと小首を傾げる紅梅は、かわいい。かわいいが、あれは隣にいる男専用なのだな、と、清純は深く理解した。

 その男はといえば、箸で豆をつまんでは周りに拍手されており、何一つわかってはいないのだけれども。
組み分け後1//終