No.001/6月某日(1)
「兄様、本当にここなの」

 だだっ広い更地の真ん中に突っ立った兄を横目で見上げ、カルトは不信げな声を出した。
 再来月、幻影旅団から受けた仕事は、ほぼ家族総出の大仰なものになる予定なのだが、それにカルトも連れて行かれる事になった。
 そして今回は、その幻影旅団からのわざわざの呼び出しである。呼び出しを受けたのは旅団と最もやり取りのあるイルミだけだったが、シロノという同じ年頃の念能力者にA級賞金首首領であるクロロ、ロマシャのアンデッドの中でも珍しいゴーストであるアケミ、彼らと接することは大いに経験になるだろう、と、今回の呼び出しにカルトも連れてこられたのである。
 イルミは弟の方を見ないまま、ポケットから封筒を取り出した。逆さにすると、紙の上を滑って、金色の鍵が彼の掌の上に落ちる。

 イルミは鍵を持ち、──空中に挿し、回した。

「え?」
 いきなりパントマイムを始めた兄に、何事か、とカルトが呆気にとられる間は、そう長くなかった。
 目の前に突然現われた、白い家。そのドアに挿さった金色の鍵がフッと消え、イルミは迷いなくノブを掴む。
 ぽかんと口を開けてそれを見ていたカルトだが、ドアが締まりそうになるのに気付き、片手の紙袋を持ち直し、慌ててその隙間に入り込む。
 黒と見紛うような濃い紫の振袖がドアの隙間に消えると、ドアと家もまた消え失せる。そしてそこには、また何もない更地だけが残ったのだった。



 窓の無い、部屋の中。
 青白く発光する鱗をもつ長い身体が、空中で、ゆったりと優雅にくねっている。

 それぞれゆうに2メートルはあるだろう『密室遊魚インドアフィッシュ』が泳ぐその様を、シロノは相変わらず白か灰色か判別のつき難い、色の無い目で追っていた。
 前々から、この魚はシロノのお気に入りである。僅かに燐光を発する魚が空中を優雅に泳ぐ様は見事であるし、よく見れば可愛らしい顔をしている。
 シロノは愛嬌のある魚たちを眺めつつ、そしておもむろに、両手に持ったそれをそっと掲げ、厳かな表情で言った。

「いっただっきま────……」
「食うな」

 ゴッ、と鈍い音を立てて、分厚い本の角が、白い頭に落とされた。
 シロノの頭をどついたのは、表紙に人の手形のような意匠が描かれた本である。この本を使ってクロロは数々の能力を呼び出すが、この本そのもので攻撃をしたのは初めてだ。
 あまりの痛みに声も無く踞って悶絶している子供を呆れ果てた目で見下ろしつつ、クロロは手に持った『盗賊の極意スキルハンター』をパタンと閉じた。それと同時に、魚たちもフッと煙のように消え失せる。
「ああー、お魚が!」
 魚が消えた虚空を悲しげな表情で見遣り、子供が叫ぶ。
「黙れ。俺は魚で訓練をしろとは言ったが、魚を食えとは言ってない」
「骨がポリポリして美味しいんだよ」
 既に一匹食っているらしい。

密室遊魚インドアフィッシュ』には攻撃が効かないので、通常殺されて減るという事は無いが、食われるとなるとまた話しが違ってくる。だから止めたのだが、しかし魚の数は減っていなかったので、食われても発動し直せば数は元に戻るようだ。
 クロロはそれを初めて知ったが、おそらく能力の本来の持ち主も、人食い魚を逆に食われるなどという事は、さすがに想定していなかっただろう。
 それにしても、フィッシュナイフとフィッシュフォークを両手に持って不貞腐れている子供を、念使いとして道具を取り落とさなかったのはよしと褒めるべきか、それとも相変わらずの食い意地と呆れるべきか。

「ちょっと、何騒いでるの」
「ママ!」
 朱い髪を揺らして現われた女に、シロノが駆け寄る。ロマシャの民族衣装を纏った腰にばふっと抱きついた子供は、甘ったれた様子で言った。
「ママぁ、パパがお魚食べさせてくんなかったー」
「あらあら、魚の一匹や二匹でケチくさい男ね! 食べられたくないなら自分の名前を書いておきなさいって前も言ったでしょ」
 おおよしよし、と娘の頭をなでくり回しつつ、アケミは前に冷蔵庫の中のプリンを取った取らないでモメた時と全く同じことを言った。
 念願の娘との再会を果たしてから、アケミの親バカぶりといえば、甘やかし放題甘やかし、白いものも黒くなるといった有様で、もはや常軌を逸していた。いや前から十分逸していたが、言葉を交わし、手を触れられる状態でのそれはヴィジュアル的にも強烈だった。

 そんなわけで、反論するのも面倒だったので、クロロはため息をつきながらもう一度『盗賊の極意スキルハンター』を開き、『密室遊魚インドアフィッシュ』を呼び出した。食っても減らないなら問題なかろう、と判断したらしい。
 再度空中を泳ぎ始めた魚たちを見て、「わあい!」とシロノが歓声を上げ、ナイフとフォークを持って魚を追い回し始めた。
シロノ、魚だけじゃなくて他のものも食べるのよー」
「はあーい」
 シロノは元気よく返事をすると、パウンドケーキでできたソファの背をばりっと毟り、むしゃむしゃ食べながら一階に降りていった。

 アケミが編み出した新能力、『私の小さな白い家スウィート・ホーム』。

 これは、彼女の思い描く「理想の家」を半具現化するという、かつての『レンガのおうち』を発展させた能力である。
 発動するにはある程度の広さの更地が必要だが、建てた「家」は、『レンガのおうち』同様の鉄壁の防御力を誇り、外からの破壊・不法侵入は絶対に不可能である。更にアケミが許可した人間以外は中に入ることが出来ないし、一度中に入らないと、外から認知・目視する事は不可能。
 また、「家」は全てアケミのオーラの具現化なので、あらゆる家具その他全て、シロノが食べる事も出来る。見た目もお菓子や料理で出来ており、先ほどのパウンドケーキのソファのように、床は巨大なビスケットがタイルのように敷き詰められ、机はチョコレートで出来ており、人ひとりが寝転べるようなハンバーガーのクッションなど。普段は単なる食べ物モチーフの家具であるが、食べる石を持った途端にそれそのものになるのだ。その面においては、まさに『お菓子の家スウィート・ホーム』でもある。
 だが外部から物品を持ち込むことも出来、攻撃は全く出来ないが、防御・保護・隠遁に関して無敵に近い能力であるため、クロロを初めとする団員たちも、この「家」に籠っている事が多くなっていた。
『レンガのおうち』の名残か、アケミの建てる「家」には窓が無い、つまり密室なので、『密室遊魚インドアフィッシュ』を使う事が出来る。だから訓練としてあの魚を使ったわけだが、もはやあの子供にとって、念やオーラはすっかりイコール食べ物となっているようだ。

 ──カラン。

「あら、来たみたいね」
 玄関で鳴ったベルの音を聞きつけ、アケミが弾んだ声を出す。
「お客様が来るなんて初めてですものね! 目一杯もてなさなくっちゃ」
「ゾルディックをあまり過剰にもてなすと、嫁に取られるぞ」
「まー、クロちゃんも父親らしいことを言うようになったものね! 安心なさい、アタシも婿養子派だから。キープよ、キ────プ」
 やたら張り切っているアケミに肩をすくめ、クロロもまた、ゆっくりと階段を下りた。



「いらっしゃい! よく来てくれたわね!」
「……どうも」
「おじゃまします……。あ、これ、母からです」
 満面の笑みで迎えてきた朱毛の女に、イルミはいつも通りの能面顔で挨拶を返し、カルトは小さく頭を下げ、紙袋をアケミに手渡した。
「まあまあ、ご丁寧に……。……シロノ! イルくんとカルちゃんが来たわよー!」
 やたら通る声で、娘と同じく勝手な愛称で初対面の者を呼ぶアケミに、カルトは「なんだかウチの母様と同じ匂いがするなあ」、と、上目遣いに様子を伺っていた。おそらく、その判断はある意味正しい。常軌を逸した親バカという意味で。

「あ、イルミちゃん、久しぶりー」

 そして、エラ部分にフォークを刺され、しかも半分ほど食べられながらもまだビチビチと跳ねている『密室遊魚インドアフィッシュ』を片手に、シロノもまた玄関にやってきた。
「カルトもいらっしゃいー。カルトは久しぶりって気がしないね」
「メールしてるからね」
 以前初めてゾルディックに訪問した時、──別にあれから行っていないが──おそらくシルバだろう、ゾルディック全員の連絡先が書かれた紙がジャージのポケットに入れられていた事に、シロノは帰宅してから気付いた。そんなにシロノと息子の内の誰かを仲良くさせたいのだろうか。
 しかし手に入れようとすれば何千万、ともすれば億単位の値がつくだろうゾルディック家の個別の連絡先である。知っておいて損は無いだろう、ということで、シロノの携帯にはゾルディック全員の連絡先がズラリと並ぶこととなった。壮観である。
 そしてその中で、意外にも、よくメールをすることになったのがカルトだった。歳が近い念使い同士だからか、仕事の話、念の話、家族の話を中心に、二人はよくメールをした。
 第一印象が悪くなかったというのもあるだろうが、もしかしなくとも、天空闘技場でのキルアの様子を事細かに話してやったのが大きかったのだろう。あの時のカルトの食いつきぶりは半端ではなかった。
 殺し屋は友達を作ってはいけないらしいが、イルミも何も言わないし、きっとメル友ならセーフなのだろう、とシロノは勝手に判断している。
 ──シャルナークあたりに言わせると、「メル友って、友達より彼氏・彼女候補っていう意味合いの方が実質大きくない?」らしいが。



「そういえば、迷わなかったか? 外から見るとわからんだろう、この家」
「鍵貰ってたから、ちゃんと見えたよ」
 毟られていないリビングのソファに腰掛けたイルミが、淡々と答える。
 数日前、イルミ宛てに届けられた鍵は不思議な事にイルミにしか触ることが出来ず、そして鍵を持っているイルミにはアケミの建てた「家」の場所が何故か理解でき、辿り着けばその姿をきちんと見ることもできた。
「うふふ、お客様が来るなんて初めてだから、嬉しいわあ」
 にこにこして、アケミが本当に嬉しそうに言う。
 確かに、見る限りでは、一人娘のいる核家族家庭に兄弟二人が遊びにきた、というなんとも家庭的かつ平和な光景だ。
 ただし、一人がA級賞金首首領、一人がそのA級賞金首の一員、一人が幽霊、客二人は殺し屋、という内訳を除けばであるが。しかも彼らがいま居るのは、幽霊の念能力の内部である。

(やはり、“ままごと”なのだな)

 クロロはかつての頃を少し思い出したが、しかし不快感や、嘲笑めいた感情が特に浮かんで来るわけではない。ただ慣れた様子で、ゆったりとお茶を飲む。
「わあ、毒の入ってないお茶は久しぶりだ」
「毒入りケーキ……」
 どうもキキョウお手製だったらしいケーキには、軽めとはいえ、しっかりと毒が混入されていた。シロノは若干遠い目をし、カルトは物珍しげな表情でお茶を飲んでいる。
「でも、やっぱり毒が無いと違和感があるね」
「うちに毒の入ってない食べ物なんか無いからね」
 毒が入っていないお茶を物珍しげにすすっていたカルトの感想に、イルミが頷いて言う。世の中に存在する食べ物には基本的に毒は入っていない、と常識的なことを言う者は居なかった。

「なるほど。毒はゾルディックさんちのおふくろの味というわけね」
 アケミが言った。
 念能力者であるキキョウが作ったケーキであるので薄らとオーラが籠っており、その点ではシロノにとって有り難かったが、出来れば毒はやめて欲しい、とぼんやりと思った。言った所で無駄な事はわかっているので、オーラで消化分解器官を強化して毒を分解しつつ、黙って食べた。
「小さい頃から毒に慣らすと丈夫な子になるのかしら? シロノ、ママも料理に毒入れた方がいい?」
「やめて。絶対やめて」
 にこやかに恐ろしい事を言い放つ母に、シロノはぶんぶんと首を振りつつ、向かいのソファでシロノを実験動物を見る目で見遣りながら興味深そうな顔をしているクロロを殴りたい衝動を抑えた。
「初心者が安易に毒を盛るのはオススメしないよ。訓練なら、生かさず殺さずの量を見極められるようになってからでないと」
 イルミが言った。言っている事は物騒だが、アケミが納得して毒入り料理制作を諦めてくれたので、シロノはイルミに感謝した。



 そして子供らしくケーキとお茶をさっさと片付けてしまった子供たちは、暇潰しに折り紙を始めた。『密室遊魚インドアフィッシュ』で遊ぶのを、クロロに止められたからである。訓練にならない事も無いが、子供二人にフォークだの紙ハリセンだのでいじめられている念魚を見るのは、何やら切なすぎた。

「ところで、今回呼んだのは、ヨークシンの仕事の話?」

 イルミが切り出した。
 九月に開催されるヨークシンでのオークションにて、イルミはクロロに仕事を依頼されている。
 仕事に関する大概の用件は電話で済むが、電話でも言えない事もあるし、この「家」のような完璧な隠遁を可能にする念を持ってするならば当然用件はそれだろう、とイルミは判断したのだが、クロロは首を振った。
「それも多少あるが、今回はシロノの事だ」
シロノの?」
 イルミが、首を傾げる。
「あいつ、何ヶ月か前まで、天空闘技場に行ってたんだが」
「知ってる。うちの弟と対戦したんだろ」
「そこから帰ってきて以来、シロノはこの家から一歩も出ていない。出られないんだ」
「……出られない?」
シロノが日光過敏症だというのは知っているか?」

 日光過敏症とは、普通量の日光照射で、発赤、浮腫、あるいは発疹などの皮膚症状が出る体質の事だ。シロノはクロロに拾われた頃から既にその症状が出ていたが、天空闘技場から帰ってきてからというもの──いや、厳密にいうと、アンデッドとなってから、この日光過敏症が重度のものになってしまったのだ。
 以前ならば、晴れた日中でも、強めの日焼け止めを塗って日傘なりフードなりを被れば問題なかったのだが、現在はと言えばどんどんひどくなり、今では目に少しでも光が入っただけで全身に炎症が起こる始末である。

「ふぅん。本当に吸血鬼みたいだね」
「いや、まあ、正真正銘ヴァンパイアなんだが。しかも最近はもっとひどくなってきていて、日光だけでなく、蛍光灯なんかの人工光もだめだ。月光はいいみたいだが、よっぽどの大自然か僻地じゃない限り、どこに行っても灯りはあるしな」
 目の前のローテーブルでは、子供たちがやたら禍々しい折り紙を作っている。あれは髑髏か何かだろうか。
「……でも、変だな」
 イルミが、首をひねった。それに、念使いなら、強化系まではいかなくてもそういう生まれつき虚弱な部分は、オーラで解消されるはずだ。しかしシロノはそれどころか、更に悪化しているという。

「それはね、シロノ“ダンピール”だからなのよ」

 茶のお代わりを用意していたアケミが、さらりと、しかしどこか慎重な様子で言った。
「ダンピール……?」
アンデッドの親から産まれた子供の事よ。単なるアンデッドより更に珍しいわ」
「へえ。アンデッドって、子供あんまり作らないの? それとも作れない?」
「そういうわけじゃない。ダンピールが珍しいのは、白い羊膜に包まれたゼリー状の身体をして生まれ、すぐに死んでしまう、とされているからだ。実際、今現在の容姿にもそれが現われているだろう?」
 イルミの質問に答えたのは、クロロである。どこか学術的な雰囲気を漂わせているのが、彼らしい。イルミは目線だけを、弟に何やら複雑な折り紙を教わっているシロノを見た。白銀色の髮、そして色のない目。珍しいとは思っていたが、本当に珍しいものだったのだな、と思いつつ、イルミは目線をクロロたちに戻した。

「……“と、されている”、っていうのは?」
「ロマシャはあらゆる面でことごとくそんな感じだが、ダンピールはアンデッド以上に伝承が曖昧、あやふやで、詳しい事はわかっていない」
「でも、シロノはそのダンピールなんだろ?」
「あれがきちんと産まれて来れたのは、母親がこのアケミだからだ」
 クロロは、アケミをちらりと見遣り、続けた。
「こんな女だが、アケミはロマシャ魔女としては一流だ。自分自身をアンデッド化する呪いを作り、その呪いを材料に、本来生きて産まれてくること自体が難しいダンピールを産んだ。まあ、色々と不測の事態はあったようだがな」
「こんな女とは失礼ね」
 フン、と、アケミは胸を張った。ロマシャらしい、自然石をふんだんに使った重たげなネックレスの束がじゃらりと音を立てる。

 再度首を傾げるイルミに、アケミは自らの出自や、ロマシャの話をした。更に、シロノの産まれや、そしてどうやってクロロたちに会ったのかまで。また、呪いを作成する事によって、理論上不可能な事を成し遂げるというもう一つの能力、『魔女のレシピ』についても。

「とにかく、ダンピールは本来かなりひ弱なのよ」
 前提説明が終わったあと、アケミは言った。
 産まれてから今までシロノに“絶”ばかりさせてきたのは、外部からの危険から逃れる為でもあったが、“絶”がもたらす内功的な要素によって、ダンピールとしての虚弱な体質を少しでも改善させるためであった、とアケミは言った。長年、年数にして30年以上のその期間があったからこそ、この間までシロノは簡単なフードや日傘だけで、陽の光の中を動き回っていられたのだ、とも。

「でもアンデッドとして目覚めた事で、ダンピールとしての体質も強まってしまった。だから本来の日光過敏症が悪化してしまったのよ」
「理屈はわかった。でも『魔女のレシピ』があれば、シロノの体質を改善する事ぐらい出来るんじゃないの」
「出来ないことはないんだけど」
 イルミに言われ、ふう、とアケミはため息をついた。
「『魔女のレシピ』で作る呪いは、為したい目的が難しい程レシピの内容も難しくなるわ。シロノの体質を改善する為の呪いはできなくもないけど、根本的なことを作り替える事だから、すごく難しい内容になるわ」
「どんな?」
 イルミが尋ねると、どうせやるつもりもないしいいか、とアケミは言った。
「やること自体はそんなに難しくないんだけど、ものすごく時間がかかるのよ。具体的に言うと、20年ぐらい」
「話にならんな」
 クロロが小さく息をついた。この能力の難点は、時折この“時間がかかる”という条件に当たってしまう事だ。
 そしてイルミも、納得して頷いた。20年ならば達成できないわけではないが、他の色々な事が犠牲になりすぎる。時は金なり、である。

「そうなのよ。フェスティバルは二ヶ月先だっていうのに、間に合わないわ」
「……何だって?」
 考えていた事と違うことを言われ、イルミは顔を上げ、発言したアケミを見た。彼女は頬に手を当て、眉尻を下げて、さぞ困ったという風にため息をついている。
 イルミが疑問符を頭に浮かべ始めたその時、クロロが言った。
「……再来月、ヨークシンのオークションがあるわけだが」
「知ってるよ。それが?」
「ロマシャはヨルビアン大陸の民族だ」
 ヨークシンがただの荒野だった頃、あの辺りは移動民族であるロマシャたちがよく逗留する場所だったのだ、とクロロは言う。
「で、オークションの前座的な意味合いで、ロマシャのフェスティバルをやる。ロマシャの文化は神秘的であると同時に見た目も派手だし、音楽や踊りも欠かせないものだからな。賑やかしにはうってつけだ」
 イルミは黙って聞いている。すると、アケミがにっこりして言った。
「アタシ、この間からやっとこの“家”以外でも、自分をちゃんと具現化できるようになったのよね。ま、最悪でも、ロマシャのフェスティバルなら幽霊の一人や二人不思議じゃないし、奇術のひとつとして見られるでしょ。そんなわけだから、お願いできないかしらイルくん」
「つまり、どういうこと」
 淡々と、イルミは尋ねた。するとアケミは尚も輝くような笑みを浮かべた。

「再来月のロマシャ・フェスティバルにシロノと一緒に行きたいから、イルくん、あの子の身体を手っ取り早く作り替えてくれない?」

 ローテーブルの向かい側で、子供たちが「できたー!」と明るい声を上げる。
 掲げた子供の手の中には、折り紙で出来た、やたらリアルな、12本脚の蜘蛛が踊っていた。
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BY 餡子郎
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