No.015/保護者面談
「いやいやいやいや……長く生きとると信じられんことに巡り会うもんじゃの〜……」

 ホテルの大きなフカフカのソファに座ったネテロは、もう数度目かの同じ台詞を言った。
「で、二人とも大丈夫かの?」
「あんまり大丈夫じゃありません……」
 そう返すのは、メンチ、ブハラの美食ハンター二人である。ぐったりとしている二人は、既に何杯目かわからない自作の特製ドリンクを飲み干した。本来なら一日一杯でいいものだが、今はいくら飲んでも足りない気がする。
「うむ、しかし美食ハンターの鑑じゃな、二人とも」
「それはどうも……」
 ヂューッ、と音を立てて、メンチがドリンクをストローで吸い上げる。そしてそんな彼らを見ながら何やら読み物をしていたネテロが、突然顔を上げた。

「…………………………あ、いかん、忘れとった」
「何ですか」
「遺体引き取りに来いと、保護者に電話したんじゃった」

 ゴバ、と二人がドリンクを吹き出す。ルームサービスを受け取ってワゴンを押してきたサトツが、びくりと反応して脇に避けた。

「電話電話………………ってやっぱり出んわ。電話に出んわ。なんちゃって」
「寒い! ダジャレも現状も果てしなく寒い!」
「そこまで言わんでも。……まあどっちみち事情は説明せんといかんしなあ」
「ここに…………来るのですか?」
 サトツが、驚いた表情で言った。
「ちょっと嫌よアタシ! 幻影旅団になんて会いたくないわ! 帰る!」
「お、俺もちょっと……」
「落ち着け二人とも。それにそんなフラフラの状態で無茶言うでないわ」
「フラフラだから言ってんでしょうが! イヤァアアアイチャモンつけられて戦闘になったら万に一つも勝ち目ないわ! 殺される! 虫けらのように殺される!」
「コラコラ、極悪非道と名高い危険度A級賞金首だからといって、…………」

 シン、と部屋に静寂が訪れた。

「…………うん、無闇に襲ってくるとは限らんじゃろうが」
「説得力ゼロ!」
 わっ、とメンチが両手で顔を覆って嘆いた。
「そうですよ、肩書きだけでダッシュで地平線まで逃げたい人種です! 俺たちしがない美食ハンターですよ!?」
 ブハラもまた、重い身体を引きずって逃げようとするが、メンチと同じく腰が立たずにまともに歩けはしなかった。ネテロはやれやれ、と溜め息をついて醜態を晒す二人を眺めるが、その時、備え付けの電話が鳴った。内線であることを確認して出ると、相手は秘書のマーメンである。

《…………会長。……クロロ・ルシルフルと仰る方とお連れ様が三名お越しですが》
「うむ、わかった。通しなさい」
 カチャンと受話器を置き、絨毯に這いつくばる二人に今着いたそうだと伝えると、彼らは断末魔の勢いで叫んだ。

「来たあああ!?」
「しかも四人!? 死ぬのね!? アタシ死ぬのね!?」
「……ナマハゲが来たときの子供とてそんなに叫ばんぞ……」
 恐るべし幻影旅団、と、ネテロはぼそりと呟いた。



「──俺がクロロ・ルシルフルだ」
「遠方はるばる良く来たの。ワシがハンター協会会長のネテロじゃ」

 最上階、スィートルーム。
 アンティークのローテーブルを挟んで置かれた豪華な長いソファに、クロロとネテロがそれぞれ座っている。そしてクロロの後ろにはシャルナーク、ノブナガ、マチの三人が、ネテロの後ろにはメンチ、ブハラ、サトツの三人が立っていた。

(あれがクロロ・ルシルフルですか……以外と若いですね。あんな大きい子が居るようには見えません)
(余裕だねサトツさん……。俺は既にこの殺気で胃が痛いんだけど。人生で初めて食った物を戻しそうなんだけど)
(ってかあのチョンマゲ以外三人ともやたら美形なんだけど)
 何でそんなに余裕なんだよ二人とも、とブハラは突っ込みたかったが、対面している旅団員たちの殺気に口を噤んだ。特にチョンマゲ、……ノブナガの殺気はものすごいものがある。

「……それで、うちの」
「ああ、それなんじゃがのォ。実は重大なことを話さんといかん」
「──なんだと?」
 ビキ、と青筋を増やしたノブナガが言い、ネテロの後ろの三人は凄まじい殺気に冷や汗を流した。なんで世の中にはこんな食えもしないひたすら怖いだけの生き物が棲息しているのだろうか、という苦情を天に向かって呟きながら。
「順を追って話そう。最終試験は一対一のトーナメント戦だったんじゃが、シロノはその最中、事故によって命を落とした。心臓をひと突きで即死じゃった」
「あァ、そうだそこが大事なとこだ。誰だ、ウチのチビ殺したクソ野郎は」
「いや、大事なのはその次でな」
「──んだとこのジジイ!」
「ノブナガ、黙れ」
 ノブナガの凄まじい殺気の嵐に死にそうになっていた三名だったが、クロロのひとこともまた、ズンと鉄を飲み込まされたように重かった。そして若いながらもネテロとはまた違うタイプの貫禄を滲ませるクロロのそれは、ノブナガにも反論を許さない。
 ノブナガは殺気を収めぬままだったが、チッと舌打ちをしてそのまま黙った。

「……聞こう。それで?」
「うむ、それでじゃな、遺体をこのホテルの緊急用の霊安室に安置した。試験中親しくしていた受験者達が数名別れを言いにやって来て、そのあとこの後ろに居る美食ハンター二人も、霊安室に足を運んだ」
「美食ハンター?」
 声を上げたのは、シャルナークだった。
「もしかして、シロノにレシピ書いてくれたっていう一ツ星ハンター?」
「え、あ、そうですアタシです」
「やっぱりね。シロノからメールで散々自慢されたから」
「そ、そうですか……」
 一見金髪碧眼の美青年にそう言われ、メンチは微妙な表情で受け答えをした。これが違う場所であればメンチもそれなりに嬉しく思ったのだろうが、相手は幻影旅団。しかもシャルナークは、表情はそれはもう優しげな微笑であるのに、その殺気ときたら静かにドス黒く渦巻いているのである。ノブナガの率直な殺気よりもある意味怖い。
「で、ここからが本題じゃ。二人が別れを惜しんどると、シロノが目を覚ましてな」

「──………………………………………………は?」

 かなりの間の後に発された蜘蛛達のその声は、ややひっくり返っていた。そしてその瞬間、あれほど物凄かった殺気がフっと和らいだのに、ハンター三人は少し目を丸くする。
「……ちょっと待て。電話では心臓をひと突き、胸に大穴が空いている状態だと」
「うむ、その通りじゃ。血液もほぼ全部流れ出とった……というか、心臓丸ごとと肺全部、脊椎が思いっきり破壊されとった。これ以上ないほど完璧に死んどったよ」
「ふざけてんの?」
 三人の中央に居る小柄な美女……マチが、突き刺さる様な氷点下の殺気を鋭く放つ。ハンター三人はヒイイと悲鳴を上げたい気満々だったが、ネテロはけろりと受け流し、先を続けた。

「ふざけとらんよ。シロノは完全に死んどったが──……しかし生き返った」
「生き返っただあ!?」
 ノブナガが大声を出した。他三人も、驚きで目を丸くしているか、訝しげに目を細めている。

「……どういうことだ?」
「ロマシャ、という民族をご存知ですか?」
 遺跡ハンターであるサトツが言い、クロロは彼をちらりと見上げてから答えた。
「……ヨルビアン大陸起源の、所謂ジプシーと呼ばれるタイプの移動型民族だ」
「ほお。さすがに博識じゃな」
 ネテロは感心したように頷きながら、顎髭を撫でた。サトツも「その通りです」と頷く。
「ロマシャは占いや音楽、踊りなどの技芸に優れ、旅芸人として各地を放浪するのが基本スタイルです。特に音楽に関しては歴史的に大きな貢献をしていますが、」
「しかしとくに宗教的な面で独特な神秘主義的な考え方と文化を持つため長い間偏見・差別の対象とされ、現在は数が激減している。今ではロマシャを自称していても放浪はせず、各地の自治区に定住している者がほとんどだ」
「……本当にお詳しいですね。あ、私、遺跡ハンターのサトツと申します」
「サトツ? 地域別アッセンブリッジ分類を提唱する論文を発表した学者ハンターか?」
「ご存知で?」
 サトツは驚いた顔をした。クロロは手を組み直してから言う。
「先月読んだ。なかなか興味深い論文だ」
「それは光栄です」
「……それで? アンタと民族考古学の論議をするのも面白そうだが、また次の機会にしてもらいたいんだがな」
シロノはロマシャの生まれではないか?」
 単刀直入に、ネテロが言った。部屋がシンと静まり返る。

「……何故そんな事を聞く」
「今回のことを説明するのに必要な前提情報だからです」
 僅かにピリリとした空気を漂わせたクロロに、サトツはゆっくりと言う。クロロは一瞬黙ってから、静かに言った。

「……あれの母親がロマシャだ」

 クロロは己の膨大な知識の引き出しを検索し、探し出したそれを、素早く脳の一番前に持って来る。
 アケミは、ヨルビアン大陸のロマシャ自治区生まれだ。多くのロマシャの女がそうであるように、彼女は最低限の義務教育を受けたあと、時には娼婦を兼ね、祭りやイベントで呼ばれる踊り子、占い師などをして暮らしていた。
 だからクロロはロマシャに詳しく、そしてこれは既に団員全員が知っていることだ。だからロマシャというアケミに縁のある単語が出たことで、後ろの三人も黙ったのである。

「先程貴方が仰った通り、ロマシャの文化や宗教は独特なものです」
 落ち着いてはいるようでも、さすがにクロロたちの殺気に押されているのだろう、サトツは息をついてから言った。
「その中に、“アンデッド”というものがあるのをご存知ですか?」
「……ロマシャの伝承に登場する概念だ」
 ふう、と息をついてから、クロロは淡々と話しだす。
「ロマシャの人間が死ぬことで妖精や精霊のような存在となり、多くの神秘的な力を有して現世に戻り、ロマシャたちに助けを与えるとされる」
 古代エジプーシャの復活観と似た考え方だが、死後の世界にて新たな生を得るというエジプーシャの考え方と比べ、アンデッドはあくまで現世に、人ならざる存在として戻ってくるという所が最大のポイントだ。吸血鬼や狼男、魔女などの伝説はロマシャのアンデッドが由来とする学者も多い──
 そこまでクロロが言うと、サトツは驚きに目を見開いた。
「お見事です。本当に博識でいらっしゃいますね」
「しかし、お伽噺だ」
「それが違うのですよ」
 サトツは何やら紙束と本を数冊取り出した。クロロが来るまでネテロが読んでいたものだ。

「移動型の民族である上に文字伝承を持たないロマシャには、生憎と物的遺物がほとんど存在しません。そのため遺跡ハンターの私はやや専門外でしてね。そういうわけで、色々ツテを使って今回初めて調べてみたのですが……これが資料です。どうぞ」
 サトツが、紙の束と古い本をクロロに手渡した。クロロはそれを受け取り、紙束の方にざっと目を通す。そして数分かけていくらかを読んだあと、クロロの目が僅かに見開かれた。
「……これは」
「そう。ロマシャでいう“アンデッド”という存在は、生前は至って普通の人間ですが、一度死ぬと特質系の能力者として生き返るという性質を持つ人間の事です」
「──シロノが、それだと?」
「おい、マジかよ」
 ノブナガが、資料を覗き込む。シャルナークも本の一冊を手に取り、ぱらぱらと捲り始めた。

「ファンタジーだと思われていたモンスターたちが、実は特異な能力者たちだったと?」
「そうじゃ、夢のある話じゃろ?」
 ネテロが言った。
「アンデッドの能力は多彩で一概には言えんようじゃが、ジプシー、ロマシャといえば魔女、というイメージはこのアンデッドたちの能力の特異性から来とるんじゃろうな」
「……興味深いな」
「なるほどねえ……」
 シャルナークが、魔女の挿絵の載ったページを眺めながら言った。真っ黒い渦を巻いていた殺気は、やや薄くなっている。
「どんなアンデッドになるかは、死んでみるまで本人にもわからんが……シロノは『ヴァンパイア』……俗に吸血鬼とかドラキュラとかいわれるタイプのアンデッドのようじゃ」
「吸血鬼ィ? あいつが血ィ吸うようになったってか!?」
 ノブナガが言うが、ネテロは首を振った。
「いやいや、シロノは血液自体を摂取することはない。アンデッド一族のヴァンパイアとは、つまり他人のオーラを吸い取って自分のものに出来るという能力を持った者のことじゃ」
「他人のオーラを吸い取る……!?」
 クロロたちが、驚愕の表情を浮かべた。ネテロはゆったりと頷く。
「そう。使える能力も多いが、多くの制約に最も縛られやすいアンデッドじゃな。能力的な問題だけでなく、普段の生活から日光、また炎に著しく弱い場合がほとんどらしいが、前からシロノはそれらしい体質を持っとったのではないか? アンデッドになる素養がある者は、死ぬ前から少し兆候が現れている場合があるようじゃしな」
「……あー」
 思い当たることがあり、ノブナガが天を仰ぐ。シロノは元々日光過敏症で、年々その症状が重くなっていた。

「まあ、過去には実際に血も飲むヴァンパイアも居て、そのせいで気味悪がられて今に至るんじゃろうな。ホレ、“こうすれば念や能力が強くなる気がする”という自分ルールを作れば本当に能力が上がるじゃろ? それに「実際に血を飲む」というルールを用いた者がいた、ということじゃよ」
「ああ……なるほど」
 クロロは怖いほど真剣な目で、物凄い早さで資料を読みながら、ネテロの話を聞いていた。
「ヴァンパイアは、己自身が持っているオーラの量が極端に少ない。最低限、一般人として生きていけるだけのオーラ──にしたって少ないかもしれんな。そのくらいのオーラしか生み出せん、何もしなければ最も弱い種族じゃ。しかし、他人からいくらでもオーラを吸い取り、無限にオーラの絶対量を増やすことが出来る」
「──無限?」
 クロロたちが、目を丸くする。オーラの絶対量を無限に増やせるなど、凄まじいことだ。
「うむ、無限じゃ。これが、ヴァンパイアがアンデッドの中でも最弱且つ最強と言われる所以じゃよ。そしてオーラの絶対量を多く保っておれば、もちろん能力を増やすことも可能になる。……ま、使った分のオーラはきっちり減るがな」
「……食事で取ったカロリーを消費するのと同じように?」
「うむ」
 ネテロは頷いた。

「そうそう、シロノが生前何系の能力者だったかは知らんが、その時の系統が使える能力にも影響を与えとるはずじゃ」
「ふむ」
 シロノは操作系、……だった。そうすれば、吸血鬼らしく動物を操ったり、血、いやオーラを吸った対象を奴隷のように服従させる能力だろうか、とクロロは想像した。
「アンデッドの素養を持つ人間がアンデッドとして生き返るには、死んだあと他人がオーラを当てて、アンデッドとしての第二の精孔を開く必要があるんじゃが……。こっちの二人は覚えがないと言うとってな」
「あ、それなんですけど。あの子の身体に、ちょっとだけオーラが残留したハートの女王のトランプが落ちてたんですよ。でも精孔を開くにはオーラが少なすぎたんで、実際のところはわかりませんが」
「……トランプ?」
 何故か物凄く嫌そうな顔をしたマチに、情報提供をしたブハラが焦る。旅団でトランプと言えば、あいつしか居ない。今回試験に参加していたのなら、その持ち主は十中八九あいつだろう、とマチは溜め息をついた。あんなののオーラで目覚めるなんてシロノも可哀想に、という気持ちでもって。

「とにかく、どういうわけか、シロノは第二の精孔を開き、アンデッドとして生き返った」
 ネテロが仕切り直した。
「まあ、あとはその資料を読むがよい」
「なんだ、譲ってくれるのか?」
「やらねば盗む気じゃろうが。ワシが欲しくて集めたものでなし、それなら最初から気前よくやってしまった方が腹も立たんて」
「……よくわかってるな」
 一応自分たちが幻影旅団であることは一度も言っていないが、やはりバレバレであったらしい。くえない爺さんだな、とクロロは思いながら、うっすらと笑った。

「ではありがたく頂こう。……で? 肝心の生き返った本人はどこに居るんだ?」

 クロロがそう言ってネテロをまっすぐに見遣り、同時に三人から、今度は殺気ではないが、ピリリとした緊張感が発された。

「それなんじゃがなあ…………ここには居らん。ぶっちゃけると逃げられた」
「は?」
 シャルナークがぽかんとした顔をし、マチ、ノブナガの表情が歪んだ。

「いやあ、元気になってから色々話を聞いとったんじゃが、生き返ったとはいえ試験中から試験終了後までは確かに死んどったんで残念ながらハンターライセンスはやれん、あともうすぐお主らがここに来るぞと言った途端」

 “世界名作全集が!” とかなんとか叫んで飛び出していってしもうた、とネテロはポリポリと頭を掻く。
 そしてその話を聞いた途端、クロロが片手で顔を覆って、盛大な溜め息を吐いた。
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Annotate:
『アッセンブリッジ』=考古学上の用語ないしは概念で、一遺跡の一地点の同時期的な遺物群の器種と形式の組み合わせ、そしてそれらの量的な比率を総体としてとらえた場合の手法としての概念。
BY 餡子郎
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