「幼児期においては、外で健康的に身体を使って遊ぶことが健やかな成長に繋がる」
「……その言葉だけ聞いてればもの凄く健全な教育方針なんだけど」
更に購入して来た教育に関する専門書を真面目な顔で読みあさるクロロと、外の光景を眺めるシャルナークの発言である。
あの日から、
シロノの修行が本格的に開始され、今日で約三ヶ月。
本拠地(ホーム)の周囲では、
シロノと団員数人が、先程から縦横無尽に走り回っている。
そして特筆すべきは、今が真夜中だという事だ。
「調べてわかったんだがな、日光過敏症は白猫にも多いそうだ」
「マジ? あはは、でもなるほど。
シロノも真っ白だもんね」
髪も肌も、目まで白、とシャルナークは笑う。
追々わかったことだが、
シロノは、日光過敏症だった。
約三時間以上強い直射日光を浴びると湿疹や発熱を引き起こし、果てはオーラまで酷く弱まってしまう。日傘や帽子である程度和らげる事は可能だが、本人も強い日差しが大嫌いで、日中に外に出ようとはしない。
だがその代わり夜目が効くし、暗闇を怖がる事ももちろんない。むしろ好んでいるぐらいだ。
既に基本的に朝日が昇る頃に寝入り、日が沈む少し前に起き始める、という
シロノの生活サイクルが成り立っていた。だから
シロノが活動するのは日差しの届かない室内か夜中だ。
しかし盗賊だけあってまず実際仕事を遂行する時間は十中八九夜だし、彼らの活動時間もほぼ夜寄りだ。
だから
シロノの生活サイクルが彼らと逆になるという事も特になく、団員たちは全員が揃っている事はないが、同時に誰かしらが残っている為、
シロノの相手には困らない。
「今日はかくれんぼかー。あ、ノブナガが
シロノに見つかった」
「ほう。……最近“凝”が上手くなってきたからな。油断したなノブナガ」
かくれんぼといっても、ただのかくれんぼではない。
“絶”で隠れ、鬼は“凝”と“円”を駆使して皆を見つけなければならないというそれは立派な訓練であり、またクロロですら見つけることが難しい
シロノの“絶”は相当なものであるため、団員たちにとっての訓練にもなった。
他にも念による身体強化の訓練を取り入れた各種鬼ごっこの他いくつかの遊びが存在し、定番のメニューとなりつつある。
念の修行とともに体術も同時進行しようと思っていたクロロだったが、四、五歳児の身体は彼の予想以上に弱く、そして成長期まっただ中であるため、無茶をするような特訓は憚られた。
そのため、
シロノはこうして遊びによる基礎体力の向上を行なっていて、だから最近の
本拠地(ホーム)では、真夜中の鬼ごっこやかくれんぼが毎度行なわれているのである。
「楽しむ事が成長に繋がる。その為には、日々の生活や遊びの中に訓練メニューを組み込むのが効果的……。うん、さすがに専門書となると説得力のある内容だ、実に参考になる」
「更に毎日の“堅”でオーラの絶対量の増加訓練、その他諸々……ホントにスパルタだよね、実際。五歳児のやる訓練じゃないよ」
英才教育と言え、と、クロロは本から目を離さないまま言った。
「噂によると、暗殺一家のゾルディック家なんかは、まだまだ比べ物にならないことをしているらしいぞ? 生まれたときから電流流して耐性つけるとか」
「うへえ、ゾルディックには生まれたくないね」
すっかり教育の鬼と化したクロロはあらゆる訓練を
シロノに課しているが、何かを指示されてそれをこなせば褒められるという事が楽しいのか、そしてしっかり負けず嫌いな性格もあり、
シロノはひとつも嫌がらずにそれについて来ている。
それはクロロがこうして訓練を遊びに組み込んだりして工夫しているせいもあるが──ちなみにこれは彼の優しさというよりは、彼がいかに“教育”というゲームをスマートに攻略するための考案から生まれたのであるが。
毎日団員の誰かと走り回って遊びながら、
シロノは着々と実力を伸ばしていた。
「でも、やっぱり
シロノは操作系なんだよねー。なのに『レンガのおうち』の強靭さは……」
どういうことなんだろう、とシャルナークは首をひねる。
“練”ができるようになってから
シロノに水見式をさせてみた所、グラスに浮かべた葉はくるくると水面の上で笹舟のように淵を回り、
シロノが操作系だという事を示した。
『
Play house family(幸 せ 家 族 計 画)』が操作系能力である事は能力の内容からして明らかだが、『レンガのおうち』はオーラを硬質化してシェルターにするという、マチの言う通り、どう見ても変化系の能力だ。
自分の系統以外の能力を習得するには、限界がある。
しかも操作系と変化系は対極にあり、最も相性が悪い位置に存在する系統なのだ。
だが、
シロノの『レンガのおうち』は、旅団員数人で攻撃をしかけてもびくともしないという頑強さを誇っている。
「発動条件は複雑だけど、それ以上の何かの誓約があるようにも見えないしなあ。でも
シロノの歳であそこまでの……うーん」
能力の威力を爆発的に高めるには、念能力を使用する際、あらかじめ
制約(ルール)を決めて、それを遵守すると心に誓う、という方法がある。制約が厳しいほど威力は高まるが、厳しい制約はイコール破ったときのリスクの厳しさでもあり、誓約を破ればその反動で能力そのものを失う危険すらある。
だが強力な念能力を身に着けようとした際に自動的に制約が付いてしまうケースも多々あり、また強力な能力ほど発動条件や踏まなければならない手順が複雑になる傾向がある。
このパターンの場合は破ったときのリスクが付く事は少ないが、その分条件が格段に厳しい場合が多い。クロロの能力がまさにそうだ。
シロノもまた、このパターンに当てはまる能力者だと思われる。
しかし、雑念の少なさや集中力の高さのせいか子供の念能力者自体はそこまで珍しくもないものの、
シロノほどの年齢で、あそこまでの威力のある能力を持っている事はひどく珍しい。
というのも、子供の念能力の威力が低い理由は、念というものは能力者の目的や精神的変化に応じて成長したり変化したりするから、である。
言葉にしてしまえば当たり前ではあるが、戦闘経験や苦難が多ければ多いほど成長し、強力になるものなのだ。
しかし、今すっかりお気に入りの遊び『高い高い』、別名・人力&生身フリーフォール、をウボォーギンにやってもらい、もとは十階建てのホテルだった
本拠地(ホーム)より高く投げ上げられてキャーキャーはしゃいでいる
シロノを見ていると、あの年齢で念能力が大人並みになるようなヘヴィな生まれ育ちをしているようにはあまり見えない。
別の意味で変わった育ちはしているのかもしれないが、
シロノの表情や仕草に、暗いものは一切見られなかった。
といっても、唯一の手がかりである本人の記憶をパクノダが調べても本当に分からないので、確かな事は言えないが。
「……だが、あの『家』は確かに
シロノの力だ」
シロノは三ヶ月間毎日“堅”の修行を続け、その維持時間も伸びた。
そしてそれと比例して、『レンガのおうち』の持続時間が伸びるという事にクロロは気付いていた。“堅”が一分伸びると、『レンガのおうち』の持続時間も約十分伸びる。
シロノの成長と比例して成長するということは、『レンガのおうち』は、正真正銘、
シロノの能力だという証拠だ。
「あれかな、やっぱり“ママ”っていうのがキーなのかな」
「……」
疑問を呟き続けるシャルナークに、クロロはぱたんと本を閉じた。
あの日以来、“ママ”は枕元に現れない。
本当に夢だったのか、そうでなかったのか。
だがあれが“ママ”であったのかどうかはさておき、“ママ”という存在がいることは確かだ。しかしその正体はというと──……憶測であれば、もしや、という考えはある。だが突拍子がなさ過ぎる。
クロロは足下に積まれた胡散臭いタイトルの本の数々をちらりと見遣ってから、溜め息をついた。
「ところで団長、なんで最近オカルト関係の本ばっか読んでんの?」
シャルナークの問いかけを、クロロは考え事をしているフリをして無視した。
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「仕事だ」
あれから一週間ほど経ち、クロロは「暇なら来い」の号令で集まった団員たちにそう言った。
「三ヶ月ぶりだな。クルタが折角手応えありそうなのに不発に終わったから、発散したかったとこだぜ」
「ワタシもね。派手なのがいいよ」
好戦的なオーラを出しながら言うのは、フィンクスとフェイタンである。
そして言葉はないものの、他の者たちも同様であるらしい。そもそも「暇なら」の号令で全員が集まっている辺りで、その意思は十分に汲み取れるのだが。
「そう言うと思った」
クロロはほんの僅かににやりと笑い、今回の獲物を発表した。
誰かから、ヒュウ、と感嘆と興奮の口笛の音が漏れる。
クロロが示したのは、三日後に開かれるさる王朝の美術展だ。
数百年前に栄華を極めた王家は、金と宝石を目が眩むほどふんだんに使った品々をこれでもかと造り出し、そして滅びた。どんなに小さな小物から果ては馬車にまで高純度の金と宝石があしらわれた品々は、他の王や貴族たちに流れ、あるいは今回発見された沈没船の中で眠っていた。そして今回、その全てが集められ、公開されるのである。
そしてクロロはそのすべての贅沢さと技術の粋が極まる、美術展のメインである宝冠が今回のターゲットだ、と言う。
「本当なら全て欲しい所なんだが……」
運搬能力を持った人材が欲しいな、とクロロは残念そうに言った。
盗るのはできるが、運ぶとなるとまた話が違ってくる。取捨選択は必須だ。
「まあ、警護には念能力者も山ほど雇われてるからな。欠番も出た事だし、良さそうなのが居たら見繕っておいてくれ。運搬に役立つ能力者だと尚いい」
「了解。……で、今回チビはどうすんだ? 置いてくのか?」
フィンクスが、“大人の話には口を出さない”モードで暢気におやつのビスケットをかじっている
シロノを指差した。
「まさか子守りの留守番がひとり、とか言うんじゃねえだろうな? 俺は絶対御免だからな」
「げっ、それは嫌だ」
絶対ヤダ、こうなったら託児所を探せ、ベビーシッターとかでも、と言いあい始めた団員たちを鎮めつつ、クロロは言った。
「心配するな、全員で行く。留守番はナシだ」
「じゃあ
シロどうすんだ? ひとりで置いとくのはさすがにアレだろ、どっかに預けんのか」
「いや、連れて行く」
ノブナガの疑問にさらりと答えたクロロだが、団員たちは目を丸くした。
シロノ本人もビスケットをかじるのをやめ、吃驚したような顔でクロロを見つめている。
「……確かに前より随分実力はついたが、実戦にはまだ早すぎるだろ、さすがに」
「いや、多少は手伝わせるが、ほとんど見学だ。現場の雰囲気を味わわせておこうと思ってな」
「子連れで仕事かよ……。別にいいけど、団長が面倒見てくれよ」
普段
シロノの面倒を見るのをあまり嫌がらない団員たちだが、仕事の邪魔になるのはさすがに嫌であるようだ。
「絶対団長が面倒見ろよ、俺たちは知らねえからな」と何度も念を押してくるのを、クロロは「わかったわかった」と苦笑で返した。
「ルートはあとでシャルナークから説明してもらうが、俺と
シロノはターゲットの宝冠が収められている部屋へ行く。お前たちの仕事はその道づくりだ。そうそう、シャルナークが情報をいじって警備を増やしたからな。人数だけは山のように居るから、暴れるだけ暴れていいぞ」
「気が利くなあ、団長!」
ウボォーギンが、膝を叩いて「話が分かる!」と嬉しそうに言った。
「そのかわり美術品は壊すなよ、また今度欲しくなるかもしれない」
「ハイハイ」
しかし暴れられる事が嬉しいのか、団員たちは満足したようだ。
「そういうことだ。
シロノ、三日後は仕事に連れて行くからな」
「あい。……ねえパパ」
シロノが「しつもんです」と、まさによいこの見本のように右手をまっすぐ挙げたので、クロロは首を傾げた。
「何だ」
「パパって、おしごと何してる人?」
「……」
場が静まり返った。
シロノが答えを待ってじっとクロロを見つめていたが、彼は黙りこくったまま動かない。
痺れを切らしたのか、シャルナークが先程の
シロノのように手を挙げた。
「あのさあ団長、超基本的な質問で申し訳ないんだけど」
「なんだ」
「
シロノに俺たちがどういう集団なのか話したの?」
「……してないな、そういえば」
おい、と数人から突っ込みの声と、呆れた溜め息が数個聞こえた。
シロノには、クロロたちが幻影旅団という集団であることと、別名で蜘蛛と呼ばれている事などしか教えていない。
「パパ?」
「ああ……。あのな、俺たちの仕事はその……、盗賊だ」
「とうぞくってなーに?」
「……法規から逸脱し、武装して掠奪・強奪行為を旨とする集団を指す。ほとんどの盗賊は多勢を以って形成し、首領格を中心とした組織を構成」
「団長、そんな辞書みたいな説明されても」
シャルナークが遮った。
そして、頭の上にクエスチョンマークを数個浮かべている子供の目線にあわせてしゃがむ。
「あのね
シロノ、盗賊っていうのはつまり──」
シャルナークは言葉を探して少し黙り、それから言った。
「つまり、集団で泥棒する人たちだよ」
団長はそのリーダー、とシャルナークはわりと身も蓋もなく、そしてとてもわかりやすく説明した。泥棒って言うな、と呟くクロロはこの際無視である。
シロノは丸い目を更に真ん丸に見開いたが、やがてゆっくりと頷きながら、「ああー……」、と声を出した。
「わあ、すんごい納得した感じのリアクションだよ団長」
「放っとけ」
「うそつきはどろぼうのはじまりって本当だったんだねパク姉!」
「……そうね」
「言われてるよ団長。世界最高危険度Aクラス賞金首だって事も教えていい?」
「うるさい」
どうせ俺は世界最高Aクラスの大嘘つきだ、とクロロは言い、説明をシャルナークに投げて部屋へ引っ込んだ。