No.011/パパとおべんきょう
ここは、ただ単に元ホテルの廃墟だというだけの場所ではない。
今現在、幻影旅団の住処になっている場所だ。
つまりそれは、一階の奥の元倉庫がフェイタンの拷問室になっていたり、何故かボロボロに破壊された部屋や銃を乱射しまくったような部屋、刀傷だらけの部屋やら元の壁紙・絨毯の色がなんだったか分からないまでに血痕まみれの部屋、さらにどこかに干涸びた死体がいくつか無造作に積んであったり、最上階の元スウィートルームがクロロの図書室になっていたりする建物だ、ということだ。
本当にお化けが満室御礼でもおかしくない、ロケーション的には本格派極まるホラースポット、それがこの幻影旅団本拠地(ホーム)だった。
シロノには「死体は汚いので見つけても触るな」とだけ言ってあとは好きにさせているわけだが、“まっくろくろすけ”を探しているらしいシロノの行方に、クロロは今度こそ心当たりがあった。
クロロは、真っ黒に焼け焦げた階段と、その周囲の壁を見渡す。
ここは何故か、つまりクロロたちが来る前から階段と部屋が丸々ひとつ全焼しているという場所で、しかも端には人間大の炭と化したまる焦げの死体が転がっている。タバコの火でも引火したのか、それとも誰かが誰かを焼き殺した果ての惨状なのかはわからないが、クロロたちにはどうでもいいことだ。
そしてそこはどこもかしこも真っ黒で、あの子供が探しているものが現れても何ら可笑しくなさそうな風情を醸し出しているのだ。
──ゴンッ。
その時、どこかから何かがぶつかる音が聞こえ、クロロは辺りを見回した。すると再度ゴンッという音が聞こえ、それはどうやら真っ黒な階段を昇って入った先からしているらしい。そしてそのゴンッという音は一定間隔で生じている。
その音を追うようにして階段を昇ったクロロの前に現れたのは、奇妙で、小さな人影。
濃い紫地に椿と鞠の柄の着物に大きな蝶々結びにされた銀色の帯はマチが言った通りの姿だが、頭には金色の、何とも言い難い形のヘルメット──いや、フィンクスの帽子を被っていた。
もともと頭身が低いのに、あの帽子を被っているせいで、さらに頭がでかく見える。
しかし、火事現場に現れた、大きすぎて顔の見えない珍妙な黄金メットにキモノの子供というビジュアルは、なかなかにホラーかつ滑稽だ、とクロロは思った。
あのゴンッという音は、どうやらフィンクスの帽子のせいであったらしい。
どのぐらいの重量があるのか知らないが、シロノは重みでぐらぐらする頭を支える為におぼつかない足取りでフラフラと行ったり来たりを繰り返し、そして壁に頭をぶつけていた。
シロノの“絶”があまりに徹底しているからか、クロロもなんとなく意地になって意味もなく“絶”を行なっていたのだが、シロノは自分の後方に立つクロロに気付いていないようだ。珍妙な姿の子供は、頭を壁にぶつけながら、焼けた部屋のひとつに入っていった。
「……ん?」
部屋に入ればもう見失う事はない、と当然思っていたのだが、シロノに続いて部屋に入るも、子供の姿はそこになかった。クロロはくるりと部屋に視線を一周させるが、馬鹿馬鹿しいほどに目立つ、黄金の丸い物体は見当たらない。
しかし、ふと焼け焦げた床に視線を落とすと、そこに小さな足跡がついていることに気付いた。そしてそれは、窓の側まで続いて途切れている。
まさかここから外に出たのではないだろうな、とクロロは訝しむが、ここは8階で外壁に足場もないため、さすがにそれはあり得ない。いずれ降りられるようにせねばなるまい、とは思うが。
クロロは最後の足跡を観察する為、小説に出てくる探偵のようにその場にしゃがみ込んだ。
十五センチそこそこしかない本当に小さな足跡、その周囲にも何か手がかりがないかと、彼は持ち前の集中力でもって注意深く顔を上げ、ゆっくりと首を回し、
「!」
クロロは辛うじて声を上げなかったが、ビクリ、と大きく肩を跳ね上がらせた。
というのも、わりと高めのベッドの下にあった透明な目と、いきなり目が合ったからだ。
「あ、パパ」
「お前……」
ベッドの下にじっとしゃがみ込んでいるシロノは、珍妙な黄金マスクの下からクロロを見つめている。
不覚にも本気で驚いた彼は、「なんかホラー映画でこんなシーンあったな」と思いながら、珍しくやや早くなった心臓の鼓動を整えつつ、口を開いた。
「なんでそんな所に居るんだ」
「でてこないから、かくれてたらでてくるかもって」
主語が抜ける幼児独特の話し方だったが、クロロはシロノの言いたい事はだいたい分かった。
つまり、なかなか目撃できないUMAを、ベッドの下で待ち伏せしようとしていたらしい。
「もうすぐ食事だから、出て来い」
「はあい」
シロノは素直に返事をして、ベッドの下から出て来た。
「帯が汚れてる」
「えっ」
結び目の輪の先の所に、煤がついている。
クロロが指を指すと、シロノは勢い良く振り向く。しかし自分の尻尾を追いかける犬と同じ有様になった子供に、クロロはやや脱力した。勉強嫌いとのことだが、やはりというか、あまり頭は良くないようだ。
みるみる狼狽えたような顔になってしまったシロノは、初めて会ったときよりも格段に表情が増えた。団員たちによれば声を上げて笑ったりもするようだが、クロロはまだ見た事はない。
「貸してみろ」
クロロはそう言い、子供に後ろを向かせて、僅かに煤のついた帯の輪を手に取った。そして汚れの裏側から、デコピンの要領で、何度か爪で衝撃を加えて行く。
繊維の間にそんなに深く入り込んでいなかった煤は、鋭い衝撃で綺麗に取れた。
「取れたぞ」
「ほんと? きれいになった?」
なった、と返事をしてやれば、安心したような顔になる。
それならこんな汚れやすい所に来なければいいのにと思うが、これは子供だ、欲求を抑えきれなかったのだろう。
しかし慣れないキモノ姿であるにも関わらず、シロノのキモノについていたのは、今の小さな汚れだけだった──いや、ぶつけまくったらしいフィンクスの帽子は煤だらけであったが。
部屋の全ての面が炭化しているこの場所でキモノを汚さないようにするには、それなりの身のこなしが必要だ。運動神経に関してはそれなりに有望、とクロロは頭の中のチェックシートに印を入れた。
しかし、やはりシロノの“絶”はすごいものがある。気配が薄いどころか、まるで無だ。目の前にいる今でさえ、ちゃんと存在しているかどうかチラチラと頻繁に確認してしまう位に。
「パパもまっくろくろすけ見に来たの?」
「俺はお前を探しに来たんだよ」
クロロは小さく溜め息をつき、ほとんど無意識に漏らすように言った。……のだが、その時、シロノが目を丸くしてクロロを見つめた。
「パパ、あたしを探してたの?」
「そうだ。その“絶”のせいでひどく苦労したぞ、どこにいるのか全然分からない」
そう言ってから、クロロは、シロノが酷く吃驚したような顔をしている事に気付いた。
「なんだ」
「探してるなんて知らなかった」
シロノは言い、そして黄金メットの重みでぐらりとよろけた。
クロロは咄嗟にそれを支え、なんでこんなものをいつまでも被っているんだ、と呆れた声をかける。
「重くて脱げない」
世話の焼ける、と思いつつ、クロロは珍妙なメットを両手で持って引き上げた。メットは中程の重さのボーリングの球くらいの重量があって、フィンクスの奴は何を考えているのだろうか、とクロロは本気で呆れた。
そして、それを被っていちおう歩けていたシロノに、“持久力および首の力はまあまあ”のチェックを入れる。
メットを外されたシロノは、赤い顔をしていた。
「なんだ、蒸れたのか?」
「んー……あつい」
「それはそうだろうな、こんなものずっと被ってれば」
「んー」
シロノは何かもじもじしたような様子で、どこか妙な態度に、クロロは首を傾げる。
「どうした? トイレか」
「ちがう」
「腹が減ったのか」
「まだちょっとしか空いてない」
じゃあ何だ、とクロロが再度育児書の役立たずぶりを実感していると、シロノは小さい声で言った。
「……“絶”っていうのしてなかったら、パパ、あたしがどこにいるか分かる?」
「そりゃあな」
いきなり何を聞くんだろう、とクロロは訝しんだが、シロノは彼の返事に、ぱっと顔を上げた。
「それが“纏”?」
「少し違うが、まあ同じようなものだ。お前がオーラを出していれば、お前がどこにいるか分かる。それに“纏”が出来るようになれば、修行も始められるしな」
「そっか」
シロノはこくこくとひとりで力強く頷いたあと、一度深呼吸をした。
何をするつもりだろうかとクロロが思ったその時、シロノは意を決したような目でクロロを見上げて、言った。
「どうやったらいいの?」
この子供は、教えられるものや与えられるものは黙って受け取るが、自分から何かを欲しい、と言う事がない。
自分から何かを欲したのはせいぜい服の件くらいだが、これもパクノダの示した選択肢から選んだようなものだ。
だから、シロノが自主的に何かを望んで来たのはこれが初めてのことだった。クロロは僅かに目を見開いたが、すぐに表情を戻し、静かに言った。
「そうだな……」
シロノは“絶”“発”“円”の三種類しかできないという、例えるならば、自転車に曲乗りでしか乗れないというような不自然な状態だ。そんな人間にただまっすぐ進む事を教えるにはどうしたら良いだろうか、とクロロは考え、やがて口を開いた。
「……よし、“家”になる前の“円”をやってみろ」
「ん」
ぶわ、とオーラが広がる感覚がクロロの身体を通って行く。やはり四畳半ほどの大きさに広がったシロノの“円”を確認すると、クロロは「それをもっと縮めてみろ」と指示した。
「もっと狭い部屋をイメージしろ。もっとだ」
「ん」
もっと、とクロロが言う度にシロノの“円”はじりじりと狭くなっていき、とうとうトイレの個室程度まで狭まった。クロロは「まさか“円”から“纏”を教えるとはな」、と内心苦笑しつつ、もっと、と更に指示した。
「“円”が四角形なのはお前の特性というか、癖なのかな」
「……わかんない」
シロノのオーラは、シロノの身体ぴったりのサイズの四面の水槽に固められた水のようになっている。クロロは四角い樹脂の中に閉じ込められた、生物標本を思い出した。
「その状態が“纏”。慣れれば寝ていても出来るようになる……と、本当に寝ていても“絶”が出来るお前に言うのは、妙な感じだが」
「“纏”のほうが難しいよ」
「……本当に順番がちぐはぐだな……」
クロロは苦笑しつつ、「では次は“練”だ」と言って、腕を胸の前で組んだ。
そういえば誰かに何かを教える等という行為は初めてだな、という考えが頭の隅をよぎる。
「オーラを思い切り増幅させてみろ」
「また広げるの?」
「違う。“円”のようにするのではなくて……」
クロロは、一度言葉を区切った。
「大声を出したり、水道の蛇口を思い切り捻って限界まで水を出すようなイメージだ。調整せずに出すだけ出せ」
シロノは、一瞬戸惑った。自然に調整をかけてオーラを細かく操って来ただけに、何の枷もつけずに思い切り放出するというのが戸惑われるのかもしれない。
だがシロノは腹を決めたようにきゅっと唇を引き結んでから、すう、と一度息を吸い込むと、一気にオーラを増幅させた。
「……うん、まずまずの絶対量だな。やや遅いが、まあ最初だし」
ぎりぎり合格ライン、と幻影旅団団長は再度頭の中のチェックシートに印を入れ、「“纏”に戻して保て」と指示した。
「さて次だ。これは何に見える?」
クロロは人差し指を上に向けた。
「……?」
「よ(・)く(・)見(・)ろ(・)」
ヒントだ、とクロロは言い、シロノが答えを出すのを待った。
シロノは一生懸命考え──はしなかった。ただクロロの言う通り、ひたすらに、目に入るものをよ(・)く(・)見(・)た(・)。
その様に、クロロはこの子供に対する性格分析が間違っていなかった事を確信する。
この子供はあまり頭が良くなく、言葉で説明してもあまり伝わらない。しかしそのかわり、実行すると決めた際の集中力は目を見張るものがある。
そしてそれは、試験よりも実技、能書きよりも実際の実力を重んじる自分たちにとって重要で、評価すべき点だ。
そしてシロノは“よく見る”という行為を、“纏”を保つ、という指示を守ったまま行なった。すると、自然に目にオーラが集まる。
シロノは、クロロの指先にオーラが集まっている事、そしてそれが形を成している事に気付く。それは、十二本の長い足を持つシルエットだった。
「……クモ!」
「よし。二分か、まあ合格だ」
これでシロノは、念の基本である四大行はマスターした事になる。
「今のが“凝”だ。オーラを体の一部に集めて増幅する。主に今のように目に集中し、他者のオーラの動きや性質を見破るのに使うんだ。怪しいと思ったらとりあえず“凝”を行なって、周囲をチェックするようにしろ」
そこまで説明してから、クロロはふと思い立ち、ウォレットチェーンも兼ねてベルトに着けている懐中時計をパチンと開いた。
「……はは。見誤ったな」
シロノが教えを乞うてから今の時間まで、一時間半。
四大行を三時間で習得させると言った言葉を半分の時間によって裏切られ、クロロはにやりと笑った。
「さあ、次だ。疲れたか?」
その通り、疲れているだろう。しかしシロノはブンブンと首を振った。負けず嫌いなのは良い事だ、とクロロは再度チェックを入れながら笑みを浮かべる。
「“纏”の範囲を保ったまま“練”だ。俺がいいというまでやってみろ。範囲は絶対に広げるなよ」
「う……、やってみる」
鉄の箱の中に、水を限界以上ひたすら詰め込めと言っているようなものだ。
“円”の場合は鉄箱ではなくゴムの風船のような感覚で、詰めれば詰めるだけ広がっていく。シロノにとって、その限界が今の所四畳半だ。
シロノは鉄の箱に入っている自分と、その中にオーラをぎゅうぎゅうに詰め込む様をイメージしながら、オーラの容量を増やしていった。
しかし頑強な鉄の箱の中に無理矢理水を詰め込むのはかなり辛く、シロノは顔を顰め、歯を食いしばった。
「……し、しんど、」
「シロノ」
「え?」
シロノが顔を上げると、クロロが金色のメット、もといフィンクスの帽子を片手に構えていた。そして彼は二メートルもない至近距離で、そのままゆっくりと振りかぶる。
「シロノ、“ママ”に手出し無用と言え。大丈夫だから」
「え、」
「その状態を解くなよ」
解いたら大怪我するからな、と言ったか言わないかの瞬間、クロロはボーリングの球くらいの重量のある塊を、シロノ目がけて投げた。
「──ッ!?」
ゴン、と音がして、金色の塊はシロノの頭に真っ向からぶつかり、……そして床に落ちた。
「それが“堅”。“纏”と“練”の応用技だ」
きょとんとしているシロノに向かって、クロロは僅かに笑みを讃えながら言った。
「今のはただ投げただけだが、もっと極めれば、念を込めた攻撃もガードする事が出来る。お前が危機に陥った時に“ママ”がやったのがそれだが、今度から自分で出来るように鍛えるからな」
“ママ”という存在の正体についてはまだ確証が持てないが、シロノをオートで危機から守る存在であることは確かだ。
“ママ”はオーラで出来た身体でシロノをガードし、助ける。今回投げたフィンクスの帽子を“ママ”が手を出してガードしなかったのは、彼女……が意思を持ち、先程クロロが言ったことを聞き入れてくれたからという可能性が高い。
つくづく興味深い存在だが、今の所は保留にしておくとしよう、とクロロは頭を切り替えた。
「そして“堅”は、維持する時間を十分間伸ばすだけでも一ヶ月かかると言われているが、それだけに、少しでも伸ばせれば大きな成長と言える」
クロロは、歯を食いしばって汗を滲ませるシロノを見下ろした。
「さあシロノ、お前は何分出来るかな」
「……う……ッく……!」
──負けず嫌いだ、ということは、既に確証済み。
シロノは“堅”を続け、そして限界と同時に気絶した。
気絶するまで力を出し切れるという根性と負けず嫌いは、成長に欠かせない要素だ。そして限界を超えるまでの無茶は、荒っぽいが飛躍的な向上に必須でもある。
「一分半か。二分は欲しかったんだが……」
まあ初めてだからよしとしようとクロロは呟き、傾いだ小さな身体を片手で受け止めた。
「……はは」
汗だくになったシロノを見て、クロロは自分でも知らず知らずのうちに笑んだ。
運んでやらねばなるまい、と、クロロはいつかしたように、シロノの襟を持ってぶら下げた。キモノの構造はそうするのにとてもやりやすい作りをしていて、持ちやすかった。
が、彼はふと散々熟読した育児書の一項目を思い出し、一度しゃがむとシロノを立てた膝に乗せ、太腿の裏側を片腕で支える──つまり抱えると、そのまま立ち上がった。
「なるほど、こう抱くのか」
全く役に立たない記述も多いが、そうでない部分もあるのだな、と、クロロは初心者向けの育児書に載っていた、『疲れない子供の抱き方』の項目を実践しながら思った。
“堅”を続けたことによって体温が上がった身体は熱く、そして幼児特有のミルクっぽいにおいがした。汗のにおいすら透明でほとんど不快感を伴わない事に、クロロは興味深げに目を細める。
「面白い」
クロロは満足の笑みを浮かべ、そして満足という気分を持っている自分に少し驚いた。
どんな難しい仕事を成功させ獲物を得た後でも、終われば後は獲物を愛でるしかやりようがない。そして飽きればお終いだ。
しかしこの目の前の子供は、教えれば教えただけ吸収し、その度に満足感を味わわせてくれる。クロロはワクワクした。
シロノをきちんと“抱っこ”して現れたクロロに、団員たちは目を丸くした。
しかも彼は酷く満足そうな様子で、シロノを抱いたままソファに腰掛けるや否や、シロノが一時間半で四大行をマスターし、“凝”はヒントひとつで二分でクリアした事、さらに“堅”を一分半こなしたことなどを機嫌良くつらつらと話した。
「そういうわけで、明日から本格的な修行だ。今日見た感じだと、“堅”の持続時間を伸ばす事と“円”の範囲を広げる事を最優先にして、“隠”と“周”を覚えさせれば体術の覚えも早いだろう。ああ、それより水見式を先に……」
興奮気味に次々とプランを練るクロロは、まるで教育熱心な父親のようだ。
「……びっくりだよ」
「そうだろうシャル、俺もビックリだ、子供は水を吸収するスポンジだというのは本当だったようだな。実に興味深い」
「いやそっちもだけどさ、俺は団長がそこまで子育てにハマるとは思わなかった」
シャルナークの台詞に、全員が無言で同意した。
「ていうか、団長が他人にモノを教えられるっていうのがまず意外だよ」
マチの台詞に「ああ、わかるわかる」と数人が深く頷いた。クロロは良くも悪くも天才なので、「わからない、ということがわからない」というところがあり、教える側には向いていないというのが全員の見解だったからだ。
しかしそんな風に思われていたとは知らなかったらしいクロロは、きょとんとした表情を浮かべた。髪をおろしている上にそんな表情をすると、彼は酷く幼く見える。
「そうか?」
「そうだよ。……で、どうやって教えたのさ」
クロロが「わからないということがわからない」というタイプならば、シロノは「自分で何がわからないのかがわからない」という状態だった。
そのシロノにどうやって四大行プラス“堅”を教え込んだのか、という団員たちに、クロロはシロノを見つけ、いくつかの会話のあと、シロノから教えを乞われたのだということを話した。
「……へえ」
ノブナガが、感心したような、奇妙な半笑いを浮かべた。
「なるほどねえ」
「なーんだ、心配する事なかったね」
勝手に納得したように相槌を打つノブナガと、「気使って損したかも」と言うシャルナーク、そして妙な笑い方をする幾人かの団員たちに、クロロは訝しげに眉を顰めた。
「どういう意味だ、それは」
「何、わかってねーのかよオトーサン」
ノブナガが、呆れながら笑う。
「団長は黙ってると近寄り難い雰囲気あるからなあ。シロは団長から構ってくれるのを待ってたんだろ、きっと」
「でも“絶”してると自分を見つける事も出来ない、ってのが分かって、見つけて構ってもらうにはどうしたらいいか、って思ったんだろ」
フィンクスが補足した。
クロロは目を丸くして、自分の膝の上で疲れ果てて眠る子供を見遣った。シロノはいつの間にかクロロのシャツを握り締め、彼の胸を枕にぐっすり眠りこけている。
そしてすっぽりと彼の膝に収まる子供は、それこそ“凝”を使わなくてはならないようなほんの少しだけではあるが──、……僅かに精孔を開け、オーラを溢れさせている。
「ま、とにかく、その様子なら信用と威厳ってポイントは大丈夫だね」
「あら、私は最初からその点は心配してなかったわよ、シャル」
こんな事なら賭けとけば良かったわ、と言いながら笑うパクノダに、シャルナークを始め、全員が「なぜ?」と疑問をぶつけた。
するとパクノダは、シロノの汗を拭く為の制汗パウダー付きのウェットティッシュを用意しつつ、笑って言った。
「……だってその子、念が解けてからもずっと団長の事、“パパ”って呼んでるじゃない」
──余談だが。
クロロがあの部屋に忘れて来たフィンクスの帽子はシロノに跳ね返ったあと床を転げ回って煤で真っ黒になっており、フィンクスは愛用の帽子の惨状にひとり涙を流したとか流さないとか、という話。
Annotate:
クロロの「なんかホラー映画でこんなシーンあったな」という台詞のホラー映画は、『The Sixth Sense』。子役時代のミーシャ・バートン(Mischa Anne Barton)演ずる少女幽霊がベッドの下から現れ、主人公の少年(ハーレイ・ジョエル・オスメント Haley Joel Osment)が腰を抜かすシーン。