Prologue1
 毎年恒例の、山のように届く返事。
 どれもこれも、ホグワーツ魔法魔術学校への入学許可証を受け取った生徒たちからのものである。
 手紙は数えきれないほどあるが、中を開かずとも内容は同じと相場が決まっている。ぜひ入学させてください、光栄です、楽しみです──言葉は違えど、子どもたちの返事はいつも決まっている、そのはずだった。

「ううむ」

 そのホグワーツ魔術魔法学校校長、アルバス・ダンブルドアは、手紙の山の中から抜き出した何通かを前に、深刻なものではないにしろ、どうしたものかというような唸り声を上げた。
 手紙はどれも変哲のないものだが、魔法界で一般的な羊皮紙は使われていない。高級そうな羽混じりの厚紙、味のある和紙、マグル界の一般的な文具店で購入できる、しかし畏まった風の、きちんとした事務用封筒など。そしてその差出人住所は、一通を除いて全て日本という島国である。

「どうしました、ダンブルドア」

 ううむううむと唸り続ける学長に、副校長、ミネルバ・マクゴナガルは、手紙を選り分ける手を止めて声をかけた。いつも通りにひっつめた黒い髪に、四角い眼鏡。しかしその眼鏡の奥の目は、少し心配そうな色を宿している。

「おお、マクゴナガル先生」
 ダンブルドアは、半月型の眼鏡をかけた、キラキラした淡いブルーの目をマクゴナガルに向けた。
「今回、はじめて日本の子どもたちの多くに入学許可証を届けたことを覚えているかね」
「もちろんですとも」
 マクゴナガルは頷いた。

 日本は、魔法使いの少ない国である。
 いや、正しくは、魔法使いが多いのか少ないのかわからない国である。

 というのも、かの国にも、大昔から、不思議な力を使う人々は存在していた。
 彼らは巫女、陰陽師、僧侶、坊主、はたまた仙人、もしくはその時ごとの特別な呼び名であったり、とにかく様々な呼び名で呼ばれ、一括した呼称が存在しない。
 そして彼らの殆どは、ヨーロッパの魔女や魔法使いとは全く逆に、力を持たない、いわゆるマグルたちに受け入れられていた。
 むしろ頼れる存在、力あるものとして尊敬されていることのほうが多いくらいだ。畏れられることはあっても、恐れられ、ましてや迫害を受けることも殆どない。

 そして、そんなふうに敬われているからといって、彼らが王や統括者であるわけでもないところがまた興味深いところだ。政治的な権力者とは別のところに彼らは存在し、言うなれば、あらゆる立場への分け隔てない助言者のような立場。
 そしてそのような自由な立場を得ている代わりのようにして、聖職者として、という名目で、金や権力などの俗欲を求めない。少なくとも、建前としては。

 このような性質もあってか、日本では、他の国では必ずと言っていいほど起きている、残虐な宗教戦争が殆ど起きていない。
 仏教と神道が混ざり合い、またどこがどう混ざっているのかもよくわかっていないまま、とりあえず尊い“神様”に手を合わせて暮らす日本の人々に、かつてキリスト教宣教師が多数、布教を持ちかけたことがある。

 しかし、「信じるものは救われる」、つまり「信じない者は地獄行き」。洗礼を受けねば救われない、つまりすでに死んだ自分の祖先などが今も地獄で苦しんでいるということに無慈悲だと悲しみ、ならば自分だけ天国に行くことなど出来ないとする日本人が多かった。

 慌てた宣教師が「そのようなことはない」と諭すと、ホッとした顔で神棚に飾った仏の横に同列に十字架を置き、礼儀正しく毎朝挨拶したりする日本人を前に、逆に己の信仰に疑問を持つ宣教師が増える始末。
 こんな具合なので、日本はかつて“宣教師の墓場”とも呼ばれ、キリスト教の総本山であるバチカンには、日本のみを対象とする特別ルールが多数定められている程だ。

 今の日本は、年末年始に神社に詣で、しかし先祖代々の墓は寺にあり、毎年クリスマスを楽しく過ごし、バレンタイン・デーはもはや日本独特の祭りに変化し、最近はハロウィンも盛況しているらしい。
 迎合主義、主体性がないと評する者も多いが、混沌、カオスの状態になろうとも、何でもかんでも受け入れて同列に楽しむという日本のこのような性質が、ダンブルドアは嫌いではない。
 迎合主義的な部分は確かに否めないが、他者と争いを起こさないようにする姿勢自体は、決して悪いものではないはずだ。

 違うものを信じるもの同士が仲良くやっていくことは難しいことも多いが、別のところでそれぞれ別にやっていくことはできる。
 マグルと魔法族、純血主義とそうでない者との確執に長く悩んでいるダンブルドアは、日本人のこういう性質には、大いに学ぶものがあると感じた。

 そして、このような国だからこそ、日本では、魔法の力を持つ者が目立たない。
 全体に迎合精神があり、また個人ごとに、みずから周囲に同列化して馴染もうとする姿勢がある。
 つまり、魔法の力を持って生まれても、例えば凄腕の手品師であるとか、厳しい修行を積めばこれくらい出来るのだとか、そういうふうな、多少無理矢理にでも建前さえあれば、簡単に受け入れられてしまうのだ。

 魔法族がマグルから離れ、独自の社会を形成したのは、かつて魔法族が邪なるものとして迫害された歴史に端を発する。
 そしてその歴史から学んだ魔法族は、今でもマグルとの接触をほとんどせず、マグル界では決して魔法を使わぬようにと法律で定めてすらいる。
 ホグワーツ魔法魔術学校も、魔法の力を暴走させず上手く使い、いらぬ闘争を起こしたり、マグルに迷惑をかけたり、また迫害などを受けたりしないようにするための技術と道徳を学ぶ訓練期間として設立された。

 しかし日本では、魔法の力を持っていても、魔法使い、魔女、とはっきり呼ばれず、法律で定めずとも、“空気を読む”という日本人独特のスキルによって、うまく馴染み、普通に暮らしている。
 そして普通に暮らしているので、彼らの数や暮らしぶり、どうやって魔法を魔法と見せずに使っているのかなどが、傍から見てよくわからない。
 そんな風にとてもうまくやっている彼らがわざわざ魔法学校に行く必要性があるのか疑問だし、無理やり召喚するなどはもはや論外である。

 更には、随分昔から“魔法族”、“マグル”ときっぱり種族を分けてきた人々と違い、日本は個人個人の力の有無は確認しても、力を持つ者を種族としてみなすということ自体をしていない。
 だから日本では純血の魔法使いのほうが珍しく、そして血が万遍なく混ざっているせいで、誰にでも魔力を発現させる可能性がある。だから、魔力を持っている子を探すこと自体、なかなか労力がいることなのだ。

 そんな国である日本は、魔法族にとって、あらゆる意味で治外法権的な地域であり、それゆえにホグワーツも、今まで、日本の子どもたちには、殆ど入学許可証を送らずにいた。
 稀に大きな魔力を示すがゆえにその子だけには送ってみても、大抵は入学を断られ、少なくともここ数十年、ホグワーツに日本人の生徒がいたことはない。

 だが前述したように、現学長であるダンブルドアは、日本の魔法使いのあり方にこそ学ぶべきものがあると思っているし、単純におおいに興味がある。
 そのため、今回はじめて、日本で魔力を示した適齢の子どもたちを積極的に探査し、入学許可証を送った。送ったのだが──

「まだ返事が来ていない子もいるが、──やはり、軒並み断られてしもうた」
「まあ」

 マクゴナガルは、目を丸くして驚いた。
 日本が特別な場所である事は知っているが、魔法族の子どもたちなら誰もが待ち焦がれるホグワーツの入学許可証を、しかも揃いもそろって断ってくるというのは、信じられないことだ。
 しかし、ダンブルドアのきらきらした水色の目は残念そうに沈んではおらず、むしろ興味深そうな理知的な輝きを深くしていたので、マクゴナガルは彼の言葉の続きを待った。

「実に興味深いのだが、断る理由も皆同じなのだよ」
「と、いうと?」
「テニスが出来ないのなら、行きたくない、というんだ」
 ダンブルドアは、長いあごひげをさすりながら言った。
「テニスというと、マグルのスポーツでしょうか」
「そのとおり」
 知識深く、話が早い副校長に、ダンブルドアは満足気に頷いた。

「それで調べてみたのだが、ここしばらく長い間、マグルはこのスポーツに夢中らしい。特に、男の子は」
 テニスが出来ないならホグワーツになど行かない、と言ってきた男の子たち。その手紙を並べて、ダンブルドアは言った。
「つまりテニスというのは、我々で言う、クィディッチのようなものじゃ」
「なるほど。クィディッチを見ることもやることもできなくなるとなれば、入学を断るのも頷けますね」
 熱狂的なクィディッチ・ファンのマクゴナガルが重々しく、この上なく納得した様子で頷くのを見て、ダンブルドアは微笑む。

 入学を断ってきた日本の子どもたちのうち、男の子は今のところ全員、テニスができないなら入学しない、と、きっぱり断ってきた。
 そして二名いる女の子のうち一名も、彼らがテニスが出来ないのなら自分も行かない、と言ってきた。魔法についても、わざわざ教えてもらわなくてもなんとかなる、とのことだった。

 だがダンブルドアとしては、親が魔法使いの子ならまだしも、完全にマグル生まれで今まで魔法を知らなかったはずの子までが、そうまできっぱり「なんとかなる」と言い切れる理由には非常に興味があるし、更に言えば、そうまで言わせるテニスというスポーツにも、興味がわき始めている。

「儂が彼らを迎え入れたいのは、日本の魔法使いの柔軟さが、こちらの子どもたちにいい影響を与えることを期待しているからじゃ。そして同時に、魔法族とマグルとしてではなく、ヨーロッパ人と日本人の文化の違いにも触れることによって、違う価値観を持つ者とも友情を築いたり、理解を示したり出来るということを学んでもらいたい」
「すばらしいお考えだと思いますわ」
 マクゴナガルは何度も頷き、拍手までした。
 手放しの賞賛に、ダンブルドアはこほんと小さく咳払いをしてから、続けた。

「そこで、どうだろう。土地は余っているのだし、彼らのために、テニスコートを作る──、いや、テニス部を作る、というのは」

 そのはっきりした言葉に、マクゴナガルは、ダンブルドアが彼らからの断りの手紙で悩んでいたのではなく、どうやってテニスコートを作るかどうかで悩んでいたのだということを悟った。

「テニスコートの大きさは、縦78フィート、横36フィート。白い線で囲って、真ん中に低いネットを張って陣地を分ける」
「ボールは何種類必要なのですか?」
「よく跳ねる、黄色いボールがひとつだけじゃよ」
「とてもシンプルですね。どんなゲームなのか想像もつきません」
「確かにシンプルじゃ。実はこの間、ロンドンのウィンブルドンに行って観戦してきたのじゃが、とても面白かった」
「まあ」
 驚くマクゴナガルに、ダンブルドアは、いたずらっぽい目をした。
「シンプルだからこそ白熱するゲーム、という感じじゃな。そして更に興味深いのが、強い選手の中には、魔法の力を持っている者が少なからずいるようじゃ」
「なんですって」
 マクゴナガルは、今度こそ本気で驚いた。

「目に見えない速さでラケットを振ったり、あっというまにコートの端から端まで移動したり、ボールの威力を受け止めきれずに選手が吹っ飛んだりもする」
「マグルのスポーツなのに?」
「マグルのスポーツなのに」
 動物もどきになったわけでもないのに、目を猫のように丸くしているマクゴナガルに、ダンブルドアはふふふと笑った。

「だからなのかはわからんが、今回入学許可証を送った男の子たちも、皆、まだ幼いながら有望なテニス選手として注目されている子どもたちでもあるようじゃ。そんな子たちを、我々の都合でテニスから引き離してしまうようなことはしたくない」
「そうですね」
 マクゴナガルはテニスのことはわからないが、クィディッチの才能ある若い選手が、クィディッチのない土地に行かされると思うと、とても残念で悲しい気持ちになる。それそのものを知らなくても、自分の立場に置き換えて想像し、理解を示すことは出来るのだ。

「ともかく、交流のきっかけにもなるし、良いと思うのだが、どうだろう。テニスコートがあれば彼らもここに来てくれるだろうし、こちらの子たちが、テニスに興味を持つかもしれない。逆に、彼らがクィディッチに興味を示すこともあるかも」
「絶対に興味を持ちますわ」
 マクゴナガルは、確信をもって、力強く頷いた。

「テニスはチーム戦もあるが、試合自体は必ず一対一か、ペア同士で行う。まあ、この子らが全員入学してくれるとして、よっつもあれば十分なのではないだろうか」
「ひとつひとつが小さいので、ホグワーツの敷地なら、問題ないと思います。足りなければ増やすことも出来ましょう」

 クィディッチのピッチは、縦500フィート、横80フィート。しかも楕円形なので更に敷地が必要になるし、箒で飛び上がる分、上空に特別な魔法の処置も必要だし、ゴール等の設備、また特別な職人が作ったクアッフル、ブラッジャー、スニッチ、そして選手ごとに箒とクラブも必要だ。

 その点、テニスコートは平らな地面に囲いを引いてネットを張ればよく、ボールはある程度消耗品としてみなされるものを使うし、ラケットについては選手が各々手に馴染むものを用意することとなっている。
 驚くほどシンプルだ。これだけでいいのか、と不安になるほどに。
 だがそれだけで日本の子どもたちが来てくれるなら、なんともお安いご用、とマクゴナガルは思った。

「マクゴナガル先生が賛成してくれるなら、安心じゃ。さっそく理事会に申請しよう」
「さほど費用もかからなさそうですし、大丈夫でしょう。マグルのスポーツですから、バーベッジ先生にもひとこと言っておくと、なお良いのではないでしょうか」
 的確な助言に、ダンブルドアは満足気に何度も頷きながら、さっそく要項をまとめた手紙を書き、ふくろうに託した。



「そういえば、──男の子はテニスが出来ないなら行かないと言ったと聞きましたが、女の子もそうなのですか?」
 ふくろうが飛び去った後、手紙を整理する手を再開させながら、マクゴナガルは聞いた。問題が片付いたので、これは世間話である。
「テニスは女の子もやるスポーツではあるが、この女の子──」
 ダンブルドアは、上品な和紙の封筒を手にとった。
 表には、毛筆で、器用にも横書きに英語の宛名。そして裏面には、縦書で、漢字とかな交じりの差出人住所が記してあった。子供の字であるはずだが、なかなか味のある、優美な字だ。

 差出人の姓名は、上杉 紅梅

「テニスはやらんそうじゃが、舞妓、芸姑のタマゴのようじゃのう」
「マイコ? ゲイコ?」
「日本の、伝統的な女性の職業じゃよ」
 ダンブルドアは、本棚から、古い本を取り出した。

 開いたページには大きく写真が載っており、豪華絢爛、そしてとても美しい衣装を着た女性たちが、枠の中でゆっくりと動いていた。
 ヨーロッパにはないその美しさに、マクゴナガルが、まあ、と感嘆の声を上げる。
「なんて美しい」
「そうじゃろう、そうじゃろう。儂も一度は彼女らに会ってみたいと思っておるが、時にマクゴナガル先生。紅椿、という魔女をご存知かな」
「いいえ。浅学で申し訳ありません」
「いやいや、知る人ぞ知る人じゃ。無理もない」
 謙虚な副校長に、校長は鷹揚に微笑んだ。

「紅はRouge、椿はCamellia、という意味じゃ」
「随分……何と言うか、色っぽい名前ですね」
「源氏名じゃからなあ」
「本名ではない?」
「うむ。舞妓──いや、芸姑か。彼女らは皆そういう独特の名を名乗る。そして紅椿は、今も日本の京都で芸姑をやっておる」
 魔法使い、魔女でありながら、例えばマグルと結婚したりして、マグル世界で暮らす者も存在する。では彼女もそうかとマクゴナガルは尋ねたが、ダンブルドアは、そのあたりはよく知らないと答えた。
 ダンブルドアに「よく知らない」などということがあるのか、とマクゴナガルが少なからず驚くと、ダンブルドアはホッホッとサンタクロースのように、愉快そうに笑った。

「そりゃあ、あるとも。それに、彼女はとにかくミステリアスなひとじゃ。儂がホグワーツでグリフィンドール生だった頃、彼女はスリザリン生であった」
「同級生でいらっしゃるのですか!」
「うむ」
 マクゴナガルは、今度こそ驚いた。

 魔力の強さ、魔法使いとしての実力の高さは、年齢で大雑把に測ることが出来る。
 ダンブルドアが百歳を更に数十も超えて未だ最強と言われているのが、最もいい例だ。
 そしてその彼と同年で未だ健在、そしてマグル世界で現役で仕事をしているとなれば、少なくとも標準以上の魔女であることは確実である。

「今でもありありと思い出せる。真っ黒の、つやつや光る長い髪をした、目眩を起こすような美人じゃった」
 実際倒れた男子生徒もおったぐらいじゃ、と、ダンブルドアは遠い目をしながら言った。
「性格は狡猾でひどく計算高いが、恩を受けた時は必ず返す義理堅さや、身内にはとことん報いる情の厚さも持ち合わせていた。更にパーセルマウスでもあり、アニメーガスでは大きな白蛇に変身したので、蛇姫様とか、蛇女帝とか、この上なくふさわしいあだ名で呼ばれておった」
「それは、まさに、スリザリンの中のスリザリンという感じですね」
「そのとおり」
 ダンブルドアは、深く頷いた。

「だが彼女は、栄誉や権力に興味のない人じゃった。まず孤児であるので苗字すらなく、純血かそうでないかは心底どうでもよいと言っておった。テストで主席を取ろうと思えば取れただろうに、自分の興味のある研究ばかりしておったし、その成果を発表しようともしない。誰かに理解されずとも、自分が納得できればそれで良いようじゃった」
 聞く限り、明らかに変人である。だが、いかにも日本人らしい様でもある、とマクゴナガルは感じた。ついでに言えば、レイブンクロー的である、とも思った。

 卒業後、彼女がどこでどうしていたのか、ダンブルドアはやはり「よく知らない」らしいが、数十年前、闇の陣営との戦いのために密かに各地の魔法使いに声をかけて回っていた時、日本にも立ち寄った。
 そして魔法を使って、かつての同級生である“蛇姫”の居場所を探し、つきとめた──のであるが。

「そこにいたのは、舞妓になるために下働きをしている、七歳くらいの少女じゃった」
「は」
「ぽかんとしている儂に向かって、彼女はにやっと笑ったのじゃよ、蛇のように。あの笑い方は、確かに彼女じゃった」
 ふぅ、と、ダンブルドアはため息を吐いた。

「彼女は確かに儂の同級生じゃが、本当はもっともっと年上で、もしかしたら魔女ではなく、もっと違う何かなのかも知れぬ、とその時確信した。彼女はアニメーガスで大きな白蛇に変身したが、もしかしたら、人間の姿のほうが、“もどき”の姿だったのかも」
「まさか」
「ミステリアスじゃろう? そういう女性じゃよ」
 そしてそんな存在に、俗世の争い事の協力を持ちかけるのがなんとなく憚られたダンブルドアは、少女に小さく頭を下げて、黙ってその場を去った。

 後日、ダンブルドアのもとに、「遊びに来られるのならいつでも」と流麗な文字の手紙とともに、美しい金平糖の小瓶が届けられた。
 なんでもお見通しであることを暗に示され、なおかつ、切り出さずともやんわりと協力を拒絶されたダンブルドアは恐縮し、以降、彼女に会いに行ったことはない。

「で、この子なのじゃが」
 ダンブルドアは杖を一振りし、上杉 紅梅と書かれた、和紙の封筒をひらりと宙に浮かせた。
「かの蛇女帝、大魔女、紅椿殿の孫じゃ」
「まあ!」
 マクゴナガルは、思わず手を口に当てた。

「それは、確かなのですか」
「確かじゃ。本人から、別に手紙が来ておる」
 ダンブルドアは、さきほどと同じ和紙の封筒、しかし先程のものより明らかに熟れた──芸術と呼ぶべき毛筆の文字が書かれたものを、どこからともなく取り出し、中の手紙を開いた。
「内容はこうじゃ」

 魔法の扱いは自分が教えてやれるので、わざわざホグワーツに通う必要はないこと。
 どうしても孫をホグワーツに通わせたいというのなら、舞の練習と、三味線、唄の練習は欠かさず行わせること。
 本人が退学したいと言った時は、条件を付けず、必ず承諾すること。
 孫とその友人たちを、“そちらの都合”に、一切巻き込まないこと。

 でなければ──


 ダンブルドアがそれらを読み上げると、封筒の中から、ちょうど小指くらいの太さの、小さな白い蛇がしゅるりと出てきて、ダンブルドアの手首に巻きついた。
 そして鎌首をもたげ、かぱりと口を開ける。

「──“祟りますえ”」

 全く大きくないが、しかし部屋中に染み渡る水のような声で言った蛇は、出てきた時と同じように、しゅるんと封筒の中に潜っていった。
 ダンブルドアが封筒を広げ、片目をつぶって覗きこむが、蛇はもう出てこなかった。

「やはりお見通しじゃ」
 もはや絶句しているマクゴナガルに、ダンブルドアは、茶目っ気たっぷりに肩をすくめた。
 要するに、“恩を買いたいなら売ってもいいが、対価はきちんと支払うこと”ということである。こうまでしっかり釘を差されては、本当に、日本の子どもたちには、テニスと勉強しかさせることはできないだろう。
 ──いや、本来、そうすべきではある。あるのだが。

「そう、それと、テニスをやるならちゃんとしたコーチか監督をつけろとも仰ってな」
 テニス部を作る、と決めたのは、たった今のことである。
 マクゴナガルはかの女性がとんでもない大魔女、もしかしたらそれ以上の存在であるかもしれないことを確信し、もう驚くまい、と決めた。
「顧問、監督の紹介状を同封して下さった」
「なんと。日本の魔法使いですか」
「うむ。かつては凄腕のテニスの選手でもあったようじゃ。マグル界で暮らしているが、日本では珍しい純血の魔法族──、こちらは儂も名前を聞いたことがあるな」

 榊 太郎、と、ダンブルドアは、新しい教師の名前を読み上げた。
Prologue1//終
テニヌは魔法です。という設定。