──You don't want he inside your head.
──Just do your job but never forget what he is.
(彼を理解したいなどと考えるな。ただ任務を行え。決して彼がなんであるか忘れるな)
──And what is that?
(では、彼は何ですか)
──Oh, he's a monster, a pure psychopath.
(おお、彼は怪物だ。正真正銘の、純粋なる異常者だ)
「キルアー」
「おう」
ゴンに呼ばれたキルアは、ピ、とチャンネルを変えると、ドアのほうを振り返った。
「ほんとに身体とか何ともないの?」
「ああ、どーもオレが最初持ってたオーラ以上返されたみてーだ。むしろ調子いいぐらい」
《──先日のシロノ選手 VS キルア選手、審議の結果、勝敗判定は引分となりました。「青春の頃を思い出した」「次回はキルア選手にもがんばって欲しい、色んな意味で」などの声が多く寄せられ、今年の天空闘技場・メモリアルマッチの候補として最有力の試合となり、》
ディスプレイから、聞き慣れたアナウンサーの声が流れている。
《なんといっても少年少女の甘酸っぱいファーストキ》
「だ────!」
「キルア……」
壁にリモコンを投げつけるキルアに、ゴンが苦笑する。リモコンを投げつけた衝撃でチャンネルがまた変わり、キルアは荒く息をつくと、フン、と大きく鼻から息を吹いた。
「──ふざけやがって! あんなモンはインコがゲロ吐いて食うのと同じだろうが!」
「でもキルア、インコの吐き戻しは求愛行動だよ」
どこかズレた突っ込みを入れる大自然児ゴン、キルアはやや返答に困った顔をして、「……犬に咬まれたと思って忘れる!」と宣言した。
「それで、その
シロノなんだけど」
「ああ!?」
忘れる、と言いつつ未だ無駄に不機嫌なキルアに、ゴンは構わず続ける。
「さっきそこで会ってさ。もう飛行船乗って家帰るから、キルアによろしくってさ」
「……ああ、そう」
疲れたような返事を返すと、ベッドの上で胡座をかいていたキルアは、そのままの姿勢でドサリと倒れ込む。
──You don't want he inside your head.
──Just do your job but never forget what he is.
(彼を理解したいなどと考えるな。ただ任務を行え。決して彼がなんであるか忘れるな)
──And what is that?
(では、彼は何ですか)
──Oh, he's a monster, a pure psychopath.
(おお、彼は怪物だ。正真正銘の、純粋なる異常者だ)
テレビからは、あの日観た映画のCMが再度流れていた。
キルアは、
シロノのことを、ゴンのようだと思っていた。今でもある意味、その考えは変わっていない。
シロノもゴンも、キルアの中にある淀んだものや高い壁を、あっけらかんと崩してゆく存在だ。ただその崩しにかかってくる方角というのが真逆であり、
シロノは夜で、ゴンは昼間、キルアの所にやってくる。ただただそれだけの話だ。
(理由なんか、ねーんだよな)
キルアは、
シロノのきょとんとした表情を思い出す。どうして今日の天気は雨なのですか、という質問でもされたような顔。ただそこにあるだけの事実の意味を問われてもわからない、そんな風な。
ただそういう生き物だから、そうなのだ。
──じゃあしょうがないでしょ。好きにしたら。
シロノがあっさりとそう言ったのを、キルアは今でも衝撃的に覚えている。
どちらがいいとか、悪いとか、最初からそういう話ではなかった、キルアは今そう思っていた。そしてキルアがどちらを選ぶかもまた、単純に好みと意思の問題だ。
(……オレは)
キルアがシーツに突っ伏した顔を少し上げると、ゴンが飛行船のチケット販売所の案内を読んでいた。窓から差し込む真っ昼間の太陽、黒い目がそれを反射して光っている。
「ん? なに、キルア」
「……いや」
何でもない、とキルアは呻くように呟いた。
闇の中でひとりでに白く光る目、今はただ「そうである」としか言えないが、多分、あのまま
シロノを追いかけていれば、なぜそうであるのか──ということもわかったのかもしれない。だがキルアはどうしても、太陽の光を受けて反射する、ごく普通の眩しい煌めきが恋しかった。──安心した。
その点、あの闇の中のありえない光は、キルアを酷くどきどきさせた。それが恐怖なのか、あるいは恐いもの見たさなのか、羨望なのか、もしかするともっと他の何かなのか、それもまた、キルアにははっきりと認識することが出来ないけれど。
──People will say we're in love.
(人は、私たちが恋をしていると思うだろう)
(でも、オレはいま、どうしてもこっちに居たい)
好きにしたら、と言われたその言葉をオレは実行する、と、キルアはひとり拳を握り締めた。あの光る薄い灰色の目にまた出会った時、キルアはまたどきどきさせられるかもしれない、いやきっとそうだろう。しかしキルアは、決めたのだ。
(オレはそっちには行かねえ)
シロノが居る場所がいい場所なのか悪い場所なのか、キルアには判別がつかないし、つける気もない。しかしそこで暮らし、そして家族が大好きだと満面の笑みで言った
シロノにとっては、多分世界一居心地のいい場所なのだろう。
(オレにはお前がわかんねーけど)
でも、とキルアは思った。
(でもオレは、お前がキライじゃねえよ、
シロノ)
──I have no plans to call on you. The world is more interesting with you in it.
(君のところへ行くつもりは全くない。けれどこの世には、君がいた方がおもしろい)
ピッ、とリモコンのボタンを押し、キルアはもう一度チャンネルを変えた。先程の天空闘技場ニュース、画面では、ゴンとヒソカの試合の審判がインタビューを受けていた。
《判定は公正だったと自負している。ただ今日の一件は組み合わせの関係上、採点基準を下げてでも早めに終わらせるのが──》
「……っし」
キルアは小さく声を漏らすと、がば、と身体を起こした。
「さて、これでようやく目標クリアだな」
「うん」
漸くいつもの調子に戻ったらしいキルアに、ゴンもまた僅かな笑みを向けて相槌を打つ。
「さあ、もうここには用がねーし、今度はお前ん家行こーぜ!」
キルアの表情は明るい。白い銀髪が、太陽の光を反射して煌めいている。
「ホント?」
「おう、ミトさんにも会ってみたいしさ」
そんなキルアの言葉に、そういえばもう半年以上帰っていない、と思い立ったゴンは、うん、と頷く。
そしてそうと決まれば、と二人はさっさと荷物を背負い、チェックアウトをすませると、数ヶ月滞在した高い塔を見上げた。
──バイバイ、天空闘技場!
++++++++++++++++++++++++++++
「ありゃー? パパがお迎えなの?」
飛行船から降りた時、発着場の待ち合いベンチで本を読んでいるクロロを見て、
シロノは目を丸くした。何やら理由があって迎えが来ることは事前に知らされていたが、それがまさかクロロだとは思わなかったからだ。
「不満か」
「ううん、いつもと違ってステキ」
「だからそれは使い方が間違っていると言っているだろうが……」
パタン、と本を閉じたクロロは、妙なことばかり覚えてきている子供にため息をついた。やはり塾はダメだ、特に奇術師が塾講師なんて所は言語道断だ、などと思いながら。
「でもあれでしょ、どうせジャンケンに負けたんでしょ」
「うるさい」
生意気に拍車がかかっている。そう思いつつクロロはさっさと立ち上がり、
シロノはその横に小走りに駆け寄った。黒髪の長身と、白い棺桶を背負った小さい姿、二つの後ろ姿が並ぶ。
「ほら」
「なにこれ」
突然投げ渡されたものに、
シロノがきょとんとする。それは小さな鍵だった。クロロが質問に答えないことなどざらなので、
シロノは別に答えを待つことなく、ただすかさず“凝”をしてそれがオーラで具現化されたものであることをチェックした。そんな
シロノに、クロロは内心小さな満足を覚える。
「ねえねえ、ママに会えるってことは、あたしもう大人ってこと?」
だって大人になったら会えるって約束だったもん、と言って見上げてくる
シロノに、クロロは一瞬無言になる。しかし彼は
シロノを見ないまま、真っすぐ前方を見据えて言った。
「何が大人だ。生理も来てないくせに」
「わあ……」
シロノが目を細め、生暖かい笑みになる。いつもと違うなんて錯覚だ、やはりクロロはクロロ、いつもどおり色々と最悪のようだ、と。
「でもいつか来るよ。その時はお赤飯?」
「心配しなくてもアケミが炊きまくる」
間違いない、とクロロは思った。そうか、と
シロノが頷いている。
「楽しみだねー」
「……まだ先の話だ」
「へ? 帰ったらママ、いるんじゃないの?」
クロロは無言になると、やがて足を速めた。やたらスタスタ歩いていくクロロを、「待ってよー」と言いながら
シロノが追いかけてくる。
「ちょ、待って超緊張するんだけど! アタシ死ぬかもしれない! もう死んでるけど!」
「うんアケミ、それもう百回ぐらい聞いた」
カタカタとタイピンクを続けるシャルナークが、平淡な声で言った。
「シャルくんアタシおかしくない!? ちゃんとしてる!? ママ! ってカンジする!?」
「意味が分かんないよもう……大丈夫だよフツーにしてなよ」
「フツーって何!? アタシはもうわからないわ!」
「俺にはアケミがわからない」
錯乱する女幽霊に、シャルナークはあくまで冷静だ。
「でも驚いたぞ、呼ばれて来てみれば、まさか家が建っているとは。この短期間でこれだけの能力を確立させるとは、あの頃から精霊クラスだとは思っていたが凄いな、アケミ」
「うん、まあそれは確かにね。快適だし」
椅子に腰掛けて言うボノレノフに、シャルナークは同意した。
彼らが今居るのは、“家”の中、である。
好きなことを極めることこそ最も効果的な能力を作るに至る、というのはヒソカの言だが、アケミが選んだのがこの“家”だった。
マイホームを持つのが夢だったというのもあるらしいのだが、「子供が帰って来たとき、ちゃんとした家で迎えてやりたい」、というのも大きな理由である、と彼女は言った。
そしてアケミが具現化したこの“家”は、かつての『レンガの家』をベースに発展させたものであるため相変わらず鉄壁の防御力を誇り、さらに“陰”の応用でもって「外から全く見えない」という特性まで供えていた。
幽霊の能力らしい、と言えば、確かにそれらしい。実際に近付くと透明な何かがそこにあるということがわかるのだが、一般人ならまず気付かないだろう。しかも『おままごと』の時の「能力者が許可しないと中に入れない」という効果も健在で、アケミが鍵を渡した人間でなければ、出ることも入ることも絶対に出来ない。
そして中はといえば、外から全く見えなかったのが嘘のようにしっかりと内装が施され、基本的にはアケミの趣味だが、団員たちの希望もふんだんに盛り込まれていた。もちろん全てが念での具現化なので、ノブナガの希望で和室を作ることになったアケミはシャルナークが取り寄せたタタミを念で具現化し、四畳半の和室を再現。最初はタタミをピンクにして呆れられたりもしたものだが、今では立派なものだ。
そしてアケミは、この“家”の中であれば、常に自分を具現化させることが出来る。会話をすることも何かに触れることも、全てが可能だ。
「ただ“円”が40坪までしか広げられなかったのが不満だわ。この人数だから、できれば60坪くらい欲しかったのに」
「……“円”を坪単位で捉えるなんて初めて見たよ本当……」
シャルナークが、呆れた様子で言う。
「だって土地遊ばせとくのも勿体ないじゃない。せっかくウボーくんが工事してくれたんだし」
「ウボーはプチプチ潰し程度の感覚だっただろうから別に良いと思うけど」
この“家”は、「更地にしか建てられない」という制約があるので、ウボォーギンが
本拠地(ホーム)横の廃墟をぶっ潰してスペースを作ったのだが、100坪は作った更地がずいぶん無駄になっている。外から“家”は目視できないので、傍目からは、
本拠地(ホーム)の横にただだだっ広い空き地ができたというようになっていた。
「にしても、今回一番働いたの間違いなく俺だよね。つーかまた今から9月のヨークシンの下調べなんですけど。人使い荒すぎない?」
「
シロノのカトラリーもアケミの“家”の具現化の資料も、全部お前が探したんだろう?」
「そうだよもう……。
シロノのやつなんかさ、一回手放したやつまた探すなんて初めてだから大変でさあ」
そう、なんと
シロノが最初にヒソカに買ってもらったあのスプーン、実は元々クロロたちが盗んだもの──いやもっと詳しく言うと、
シロノが初仕事に着いていったあの時盗んだ獲物の一部だったのである。
シロノからスプーンを見せられたクロロはさすがのものですぐにそれに気付き、そしてシャルナークは既に売り飛ばしたそれらを探すことになったのだった。
「でも
シロノ、今になって見つけるなんて、よっぽど悔しかったんだね」
「気の毒なぐらい大泣きしていたからなあ……」
そしてあれらのカトラリーは、もっと小さい頃の
シロノが実際に使っていた食器であり、遊び道具だった。あの王朝の特徴で全て純金製である食器で食事をしたり、儀式用の大きなナイフとフォークで遊ぶのは体力づくりにもなると言って与えたのだが、獲物を売り飛ばす時にうっかりそれもまとめて売り飛ばしてしまい、お気に入りの玩具を勝手に転売された
シロノはそれはもう大泣きした。
あの頃のことは記憶も曖昧であるようだし、さすがにもう忘れているだろうと思っていたのだが、よほどお気に入りだったのか、深層心理でしっかり覚えていたらしい。
しかし幼い頃遊び倒した道具は
シロノの手によく馴染み、しかもフェイタンによる改造も加えられ、あっという間に操作できるようになったのだった。
「で、団長が言ってたんだけど、アケミの“朱の海”も
シロノのカトラリーも、両方とも例の王様に嫁入りしたロマシャの占い女王の持ち物なんだって? なんかあんのかな、ロマシャって」
「ふむ、その女王自体がかなりの念能力者だったようだがな。特にこの二つは残っている念が強いらしいが」
「アタシが思うに、これは“記念の品”だからだと思うわね」
アケミが言い、シャルナークとボノレノフが彼女を振り返る。
「“朱の海”は結婚指輪、あのカトラリーセットは二人に子供が生まれたときの祝いの品よ」
王家や貴族の間で、子供の誕生を祝う意味でカトラリーのセットを贈ったり制作したりするのはポピュラーだ。
「女って特に、そういう記念の品……“初めてのもの”って強く印象に残るものよ。特にファーストキスのこととか、もう何年も会ってないだけに相手のことを王子様のように美化して覚えちゃってたりするし。そういう気持ちが念の強さや内容に影響してもおかしくないと思うのよね」
「乙女チックな考えだなあ」
──一方、その頃。
「……イルミ兄さん、風邪?」
「まさか」
いきなりクシャミをしたイルミは、無表情のまま、ぐずぐずとする鼻を押さえた。カルトが驚いた顔をして首を傾げている。猛毒でも死なないゾルディックが風邪など、冗談にもならない。
「誰か噂でもしてるんじゃないの」
「あーらイルミったら! ホホホホホホ!」
何が“イルミったら”なのか全くわからないが、機嫌良さそうに高笑いするキキョウに、イルミは「そうだね」と返しておいた。
「ああそうそう、九月は大きい仕事が入ったから。カルト、お前も連れて行くよ」
「本当? 兄様」
「うん、修行しといてね」
「わかった」
カルトはこくりと頷いた。心なしか嬉しそうである。
「あら、カルトちゃんを連れて行くの?」
「爺さんと親父が連れてけって。修行になるし、まあ俺が面倒見るから」
それに向こうもどうせ子連れだし、別に文句は言わないと思うよ、と言ったイルミに、キキョウは微笑んで頷いた。
「そう。いいお得意様ねえ」
「料金3割増しだしね」
「まー! ホホホホホホ!」
「はっはっはっはっは」
(兄様もやっぱりスゴイ……)
再度響いた窓をびりびり震わす高笑いに棒読みの乾いた笑いを返す無表情のイルミを、指を耳に突っ込んだカルトは本気で尊敬した。
暗殺の王子様の住む山の上は、今日もそれなりに平和らしい。
「……ここ?」
「そう」
本拠地(ホーム)横にできていた、何もないだだっ広い空き地。連れて来られた
シロノは首を傾げていたが、鍵を手にすると途端に現れた小さな白い家に、目を見開く。
クロロが扉を開けるように促し、
シロノはドキドキしながら、鍵を鍵穴に入れる。カチャリと小さな音がしてから、
シロノはそっとドアノブを掴んだ。
「──ただいまっ!」
Fan novel of "HUNTER x HUNTER" 2 /『Deadly Dinner』
~ END ~