「わかる!? あそこであえてあの子を引き止めたアタシの気持ちが! アタシの胸の方が引き裂かれそうだったわ、ああああああ」
引き裂かれるような身体なんぞもうないだろう、と身も蓋もない突っ込みを入れようとしたクロロだったが、しかし金縛りで動けない身体でこれ以上愚痴を聞かされ続けるのはごめんだと判断し、「そうかそれは大変だったな」と返した。
すると枕元の女幽霊が、青い目でキッとクロロを見下ろしてくる。
「なにその言い方! 心がこもってやしない!」
「どうしろと」
心がこもっていない、というどう言い返しも出来ないことを怒鳴られ、クロロは本気でうんざりした。──まあ、本当にこもっていないのも事実ではある。
勝手にゾルディックに遊びに行った子供が帰って来る間、クロロはその母親と、こうして毎晩言葉を交わしていた。……といっても、実際にはアケミが一方的に語り倒していただけであるが。
「お前の言いたい事はよく分かった」
丸々三日三晩、アケミがいかに断腸の思いで我が娘を死地に送り出したか、ということを聞かされ続けたクロロは、珍しくも本当に疲れたような声でそう言った。
「だがそろそろ話を進めないか。お前の娘のためにも」
シロノのためにも、と、まるで親のような台詞をクロロが苦々しい表情で絞り出すと、アケミは「それもそうね」と涙を拭くような仕草をしつつ頷いた。
物理的ななにもかも、そして大概の念ですら影響を受けない彼女に強制的にいうことを聞かせるのは、いくらクロロでも──いや、クロロだからこそ、尚更無理な事だった。アケミの最大のウィークポイントであり宝であるのは娘だが、もし盾に取ったりしようものなら、即座に約束を破った“おしおき”の念が発動し、クロロは間違いなく命に関わる大ダメージを受けるだろう。
とりあえず要望を受け入れてもらえて安心したクロロは、溜め息をひとつついた。
「で、めでたくあれがアンデッドになったわけだが」
ベッドに仰向けになったまま、クロロは切り出した。
「レアな上に、アレンジ次第でかなり用途の広い能力だ。蜘蛛全体にとっても大変喜ばしい」
「そうね。アタシが生きてればお赤飯を炊きまくる所よ」
アケミはうんうんと深く頷いた。半透明に透けた赤い髪が揺れる。
「それで、お前は何をやってた」
「何って?」
「“何って?”じゃない。お前はどうなんだ。能力のひとつでも編み出したのか」
アケミは“朱の海”に憑く幽霊で、“朱の海”の所有者であるクロロにこうして夜な夜な、文字通り「化けて出る」ことは出来るのだが、クロロは毎度金縛りをかけられるし、アケミは自分を具現化しきれてはいない。クロロがじろりと睨むと、半透明の赤毛の女は、珍しくばつが悪そうに目を逸らした。
「……だって、こんなに時間がかかるなんて思ってなかったんだもの」
「何の話だ?」
「あの子をアンデッドにすることよ」
何故か、アケミは強く言った。
「でも、あの子がアンデッドだっていうのを、私は確信してた」
「なぜ?」
「……アタシはあの子が生まれる前から、あの子がアンデッドだって事がわかってた」
アケミは同じ事を繰り返しただけで、クロロの質問に答えなかった。
尋問のしようがない彼女から情報を聞き出すには、彼女の機嫌を取るしか方法はない。しかしそれも無理そうな時は、その気になるまで待つしかないのだ。ここ数年での、この女幽霊との色気の欠片もない枕越しの付き合いでいい加減それを学んだクロロは、諦めて彼女の発言を待った。
「アンデッドになるにはね、素養だけじゃダメなのよ」
「どういうことだ?」
「ロマシャの中で代々伝わってる芸や歌や占い、薬の作り方……これ、全部口伝なの。アタシもアタシのおばーちゃんから全部口で教えてもらったわ」
「ロマシャには、ロマシャの文字がないからな」
ロマシャの人々が文字を扱えないというわけではないし、今現在ロマシャ自治区で腰を落ち着けている現代ロマシャに至っては、世界共通語であるハンター語を普通に使える。
しかし昔ながらに放浪して暮らすロマシャの使う文字は文字というよりも暗号で、世界中の言語や文字が混ざりあっている上に、グループごと、人ごとで違う。略称や造語ばかりで書かれた他人のメモが解読できないように、ロマシャの誰かが書いた文章を解読するのは不可能とほぼ断言できる。
何といっても、同じロマシャだろうが解読できない文字なのだから仕方が無い。ロマシャの文字が読めるのは、それを書いた人間だけであり、彼ら独特の薬の作り方のレシピなどもいくらかは残っているが、どれも完全に解読されてはいない。だからロマシャの文書は、魔女の文書、悪魔のメモ、魔界の伝言などとも呼ばれ、
そして呪いに関する文書や伝承は特に、『魔女のレシピ』と呼ばれる。
しかしだからこそ、ロマシャの歌や踊りの中には、彼らの全てが込められている。指先ひとつの動きにも意味があり、文字よりも多くのことを奥深く語っているのだ。そうして多くの意味が込められた技芸だからこそ、芸能であると同時に呪いや聖典にもなっているのである。
「でもその中でも、アンデッドについての伝承は、一番多いくせに一番曖昧」
「と、いうと?」
「つまり、いくつかの伝承の中にある程度の共通項はあるけど、どういう人間がアンデッドになるのかとか、死んだ時にどうすればアンデッドとして蘇るのかとか、伝わってる条件や状況がものすごくまちまちなのよ。例えば処女童貞が満月の夜に死ぬとアンデッドになるっていうのもあるし、アンデッドと交わるとアンデッドになるとか、アンデッドに殺されるとなるとか、果ては死体の上を黒猫が横切ったらアンデッドになるっていうのまで」
だから、ロマシャにもアンデッドについてこうだと断言することなどできないのだ、とアケミは肩を竦めながら言った。
「しかし、お前はさっき“
シロノがアンデッドだということを確信していた”と言っていただろう」
その発言は、アンデッドになる方法は誰にもわからない、ということとは矛盾しているはずだ、とクロロが指摘すると、アケミはシンと黙った。
「……ダンピール」
「何だって?」
「あの子は、
ダンピールよ」
「ダン……?」
「ダンピールは生まれつきダンピールなの。伝承もひとつしかないわ」
話したくない、知りたければ勝手に調べろ。アケミは強引に説明を省くことで、それをクロロに主張した。仕方が無いので、クロロは黙って、調べもののリストメモを頭の中にひとつ書き留める。
「……占いって、どういう風に捉えてる?」
「占い?」
いきなり話が変わったようだ。アケミは、このようにいつも唐突である。しかしこれに着いていって余るほどの頭の回転の速さが、クロロにはある。
「そうだな……科学的、理論的根拠として最も説得力があるのは、統計学の一形態……という見地だと思うが」
「クロちゃんらしい意見ね。でもそれは違う。本物の占いや呪いには、根拠も理屈も何もないのよ。占い、そして呪いまじないの全ては“思い込み”と“こじつけ”、“ハッタリ”、これに尽きるわ」
「占い師らしからぬ発言だな」
「本物だから言ってるのよ」
にやりと笑うアケミの気配は、どこか湿ったような神秘を含んでいた。
アケミによれば、占いは独自の理論と個人の経験で構成されるものであって、統計や統計学、科学としての研究とは全く無縁のものなのだという。
例えば占星術は古代においては天文学と関連したものであったが、天文学が自然科学として発展したいま、現在では全く関係が無い。
「しかし、占いや呪いに効果があることもまた事実だろう?」
「あら、やっとその辺りは認めるようになったのね」
「週一間隔で幽霊と話していれば、嫌でも」
クロロが皮肉げに笑うと、アケミも笑った。
「じゃあ話が進めやすいわね。……ロマシャは魔女の一族って言われてる。捉え方によってはただの差別発言だけど、アタシはこの言葉はある意味ロマシャの真理だと思うわ」
「……というと?」
「まず魔女の考え方を前提に理解しないといけないわね。オーケー?」
クロロは頷いた。ただ必要だから得ようと思った情報だったが、知識に限りなく貪欲な彼は、純粋に魔女学の講義が面白くなって来たらしい。
「そうね、では例として、ロマシャの魔女入門としてやる呪い、
(1)『裏切った恋人を罰して後悔させる』呪い」
「ロマシャの女とだけは付き合わない」
「ロクデナシの男が多いから世の中に魔女が増えるのよ。自業自得よ」
幽霊魔女はそう吐き捨てて、講義を続けた。
「人々が寝静まった真夜中に、ロウソクに火を灯す。そして「ロウソクの火は3度こわされた。おまえの心も3度恋を失うだろう」という呪文を唱えながら、針でロウソクの先端部分を何度もつつく。裏切った男には災いが降り掛かり、女を傷つけたことを後悔し、おまけに女のことを絶えず思い焦がれるようになる」
「おそろしいことこの上ない」
「効くと思う?」
「効くんだろう?」
だから恐ろしいんだと言っているんだ、とクロロはため息をついた。
「強力な念、それに加えて制約を設定し遵守することで目的は達成される」
「その通り。優秀な魔女は優秀な念使いよ。そして“良く当たる占い師”や“霊験あらたかなお守り”というのは、ユーザーにいかに強く思い込ませることが出来ているかという催眠術的な要素の高さが一番高いポイントになる」
「なるほど。だから“思い込み” “こじつけ” “ハッタリ”か……」
「優秀な魔女の作る薬や道具は強力だけど、そのレシピに科学的根拠なんか何もないわ。トカゲの黒焼きや目玉や髪の毛を月光に浴びせながら釜で煮れば強力な惚れ薬が出来る、と何百年にも渡って魔女たちが言い続けた上に作った本人もそう信じ込んでいるから、本当に惚れ薬が出来る」
「
(2)“Faith can remove mountains”……というやつか。念の法則そのままだな」
「ええ。そう考えると、魔女学もわりと親しみやすい分野でしょ?」
「確かに、念使いには文句無しに理論的な考え方だ」
クロロは大いに納得した。ということは、クロロにかけられている“おしおき”の念もまた、アケミの“呪い”意外の何者でもない。
「では、難しいことを達成するための呪い、もしくは効果の強い呪いほど、クリアしなければならない条件が難しくなるわけだな」
「その通り。優秀な生徒で嬉しいわ、ドロボーやめて魔法使いになったら?」
「ドロボーじゃなくて盗賊だと何度言ったら……」
「まあ前提講義はここまでにしておいて」
女幽霊は、またも綺麗にクロロを無視した。
「最初に言った通り、アンデッドとして二度目の生を受ける確固たる条件は不明。ではどうすればいい?」
「……そういうことか」
クロロは、すっと目を細めた。
「──“アンデッドとして蘇る呪い”をかける」
「ご名答」
クロロが答えを出すと、アケミはにっこりした。
アンデッドになる条件は不確定。ならばこちらで定めればいい。“こうすれば目的が達成される気がする”という自分ルールによる念能力の強化、すなわち“この条件を達成すれば目的が果たされる”という呪いのレシピを自分で作る事。
アンデッドとなる可能性を秘めた自分たちの運命をその時代の魔女たちの手腕に託したはっきりした意図こそよくわからないが、アンデッドになる条件がはっきり定められていないのは、おそらくロマシャ全体による故意の情報操作によるものだろう。
「今回の
シロノに対するレシピは──ハンター試験、もしくは試験の最中に起こるいくつかの条件、というところか」
「すごいすごい。やっぱ向いてるわよ魔法使い」
「だが腑に落ちない」
質問を投げかけるクロロに、アケミは首を傾げた。
「なにが?」
「何故俺たちに知らせなかった?」
いつも通りに淡々とした声だったが、優秀な占い師であるアケミには、その声にどこか咎めるような色があることに気付いて、困ったように、しかしどこか嬉しそうに苦笑した。
「“パパ”に知らせずに危ない所に出掛けて心配かけたことは、申し訳ないと思ってるわよ」
「茶化すな」
「そういうつもりじゃないんだけど。……さっきも言ったけど、難しい呪いほどクリアしなければならない条件も難しい。でもそれを軽減するのが、呪いのレシピの中に“誰にも言わずに実行する”という材料を混ぜ込むことなのよ」
「……なるほど」
おまじないや呪いの類に、「誰にも言わずに実行する」、「誰にも見られてはならない」という条件はよくついてくる。だがそれにはそれだけの意味があるのだ、とベテラン魔女は講釈した。
「アンデッドになる呪いは、ロマシャの魔女の呪いの中でも最も難しい呪いよ。何しろレシピが魔女によって全て違うんだもの」
「……よく失敗しなかったな」
「自信ははあったわ。この呪いを作るのは二度目だから」
「──何だと?」
「あの子を身籠った十月十日の間に、アタシは自分に“アンデッドになる呪い”をかけた」
クロロは、驚きに目を僅かに見開いた。しかしその驚きはひとつではない。
「なるほど、お前が『ゴースト』というアンデッドになったのはそれか……。しかし、何故そんな事を? お前は不老不死だのに興味があるようには見えないが」
「言ったでしょ、アタシはあの子が生まれる前から、あの子がアンデッド……いいえ、ダンピールだってことがわかってた。……ダンピールはね、本来、生まれてすぐに死んでしまうものなの」
アケミ曰く、ダンピールというものは白い羊膜に包まれたゼリー状の身体をして生まれ、すぐに死んでしまうのが普通であるらしい。
シロノのあの真っ白な容姿は、本来人ならざる姿で生まれてくるその名残であるという。
「でもアタシはそうさせたくなかった。
だからこの子が無事に生まれて来るように、強力な呪いをかけた。アタシがアンデッドになる呪いは、ダンピールである
シロノが無事に生まれてくるための呪いのレシピの材料のひとつに過ぎないわ」
つまりアケミは、自分がアンデッドになる呪いを材料にして、娘のために新たな呪いを拵えた、というわけである。ロマシャの魔女の呪いの中で最高の難度を誇る呪いを材料のひとつにしたそれならば、確かにこれ以上なく強力だろう。
どこまでも娘を第一に考える母幽霊に、クロロは内心舌を巻いた。それがどんなものであれ、執着のレベルがここまで来ると凄まじい。
「……本来、アタシはお産のときに死ぬはずだったの。そうすることでアタシは何らかのアンデッドとして蘇り、ダンピールのあの子もちゃんと生きて生まれてくる。アタシがかけた呪いは、本当はそういう呪いだった」
「しかしお前は、
シロノが生まれる前に殺されてしまった──ということか」
「……そうよ。でもさすがにロマシャ最大の呪いを材料にした呪いは強力で、アタシが死んだ後も効力を残し、お墓の中で発動した。……レシピとは少し違う形で」
そしてそのきっかけはアケミの念、まさに──『無念』の心、それである。
「そうしてアタシは実体のない『ゴースト』という形のアンデッドになって、三十年も半分我を失うことになってしまったけど、あの子は無事生まれることが出来た。……でもあの子にも色々と弊害は残ったわ。……知ってるでしょ、あの子の日光過敏症」
「ああ」
日光が肌に照射されることで発症するアレルギー反応のことである。
それに関しては、
(3)シロノだけでなく旅団全員がかかりつけとしている、念能力者たちの間で有名な、自身も念能力者であるという闇医者が出してくれた念による日焼け止めと薬に随分助けられている。
しかし
シロノの持病であるそれは、年々症状をひどくしていた。本来なら少しでも日光に当たると──厳密には、光を見ただけでも──火傷を負ったようなひどい爛れが一面に浮き出て、動く事すらままならなくなるだろう。
「ダンピールは、本来なら人の姿さえしていない、とても弱い存在なの。日光過敏症だけじゃなくて、本来なら身体的にかなり虚弱なはずよ。あの子がああして元気──いえそれ以上でいられるのは、アタシがかけた強力な呪いと、念が使える事にある」
「虚弱体質の改善は、長年続けて来た“絶”による内功、内臓治療の賜物か」
クロロは納得して頷いた。
既に
シロノが呼吸をするのと同じくらい自然に行なっているあの見事な“絶”は、害するものの目を避けるためであると同時に、自分の虚弱体質を治療するための行為でもあったらしい。
「そういうこと。……でも、アタシが殺されるというアクシデントで一度崩れてしまった“呪い”は、何とか持ち直して発動したものの、年月が経つ事で薄まって来てしまった。このままだと、いくら念が使えると言っても、あの子の身体はどんどん弱くなってしまう。だからアタシは、あの子をアンデッドにするための呪いを作ったのよ。絶対に失敗しないようにって“念には念を入れた”ものを作ったから、自分の修行ほったらかして五年もかかっちゃったけど」
「なるほど。……それがお前の念能力なのか?」
クロロは、少しわくわくした様子で言った。“物理的にはどうやっても達成できなさそうなこと”を他の条件をクリアすることで実現できるとすれば、それはものすごいことだ。しかも誰にも知られない、という特典までつく。
「うーん、アタシはもともとロマシャの魔女だから意識してなかったけど、まあ、能力といえば能力ね、念の影響は多大だと思うし」
「そうか。ならちょっと聞きたいんだが、例えばそれで──」
「残念だったわね」
何やらテンションが上がっているクロロだったが、アケミは彼を半目で見下ろし、ヘッと小馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「ロマシャの呪いはロマシャ占術のルールと、先輩魔女から伝えられた『魔女のレシピ』を隅から隅まで熟知して守った上でないと使えないんだから、もしアタシがこれを“発”にまで昇華して能力になったのをクロちゃんが盗んだとしても、とても使えたもんじゃないわよ」
ロマシャの占い、伝承、踊り、歌などは全て口伝である──と最初に言ったのはこの事か、とクロロは納得し、ため息をついた。
「……つくづく俺を信用してないな」
「身内だろうと泥棒は泥棒だもの」
つん、と顎を上に向けて、アケミは言い放った。
「チッ」
「舌打ちしたわね今。三十代までにハゲる呪いをかけるわよ、しかもツルツルならまだしも産毛のような細い毛が微妙にショボく残る格好悪いやつを。剃るか残すかという哀愁漂う判断に悩まされるといいわ」
悪質である。
「下手な考えは持たないことね。アタシは祟ると言ったら全力で祟るわよ!」
ガッツポーズ付きだった。お前どれだけ悪霊なんだ、とクロロは呻いたが、アケミは幽霊らしくなくいきいきとした笑顔を無駄に煌めかせるのみである。
「ま、とにかく、あの子は無事アンデッド、しかも『ヴァンパイア』になったわ。これからはオーラを蓄える事で、いくらでも元気になれる。アタシとしても一安心よ」
アケミは、とても喜ばしそうににっこりした。
「そうだな」
「アラ、もうすぐ夜明けじゃないの。長話しちゃったわね」
「……最後に質問していいか」
「なァに?」
享年24歳のアケミだが、彼女は身長もそう高くなく、クロロが言えた事ではないのだが、顔立ちも若い。そして彼女の娘は彼女にとてもよく似ているので、アケミがそうして首を傾げると、
シロノにそっくりになった。
「さっき、“年月が経って、呪いの効果が薄れてきた”と言ったな。それだけ強力な念を込めた呪いでも、年月とともになくなってしまうものなのか?」
アケミの娘に対する執着の凄まじさは、クロロが一番よく知っているし、一目置いている所でもあった。だからではないが、あれだけ強い念でも年月には勝てないのか、という事が、少しだけ物足りなく感じたのだった。
「ああ、そのこと」
しかしアケミは、悪戯っぽい、しかし嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
「だって、絶対に呪いをかけ続けなくちゃ、っていう理由が薄れてきちゃったんだもの」
「どういうことだ?」
クロロは訝しげな顔をするが、アケミは尚一層にこにこする。輝くようだ。
「つまり、アタシの代わりにちゃんと面倒見てくれるパパやお兄ちゃんお姉ちゃんたちがいっぱいいるもんだから、ママは安心してしまって気を緩めてしまいました、ということよ」
実際30年の間、呪いは同じ程度の効果のまま持続できてたんだもの、と、アケミは本当ににこにこしながら言った。そしてどこか唖然としている様子のクロロを見下ろす。
「それに、傑作じゃない。よりにもよって『ヴァンパイア』だなんて」
「それがどうかしたか」
「だって」
堪え切れなくなったのか、アケミは声を出して笑う。
「クロちゃんが“能力を奪う”で、あの子が“オーラを奪う”、でしょ?」
──なんだか、ホントに親子みたいじゃないの。
ころころと笑いながら、アケミはそう言って、朝日の中に消えていった。
ベッドの上に残されたクロロは、思っても見なかった事を言われ、──しかもその通りである事を認識し、複雑に表情を顰めると、金縛りの解けた手で、ゆるやかに頭を掻いた。