No.013/vigil
 バン! と大きな音を立てて、左手を三角に吊ったゴンが、険しい顔で部屋に入ってきた。

「ゴン」

 レオリオが呼ぶが、ゴンは脇目も振らずにイルミの所まで歩いていった。全員の視線がそこに集まるが、イルミは自分からゴンに目を合わそうとはしない。

「キルアにあやまれ」
 イルミが、初めてゴンを見た。
「あやまる…………? 何を?」
 ゴンは、怒った顔に、僅かに悲しそうな表情を滲ませた。
「そんなこともわからないの?」
「うん」
「お前に兄貴の資格ないよ」
「兄弟に資格がいるのかな?」
 瞬間、そこにいる全員が驚くほどに素早い動作で、ゴンがイルミの腕を掴み、そして大きく引っぱり上げた。百八十センチ台半ばの身長があるイルミだったが、思い切り空中に投げられ、目を丸くした。……避けられなかった。完全に隙をつかれたのだ。
「友達になるのにだって、資格なんていらない!」
(こいつ……)
 着地はしたものの、信じられないほどに強い力で自分の腕を握り締めるゴンに、イルミは目を見はった。ゴンの握力に悲鳴を上げるイルミの骨は、既に折れている。

「キルアのとこへ行くんだ」
 ゴンはイルミの腕を掴んだまま、くるりと踵を返した。
「もうあやまらなくたっていいよ。案内してくれるだけでいい」
「そしてどうする?」
「キルアを連れ戻す」
 決まってんじゃん、とゴンは言った。

「まるでキルが誘拐でもされた様な口ぶりだな。あいつは自分の足でここを出て行ったんだよ、……シロノを殺してね」
「でも自分の意思じゃない。お前たちに操られてるんだから、誘拐されたも同然だ! ……シロノのことだって、殺したくて殺したんじゃない!」
「それは認めるよ。191番を殺そうとしたのに、キルはシロノを殺した。ドジってね」
 ゴンが、イルミの腕を掴む力を更に強くした。そしてその瞬間、顔を歪めたのはゴンだけではない。イルミの言う通り、シロノは死んだ。キルアの腕が貫通した身体にはぽっかり穴が開いていて、即死。

「──ちょうどそのことで議論していたところじゃ、ゴン」

 前に立つネテロが言った。
 そしてそれから、受験者各々から言い分が出され、キルアの件についての検証が再度行なわれた。しかしそのどれもが確証のないもので、堂々巡り、という言葉がついて回る。
 しまいにはクラピカとポックルが自分たちの合否の正当性について口論を始めそうになり、ハンゾーがうんざりした溜め息をついた。

「……どうだっていいんだ、そんなこと」

 絞り出す様なゴンの声に、全員が彼を見た。
「人の合格にとやかく言うことなんてない。自分の合格に不満なら、満足するまで精進すればいい。キルアならもう一度受験すれば絶対合格できる。今回落ちたことは残念だけど、仕方ない。──それより」
 ギギギ、と、イルミの腕の骨が音を立てる。

「もしも今まで望んでいないキルアに、無理矢理人殺しさせていたのなら」

 短い間でも一緒に過ごした女の子を殺してしまう様な所まで、追いつめたのだとしたら。

「お前を許さない」

 ギシ、と、イルミの骨が音を立てた。まだ辛うじて全て折れきっては居なかった骨が、完全に折れた瞬間だった。しかし、イルミは僅かに目を細めただけだったので、それに気付いたものは誰も居なかった。

「許さないか……。で、どうする?」
「どうもしないさ。お前達からキルアを連れ戻して、もう会わせないようにするだけだ」
 折れた腕に尚も力を入れて来るゴンに、さすがのイルミも少し耐え切れなくなってきたのだろう、キルアにしたように手にオーラを纏わせ、スウとゴンに向けた。野生の勘で“なにか”を感じ取ったゴンは、反射的な動きでぱっと彼から離れる。
 そして、そこからネテロがハンターライセンスについての説明を再開した。秘書のマーメンが中心となり、数時間をかけて、ライセンスについての詳しい講義が行われ、ここに居る八名を新しくハンターとして認定する、という宣言がなされた。

「ギタラクル。キルアの行った場所を教えてもらう」
 そう言ったゴンに、イルミはちらりと目線を寄越した。
「やめた方がいいと思うよ」
「誰がやめるもんか。キルアはオレの友達だ! 絶対に連れ戻す!」
「……後ろの二人も同じかい?」
 ゴンが振り向くと、後ろにはレオリオとクラピカが立っていた。
「……いいだろう。教えたところでどうせたどりつけないし」
 イルミは口元に指を当て、やや遠くを見てから、言った。

「キルは自宅に戻っているはずだ。ククルーマウンテン、この頂上にオレ達一族の棲み家がある」
「……わかった」
 ゴンはそう言い、くるりと身体を翻すと、今度はネテロを見た。しかしイルミに対する険しい表情と違い、今の彼の表情は暗い。
「──ネテロさん」
「なにかな?」
「……シロノ、は?」
 やや震えたその声に、クラピカやレオリオ、他数名が、悲痛な表情を浮かべた。
「遺体は今、ホテルにある緊急用の霊安室に安置されとるよ」
「……会える?」
「構わんよ。じゃが、家族が引き取りに来るまでじゃ」
「……うん」



 マーメンに案内されて霊安室に向かおうとした三人であったが、その後ろ姿を、ハンゾーが呼び止める。
「よぉ」
「ああ、アンタか。……アンタも行くか? けっこう話してただろ、シロノと」
「あ?」
 レオリオに言われ、腕を組んだハンゾーは顔を顰める。
「フン。憎まれ口しか叩きあってねー奴が行ったってしょーがねーだろ」
「だが、」
「……それに、あんなチビの死体なんて寝覚めの悪いもん、見たくねえよ」
 早口だが重い声に、三人もそれ以上話すのをやめた。
「ま、呼び止めたのは他の用事でな。オレは国へ帰る。長いようで短い間だったが、楽しかったぜ」
 ハンゾーはそう言って、忍びにしてはやたら自己主張の激しい名刺を三人に配ると、背を向けて去った。そして次にポックルがクラピカに非礼を詫び、クラピカもまた謝罪をしたあと、彼もまた色々な情報交換をし、別れた。



 ホテル内にある霊安室は、地下にあった。暗くて寒いその部屋に、ポツンと寝台が置かれている。所々血が滲んだ白い布をそっと剥がすと、そこには小さな身体が横たわっていた。

「……シロノ

 ゴンが、確かめるように呟いた。真っ白だった肌は今、更に白い。それはもう人間の顔色ではなく、大量に血が失われているせいもあるだろうか、まるで人工物の様な不自然な白色をしていた。
 クラピカは、家族が大事か、と聞いた時、頬をピンク色にして笑ったシロノの表情を思い出し、顔を歪めた。きっと生きていると言ったあの言葉も、今度こそ粉々になってしまった、そんな気分とともに。

「……馬鹿野郎。医者になったら診てやるって言ったってな、死んじまったらどうにもならねえっつうの」
 レオリオが絞り出すように、苦しげに、そして悔しげに言った。そして下に置いてある白い棺桶を見て、「ほら見ろ、こんな縁起の悪いモン持って来るからだ」、と悪態に近い声を出す。
「……せっかくいい気分で合格できたと思ったのによ」
「レオリオ……」
「くそっ、後味悪ィ」
 レオリオは短い黒髪をばりばりと掻いたあと、必死に何かに耐える様な顔で、シロノの顔をまっすぐに見た。クラピカはそれを見て、レオリオという男の強さを実感した。自分は、あんな風にして彼女を見ることなど出来ない。
「脚の怪我、最後まで診てやれなくてゴメンな。そんで、お前のおかげで医者になれる。……ありがとうな、マジで」
 レオリオはそう言うと、指先でシロノの額にかかった髪を少しだけ梳くと、部屋を出て行った。クラピカは彼のようにはっきりとかける言葉が見つからず、しかしせめて、と、レオリオがしたように、シロノの髪に触れようとした。しかしその額の余りの冷たさに、どうしても指が震える。クラピカは唇を噛み、ぎゅっと拳を握って暫くしてから、踵を返した。

「……シロノ

 ゴンは、死体を見たことは初めてではない。くじら島でだって何度も葬式が出たし、今回の試験でも、沢山の死亡者が出た。しかし親しく会話を交わした人間が、しかも自分より歳下の子供が死ぬところを見たのは初めてのことだった。そして、それをしたのは、自分の友達。

「…………キルアを、恨まないであげて。……お願い。……ごめんね」

 バイバイ、とゴンは言って、目元をぐいと拭うと、部屋を出た。



 そしてゴンが出て行ってから、すっと二つの人影が、シロノの前に現れる。

「珍しいね、ヒソカが死者を気にするなんて」
「君もね

 イルミとヒソカが、そこに居た。
「……ま、オレは、ウチの弟のドジのせいで悪かったな、と思ってね。謝ったって生き返るわけじゃないけど」
「死者にかける言葉なんか、全部自己満足でしょ? ……ああ、それにしても、ホントに死んじゃったんだねェ……?」
 ヒソカは、シロノの細くてまっすぐなショートボブを、さらりと手で掬った。

「……残念

 キミの言葉の意味を知ることが出来なかったね、と、ヒソカは珍しく片眉を上げて、表情らしい表情を作った。自分が、過去にとらわれることのない性格で良かったとヒソカは思う。こんな、喉に心当たりのない何かが引っかかっている様な状態がいつまでも続くなんて事は、遠慮したい。
「で、どうすんの? クロロ来るみたいだけど」
「うーん、いや、ボクはもう行くよ
 青い果実が美味しく育つのを待つのさ、とヒソカは言った。……そうすれば、青い果実かもしれなかった、もしかしたらもっと違う何かだったかもしれなかった小さな女の子のことなんて、さっさと忘れてしまうだろうから。
 部屋を出て行くヒソカの背を見遣ってから、イルミは一歩進み出て、シロノの顔を覗き込んだ。いつ置いたものやら、シロノの身体の上には、手向けの花代わりのつもりだろうか、赤いハートの女王がひらりと置いてある。しかしイルミの懐にあるのは、無骨な針くらいだ。
 ふむ、とイルミは思案して、呟いた。

「……オレ殺し屋は、何も持ってないからね」

 そう言って、イルミはシロノに軽くキスをした。
 以前映画でこんなシーンを見た気がするから、というなんとなくな理由からくる行動だったが、冷たい感触に顔を顰めて、少し後悔した。やっぱり死体にキスなんてするものではない。狂気の沙汰だな、とイルミはひとつ賢くなってから、背を向けた。
「さよなら。三次試験は、結構楽しかったよ」

 去っていくイルミには、風もないのにふわりとハートの女王が床に落ちたことなど、知る由もなかった。
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BY 餡子郎
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