シロノの役割は、仕事前の予備調査の雑務のほかは、もっぱら留守番である。
能力が使えなくなってしまった今では、特に。
シロノが居る前は最低でも二人を残していたのだが、今では
シロノと誰か一人、というのが最低ラインとなっている。そうすれば連れて行ける人数が増えるし、もしもの時に結果を報告する事が可能だからだ。
その間一緒に居る団員は暇つぶしに
シロノに訓練を施したり、はたまた洗濯や掃除をしてみたりしているのが恒例だった。最近は料理の出来る団員から簡単なレパートリーを習ってみたりしているおかげで
シロノの家事能力が上がり、クロロと二人きりの時の生活環境が大幅に改善され、また同時にクロロのダメ親っぷりが更に浮き彫りになっている。
「すまないね
シロノ、留守は頼んだよ」
「あい」
「はあ……あんたを一人で留守番させるのは正直気が進まないんだけど……」
念糸縫合という能力を持つマチは、大きな仕事にはもしもの時の保険として同行する事が多い。しかし今回の仕事はマチの出番はないだろうということで、
シロノと一緒に留守番を任されていた。
しかし今さっき、急に「シャルナークがかなりの深手を負い、今は念能力で止血しているが至急こちらまで来い」、という電話が仕事先からあったのだ。予定外に強い能力者が居たのか、それとも単にシャルナークがドジったのかはわからないが、マチは腹いせ込みで、しっかり料金を請求する旨を伝えて電話を切った。
「いい、“絶”を怠らないこと。それと知らない奴が尋ねて来たら」
「あたしと同じかそれより強い人だったらすぐ遠くまで逃げる」
「よし。あ、明らかに弱い奴ならふん縛っといて。うるさかったら痛めつけな」
「うん! こないだフェイ兄から縛り方習った! あと手錠とか指枷とか貰った!」
シロノは自分のおもちゃ箱から見るからにマニアックな拘束具をいくつかじゃらじゃらと出して、満面の笑みを浮かべた。
これらはすべて彼女に“フェイ兄”と呼ばれ拷問における師匠であるフェイタンが与えたものである。だがしかし、おもちゃ箱の中には他にノブナガが与えたクレヨンやらパクノダからの綺麗な挿絵の絵本、そしてマチが作ってやったぬいぐるみなどもいっしょくたに放り込まれているため、中は凄まじくカオスな有様になっていた。つぶらな瞳のピンクのウサギに、ポールギャグがひっ絡まっている様はかなりシュールだ。
「よし、容赦だけはしないことだよ。あ、晩飯はちらし寿司作ってあるから食べな」
マチがそう言うと、
シロノは「わあい! マチ姉のちらし寿司!」と喜び、マチはそれに満足すると、すっと立ち上がった。
「じゃあちょっと出てくるから。言いつけを守るんだよ。あとちらし寿司は余ったらラップして冷蔵庫にね」
「あい、いってらっしゃいマチ姉」
「うん」
手を振る
シロノに手を振り返し、マチは目にも留まらぬ早さで走って行った。
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三時頃、おやつを食べながらテレビを見ていた
シロノは、どこかから小さな電子音が鳴り響くのに気付いた。
篭ったような小さな音で、デロデロ、ドロドロといった風な、やけに不吉な雰囲気の音楽が鳴り響いている。
シロノはテレビの電源を落とし、電子音の発信源を探した。そしてそれは、すぐに見つける事が出来た。ソファの隙間に挟まって音楽を奏でているのは、一個の携帯電話だった。
「パパの電話」
クロロの携帯電話、である。
忘れたのかポケットから落ちたのか、置き去りにされたそれは未だに音を鳴らし続けている。どうしたものかと迷ったが、あまりに長く鳴り続けているので、
シロノは電話に出る事にした。通話ボタンを押し、耳に当てる。
《もしもし》
「あい、もしもし」
《………………………………》
「………………………………」
《………………………………》
「………………………………」
長い沈黙のあと、電話をかけて来た男は言った。
《……間違えました》
ぶつっ、と電話が切れ、
シロノは携帯電話をテーブルの上に置いた。しかし数秒後、またも電子音のメロディが部屋に響く。今度は3コールですぐに通話ボタンを押した。
《もしもし》
「あい、もしもし」
《……あれ? キミ、さっき電話に出た子?》
シロノが「そうですよ」と返すと、男は戸惑ったように少しだけ沈黙した。
《おかしいな。この電話、xxx-xxxx-xxxxだよね?》
「わかんない。パパの電話だから」
《……そうか》
「まちがいですか?」
《うーん……もう一回確認するよ》
「あい。さようなら」
《うん、さようなら》
ぶつっ、と再度電話が切れ、十数秒ほど電話が鳴らないのを確認すると、
シロノはもう一度テレビをつけてお菓子を食べ始める。そしていつも観ている子供向けのアニメが終わったとき、
シロノと同じ位の小さな女の子が自宅の電話をとるという運送会社のCMが流れた。初めてそれを観た
シロノは、目を丸くしてお菓子を口に運ぶ手を止める。
「そっか、電話に出たらおうちの名前ゆわなきゃ」
そしてまた電話がかかって来た時の為に、と、
シロノは口の中で予行演習をし始めた、その時だった。
──三度目の電子音が鳴り響く。
既に手元に携帯を持っていた
シロノは、待ってましたとばかりにテレビを消し、2コールもしないうちに素早く通話ボタンを押した。
「
もしもし、げんえいりょだんですよ」
《………………………………》
今度は沈黙というよりは、絶句というような間が流れた。
シロノは自分の完璧な電話応対に内心誇らしさでいっぱいだったが、相手はひたすら絶句している。しかしやがて口を開いた。
《……キミ、名前は?》
「
シロノです」
《シロノ……》
男は何かを思い出そうとしているかのように、
シロノ、ともう一度小さく呟いた。
《これ、キミのパパの電話だって言ったよね?》
「うん。パパお仕事行ったけど、電話忘れていったの」
《パパの名前は何かな?》
「クロロ・ルちっ、……ルシルフルです!」
やや噛みながらも、完璧! と言わんばかりに
シロノは言い切り、そして男はまたも沈黙した。しかし今度はすぐにクックッと笑い声が聞こえてくる。完璧に言えたはずなのに何を笑っているのだろう、と
シロノは首を傾げた。
《へぇ〜え……クロロって子供居たんだ……意外だなあ》
男はクスクスと笑っている。
《シロノは男の子かな? 女の子かな?》
「女の子だよ」
《いくつ?》
「えっと、6さい」
正確な年齢などもう誰にもわからない
シロノだったが、クロロたちから「歳を聞かれたらそう言え」と言われている年齢を申告した。男は
《十七の時かあ……クロロにも若さの過ちってものがあったんだねえ》などと、
シロノには意味の分からない事を酷く興味深そうに呟いている。
《他に団員は居ないのかな?》
「ひとりでおるすばんなの」
《えらいねぇ》
男はやけに楽しそうだ。ずっと笑っている男に、
シロノは首を傾げて初めて質問した。
「お兄さんダレ? パパのおともだち?」
《ああ、名乗っていなかったね、失礼。ボクは蜘蛛の四番だよ》
「よんばん」
シロノは記憶を引っ掻き回した。
「こないだメーちゃん殺して入った人?」
《……そうだよ》
笑い声が、どこかすっと深いものになった。
「四番の人は、お名前なんですか」
《ヒソカ。よろしく♥》